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    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

    中野 ジェームズ修一 (講師),日本放送協会 (編集),NHK出版 (編集)

    5つ星のうち 4.0 レビュー詳細を見る

level-iさんのレビュー一覧

投稿者:level-i

11 件中 1 件~ 11 件を表示

官能小説用語表現辞典

2004/12/20 17:31

この情熱に感涙

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

寒ブリ、形状記憶合金、キスチョコ、ターボスイッチ、アリ地獄の巣、牛タン、焼き餃子、すき焼きの残り肉、焼きすぎたローストビーフ、十九番ホール、マテウスロゼのワインの瓶、紅花食用オイル、いけない張本人、不埒者のリキッド。
いきなり何を並べてんのさと顔を赤らめた人は正解。よくわかりましたね。心からの敬意をあなたに。

上にあげたのは、本書で紹介された比喩表現で、○○○のことだったり×××のことだったりする。比喩ですからと言われればそれまでだけど、「形状記憶合金」て。もうすでにナニがナニやら、わからないくらいブッとんだ喩えのオンパレードで、こんなものが2300語(今気づいたけど1語1円なわけか。安いんだか高いんだか、これまた微妙な)も目次に並んでおり、各頁ではさらに用法用例など紹介してある。

なんか、なんだろう、行間から情熱を感じる。「人と違う表現を! あっと驚く描写を! もっと光を!!」みたいな作者たちの叫びが聞こえてきて侮れない。「すき焼きの残り肉」って、なんでよりによって残り? とか疑問はつきないし、どうも方向の正しくない情熱のような気がしないでもないが、他人様の情熱に触れるということは、それだけでけっこう感動をもよおす(もよおすっていう表現もどうか、感動なのに。でも今回、本当にそんな感じ)。文章を書くのが好きな人は、一度はめくってみるといいと思う。

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紙の本いとしのヒナゴン

2004/12/20 16:52

いとしの「いとしのヒナゴン」

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

重松さん得意のおじさん世代のほかに、20代を丁寧に描いてあったのが新鮮だった。東京から「一発逆転」を胸に期してヒナゴンさがしにやってくる週刊誌の記者。仕事を除く全てのことに不器用で、打たれるとひどく弱い、町長の懐刀。人のことはいっちょ前に観察もし、そこそこ批判精神も持ち合わせているくせに、自分自身、何者にもなれない主人公。
みんな、私と同年代で、みんな、どこか私と似ている。


———学生時代は「やりたいこと」ばっかりだった。
———大人になったら、「やり残したこと」はなんだろうと考えるようになる。
印象に残るフレーズ。私自身、四方を山に囲まれた、なんとかニュータウンの出身だから、わかる。愚痴じゃなく、言葉遊びじゃなく、ただのリアルなんだ、と思う。このまま東京にいて何ができるのか、帰らないのは何をやり残したからなのか、私もときどき考える。いつもじゃない、いつもは考えていられないけれど、ときどきは考える。

これこれこういうことと言えないまでも、やり残したことが確かにあると思って、とりあえず毎日仕事に出かけられるうちが花なのかな、と思う。
だけど、いつか、残したものがあると感じたまま、残したままで帰るのかな、とも思う。
だからこそ今は、と力強いことも、ごくたまには思う。
重松さんの本は、そのごくたまのとき、私に追い風をくれる。

ステージの歌手が客席の自分を見ていると思い込む人のように、重松さんに手紙をもらった気になってしまって、どうも冷静になれない。いつも以上にクサいシーンが多かったし、もう少し薄い本にできたんじゃないのとも思うし(なんでもかんでも長く書いて厚い本にしてしまう風潮には反対だ)、あそこ無理があったんじゃないのとか、文句はつくけど、その辺りを上回る勢いで、好きな本。
良いんじゃない。ただもう好きで、好きなだけだ。

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紙の本アヒルと鴨のコインロッカー

2004/01/07 16:10

多少の無理も通るだけの、物語の強さ。

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

伏線の張り方がいいなと思う。単にイメージをふくらませるためのエピソードだと思って読んでいたところが、実は後につながる大切な布石だったりする。ミステリーで伏線とその回収は基本の技だろうが、線をそれと気づかせずにつなげる腕に酔いしれる。意味不明だったタイトルも、読み終えた後に見ると感慨深いものに変わる。「アヒル」がカタカナで書かれていることにまで、確かに意味がある、という趣向。

人物もそれぞれ魅力的。作者お得意の、個性強烈な人々はもとより、物語の1/2の主役を担う椎名が「普通」らしいのもいい。「普通」とはいっても、おっとりとしながら無神経でなく、友達にしたいタイプの、つまり一人称で語られてうざったくならないような男。この小説が読みやすいのは半分、コイツのおかげだと思う。

謎を生む行為の動機がいささか不自然ではあるが、瑕疵があっても物語の力は損われない。読み終えると、読む前より小説を好きになった気がした。

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紙の本密やかな結晶

2004/12/07 12:45

忘却は暴力かもしれない

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

映画の『ネバー・エンディング・ストーリー』では「虚無」がゴウゴウと嵐のように何もかもを飲み込んでいった。この作品では、たとえばバラが「狩」られたときには、みんなして、花を川へ流してしまう。本が「狩」られれば、本を火にくべてしまう。目に見える形で、勢いよく失う。その激しさを、私たち見る者(読む者)は、暴力的なものとして受け止める。そうして、失う、忘れるということが、暴力であることに、気がつく。

ページを繰っても繰っても、切ないばかりだった。
こんなものまで、と思うようなものも、島の人たちは忘れ、なくし、ないことにもすぐに慣れていく。作家が本を忘れても、船乗りが船を忘れても、それでもみんな生きていく。生き抜く力の強さと見ることもできるし、自我の脆さと見ることもできる。どちらも真実の一側面ずつでしかなく、ただ私は感覚的に、これはとても悲しいことなんじゃないか、と思った。

自分は何でできているだろう、と考え込む。なくなると残念に思うものはある。いなくなると寂しい人もいる。だけど、自分から無理にもぎとると血が流れて死ぬ、とまで思えるようなものには、心当たりがない。
失っては生きていけないものなんて、本当はないのかもしれないね、と作者は語りかけてくる。そうかもしれません、と私はうなだれて頷く。そういう人はこうですよ、と小川洋子は、物語を残酷に閉じるのだった。

このラストで希望を持てる人がいるとすればそれは、苦労が多くともいろんなものを捨てずに生きてきた人、これをなくしては生きてはいけぬとまで何かを思うことができた人だけだ。小川洋子は峻烈に言う。あとの怠惰なお前たちは、さあ—————。

怖かった。でも、怖い思いをすることが、何かの罪の償いになるような気がした。

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紙の本ドコカの国にようこそ!

2004/12/07 12:40

ひりひりする絵本

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

さわりたくない人形、地下道のぼろがさ、450円の紙ナプキン、嘘の手紙、悪口、のこぎりの刃。「ドコカの国」をさがすフトシは、この世のつらいものに次々、出会う。もうやめてしまえばいいのにやめないのは、それはそうでなくちゃ絵本にならないからというだけではなくて(こんなことを考えてしまうところが大人はいやらしい)、彼の今いるところが辛いから、ドコカの国への憧れが募るのだ、と思わされる。それがわかるので、読み進むうち、胸が苦しくなってくる。

「わかった! ぼくたち自由なんだね。」と、どこかしらへたどりついたフトシは言う。うれしそうな響きなんだろうなと想像できるのに、悲しくなってしまう。最後に救いとなるようなエピソードが挟まれて物語は幕を閉じるけれど、もやもやしたものが心にこびりついて拭えない。フトシにとって、憧れるドコカではなかった「ここ」は、そんなにも悲しい世界で、ドコカの国が本当に、それが本当に自由なのか。「そんなことないよ、ちょっと待とうよ」と、幼い少年の腕を引っ張ってやりたくなる。

作者が意図したのとは、違う読み方になってしまっていると思う。それでも、途中で唐突に出てくるダレカ先生が言うように、「どこか」とは「わたしたちがいつもくらしているここのこと」なのだと、それが真実だと私は思うし、メモを見つけられなくなった大人としては、もう、そのように信じて踏ん張るしかないじゃないか、と抗議したいような気持ちで思う。ダレカ先生のセリフを置きながら、結末をあのように持っていく、大海赫という作家の挑戦的な態度には恐れ入りつつ、それでも、意義あり、と言いたくなる本だった。

子どもより、きっと大人に響く。単純に喜びや悲しみじゃなく、何かが。

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看守眼

2004/02/18 15:37

この謎のせつなさ、かなしさ、少しのあたたかさ。

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

収録6編の中で、『秘書課の男』が特にいい。
仕事にまつわるエピソードで人物を立体化するのが得意な作者の、これぞ本領発揮。
県知事の秘書を務める五十男。他人と競わず、強い者の下へつく、「仕える」人生を送ってきた。年をとり、それもありかと納得できたときになって、敬愛する知事に嫌われるという「謎」が浮上する。

嫌われる原因になったとされる事件の真相に、泣きたくなる。
いっときは「仕える」ばかりの自分の小心を恥じていた男を、それでも、見上げる眼差しがある。誰かが誰かを、きっと見ている。
恋愛じゃなく友情じゃなく、ただそれだけの、淡い交歓がなんとも切ない。
「ありがとう」という言葉の深さにも驚かされる。
刀の切っ先になることもあり、もちろんそうでないことも、確かにある。
これを最後に持ってこようと思う著者(あるいは編集者)の気持ちがうれしかった。

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本格ってこういうことか、と思う。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

定食についてくる味噌汁を飲んで「ぬう、店主め、塩梅という言葉を知らんのか」などと言い出すほど野暮ではないのだが、割烹とか小料理とか銘打ってる店で吸い物の味に難があったら「ええい、店主を呼べい!」と言いたくもなる。言わないけど。
法月綸太郎の『生首に聞いてみろ』(角川書店)には、そういうわけで2、3の文句がある。とても丁寧に練り上げられたミステリもの、非常に頭の良い人物が書き出した謎解きもの、と認めた上で、「ええい店主」とは言わないけれど、「ねえちょっと法月さんさぁ」と言いたくなる2、3の不満だ。ややネタバレ気味になるので、『生首〜』を未読の人はこの先は読まないほうがいいかもしれない。
不自然で気になった点が2つある。1つは、人探しをするときに、その人物の顔写真を確かめない不自然。一般の人でもありえないけれど、まして探偵みたいなことをライフワーク的にこなしている人が、そんなアホらしい間違いを犯すわけがない。2つ目は、AがBに辛い目に遭わされたとき、Bと縁深い人物にAが相談する不自然。相談するときに加害者がBだということを隠すのは当然として、それでも言えっこない。特に、ことこういう問題なら、もう絶対に言えっこないと思う。
あと1つは、不自然というのとは違うけれど、監視カメラに関して、作者の都合で隠していた情報を後出しにしてきたこと。これこれこうなのでこの筋は無理です、という謎解き上の前提条件を後になって、でも実は大丈夫なんでした、とやられたんじゃたまらない。私は謎を解きながら読むほうではないので、ちょっとムカっときた程度で済んだけれど、もし真剣に考えながら読み進めていたら、相当に腹が立ったと思う。
他にもあるが、無理やり飲み込めば飲み込めなくはなかったので書かない。
不満は不満として書かずにいられなかったけれど、それでも概ね満足させてもらったことも付け加えておく。登場人物それぞれに全く異なる思惑があって、虚実入り乱れる状況は、それだけで抜群に緊張感がある。序盤、中盤は種まき段階で、ちょっと退屈したけれど、356ページ目あたりから俄然、面白く読んだ。最後には、やや退屈な序盤もちゃんと読んでおいてよかったな、と思わせてくれる。
いまどき人ひとり死ぬだけの(という言い方も乱暴だけど)地味なミステリで500ページ読ませる腕はまさに「すごい」の一言。なにしろ、こう言ってはなんだけど、文章そのものや人物の描写にはほとんど魅力が感じられないので、つまり、着想や物語展開だけの勝負で読者に勝っているのである。「このミステリがすごい!」で第1位というのは、そういう意味で納得だった。

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紙の本蠅の王 改版

2005/06/13 11:19

ラーフと始まりと終わりと万華鏡

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

なんだ思ったほど遠くないな、と思った。
今から約50年前に異国の人が書いた本でありながら、遠くない。だからこそ、モノグサな日本の私がひょいと手を伸ばすだけで触れられるところに、この本はありつづけるのだろう。
一番好きだったのは、主人公の名前。ラーフ、という。スペルもわからないけれど、響きがいい。大きな声で呼んでみたいけれど、残念ながら、そういう名前の知り合いに心当たりがない。ラーフ。いい響きだ。この小説の名前も、そういえば、気に入っている。「王」の響きがそもそもかっこいいし、さらに「蝿の」だから滑稽で不気味で、なおさらかっこいい。名前が一番だなんてがっかりだ、と作者がもし知ったら思うだろうか。友人は「『蝿の王』は豚肉がすごくおいしそうだったね」と言ったが、どちらがうれしい感想だろう。
二番目に好きだったのは、物語の始まりと終わり。透明感と神秘性を兼ね備える少年がさっそうと登場する(実際には「とぼとぼと歩いて」登場するのだが、インパクトの問題で「さっそう」に見えるのだ)シーン、物語の幕開けの、わくわくするあの感じ。
そして物語が、巨大風船の破裂直前みたいな異様な緊張感でふくらんでいって、最後にぱちん、と弾けるあの感じ。すげえすげえ、と思った。
三番目に好きだったのは、多分この物語の幹のところになるだろうか、少年たちの心のありよう、その緻密な描写。特にジャックの狩りに関する気持ちの変化。怖れと、それを恥じる気持ちと、そこを通り過ぎたときの快感と、まだ通らないものへの侮蔑と、それを拠り所に自分の価値を叫ぶ気持ちと。万華鏡のようにくるくる変わる。そんなに綺麗なものではなかったけれど。でも、おもしろく眺めた。
こんなことを書くと誰か怒り出しそうだけれども、「蝿の王」の登場するあたりを読みながら、これを松本大洋が作画を手がけるジャパニメーションで見てみたいなぁ、と思った。『鉄コン筋クリート』や『ZERO』で鮮やかに描かれた獣性を思い出してそんなことを考えたのだが、やっぱりこれも、ひどい感想かもしれない。

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紙の本青空の卵

2004/12/20 17:27

やさしすぎたの、あなた。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この本には、心根のやさしい人間しか出てこない。やさしい人たちが、すれ違いや誤解から、なにごとか事件を起こし、お節介な主人公が引きこもり探偵に相談して、それを解決。ちっとも悪くないのだが、というか、これを気に入らないのは悪い人のような気がして、言いたくないのだが———、実はあまり気に入らなかった。

なんというのか、心の清さのオンパレードに食中りしてしまう。第1話が特に辛い。途中から『美味しんぼ』の説教くさいとき並みに会話が説明口調になるは、社会問題に対して道徳的な答えをよってたかって(という言い方も妙だが)導き出すはで、ページを繰りながら、どうにも恥ずかしかった。こりゃヤバイ、と思った。学級会で清潔そうな女の子がすごく正しいことを言い出したときみたいな、気まずさ。納得するんだけど、つい「うっせぇ、スカートめくっちゃうぞ!」と言いたくなる感じ。

途中、人間関係なんかに関する作者の考えが、主題じゃないところでそっと挟まれて、そういうものには共感できるところが多かった。全体に、もう少しだけ、説教を物語の後ろのほうへ隠しておいてくれたら、とても好きな1冊になったのかもしれないなと思う。

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紙の本バッテリー 3

2005/03/04 13:45

男が惚れそうな男が見たい

4人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

自分も女なので恐縮だが、『バッテリー1』から読んできて、「ああ、女の人の描く男の子だな」としみじみ思った。なよなよしたがらないで、強がった物言いもするけれど、相当にウジウジしたところのある少年たち。心理として理解できるところは多かったけれど、多かっただけに、「嘘だぁ」という気持ちが拭えなかった。女の想像の範囲に収まる男の物語って、安心して読めるけど、ちょっと物足りない。

だいたい、かっこよすぎる。特に主人公の巧が。天才ピッチャーでプライドが高く誰にも染まらず。かっこよすぎるもんで、心底かっこいいと思えず、むしろ、ちょっと眉唾の感。

思うに、人物を描くというのは、ひょっとして欠点を描くことじゃないだろうか。優れているところ、強いところを描くより、どんな弱みを抱えているかを描くほうが、その人を知らせるのに近道だという気がする。この小説はそこら辺りが物足りない。体に触れられるのを嫌がるだとか、野球バカだなんていうのは、色白美青年の喀血と同じで、形式上の欠点に過ぎなくて、読者は心底から「あちゃあ、かっこ悪い」とか、「ああ、それは悲惨」とは思わない。欠点を装った、ヒロイックな演出のようで、そういうのだけが数少ない欠点になっている「見事にかっこいい男」を、私は好きになれない。多少は「バカ」なほうが、人はかわいいに決まっているのだ(ここでいうバカは通例のバカじゃなく、困ったとこをなんかしら抱えているという意味で)。

この第3巻はそれでも、野球を書こうとする気概が前巻や前々巻以上にうかがえて、そこは野球好きにはうれしかった。小説としても大変読みやすいので、続き(ハードカバーでは完結しているので次で最終巻になるはずだ)も文庫になれば買って読むだろうとは思う。ただ、読み方を少し変えるかもしれない。巧くんにはなるべく目をつぶって、肩を壊したキャッチャー野々村だとか、そちらにロックオンで読もうかと思っている。

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紙の本ネバーランド

2005/03/04 13:31

竜頭蛇尾でもいいじゃない

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

舞台は、伝統ある男子校の寮。みんなが帰省する冬休みに居残りを決めた4人の少年は———(以下、驚愕の展開があったりなかったり)。
ベタベタな設定がたまらない。いいねぇ、伝統ある男子校の寮。事情があって居残り。怖い話。少年。4人。いや4人は別に。

この人の本は『六番目の小夜子』と、あとなんだったか数冊読んだけれど、毎度、序盤の期待感がすごいなぁ、と思う。後への引きがとにかく巧い。この作者はきっと生来の寂しがり屋さんで、中学生の頃なんかは、人にかまってもらうための話し方を一生懸命考えるような子どもだったんだろうなという気がする。失敬な。でも、そんな気がする。

そんなわけで、恩田陸の本をひとたび開くと、読まないわけにいかない、もうとにかくこれを今すぐ、みたいな勢いで読み進めることになる。ところが、そうして最後まで読むと、前半だけ読むんだったと後悔することになるのだ。「あの後はどうなるのかしら」と半永久的にヤキモキするのが一番楽しい読み方だったのじゃないかと、いつも思う。思うけれど、まあ、読まないわけにいかないのでしょうがない。

本作も例外ではなく、上記のパターンを踏襲するのだけれど、「敬子」さんが非常に気色悪いのがよかったと思う。気持ち悪く描かれるべき人物が正しく気持ち悪く描かれている、というのは小説としては美点だと思うのだ。ちなみに、私が気持ち悪いとしているのは、脂肪ギトギトだとか欲望ギラギラだとかそういうところではなくて、年甲斐もなく乙女で夢見がちな思想を胸に抱いている点である。おお、不気味。でも、この本の登場人物で、私に一番似ているのも、たぶん敬子さん。

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