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    エリック=カール (さく),もり ひさし (やく)

    5つ星のうち 4.5 レビュー詳細を見る

鮎方高明さんのレビュー一覧

投稿者:鮎方高明

4 件中 1 件~ 4 件を表示

紙の本双調平家物語 1 序の巻

2004/02/03 17:22

「春の夜の夢のごとし」とは行きそうにありません。

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 2005年の大河ドラマは『義経』ということで、ならまあ復習がてらに平家物語でも読んでみようかと選んだのが、この1冊。
 平家物語といえば有名なのが「平家物語 巻一 祇園精舎」冒頭の
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
 娑羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらはす。
 おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
 猛き者もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。」
 だと思うのですが、これには続きがあって、この後、奢れる人や猛き者の例として中国の叛臣の名を、それから日本の叛臣の名をあげてから、「とはいえ、ここ最近じゃあ平清盛というのが、それはもう酷い奴だよな」と結んでいます。
 で、この本というか、この巻ですが、その「祇園精舎」に前半2/3ほどを割いて、序の巻としてます。なぜそんなに伸びたかというと、力を掴むとは天皇の外戚となることであった日本に対して、力を掴む方法として天命を革めうる大陸とでは、叛臣という言葉を同列に置けるものなのか。いやそれならば、中国の叛臣として名をあげたものたちは、果たして本当に叛臣と呼べるのか。そう言葉を上げて、中国の叛臣とされた人々を物語っているからです。これは一見無駄な巻かとも思ったのですが、上記日中の叛臣の対比というのが、平家物語における二大の叛臣、外戚となった太政大臣清盛と、天皇を倒してこそいないものの新政権を作り上げた将軍頼朝との対比とも見えて、心踊らされました。
 そして序の巻の後、栄花の巻に移るのですが、この巻もまだ本編の下敷きでしかありません。結局、平清盛が外戚となったのも、その前に朝廷を支配していた藤原氏の手法を真似たに過ぎず、その藤原氏はどうかというと、ということで、藤原氏が真似た外戚政治と藤原氏の成り立ち、そう蘇我氏にまで遡って話を広げています。
 いやはや、こんなスケールで平家物語を読んだのは初めてで、それでいて序の巻を読むに、各巻が冗長なものにならず、平家物語を読む上での下敷きとしての働きをキチンとしそうで目が離せません。
 私の好きな源平武将は能登守、平教経なのだけれども、一体登場するのは何巻になるのやら。何はともあれ長い付き合いになりそうです。

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はなしっぱなし 上

2004/02/24 00:09

奇想、天外より落ちた先の泉

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ふわー、なんだか不思議なマンガでした。なんと言えばいいんだろう。腹を抱えて面白いって訳でもないし、涙が出るほど感動するって訳でもないのに、妙に心に引っかかるのです。腰巻に書かれている「奇想のカオス」というのは、意味が解らないながらも、確かにこのマンガを言い表しているなぁと、同じ帯に「幻想」という言葉も書かれているのだけれども、それよりもこの「奇想」というのが合う作品群でした。
 奥付などから推測するに、これは連載されていた作品なのだろうけど、そこには一貫したストーリーや登場人物などは無くって、短編集のような趣もある(たまにチラリと過去の作品に触れているような箇所もあるけど)。共通して言えるのは、夢で見るようなお話だということと、そして登場人物たちはその世界を、夢で見るような日常世界のようでいて、それでもどこか歪んでいる世界を受け入れていて、不思議だと思っていないことなのかな(それがまた読者には、少なくとも私には不思議感を高めさせるのだけれども)。
 んー、書けば書くほど言葉が足りないような、また言葉にすればするほどこの魅力はどんどん失われていくような気がします。ただ読むだけじゃあなくって、色々読み取ろうとすれば、たといそれが作者の思惑とは違おうが、自分ひとりで様々に感じ取れる、そんな感性が優先されるようなマンガです。不思議な話が好きなら、そして常識の通ったストーリーやオチが無くても大丈夫だと言うのなら、兎に角読めということなのだけど、人を選ぶ気がしないでもない。ただ気に入ったなら何度でも再読に耐えると思うので、マンガ喫茶などで確認してから買うのが吉かな。

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ダルタニャンを通じ、佐藤賢一を見る

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 『三銃士』というか『ダルタニャン物語』というか、兎も角、大デュマの例の作品の序章に「この本には種本がある」みたいなことが書かれているのは知っていたけど、私自身はそれは作家の作劇上のデマカセだろうな、と思っていた。しかしどうにも、これは事実のようで、更にはその種本のネタになったダルタニャンなる人物が実在したらしい。
 だが実在したとは言えども、それはほんの少しばかり成功した人物らしくて、今「ダルタニャン」という名前が残っているのは疑うことなく大デュマのお陰で、やはり大デュマは偉大だけれど、その大デュマの『三銃士』も種本が無ければ生まれず、その種本も実際のダルタニャンが魅力的でなければ生まれなかっただろうと、やはりそれなら偉大なのは史実の人物の方なのか、と、作者は訴えてくる。
 そうした話を枕に、実在のダルタニャン伯のことを、その家の成り立ちからパリへの上京、その仕事振りに、如何にして栄達を成し遂げたかをいつもの筆致で書いていく。しかもこれは事実を事実として書いているだろうけど、いつもの「男は女によってダメになって、女によって大きくなる」を描くマッチョなテーマは見えないので、作者のそうした部分を好まない人にも、この本は受け入れられるのではないかなと思う。
 しかし何と言っても白眉となるのは、無論のこと結句となる最終章の「ダルタニャンの末裔」で、ダルタニャンの死後、その息子や孫、曾孫、はてにはその家系がフランス革命をも生き延びたことを書きながら、それでも真の末裔とは何なのか、そしてその末裔たちは如何にして支持を受けているのか、そう受け続けているのか、と、蕩々と書き連ねていく様はさすが佐藤賢一と唸らざるを得なくて、作家・佐藤賢一のこれからも書かんとするものを見たような気がする。

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紙の本メシアの処方箋

2004/02/15 22:04

SFとキャラクタの両立

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 前作『神様のパズル』が小松左京賞受賞作と言うことで、読んでみると中々に良かったので、この本も購入してみた。ただしかしその前作もそうだったけど、どうにもこの人の書くキャラクタは好きになれない。魅力的なものを感じない。
 SF的な大風呂敷がたたまれるのは話の中盤であり、つまりは風呂敷とは関連するものの、本筋としてキャラクタたちによるドラマティックな部分があるのだけれども、キャラクタに魅力を感じにくいためか、うすっぺらいためか(動機を感じ難いためか)、風呂敷をたたむ工程とドラマチックな部分が遊離して見えてしまうのだ。
 作者本人は「救いようのない時代に生きる救いようのない人間たちが、最先端の科学技術を駆使して自分たちの"救世主"作りを試みるのです」と言っているのだけれども、「最先端の科学技術を駆使して"救世主"作りを試みる」というのは同意できても、「救いようのない人間たちが、自分たちの"救世主"作りを試みる」とは思えない。「救いようのなさ」も感じられなければ、当然それゆえに「自分たちの」というのも感じられなかった。
 この本の、というか、この作者の今現在の魅力は何なのだろうなァ、と考えてみると、ストーリーそのものよりも、SF的な大風呂敷を広げた上で、キチンとたたみこんでいく、そのたたみこみの工程が非常にエロティックでゾクゾクさせられるのだなと思う。
 この辺り、キャラクタをもっとグイグイと書き込んで欲しいなぁと思いながら、次回作を待って見る。

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