mercuryさんのレビュー一覧
投稿者:mercury
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紙の本食を料理する 哲学的考察
2004/01/28 07:17
食からスルスルと
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本書は、紛れもなく哲学書である。ありふれた「食」をテーマにしながらも、である。本書の特徴は、食という卑近な主題から始まって、あたかもツルが伸びていくように、政治・経済といった社会的次元にまで考察が拡大していく、その思考発展の絶妙さにある。実に、スルスルと伸びる。
私は現代における学問の最大の問題は、各領野の専門化であり、またそれが招いたそれら相互の独立化ならびに日常からの疎遠化であると思う。政治学は政治学として学んでも、一体その政治学が我々の生活にとっていかなる意味をもっているのかは分からない。経済の仕組みを経済学は教えるが、では経済学それ自体は何者なのか、これを経済学は教えてくれない。
本書はどうか? 独立し、疎遠と化した学知をつなぎ合わせる試みが随所に見られる。たとえばこういうものである。
「腐らずとも、蔵の中にあるだけの食べ物は、価値を潜在的にもっているに過ぎないはずである。しかしながら、先の時間を見越す人間にとって、潜在的価値こそは既に現実的な価値として扱うべきものなのである。そこには、意味の働きがある。実際、腹を養い得るものとしての価値に支えられて、倉に詰まった食糧は王の隆盛を示すという価値を現実に働かせている」(p245)
ツルが食から政治学へスルスルと伸びゆくさまをお分かり頂けたであろうか? 詳しくは読者が本書にじかにあたって頂きたいのであるが、こんな僅かなくだりにも意味論、価値論、時間論といった、哲学ならではの卓見が反映されている。しかも著者は鹿爪らしい哲学タームは用いず、日常語で分析する。
政治とは何か。経済とは何か。芸術とは何か。環境問題とは何か。文化とは何か。これらすべてに、本書は食を通じて回答している。専門知の拡大に辟易する現代人に、自己の側から世界を捉えなおすきっかけとなるに違いない。イチオシである。
もう一点、saiさんの書評をみて。本書は食に興味をもつ一般人に向けられていると思わせぶりだが(実際そうだが)、哲学を専門とする人にとっても相当に「目からウロコ」であるということ。saiさんと同じく、私も本書の白眉は、第4章「味覚の特性」だと思う。知覚と感覚を峻別し、しかもこれらは行動というプロセスにおける中間ステージであるという著者の主張は、途轍もない射程をもつものである。
「このステージの出現によって、生命の論理が指定する価値的事態は、単に遂行されるのではなく、選択の可能性にリンクして判断の事柄となる。…こうして、特に知覚は、単なる対象の発見であると見えて、実は、感覚同様、価値文脈の制約のもとで生ずる事柄であることが分かる」(p83−84)
近代哲学を学んだ私には、これは鉄槌とすらいいうる衝撃のくだりであるが、いかがであろう。本書はソフトな風貌のうちに、骨太の哲学論議を潜ませているところがにくい。
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