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先月(2017年8月)

BE-Tさんのレビュー一覧

投稿者:BE-T

3 件中 1 件~ 3 件を表示

紙の本ハリール・ジブラーンの詩

2004/04/10 16:37

「地球よ、あなたはだれ、そしてなに。」

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詩を読むときには、まして翻訳された詩を読むとなると、どうしてもこちらも身構えてしまいます。ひとつには、詩というものほど個人の好みがでるものもあまり無いでしょうし、これほど感覚的に、あるいは生理的に受け取られるものも少ないからだと思うのですが、さらに「詩」を翻訳することの困難さは、嫌でも言葉というもののもっている意味を考えさせられ、極論すれば「翻訳」など出来るのかとさえ考えさせられてしまいます。

 あるいはそれにもまして、「詩」という他の人の言葉に、普段は感じない「言葉」というもの自身に対する不安が生まれてきて、「詩」を前にして、おそるおそる読み始めます。 しかし冒頭の一節は、この不安を取り去って、「詩」と私の距離を一挙に縮めてくれます。ハリール・ジブラーンの若い時の「地球」の詩は、この一節でほとんど存在の価値があるように思われ、前後は省略してしまいたい欲求にかられるほどです。

ハリール・ジブラーンの詩は、翻訳者の苦労は別として、豊かなこころの世界を伝えて、ルバイヤートにも似た比喩と警句と、どこか優しさに富んだ内容を持っています。この詩に添えられた神谷氏の言葉や注釈は、詩の意味や背景を語るだけでなく、彼女自身の気持ちや生きる意思を漂わせて、それは詩を理解しようとする時の不安や違和感を、いつのまにか自然なものに変えてくれます。 

神谷氏のこの本からは、ハリール・ジブラーンの全貌を知るにはあまりにも一部でありすぎるかもしれませんが、それでも彼女が伝えたいもの、彼の心のうちを、精神を、祈りを昇華していて、それは、結局冒頭の一節に凝縮されているように思われるのです。

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紙の本美しい魂

2004/04/10 16:36

フジコの秘密

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 FUJIKOという名前に、いろいろな字をあて嵌めてみる。
 フジ子、ふじ子、富士子。
 幾つかのバリエーションを思い付く。

 では不二子という名前から、あなたならどういう女性を想像するだろうか。
 大概の人にとって、おそらくこの「不二子」という表記は、悩ましい声を出すグラマラスなアニメキャラクターなのではないか。
 あのセクシーな声の「不二子」を思い浮かべながらこの小説を読んでしまったあなたは、新しい「不二子」も、知ることになるのである。

 蝶々夫人の末裔である野田カヲルは常磐家に養子に入る。
 十八になった年にカヲルは、声変わりしたとはいえ天声の声質にさらに磨きをかけるべく、ニューヨーク大学の聴講生の座を確保する。だが留学は大義名分で、カヲルの真の目的は、幼馴染みでありハーバード大学在学中の、二歳年上の麻川「不二子」に逢い、七年間の思いを告げ、恋人同士になることだった。

 本書は、著者渾身の力作、「無限カノン」三部作、『彗星の住人』『エトロフの恋』に挟まる、第二部となる。
 二人の恋に連なる一族四代の、恋の歴史や謎も、併せて読んでみてほしい。

 この小説の「不二子」は、あなたの目にどう映るだろうか?

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紙の本カンバセイション・ピース

2004/03/02 23:21

「家」への愛着

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 誰しもが心のどこかでこの生活を打破すれば「新しい何か」が見つかると思ってないだろうか。そんなことを考えてる人にこそ読んで欲しい。
 主人公は、一年前から世田谷の古い一軒家に住んでいる。この家は伯父の家であった。ここには主人公が幼少期に住んでいたこともあり、その後もこの家にはたびたび訪れ、住み慣れている、そんな「家」を中心に物語は展開していく。といっても大きな事件やイベントがあるわけでもない、彼ら(主人公と妻と姪、主人公の友人の会社の人々、そして猫達)の日常が丁寧に細やかに綴られている。普通であれば気にも止めない事を気にしてみたり、自分の日常を明確にしながら楽しんでいるとでも言うのだろう。誰もが逃れようとしている日常を慈しむかのように扱っている。
 そして「家」。いまでは非常に少なくなっている、大家族や家族団欒という古きよき時代を彷彿させる。主人公が幼少のときにあった出来事が、奥の部屋を見ていて数十年の時を経て思い出されたり……。これは主人公が「家」、すなわちこの空間を一番心地よいと考えているからこそ書き綴られるもので、だからこそ丁寧にかつ細やかに綴られている。この作品では「家」そのものの扱われ方が主軸にある。家とその空間、これを主人公が大切に感じているのではないか。それだけ「家」に愛着を持っているのだろう。私自身は祖父の家を思い出し、と同時に行きたくなった。
 もちろん今あるものが全てではない。しかし今あるものを理解し、慈しむことによって、次の「何か」が見えてくるのではないか。

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