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先月(2017年1月)

せどり三等兵さんのレビュー一覧

投稿者:せどり三等兵

11 件中 1 件~ 11 件を表示

紙の本ゼウスの檻

2005/04/17 20:24

本質を浮かび上がらせる手段としてのジェンダー

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

木星とその衛星のラグランジュ点に浮かぶ宇宙ステーションでは、遺伝子操作をされ完全雌雄同体となった「ラウンド」が生活をしていた。彼らは、雌雄両方の機能を有し、男でも女でもある完全なるインターセックスである。将来の更なる宇宙進出を目指して造られた彼らだが、唯一ステーションにて生活を許され、火星にも月にも地球にも行くことを許されない。
城崎率いる警備隊は、その「ラウンド」が生活する宇宙ステーションでの警備に向かっていたが、ステーションへのテロの情報を聞かされ、交代予定だった先任の警備隊と合同でテロを防ぐべく警備につく。遠く木星で、しかも高度な警備システムを敷いた宇宙ステーションということもあり、楽観視しているが。
技術が高度に発達した未来、あるいはココとは少し違う世界の話。しかも木星までとはいえ、宇宙を舞台にしている。バリバリのSFで、それだけでアレルギー反応を示す方も多いと思う。まだ見ぬ技術を駆使した設定やストーリーであったりして、実感が湧かず抽象的に文章を取ってしまい、イメージし辛い場面もある。だが、宇宙ステーション内というコンパクトな舞台を使用し、綿密な考証により説得力を持たせた設定と、現実世界を踏まえた上での説明の巧妙な埋め込みによって、比較的ではあるが、物語世界に入りやすい部類の作品ではある。
物語の前半は小説世界への導入にページを費やし気味で、少々冗長さを感じるのだが、後半からテンポが上がり、エンターテインメント的な顔を覗かせる。緻密な設定と、SFを十分に生かした道具、魅力的なキャラクターなど、エンターテインメントだけでも十分に通用するであろうとも感じる。
そして、この作品で最も特筆すべき点はジェンダー、セクシュアリティーへの接し方だろう。「ラウンド」という男でも女でもない人類を登場させることによって、恐らくこの先も解決されぬまま横たえるであろう問題の根幹を、わかりやすく提示してくれている。元来SFは社会の問題を架空、想像の設定やキャラクターにて単純化し強く訴えかけることに適している。実際に過去の作品で両性具有などの性質を持たせた登場人物を使い同じテーマを扱った作品は多い。だが、それらの作品はどうしても現状を踏まえた上での主張を含ませており、基本的なことをおざなりにしがちであった。この作品は過去のそれらと比べると、多角的な考え方を提示しつつも、作品全体ではニュートラルな立場からのアプローチとなっている。
少々詰め込みすぎといった感も無くは無いのだが、よく練られた設定と着実な筆致を窺える優秀な作品である。こう書くと怒られるかもしれないが、女性ならではの着眼点ときめ細やかさにて書かれているのではないだろうか。

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紙の本ルドルフ・カイヨワの憂鬱

2005/06/09 02:29

進歩の弊害を鮮やかに映し出す近未来ハードボイルド

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ヒトの生殖細胞に寄生し、7割以上の確立で卵細胞を変質させ、生まれてくる子供に重度の障害をもたらす「ゲノム・ウィルス」。卵子や胎児のDNA検査にて初めて発見できる厄介なウィルスである。このウィルスによって大きな打撃を受けたアメリカでは、妊娠時のDNA検査を義務付けられており、胎児に障害があった場合は堕胎される事が多い。さらに政府は、体外受精を義務付ける法整備を進めており、受精前に正常な卵子を選別でき、受精前にウィルスに対応できることから、指示も厚く成立は時間の問題となっている。そんな近未来のアメリカで、遺伝子関連の案件を得意とする弁護士、ルドルフ・カイヨワはある病院の不正事件を調査するうちに大きな陰謀に突き当たるが。
出生前診断は既に常識となり、体外受精から人工子宮、遺伝子操作へと進みつつある世界の話。他方では火星のテラフォーミングの計画なんかも進んでいる。本書では、ほとんどシミュレーションといってよいほど実現性の高い設定を使っており、既知の、もしくは誰でも想定できてしまう程度のSF的ガジェットである。つまり、センスオブワンダーがあんまり無いわけで、SFをたくさん読んでいる人ほどこういった作品には厳しめの評価を下すかもしれない。そういった側面から、著者があとがきで書いているように確かにSF系の新人賞には向かないと思う。だけれども、そんな不利な作品でも日本SF新人賞というSFを標榜する賞の佳作に輝き、刊行された。これは恐らく、SFとしてではなく、もっと大きな視点で、つまり小説としての完成度や価値を評価しての事だろう。
本書はまた、ハードボイルド的な側面も持ち合わせている。主人公は弁護士だし親友は探偵だし、他の登場人物もアメリカンなハードボイルドでよくあるキャラクターである。ストーリーも割合それに準じたもので、読書量が多い人ほど先が読めてしまうのも確か。だがしかし、それを補って余りある巧みさが本書にはある。SF的なそれもハードボイルド的なそれも凡庸なのだが、どちらも殺さず巧く生かして融合させている。
そして、本書のテーマはいつか私たちが目の当たりにするであろう切実な問題である。いつか来る、必ず来る問題を提示するためにはSFは有効な手段だろう。この種の作品は普段からSFを読む人に限らず広く沢山の人に読んでいただきたいモノである。本書も同様で、SFには馴染みの無い人にも読んでいただきたい。。親切で巧妙な説明と相まってそういった人でも十分に楽しめるだろうし、エンターテインメントとしての完成度も高いので満足していただけるはずである。

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紙の本大図解九竜城

2004/09/24 21:24

無法とモラルの絶妙なバランスで成り立っていた九龍城砦は啓徳空港と共に香港から消えた。

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

現在、九龍城砦はこの世に存在しない。だが、九龍城砦は夢でも幻でもなく、確かに存在していた。
カオルンセンチュイと呼ばれたこの地域は、時代に翻弄されエアポケットとなっていた地だ。

今から百年とすこし前に香港島、九龍、新界などはイギリス領となった。
唐突にそうなったわけではなくアヘン戦争、南京条約、北京条約などを経て段階的に植民地化が進んだと言える。その過程で中国領として残された飛び地が九龍城砦だ。当初は城壁に囲まれていたのでその名で呼ばれるようになったようだ。
このイギリスの中の中国は、かつて中国側の役人や兵士がいたそうだが、条約を盾にイギリスはそれすら拒むようになった。かといって正式にイギリス領とすることもなかった。元々、イギリス法の及ばない地域であり、中国の法も及ばなくなったわけだ。
かくて、九龍城砦は様々な思惑や政治的背景をもって作られた正真正銘本物の無法地帯となった。

「魔窟」、「東洋のカスバ」などと危うい呼び名で揶揄されていた九龍城砦はそんな背景を持つ。無法地帯をオアシスとする人が集まり、生活を営むので実際にそうであった時代もある。
世紀末に取り壊されるまで無法地帯ではあったが、モラルもあった。自警団を組織し、学校を作り、老人ホームを作った。法律とは違う動機の秩序があったのだ。九龍城砦の魅力はそんな無法の中の人間の根的な良心だろう。

本書にでてくる九龍城砦は取り壊し直前のビル群である。取材時に住人は居なかった。
にもかかわらず九龍城砦の一角を丹念に描いた断面図では住人の生活を再現しようとしている。
抜け殻となった建物にかつて住んでいた住人達の匂いが色濃く残っていたからだろうか。オアシスとしての九龍城砦を残してくれた。

たった39ページで九龍城砦の全てを網羅することは不可能だ。ページ数からそれは当然なのだろうが、全てを網羅した本を書くならどのぐらいの情報量となるだろう。日本では他にも幾つか九龍城砦に関する書籍があるが、全てを付きあわせても網羅されているとは思えない。無法地帯であったからこそでもあるが、九龍城砦の全てを正確に把握した日本人はいないのではないだろうか。だからこそビジュアルに訴える「図解」という方法は正解だと思える。
同時にまた、絵をもって再現したこの本は「九龍城砦はまさに時代に翻弄され消えていった」と寂しさを感じさせる一冊でもある。

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ラス・マンチャス通信

2005/03/15 14:05

世間とのギャップが世界を異形に変える

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

日本ファンタジーノベル大賞はその名前から連想するイメージと受賞作品の傾向がズレていると感じるのは私だけだろうか。私は国産小説に対して使われる「ファンタジー」という言葉からは、なんだかメルヘンなお花畑のような、エルフやドワーフ、剣や魔法などをイメージしてしまうのだが、この賞にてそのような作品は少ない。もっとも、この賞は懐が深く一概に「この賞の受賞作品はこういう傾向だ」なんてことは言えないのだけれども、少なくとも本書と一般的に「ファンタジー」という言葉から連想されるイメージとはズレがあるように思う。

しかし、本書はどのような作品なのか?と聞かれれば、やはり「ファンタジー」と答えざるを得ない。ただし、この場合の「ファンタジー」は言うなれば、広義のファンタジーであり一般的に思われている直球ど真中のファンタジーではなく、レイ・ブラッドベリやガルシア・マルケスやH・P・ラヴクラフトなどの作品に対して使われるような「ファンタジー」であろう。つまり国産小説の「ファンタジー」ではなく、海外の一部の幻想文学について充てられる「ファンタジー」である。

そういうわけで、本書は普段から海外文学を読んでいるような人、本棚に翻訳物の国書刊行会や早川文庫が並んでいるような人こそすんなりと読めるのではないだろうか。

本編は主人公視点での物語となっている。だから、主人公が知り得ない情報は描かれていない。一章にて登場する「アレ」の正体は本文中では明かされないし、ファンタジー担当の他のキャラクターや小道具に関しても曖昧なままに置かれる事が多々ある。拡散させたまま放置されるそれらのキャラクターや小道具が物語の雰囲気を決定付け、全体に暗く不気味な空気を漂わせる。同時にその曖昧さが解釈の幅を広げ、読者によってはそこらの純文学顔をした作品よりもずっと深く広い世界を得られるだろう。

本書はエンターテインメントといよりはむしろ純文学的な性質を持たせた作品であると言える。そういう意味では本来読むべき人には知れ渡らずに忘れ去られる危険性がある。「国産のファンタジーなんぞに興味は無いよ」という方にこそ読んで欲しい1冊だ。

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紙の本蛋白質ガール

2004/10/21 01:32

バカでエネルギッシュで不器用で面白い

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

舞台は台湾。スノッブな男の恋愛模様を、主に男友達との会話をもって展開していく。
各章が短編としても受け取れる構成で、各章冒頭で前章の出来事を少しだけ説明してくれる。だから、どこからでも読めるし、一部を読み飛ばすこともできる。
親切な脚注と相乗し、ストレス無く読めるので長編が苦手な人でも大丈夫だろう。

原著は台湾、上海、北京でベストセラー、テレビドラマ化され、あの王家衛(ウォン・カーウァイ)が映画化権を所得したらしい。
訳者あとがきによると「トレンディな小物を作品中に散りばめ、洗練された雰囲気を醸し出し、韻を踏み、小気味よい文章であった」から、中国語圏で人気を博したと分析している。
これは的確であろう。この作品は台湾や中国では流行の最先端を憑する小説であろうことが容易に想像できる。

訳者はまた、翻訳するにあたり、韻を踏む文章をある程度犠牲にしたと言っている。それでも韻は完全には消えておらず、台詞を使うことと共にテンポの良さに一役買っている。


冒頭で主人公を「スノッブな男」と表記したが、これは日本人からの視点である。
台湾ではそのようには取らないだろうし、アッパーミドルのちょっとお洒落な人物像なのかもしれない。
また、訳者曰くの「トレンディな小物」も日本人から見るとまた違って見える。ダサい。けっこうダサい。妙ちくりんな思想も台詞も行動もカッコよくは無い。
そう、実は日本人が読んだら、訳者の言う「売れた理由」のほとんどが当てはまらなくなってしまうのだ。

自分を投影できない、感情移入できない主人公が、日本にはいないであろう相手に奮闘したり悩んだりする小説。
そういう側面ではアメリカ産のドラマに似ている。
舞台も小物も台詞も行動もなんだか現実感が無く、ファンタジーでも読んでいるのかと思ってしまう。
だけど、そういう小説も皆は好きなはず。

現地ではハイソで先端の小説として、日本では台湾というスパイスを使った“ある意味”新鮮な小説として。それぞれ要因は異なるけど、どちらでも価値ある面白い小説、それが蛋白質ガール。

原作者は女性の視点から恋愛模様を描いた続編を書いているらしい。「台湾舞台の恋する惑星」と共に、興味をひかれる。ぜひとも、翻訳していただきたいものだ。

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ラム&コーク

2004/12/10 12:25

将来に期待して

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

名探偵やトリック、アリバイなどミステリーの本流であった要素が最近のミステリーでは蔑ろにされてる。そういった要素に固執するわけではないのだが、時代の流れを感じてしまう。本格、新本格などとキャッチーっぽい呼び名さえ陳腐に聞こえる。重心そのものが移動しているようだ。
小説は元来リアリティーと虚構のシーソーゲームをしており、その力点が変化したに過ぎないかもしれない。もしくは元々虚構をリアリティーとして誤魔化していたが、そういった誤魔化しさえ見抜かれてしまった末の開き直りなのかもしれない。どちらにしろ、最近のエンターテインメント小説は変質をしている。

本書もそんな変質を感じさせる作品である。
悪党達のイザコザを最近のエンタメの潮流に乗せて軽快なタッチにて描こうとしたのだろう。このミス大賞銀賞に輝いた「逃亡作法」もその路線であったが、本書では逃亡作法にあったようなSF的な設定を使っていない。共通しているのは、アジアの悪党を使うことだ。

著者は台湾生まれということもあり、中国や台湾などの事情には詳しい。台湾訛りの中国語を日本語にて表現したり、台湾人と中国人の感情的な軋轢を描ける人は少ないだろう。その点で価値のある作家ではある。本書でも熱くて狡猾なアジア人を楽しめる。ステロタイプなのであろうが、これもまた最近の潮流なのだろう。

ただし、誰でも楽しめるような小説とはなっていない。技術的なというよりは肌の問題なのだろうが、説明をおざなりにされている部分が多く、展開についていくのが難しい。誰の台詞なのか、どういう心理なのか、背景なのかといった説明が少ないので理解しづらいのだ。
軽快なタッチを出すために台詞を多めに使ったのであろうが、その結果、逆にそこここで引っかかってしまった。また、単語の選び方も少し硬く、読む人を選ぶようだ。

以上より本書は、最近のエンターテインメント小説の潮流を捉えようとしながら、捉えきれていない作品であると感じる。軽快さも出し切れていないし、リアリティーを捨てきれていない。著者が生まれながらにして独自の立ち位置を確保しながら、小説にてそのアドバンテージを発揮しきれないのは非常に惜しい。悪党や台詞に拘らない開き直ったアプローチをすれば、大化けする可能性を秘めている作家である。○流なんて名前がつかなくても、ずっと影響を与えつづけているアジアを小説にて紹介し続けて欲しい。そういった期待を込めて星を増やした。

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船が出るぞ〜遅れるな〜

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トゲトゲの単語と文章とストーリーと表紙でもって武装した舞城王太郎の作品群。それは、ある種の人間が書店で手に取るのを、妨げるような躊躇させるような力を持っている。まるで関所のごとき。
同時に今までブンガクなんぞに興味の無かった層を惹きつける力も持っている。アニメや映画や音楽に馴れ親しんだ層だろう。

舞城王太郎がどう考えているのかは不明だが、そうやって読者層をシフトさせる必要性はある。活字離れと言われる昨今に旧態依然のブンガクを供給しつづけたところで未来は無い。その点だけでも舞城王太郎の存在意義はある。

本書も、表紙からして舞城王太郎ワールドとなっている。イラストもそうだが、題名もそう。題名の「。」がある種の人は受け付けないらしい。それを聞いたとき少々驚いたのだが、なんでも記号は文字ではないと言われてフンフンと聞き流した。この拒否反応すら別の層の吸引力にもなっているのかもしれないなぁと思う。

さて内容に入ろう。
5編の短編は相変わらずの口語文。そこらの日記と変わらないと言う人も居るけれども、全然違う。それは自分が普段からメールやチャットで口語を使う人だからよくわかる。読みやすい単語を選び、つなげ方にも工夫がある。これこそラップ調、リズムを刻むように読んでいける。
そして、相変わらずのバイオレンス。確かに暴力的なのだが、映画やアニメで麻痺した感覚をもってすれば大したことではない。本人にとってもそんなことは小事だから、躊躇せず書いているのではないだろうか。
このように数々の関所がやはりあるのだが、そこを抜けると意外な所に出てしまう。
この小説の本質は旧態依然のブンガクと何ら変わらないのだ。言っていることは至極真っ当で奇をてらったモノでもなく、新しい概念を提供しているモノでもない。ガワを新しくしただけ。こう言うとどちらからも怒られそうだが、そう思ったのだから仕方が無い。

ブンガクの転換点はすぐそこまで来ている。人生のほとんどを20世紀で過ごした人に21世紀のブンガクを作れるかどうかは非常に疑わしいのだが、そのきっかけぐらいは作れるのではないだろうか。そして、それが舞城王太郎なんじゃないのだろうか。ということで、そろそろポップアートを認める準備をしましょう。舞城王太郎を読み続けて待ちましょう。

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紙の本古本・貸本・気になる本

2004/09/01 19:05

昔ながらの古本屋のオヤジ

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

活字中毒者やビブリオマニアにとって古書店の主人は憧れの職業だろう。店番をしながら本を読む。好きな本を集められる。売り物とはいえ、古物なので遠慮なく読める。客は本好き、活字好きで同じ匂いがする。世間話にも花が咲く。
また、当然ながら作家という職業にも憧れるだろう。自分の文章が、名前が本になる。周りからは先生と呼ばれ、自らが商品の顔となる。
著者はこの2つの職を持つ。うらやましい。私も活字中毒者なのだろう。

著者は中学卒業後、東京の古書店に丁稚奉公をし、独立。その後、店舗こそ閉めたが古書目録による販売を続ける。古書目録とは古書店の通販部門である。タイトルと著者名、出版社、価格と不親切な状態表記。通常、目録にはその程度しか書かれていないが、著者は何を思ったか目録の余白に文章を載せることにした。「店番日記」と称し古本屋のオヤジの戯言を載せた。出版関係の人に煽てられ、エスカレートして行き、出版までこぎつけた。これが評判になり版を重ね、古書店主人という独特の視点を利用した著作を重ねる。これが直木賞まで取ってしまうから凄い。

本書はそんなオヤジの戯言を聞ける。新聞や雑誌などに寄稿した文章を集めたモノだ。内容の重複やおっさん的な考え方が垣間見え、なんだか高架下の飲み屋で酔っ払いの話を聞いているような、そんな気分になる。

だがしかし、直木賞作家というのは伊達ではない。
全ての与太話には広範な知識による裏打ちと本や作家に対する愛情が溢れている。一冊の本に関わる人の息づかいが聞こえる。人生や価値観、人と人との交流が見える。

無名に近い作家も取り上げる。
新古書店への憂慮も呈する。
昔話にも本が出てくる。
新しい物へのアレルギーも発症する。
風邪の治り具合を手にとった本で判断する。
社会問題の関心度を本の刷り数で判断する。

この本は古書店に身を置き、本とともに人生を歩んだオヤジの呟きだ。

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ホンダ党によるバイクファンのための一冊

1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ホンダの「CB」と冠される一連のシリーズは純血種の鉄馬だ。
CB92に始まり、脈々と続くその系譜はバイク史にとっても欠かせない車種群だろう。
だからこそ、その名を冠した車種はイメージを強烈に焼き付ける。ポルシェ911と同じように看板となり癌となりうる。つまり、企業イメージと直結する扱いづらい名称となっているのだ。そんな中で現在ネイキッドCBシリーズのフラッグシップとなっているのがCB1300SFだ。

ココで告白しておくが、私はホンダ党ではない。CB1300SFには乗ったことも無いし買う気も無い。それでもこの本を持ち、読んでいるのはやはりCBの名のおかげだろう。三章までは市販CBシリーズや歴代レーサーを体系的に纏めてある。「CB1300SF」という題名で前半はCBそのものを扱ったある意味変な一冊だ。

後半はさすがにCB1300SFを中心とした内容となっている。カスタム例やカスタムパーツの紹介、シャシーダイとスタジオタッククリエイテブお馴染みの誌面構成だ。個人的に興味を引いたのはホンダへの取材だ。ラインの様子、開発陣へのインタビューと比較的深い取材ができていたのではないだろうか。最後にはSC40のパーツリストが載っているのでSC40オーナーは必携だろう。

CBシリーズは本書が出た当時より進化している。CB1300SFは言うに及ばずRを奢るスーパースポーツにそれは顕著に表れている。そろそろ次なる書を出しても良いのではないだろうか。

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へんないきもの

2004/10/10 16:27

へんなしょせき

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ライムグリーンのカバーに古風な書体の題名を躍らせる。
お洒落な生き物図鑑を思わせ、購入を誘うが中身はお洒落でもなんでもなく、お笑い路線なので注意が必要だ。

取り上げられる「いきもの」は、魚類であろうが哺乳類であろうが無脊椎動物であろうが、著者が面白いと思えるならば当選だ。ボケ役として何もしなくてもいじって頂ける。

主な構成は、左ページに文章、右に絵を配する。66回それを繰り返し、途中2つのコラムを挟む。

絵を使うのは決定的瞬間を描く方がインパクトがあると考えたのだろう。上手いしリアルで素晴らしい。

文章はネットの影響を強く受けたようだ。
文中、強調タグを使ったかごとく太く大きな文字を配する。笑いどころらしい。
そこを差し引いてもこの文章、かなりの曲者である。
一般人に合わせたのか、天然なのか、「ガメラ」や「ライダー怪人」や「仁義無き戦い」や「竹内力」なんかで直喩する。固有名詞を知らない人は笑えないから注意するように。また、時事を取り上げるので年月に耐えられないだろう。

下世話な視点から生き物を見るとこうなるのだろうか…。と思いつつ本を閉じた。
参考文献や参考HPの量はかなりの物であり「よく調べました」と評価しておく。

各テキストの量も大体この書評程度である。
二時間コッキリの娯楽に1,500円+税を払えるかどうかが判断基準となるであろう。

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ソフトマシーン

2004/08/01 05:54

触るな危険!!

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このトンデモナイ本は、バイセクシャルで薬漬けでカリスマであったバロウズにしか作れない。さらに、バロウズの生きた時代にしか世に出るチャンスは無かった。
それでもなお極東の島国、ニッポンにて難解な日本語で出版されているのは謎だ。本当に人気があって、尚且つ売れているのか?という疑問があるが、バロウズ自身の知名度はあるだろう。

バロウズの知名度を説明するには作品のみにとどまらず、彼の素性が大きく貢献していると思われる。
前述の通りバロウズはジャンキーでバイセクシャルであった。さらに言えば妻を殺したこともある。そんな糞野郎は以前はマイノリティーとしてすら認知されず黙殺された存在だった。にもかかわらず作家として活動した。友人のケルアックやギンズバーグのおかげでもある。すると、黙殺されていた他の糞野郎どもがそれに呼応した。そしてヒッピーへの流れとなる。豊かではあるが、正体のわからない恐怖に悩まされていた・・・そんな時代だからこそ彼は作家として有名になった。……と推測できる。そんな背景を持っているバロウズが生み出した作品は現在においてどんな意味をもつのだろう。

この本は「カットアップ」「フォールドイン」という特殊な技法を用いて作られているらしい。
「カットアップ」とはそこらにある本や新聞を切って貼って新しい文章を作ることだ。「フォールドイン」は切るのすら止めて、紙を折って並べ替える手法。どこがどっちの方法で作られたかはよく判らない。
できた文章はたとえばこうだ。
「ゴーグルがかれのからだ燐光性の蛾をなめる、尻毛を通してオレンジの後光がペニスを包んでちらつく。眠りの中で、はだかのパナマの夜、カメラは青い静寂のなかで脈打ちオゾンが香り、ときには小部屋の壁が全部紫世界へと開く。内蔵と大便の動きのX線写真、かれのからだは透明な青魚。」
本文P158より引用

この文章を読んで面白いと思える人はどれだけいるだろうか。恐らくごく少数だろう。
ある人は必死になって意味を探し、それなりに結論を作るだろう。またある人は「ツマンナイ」の一言で読むのを止めるだろう。あるいは麻薬の幻覚症状に繋げて意味を見出す人もいるかもしれない。
この本はそうやって、読む人それぞれの感性、想像力や知識によって何色にでもなる。
元となる文章はバロウズが持ってきているので意図はあるのだろうが、それが伝わらなくて何の問題があるのだろう。
間違って受け取ったって何ら問題ない。楽しんだ者勝ちだ。

個人的な感想として、この本は衝撃だった。映画やテレビのフラッシュバックを延々と続けられているようで、単語のイメージを延々と叩きつけられた。汚い言葉をたくさん使っているのでそれはそれで苦しかったのだが、他の文学たる作品群には無い唯一無二の存在意義をみつけた。ソフトマシーンは比較的ストーリーが把握しやすいと言われているそうだが、ストーリーを意識することは無かった。改めてストーリーを意識しながら読んでも、苦痛が増しただけだった。
文学史に残すべき作品なんだ。だからこそ島国ニッポンでも手に入るようにすべき作品なんだ。ただそこまでは確信した。

ここからは自分への課題なのだが…この本はいったいどうやったら楽しめるのだろうか。私の持っているこの「ソフトマシーン」は何色になるのだろう。答えはまだ見つかっていない。

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