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先月(2017年4月)

hisaoさんのレビュー一覧

投稿者:hisao

3 件中 1 件~ 3 件を表示

紙の本死の壁

2004/06/06 02:59

“生と死”について語ろう

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

養老先生 “死の壁”を読む
とても悲しい事件が起きてしまいました。
小学校同級生殺害事件。
まさかに小学生の責任では有りません、大人の創り出した余りにも壮絶な現実です。生について死について、バーチャルと現実について子供達に教える事を怠り単なる刺激のみを放射してきた大人達の責任です。
丁度養老先生の“死の壁”を読みかけた所でした。
ここでは“生と死”について 科学者の目で とても解りやすく語られています。
“致死率100%、人間は絶対死ぬ”養老先生はこの現実から語り始めます。
近代文明は“私は変わらない、変わっていくのは世の中の情報である”と誤解しているが、先生は全く反対に捉えます。
細胞学的に見ても人間は毎日変わっていく、そして生き抜く事は死んでいく道程であるとおっしゃいます。
人間不変、絶対の自分を信ずる“情報化社会”が死を覆い隠し、死を穢れ、忌むべきものと仲間はずれにします。
更に死を現実と捉えずバーチャルの彼方に追いやります。だから簡単に人を殺します。
何故人を殺してはいけないのか?
人間は自然と言うシステムの一部です。生命を殺す事は自分の一部を破壊する事です。そして生命は2度とは創れない。
殺しは絶対に“無かった事”にする事は出来ません。その厳粛な事実こそが人を殺してはいけない理由です。
“死体の人称”
“一人称の死”自分の死を恐れる必要は有りません。自分が死んだら、それを認識する自分はすでに無いから、“俺の死体”は有りません。
だから“一人称の死”は考えても全く無駄な事だと切り捨てます。
同じ理屈で老醜を心配するのも無意味とします(ボケの自分を認識するのは不可能だから)
自分と関わりのある人の死=“二人称の死”や他人の死=“三人称の死”が問題になります。
“二人称の死”を問題にする事で“生き抜く意味”が明らかにされます。
どんなにちっぽけな人間も周りの関係の中でのみ存在します。
死は不幸です、病気も不幸です。しかし人間の力の及ばぬ所で出来た結果は仕方ないと思うしかない。
その人の不幸に対する姿勢が周りに生きる勇気を与える事は 難しい事ですが現実には結構有る事です。逆も又しかり。
人間存在の意味は周りとの関係、自然のシステムの一部と捉える事で初めて明らかになります。
思うに 大人達は子供達に“生き抜く知恵”を もっと教えてあげる方法は無いのでしょうか。
家庭は生産の場でも消費の場でもなく益々“現実”から遊離しつつ有ります。
難しい状況では有りますが 普通の子供が平然と人を殺す世に直面した人類の責任は
仮想空間ではない現実の“生と死”の意味合い、そして他者との関係の中で捉えた“命”の不可思議を 
もっともっと問い直し語り明かす事に有るように思います。

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竹内久美子先生の“とんでも?”生物学

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

“とんでも”生物学なんて失礼申し上げましたが、竹内さんは動物行動学の草分け日高敏隆先生の愛弟子です。
立派な科学者なのですが利己的遺伝子説“人間はDNAの乗り物説”を大胆軽妙な文章力で巷間に紹介されたがため“とんでも”科学者などとも言われています。
でも面白いのです。私も実は“竹内”本のファンで新しい著作が出ると中毒のように読んでいます。
チンパンジーの社会に見られる“子殺し”は何故起こるのか?
“女房は何故浮気するのか?”
全てはDNAの命ずるところ。
こんな説はやはり無責任で危険ですかね。もともと生物学はヒットラーの“優性理論”を挙げるまでもなく“とんでも”説に陥る因子があります。
碩学・今西先生“棲み分け説”も考えれば危険ですよね。
その点竹内先生は半分冗句ですから 
まあ 軽いノリでそれ程真剣にならなくて良いじゃないですか。
遺伝子は生物を乗り物として悠久の時間を旅する。
遺伝子のコピーを残す戦略が動物そして人間の行動を左右する。
さて 今回書かれたお説を少しだけ紹介します。
ディナーのおともの話題としても結構ロマンチックじゃないですか。
でも口当たりの良さにはご用心!
お説を余り正面から信じると危ないですよ。
“一夫一婦制はモテない男性のための制度にして女の陰謀?”
   一夫一婦でモテない男も平等に女性配分、
   しかも女は飛び切り良い男の遺伝子を浮気で取り入れ、
   後は旦那を騙して育てさせるのだ! ひゃー!
“女はシンメトリーな男を選ぶのは何故?”
   シンメトリー(左右対称)は感染症、寄生虫に犯されていない証拠。
   女は優秀な遺伝子を自らの子孫に取り入れるため
   シンメトリーな男に走る
“オスの方向感覚は何故優れているのか?”
   昔乱婚時代 男が女を求めてあちらこちらとうろついたなごり、
   そして今も? 
   私のように超方向音痴の男は浮気のできない男、そうだったのだ!
“浮気のタイミング”
   浮気をするのは人間だけ
   乱婚制チンパンジーに浮気はない、
   一夫多妻制のゴリラにも浮気はない
   さて あなたはどのタイミングで浮気すべきか?
   これは本を買って読んで下さい
“チンパンジーの子殺し”
   ほ乳類のメスは普通子に乳を与えている限り発情・排卵しない。
   そこでオスは自分の子を産ませるために子を殺す
“シングルマザーやでき婚に娘の多い理由”
   手軽で効率の良い娘出産、高配当を期待できる息子出産

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紙の本仏教が好き!

2004/05/30 18:36

時には宗教を話そうか

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

西欧キリスト教文化行き詰まりの中で仏教思想の出番が結構言われていますが、仏教は本当にこの世を救えるか?
河合先生は従前から仏教に並々ならぬ関心を寄せておられましたが、今回チベット密教研究家として高名な中沢教授のレクチャーを受けるという体裁で“仏教”について自由奔放に語られています。いずれも才気輝くお二人ですから談論風発ダジャレも飛び交い随分盛り上がっておられました。
仏教を“宗教でない宗教”“宗教の先にある宗教”と捉えます。キリスト教などの一神教に対比し仏教はあらゆる差別、超越性、断絶を否定するとしてその包含的な姿勢に注目されます。
キリスト教において神は人間に絶対的命令を下し、不完全な人間は命令を破り神から罰を受ける存在。
仏教においては人間がうまく上手に生きていける方法が説かれていると主張されます。
キリスト教が倫理を中心に据え、仏教は心理を中心に据える。
仏教の修行は“認識のお母さん=空”と言う巨大な女性的なる物へ自分の存在まるごと抱えて入っていく事。
よく言われる事ですがキリスト教は“父性原理”に立ち、仏教は“母性原理”に立つ。
中沢先生はオウムの麻原教祖を評価したとして一時顰蹙を買ったそうですが、やはり先生のオウムに対するその後の姿勢が気になりました。どの様に言い訳なさったか良く知りませんが先生のオウムに対する総括を聞きたかった。それに答える事が現代仏教徒の責任じゃないでしょうか。
少なくともお二人のこの対談からは"原仏教"の産み落とした鬼子の犯したあの“無差別殺人”否定の論理は見えません。
でもそんな事を言うと“大日如来は一言もしゃべらなかった”“私は真実を言わない”真実の周りをぐるぐる巡回するだけだと言われそうです。
確かに真実など そう簡単に言葉で言うことは困難に違いありません。
一般に知的な信仰者たちは饒舌です。しかし真実に触れようとすると“喝”と言われたり“ぷわーっと煙”をはかれます。
全てを包み込みかに見えた仏教の“否定”そして“否定”の論理、饒舌の中の完全な沈黙。
何故そうなのかは この対談を読んで少しは解った気がします(皮肉ではなく)
でもその先は?
何か怪しげなもの、知的遊侠の胡散臭さも感じました。
この対談では“性”や“科学”については語られていても きらきらと輝く若者達の美しい“生”や 逆に“殺生・殺人”など極めて普通の事について語られることが少なかったのが原因かも知れません。
キリスト教徒とイスラム教徒の間に繰り返される虐殺・虐待、仏教まがいの邪宗に取り付かれた若者達の無差別殺人などを見るに付け、今こそ仏教は“生”と“死”について冗談抜きに正面から語るべきでは有りませんか。
ユダヤ教・キリスト教・イスラム教・仏教もっと勉強しなくてはと思いました。
結局 その事がお二人の碩学の仕掛けた巧妙な罠だったのでしょうか。

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