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闘竜さんのレビュー一覧

投稿者:闘竜

2 件中 1 件~ 2 件を表示

最初の貨幣と国家の陰謀

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 慶雲五年(708)、秩父郡で銅が発見され、朝廷に献上された。これを祝って年号を和銅とあらため、和同開珎とよばれる日本最初の貨幣を発行した。というのが誰もがふつうに知っている歴史の定説だった。ちょっと古銭に詳しい人なら銀銭がさきに発行され、おくれて銅銭が発行されたことも知っているだろう。

 けれども奇妙なことに、かつて秩父の地に銅山などなく、銅銭を化学分析してみると山口県産の銅が使われていたという。銅の発見を記念したはずなのに、銀銭をさきに発行しているのも不思議だ。というより銅の献上は十年前にもあり、年号をあらためるほどのことでもないらしい。さらに史書をひもとくと天武十二年(683)、「銅銭を用い銀銭を用いることなかれ」という詔があり、その後も694年と699年に造幣局にあたる「鋳銭司」に関する記録がある。和同銭以前に貨幣はつくられていたのか。これらの謎はいったい何を物語るのか。

 近年出土され、和同銭以前のものと発表された富本銭は、こうした問題を解決する道を拓く。そのため著者はもうひとつ、富本銭発見以前から知られていた「無文銀銭」とよばれる考古資料に注目する。無文銀銭とは中心に穴のあいた貨幣状の銀製品で、これも和同銭以前のものとされているのだが、著者は無文銀銭・富本銭・和同銀銭・和同銅銭(この順序が重要)から、さまざまな謎を解明し、史書の矛盾を統一する、貨幣誕生についての独自の説を導きだす。それは国家が利ざやを稼ぐための周到な陰謀で、書きようによっては上質の探偵小説ほどの物語なのだが、もったいないことに著者は序文で自説の論理と方法と結論をあらわにしてしまっているのだ。そうはいっても古銭愛好家は必読。そうでなくとも一読の価値あり。

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あいまいな虚構と現実の中で

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 宮崎勤の事件によって「おたく」という言葉が一般化した九〇年代初頭、湾岸戦争に反対し出された「文学者」たちの声明を、大塚英志は「知」とサブカルとの仕切り直し、「八〇年代」という泥船からの逃亡だったとみてとる。いまからみると、かれらは時代の虚構から現実へ飛び立とうとし、けっきょく虚構の中へ着地してしまったということになる。また八〇年代半ば、前田日明らによって結成されたUWFは、アントニオ猪木的なプロレスの、あいまいな虚構と現実とを仕切り直すものだったはずだが、それはプロレスとも格闘技ともつかぬ境界上のいかがわしい存在すぎず、九〇年代初めには、やはり虚構によって成立するプロレスだったことが明らかになってしまう。
 虚実曖昧な世界に安住する視線は「おたく」によっていちはやく創り出された、と大塚英志は主張する。その「おたく」とは、「新人類」との階級闘争のはてに生みだされたものらしい。1983年、やがて新人類とよばれることになる中森明夫は、コミケにむらがる少年少女を差別的に「おたく」と命名した。その中森の文章を載せたエロ漫画雑誌の編集人だった大塚は、雑誌の方向性を「おたく」的なものへと選択し、「新人類」的なものを切り離す。新人類とは、当時すでに功なり名を遂げていた「若者たちの神々」に対して、未だ何者でもなく、「神々」の創り出した商品の忠実な消費者にすぎなかった。けれども、おたくの欲する商品はまだ経済システムの外にあり、その外側の商品の作り手たる大塚としては、市場としてのおたくを開発せざるを得なかったわけだ。
 大塚英志はその後の時代を、体験をふまえ、あざやかに読み解いてゆく。「世界を記号の集積から成るとみなす視線に追従する形で、情報によってあたかも現実がデザインされているかのようなリアリティが浮上していく」時代。革命も、性も、身体も、仮想の現象として受け取られていく。われわれはいまも、大塚を仕掛人のひとりとする虚実曖昧な時代の袋小路に追いやられたままだ。だから大塚がみずからの悪事(というか人の悪さ)も小出しにしつつ、他人事のように語る体験談や解説には多少の不快感も残る。ついでにいうと湾岸戦争反対声明の首謀者だった八〇年代の思想界のカリスマ・柄谷行人や、格闘界のカリスマ・前田日明がこうした隘路から脱けだせないで没落したとすれば、虚をおしすすめ政治活動・平和運動さえもプロレス化させたアントニオ猪木と、実をおしすすめ反戦から奉仕活動・市民運動を経て知事となった田中康夫の二人はみごと時代を逃げ切ったといえるかもしれない。

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