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みけねこさんのレビュー一覧

投稿者:みけねこ

3 件中 1 件~ 3 件を表示

紙の本冷血

2005/10/13 02:28

ひたすら圧倒される傑作をぜひ新訳で

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 事件の舞台は1959年、カンザス州西部のホルカム村。当地の農場主ハーブ・クラッターの一家4人が惨殺された。犯人は刑務所を出所したばかりの二人組。ふたりを凶行に導いたのは何だったのか、クラッター一家はなぜ、殺されなければいけなかったのか−。
 カポーティが膨大なインタビューと調査に3年間を費やし、6000ページに及んだ資料と、さらに3年間の歳月を費やし、編まれた渾身の〝ノンフィクションノベル〟。いわゆる、真実に基づく物語−だ。
 事件自体は、いまとなっては決して珍しい類のものではない。
無論、それはまったく望ましいことではないのだが、
これを越える残虐な〝手口〟は、正直掃いて捨てるほどある、と言ってもいいはずだ。だから、センセーショナリズム的な部分では、そう衝撃は受けない。
 それよりも、この作品の価値は、やはり事件を詳細に、そして多角的に再現し、良くも悪くも娯楽として耐えうる、ひとつの物語として編み上げた点にあると思う。
 物語は、事件前夜から、犯人二人組が13階段を上り詰めるまで、被害者一家の周辺、犯人たちの周辺、そして捜査関係者、裁判関係者に至るまで、さまざまな角度から語られ、描かれていく。その多層に織り込まれたドラマは、それだけでも、読むものを圧倒する。
 そんな中でも興味を引くのは、殺されたクラッター一家の〝属性〟だ。コロラドとの州境に近い、いわゆる中西部の真っただ中、〝バイブルベルト〟とも呼ばれる〝アメリカでももっとも福音にとりつかれた一帯〟。ハーブはその地で、メソジスト派の敬虔な信者として、一代で事業を成功させた。当然、アクの強い起業家ではなく、地元で愛され、信望も厚い。その人物が、年ごろの娘や息子も皆殺しにされたのだ。
ある証言が、地域住民の受けた衝撃を、端的に物語る。
「もし、事件にあったのが、クラッター家でなかったら、みんな、今の半分も気を高ぶらせることはなかったでしょうね。…あの一家は、この辺の人たちが心から評価し、尊敬するもののすべてを代表していたんです。ですから、あの一家にあんなことが降りかかったというのは−そうですね、 神は存在しないといわれたようなものなんです。…」
まさに、神も仏もない、の世界に、地域住民はたたき込まれてしまったのだ。
そして、地域社会は変質する。
〝それまで、村人たちはお互いに警戒心を抱くこともなく、家のドアに錠をおろすこともめったになかった。しかし、それ以後は、何度となく空想でその轟音を再現してみるようになった。その陰にこもった響きは、不信の炎を掻きたてた。炎のぎらつく光の中で、古くからの隣人同士も、見知らぬ間柄のように、お互いを猜疑の目で見るようになったのだ。〟
それは、捕まった犯人二人組が、まったく地域社会に縁のない人間だったと判明した後も、元に戻ることはなかったのだ。
なぜ、この事件が地域住民にとってセンセーションだったのか、とてもよく伝わってくる。自分たちの信じていたものが崩れさっていく様は、圧倒的な迫力を携えながら、読む者の心の奥底に迫ってくるのだ。

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紙の本カウントダウン・ヒロシマ

2005/08/11 18:25

多角的な視点、詳細な描写、重い読み応え…必読の一冊

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

広島への原爆投下のカウントダウンを、多角的に再現したノンフィクション。
ニューメキシコ州での実験から、運命の日、1945年8月6日までを、J・ロバート・オッペンハイマーら、ロスアラモス研究所の科学者たち、ポール・ウォーフィールド・ティビッツ大佐ら、「エノラ・ゲイ」の乗務員たち、ハリー・S・トルーマン大統領を始めとする政府や、軍上層部たち、和天皇を始めとする、大日本帝国の軍及び政府の上層部たち、そして、何よりも実際に被爆した広島市民、そして目撃者たち…
あらゆる立場から、人類史上に残る〝事件〟を振り返る。
読みながら思ったことは、まずひとつ。
「これが、現実に起きたことじゃなければ…」だ。
極めて不穏当な表現だが、本として〝非常に面白い〟
これが、単に空想の世界の出来事であったら、どんなによかったことだろう。
爆弾投下以後の描写は、凄惨を極める。
地獄絵図という言葉すら、あまりに軽く、空虚に過ぎるのだろう。それでも恐らく実際の光景には、遠く及ばないはずだ。
爆弾投下直前のカウントダウン描写には、慟哭に近い感情すら呼び起こされる。そして、投下後の描写には、感情の持ってゆき先が見当たらない。それでも、そんな事態に至った経緯を詳細なインタビューと資料で、緻密にたどったこの本には、とてつもなく重い読み応えがある。
著者は、ロンドン在住の元BBCドキュメンタリー監督。
だが、米国人などによくあるような
「原爆投下はしかたがなかった」的な歴史観にとらわれてはいない。その事態を招いた政情や、政治家たちの判断を冷静に振り返りながら〝人類史上類を見ない非人道的な大量殺人〟であった、との視点を欠かさない。
もちろん、歴史観というものに〝これが正解〟がない以上、100%ということはあり得ないとは承知しているんだが、可能な限りフェアな立場から、この事件を振り返ったドキュメントに思える。

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あらためて知る、過去の教訓

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

1923年9月1日午前11時58分、それは起こった。
文字通り大地を揺るがし、大火災を巻き起こし、14万人もの命を奪った。
そう、関東大震災だ。1967年、外国人記者によって、世界で初めてまとめられたドキュメンタリー。当時の記憶を持つ人も少なくなりつつあるいま、あらためて出版された。
単独の自然災害として、14万人もの死者数というのは記録の残る限り、世界的に見ても史上最大クラスらしい。記憶に新しい阪神・淡路大震災が、死者6400人余、負傷者4万3000人。スマトラ沖地震も避難民170万人は凄まじいが、死者は8000人。ニューオーリンズを襲ったハリケーン・カトリーナで、数千人規模だとか。
死者数と悲劇の度合いは、比例しない。不慮の事故であっても、未曽有の大災害であっても、残された遺族の悲しみに変わりはない。だが、やはり、数(規模)というものは、それなりに大きな意味を持つ。
1923年8月31日、地震前日の世界の様子から、本は始まる。アメリカ、ドイツ、イタリア…。一方で、地震当日にはフランク・ロイド・ライト設計による、日比谷・帝国ホテルの落成祝賀式典が準備されていた。当時の雰囲気を伝える、こうした描写が震災のリアルさをより際立たせる。
詳細な描写が、ひたすら痛ましい。阪神大震災でも、震災そのものより、続いて起こった火災が多くの人の命を奪ったが、当時の東京では、状況はやはり同じ、というかそれ以上だったという。時はまさにランチタイム。そこかしこでかかっていた厨房の火が、火災を引き起こし、その影響で発生した炎を巻き込んだトルネード(竜巻)が、東京・横浜を焼き尽くした。鎌倉などより震源地に近い地域では、津波による被害も甚大だったという。
この地震による東京の火災と比肩しうるのは、二次大戦当時、1945年3月の東京大空襲、同5月の横浜大空襲、あとはヒロシマ、ナガサキだけだという。全部、日本じゃないか…。
街が溶鉱炉のように燃え、その上を炎の竜巻が舞う。まさしく地獄絵図そのもの、だったのだろう。リアルな描写から、その痛ましさはひしひしと伝わってくる。そんな災害そのものの恐ろしさ、に加えて、周辺的なエピソードから多面的に震災を再現した構成も興味深い。
有名な「朝鮮人が毒を入れた」などという流言蜚語によって起こった暴虐の数々であったり、近海で演習中だった海軍の艦隊が震災を知りながら演習を続け、なおかつ救援物資を運んできた米艦隊に退去を命じた、というあきれ返るエピソードや、また、ライトの耐震建築が世界に名を響かせるきっかけとなったエピソードなども紹介されている。
地震に台風、ハリケーン、津波などなど、自然災害の映像を目にする機会が多い昨今だ。
「もし、震災が起こったら…」という教訓めいたものも、読み取りたくなるのが心情だろう。まったく時代が違う、という部分はもちろんあるのだが、いわゆるライフラインが断絶されたら、という部分は、阪神・淡路大震災でも目にした通り、時代が変わってもさほど変化はないと見る方が正確だ。
むしろ、便利さへの依存性が高い現在の方が、〝その時〟の怖さは大きいかも知れない。ニューオーリンズで起こっているような事態を見ても、頼りにならない政府、暴徒化した住民による略奪など、共通のテーマは多い。
もちろん、最終的には運にかかっている部分は大きいのだが、備えあれば憂いなし、とか、冷静に行動しよう、とか、子どもでもわかるくらい、ごく当たり前のことがあらためて大事なことがわかる。
ただ、わかっていても準備は怠るし、わかっていても冷静さを失うのが人間だったりする。では、かつての教訓をどう生かすか。過去のことをまず知ることから始める、という意味でも意味深い本だろうと思う。

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