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JOELさんのレビュー一覧

投稿者:JOEL

300 件中 1 件~ 15 件を表示

こうした徹底取材はマスメディアが果たすべき基本である

21人中、17人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 原発を巡っては、マスメディアが機能していないといった批判が多く聞かれる。事故報道はするものの、なぜそうした事故に至ったのか十分な説明がないという人が多い。「ただちに健康に影響のないレベル」という政府の発表を伝えるしかなかった事故直後の新聞・テレビ。
 マスメディアは権力から距離を置き、だれよりも厳しい目でその行いをチェックしなくてはならないはず。マスメディアもまた原子力をとりまく不可思議な磁場に絡め取られていたのだ。

 ただし、そのことの反省に立って、検証をし、自己批判をしながらでも、報道をすると決めたメディアがある。そのひとつが朝日新聞だろう。テレビではNHKだ。
 へたをすると読者を失うかもしれないことを、果敢にやってみせている。本書は震災および事故から1年以上を経てもなお連載が続く「プロメテウスの罠」を2月時点でいったん区切って、書籍化したものだ。この連載を切り抜いて保存していた人は少なくない。その切り抜きが必要なくなるのだからありがたい。

 特に、首相官邸で何が起きていたのか、可能な限り真実に迫ろうとしている点は貴重なものだ。東電が撤退して、福島第一原発を放棄しようとしたのか、それとも一時的に第二原発に待避して様子を見ようとしたのか、いまだ判然としない点がある。
 本書では、「官邸の5日間」の項で検証されている。官邸にいた菅、枝野、寺田、細野、福山といった人たちは、第一から撤退すると受け止めていた。撤退はありえないとしつつも、万一原子炉自体が爆発すれば、作業にあたる人員がいなくなり、首都圏も含めて日本の主要地域が人の住めない土地になる。ひょっとしたら、撤退もやむを得ないのかもしれないという空気が漂ったことを本書は教える。
 一方、東電は「作業に直接関係のない一部の社員を一時的に待避させることがいずれ必要となるため検討したい」といった、まわりくどい主張を今年の1月時点でもしている。
 こうしたところは、ほかにも出ている原発事故をめぐる類書と照らし合わせながら、事実関係を整理していくしかない。

 菅首相は怒鳴り散らす癖があるために、霞ヶ関、永田町では不人気となり、退陣した。しかし、その迫力が、東電の清水社長に撤退という選択肢をあきらめさせ、最後まで事故収束にあたらせる結果をもらたしたのは、たしかなようだ。それにしても、東電の清水社長(当時)は、きちんとメディアの前に出てきて、事故後にどういう方針を立て、どういう対応をしようとしたのか、説明すべきではないのか。
 いまだに原発事故の影響で生活の見通しが立たない方がたくさんいることを考えれば、引責辞任して、それで終わりという訳にはいかないだろう。マスメディアがまだやり遂げていないとすれば、東電の体質、経産省の有形無形の電力業界の後押しを歴代の社長や幹部に徹底取材し、明らかにしていくことだろう。

 学長の逮捕の項も興味深い。チェルノブイリ事故後に健康被害を調べたバンダジェフスキー医師が、別件で逮捕され、服役したことを書いている。同医師は内部被曝の危うさに警鐘を鳴らしている。一方で、この項では、ウクライナの検診センターのグーテビッチ副所長の言葉として、子どもの甲状腺がんは増えたものの、がん一般に関しては「とくに増えていません」と伝える。ただし、免疫力の低下の話となると同副所長は歯切れが悪くなることも記者はしっかり伝える。別の医師、ゴルディエンコから「確かに、がんがとくに増えているとはいえません。しかし、免疫系がダメージを受けているのは確実だと思います」という言葉を取材によって引き出している。

 放射性物質が飛び散ったチェルノブイリ事故の例があるのだから、健康への影響があるのかないのかよくわからないはずはない。この朝日の取材はその先鞭をつけている。日本の専門医や厚生労働省は、すでに海外で明らかになっている事実を日本国民にしっかり伝えるべきだろう。

 本書は、事故後のさまざまな関係者の動きをダイナミックに描き出すのに成功している。朝日新聞が好きとか嫌いとか、まったく関係なく、福島第一の原発事故後を生きていかなくてはならない日本人は、目を通しておいた方がよいと思われる。

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紙の本ヘヴン

2009/10/08 00:12

川上未映子の多才さ、深さを証明して見せた力作。今から、次作が楽しみ。

11人中、11人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 川上未映子は本物だ。作家としての天分をまぎれもなく持ち合わせている。大阪弁を駆使した独自の文体で世間を魅了してきた作家が、本作で、いよいよ長編小説に取り組んだ。
 本書は標準語で書かれている。かなり苦労して長編を書き上げたようなので、ハラハラしながら読み進めた。もしや小説としてのほころびを感じさせるものになっていはしないかと。 

 しかし、そんな心配は無用だった。前半こそ、物語の筋書きを淡々と綴っている。が、後半に入るあたりから、川上未映子らしさが行間にあふれ出始める。
 いじめられている生徒といじめる側の男子生徒の哲学的問答はかなり読み応えがある。凡庸な作品ならば、いじめにあう主人公が男子生徒に反撃に転じる場面になるだろう。本作はそうではなく、逆に男子生徒からの理詰めの問いかけに主人公は追い込まれ、答えに詰まってしまう。
 このあたりは、「世界」というものと自分の存在の関係性を根底から問い直そうとする、川上のかなり掘り下げた作業の投影に思える。

 ほかにも、思想・哲学に関心が深い川上ならではの意識の断章が散りばめられている。こうした箇所に敏感に反応できるかどうか、読者の哲学的素養が試されるとも言える。

 本作には、川上の根源的な問題意識が巧みに織り込まれている。締め切りに追われ、無理に仕上げたような作品とはほど遠い完成度の高さだ。

 作品の最後は、映画的なビジュアルシーンで締めくくられるが、川上が読者に届けた数々のメッセージの回答は安易には提示されない。読後も考え続けねばならない問題として存在し続ける。

 川上のエッセイを読んでいると、若い女性作家のおしゃべりの饒舌さに、あるいは楽しみを覚え、あるいは当惑する。しかし、川上は、実はもっと深いところで思索を重ねていることを教えてくれる。とても初の長編小説とは思えない作品の仕上がりだ。

 音楽家や詩人としての経歴も持つ多才な川上が、このまま作家としての歩みを進めるのかどうかは分からない。しかし、今は、スター性あふれる作家の誕生を素直に喜びたい。

 トークショーで見た川上は、その魅力を会場中に発散させていた。マイクなしでも響きわたる力のある声は、どんな壁でもうち破りそうな勢いがあった。
 「こりゃ本物だ」。眼前の川上を見つめながら、繰り返し、そう思わずにおれなかった。

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類書と照らし合わせれば、チェルノブイリ原発事故の影響の程度に見当をつけられる可能性がある

11人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書は、チェルノブイリ原発事故から25年経った2011年4月にドイツで刊行された。日本での出版は2012年3月30日である。チェルノブイリ原発事故による健康への影響についてまとめた最新の本である。「科学的に証明されていない」という言い方で長らく不明とされてきた、チェルノブイリ原発事故の影響について本格的に論じている。これは注目できる一冊だ。

 本書がすぐれているのは、データや統計を可能な限り、たくさん掲載している点である。日本国内にも、放射線の影響について論じた本はいくつかあるが、その中立性、客観性、科学性という点で、今ひとつ物足りなさが残る。そうした弱点を、おおむね克服できていると思われるのが本書である。実質110ページに過ぎないが、その内容はとても濃密である。

 チェルノブイリ事故に関しては、情報公開が不完全で、健康への影響に関して明らかにすることがタブー視されたり、情報操作を受けたり、矮小化されてきた。そのため、正しい情報が日本はもちろん、国際社会にも伝わっていない。

 本書もIAEAやWHOなどが、健康への影響を小さく見せかけようとしている点を指摘する。
 実際、大規模な健康調査が事故直後から継続的になされてきたかと言えば、それは欠如している。1986年の事故当時はソ連の末期であった。事故からほどなくして体制が崩壊したことにともなう社会的混乱のために、きちんとした調査がなされてこなかった面がある。

 ただし、それは大規模な疫学的調査が不足していたのであって、なんらの調査も行われてこなかったことを意味しない。ベラルーシ、ウクライナ、ロシア、ドイツ、北欧といった放射性物質がたくさん降下した国々や地域レベルでは、それなりの調査や研究が積み重ねられてきている。
 なかには、調査研究の方法に妥当性を欠くものもあるようだが、そうした調査から信頼するに足るものをいくつも選び出して、まとめてみせたのが本書である。

 つまり、「独立・中立の機関による大規模で長期的な調査が行なわれていないために、チェルノブイリ原発事故の完全な全体像が描けないとしても、その傾向を把握し、提示することは可能である」(p.13)として、刊行されたのが、この本である。

 探し求めてようやくたどり着いた本という印象を持つ人も、多く出るに違いない。低線量であれば、自然界にも放射性物質はあるから心配はない、といった言説が妥当であるのかどうか、本書を読み終えれば、自分なりの結論を得られるだろう。
 いや、読み終えたとき、チェルノブイリの事故の影響の大きさに驚いたり、怖くなる可能性もある。事故の調査や研究がタブー視されたり、矮小化されてきた理由も、このあたりにあるのだろう。

 健康への影響が、本書におさめられた数々の調査結果から読み取れる。ガンだけでなく、さまざまな影響があらわれていることを伝えているのだ。旧ソ連圏だけでなく、ドイツ南部のように比較的たくさんの放射性物質が降下した地域でも起きている。そして、巻末にあげられた膨大な参照文献の数々がその説得力を増している。

 原子力の普及のためには都合が悪い事実を隠しておきたい政府や国際機関はともかく、WHOという本来、人々の健康を守るために設立された機関は、その役割を忘れてしまっているのではないか。旧ソ連圏やヨーロッパで出された論文から、これだけのことが分かっているのだから。

 日本人の監訳者はあとがきで、「放射線被ばくが人間の体にどのような影響を与えるかは、じつはほとんど解明されていないと言うのが、現在の私の実感である」(p.150)と述べているから、医師として慎重な姿勢を保っている。本書の刊行で、タブーを打ち破ろうといったつもりはなく、淡々とこなしている。そうした人が、翻訳に関わっているからこそ、かえって耳を傾けてみようという気持ちを読者に起こさせる。
 
 健康への影響を、この書評欄でかいつまんで書くのは困難だと感じた。ぜひ、手にとって読んでみられるといいと思う。

 なお、著者は「核戦争防止国際医師会議ドイツ支部」だが、「核戦争防止国際医師会議」は1985年にノーベル平和賞を受賞している。

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紙の本告白

2009/04/08 21:21

読者と作家の勝負では、作家に勝負ありの一冊

14人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本作は2008年最大の話題作である。たしかに、よく練られた筋書には最後までどきどきさせられた。1日で読み終えてしまったくらいだ。人の死にアレルギーを覚えるような敏感な人でなければ、だれしも一読の価値があると言ってよいだろう。

 書評などというものを連続して書いていると、自分でもミステリーのひとつくらい書けそうな錯覚に陥りがちなところ、本作は凡庸な書評家の錯覚など、見事に打ち砕いてくれる。非凡な才能なくして、この世界では通用しないのだよと教えられるようだ。

 作者のデビュー作なのだが、脚本家としての実績があるので、まったくの素人というわけではない。それが、デビュー作にして、本書を老練な作家の技巧を散りばめたような作品にしている。読んで損はない。

 ただし、何か救いがないという読後感が残ってしまったのも事実である。たしかに、今の時代の気分を映しているのかもしれないのだが。登場人物ごとに、心象風景を上手に描き分けてもある。それでも、人の中に巣くう「悪」というものをこんな風に取り出してしまって・・・、そのことを手放しでほめてよいものかどうか迷う。

 それは、宮部みゆきの作品が、同様に人の悪や殺人事件を描きながらも、柔らかで温かな眼差しを含んでいるのと対照をなしているようにも思える。宮部作品でも人はよく死ぬが、最後にはすがるよすがを与えてくれる。そこに私たちは、殺伐とした世の中でも、喜んで宮部作品に手を出してしまう理由がひそんでいたりもする。

 もちろん、湊かなえが本作に相当するような酷薄な人であるわけではない。新聞や雑誌がすでに人となりを浮き彫りにしている通りだ。さらには、作品には作家の世界観が必ずしも投影されるわけではない。作品と自分をうまく切り分けられるのも、作家としての要件のひとつに挙げることができるかもしれない。

 ただ、容易には取り除きがたい「重たさ」が心にずしりと残った。そのくらい、読者はフィクションを読んだというよりは、現実に起きた出来事を作家とともに追いかけているという感覚を覚えさせてくれた。その意味では読者と作家の勝負では、作家の完勝に終わっている。今後の作品にも、大きな期待を覚えつつ、満足感にひたりながら読み終えた。

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こんな会社があることに救われる思いがする

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 今話題の本である。書店員の推薦から火がついて、すでに本書に収められている会社にテレビ取材がはいったので、ニュース番組で見たことのある方も多いことだろう。
 世界が同時不況に陥り、人の削減が問題になっているときこそ、読んでおきたい本である。

 本書は、著者が日本中の6000もの中小企業を訪問した中から、選りすぐりの5社を紹介したものである。コラムで手短に9社紹介しているので、都合14社になるが、今の時代に、こんな会社があるものかと嘆息せざるを得なかった。

 世に経営の心構えや、利益を上げる経営のコツを説いた本はたくさんある。そんな中で、短期的な利益には目をくれず、ひたすら社員とその家族、そして会社の所在地の地域を幸せにし、その結果として顧客の満足を願う会社が成功事例として取り上げられているのは注目に値する。

 およそ今時の会社経営は、株主寄りであったり、世間受けがよいようにお客様第一主義を唱えていたりする。そうした時流からは完全にはずれてしまっている会社が紹介されているのだ。それでいて、数十年かそれ以上、増収増益を続けているから驚きとともに、感動を覚える。

 まず、社員が幸せにならなくては、どうして顧客に安心して自社の製品をすすめられるだろうかと問う。製品としていかに優れていようとも、その裏に社員の怒りや悲哀が隠されていてはいけない、という経営者の姿勢には、読者は痛いところを突かれる思いがする。

 障害者の雇用が義務づけもされていなかったころ、50年以上も前に、社員の声に押されて雇用し、今もその社員を抱えている会社がある。その会社は今では、障害者が従業員の7割を占めるチョーク製造会社ながら、市場シェアの3割を握るまでになっているという例には涙する方も多いことだろう。

 人が生き生きとするには、人から必要とされ、何かの役に立っていることを実感するのが大切である。このことは、健常者でなくとも当然のことであるが、障害を持った方にも味わわせているところに、こうした会社のすごさがある。

 本書に紹介された5社は、「規模が小さい、大企業に劣る、ロケーションが悪い、政策が悪い、人材がいない」といった中小企業の経営者がとかくこぼしそうな愚痴とは正反対の立場にいる。それでいて、増収増益を何十年も続けているというのは、経営の真実をものにしている証拠である。

 簡単に言えば、誠心誠意を尽くして仕事をする、ということになる。簡単なようで、このことを地でいくのは容易ではない。
 優れた製品を持っていれば、大手企業や大手スーパーから販路拡大の勧誘を受けるが、それらをことごとく断っている。一時的な業績の伸びで設備投資を過剰にしては、景気次第で、いつ会社を縮小せざるを得ない局面に立たされるか分からない。今、名だたる大企業が続々と正規・非正規を問わず、大規模な人員削減を強いられていることに留意したい。

 本書では、「年輪経営」とも呼ばれているが、少しずつでも着実に伸びていき、会社の持続性に力点を置いている。長い目で見れば、優良企業として、規模は小さくても就職希望者が引きも切らず、人材が押し寄せる結果となる。

 経営の要点は、カーネギーの名著『人を動かす』に通じるものがあるが、何十年にもわたって実践し、伸び続けていることで揺るぎない事例を世に示しているところに本書の価値がある。
 これもまた、すぐれた名著である。

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紙の本インドの衝撃

2009/03/24 01:01

たしかにインドという国の姿に衝撃を隠せない

10人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 インドは摩訶不思議な国である。少なくともごく最近まではそうであった。したがって、多くのバックパッカーが好んで訪れるエキゾチックな国であった。

 それがどうしたことだろう、今やBRICs諸国の一角を占め、急激な経済成長を遂げる国に変貌した(ただし、本書刊行時)。

 ただ、テレビを見ていると、バラエティ番組では、インド人はカレーばかり食べる、バクシーシ(お布施)をしつこく求める、人間だらけで暑苦しい、ガンジス河で沐浴する、とステレオタイプな扱いが幅を利かす。

 こうしたギャップを埋めるのに本書ほど適したものはない。インドの現実をかなり掘り下げてレポートしているからだ。NHKのディレクターたちが制作した番組を見た方も多いことだろう。

 ここには、番組に盛り込めなかったことも含めて本の形にしてまとめてある。テレビを見なくても、本書を読むだけでも、たしかに「衝撃」を受ける。

 衝撃と銘打つからには、それ相当の中身がなくてはならないが、本書にはあると言っていいだろう。そして、この衝撃が、実はまだ始まったばかりであると結んで終わるところに、「恐ろしさ」がある。ただ、明暗を分ける国の発展は、安易に「希望」という言葉を冠することをためらわせる。

 インド人は貧困から抜け出すために必死である。勉強に勉強を重ね、難関大学に進み、大手企業に就職するか、自ら起業するかして、貧困から脱出することを願う。そもそもの貧困ぶりは、目も当てられないほどである。
 学校と言いながら、トタン屋根と柱、黒板だけの吹きさらしの建物で学ぶインドの人たちの向学心には圧倒される。1000人もの子どもがぎゅうぎゅう詰めになって学び、イスが不足していても立ったまま学ぶ。雨の日は横殴りの雨であれば、傘を差して授業を受ける。みな真剣なまなざしで。

 しかも、勉学に成功した暁には、故郷をよくしたい、国に尽くしたいという殊勝な心がけばかりである。フェビアン社会主義のなごりと思われる。

 長く、このフェビアン社会主義はインドの発展を妨げた。悪しき官僚制度が、電話一本ひくのに1年かかるという状況を生み、経済は長く停滞した。あと少しで経済が破綻するという瀬戸際まで来て、時の首相は改革開放経済に踏み切った。90年代にIT革命が米国で起きてから、準公用語としての英語国、民主主義国という利点を生かして、発展を遂げる。

 それでもまだ、いびつな発展である。インドのシリコンバレーと言われるバンガロールにさえ、空港からたどり着くのに時速5kmという渋滞の洗礼を受ける。
 ただ、一歩、踏み込めばバンガロールのインフォシスといった優良企業は別世界である。もっとも、ここには激しい競争がある。入るにもそうであるし、入ってからも創造性が求められる。ところが彼ら彼女たちは、こうした環境に好んで身を置き、生き生きと毎日を送る。日本人はあっけにとられてしまう。
 
 インドの中間層の発展ぶりは驚異的である。新たな町が生み出され、近くのスラム街とは一線を画する。旺盛な消費意欲が刺激され、テレビや車やエアコンの普及が進む。それも、まだ初期段階である。スラムの人たちにもじわじわと恩恵が広がる。

 そうはいっても、綿花栽培農家の絶対的貧困は悲惨なこときわまりない。グローバル化の恩恵を受け、成長しているソフトウェア産業がある一方で、価格競争に巻きこまれ、まともに食べていけなくなる農家が続出しているのも事実だ。コットンベルトでの農家の自殺はあとを絶たない。

 政治的にも、かつてのガンジー家の威光は通じなくなり、少数政党が政権の行く末を握るようになった。大衆に迎合する政党が躍進し、それまで進められていた経済特区が突然にごわさんになる。これでは、進出を予定していた企業はたまらないだろう。

 インドは恐ろしく多様性に富んだ国である。さまざまな断面があり、それぞれに真実なのである。
 長期的に見れば有望な国であろうが、国内政治は不安定で、いつ何が起きてもおかしくない状態にある。はたして投資に的確な国かどうかの判断が、本書を読んでさらに難しくなった。

 いずれにせよ、ここまでインドの現実を描き切ったNHKディレクターたちの労力には頭を深く下げるほかはない。おすすめの本である。

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これぞ反骨のテレビ・ジャーナリズムだ

10人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 NHKにもまた筋金入りのジャーナリストがいた。こうした人たちのおかげで、私たちは日本のジャーナリズムに失望せずに、思いとどまることができている。
 震災後、NHKのETV特集で福島の放射能汚染の実態が詳細に描き出された。そのときのディレクターやプロデューサー、研究者たちの活動の軌跡が本になった。テレビ番組で見るのとはひと味違う。実に、興味深い。番組を見そびれた方はぜひ読んでみるといいと思う。

 福島第一原発から北西方向に放射能の雲が流れて、雨や雪とともに地表に放射性物質が落ち、汚染された。汚染の濃度が高く、避難地域に指定されたり、自主的に避難している方が、たくさんいる。その数16万人と言われる。その汚染の実態を東電や政府発表でなく、在野の放射線の専門家とNHKのディレクターが力をあわせて明らかにした最初の報道となった。

 見えない放射能の恐怖にもまけず、各地で放射線の測定を行い、放射能汚染の地図を描いた。その勇気は褒め称えられるべきだが、それ以上に、放射線測定の専門的技術をもった数少ない研究者が日本にもまだいたことが救いだった。
 ただし、ひとりは国の研究機関に辞表を出して測定に参加し、もうひとりは80歳を超えている。こうした人たちがいなかったら、今でも「ただちに健康に影響の出ないレベル」という表現ではぐらかされたままだったのだ。

 おそるべきは、この番組を作ったディレクターも、東海村での原発事故を描いた番組を作ったあとNHKの放送文化研究所に異動させられていた事実だ。NHKもまた、原子力ムラの磁場に絡め取られていたのだ。著者はNHKのそうした体質にもきちんと言及している。
 このETV特集にしても、原発に近づいて番組制作をしたことで幹部からはげしいバッシングにあい、根も葉もない噂を他部局のディレクターたちから流されている。結局、放送後の視聴者からの反響の大きさが、著者たちを明るい場所につれだした。今に至るまで、海のホットスポットなどでこの番組は回を重ねている。

 NHKもこうした反骨のディレクターやプロデューサーのおかげで、命脈をつないでいることを知らされる。信念を曲げないディレクターの系譜が「あとがき」で語られる。過去の名作は、組織の論理にあらがって作られたものが多いのだ。

 それにしても、福島第一原発の事故の前は、原発への賛否はイデオロギーがかっていた。それが、この番組を含む献身的な研究のおかげで、原発への賛否が科学に基づく賛否に変わった。その変化の潮目をつくったのが、ETV特集の番組だ。

 p.253-269にかけての二本松市の家族の外部被曝・内部被曝を測定するくだりでは、息をのんでしまう。やはり少なからず被爆しているのだ。

 原発は、大地震の危険と隣り合わせの列島で許容される発電方法ではない。
 福島第一原発事故で汚染された土地で私たちは暮らしていかなくてはならない。ほかの原発が再稼働される限り、いつまたこうした事故が起きないとも限らないのである。

 

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これを読まずして、原発の再起動の決定はりえない

12人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 あっぱれ、大鹿記者。そう、唸ならざるを得なかった。筋金入りのジャーナリストではないだろうか。福島第一原発事故発生から、2011年8月30日の菅内閣総辞職までを徹底的に追求している。引き込まれるようにして読み進めた。

 原発事故をめぐる不明な点の数々が、次々に明らかになっていく。その迫り方に興奮を抑えきれなかった。朝日新聞の記者だが、今はAERAに出向している。それがいっそうの取材の自由度と、思い切りのいい書きぶりを可能にしているのだろう。朝日新聞に在籍していては、ここまで書けなかったのではないか。

 それにしても、東京電力はひどい企業である。その存在が許されてもいいのだろうか、とすら思えてくる。代替電力が開発され、その安定供給が確保されれば、今の東電の救済策など破棄して東電を法的整理をしていいくらいのひどさだ。

 まるで人ごとのような態度をとり、記者会見には中間管理職ばかり立たせる。会長・社長・副社長といった幹部は本店にこもりきり、批判から逃げてばかり。それが東電の体質なのだ。これを許してきた行政と法律の仕組みにも問題があるが、あらゆる姑息な手段を講じて生き延びようとするさまは、おそろしく見苦しい。
 東電の資産は可能な限り売却して賠償に回し、いつかは解体してしまってもよいという気持ちになる。体調不良を理由に入院していた清水社長が、その入院先から、自らパソコンを操作して、住宅ローンを一括返済している事実など、被災者の逆上を買わないはずがない。

 また、経産省も実にひどい。こちらも原子力発電の温存のために暗躍する。彼らもまた、見えないところで、あらゆる手を回し、原子力政策を維持しようとする。
 経産省は原子力政策を推進してきた責任の重い官庁だが、ただの一人も責任をとらないで済ませている。更迭されたかに見せかけて、事務次官以下3人の幹部は割り増し分を含めて退職金を6000〜7500万円も受け取っている。著者が、せめて割増分くらい返上してはどうかと問うても、「制度がそうなっていますから」と答えて、受け取っている。
 繰り返しになるが、経産省は無傷のままである。これでは、この先、いくらでも巻き返す力を蓄えていると警戒すべきである。

 おおよそ肯定しているのは菅政権の対応だ。事故直後の初動に依然不明な点があるとしながらも、要所で、東電や経産省のむしのいい動きを牽制し、押さえ込もうとした。一部の民主党政権に批判的なメディアのために、菅政権の失態であるかのように報道された件も、間違った対応ではなかったことが分かる。むしろ、そうそいた批判は菅政権を陥れる謀略だったりしたのだ。

 菅首相は、唐突に脱原発を言い出したり、再生可能エネルギーを後押ししたりしたのか? そうではない。浜岡原発の停止も、突然言い出したかのように一部報道されたが、どれも伏線があったり、経産省の策略にあらがって打ち出したものだったりして、なかなか機転が利いている。

 本書によれば、どうやら菅首相が起用したブレーンの知恵が働いているようだ。なかには粗製濫造になった内閣参与もいるが、有能なブレーンは、ここぞという場面で、知恵を貸し、難局を乗り切っている。
 セカンドオピニオンやサードオピニオンを活用した菅首相の姿が垣間見える。もし、ほかの人が首相の地位にいたら、いまごろ全国各地の原発は再稼働されて、事故前とたいしてかわらない状況になっていたおそれがある。再稼働のハードルをあげるのに菅首相は一役買っている。

 ただ、著者は菅首相を一方的に持ち上げるばかりではない。本書の終わりで、経産省に立ち向かうには、菅政権は力不足であったとしているのだ。郵政改革に反対する官僚を更迭した小泉首相のような果敢さが足りなかったと。ただ、これができなかった点は、著者の取材でも不明である。著者は、こうした不明な点がありながらも、できるだけ多くのことを記録しておくべきとして本書を書いた。

 そのジャーナリストとしての志やあっぱれである。原発事故関連の本の中では、抜きんでた価値があると言ってよいだろう。保身と責任転嫁に逃れてしまう人間の悲しさも、本書にはしっかり描かれている。自分自身にもそんなところはないかと、結構考えさせてくれる本でもある。

 一読する価値あり。いや、再読する価値がありの一冊。お勧めである。

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紙の本楽園 上

2010/12/09 09:07

忙しいときこそ、我を忘れて読書に没入したいあなた向け

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 宮部みゆきは、やはりただ者ではない。文庫本で、上巻・下巻とも400~500ページになる大作なのに、読者は無我夢中で読み切ってしまう。下巻の後半になっても、まだ謎が次々に浮かんできて、その先の展開に期待感を高められてしまう。

 これほど作品世界に没入させてくれる作家というのも希有ではないだろうか。私はミステリ分野の作品を好んで読むわけではないが、特別なものを感じないではいられない。

 何しろ、読んでいる最中、周囲のことが気にならなくなるのだ、電車の中で読んでいても、自宅で読んでいても、職場の昼休みに読んでいても、ひとり作品世界に遊ぶことができる。
 ふだんは混雑する電車に押し込まれてつらい思いをするが、まるで気にならなくなる。本を開くスペースさえあれば、それでOKである。周囲に誰がいるか、どのくらい混雑しているか、かまうことはなくなる。自分は宮部作品の中にいるからだ。

 深夜、やむを得ず本を閉じて布団に潜り込むとき、我に返る。「ああ、なんて幸せ。こんな作品と出会えて」

 ところが、宮部みゆきの作品から、気の利いた一文を取り出してくることは思いのほか困難である。評価の高い作家の場合、その作品を読んでいると、嘆息するような言い回しに出会うことが多い。「そうか、こんな言い回しもあるのか」と。

 それが、宮部みゆきの場合、どのセンテンスも飾り気がない。珠玉の一文を取り出してくることはむずかしい。ごく普通のいくつもの文がただ連なっているだけである。
 それにも関わらず、読者を引き込むということは、その文の連なりが、すぐれた物語を紡ぎ出すからだ。

 「いくつもの点が線となり、いくつもの線が面となる」とは言い古された表現だ。宮部みゆきにはこの表現が、ぴたりとあてはまる。何げない一文の連なりが、ひとまとまりの事件を生みだし、そうした事件の連なりが壮大な物語になる。その物語は、堅牢にして味わい深い世界を構築している。

 執筆に取りかかる前に、よほど入念に取材し、資料を集め、構想を練るという準備をするのだろう。そうでなくては、これだけこみ入った作品にはならないはずだ。

いくつかの出来事が同時並行的に進行し、謎を深めていく。結末に近づき、真相が解き明かされていくプロセスになると、早くも名残惜しくなってしまう。作品世界に没入できる時間が終わりに近づくわけだから。

 宮部みゆきは優しい人だ。登場人物の造詣にそれがあらわれている。どんな人が登場しても、ふんわりと柔らかい空気に包み込まれている。装飾性を排した表現で、これだけの人物描写ができるとは、すばらしい。目の前に登場人物がまざまざと浮かんでくる。着ているものも、話す言葉のトーンも、身のこなしも、すべて読者に伝わってくる。

 本書では、サイコメトリーという超心理学的事象を中心に展開する。この摩訶不思議な事象が、読者の好奇心をくすぐらずにはおかない。いったい、ことの真相はどうなのだろう、本当にサイコメトリーの能力を少年は有しているのだろうかと。

 主人公の編集プロダクション勤務の元フリーライター前畑滋子の八面六臂の活躍にもはらはらする。なかなか大胆な仮説を持ち出しては、それを実証していく。この種の事件の真相を探るのを前畑は本職とはしていないのだが、過去の自分の経験に照らし合わせて、のめり込んでいく。

 前畑滋子、サイコメトラーの少年、その母親敏子、少年に見透かされる土井崎一家、弁護士、と登場人物は多いが、読者が混乱することはない。巧みに描き分けられているからだ。

 最後まで飽きさせない作品。読者であることの幸せ。それを教えてくれる宮部みゆきであった。

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レジーム・シフトとは広辞苑にも載っている理論なのであった。これを理解すると海洋生態系や漁業資源に対する見方が一変する

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 イワシは、かつて大衆魚の代表だった。いくらでも獲れて、安くお店に並んでいたからだ。漢字では「鰯」。「弱」という字を当てられているのも、イワシの立場を表している。

 ところが、イワシの漁獲高が近年、大きく低下している。ほかにも、水揚げが減少している魚は多い。そして、その要因を「乱獲」に求める声が、これまでは大きかった。 
 しかし、著者は、海洋生態系の複雑さをもっと丁寧に解き明かしていく。乱獲だけでは説明がつかないというのだ。

 長期間、データをとり続けていると、歴史的にイワシの漁獲量は大きな上下動を繰り返していることが分かる。そして、イワシの食べる海中のプランクトン量を調べてみると、これも上下動を繰り返している。
 つまり、イワシを養える「海のキャパシティ」の変化にイワシの漁獲が左右されていることになる。これを「レジーム・シフト」というのだそうだ。

 80年代前半には、当初、水産資源学者や海洋学者のあいだでも、レジーム・シフト理論は否定的な受け止め方をされていた。その後、ワークショップを重ねて、80年代の終わりには、専門家のあいだでほぼ支持されるに至ったという。90年代以降は、レジーム・シフト理論に基づく、魚類の個体数変動が盛んに研究されるようになっている。

 「レジーム・シフト」は2008年に発行された『広辞苑(第六版)』にも収録されている語彙だというのだから、理論としては定着したと言える。しかし、この考えは、あまり一般の人々のあいだで広まっていないように思える。著者が本書を刊行したのも、その現状打破にある。

 大気-海洋-海洋生態系という地球環境システムの変動を説明するレジーム・シフト理論はもっと広く理解されてよい。「大気」、「海洋」、「海洋生態系」の3つを関連づけて語らないと、やみくもに稚魚を放流したり、漁獲規制を行ったりということになりかねない。

 ちなみに、海のキャパシティが成魚の量を決めるので、稚魚をいくら大量に放流しても、結果としては変わりがないことになる。実際、このことは北太平洋のシロザケのデータによって確かめられている。

 もっとも、大気-海洋-海洋生態系のつながりを正確に理解しようとするのはかなりの努力を必要とする。著者は、各種データをあげながら懇切丁寧に説明し、読者を助けようとするのであるが。

 海には海流があり、それに乗って魚類が移動していることくらいは、だれでも知っていることだが、海洋環境のダイナミズムはとても複雑だ。大気との熱交換システム、気圧と海水温の関係、それにともなう海洋生態系の変化についての説明は、読者の知力を試しているようでもある。

 海洋は、一般に思われているよりも、もっと変化に富み、それ自体が生き物のごとく振る舞っている。大海原には、どっしりとした安定感があり、揺らぐことがないようなイメージを抱いていた。それが、読後に一変してしまった。

 また、本書の終盤に取り上げられる国連海洋法条約や排他的経済水域の考え方は、「レジーム・シフト理論」からすると、持続可能な漁業にとっては妥当性を欠いているという指摘も鋭い。

 自然の変動によって、漁業資源はもともと上昇と崩壊のサイクルを繰り返すが、回復期に獲りすぎると、資源がもとに戻らない。世界はレジーム・シフト理論を基本に、海洋計画を見直す転換点にあるというのが本書の締めくくりだ。

 科学を基礎に置いた政治的判断。これが今求められている。科学が先行しないと正しい海洋政策も立てられない。そういう著者の主張はなかなか説得力に富むと見た。 

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紙の本人間失格 改版

2009/06/04 00:51

太宰の言葉、私語りの極致

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 言わずと知れた太宰の代表作である。今なお表紙を新しくするなどして発刊され続けている。最近では直筆原稿によるものまで出されている。

 そうして、私が太宰にかぶれたのは本書によってであった。それはまだ、思春期の感性が繊細さを極めていたころのことであった。太宰にはまってしまう人にありがちな、あたかも自分のことを語ってくれているかのような錯覚の中で、ズシリと重たい衝撃を受け取ったときのことをまざまざと思い返す。

 金原ひとみが『蛇にピアス』で芥川賞を受賞したとき、選考委員の選評に「人生という元手がかかっている」というものがあった。作風は違うが、人生を賭している作家がいるとすれば、太宰はその原点のひとりになるだろう。

 『人間失格』には太宰の人生の影を見ることができる。これはフィクションでありながら、ノンフィクションとも思わせる筆致で描かれている。太宰は心中事件や薬物中毒を起こしているが、本書の主人公の軌跡も穏やかではない。

 むろん、今の時代との違いを感じないわけではない。文体や言葉遣いがやや古いだけではなく、「世間」というものに焦点があたっている点にハッとさせられる。
 日本人はほんの少し前まで、ひどく世間体を気にしながら生きていたのではなかったか。それからすると、いまでは「世間」という言葉は死語に近くなっていることに気づかされる。ちなみに、太宰は本作で、”世間とは君のことだろう”という鋭い指摘をしている。

 そんな発見もしながらの読書は、古くて新しいひとりの読者として、予想したよりも収穫が多かった。

 ただ、凡庸な読者の常として、つまるところ、太宰とはどういう作家であったのかという探究心を刺激されずにはおれなくなった。こうして、太宰を直接知る人の手になる太宰論へと進むことになった。

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徹底的な取材で、ここまで石油をめぐる事情が解き明かされるとは・・・

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 書名の『地球最後のオイルショック』はおどろおどろしい印象を与える。しかし、その内容はもっと寒々としたものだった。書かれている内容が衝撃的なので、背筋が凍る思いがしたのである。

 著者は170人もの関係者にインタビューをし、大量の資料を読み込んで、本書をものにしている。その精力的な執筆活動は、日本ではなかなかお目にかかれないたぐいのものだ。
手早く情報を処理し、効率的に記事を生み出すのが現在の日本のジャーナリズムだとすれば、本書は対極に位置する。

 著者は骨の折れる作業をいとわずにやり遂げている。日本の著作物になれていると、その書きぶりが、こってりとしてとてもくどい感じがするだろう。しかし、それはついには説得力のある結論へと読者を導いてくれるのだ。

 さて、石油はあとどれぐらいもつのか? これは、だれもが抱く疑問であり、40年程度はあるとか、世界のどこかで新たな油田が見つかるからまだ大丈夫とか、いろいろな情報が飛び交っている。

 ところが、こうした「公式発表」の信頼性に問題があるとしたら、どうなるだろう。思ったよりも早く石油は枯渇することになる。それも、きちんとした備えもないままに。

 驚いたことに、米国の政府機関やOPECなどの示す確認埋蔵量は水増しされている。しかも、すでに採掘されている油田からの原油産出量が減少の一途をたどっていることも、マスコミでの扱いは小さい。

 こうして今後、期待される原油産出量の伸びは、需要の伸びにあっという間に追いつかれてしまう。研究機関によって、その次期に多少の差はあるが、あと10年もかからない。これを「オイル・ピーク」と呼ぶ。枯渇ばかりが問題視されるが、ピークを迎え、原油が減り始めた時点で、将来を見越したエネルギーの高騰が起き、社会的混乱が生じる。

 私たちはすでに二度のオイルショックを経験しているが、それとは性質を異にする。このオイルショックは、枯渇に向けての最後のオイルショックなのだから。ちなみに、本文中では「ラスト・オイルショック」と呼ばれている。エネルギーの高騰は現実のものとなっているから、すでに始まっているのかもしれない・・・。

 ブレア首相が米国の始めたイラク戦争に追随した背景にも、実は英国のエネルギー見通しが逼迫していることがある。北海油田が急激に原油産出量を減らした、つまりピークアウトしてしまったという事情があった。こうした日本ではほとんど報道されていない情報の掘り起こしがある点で、本書の価値はいっそう高まる。

 それにしても、私たちの生活は石油なしには一日たりとも成り立たないものになっている。それ以上に、石油がピークをつけたあとに、代わりとなるエネルギー源がいまだ存在しないという事実が、そら恐ろしい未来を予見させる。太陽光発電も風力発電も、石油と同等のエネルギーを生み出すには広大な土地を必要とし、現実的ではない。水素を原料とする燃料電池となると、水素を取り出す技術さえ不十分であり、インフラ整備もはるかに遠い。

 石油というあまりにも汎用性が高く、エネルギーにも、身の回りの製品にも作りかえられる物質に置き換わるものは事実上ないということだ。地球が何億年もの歳月をかけて生み出した石油という夢のような物質の代わりになるものが、やすやすと見つかるはずもない。

 私たちにできるのは、オイル・ピークとともにやってくる最後のオイルショックに備えて、可能な限り脱石油の生活に転換していくことだ。車に乗ることやはるか遠くで栽培された輸入野菜をあきらめるのは当然のこととなる。

 それにしても、結局のところ最終的な解決策はあるのかと言えば沈黙せざるを得ない。著者は締めくくりに、次のように言う。「われわれは・・・全速力のまま壁に激突する可能性が高くなっている」と。

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紙の本昭和史 1926−1945

2012/01/08 11:04

こうした講義録を今のうちに読んでおきたい

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 学校では昭和史はあまり習わない。入試にもあまり出ないし、3学期に当たるので、駆け足で済ませられてしまう。
 そのために現代日本人にとって大切な昭和史の理解が不足している。「大切な」というのは、日本に多大な被害をもたらした戦争から学ぶべき教訓が、そこには詰まっているからである。

 今でも、終戦記念日がちかづくと新聞・テレビで太平洋戦争のことが取り上げられるが、それは65年以上を経てもなお日本人にはあの戦争の振り返りが十分にはできていないからであろう。

 しかし、あの戦争ほど冷静に検証するのがむずかしいものはない。

 そんなときに、満州事変から日中戦争、太平洋戦争、そして終戦までを生き、当時の時代の動きを「体感」している著者による講義録はとても貴重であり、ためになる。特に、政府による言論統制とマスコミによる煽り、それによる国民の熱狂が戦争を後押しした点は、当時を生きた人にしか分からない。

 終戦から遠くなり、生き証人といえいる人が少なくなった21世紀には、読んでおきたい一冊であると感じられた。それにしても膨大な講義録である。読み通すのには時間がかかったが、不思議と最後まで読み通せた。おすすめである。

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日本の農政の歪みもあるが、事実を正確に伝えないメディアの責任もまた大きい

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 政府の公式見解やメディアの報道が、真実と異なることはめずらしくはないのだろうが、農政のそれは相当にひどいということを著者は教えてくれる。サブタイトルにあるとおり「大嘘だらけの食糧自給率」にとくに光をあてて、農政のゆがみを描き出す。

 2010年11月のはじめの時点で、まもなく始まるAPECを控え、日本はTPP(環太平洋パートナーシップ協定)に参加するかどうかで、大揺れとなっている。経済産業省を筆頭に貿易自由化を促進したい省庁と、農水省に代表される慎重派とで、意見が割れてしまっている。

 その農水省が公表し、メディアを通じて伝えられている表現に「農業の負のスパイラル」というものがある。日本の農業は衰退の道を歩んでおり、これを止めなくてはならないというものである。

 しかし、本書は、多くの小規模農家は兼業農家であり、もはや農業で暮らしているというより大規模な家庭菜園のようなものに過ぎないという。これは、農業専門誌の副編集長として、日本の農業の実態を調査した結果であるという。
 専業農家はプロ化しており、農業法人として大規模になり、生産額のシェアも大きい。日本人の食糧も、大半がこうした品質の高い農産物を生み出すプロの農家に頼っている。

 プロの農家は、負のスパイラルどころか、生産額をどんどん伸ばしており。高品質を武器に輸出にも乗り出すか、その機会をうかがっているほどだという。
 テレビでも、自由化は歓迎すべき事であり、外国産の産物に負けることは絶対にない、と自信のほどを見せる農業法人経営者を見かけるようになった。

 農水省は、自らの権益を維持するために、弱い日本の農業というイメージを喧伝し、政治家も票田を確保するために、農業補助金や個別所得保証制度を続ける。

 著者は明快に、成長産業としての農業生産法人にシフトした政策を打ち出すことを求めている。

 実際、オランダ、イタリア、ニュージーランドなどは強い農業への転換に成功している。オランダやイタリアは、農産物の輸入国であると同時に輸出国でもある。
 これは、原料を輸入して加工し、輸出していることを意味する。たとえば、イタリアは2006年データで世界一の小麦輸入国だが、パスタや菓子に加工して大量に輸出している。こうした例もあるのだ。

 海外、とくに東アジアにおける日本の農産物の品質への評価はとても高く、伸びる余地は大きい。残念ながら、個別の都道府県が輸出促進にあたっているだけで、国レベルの政策になっていないと著者は指摘する。

 本日の朝刊(11月3日)に、日本は外国産米に778%の関税をかけているとある。外国産米というと長粒米のイメージが刷り込まれているが、海外では日本に似た品種や中粒米も生産されている。
 これらの関税をなくしていき、安価に消費者が食べられるようになれば、コメへの需要は回復する可能性がある。
 主食のコメが安くなるのは、低迷する経済と頭打ちないしは下落する所得に悩む大多数の国民を助けることになる。

 さて、食糧自給率をことさらに言い立てる国は日本以外になく、教科書に載せている英国にしても、これを引き上げるべきとは言っていないと著者は教える。

 食糧安全保障とは、万一の天候不良による国内産物の不作時でも、海外から調達できるルートを多様に確保していることだと著者は述べる。国内のみに調達を頼っているとかえって危うい。この食糧安全保障の認識は、海外でも広く共有されている。農水省の宣伝と、それをそのまま流してしまうメディアのために、日本の国民は誤った理解をさせられてしまっている。

 国の統計事務にあたる国家公務員の大半が農水省に所属している歪みも知るべきだろう。統計事務を維持するために、外国産農産物への過剰な検疫その他が適用されている。著者は統計事務の職員を別の目的に振り向けるべきだと力説する。

 著者は最後に「食糧自給率という名の呪縛が解けたとき、政治・行政主導による農業の時代に終止符を打つことができる。そして、自律した農業経営者の時代が始まるのだ」と締めくくる。

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紙の本隠された十字架 法隆寺論 改版

2008/08/02 18:57

梅原氏の刺激的で、情熱的な仕事ぶりに脱帽してしまった

8人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 梅原猛氏と言えば、今では知らぬ人のいない日本学の重鎮である。そのため、あえて本書のような名高いものを避けてきてしまった。読めばきっと圧倒されるに違いないから。

 しかし、80歳を超えてなお、分厚い書物が新しく書店に並ぶのを見て、いつかは手を着けなくてはならないと感じていた。そうして、今回、梅原日本学の原点と言える本書を読んだ。

 驚いたことには、本書が雑誌『すばる』に連載されたのは、なんと40歳代のことではないか。梅原氏のことだから、よほど早くから才能を開花させていたのではないかとみていた。ところが、実際には遅咲きなのであった。
 そういう目で改めて本書を読むと、とても40歳代の仕事とは思えない情熱的な書きぶりである。若き青年のごときパッションにあふれた書である。

 冒頭からして、法隆寺に関する常識的な見方を覆してみせると意気込みがすさまじい。法隆寺は謎の多い寺とされてきたが、その謎を自分は解いてみせたと、高らかに宣言しているのである。反論があるなら、かかってくるがよいといった調子である。

 長く謎であったのだから、仮説を設け、裏付けをとっていかなくては解明にならない。実際、梅原氏は大胆な仮説を設け、情熱的な書きぶりをしている。読み手の側もページをくる手が次第に熱くなっていく。

 解明はおおむね妥当だと感じさせるが、あまりに情熱的な書きぶりに、発表当時から多くの人の関心を集めた。雑誌連載中から反論も浴びたようだが、意に介さぬ激しさで筆を進めている。

 予備知識もなしに読めば、学校の教科書で習ったのとは違う法隆寺論、聖徳太子論、蘇我氏論、藤原氏論にさぞかし驚くことだろう。

 常識的な見方を覆し、新説を展開するのに出会うことほど、知的刺激に満ちたものはない。雑誌に発表されてから40年近くが経つが、今でも十分に迫力のある書物である。

 梅原日本学はたぶんに文学的である。学術論文のような書き方とは違う。ここに梅原氏への好き嫌いが多少とも生じる可能性がある。ただ、現代人が忘れかけている学問的パッションを、当時の梅原氏に教えられているようで気恥ずかしさを覚える。

 学問とは、このように情熱的であってもよいのではないだろうか。学問の細分化は、梅原氏がすでに本書で警鐘を鳴らしているが、その後も細分化が進むばかりのように思える。時代の潮流に逆らい、あくまでも総合的な視点で取り組もうとする梅原氏の仕事ぶりは、80歳を超えてなお衰えることを知らない。

 法隆寺は聖徳太子一族の怨念を鎮めるための寺であるというのが、本書の核心であるが、その核心に迫る方法論には学ぶべき点が多い。

 謎解きを終えた直後、50年に一度という法隆寺の特別な祭祀に、梅原氏は偶然にも接する。このような運命的な出会いは、待ち望まれた謎解きをしてくれたお礼として聖徳太子一族からプレゼントされたものなのかもしれない。この50年に一度の祭祀の様子は圧巻である。

 40歳代から頭角を現した遅咲きの梅原氏は、いまだに熱病にうなされるかのように次々に新しい仕事に取りかかっている。しばし脱帽である。

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