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先月(2017年8月)

かしのきタールさんのレビュー一覧

投稿者:かしのきタール

3 件中 1 件~ 3 件を表示

紙の本妻の女友達

2004/11/22 15:46

歪みの罠

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「もしもあの時あの場所へ行かなければ」
「なぜその瞬間それを選んだのか」
今まで読んだ小池作品の長編の中に、そんな意味の言葉が
多く使われていたという印象がある。
繰り返される日常の中、事件や事故が起きる時というのは、実際
少しばかりのタイミングのずれや些細な誤解が原因のように
思われることが多いから、どうしてもつい
「もしもあの時」と後悔に胸かきむしったり、
「なぜあの時」と複雑な思いに頭を抱えることになったりする。
だが、もしかするとそんな現実世界に起きる「ずれ」や「ひずみ」よりも
もっと些細で取るに足らないようなことから恐るべき事件や事故を
引き起こし、人を破滅させていくのが小池サスペンスなのかもしれない。
そう思うほどに、この本に収められた6編の中におこる出来事がいつ
我が身のすぐ傍にやってくるものかわからないという恐怖をもたらす。

「妻の女友達」では、日常の営みの中で起きた小さな「ずれ」から
気づかないうちに忍び寄ってきた破滅の時や、原因も思いつかないほど
なのにいつのまにか心に潜んでいた「ひずみ」から起こしてしまう
悲劇的な結末が、それがあまりにも「日常」に沿っていてしかも
その心理描写が的確であるために、わくわくしながら読みつつも
まるで自分が体験したかのような気分になって、リアルに怖くなる。

本人ですら底の見えないような、幾重にも織りこまれた複雑怪奇な
女性の心理を描けば文句なしに面白い小池真理子の本領発揮の
一冊だといえると思います。

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紙の本律子慕情

2004/10/27 00:51

儚い美

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

“この世ならざるもの”つまりは死者の、その姿を見、魂を感じる
能力を持つ律子の語りで成る話であるということを、1話目の
「恋慕」を読んで知った時には、これまで読んだ小池作品の
コワさの振り幅を思い出し、どれほどのものだろうかと多少
身構えたものだったが、6話目「慕情」までのすべてを読み終え
てみれば、全編に渡って、ファンタジックでロマンティック
だったという印象が強いことに驚いた。

異性への恋慕に目覚めてからのち、男性たちとの出会いと触れ合い
の中で成長していく律子が、遂には再び初めての恋慕に立ち帰り、
同時にそこを付き抜けて、大人の女性として踏み出すまでの11年間が
描かれている物語。これだけでも充分に成り立つ設定である。
ところが、そんな律子の傍らに、少女期の危うい心の襞を撫でる
ように死者の魂が触れ、行き過ぎる。少女から女性へと羽化する
その瞬間までを見守り続ける蝶のように、死者たちは儚く優しく、
美しい。

そう、律子が感じる魂たちは、切なくも豊かな愛に溢れ、とてつもなく
安らいでいる。人の根源としての"善"の塊となったような魂を、
律子を通して体感することで、読者もまた心安らぐことができる。
その儚い美に、ロマンティックを感じたのだろう。

『恋』『欲望』『イノセント』などの官能的な耽美の世界とは
一線を画すにせよ、この『律子 慕情』にもまた、
小池真理子独特の耽美が匂うようなのである。

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紙の本贅肉

2004/10/19 16:25

寸止めの美学

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

小池真理子という作家は、結末よりも経緯、結果ではなく空気を
描くことに重点を置いているという気がすることが多いが、
この『贅肉』も、その結末に何かつけ足したいよな欲求が生ずる
ものではないかと思った。
美味しいエサばかりがバラまかれたままになっているのを
勝手に寄せ集めて形作り、もう1ページ書き足してみたくなる。
もちろんそんなことは無用で無駄で愚かなことだ。
読者は、バラまかれたものの中にただ身を沈み込ませることでこそ、
知ったばかりの世界をじっくりと味わい尽くすことができる。
形作られきれずに終えた話は何度も何度も頭の中で反芻されて、
かき立てられずにはいられない想像力が働くことから逃れられず
読者は頭をかきむしる。
小池作品を読むたび、作者自身の意志的な美学を感じてきたけれど、
この本の表題作である「贅肉」を読み終えた時には、そんな体感に
「寸止めをくらった」という気すらしてきて、しかもそれが心地よいのだった。

表題作である『贅肉』についてもうひとつ。
今まで読んできた小池作品の中には、回想として語られるものが少なくなかった。
すべてが終わり、さらに数十年も経た後の登場人物自身の視点で語られることで、
実に効果的に作品に現実味や真実味を持たせていると思ってきた。
ところが、『贅肉』を読み終えた時、その語り口には、真実を知るという以上の
効果があることを知ったのだった。
読者は、語っている人物に感情移入しながら読んでいる。
登場人物の感じ方考え方を理解しようと勤め、それが
成功しているつもりになって、事の顛末に息をのみつづける。
ところが『贅肉』では、感情移入できていると思っていたはずの語り部が
突然激しい変化を遂げる。その瞬間、それまで身に刻んできたセリフや場面が
徐々に形を変え、なしていたはずの意味が「だまし絵」のように別の意味へと
鮮やかに変化した。そんなふうに感じたのはわたしだけだろうか。
そんなわたしは読み終えた瞬間ページを遡ることをやめられず、
そのまま最初から読みなおし始めることになったのだった。

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