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先月(2017年4月)

黒燿さんのレビュー一覧

投稿者:黒燿

3 件中 1 件~ 3 件を表示

中国の花物語

2006/02/01 22:12

読みやすく知的で端正な随筆

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この本が新書で買えるというのは嬉しいことだと思う。
単行本で花々の画像入りならもっと価値があるだろうが、かなり値が張ることになるだろう。
私たちが身近で見かける花はには中国から渡ってきたものも数多くある。
日本中国の植物図鑑はもちろん、『本草綱目』、『酉陽雑俎』、『南方熊楠全集』、『万葉集』、『和漢三才図会』などを含む実に豊富な資料から読みやすくまとめられている。
例えば「サルスベリ」のページを開いてみよう。
サルスベリが日本で知られたのは江戸時代からで、その頃に中国から渡来したとある。
学名にはインディカとつけられていても、現在では中国南部の原産というのが有力な説なのだそうだ。
そのような来歴から次に名前の由来について説明がある。
「唐代の『酉陽雑俎』には『紫微を、北方の人々は猴郎達樹と呼んでいる。この木には皮がなくて、猿が敏捷に伝うことができないためである』とあります。この『猴郎達』の意味はよく分かりませんが、明代の園芸書である『群芳譜』に『木の肌がつるつるしていて猴刺脱とも呼ばれる』とあるのと同じく、日本のサルスベリという呼び名の由来にかかわりのある表現なのでしょう。」と、大変に丁寧に解説されている。
サルスベリは中国では古来紫薇と呼ばれるのだそうで、唐代に尊ばれたのだそうだ。
紫微垣という星座があり天子の居場所とされていたので、天子が地上で住まう宮殿も紫微と呼ばれ、そこにある役所が紫微省、その役職が紫微令や紫微郎と称され、紫は高貴さを示す色であった。
この紫微が紫薇という花の名前に近いので、サルスベリが紫微省に植えられたのだという。
また諸葛孔明が住んでいた隆中の庭に二株の紫薇が植えられていたという伝説があり、三顧堂の庭には近年新たに紫薇を植え、市の花としたという。
この他にも伝説や挿話がコンパクトにまとめられている。
エッセイとして読んでも充分におもしろく、春夏秋冬、約四十種の植物をこのように無駄なく充実した内容で740円とは有難いことだと思う。

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紙の本食道楽 上

2006/02/19 04:13

食育の原点、食のエンサイクロペディア

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ずっと読みたいと思っていた村井弦斎の「食道楽」が岩波文庫になった。
漸く購入して開いてみれば、あまりの面白さに上下二巻をその日のうちに読み終えてしまった。
そしてまだ未練がましく何度も開いては拾い読みをしている。
まるで美味い料理を食べ終えて、もう少し食べたい、と食意地を張っているような自分に呆れてしまう。
それほど面白い。
この小説は1903年(明治36年)に報知新聞に連載されたもので、紙上に登場するやいなや文明開化した明治の日本で圧倒的な支持を得て、大ブームを巻き起こしたという。
現在でもグルメ・ブームというのは断続的にやってきて、メディアを賑わし、我々を西に東に踊らせる。
そして当然、その馬鹿騒ぎに眉をひそめる人たちもいる。
解説を読むとこの当時も、「食道楽」ブームのあまりの加熱ぶりに閉口したらしい幸田露伴や「滑稽新聞」の宮武外骨がかなり辛口の風刺をしたらしい。
しかし読めばわかるのだが、村井弦斎はグルメ・ブームを巻き起こすためにこの小説を執筆したのではなく、確固とした目的があった。
それは今まさに話題となっている「食育」であった。
この「食育」という言葉自体、村井弦斎が作ったらしい。
衛生的な台所で自ら吟味した新鮮な材料を使って経済的でおいしい料理を食べるほうが、外食よりも上等だと弦斎は書いている。
珍味佳肴を求めて東奔西走せよ、と言っているわけではない。
とにもかくにも書きも書いたりの博覧強記ぶりには恐れ入る。
これは本当に鎖国を解いて間もない日本で書かれた作品なのかと疑いたくなる。
調理におけるガスや電気の有用性を説き、六百数十種に及ぶ東西の料理が作り方まで詳細に描かれている。
これがまたどれもこれも実においしそうなのだ。
それも当然、この連載のために縁戚である明治の元勲大隈重信が弦斎のもとへコックを派遣したり、珍しい食材を送ってきたりして協力していたというのだから驚く。
弦斎自身もアメリカ公使館で長く勤めたコックを雇って研究に努めたらしい。
「食道楽」は大衆に向けて書かれた作品であり、難しい文学を目指したものではない。
大衆に向けて分かりやすい言葉で面白おかしく書いてこそ、広く受け入れられ、食育を啓蒙する目的に適うと弦斎は考えたのだ。
黒岩比佐子氏の解説が当時の背景や弦斎について必要な知識を的確に与えてれて、これだけでも読み応えがある。
カバーの口絵も上巻は「大隈伯爵邸台所の図」、下巻は「大隈伯邸花壇室食卓真景」と題されており、非常に興味深いものだ。
上巻に描かれた当時の最新鋭であろう大隈邸の台所は広々していて衛生的で、清潔な布巾やガスオーヴン、和洋のさまざまな鍋が見て取れる。
また下巻の花壇室での食事会の様子は、今時でもこんな贅沢な会食は出来ないだろうと思わせるものだ。
珍しい花が咲く見事な温室で紳士淑女が黒いお仕着せを来たウエイターにサーヴされている。
カバーも解説も全て含めてまさに満腹と言わしめる博物学的料理小説である。

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幽霊のいる英国史

2006/02/01 22:07

幽霊」という斬新な切り口でアプローチしたユニークな英国史

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

最近、集英社新書が気になる。
この本を手に取ったときには、「英国といえば幽霊だし、大抵の歴史上の有名な人物は因縁のあった場所に今も住み着いて、ツアーの目玉になっているから、それらをまとめた怪談集なのだろう。」と考えていた。
私は怪奇譚やオカルト関連の本が集めているわけでもないのに溜まってしまうという性質で、英国の幽霊関連の本は何冊も持っているにも関わらず、「新書だから手軽に開けていい」などと理由をつけて買ってしまった。
しかしそれは大きな間違いだった。
この本は英国史に名を残した人物がなぜ幽霊になっているのかを、冷静に分析しているのだ。
歴史書には決して描かれない真実を幽霊譚は映し出しているのかもしれない。
それは声無き民衆の声なのだと。
当時の正式とされている記録というものは、概ね時の為政者を正当化する視点で書かれている為、真実からは程遠い記述も多かったであろうことは、最近、私も実感していることだ。
下手なことを書いたら発禁どころか、書いた本人が処罰される怖れさえある時代のほうが長いのだから。
丁度、そういったことを考えていたときにこの本に当たったのは偶然にしても興味深い。
例を一つ挙げておこう。
第二章の「歴史を動かした女たち」の最初に登場するイザベラ・オブ・フランスは、13世紀にフランスからイギリスのエドワード2世に嫁いだ女性である。
父は美男王と呼ばれたフィリップ4世。
英国史では反国王派のマーチ伯を愛人にして国王を退位に追い込み、幽閉した上で暗殺してしまった英国史上最悪の悪女である。
その後、息子のエドワード3世が成長するとライジング城に軟禁され、生涯をそこで終えた。
著者がイザベラ王妃の軟禁されていたライジング城を訪れると、地元の人々は異口同音にイザベラ王妃は立派な女性で国民に敬愛されていたのだと言う。
彼らが言うには夫であったエドワード2世こそ、同性愛に耽り愛人を溺愛するあまりに国政をないがしろにした愚王だったと。
乱れに乱れた国政を救済するには、他に方法はなかったということなのだろう。
しかし無能、無策、寵臣政治などと生きている間はあらゆる悪名を鳴らしたエドワード2世は、息子のエドワード3世の治世になると今度は「悲劇の殉教者」になる。
エドワード3世はスコットランドを屈服させ、フランスにも連戦連勝の大勝利をおさめてゆるぎない絶対君主となった。
王妃の愛人マーチ伯モティマーはこの上なく残虐な方法で処刑され、王自らが訪れて額づく豪華な父王の墓のあるグロースター大聖堂には巡礼者が殺到することとなる。
王妃は死後、モティマーと共に葬られることを望み、それは叶えられたが胸の上にはエドワード2世の心臓を納めた小箱が置かれたという。
この逸話は夫婦と親子の壮絶な愛憎を感じさせる。
ともかくこうして愚王は聖者となり、逆にイザベラは「フランスの雌狼」という悪名が歴史に刻まれることとなったのだという。
イザベラを表立って賞賛することがタブーとなると、イザベラを慕い、愚王を聖者として認められないひとびとの間に「ゴーストとなったイザベラが何かを訴えている。」という伝聞が広まった。
イザベラの幽霊は所縁のある場所に今も姿を見せる。
「幽霊」という斬新な切り口でアプローチされ、豊富な知識と、現地でのインタビュー、多くの資料で裏打ちされたユニークな英国史である。

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