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先月(2017年2月)

ピカデリーサーカスの中心で、愛をさけぶさんのレビュー一覧

投稿者:ピカデリーサーカスの中心で、愛をさけぶ

2 件中 1 件~ 2 件を表示

電波的な萌え視点で語るあすなひろし

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

淡い初恋という使い古された言葉があるが、それをこれほど繊細で美しく、なおかつ高純度の結晶として明らかにした表現を、私は他に知らない。

ここに収録された「童話」という一篇に顕れているものは、プラトニストであるようなオタクが、「シスタープリンセス リピュア」のBパートや「マリア様がみてる」といった作品の背後に、あるいはその先に、期待していたであろう“何か”なのだ。その何かは、表現者として恐ろしく器用であり、近代的な概念としての「人間」としてはあまりに不器用なこの作者だから、例外的に表現できたものだと私には思われるのだ。

物語中の金魚の死は、登場人物(とりわけヨシベエ)にとっては具体的な悲しみであるが、読者はそれを透明な悲しみ、つまり匿名的な悲しみとして受け取ることになる。匿名的な悲しみは恋愛感情の変奏、もしくは先駆的存在である。読者がここで得た、匿名的な悲しみの身体に、少女の瑞々しい妄想が浸透し、美しい混乱、すなわちほんの少しの逸脱としての初恋そのものが、ラストシーンの“金魚の樹”と共に出現する。そこに顕れているものは、明らかに初恋そのものである。しかし、本当に初恋そのものであるが故に、それは「初恋」という言葉から逸脱しているのだ。だから、それは“何か”なのだ。

その言葉にきっちりと収まりうる、いわゆる「初恋」を描いた“作品”はいくらでもある。しかし、そこで描かれているような「初恋」は、経験者によって“語られる”——つまり、言葉と不可分である——実体化された現世的な営為に過ぎない。初恋のイデアは既に見失われ、郷愁だけが残る。(たぶん)多くのオタクが潜在的に求め、あすなひろしが「童話」で実際に示して見せた“何か”とは、そのような“初恋の思い出”ではなく、“反復されうる初恋”なのだ。このような事柄は、作品(現実)世代のオタクの先達からも、容易には理解されないだろうが、妄想世代のオタク達の中には、社会的な現実としての恋愛ではない、純粋な文化としての恋愛という問題に対して、極めて積極的な姿勢を見せている者も少なくはない。

ところで“萌え”という言葉は、実はあまり個人的な言葉であるとは言えない。通常、その言葉を投げ掛けられる対象が、大量生産された商品でも有り得る以上、言葉を投げ掛ける側も、当の“萌え”というその言葉自身が持つイメージに頼って、無意識に個人性の表出を回避しているのである。ここに“反復されうる初恋”、つまり、一回限りの個人的な初恋ではない、公共的な初恋の成立を促しうる内側からの動機が、彼ら自身の性癖として表れているようにも見える。何れにしても、このような公共性や反復可能性こそが、オタク的な“文化恋愛”の文化たる所以なのである。それは異端者に対して不寛容な信仰宗教ではない。

つまり、私の言いたいことはこういうことです。
“居心地の良い空間(世界)”と、“萌えキャラ”と、“何か”。この三拍子が揃った「青い空を、白い雲がかけてった」は、究極の萌えマンガである。 
いや〜あすなひろし、いいっすねー♪

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萌え視点で語るあすなひろし

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

いきなり美少女ゲームの話をして申し訳ないが、Leafの人気シナリオライターである高橋龍也氏は「居心地の良い空間」ということを特に意識して、美少女ゲームの脚本作りに取り組んでこられたと聞く。ところで居心地の良い空間ということであれば、この「青い空を、白い雲がかけてった」の“居心地の良さ”は尋常なものではない。私は普段、一度読んでしまった本やクリアしてしまったゲームを——それがどれほど私の気に入ったものであったとしても——再び読んだりやり直したりすることはほとんど無いのだが、この本は数少ない例外の一つだった。それも、対象となる作品をより深く読解しようという知的好奇心からの読み返しではなく、この居心地の良い世界にもっと浸っていたいという、単純な欲望からの読み返しということであれば、今の所この「青い空……」が唯一であると言っていいだろう。それほど、この作品が描き出す世界は際立って居心地の良いもので、更にヒロインのヨシベエは、私の記憶する数多の幼馴染の中で、堂々と“最強”を誇っているのである。もちろん最も“萌え”を感じるというその意味において。
これは特に、より若い世代のオタクの人達に読んでもらいたい。彼らなら「サムの大空」で分解した、あすなひろしの最も幸福な世界を——現実による妄想への干渉から——守り抜いてくれると思うから。非常に判りにくい表現で申し訳ないが、あすなひろしは“作品(妄想+現実)”にこだわっても、“妄想(作品−現実)”にこだわっても、両方楽しめる。その意味であすなひろしは“これまで”の作家であり、同時に“これから”の作家であると言える。

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