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  3. 花の舟さんのレビュー一覧

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先月(2017年1月)

花の舟さんのレビュー一覧

投稿者:花の舟

28 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本香港の甘い豆腐

2004/12/27 17:42

香港の喧噪に背中を押されるように……。彩美・17歳の夏。

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。


 今年は、大島真寿美さんの本が4冊も刊行され、どれもとても満足のいくもので、読者としては嬉しい年でした。『香港の甘い豆腐』を読みながら、これ読んじゃったらしばらくは大島さんに会えないなあと惜しいような気持ちでした。
 そして、驚いたのは、『ちなつのハワイ』『かなしみの場所』が、大島さんの本領発揮ともいうべき、水彩画タッチの大島ワールドであったのに対して、この『香港の甘い豆腐』と『空はきんいろ フレンズ』は、これまでとは異なる力強い作品であったということです。おこがましい言い方ですが、ああ、上手になったなあ!気持ちよく筆が伸びているなあ!と、本当に嬉しく思いました。
 物語の主人公は、彩美、17歳。その一夏のことを、年を経て自分で語るという趣向です。一夏の成長物語は数々あれど、各が抱え持つ問題の違いによって切り口も変わり、私の大好きなテーマです。
 彩美は、高校1年の終わり頃から不登校気味になり、全てうまくいかない原因は、「父親がいないこと」だと感じています。ところが、彩美は、いないはずの父に突然逢うことになります。見知らぬ、喧しい香港の街で。負けるものかという気持ちで乗り込んだ香港。一体どんな心地だったでしょう。
 自分という人間のルーツが提示されたにも関わらず、すぐに消化吸収できるかといえば、そうはいかない。
 彩美の香港来訪は、母・麻也子の決断だったけれど、その後のステイは彩美自身が選んだこと。興味深かったのは、父親に逢うために香港に来たのに、それは母・麻也子を知る時間でもあったということです。
 母の友人、マリイの家で過ごし、広東語を少しずつ覚えて街を歩き、香港流の物事のやり方表し方を肌で感じて、馴染んでいく彩美。
 言葉が通じないゆえ、コミニュケーションは自ずと必死にならざるを得ないのです。それが己を晒けだしていることとは気づかぬまま、自分が自分であることの心地よさを、しっかり実感していました。
 また、彩美の祖母のちゃきちゃきっとした物言いとせっかちな性格が、話の中の面白いアクセントになっていて、ばあちゃん、やるなあ……と、私をくすぐってくれました。本当のことしか言わない人物であることは、そこここに散見されます。
 物語の中から、香港の喧噪と雑踏の中のあれこれが立ちのぼってきて、それは生きるエネルギーそのもののようです。
 広東語などわからない私ですが、字面から、ほうーっと思った言葉がいくつもありました。「好開心」、「果汁舗」、「好食」等々。意味は、読んで是非確かめてみて下さいね。
 思うように生きられなくても、ここに居ることをかみしめようとする彩美に、内心でガッツポーズをしながら本を閉じたのでした。

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草の輝き

2005/02/02 01:49

柊子……草や木の命をみるような物語

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 以前、佐伯一麦氏の『鉄塔家族』を読んだ時、斎木と菜穂に引き継がれた一連の物語を、ここらでもう、安泰で幸せに暮らす二人として書いてほしいと願いました。
 今回の『草の輝き』は、二人の物語ではないのですが、これまで「染織家の妻」として描かれてきた人物が“竹丘柊子”と名を変えて、その若き日々を綴った作品です。
 会社勤めを辞めて、草木染の道に進む柊子の、そのいきさつや、師匠に付いて草木染のあれこれを、失敗を繰り返しながら会得していくようすは、佐伯氏がどの作品にも織り込んできたことと重なってはいるのですが、主人公としての「妻」の過去を慈しむように、丁寧に描いたという点で、今度ばかりはゆったりとした気持ちで頁を繰ることができました。なにしろ、これまでは主人公である“作家”が、いつも何かしらのアクシデントに見舞われて、こちらも気持ちを強ばらせることが多かったからです。

 読み進むうち、草木染の奥深さに感じ入ることが間々ありました。染め草を見つけるために野山を歩くこと、その場所を記憶しておくこと。どれくらいあればどれほどの布を染められるのか。同じ草や木でも、季節によって、また、媒染剤の金属によって染まる色が異なること。集めた染め草は、保存のきくものもあれば、すぐに色を抽出しなければならないものなど、全く草木染に関する知識がない私にも、理に叶った丁寧さでその手順や、そうする理由が説かれています。
 この辺りは、佐伯氏が妻である人物に改めて細かく取材し、彼女が歩んできた、おそらく、氏自身と出会う前のことを書き留めておきたいと思ったのであろうと推察されます。 佐伯一麦という作家を語る時、「私小説家」という言葉がイコールのようについてきますが、この『草の輝き』には、自分と一緒に人生を歩んでいる女性に対する敬愛の情が、どの行間からも窺えるように思われました。

 全12章は、どれも地味なほどの野山に生息する植物の名で構成されており、だからこそ一層、それらが味わいのある色に染まっていく様子が描かれると、軽い興奮を覚えるような感がありました。
 染める作業の場面では、どんな職人にも共通の鋭い勘と厳しい目が描かれ、心地よい緊張感を強いられます。
 が、私が何より強く感じたのは、草木染の道を一心に歩いてきた師匠・佐山先生の、人となりでした。野山を歩くうち、他人の土地にお邪魔することも多々あり、その方々との交流がなければ手に入れられない染め草もあります。お互いの信頼関係が成り立って初めて、染め草を採らせてもらうことも許されるのです。長い時間をかけて、師匠の元には季節毎の染め草が、地域の人々からもたらされるようになっていった、その経緯が胸を打ちます。草一本といえど、命あるものとして大事にその色をいただき、作品に仕上げる態度。戴いた染め草と物々交換のようにして、互いの信頼をやりとりする素朴な付き合い方が、とても貴重で失われた懐かしいコミュニティーの有様を彷彿とさせます。
 古からなされてきた、草木、色、季節などに拘らざるを得ない染め物であるゆえに、師匠はまた、万葉集、芭蕉、源氏物語をはじめとする古典にも通じていて、はっとさせられるような引用があったりするのも、楽しい余録です。

 草木染の修行の日々と共に、東北の四季折々の風物、静かで力強い農家の知人の言葉や行い、そして、ひたひたと柊子の胸に押しよせるようになってゆく恋しい人との、訥々としたやりとりが、淡々と描かれていきます。
 常に、人への真っ直ぐな思いを途切らせることのない柊子に、本当に快い勇気を吹き込んでもらったのでした。
 安西水丸氏による表紙イラストは「十薬」。それが、この本の全てを現すたたずまいでもあります。

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自転車少年記

2005/01/13 00:32

駆け抜けたのは、今日へ続く道

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 実に25年という歳月を1冊の本に閉じ込めた長大な物語です。
 4歳から29歳までの、昇平と草太の歩みを自転車を軸に、描いています。
 
 ちょっと、時間があれば本の表紙を見てみて下さい。表の二人の少年が、昇平と草太で、裏表紙の背を向けた少年が、二人に中学時代から関わることとなった伸男であろうと思われます。この3人のトライアングルが、絶妙な関係で描かれています。

 自転車に乗れるようになった4歳から始まるこの物語は、風を切るスピード感や流れゆく景色、汗、登り坂下り坂……、実際のそれらもふんだんに描かれていますし、何より、少年が大人になっていくさまが、自転車で走ることに重ね合わされていて、爽やかな作品になっています。
 言葉にすれば平凡ですが、失敗、挫折、出会い、別離、恋、仕事……。
 竹内氏は昇平と草太、伸男らに託して、人が生きていく上で遭遇し、選択しなければならないさまざまなポイントを、たくさん織り込んで飽きさせません。

 昇平は昇平らしく自分の人生を走り、草太は、いくつもの現実の前に失望もし、選び取り、じっくりと前を見据え、伸男は好きなことに打ち込むことで、夢を実現させようとしています。
 彼らからつながって、人と人との関係が広がっていくことも、竹内氏の考えかたがよく反映されていると思われます。

 二段組、413ページという長い物語ですが、本の背に、“THE WIND AND THE BOYS”とあるように、風と少年たちが駆け抜けてゆくさまに見とれているうちに読み終わってしまいました。 

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紙の本夜のピクニック

2005/01/13 00:23

貴子・起こり得た奇蹟。

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 ともすれば吹き上がってきそうになる想いを、抑え抑えしながら読了しました。

 甲田貴子と西脇融を中心に描かれた青春群像に、自分のその時代とは何の接点もないはずなのに、どうしようもなく重なってしまう友人たちの顔、顔、顔。
 夜を徹して80キロをただただ歩く、北高の「歩行祭」で、貴子の胸に秘めた一つの賭けが、どう展開するのかもさることながら、恩田さんが鮮やかに描き分ける、高校3年生たちのどの人物にも、自分の過去の友達が重なってきて胸に迫るものがありすぎました。
 必死で歩く彼らが、苦痛を紛らわせるために話すおもしろいこと、楽しいこと、恋の打ち明け話、将来のこと。
 気の合う大事な友人としてお互いに選び合って、最後の行事をともに過ごすことの意味。 お互いを理解しあうためのぎこちないとも言える手続きが、今の私には眩しく思えました。友情だけは、差し替えがきかないものだと、つくづく思うからです。

 思い切ってやってみることで、つかむことができるものは、恋や勉強だけじゃない。
 貴子は、融との関係を、自分の人生に深く関わるものと捉えたからこそ、自分の賭けを行動に移せたのです。もちろん、後押ししてくれた友人たちの気持ちもちゃんと理解しながら。
 貴子と融における関係は、確か『まひるの月を追いかけて』で使われていたモチーフだったと思うのですが、それがこのような学園ものの青春小説でどう展開するのか、興味津々でしたが、実に鮮やかに恩田さんは、味付けを変えて差し出してくれました。「ノスタルジーの魔術師」の術中に見事に 嵌められました。
 起こり得た奇蹟は、ちゃんと私の胸に納まっています。

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紙の本川の名前

2004/12/21 14:05

少年たちのペンギン・サマー

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 夏休み。少年達。自由研究。川端氏の作品は初めてなのですが、少年達の登場する物語がとりわけ好きな私は、迷うことなく話に引き込まれていきました。この物語は、ノスタルジックな翳りがなく、本当にいま時の子供達のアイテム満載で、そういう意味でもおもしろかったです。携帯電話、私も大好きな海賊団が活躍するアニメ、アレだとわかるRPGのゲーム、メール等々、旬の小道具が上手に配されていて、そんないま時の少年達が、一夏を費やすことになった、川にまつわる考察と冒険と、友情の物語。
 脩、ゴム丸、河童の3人を中心に、手嶋が加わり、その他のクラスメートとのいざこざや、連帯が、小気味よいテンポで、描かれていきます。

 そして、重要な人物として、喇叭爺の存在。少年達を、精神的に引っ張っていく、このお爺さんがすごくいい。大事なことをストレートに伝え、見守るそのスタンスがとてもいい。
 話の中心となるペンギンは、もちろん大切なのだけれど、脩がペンギンを通じて、川を見つめ直し、知っていく過程が、ゴム丸や河童をより深く理解していく過程と重なっていて、彼らの、小学5年生なりの葛藤、逡巡、決断、団結などのようすが、実に気持ちよく心を揺さぶるのです。
 「川の名前」で、自分の居場所を表すという考え方。とても、地球規模的なスケールで、感動しました。いいなあ、おおらかだなあ、私だったら、どう言えばいいのかなあ……しばし、考えたりして楽しみました。
 そして、喇叭爺のいうように、流れ、出でて、巡り、還ってくる自然の不思議さに、心うたれました。
 脩たちを取り巻く、大人社会。親の離婚、再婚。受験。将来へのレール。自分を見つめ、自分の力で、摂取し排除し、友達を知ることが自分を知ることにつながっていきます。読みながら、子供の力の底知れなさに胸いっぱいの感動を覚えたのでした。

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紙の本センセイの鞄

2004/12/21 13:55

ツキコさんとセンセイ

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 久しぶりに、ゆったりとした幸せな「恋」の話を読んだという満足感が得られる本でした。最近は激しく恋い慕うもの、恋愛を通して女が自立していくもの、夫婦でダブル不倫しているものなどの恋愛小説を読み続けて、ちょっと疲れていましたから、ずごく新鮮に感じました。
 ツキコさんとセンセイの、これは恋愛小説というより、“恋物語”と呼びたいと思いました。なぜ、この本が出た時に手にとらなかったかと、少し後悔しました。
 ツキコさんとセンセイは、淡々と酒を呑み、おいしいさかなを食べ、静かに話し……端からみればそれは立派なデートのようなのだけど、本人たちはそう意識しないで会っている、そんな二人の行間から切なさや愛しさやためらいが立ちのぼり、こちらの胸に迫ります。
 贔屓の野球チームをめぐる小さないさかい、ツキコさんのかわいいやきもち、「ツキコさんデートをいたしましょう」というセンセイの申し込み……どれをとっても穏やかで細やかで、こんな恋があるんだなあ、とため息。
 でも、センセイの老いを見据えた、謙虚な態度には頭が下がります。ツキコさんがセンセイを強く想うようにみえて、実は何もかも受け止めているセンセイ。30歳近く年の離れた二人に訪れる、センセイの最晩年。それを引き受けさせるのをセンセイはどんなに思い悩んだことかと考えると、胸に突き上げるものがありました。
 センセイがいつも持っていた黒い鞄。何も入っていないけれど全てが入っている鞄。ツキコさんの、究極の恋愛を全うしてしまった喪失感に、最後、再び胸を突かれました。
 あわあわとしているようでいて、いくつもの選択の上に成り立っていたツキコさんとセンセイの恋は、並のものではなかったのですね。

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タトゥーママ

2004/12/11 03:45

「それでも大好きだよ、マリゴールド」という、ドルの声が聞こえるようです。

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 マリゴールド、スター、ドル(ドルフィン)の3人家族の絆を描いた物語。
 悲惨にも卑屈にも描こうと思えば、いくらでもそう描ける要素が溢れかえっているのに、この明るさと強さと、清らかさは何なのでしょう。作者ジャクリーン・ウィルソンの、人間への信頼が揺るぎないものであるからこそ、描き得た物語だと思われます。
 10歳のドルが語り手となって、風変わりなママ、自分より先に大人びていく姉・スターとの齟齬、貧しく切羽詰まっているはずなのに、どこかあっけらかんとした暮らしの様子などが、ユーモアを交えながら描かれていきます。
 ドルとスター(13歳)は異父姉妹。タイトルからわかるように、ママのマリゴールドは全身タトゥーだらけの、気持ちの赴くままにしたいことをする、無責任な人物。なのに、どうにも魅力的な人物として、物語の中から立ち上がってきます。例えば、彼女のタトゥーは、悪ぶるためのものじゃない。一つ一つ大切な自分なりの意味が籠められています。本人は至って真面目で、純な心根で生きたいように生きていることが、読み手にある種の心地よさをもたらすのだと思われます。私などは、いい母いい妻いい嫁たらんと無理をして、夜叉のような貌になっていると自覚しつつも、自分可愛さに保身に回ることが常ですもの。
 ある日、マリゴールドは永遠の恋人として恋い焦がれていたミッキーとの再会を果たし、そこからこの家族の至難の時が始まります。
 彼の娘であるスターは、本当のパパの出現に舞い上がり、ミッキーと意気投合して、世間体の悪いマリゴールドを見捨てるように、彼の元へ身を寄せてしまいます。これまではママの代わりにドルの世話をし、やりたいことも我慢してきた経緯があるのです。13歳ともなれば、もう充分大人や親を批判し、世間の目で「平均」以下か以上かを見分ける事ができるのです。誰がスターを責められるでしょうか。
 ドルの立場は、微妙にみそっかす的なものになってしまいますが、ドルは、ちゃんとわかっているのです。ミッキーという男が、恋人も娘も、まるでアクセサリーのように、自分を飾る都合のいいものとして見ている人間であることを。
 見捨てられたマリゴールドの精神が、徐々に歪み始め、ドルの心配をよそに最悪の事態が起こります。ここからラストまでは、ぎゅっと心臓を掴まれるような、緊張の連続でした。
 たった一人のママのため、たった一人の友人・オリヴァー(男の子)の助けを借りながら、ドルの奮闘はもの凄かった! 一時的に里親として、面倒を見てくれたジェインおばさんが、素敵な人だったことが救いでした。
 シリアスでシビアな展開なのに、目を塞ぎたくなるような閉塞感がないのは、ジャクリーン・ウィルソンの力量ですね。ドルと私が一体になり、ラストまで駆け抜けたような充実感を味わいました。
 スターも、ミッキーの本性を知って戻って来ました。鼻にダイヤのピアスをしていましたけれど。それを見たマリゴールドが何と言ったと思います? まるで、フツーのお母さんのように…。
 もう、憎いほどジャクリーン・ウィルソンの手中に墜ちて、親子、家族、そういった絆の不思議さ、強さに、改めて思いを致したのでした。家族だから、ではなく、人として惹き合うものを確かめられたドルたち。ママを「どんなふうでも大好きだよ」と思う、ドルとスターをぎゅうっと抱きしめたい気持ちで一杯になりました。
 最後に、マリゴールドのタトゥーが、各章のタイトルの上に配されています。なかなか、可愛かったり、意味深だったり、章の内容を示唆していて、面白いですよ。

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プタとキャットの会話が素敵です。ユーモアのなかに、真実があって何度も頷いてしまいました。

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 パワーに溢れ、知的で行動的、煙草をふかし、メットに皮ジャン、ハーレーで飛ばす、おばあちゃん・プタに魅了されました。一緒に暮らす孫娘キャットが、思うこと考えることが、12歳らしい言葉で綴られています。
 子供の心の襞が非常に丁寧に描かれた物語です。キャットと親友のロージー、ロージーの兄・トムとの友情も、この年代の子供たち独特の、正義感、連帯感が真っ直ぐにこちらの胸に飛び込んできて、気持ちがいい。
 キャットが抱える問題は2つ。学校での、ウィリーの意地悪と、離れて暮らす、双方とも役者をしている両親との同居問題。
 普通のおばあさんらしくないプタの外見のことで、ウィリーにひどいことを言われたりいじめられたり、とにかく、キャットに絡んでくる彼。一方、両親が、突然キャットを呼び寄せようとする問題は、簡単に片づきません。キャットはプタと暮らしたいのです。プタもそう思ってはいても、自分の娘との間で諍いをするのは嫌だし、キャットの気持ちも分かるしで、相当に悩んだりします。
 しかし、キャットとプタは、困難を乗り越えるべく、結託して、一緒に暮らすための努力をします。おばあちゃんと孫娘の、心がぴたっと寄り添って、頑張れ、負けるなと、思わず応援したくなる物語の佳境です。子供は、自分の体面や都合だけで動く、キャットのママとパパのような大人を鋭く嗅ぎ分ける本能みたいなものを持っているし、また、誰が自分のことを心底から愛し、考えてくれるかを、何より敏感に感じているものだというのがよく分かります。ママ、パパであることだけで、愛することはできないのです。
 両方の問題とも、プタはキャットの立場を考え、真剣に向き合ってくれました。キャットが、助けてもらいながらも、自分の問題として果敢に立ち向うのが、とても素敵でした。寄り掛かりすぎない、その態度が、キャットの生きる力なんだろうなあと感じました。
 ユーモアを忘れないプタ、子供の殻から抜け出そうとする年齢のキャット、双方がとても魅力的でした。ラストシーンは、ちょっとドキリ。でも、すごくほろりとさせられました


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鉄塔家族

2004/12/06 21:25

斎木と奈穂……過去も今も享受する心

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『マイシーズンズ』、『無事の日』から3年。主人公たちの名は、異なっているものの、佐伯一麦氏の書き続けている世界が再び、そして、これまでとは少し違って、仄明るく暖かな空気を纏って繰り広げられている作品です。というのも、佐伯氏が、これまでの作品で書き続けてきた、小説家の男と草木染めをする染織家の妻の物語は、それぞれの作品で名前を違えているものの、再婚、前妻との間のいざこざ、喘息をはじめとする病の病歴、染色の勉強をするためにノルウェーで過ごした妻との日々のこと、等々の 二人の歴史が、そのまま引き継がれて『鉄塔家族』にも描かれているのです。                
 この作品では、“斎木”と“奈穂”として登場します。ノルウェーから帰国後、居を移したのが、東北の地方都市の、ある里山の天辺の3本の鉄塔の下のマンション。これまでランドマークであった鉄塔が、新しいデジタル放送も兼ねることのできる鉄塔に代替わりすることになり、新塔が建った後、撤去されるまでの時間が、作品に流れる時間と重なっています。
 斎木の病は少し落ち着きをみせているかに思われましたが、やはり発作を恐れて体を騙し騙しの日々であるようです。一方、奈穂の方は少しずつながら、染色家としての仕事もひろがってきつつあり、相変わらず、染め草を見つけたりミシンや編み機を動かしたりするのに忙しそうで、佐伯氏の読者としては「奈穂さん、よかったねぇ」という気持ちになりました。
 お互いの信頼はもちろんのこと、斎木に病があるので、日々の暮らしは自ずと制限が出てきて無理はできませんが、二人の静かな暮らしが、周囲の木々、花、野鳥などにとけ込むように描かれていきます。野趣豊かな“野草園”がすぐ側にあり、草木、花などのようすも素晴らしく、それらが人と人を結ぶ役割を担っていたりして暮らしにあえかな彩りを添えています。
 また、今回は珍しく多くの人物が登場します。新しい鉄塔が建つのを人々が見守り、その人々の暮らしや人となりや心中の想いなどが丁寧に綴られ、彼等同士のつながりがとてもあたたかな眼差しで描かれています。私は、本がぎっしりの喫茶店「衆」のマスターが好きです。連れ合いの早絵さんもすごくいい。斎木と奈穂を中心に、ゆったりとした人の輪ができているのがとても心地よかったです。
 終盤で、前妻が引き取った息子(中学生)が、ちょっとした騒動を引き起こし、斎木は必死で息子のために時間をやりくりし、連絡を取ったり会う努力をしたり……。奈穂までもが力を貸すその様子が、前妻の勝手気ままな態度(私は小説の中の人物でありながらこの人が嫌いで、登場する度に何とかもっと態度を改めてくれまいかと願っています)と相反して、痛々しくもあり頼もしくもあり、斎木と奈穂にエールを贈っていました。
 新しい鉄塔が建ち、古い3本の鉄塔が撤去される間にも、人の人生は進んでいきます。定年間近の会社員、この町を去ることに決めた人、静かに一人人生を終えた人、様々な、斎木と奈穂と関わりのあった人達の暮らしも変化を見せていました。
 最後のシーンは、斎木と奈穂を象徴するかのような、静かで心温まるものでした。二人に幸あれと願わずにいられませんでした。
 本当はもうこのへんで、佐伯氏に、斎木と奈穂に流れついたこの一連の物語を、幸福な安泰に暮らせる二人の物語として描いて欲しいのです。でも、佐伯氏は人が生きることの意味を、決して安易に捉える作家ではなく、むしろ、清濁併せ呑んでなお、余りある苦しみを敢えて享受し、慎み深く日を暮らすところに真実を見いだすような作家であると、私は思うのです。

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紙の本ルビーの谷

2004/12/06 21:17

愛されてこそ、愛することができるようになっていく子供たち。

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 美しいタイトルと装丁に惹かれて、読みました。カバーのイラストは、はまのゆかさん。中にも、何葉かの挿絵があって、いい味を添えています。こういうYAものを読む時、中の挿絵も、私の楽しみのひとつです。
 フロリダ(女)とダラス(男)などという、あまり有り難くない名前をつけられた双子の、ひと夏の心の成長、変化を丁寧に綴った物語です。孤児院で育ち、何度里子に出されても、二人は大人たちの小狡さと拮抗するように、それをかわす術を覚えて孤児院に戻されてしまい、手に負えない問題児としてもてあまし者扱いです。
 孤児院の経営者夫妻は、大人の悪いところばかりを集めたような人たち。小心もので、見栄っ張りで、威張り屋で…。この人たちこそ、愛し方も愛され方も知らず、どんなふうに育ったのかしら?と首を傾げたくなるような人物です。
 さて、フロリダとダラスは、夏の間だけ、ルビーの谷で暮らす老夫婦のもとで過ごすことになります。その時だって、二人ははなから老夫婦のことなど、信じてはいません。これまでの経験から、手に余るような仕事を言いつけられたり、感情に任せて怒鳴られたりするのを覚悟でいやいや行ったのです。頑なな二人に、老夫婦もとまどい、どう接したらよいのか悩んだりもします。しかし、時間が緩やかに流れる、大自然の谷間での暮らしが、フロリダとダラスに初めての経験をさせ、新鮮な感情をもたらすのです。
 孤児院の経営者・トレビットの汚い計画、謎めいた男・Zの行動に、物語に緊張が走ります。
 双子が、老夫婦のそれぞれと組んで出かけた冒険めいた旅で、4人とも各が、自分の人生に必要な人を再認識し、大切に思う場面では、不覚にも涙が出ました。愛されることを知ったフロリダとダラスが、初めて信じることのできる人と巡り会った幸運と、信じて愛して許して、ふたりが心開くのを待った老夫婦の在り方こそが“ルビーの谷”そのものだと、感動を覚えたのでした。

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紙の本空はきんいろ フレンズ

2005/02/01 17:22

きんいろの光のなか、2人の思いは……。

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 おや?と目を疑うほどに、キッパリとした印象の表紙イラスト。
 これまでの大島さんの児童向けの本とは異なるタッチの、細川貂々さんによる画です。キリッとした眉もりりしいアリサとニシダ君が描かれていて、今までの大島さんの児童向けの3冊とは、きっと違う、という所感を持ちました。
 ゴジョウガワラアリサとニシダ君、小学生2人の、似たもの同士、変わり者同士のほぼ1年が描かれてゆく物語。これまでの3冊とも、子供の夏休みの出来事がテーマでしたので、今度は1年分だ、と得した気分。

 アリサは“ゴジョウガワラ”という名字が好きじゃない。やめてと言っても、ニシダ君はそう呼び続けます。仲が悪いかというとそうではなく、つかず離れずの「2人の関係」があって、それが大人の目から見ても、とっても魅力的。
 いちばん好きなのは、第1章にあたる「冬」の章。いきなり、えっ!?というものに、やけにこだわる2人が描かれて、「なんてシュール!!」と嬉しくなってしまいました。アリサとニシダ君の会話が、とてもよかったのです。変わったことをして変わったことを言う2人ですが、ちっとも絵空事でなく、ぴたりとその場にはまっていて「う〜む、そりゃあ気になるわなあ」と、納得させられてしまいました。
 細川貂々さんのイラストも、たくさん添えられていて、話の内容と不即不離。文も画もいきいきと輝いています。
 このシュールさで2人の1年が過ぎていくのか?と、期待半分、不安半分で、「冬」の章ですっかり引きこまれてしまいました。
 「春」になって、1学年上がった2人は、少しだけお互いを深く知り合っていきます。きっと持っている波長が同じなんだろうなあ。男子と女子、変わり者ですが、こまっしゃくれた子供ではないので、それぞれに抱える問題を補いあったりして、お互いに「ほんの少しだけ特別な存在」であることを見出していくのです。

 ちょっとドキリとさせられたのは、子供は大人をよく見ているなという、いくつかのエピソード。思い返せば私にも、子供にはわからないと高をくくって、何かを言ったりしたりする親や大人を、なんて失礼な人たちだと感じたことが、何度もあったのです。
 
 最後の「秋」の章では、アリサとニシダ君が、それぞれの想いを胸に、現実を受け入れていくようすが、成長を物語っています。きんいろの空の下、変わり者の2人とともに私もそっと肩を並べて、美しい光を浴びているような気持ちでした。
 希望とともにほんの少し、切なさを感じてしまうラストでした。

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車掌さんの恋

2005/01/13 00:11

線路は続く……。人生を乗せて走る電車。

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 淡いピンクの表紙が、はんなりと優しい装丁。5篇からなる短編集です。
 どこかとぼけたような印象のタイトルが示すように、電車にまつわる話が、それぞれ趣を違えながらいい味わいを出しています。主人公たちは、各編で異なっていて、同じ時、同じ車両内の人々について描いたのではないのですが、全体を通してみると、まるで同車両に乗り合わせたかのように、各主人公の想いや日常のひとこま、人生模様がうまく収まっていると感じられます。

 表題作の「車掌さんの恋」は、忘れがたい過去の恋人への想いと毎日の生真面目な勤務の様子が綴られていくなかに、突如出現するイレギュラーな小事件が、小気味いいアクセントになっています。前方確認、指差し確認、「発進」のかけ声など……、一定のリズムで寸分の狂いもなく行われる車掌さんの動作と、過去の恋を逡巡する気持ちが、アンバランスな対比で面白い効果をあげていると思いました。
 中学1年生の太一が、青春時代に突入していく諸々を描いた「中吊り泥棒」は、特徴的な登場人物が脇をかためて、わくわくする展開でしたし、「きせる姫」は、湊(みなと)と尚子、2人の女子高生の友情が現代っ子らしく描かれ、この年代特有の心の揺れが、ある意味爽やかさを誘う話でした。

 「あみだなの上」が、何と言っても掉尾を飾るにふさわしい好篇でした。人生を線路に喩えて語ることはよくあることかもしれませんが、その終焉の時を、走る電車と重ね合わせて、走馬燈のように過去に想いを巡らせる主人公がなんともいい。
 苦く切なく、未だ呑み下せないわだかまり。
 人間は綺麗事で生きられるほど単純なものではなく、たった一人のたった一度の人生に、点々と染みを遺しながら、死の時までを生きるものだと感じたのでした。
 しかしながら、生きてきた道筋はこんなにも愛おしく、過ぎてしまえば夢のように脳裏に立ちのぼってくるさまが、しみじみとした味わいの物語でした。
 5篇それぞれの妙味を満喫して、“ちょっとそこまで”の旅をさせてもらった本でした。

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紙の本Q&A

2004/12/21 14:00

物言わぬは腹ふくるる業

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 なんと変わった形式の小説。聞き手と話し手が代わっても、ナンバーもなければ、小見出しもなく、切り替わっていきます。
 都内郊外の大型商業施設で起きた大きな死傷事故の聞き取り調査のもようが、延々と語られていきます。同じ日同じ時刻にMという店に居合わせた人々の、記憶を頼りに、事故の原因を特定しようとする…と、始めは理解して読んでいたのですが、途中から、そして読了してみて、これは事故の謎解きではなく、大事故に遭遇した人々の心的世界、それも、負の世界を暴くかのような小説だと思うようになりました。

 聞かれたことに答えるだけでいいのに、登場する人物は時間がたてばたっただけ、心に降り積もるものが多くなり、言わずもがなのことまで自ら語るのです。また、しっかり覚えていると思っていることも、言葉を与えようとする時に、ああかこうか言い惑い、それらしき言葉を発してみても多少のブレは出てきます。また与えてしまった言葉に枠組みを固められて、自分で言った言葉なのに自分で再確認するかのようなまだるっこしさ。
 話し手の心に在るものの違いによって、毒を含んだニュアンスになったり、懐疑的になったりする、そのズレ。微妙にくいちがう証言が、その人その人の立場や、抱え持つコンプレックスの裏返しを、影絵のようにあぶり出していく過程が、とてもおもしろかったです。

 見たもの聞いたもの感じたものを、言葉で表すことの不条理さ。穿ちすぎかもしれませんが、私には、恩田さんが、作品の陰から“で、あなたはどうなの?”と言っているように思えてなりませんでした。
 生きるか死ぬかのパニックに巻きこまれた時、吹き出すように出てくる心の滓り。生き残っても被さってくる自責の念。きわどい生と死の線引きに、振りまわされる心。
 恩田さんは、人間のそういった頼りない心や何ものかに囚われていく心を、いつも的確に表現しては、私をぎょっとさせてくれる作家です。

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紙の本神も仏もありませぬ

2004/12/21 13:50

佐野洋子さん、大好き

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 ああ、おもしろかった!!というのが、まず来ます。歯切れよく、テンポよくこの世の理不尽さ、人間の不可思議さをぶった切る語り口に引き込まれて一息に読みました。
 豪快・痛快・爽快、あるいは鮮烈・強烈・清冽とでも言ったらいいでしょうか。ストレートにこちらの胸に響いて、気持ちのいい風を送り込んでくれるような本です。
 知り合いの農家のアライさんの言葉に「真実」を感じとり、素直に尊敬の念を抱く佐野さん。厳しい自然の姿に、感動を覚える佐野さん。老いた母との関わりにおいても、寿命が尽きそうな猫を世話している時も、佐野さんの“考える目”はどこまでも透徹していて、そこに人が生きる意味や真実、命あるものへの敬虔な態度を、きっぱりと見せてくれています。
 そしてまた、言いたい放題言っているようにみえて、友人とのつきあいの中で案外気を遣う佐野さんのかわいらしさがいいです。
 佐野さんは、ただ生きて、一生懸命生きて、感じて考えてきたことを書いている……それゆえ佐野さんは「今日死んでもいい」「けれども今日でなくてもいい」と言い、年が63にもなっていることに不思議さを覚えるのです。「いったいいくつになったら大人になるのだろう」というふうに。
 愛想笑いでごまかして、体面ばかり気にして暮らす私には、佐野さんの言葉、「神も仏もあり」ましたよ。

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紙の本かなしみの場所

2004/12/19 11:19

「三日月の舟」に乗って。

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 『チョコリエッタ』『水の繭』で出逢って以来、大島真寿美さんの、静かにたゆたうような感受性に惹かれています。心が何処か遠いところへ向かう時、その漂い始める心の作用を、実にうまく表現する人だと思います。
 『かなしみの場所』は、大島さんがこれまで書いてきた世界のひとつの到達点となる作品のように思えます。言葉に例えにくい“気配”あるいは“心地”とでもいうものが、実に丁寧に描きこまれていて、こちらの心に響くのでした。
 物語は終始静かで、主人公の果那の生活を写し取りながらも、果那の記憶の隅に置かれたまま、ほんのりと色を差したようなある出来事を浮かび上がらせていくのです。
 静かな物語ですが、果那には、離婚やよく眠れないという現実があり、ちくっと私を覚醒させます。果那は今、実家に戻り、雑貨を作りながら淡々と日を送るというような塩梅です。果那が作る雑貨の卸し先、「梅屋」を取り仕切っているのが、果那と年もほとんど違わない、みなみ。物をはっきり言う人で、果那とのやりとりが作品のおもしろいアクセントになっています。ちぐはぐなコンビながら、信頼しあう二人の気持ちが快く感じられました。
 物語の所々に登場する小道具として“錦紅堂”の和菓子が、果那やみなみの休憩にちょこっと色を添えて、季節感を映すものになっています。そんなものにまで大島さんは、綺麗な色と形を与えており、想像するだに美味しそうでした。きっと、果那が作る雑貨も、そのようなたたずまいなのだろうなあと、思いをはせたのでした。
 果那とみなみが、お互いの輪郭のぼやけたような記憶について語り合う場面は、ソフトフォーカスのかかったようなイメージで、気持ちにしいんと染みる味わいがありました。
 多分、どんな人の心にも、簡単には言葉に表せないような想いや忘れられない出来事があって、それは、新しい日々がどれほど重ねられようと、変わりなくそこに在り続けるもの。生きてゆくために、その想いや出来事を意味づけする必要があるものではないかも知れないけれど、遠い日の自分と共に在り続けるもの。その“気配”“心地”だけが、いつまでもひたひたと心の淵で揺らいでいるような……。なんだか、生きていくことも満更じゃないなと、優しい気持ちになります。
 果那が周りの人の、いろいろな想いを受け取り、人生の苦みを知って、なお、日々をゆうらりと漕いでいくようになるまでの軌跡が愛おしく感じられました。
 「三日月の舟」と題された章が、最初と最後にあります。舟を漕ぎ、広がる波紋。淡い水の影のような、人生のひとこま。でも、かけがえのない想いの交錯がきらりと光って、見飽きない風景のような物語でした。

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