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先月(2017年1月)

大塚英志さんのレビュー一覧

投稿者:大塚英志

6 件中 1 件~ 6 件を表示

紙の本ロリータ℃の素敵な冒険

2004/07/13 10:17

著者コメント

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 帯のキャッチコピーは「愛と勇気の教養小説」で、「教養小説」にはビルドゥングスロマンとルビがふってある。
 ぼくは自分の本の帯コピーを自分で書いたり書かなかったり半々だが、これは自分で書いた。コヤマシゲトくんと寄藤文平くんという、本のテーマをちゃんと装本にしてくれるコンビの手によるデザインが届いたらすらすらとでてきた。
 教養小説といっても、読むと教養がつくとか頭が良くなる、という小説のことではなく、主人公が成長し大人になっていく過程を描く、とてもクラシックな小説の形式だ。
 今回の小説は『サイコ・キューブ』というタイトルで前世紀に「ザ・スニーカー」誌で連載していたものだけれど、『ぼくは天使の羽根を踏まない』と同様、オリジナルのタイトルは表紙にも帯にも記さないことにした。
 つまり、ただ、一組の男の子と女の子が成長していくという当たり前のことを書いた小説としてあるからで、それでいいじゃん、という気がしたからだ。

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「新現実」VOL.3の目玉企画は、中上健次未発表小説と「わたおに」の大嶋優木くんへの表紙です。“今の最大の関心はスペイン総選挙の結果と「わたおに」”と言ったらしい香山リカの弟ならともかく、中上健次と大嶋優木どっちの読者にとっても、「二つセットにされても困る」という企画だと思いますが、それが「新現実」です。ついでに言うとイラク自衛隊派兵差止訴訟の訴状全文も掲載されています。
 特集のキーワードは「転向論」で、今回はこの特集でいこうと決めたというより、話をしたい人と話したり、原稿を頼んで上がってきたものを見て、ああ、「変わること」と「変わらないこと」の意味をあっちこっちで皆、考えているんだな、と感じたキーワードです。登場してくれた人々が「転向」したわけではありません。念のため。登場してくれるのは宮台真司、村井紀、香山リカ、荷宮和子、ササキバラ・ゴウ、上野俊哉の各氏です。荷宮和子の上野千鶴子論は必読です。創作は白倉由美、佐藤友哉、西島大介、藤林靖晃、元長柾木の各氏です。

【内容紹介】

特集「戦時下」の言論
サブカルチャー転向論
誰が、いかに変わろうとしているのか。

インタビュー 聞き手 大塚英志
宮台真司「何故、アジア主義を語るのか」
対話
村井紀×大塚英志「戦時下の民俗学」

論考
ササキバラ・ゴウ「おたくと転向」
荷宮和子「くびれの世代の上野千鶴子論」
上野俊哉「新保守の起源としてのサブカルチャー」

対話
香山リカ×大塚英志

創作
白倉由美 佐藤友哉 藤林靖晃 元長柾木 西島大介

中上健次未公開資料
「南回帰船」第一話劇画原作脚本

自衛隊イラク派兵差止訴訟 訴状全文

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紙の本サブカルチャー文学論

2004/02/12 13:53

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『サブカルチャー文学論』をようやく書き終えることができた。石原慎太郎論の掲載をめぐって『文學界』での連載が中断したままだったが、中断の期間を経ることで少なくとも本書の主題は明瞭になったと思う。
『文學界』連載版の最後となった三島由紀夫論で「サブカルチャー文学論」は、戦後文学者たちの系譜に自身を仮構ーー即ちサブカルチャーとして強く規定することで超越性や全体性への欲求を断念しようとする倫理性が流れていることに思い至っていた。石原にはそのようなサブカルチャーとしての倫理性が欠落しており、江藤は自らに強くそれを課そうとし自死していった。しかし、江藤がその倫理を共有しうる同志と考えた大江はそれに答えることはなかった。中断を経ることでそのような本書の主題は深化させることができたし、書き尽くすことができた。だからこそ断言するが本書は、サブカルチャーを文芸誌が文学と言い繕う、そこかしこにあるさもしい現象について論じたものではない。
 江藤が文学の「現在」を批評することを断念した80年代以降の問題を江藤の批評に接ぎ木し、そのことで彼を超えようという仕事だという自負がある。特に書き下ろし「大江健三郎と三人の自死者たち」はぼくにとって一つの到達点だと思っている。

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紙の本僕は天使の羽根を踏まない

2003/11/12 20:13

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 絶対に出ることはないので聞かれても困るのだが、講談社ノベルズ版サイコの続編「渡久地菊夫の失敗」はいつでるのか、と聞いてくる読者は殆どいないのだけれど、先日、三島由紀夫文学館で例によって不機嫌に講演していたら、参加者から「摩陀羅の小説の続きは出ないのですか」と、また聞かれた。ここ、二、三年、人前に出て話すと、後で、大学生ぐらいの子がやってきて必ず同じ質問をする。
 ああ、そうか、あの時、「摩陀羅」のファミコンをやっていた小学生たちはずいぶんと大きくなったんだなあ、と妙に懐かしくて、読者から「続きを書いてくれ」というと絶対書きたくなくなるぼくにしては珍しく、ぶん投げてある「天使篇」と「転生篇」をどうにかしてもいいな、という気になって、とりあえず「転生篇」の小説をちゃんと終らせたのが実はこの本だ。でも表紙にもタイトルにも「摩陀羅」なんて書いてないし、本屋で何も知らない人が「世界の中心で、愛を叫ぶ」のパチもんぐらいに思って買ったら全くわけのわからない小説だった、というのがいいな、と思ってたんで、版元も思いつきで変えた。それで、後になって「え、いつの間に終ってたの」というのが理想なので。
 とはいえ、自分でいうのもなんだけど、けっこう「泣ける」青春小説になっていて、その点はわりと真面目に書いてある。10年前のファミコン少年たちが大人になった時に、あのゲームに付き合ってくれた彼らのための青春小説の一つぐらいは用意しておいてもいいんじゃないか、と珍しく優しい気持で思ったのは本当だ。

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 二〇〇三年四月七日がアトムの誕生日だからアトムの本書いてよ、というあまりにありがちな依頼の主が徳間書店の大野修一でなかったら「帰れ、バカ」と言っていたところでした。本書はアニメージュ叢書という、9・11をきっかけに突発的に始まった単行本シリーズの三冊めで、ぼくが関わってる本しか今のところ出ていません。別にぼくの個人レーベルってわけじゃないんだけど、やっぱり9・11が「始まり」です。
 その日を境に「評論家の大塚英志」は仕事上のパートナーを文芸誌や批評誌の編集者から、アニメ誌やミステリー誌やまんが誌のぼくの担当編集者へと決定的にシフトしました。
 たった今、何を発言し、あるいはどんな本を出さなくてはならないのかについては文壇や論壇と全く関係のない連中の方が正確な判断ができるというのは奇妙な事態ですが、例えばイラクでの戦争が終わった今、「群像」編集長と話さなくてはならないのは「今、文学が何をできるか」ではなく、某女流作家への講談社の配慮で、ぼくの「群像」での連載が終わるか否かについてです。こっちだって好きでいつもそんなことやってるんじゃないんだけど、つまり彼らにとって今、何をすべきかは「文壇の中の政治」であって、9・11やイラクや、別にその他の何でもいいんだけれど、世界と文学との関わりではありません。
 だったらお前らやめろよ、文学。替わりに「文学」がやるべきことをきっちり「こっち」でやってやるよ。それが「こっち」の編集者たちと作る徳間のアニメージュ叢書だったり、角川の「新現実」や憲法本なわけです。
 従って、このアトム本はアトムの誕生日向けにという、ありがちな企画を装いつつ、しかし、アトムの誕生年である二〇〇三年に世界が戦時下にあることと、アトムあるいは手塚治虫の表現がいかに関わっているかについて論じています。例えば、アトムの第一シリーズ「アトム大使」が連載されていたのは、まさに日米講和の最中でした。日米講和が何かは自分で調べていただくとして、小泉がブッシュの戦争を支持する時に持ち出した「日米同盟」という枠組にこの国が身を置こうとしている時に、リアルタイムで「アトム大使」は書かれています。
 二〇〇三年の四月にいかにもという顔で「アトム」本を出すのは、アトムについて、今、考える必要があるのはそれがアトムの誕生日だからではなく、イラクでの戦争に示したこの国の態度について考える一つの足場になっていくからです。そのためにアトム、あるいは手塚が、戦前、戦時下、占領下、そして日米講和といったこの国の歴史との軋轢の中で、いかにして彼のまんがの方法を立ち上げていったのかについて「現在」との関わりの中で、たった今、論じる必要があるのです。まんがやアニメによって「世界」から逃避することができるように、やり方によっては「世界」と向かい合えるのだ——それがぼくがまんがを論じる根拠です。

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紙の本キャラクター小説の作り方

2003/03/10 13:09

著者コメント

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 キャラクター小説とは、ジュニアノベルズやライトノベルズを意味する小説業界の隠語です。本書は一応はその狭い意味において「キャラクター小説」の書き方について、極めて実用的な入門書だと自負します。しかし、実用的であることと批評を共存させることにぼくはノープロブレムな人間ですから、本書は同時に小説の現在に正しい指針を示す文芸批評として書かれています。読者はジュニア小説の書き方についてレクチャーを受けていたはずなのに、最後には近代小説の始まりの場所に連れて行かれます。そして、新しい現実に対応する小説は近代文学をリセットすることで始まるのではないか、と示唆されることになります。
 とは言え、自分の本が難解な批評であることをぼくは全く好みません。ジュニア小説のみならず、ゲームやコミックといったストーリーテリングとキャラクター制作に関与する人々にとって、おもしろくて役に立つ実用書として読んでいただいて全く構いません。『MADARA』『多重人格探偵サイコ』の原作者が書く、ヒット作の作り方という身も蓋もない水準で読者に出会ってこそ本望というものです。

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