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赤ちゃんとママ社さんのレビュー一覧

投稿者:赤ちゃんとママ社

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紙の本小児科医者内藤寿七郎物語

2003/10/30 13:54

出版社コメント

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 1906年、明治39年に東京・牛込にて生まれ、熊本にて育った寿七郎は、生まれてすぐに生死の境をさまよったものの漢方の名医に命を救われました。漢方の名医に自分の命を救われたこと、そしてまだ自分が生まれる前に兄の命を救ってくれた小児科医の話を母親から何度となく聞かされた寿七郎は、感謝と尊敬の気持ちを抱くようになり、小さな命を救う医学への憧憬の念も大きく膨らんでいきました。

 幼いころからの夢をかなえた内藤先生は東大小児科学教室を経て、愛育会付属病院に勤務。当時非常に高かった日本の乳児死亡率の低下を目指し、特に乳児死亡率の高かった村を愛育村と名付け、看護婦などのスタッフと共に頻繁に出向き、子どもの状況や暮らしの様子を調査。村の実情に合わせた育児指導を展開しました。地域の人々の知恵や力をひとつにしながら子どもの現実を切り開いていく——“子育て支援の元祖”とも言うべき「愛育村」の活動は、内藤先生抜きでは語れません。内藤先生は戦後小児科医学の転換期に第一線で活躍され97歳を迎えた今もなお、育児に迷う母親と子どもたちを支え続けています。

 スピードと効率を追い続けて半世紀あまり…かつてないほどの医療不信が増大する中、医者としての本質とは何かを問われる時代となりました。母親と子どもを守りたいという信念を一途に貫いてきた内藤先生の生き方は、母親だけでなく医療現場で活躍する人、そして21世紀を生きる人たちに勇気と希望を与えます。
 目を見てゆっくり話すことで心が通う——「まなかい=目交」の大切さを忘れてしまった現代の人へのメッセージが詰まった本書をおすすめします。

【内藤寿七郎(ないとう・じゅしちろう)】
略歴:1906年10月23日生まれ。1931年東京帝国大学医学部卒、1938年愛育病院小児科医長、1949年日赤中央病院小児科部長を経て、1956年愛育病院院長兼愛育研究所所長就任。1977年愛育病院名誉院長。1967年保健文化賞、1968年藍綬褒章、1979年勲三等瑞宝章、1992年シュバイツァー博愛賞受賞。

【丹羽洋子(にわ・ようこ)】
略歴:『小児科医者 内藤寿七郎物語』著者。育児ジャーナリスト・育児文化研究所所長。育児雑誌編集長を経て1990年育児文化研究所を設立、所長。日本小児保健学会、日本母性衛生学会学会での研究活動のほか、育児の現場での発言・提言を行っている。

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