サイト内検索

詳細検索

ヘルプ

セーフサーチについて

性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示を調整できる機能です。
ご利用当初は「セーフサーチ」が「ON」に設定されており、性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示が制限されています。
全ての作品を表示するためには「OFF」にしてご覧ください。
※セーフサーチを「OFF」にすると、アダルト認証ページで「はい」を選択した状態になります。
※セーフサーチを「OFF」から「ON」に戻すと、次ページの表示もしくはページ更新後に認証が入ります。

  1. hontoトップ
  2. レビュー
  3. 三浦雅士さんのレビュー一覧

レビューアーランキング
先月(2017年2月)

三浦雅士さんのレビュー一覧

投稿者:三浦雅士

1 件中 1 件~ 1 件を表示

著者からのメッセージ

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

柴田元幸さんの仕事には以前から惹かれていたけれど、最近、若い読者のあいだで話題になることがとても多い。いったいそれはなぜなんだろうと考えたら、その背後には村上春樹という存在があって、結局、村上春樹って何なんだろうという問題に直面してしまった。村上春樹については20年前に比較的長い文章を書いたことがあるけれど(『主体の変容』中公文庫)、今回、あらためて通読してみて、あ、そうだったんだ、と思うことがたくさん出てきた。そんなわけでこれは柴田元幸論であると同時にちょっと本格的な村上春樹論になってしまった。村上春樹の登場はある意味で世界的な現象だったのだ。この段階で、小説における現実というものがはっきり変わった。いや、人間における現実というものがはっきり変わった。柴田元幸から村上春樹へとさかのぼり、村上春樹から柴田元幸へとくだってくる過程で、そのことがよくわかった。サリンジャー、ヴォネガット、ブローティガンの3人が村上春樹と高橋源一郎と池澤夏樹を生んだ。そういう文学的な環境から柴田元幸の感性が生まれ、その感性が、オースター、ミルハウザー、ダイベックに結びついた。この間に起こった変化はとてつもなく大きなもので、たぶん小説というものの性格が変わってしまったのだ。もちろん、このことについてはこれからもっとじっくり考えなくちゃならない。とりあえずこれは、現在ただいまの、現場からの報告というところ。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

1 件中 1 件~ 1 件を表示