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jisさんのレビュー一覧

投稿者:jis

24 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本戦後史

2005/09/26 00:12

戦後は終わっていない。

13人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

戦後60年も過ぎたのに、戦後史と名のつく書物が少ない。通史として激動期を記録しているこの本は、新書でありながら一級の資料ともなっている。まず、参考文献が多い。後書きにもあるように、先行研究及び著者の生活体験をベースに叙述、さらに「聞き書き」を挿入することによって、重層感を出している。
時期区分を4つに分けている。①敗戦と占領(1945〜1960)②高度成長時代・ベトナム戦争の時代(1960〜1973)③第一次石油危機・バブル崩壊(1973〜1990)④湾岸戦争、9.11同時テロ、イラク戦争(1990〜現在)各区分がほぼ15年になっている。
この時期区分を、出来事の項目を追って解説している。それにしても、戦前の戦争、侵略、専制、貧困に対して、戦後の反戦、平和、民主主義、貧困からの脱出と考えるなら、なんとこの60年の慌ただしい時代であることか。
戦後生まれで、時代が混乱している頃に生まれた世代として、この通史はまるで自分たちが生きてきた時代を再確認させ、今ある世界の成り立ちを見せてくれるようである。特に印象深いのは、天皇崩御の1989年がベルリン崩壊と軌を一にしており、これが冷戦の終わりに繋がり、一国主義のアメリカが湾岸戦争に突入していくという時代の回転である。
あのバブル期の異常さも思い出される。土地の投機にうつつを抜かし、アメリカ本土を買い占めない勢いを示していた愚かな日本が、傲慢ゆえの転落を見るほど歴史の因果応報はない。そこには、銀行の思惑と政府の政策の失敗というオマケが付いているが、国民の大多数は、これは異常だと気づいていた。
さて、戦後はいつ終わったのか。敗戦国である日本の戦後は終わっていない。対米従属的関係の解消、アジア諸国に対する、過去の清算が終了するまで終わらない。先の選挙で小泉自民党の圧勝を受けて、またぞろ胡散臭い動きが出ている。
それは、憲法の改正、改悪の動きである。戦後の終わらせ方の問題にもなるが、「戦争への道」か「平和への道」か、ということである。憲法9条の扱われ方で、この国の進路が重大な岐路に立つことになる。と著者の歴史認識が、われわれに警鐘をならす。
若い人達からお年寄りまで、今こそ読むべき良書である。

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イスラエルを知って暢気な日本人を思う

9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

アメリカでは、15年か20年に一度しか現れない書物だとオビにある。アメリカで発売されればそうであろう。ユダヤ人か数多く活躍し、アメリカとイスラエルは緊密な関係がある。この本は、アメリカ人にとっても、驚くべき現在のイスラエルの現状を見事なまで表現している。現に生活している人々からの取材で、まるで細密画を仕上げるように、イスラエルという途方も無い国を浮かび上がらせている。

日本人にとっては、まるで関心の薄いイスラエルだが、昨今のパレスチナのガザ地区への空爆などのニュースを見るにつけ、なぜなのかという思いに囚われる。単純に物事を判断できない歴史的な事情と、宗教的な混交がそこにはある。まずエルサレムは、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の聖地であるという事も、普通の日本人にはピンとこない。イスラエル国内で、なぜにテロリストが頻繁に民間人も含めて殺傷し、大惨事を引き起こそうとするのか。ナチのホロコーストからシオニズムに至るまで、日本人が理解できない国家・民族としてのイスラエルとイスラエル人は、現代においてどのような意味を持っているのか。

日本人としてこの書物を読むと、現代のイスラエル人の多様性に圧倒される。最終章においての「セックス革命」などは、単一民族である日本人が思っている結婚という形態がいかに、幸せなものであり、常識的なものであるかを考えさせられほっとする。ユダヤ人やイスラエルについてほとんど無知であった私が、この書を読むことで疾風怒濤のような国民性に触れ、中東問題の困難さを改めて知らされた。

なにはともあれ、著者のジャーナリストとしての資質は圧倒的であり、インタビューを基に構成されている本書は、イスラエルの現代を知るのに独創的なものであり、最高峰の一つであるといえる。

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「勝ち組」「負け組」なんぞ断じてない。

9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

理解できない、もしくは非常に説明が困難な状況を、簡単明快に解説・説明するほど難しいものはない。特に、複雑極まりない現代の日本社会の世情となると、厄介きわまりない。
この困難事をやすやすと行うことが出来るのが、著者橋本治です。まずは「勝ち組」「負け組」の二分法を俎上にあげる。この「勝ち組」「負け組」という言葉の胡散臭さは、ある一定の基準から判断された価値ではなく、なんとなくの雰囲気から見いだされたものであり、バブル崩壊後の「どうしたらいいか分からない」状態から生み出されたと見る。
価値基準を「勝った」、「負けた」の二分法が分かりやすいからそう判断するようになった。「勝ち組」の評価は何処にあるのか、「負け組」は何処にいるのかという問題に発展する。
意外にも「負け組」の正体は日本経済そのものであり、この単純な二分法を持ち出してきた人々が、経済の専門家エコノミストというわけです。
政治の世界においては、もちろん「小泉純一郎」が「勝ち組」です。単純な戦略と大げさな呼びかけで、結果として完璧な二分法の完成者です。改革の旗手として、とても不可能と思えた「郵政民営化」をやり遂げる。「改革者」として登場する事自体が「勝ち組」の構成要素を充分満たし、それに乗っからない反対派を守旧として、「負け組」に落としてしまう。奇術のような不可思議さで牽引役になってしまう。
後半部分は、現在の経済市場分析に使われています。競争原理に貫かれて、戦後突っ走ってきた日本経済が青息吐息で、「消費者」の欲望を刺激する方法が、分からなくなっている。バブルが弾けた以降の日本は、まるでダッチロールする飛行機のようにどこに向いているのか、皆目検討のつかない状態が今だと言うことです。もともと経済は実態のないもので、ただ流れている血流のようなものです。
その中で蠢めき必死で泳いでいる、おやじサラリーマンたちは決して勝ち負けの一元論で計れるものでもないし、価値評価は多種多様であると暗に述べている。現実がある限り、何にも出来ない構造が限りなく続くかもしれないが、そこは我慢という奥の手もある。著者は弱者の応援もしてくれる。
なにはともあれ、この新書を読んで著者のユニークな視点、驚くべき論理展開を味わうのがいい。得した時間の使い方をした気になる。

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紙の本破裂 上

2005/05/22 17:27

新たな医療ミステリーの傑作

9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

医療裁判の困難さは、原告が素人であり被告が玄人である事である。専門的な用語を理解するだけでも相当の時間と理解力が必要である。だが、そこに同じ医者が原告側につくとどうなるか。この物語は、医療裁判を横軸に、少子化・年金・安楽死など高齢化社会での問題を縦軸に、込み入った事件を挟みながら進行していく。
事の発端はこうだ。元新聞記者のジャーナリストが、医療問題をテーマにし「痛恨の症例」を取材する過程で、大学病院の麻酔医師江崎に突き当たる。自身も現在の医療のあり方に矛盾を感じていた江崎は、協力するようになる。そこに一つの許すべからざる事件が起こる。
僧帽弁置換術で手術した患者が5日後に急死した症例に、医療ミスだったという内部告発があった。患者の娘枝利子が裁判を考えるようになる。そこに江崎が協力を約束し、弁護士の露木とジャーナリストの松野の原告体制ができあがる。被告は大学病院のエリート助教授香村。
どんでん返しが待ちかまえている裁判と、この香村が開発したペプタイド療法を利用しようとする厚労省。その実質的導入企画者である佐久間が物語に参入してくる。このマキャベリー官僚の意図するところは、これからの超高齢化社会を是正するのにどのようにして、高齢者を満足に天国に導くか。副作用のあるペプタイド療法による「ぽっくり死」を夢想するまでになる。
もう既に高齢化社会なのに、われわれは殆ど気づかない。身近に介護する対象が出てきて急に落ち着かなくなるのだ。この物語は、現場を知り尽くした医者の作品であり、これからの医療や老人社会を俯瞰してくれる。一度でも親を介護したものなら、現在の医療制度の矛盾や不満に突き当たらないのは珍しいことである。普通の老人が、満足に畳の上で死ねるためには何が、どう必要か。
次の作品を心待ちにしている。

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紙の本14歳の君へ どう考えどう生きるか

2007/01/03 21:23

14歳と大人達

9人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

昨今のいじめ問題から始まり、教育の腐敗・深刻さを考えるに子供達の混沌とした世界を想像する。大人の反映とはいえ、子供達が見据える未来無く、信じる物さえ見つからない今、何をどう考え、どう生きるかをこの書は指南する。
著者の解りやすい語り口にだまされてはいけない。「14歳の君へ」というタイトルになっているが、24歳、34歳ひょっとすると44歳でも通用するような高度な内容だ。中高年が読んでもなるほどと感心する。
耳に痛いことが数多く出てくる。14歳という人生これからの若者に向けての物語ではあるが、一つ一つのテーマは、なかなか一筋縄ではいかない。「友愛」から始まって「人生」に終わる16の言葉が持つ途方もない世界を、簡潔に要を得た文章の中に著者の思考が横溢する。
「人間は考える葦である」の通り、考える動物である人間の特質を大いに発揮し、幸福の追求の方法は如何なるものか、世間とは、人生とは、自然とは、他者との関係とは、等々、忙しい大人が忘れていた基本的な思考を、教えてくれる。
人間というのは、有限であると同時に無限であり、この世に存在しているその事自体がかけがえのない事であり、凄いことである事を自然と感得させてくれる。考えることは、己の存在を内から思念する事であり、有限な人生を幸福に生き抜くに必要な大切な恵みである。
あとがきで、前書が各地の学校の副読本として採用されていると書かれている。この本は先ずは親や大人達が読み、子供達に読み聞かせるか、親子が話し合う絶好の参考書として使うべきである。大人と子供が共に読み、考える事の出来る良質の本は今時めずらしい。

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震度0

2005/07/20 01:50

組織とは。

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

どこの組織にも腐敗はある。長年培われた伝統が醸し出す、色や匂いが必ずある。基盤が強ければ強いほど、独特の特徴と特色がある。一般的に会社組織は単純だ。利益追求組織として、目的がはっきりしており、余計な理想や倫理があまり表に出てこない。しかし昨今、企業においても、情報公開や企業コンプライアンス云々と喧しい。
警察組織においてはどうだろう。それ自体が権力を持ち、それ故に強力な統制力が必要とされる特別な組織体。其処に蠢く構成細胞たちは、時に密室的、時に透明度をアピールしなければ存在できない。特殊な生命体に生息する細胞は、お互い牽制しあい、協力し合いかつ縄張り意識が強力であらねばならない。
この作品は、警察組織に属する幹部たちの心理劇である。主要な登場人物といえば、たった6人とその妻達。キャリアの二人椎野、冬木。準キャリアの堀川。後の3人は藤巻・倉木・間宮だ。この警察幹部達が、一人の失踪者不破を巡り、壮絶な心理劇を作りあげる。個人を守るためか、組織を守るためか、出世のためか、はたまた野心の実現のためか。それぞれの思惑は違う。故に矛盾が噴出し、混乱するが、傷つき嘆き悲しむのは人間だ。決して組織ではない。
作者は、少人数の登場人物で警察組織の縮図を見せてくれた。なるほど筋を追っていく楽しみはある。しかしこの作品は筋ではない。人間の組織におけるあり方を、巧妙な仕掛けで表している。1995年の大地震で刻々と死者が増えていく模様を、作品の進行に会わせて配置している。
なぜ、作者は1995年を舞台に選んだか。崩壊する都市と、為す術がなく右往左往する被災者。これらと、警察組織の崩壊を二重写しするために選んだのではなかろうか。破壊の後に復興が待ちかまえている。組織の内部浄化により、本来の組織に変わり得るか。
再度、部長会議を−。もし他の誰かがそう進言しているのだとしたら、N県警はこの「激震」からも立ち直れるかもしれないと堀川は思った。(引用)という最後の場面に作者の思いがこめられている。
大人が鑑賞する良質の作品である。

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紙の本魂萌え!

2005/05/01 13:36

魂萌え世代

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

主人公は59才の主婦。夫が亡くなり、喪失感に悩まされている時、実は愛人がいて10年間もだまされ続けた事実が判明する。外国にいた長男の帰国や、長女の結婚における騒動と相まって、主人公の混乱は増幅する。それに耐えられず、プチ家出という始めての経験を勇気を持って断行する。その中から色々な人に出会い、新たな人生の出発の準備をする。「そば食べ歩き会」の一員との一度の不倫、友人たちからの慰めに涙する場面あり、無理解を嘆く場面ありと物語は進んでいく。
主人公の喪失感、孤独や夫にたいする失望感。結婚生活とは?子供たちの育て方とは?老年にいたる恐怖など、生活の不安から如何に自らを解放して、自由な境地に至るか。現代のこれからの課題、「老齢化社会」における女性の生き方は如何なるものか暗示されている。魂萌え世代は如何に、これから生き抜くか。
殺人場面とか、性のどきつい描写があるわけでもない。従来の「桐野クライムファン」にとっては、随分指向の違う大人の小説になっている。細部にはっとさせられる描写もあり、さすがに円熟した桐野ワールドを展開している。新たなステージとして、この作品の登場を祝いたい。

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紙の本脳と仮想

2007/05/06 17:42

いったい脳とは

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

新進気鋭の脳科学者が著した人生の書。とても難しい内容であるが、眼からウロコの人生哲学書ともいえる。近代科学の世界観においては、計数化できることを第一義に発展してきた。其処には、日常の感覚や感情の流れ等を第二義と捉える方法論をとっている。
勿論、皮膚感覚などという面倒臭いことはなるべく問題にしないし、宇宙についても地球についても物質を中心として計算可能であり、実験結果が現れるものを中心に据えている。
しかし数にも、方程式にもできない現象を脇役として片づける近代科学精神が、主体的体験を単に脳内現象としてだけと切り捨ててきた事に、猛烈に反発しほとんど怒りに近い思いをもった人に小林秀雄がいる。彼の講演を導入部分にして、脳と近代科学精神、脳内現象と意識、仮想の問題へと説き進む。
クオリアをキーワードに縦横無尽に語りかけていく。脳の中の一千億のニューロンが人間の体験を司るが、ここに意識とか魂とかが入り込んでくる。物質的なものから意識とか魂がどうして生じるのか。この不思議が、仮想というまたもや不可思議な世界に我々を引き込む。
現実と思われる今の私の状態が、本当に現実であるのか。脳が単に現実と言わしめているのではないか。「もの自体」は永久に判読不可能であり、かといって物はある。疑いきれないのは、「わたしは考える、ゆえにわたしは存在する」のわたしだけである。
わたしが現実と思っている事が、仮想であり、現実と仮想の境界がどこに存するのか。仮想の中だけが、現実の厳しい断絶を癒す隠れ蓑か。
著者の全体を見通す深い知性と、人間性の豊かさ、他者にたいする優しさがこのすばらしい書物を実らせた。中沢新一の解説も因縁めいておもしろい。

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細川ガラシャ夫人 上巻

2007/03/03 23:38

現代の女性と細川ガラシャ

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

歴史上の人物が、今ここで悩み、動き、無念の吐息を出す。大きな時代のうねりの中で各登場人物がおのおのの役割を忠実に果たす。戦国の世、男女の平等はもとより、人間としての自由が全くない時代、豊かな心情と感受性を持った一輪の花が咲く。
その名を、玉子。またの名を細川ガラシャという。明智光秀を父に持ち、教養ある母に育てられ、その時代にあっては特異な性格を持つ絶世の美女に育つ。幼い頃から、全てにおいて疑問を持ち聡い姫としても一等地を抜けている。女の幸せとは。女の生き方とは。それは、細川忠興との結婚によっても変わらない。
やがて、大きな歴史の渦に巻き込まれる。父光秀は、織田信長を破り、秀吉に破られる。時代の荒波に呑み込まれ、浮き沈む一葉のように儚く世間を漂う。親兄弟は死出の旅に赴く。自らは鄙びた山奥に逃げ隠れなければいけない。そういう逼塞した状況から少しの慰みになったのが、付き人佳代とキリシタン大名高山右近である。信じていた忠興におりょうという側室が出来、子供まで成していたと聞けば、世の不幸・空しさをかみしめると共に、キリスト教の信仰に入るのは必然的な道であった。
信じる事により、つらい運命までも喜びに変える事を取得したガラシャは、益々以て、単に女性というより、より高い人間としての崇高さを得る。内面の美しさは、外面を遙かに凌駕する。神に全てを投げ出す事。疑うことなく神の愛を得ようとすること。無心な渇仰が死の場面においても、毅然とした態度を取らせる。
いよいよ最後が近づく。石田三成と家康の戦いである。家康方につく忠興は、「隠すこともならぬ、人質に取られることもならぬ」状態にガラシャを突き落とす。気丈なガラシャは、夫の命を忠実に守る。慫慂として死を受け入れる。悲劇の人、細川ガラシャ。
だが本当に悲劇の人であったであろうか。宗教にめざめ、人間の根元をみつめ、死をも超える認識に至った。喜びに満ち、信ずる天主のもとに向かう細川ガラシャは、不平等と不合理な時代に生きた女性として、究極の幸せを掴んだ人ではないだろうか。

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紙の本睡魔

2005/09/19 16:45

エンターテイメントここにあり。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

久しぶりのヤン・ソギルを読了した。スピード感とスリル、エンターテイメントとしての物語性、登場人物描写が旨くかみ合わさって、一級品の出来になっている。
物語自身は単純である。作者を想定したと思われる趙泰三が、旧友李南玉と再会するところから始まる。大阪で事業に失敗、出奔、東北から東京に舞い戻り、困窮したくらしに嫌気がさした頃、このどうしようもない自堕落な男が登場してくる。在日という同胞であり、内部に暗い汚穢を持っている物同士が、貧窮した生活から何とか逃れようとする。
やっと辿り着いたのが、健康マットの販売。大下という在日韓国人が幹部の、マルチまがいの商売である。この小説の圧巻は、このマルチまがい商法を、研修と称して自己啓発を行いながらマインドコントロールしていく過程である。奇跡が起こったような錯覚を、参加者全員にさせ、潜在能力の可能性の開発などという、絵空事で人間改革させるところである。
この様な組織にありがちな、出鱈目さ、いい加減さ、離合集散の激しさは、つながりが金のみであり、人を増やす事により成り立つネズミ講の宿命とも言える。豊田事件を見るまでもなく、急激に途轍もなく増大する組織は、非常に危うい所がある。其処に色事が入り込むと崩壊の一途をたどる。
さてこの物語は、在日の人達の生態をかいま見せてくれる。日本人だけが登場人物となって、舞台が廻るのと違って、どうしても歴史の問題が入り込んでくる。歴史を引きずって、怨念や抑圧、それ故の爆発的エネルギーの発露など、個々人の内面まで規制する政治と文学に突き当たる。
何はともあれ、この小説は楽しむためにある。楽しみながら身近に感じるなにかに、気がつくかもしれない。大いなる楽しみと苦しみは裏腹とはよく言われるが、そんなことも考える暇もなく、楽しめる小説である。

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紙の本教養のためのブックガイド

2005/07/10 21:47

教養って何。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

教養とは何だろう。なかなか難しい質問だ。問う事の中に答えがあると通常いわれる。しかし、こと教養については、探すしかない。自らが自発的に、自省的に、柔軟な頭をもって探し歩くより仕方がない。教養を身につけるとは、どういう事なのか。角度を変えて見るなら、教養を得るためには、何をすればいいのか。
超一流と思われる東大の先生方が、若い学生に自分の読書体験から、教養を得るため、若しくは教養とは何なのか、という答えを得るため、いや探し求めるための書籍を紹介しているのが、この本である。
私は、何冊読破しているだろう。確かに殆どの本は知っている。名前は確かに知っているが、読み通した本はどれぐらいあるだろうか。推薦されている本は、それぞれ古典とも言うべき本ばかりである。現在の学生がこれらの本をどのくらい読んでいるか知りたいくらいだ。
ユニークな構成になっているのがコラムだ。その一等最初が、「教養がなくってごめんなさい」この表題で参ってしまった。最近の東大の学生は、禄なのがいないと常々思っていたが、先生は違う。こんな先生が、かの東大にいるとは、本当に東大を見直したいくらいだ。
対談あり、持論を包み隠さず述べて本を紹介している先生あり、「読んでいけない15冊」などという反面教師的な仕方で、紹介されている先生ありで、なかなか単なるガイド本とは一味も二味も違う。
大学は、もうすぐ夏休み。学生でこの中に紹介されている本を一冊でも通読できたら、この夏休みは価値あるものとなるであろう。ただし本を読むだけでは、教養人とはなれない。自己改革を重ね、自分が自分をデザイン出来る能力を身につけ、身の回りばかりでなく、時には宇宙や生命という流れの中で、人間の位置を考えられること、そのようになってこそ教養人と呼ばれるのであろう。
ともかく、この一冊でえらく得をした気分になれるユニークな、教養本である。

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紙の本明日の記憶

2005/06/12 12:07

若い人たちに読ませたい感動の書

6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

雨の日、ふらりと書店に立ち寄った。文芸作品が平積みしている場所の横に、ひっそりとこの作品が置かれていた。オビには、山本周五郎賞受賞・本屋対象2位と言う文字が飛び込んだが、私がはっとしたのは「若年性アルツハイマー」という言葉だった。奥付をみると、昨年の10月に発行、9刷りという大層売れた作品のようだった。寡聞にして著者の萩原浩という名前は存じ上げていなかった。手に取ったのが、間違いの元だった。
自分の母親を思い出した。若年性アルツハイマーではなく、老人の痴呆症だった。病状は序序に進行する類のものだったが、家族は大変だった。親の介護に忙殺され、本人のみならず家族全員が疲労困憊、一歩間違えば家族崩壊という状況だった。子供の名前すら認識できなくなった親を看るのは辛かった。
さてこの物語だ。主人公佐伯は、50歳の広告会社のサラリーマン。ばりばり仕事をこなし、一応の地位も得ている。夫婦中も波風立たず、一人娘も結婚する時期を迎えている。平凡といえば平凡な、人生を送ってきた。ある日、こまった事が起こる。大事な取引先との約束の日日を間違える。本人に自覚がない。
突発的な事故は急に発生するゆえ、衝撃度が強い。緩慢な事故は、慢性化しているため本人の認識が遅い。なんだか変だ。相手の名前が浮かばない。すぐ物忘れする。簡単な計算に手間取る。思い出そうとしても思い出せない事が頻繁にある。等等。やっかいなのは、初期には自覚症状が、無いことだ。周りの人がいち早く本人の異常に気づく。その時は既に、症状が相当進行したときだ。
主人公の父親もアルツハイマーだった。記憶喪失ばかりでなく、人格喪失と言うところが怖い。人を疑り、怒り、温厚な人間が訳もなく豹変する。周りの者は、病気の所為だと頭で理解出来るものの、気持ちや体では理解できない。遺伝だろうか。佐伯も時々考える。家族も考える。遺伝だろうか。こんな風に、世代を超えて影響力を与え続ける。
長生きする老人が増え、健康であればこれほど喜ばしい事はない。しかし実際は違う。多くの病気を持った老人が増え、医療の向上はあるものの、施設に問題があったり、看護に家族が疲れ果てるというのが現実だ。特にアルツハイマーという病気は、やっかいだ。人格が変わってしまう患者と家族や周辺の人が、どのように付き合っていくかが大いに問題となる。
この作品の最後の場面、佐伯が特別養護老人ホームの予約の帰り、学生時代に師事した陶芸家を訪れる。死んだ友人児島と、通い慣れた山道や周りの風景は、以前と変わらず思い出すことができた。菅原老人とは、酒をのみ野焼きをした。意識ある最後の思い出となる夫婦茶碗を焼いた。もうそろそろ失礼しなければ。
吊り橋の手前までいった。これが、佐伯本人と別人格佐伯との別れの橋だ。今までの佐伯はこれを以てお別れだ。アルツハイマーに取り込まれた。前をみると、見知らぬ女性がたっている。一緒に橋を渡る。名前をきく。「枝実子っていいます。枝に実る子と書いて、枝実子」
妻が現れたが、この女性は佐伯にとって今や妻ではない。ではだれか。誰でもない。ここからまた新たな夫婦関係が始まった。これから二人して、困難な道が待ちかまえている。一方は記憶を無くし、ある種幸せであるかもしれない夫と、一生連れ添う苦労が目に見えている妻。
身につまされる話であり、感動の物語であり、若い人達に読ませたい作品である。

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紙の本孤舟

2010/11/28 18:11

ああ定年

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

定年後のサラリーマンほどある意味、みじめで孤独で後悔の多い人種はいないだろう。今までの生活が、充実していればいるほど、社会的な地位が高ければ高いほど、それらから解放された後の無力感は、いかほどか。

本人には、当然錯覚がある。会社に行くことがなくなれば、自由を謳歌することができるし、今までの生活から羽ばたくことができる。映画を見ることも、読書三昧に暮らすことも、朝はいつまでも寝ていられるし、好き勝手な生活が待っている。だがそれが錯覚だと気づくのに6カ月は必要ない。

妻との関係、家庭での自分の位置が、微妙に変化してくる。サラリーマンで社畜といわれ、会社のため、家族のため、しいては自分の出世のためと思いながら一生懸命働いてきたが60歳を持ってリセットされる。肉体はまだそれほど衰えていない。労働に対する意欲もある。しかし定年という制度は無慈悲にも、過去の貢献を簡単に無に帰する。

この主人公威一郎は、まさに定年の悲哀を感じる。今までの生活との落差、何もないことへの焦燥と老いへの不安。生きがいの喪失によるやりきれなさ。それらが、妻との諍いを生み、傷を広げていく。

著者は、この物語に登場する人物たちを暖かい眼で俯瞰している。なにより老人に向かう夫婦と子供たちが、それぞれ労りを持ち始めたこと。それに威一郎のきわどい冒険から始まった出会いを楽観的に、結末をつけずに新しい物語として残したことがうれしい。やがて定年退職する年齢の人には、身にしみる物語ではある。

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紙の本まず石を投げよ

2008/11/30 09:25

医療ミスとは。

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昨今は医療の問題が喧しい。最近も世間を騒がせている、救急たらい回しから始まって、がん難民の問題、医師不足から起こる医療所閉鎖、看護士問題にいたるまで、問題山積という状況だ。特に医療ミスがますます増えているともきく。病気になった時に頼りになる、医師が医療ミスを起こし、さらに隠蔽するという事態が起こったとしたら。私たち専門知識が無い患者・家族はどう対処すればいいのか。政治や行政レベルの話でなく、一市民が現実に遭遇した場合を考えると、なんともやるせない感情を抱く。

この「まず石をなげよ」は、医療ミスの問題を取り上げている。小説の形をとっているが、ノンフィクションと言っても通用するほどの迫力だ。現場を知っているのみが語ることの出来る臨場感でぐいぐい引き付ける。医師と患者の関係はいかなるものか。良心的な医師が実は、内面に途方も無く矛盾を抱えていたり、ほとんど犯罪者に近い思考に囚われていたりする。患者にしても、利己的に医師と対峙するのみで、完治しないのは、医師の力量不足だと最初から懐疑の念を持っている者も多い。お互いが信頼でき、情報を共有してこそが、病魔に打ち勝つ縁となる筈が、現実はどうであろうか。

物語は、ライターの菊川綾乃を先導役として進行していく。ある医師が登場し、患者が登場する。そこに興味本位のテレビ製作者が話に加わってくる。場面設定には、特別な仕掛けは無い。医療現場における混乱と人間関係のどうしようもない角逐、矛盾が、物語が進行するに従って噴出してくる。それぞれの人物が医療ミスという現代のテーマに痛切にかかわっていく。

話の筋は読んでのお楽しみであり、最後の緊迫した場面も楽しめる。この作家の強みである医師であり、作家であるという二面性が医師、患者の心理を余すところなく描ききる。単なる医療現場の矛盾を痛烈に批判するものでなく、そこに働く人間たちの生の生態を知らせてくれる。簡単には、医療ミスはなくならないが、何処にその原因があるのか、われわれに垣間見させてくれる。

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遠い日の戦争

2006/02/12 17:38

本当に遠い日の戦争

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油山事件を知る人がどれくらいいるだろうか。広島と長崎に原爆が投下され日本が滅亡の縁を彷徨っていたその時、事件は起こった。九州においてのアメリカ人俘虜斬首事件だ。青年将校琢也は、斬首に加わったとして追われる身になる。終戦直前から戦後にかけて国内を逃げ回る。一時平安を得る場所に落ち着くが、それも警察の手がせまり逃亡を図らなければならなくなる。
なぜ琢也は、率先して斬首に加わったか。終戦前の日本に、アメリカは圧倒的な強さにより日本に迫ってくる。沖縄が落ち、日本中のあらゆる都市にB29が爆撃を加えるようになる。それに伴い無辜の人々が無惨にも殺戮されていく。許してなるものかと琢也は思う。ひょっとしてこの俘虜であるアメリカ兵が、B29のパイロットとして女子供を、ガムを噛みながら殺したのではないか。アメリカが殺した人数を比べれば、この捕虜達はゼロに等しい。死んだ日本人達の弔い合戦だ。
敗戦と共に、価値観の転換が一気にやってくる。戦争中の愛国心や天皇万歳が、まるでどこかの見知らぬ国の出来事かのように無意味と化す。お国のため、我が同胞のため天皇のためと戦い身も心も捧げてきた兵隊達、軍国主義の洗脳により散華した軍人達は、無駄死だったのであろうか。ましてや戦争も終結した後、B級C級戦争犯罪容疑者の逃亡者は如何なる事になるのであろうか。
俘虜斬首に関わった一個人が皮肉な運命をたどり、逃亡生活から刑務所に投獄され起訴、裁判の過程で露呈された戦争犯罪。度重なる偶然と、歴史の歯車がどのように一個人を狂わせたかを、作者は丁寧な取材と筆力で描ききる。

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