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先月(2017年5月)

けいさんのレビュー一覧

投稿者:けい

90 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本乱鴉の島 Nevermore

2006/06/29 15:38

剣も魔法も無力な現実で誰かを救いたい人に贈りたい

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ミステリというジャンルは拡大し続けています。名探偵が論理的な推理で謎を解くという伝統的なスタイル、いわゆる「本格」ミステリを愛好し続けてきたものとして、少しばかり気がかりなのは、「本格」という文句が謳われていても期待と異なる内容の作品が増えてきていること。ミステリの世界が豊かになることは大歓迎ですし、時代とともに「本格」という言葉の意味が変化していくことも仕方のないこと。洪水のようにミステリが出版されるなかで、名探偵の論理的な謎解きを読みたいという人々にとって「有栖川有栖」という推理作家の名前は「本格」以上の指標になったのかもしれません。
 有栖川先生は徹底的に「論理」にこだわったかたです。ミステリの黄金期にアメリカで活躍したエラリー・クイーンに影響を受け、その論理的な謎解きスタイルを受け継いだ有栖川先生は「平成のクイーン」と称されるほど。謎解きの手がかりを読者に提示し、解決の前に「読者への挑戦状」を突きつけた初期クイーン作品と同様、有栖川作品の多くも論理的に考えれば、きっちり推理を組み立てられるようにできています。本作でいえば、六章の終わりに「読者への挑戦状」が挟み込まれてもいいはずです。ここで一旦、本を置き、著者がばら撒いたパズルのピースを集め、論理で一枚の絵を完成させようとするのも面白い読み方です。推理を試みることで手がかりのうまさ、間違った想像に陥れようとする著者の巧みさがわかり、より深く作品を味わえるはずです。このような楽しみ方ができる作品は少なく、貴重です。
 論理とともに著者がクイーンから受け継いだのは「名探偵」というヒーローへの深い洞察です。人間の体を借りずに活動できるのはわずか三分の巨大な宇宙人、悪の組織の手術によって超人的な力を手に入れた改造人間。このようにヒーローはどこか危うさを抱いています。クイーンの描く名探偵も次第に悩める存在へと変わっていきました。本書でも活躍する有栖川先生のお抱え名探偵「火村」も闇を抱えたまま臨床犯罪学者として犯罪に向き合います。
 エッセイなどでしばしば著者が語っているように、名探偵というヒーローは剣と魔法(マジック)ではなく、剣のような論理(ロジック)で戦います。かつて名探偵が不可能犯罪を解き明かす本格ミステリは人工的で「お化け屋敷」のようだと言われ、名探偵ではなく警察が、推理ではなく捜査する、ファンタスティックではなくリアルな「社会派ミステリ」に追いやられたとされています。魔物がうようよする世界では剣と魔法は有効でしょう。そんな魔境から一歩外に出ると魔法(マジック)は力を失います。しかし、名探偵が駆使する論理(ロジック)は、現実でも有効です。本格ミステリを支える論理は夢想と現実でも地続き。本作に登場する現代の衣装をまとった乱歩の白昼夢に昨今の出来事がだぶってみえてしまった際、ときに本格ミステリという虚構は現実に刃を突き返すようなことをするのだと感じました。
 本作を読み終え、クイーン同様、有栖川作品も少し変化してきたと感じました。有栖川有栖という作家を考えるうえでキーとなる一冊になるでしょう。とにかく、火村シリーズ四年ぶりの長編にして、初の孤島ものですから、難しいことは考えず、楽しんでいただくのが一番です。

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紙の本星の王子さま

2005/09/01 00:19

実はまだこの物語を読んだことはないんだよなぁ、という人に贈りたい

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 この世界中で愛されているお話のことを知ってはいても、ちゃんと読んだことのないというかたは実はいるのではないでしょうか。
 恥ずかしながら、かくいう私もその一人でした。あらすじ、あの愛らしい王子の絵、あの有名な台詞は知っている。けれども、読んだことはなかったのです。
 このたび文庫化されたということで、ようやく読むことにしました。読み終えて胸のうちに残ったのは「もっと早くこの物語に出会いたかったな」という後悔と「これからの人生をこの物語は変えてくれるだろう」という期待。
 安くて手に取りやすい文庫でこの物語を読めるということは、なんと素敵なことでしょう。読んだことのないかた、小さい頃に読んだけれど忘れちゃったというかたは、とにかく、この一冊を手にとってほしい。そして、好きになってほしい。新訳、愛蔵版など、さまざまな『星の王子さま』がありますから、そちらでこの物語の豊かさを味わうのも素敵な時間をくれるはず。
 この物語がもっともっと愛されますように。

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話し方のマナーとコツ

2008/06/17 02:14

仲良くなりたい人と話していて「あれ、なんか壁があるな」と感じたことのある人、「この人、なんか苦手」と壁をつくってブロックしたことのある人に贈りたい

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 日々、たくさんの人と出会います。素敵だな、と思う人は話していて気持ちのいい人です。「書く」という行為と違い、「話す」という行為は瞬発力を求められます。アクションもリアクションもある程度の素早さがないとうまく成立しません。それだけに考えなく「話す」ということをしている人も少なくはないでしょうし、考えてはいるけれど答えが見つからずに悩んでしまう、というかたはたくさんいることでしょう。
 かくいう私も話がうまくなりたい、けれどもなかなかうまくいかないという人の一人。しばしば「話し方」について書かれた本を読んできました。
 この本で紹介されているのは、本当に基本的なことばかり。今までどこかで聞いたり読んだりしたことがほとんどです。むしろ、情報量だけに限れば、もっともっと細かくたくさんのマナーやコツを紹介している類書はあります。
 それでも、この本が今まで触れたこの手の本のなかで一番、説得力がありました。絵本というのが大きいのかな、と思います。説教くさくなく、親しみをもって読み進めることができる。薄くて可愛い絵本ですから、枕元にでも置いておきたいくらい。マナーというものが「相手への配慮」ならば、この絵本は実に読み手という「相手」に対しての配慮が行き届いています。
 さりげなく、なにげなく、ここちよく、重くなく、傷付けず、押し付けず、そっと。きっとマナーとはそういうこと。そういう簡単なようでいて実に難しい問題に向き合うことで、私たちは誰かをきちんと大切にできたり、ちゃんと好きになったり、好きになってもらったりできるのでしょう。心の壁、とか、よそよそしいことを壁があるなんて言いますが、心の壁なんてものは実は人間という複雑な迷路の一部でしかなくて、そっと片手で触れ続けながらずっと進み続けていけば、必ず出口にたどり着くのかもしれません。
 こんな言葉があるのかわかりませんが長い(に違いない)「マナー道」の手始めとしては最適な一冊。ポジティブな表現への「言い換え集」や「友人への怒り方」が参考になりました。「贈り方」「書き方」などシリーズも豊富で、オススメです。

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紙の本女王国の城

2008/05/14 11:40

ありのままでいられない人、寂しさを抱えた人に贈りたい

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 謎とはなんだろう。ミステリが大好きな私は折に触れ、そんなことを考えます。謎とは過剰や欠落ではないか。本書を読んでそう思うようになりました。この答えが正しいならば、謎を解くという探偵の行為は過剰を剥ぎ取り、欠落を埋めるということでもあるでしょう。
 ミステリ史に輝く傑作『双頭の悪魔』から実に15年。ファン待望の江神シリーズ最新長編である本書は読み応え充実。このたび、めでたく第8回本格ミステリ大賞に輝いたのも納得です。
 先輩でありこのシリーズの探偵役をつとめる江神さんを追って、有栖川有栖(著者と同じ名前)らファンにはおなじみの英都大学推理小説研究会の面々がやってきたのは、数々のUFO目撃譚のある不思議の町、神倉。町の中心には新興宗教「人類協会」の本部、通称「城」が。
「城」にいる江神さんに会いにいったメンバーらは殺人事件に遭遇。自力で事件を解決するという教団により「城」から出られなくなり、さらに新しい謎が……。犯行現場に残された謎のメッセージ、11年前に起きた謎の密室殺人に失踪、なにかを隠しているらしい教団。さまざまな謎が提示され、雰囲気はたっぷり。もちろん、「読者への挑戦」もついていて「日本のクイーン」と呼ばれる著者らしいエレガントで論理的な謎解きが楽しめます。
ミステリの部分だけでなく、UFOや陰謀史観、SFやカフカなど古今東西の名作。さまざまな話題でも盛り上げます。多くの素材を用いて描かれるのは人間の「寂しさ」。江神さんに会いたい、という物語の始まりから「寂しさ」の匂いがします。遠くてもどこかに自分と同じような気持ち(寂しさも含む)を持つ何者かが存在してくれたら、と想ってしまう私は、宇宙からやってきた「ぺリパリ」という存在の再来を待ちわびる教団を笑えません。江神さんの推理によって明るみに出される真相も寂しさが漂います。作中で登場人物たちが交わす「寂しさ」をめぐるやりとりの場面も忘れがたいです。このシリーズの面白さである、お笑いと関西弁を駆使した軽妙さ、青春の物語と「寂しさ」がうまく響いています。「城」からの脱出をはかる推理研の面々の活劇にもしびれました。こんなにドキドキするのは自分にはこんな冒険はできない、という寂しさもあるからかもしれません。
 欠落、そしてそれをごまかそうとする目くらましや虚勢の鎧といった過剰が謎を生みます。人間とは誰もがありのままではいることのできない不完全な存在。だから、人の世に謎は絶えないのでしょう。ゆえに私たちは謎の物語、謎が解かれる物語、謎を解こうとする想いの存在する物語であるミステリにひかれるのかもしれません。
 欠落を埋めるためになにかを信じ、あるいは信じようとし、ときには信じたふりをし、信じるものを嗤ってもみせる。そんな人々に「これだけは間違いない」と示す探偵。名探偵とはそこに欠落があることを見抜き、それを埋めてあげられる存在。
 いろいろ書いてしまいましたが、充実の本格ミステリ、お勧めです。

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闘っている人に贈りたい

7人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 私たちは闘っています。仕事に、恋に、遊びに、勉強に。いえ、仕事をしていなくても、恋をしていなくても、遊んでいなくても、勉強をしていなくても、闘いはあります。生きているということだけで闘いです。仕事で成功してたくさん稼いでやるんだ、という進んで戦場に赴く闘いもあるでしょう。どうして生きていけばいいのだろう、と逃げ回るようないやおうなく巻き込まれる闘いもあるでしょう。
 そんな私たちに闘い方を教えてくれるのが本書。著者は格闘のエキスパートですから、これは心強い。それも他者を打ち負かす強さ、弱いものを傷つける強さではなく、自分に打ち勝つ強さ、理不尽な世界から弱いものを守る強さを持った武道家ですから、なお頼もしい。
 著者の須藤元気さんは格闘家でした。その突然の引退発表はファンには衝撃的。お祭り騒ぎのような入場パフォーマンス、ダンスを踊るかのようなトリッキーな動きを取り入れた格闘スタイル、ビジネス書や哲学書など膨大な本を読み戦略をたてる格闘家らしからぬ姿、哲学者のような発言。それらの言動から「変幻自在のトリックスター」と称された著者。
 著者は語ります。学ぶとはなにか、心とは、時間とは、成功とは。その姿は哲学者のようです。軽快に須藤流のギャグを織り交ぜながら、豊富な読書で蓄積した先人の「教え」と自身の日常・体験で得た「気付き」を意外な形で結びつけて語ります。量子を持ち出しリラックスを語るなど、話の広げ方は著者の闘い方のように変幻自在でトリッキー。しかし、内容はすごくまっとうに感じられます。これは著者が触れているように須藤元気という人物が「誠実」を重んじるからかもしれません。「誠実」という言葉を使える人間のことを、やはり愛さずにはいられません。
 読書量もそうですが、著者は非常に勉強家です。実にさまざまなところから学んでいます。たとえば、『ドラえもん』第六巻から、まりもから、そして、トマトの木から。
 そういえば、著者が引退を決めたきっかけは、格闘技を離れて次のステップに進もうかと迷っているときにトイレで「一歩前へ」という注意書きを目にしたから、というもの。そうすると、著者は退いたのではなく、進んだのです。リングを離れても、まだ闘っているのです。彼もまた闘っているのです、私たちと同じように。彼はまだ格闘家、ということになるのかもしれません。
 「書く」ことが夢の実現に近づくことである、とする著者の言葉に学び、大胆にも書いてしまいます。まだまだ須藤元気さんの話が聞きたいです、できれば、直接。まだまだたくさんのことを語って本を出してください、と。

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ひょっとしたらわるいことしちゃうかもしれない人に贈りたい

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 わるいことをしてはいけない、とは大人も子どもも誰もがわかっています(その、はず)です。でも、わるいことをする人は世の中からいなくならない。ちょっと最近起きた出来事を思い起こしてみてください。ほら、あれもこれもわるいことですよね。
 なんでわるいことをする人はいなくならないのか。考えて出てきた答えは二つ。まず、わるいことをすれば得をすると思っている人がいるから。そして、わるいことにはなんとなくしてみたくなるあやしい魅力があるから。はじめの理由は大人のもの、後の理由は子どものものといったところでしょうか。
 本書を一言であらわすと、わるいことをしようとする話です。主人公ルビイはさまざまな犯罪を「もくろんで」きた大人。「確かにこれならうまくいくかも」という巧妙な計画を立てますが、どうもこの怪盗がわるいことにひかれる理由には子どもっぽいところも多いように感じてしまいます。
 ルビイの従弟で語り手の「ぼく」が毎回、犯罪計画を打ち明けられ(場所は町の食堂)、共犯者にされて犯罪に手を染めるという形で物語は展開していきます。一話一話は非常に短く、しかもしゃれています。「犯罪は引き合わない」というオチがときにニヤリ、ときにしみじみといったように人生の機微と共に語られます。ミステリには論理的な、わるく言えば説明の多い理屈っぽい作品だけでなく、こういうお洒落で気の利いたものもあるということを再認識させてくれた短編集でした。
 土佐弁満載で語られる山本一力さんの解説まで本書の著者スレッサーの作品のようで面白かったです。確かに「大人の雑誌」に後ろ髪をひかれるY少年を夢中にさせただけはある作品群です。私のお気に入りは「ルビイ・マーチンスンの婚約」。
 わるいことをして得をしている人が多いような気のする世の中(気のせい?)だからか、とても気持ちのいい一冊。わるいことでもしないとどうにもならない、とお考えのかた、これからわるいことをしようとしているかたはどれでもいいのでぜひ一編ご一読を。

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自分はちゃんと言ったんだけど、あの人、わかっていなかったんだ、というご経験のある人に贈りたい

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 自分ではわかる、でも、ひとに説明できない、ということが結構あると思いませんか。著者の池上さんは「週刊こどもニュース」という<こどもにもわかるようにニュースを伝える>テレビ番組に出演していた際、こどもたちからたくさんの質問を受けたそうです。その一つが「安全性に問題があるって、どういうこと?」。この疑問に対して私なら「安全性に問題がある? それは……安全性に、問題が、ある、ってこと……だよ」としか答えられないでしょう。これでは単なる繰り返しで、説明になっていません。果たして池上さんはどう答えたのか。それは本書を読んでいただくことにしましょう。
 「こどもニュース」を担当していた頃の話をはじめ、警察担当、通称<サツ回り>時代や記者時代、キャスター時代など、この本には池上さんが体験してきたさまざまな<ものを伝えるにはどうするといいのか>が詰まっています。ものを伝えるプロが失敗を重ねながら体得してきた伝え方のコツがわかりやすく、読み手の私たちに「伝わる」ように語られています。
 「伝える」うえで一番大事なことは「伝わる」ようにすること。「わからない」というこどもたちに説明するうえでまず彼らはなにが「わからない」のかを考える。カメラのどのあたりを見ればスタジオから遠く離れたテレビ画面を見ている視聴者にメッセージが届くのか。聞く人はなにから知りたいのか。池上さんは「伝える」相手のことを常に考えています。言いたいことを言っておしまい、ではありません。これはわかってほしいんだという願いと熱意(そして多分わかってもらえないことへの苦しみ)があります。相手への思いやりがあります。だからこそ「伝わる」のでしょう。
 発言をしているのは取材した記者なのか原稿を読みあげるアナウンサーなのか、述べられているのは事実なのか意見なのか。キャスターとアナウンサーの違い、アメリカと日本のニュース番組の違いなど報道とはなんなのかを考えさせる箇所もあり、非常に興味深い内容です。きっとこの本を手に取るかたの多くは営業マンや講師など、仕事のうえでの話し方に興味のある方だと思います。ですが、私たちは仕事に限らず「話し」ています。誰にとってもうまく生きていくうえでコミュニケーションは欠かせません。コミュニケーションとは情報を交換し合うこと。話すことは一番身近なコミュニケーション。ぜひたくさんのかたに読んでいただきたい一冊です。

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キャラッ8

2005/08/25 00:32

なんで自分はあの人のようではないのだろう、とふいに思ってしまうことのある人に贈りたい

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

決断はやく、思い立ったが吉日とばかりにすぐ行動。「え、そんな!」と周囲が戸惑うようなことにも平気な顔でチャレンジ。そんなバイタリティ溢れる実に元気な友人がいる。一方、私はと言えば、チーズケーキにしようか、ショートケーキにしようかということすら、なかなか決められない。結局、「こっちでいいや」と頼んだショートケーキのイチゴを最後に食べることを楽しみにしていて「なんで最初にイチゴをパクッといかないの」と突っ込まれる始末。そんなとき、ふと思ってしまうのです。
「なんで自分はあの人のようではないのだろう」と。
そうやって他人を羨み、あの人のようになろうとしても、そう簡単に変わらない、変えられない自分を恨み……私のようにぐずぐずしている人は少なからずいるはず。
この本は精神科医の著者が人間を大まかに八つのキャラクターにわけ、それぞれのタイプを興味深く分析し、生きるうえでのアドバイスをしています。八つのキャラを「ダダッコブタ」、「ヒカリトカゲ」といった具合に動物に模しているのもユニーク。本書の分類では前述の友人は「セレブデヒョウ」、こちらは「フタコブジミラクダ」のよう。著者によると人間は大体、八種類に分けることができ、その分類は大人になると大きくは変わらないものだということ。
人間は一人一人やっぱり違っていて、でも、実はそんなには違っているわけでもない。決して長くはない、けれども、短くもない人生を過ごしていてなんとなくは感じていたことだけれど、やっぱりそういうことのようです。「変わろうとしても変わりにくい何か」があるということは、ついつい他人を羨んでしまったり、自分も含めた誰かと誰かを比べて傷ついたり傷つけたりしてしまったり、ということを気づけばしている私のような人たちにとって、ちょっと救いにならないでしょうか。人間の中の「変わろうとしても変わりにくい何か」はひょっとすると「変えなくてもいい何か」なのかもしれない。
ちょっと占いをしてもらう。そんな気軽な思いで手に取った本でしたが、思わず元気をもらってしまい、得をした気分です。もちろん、友達同士でキャラクター診断しあい、ああだこうだと盛り上がれますし、友人、上司、恋人を診断してみるのも面白いでしょう。

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まっすぐな本格ミステリを愛する人に贈りたい

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この『アルファベット・パズラーズ』は、ただの本格ミステリ短編集です。そして、この本のただならぬところは、ただの本格ミステリ短編集だということなのです。
近年、出版業界においてミステリは大きな存在となっています。同時にミステリというジャンルの裾野は広がり、多様な作品が生まれてきました。このことは幸せなこと。ですが、ある日、ため息とともに私のミステリ魂がこうつぶやいたのです。
「最近、凝りすぎてこっちの肩が凝ってきちゃった。あれこれ工夫をしてくれるのはいいけれど、凝りすぎはちょっとこりごり」
作品を離れたファンがつくほどに登場人物を丁寧に書き込んだり、最先端の技術や一般にはなじみの薄い業界を舞台にしたり。長編を越えた超長編とも言うべきボリュームのものが多くなってきたり。そのサービス精神や取材力には感心しきり、なのですが、ちょっと待ってよ、とも思ってしまうのです。ごめんなさい、贅沢な悩みで。
でも、わがままを言わせてもらえるなら「トリックとロジックで勝負」という昔ながら「ただの本格ミステリ」が際立つ短編も読みたいのです。
そんなわがままでちょっと保守的な(ミステリ愛好家にはわりと保守的な人が多いと思うのは気のせいかな)ファンに『アルファベット・パズラーズ』はうってつけ。短編より長編のほうがうまみが多いという商業的な背景を考えれば、よくぞ出してくれましたと言いたくなります。

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なんだか騙されているような気のする人に贈りたい

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 「論理」という言葉に弱い、それはもう滅法、弱いのです。推理小説、それも謎が論理的に解かれることを主眼とした「本格ミステリ」と呼ばれるものが好きだからかもしれません。
 この本を手にしたのも、探偵小説がらみ。ミステリで用いられる「論理」。これは実は厳密なロジックではなく、一流の職人である推理作家のマジックによるものだ、という想いがあったからです。その魔法の正体を知りたい。その想いで、この本を手に取りました。
 普段、新書なんてほとんど読まないのに。
 詭弁、というのは実に面白いです。こんなことを研究している人がいる。それもはるか昔から、人間は詭弁というものについて考えてきた、ということが興味深いです。たぶん、昔から言葉を巧みに使って人を騙す悪い奴はいて、悲しくもおかしいことにこの先もその手の輩は絶えないのでしょう。
 どういったものが詭弁か、という実例を挙げて、その詭弁の裏に見え隠れする人間の考えや企みを解説していってくれるのですが、「たとえばこんな文章は詭弁ですよ」と紹介される事例に「えっ、そんなのが詭弁なの」と思うことが前半はしばしば。なんだか騙されているようです。本当に私たちは詭弁について知らないんだな、と思わされます。
 内容は私には、すらすら読めるほど簡単ではなかったですが、そのぶん、刺激的でした。「ん、これはどういうことだ?」と考えながら読むことは、ミステリばかり読んでいる私には新鮮でした。しまいには「これは著者の詭弁ではないか」などとまで感じ始め、「騙されないぞ」と眉につばつけ、警戒しながら読む始末。うーん、こんな読書もたまにはいいものです。
 じゃあ、内容は面白かったかと問われれば、うーん、と唸った後「なんだか騙されたみたいな気がする」というのが正直なところ。
 なんとかして自分や自分の大切なものをを守ろうとして、ついには馬鹿馬鹿しいほどの論法で人を騙そうとする人間の姿は醜くも、いとおしい。詭弁を用いてしまわずにいられない私たちが本当にごまかしたいのは、そんな自分自身なのかもしれない。そう思いました。
 騙されたと思って、読んでみてください。
 

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落語ブームに賛成の人にも反対の人にも、「それなに?」という人にも贈りたい

7人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 落語というのは日本の伝統芸能の一つです。歌舞伎や能、狂言よりも大衆寄り、と感じるのは、私が落語を好きだからでしょうか。歌舞伎ファンに言わせれば、歌舞伎はそんなに敷居の高いものでもないよ、というものなのかもしれません。でも、笑っていれば、とりあえずはそれでいい落語というのは、「伝統」とか「芸能」なんて堅苦しい言葉の似合わないものなのかもしれません。
 そんな落語に近年、注目が集っているようです。ブーム、という捉え方もあるほど。私自身は「ブームってほどでもないし、ミーハーな一過性の盛り上がりでは困るなぁ」と胸の奥でひとりつぶやきながらも、注目を集めることはいいことだ、と思っています。ご先祖様が大事にしてきたものは、先人の恩恵を受けるものとして大切にしていきたいし、後々の世代にきちんと受け継いでいきたいもの。日本独特の文化のひとつも知らなければ、これからの国際化社会で堂々とすることもできないでしょうし。
 落語というのは長い長い歴史のあるものです。現代から俯瞰してみれば、「古臭く」「退屈」なまでに揺るぎない、しっかりとしたものですが、「現代」にスポットをあててみれば、こんなにも動的、ダイナミックで「おもしろい」ものなんだと本書を読むと感じます。
 この本はまさに今、活躍する噺家さんたちを取り上げたもの。林家正蔵、春風亭小朝、立川志の輔……登場する師匠たちの、今まで、今、そして、今から、が希望と憂いとともに語られています。そこには、笑いとは程遠いようで実は背中合わせでもある苦しみや哀しみといったものもあります。むしろ、そういった「あはは」とはならないもののほうが多く出てきます。
 おかしなことに、そういった笑えない部分も、舞台と客席という距離に離して「芸」となってみると「笑い」になるようです。数え切れないほどの苦悩がなければ「芸」にならないというのは興味深いです。
 誰かを笑わせることができる人は、その誰かのために、その誰かより、たくさん泣いたり傷付いたりしているのかもしれません。そして、その涙や汗や血は、誰かを泣かせたり傷つけたりさせないためものなのかもしれません。
 話も面白い落語ですが、人に注目してみると、より楽しみの幅が広がると教えてくれる一冊。

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紙の本最後の一球

2007/05/17 01:02

人生は野球だという人にも、野球なんて知らないという人にも贈りたい

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 高校野球とプロ野球の違いを一番感じるのは、スイングのスピードでもなく、変化球のキレでもなく、試合に負け、球場を去る姿です。甲子園はトーナメント形式。負けたら次はない、という緊迫感。それが「最後まであきらめない」というひたむきな姿を生みます。プロ野球の試合で大差がついていれば、心のどこかで「今日はもうダメだ」という想いが出てくるのではないでしょうか。たとえ「次は絶対勝つぞ」という決意があっても、あきらめの気持ちはどこか見るものの温度を下げてしまうものです。
 特待生制度をめぐる高校野球界のドタバタを耳にすると、一生懸命やっている高校球児たちはかわいそうだなぁ、と思わずにはいられません。細かい背景などはわからないのですが、どうもルールのほうがおかしいんじゃないか、とも感じてしまいます。特に私学では知名度のアップや生徒の獲得など経営に関わる問題も絡んでくるので、難しいところもあるのでしょうが、裏金とか不正とか、そういうことではない限り、気持ちよく頑張らせてあげられる環境を先に生まれたものが整えてあげるべきだと思います。
 本書『最後の一球』の作者はミステリ界の重鎮、島田荘司先生。奇想天外で大胆なアイデアが売りの著者ですが、今回、最も魅力を感じたのはミステリの部分ではありませんでした。もちろん、島田流のトリックと物語を引っ張る謎は用意してあるのですが、それにもまして本作ではひたむきに野球に打ち込む主人公の姿が魅力です。
 主人公は家庭環境から野球で稼ぎ、人生を切り開いていく道を選んだ、選ぶしかなかった男です。懸命に、誰にも負けないほど努力を重ねてきた男の前にさまざまな壁が立ちはだかります。努力では埋めがたい才能の差、運、そして、才能あるものさえもつぶしてしまう人間の悪意。
 困難をどう克服していくか、勝つだけというわけにはいかない人生で負けたときにどうするか、それでも大切なものと向き合うこととはどういうことか。主人公が野球に打ち込む姿は、厳しい人生を生きていこうとする姿に重なります。ですから、これは野球に興味がなくても、決して楽ばかりではない、むしろ、しんどいことやどうしようもないことのほうが多くて、なんとか日々を生きていこうとする人にはひきこまれる物語だと思います。
 登場人物たちが過ごし、築き上げてきた人生、熱いドラマの展開、そういったものがトリックや謎に見事に結びつき「最後の一球」に至る周到に計算しつくされたきれいなミステリでもあります。
 甲子園を目指さなくても野球をやっている球児たちに、夢の甲子園に行けなかった元球児たち、野球に興味のないかたにも読んでいただきたい一冊。
 そして、最後にアルプススタンドからではないけれど、パソコンの前から高校球児たちにエールを。

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「本格ミステリってなんだ?」という人に贈りたい

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本格ミステリが好きです、私は作家でも出版社の人間でもないのですが。
 「本格ミステリってなんだ?」というかたのためにざっくりと説明すると、名探偵が論理的な推理で謎を解く、というスタイルの物語のことをそう称しています。横溝正史らの活躍で日本にも根付いたこのジャンルは、社会派と呼ばれる作品群によって隅に追いやられたとされるいわゆる冬の時代を経て、80年代後半に人気を復活させます。
 新本格ムーブメントと呼ばれる復興現象の中で登場した作家が今も作品を発表し、続々と新人も登場する21世紀の今、なぜか本格ミステリに再びの冬の気配が漂っているようです。
 05年度の本格ミステリ・ベストで一位を獲得し、翌年の直木賞、本格ミステリ大賞まで受賞した『容疑者Xの献身』が「本格かどうか」をめぐって大論争が起こり、「本格は死んだ」という声まで出てくる状況に「本格の概念の変容(あるいは破壊)」の予兆を感じずにはいられません。
 そんな折に新しい本格ミステリのガイドブックが誕生。監修の島田荘司先生の巻頭言が熱いです。ここで述べられているランキング制度の生み出した歪みは作家でも出版社の人間でもない私には実感を持つことは難しいですが、ファンとして思い当たるものがなくはありません。
 順位付けを行わずに年度の優秀作をいくつか選んだ「黄金の本格ミステリー」は作家が自分で解説をしています。新しい企画ならではの新しい試み。せっかくですので来年度はもっと大胆に「本格としてどうすぐれているのか」が明確な選考過程やネタばれを含む部分まで切り込む解説をお願いしたいです。
 キャリアの浅い作家や新人作家が多く登場するのも新鮮です。「新人対談」では本格ミステリの新人賞の鮎川賞を受賞したばかりの麻見和史先生と、ミステリ系新人賞では抜群の知名度と歴史を誇る江戸川乱歩賞を受賞したばかりの鏑木蓮先生が語りあいます。聴き手はアマチュア作家が腕を競うアンソロジー「新・本格推理」の編集長でもある二階堂黎人先生。
全体的に今よりもこれからのミステリ界へ目が向けられた印象です。「よし、これからのミステリ界は私が!」と気合いの入った読者も多いようですから、新人賞を目指すアマチュアへのメッセージはもっともっと充実させていただきたい。
 なんだかいつにもまして注文が多くなっていますが、ご容赦を。志と熱意(と危機感)のあるいいガイドブックです。本格という言葉を初めて知ったかた、本格ミステリの行く末を心配しているかた、立ち位置はさまざまでしょうが「本格ミステリってなんだ?」と考えているかたにはぜひとも読んでいただきたい一冊です。
 受け継ぎ、伝える努力を惜しまなければ、本格ミステリは生き続けるはずです。その努力はファンもしていく必要があるでしょう。ミステリについて語ること、いい作品をすすめることぐらいしか私にはできそうにありませんが、地道にやっていきます。私は作家でも出版社の人間でもないですから、でも、本格ミステリが好きですから。

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紙の本シートン〈探偵〉動物記

2007/02/06 15:27

文字を使い本という形で知識を残し、学べる知能を持つ人間という動物に贈りたい

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 最近は滅多になくなりましたが、お小遣い握り締めて近所の本屋に駆け込んだことがよくあったものです。児童版のシートン動物記シリーズを三巻、一気に読み、すっかり夢中になってしまった私は四巻目を買いに書店に走りました。ところがお店には四巻以降がない。そこで私は母と一緒に生まれて初めて本の取り寄せをしました。数日後、「届きました」という電話を受けて猛ダッシュをした私を待っていたのは……もう読んでしまった三冊。「この三つはもう読んでしまった。頼んだのは四巻以降だ」と子どもとして精一杯訴えるものの「このシリーズはこれで全部らしい」と店のおじさん(今はおじいさん)。「それなら最初からそう言ってくれればいいのに」と私は半泣き。子どもの頃のたくさんの思い出したくない思い出のなかでも、自分がいかに子どもだったかを物語ってしまうということで、特に思い出したくないものです。今では私は大人ですし、データベースの充実したオンライン書店などさまざまな便利なもののおかげでこんな不幸な出来事は起こらないでしょう。いい時代になりました。
 本書はあのシートン先生が探偵役となり、事件を解き明かすミステリ短編集。単に歴史上の有名人を探偵にしてみました、というものではなく、動物学者ならではの観察眼と知識で事件を解決する趣向が面白いです。しかも、すべて論理的な謎解きの堂々の本格ミステリ。
 本格の面白さのひとつは、「こうに決まっている」と信じられてきたことが論理的に覆されるところにあるように思います。無条件に受け入れさせられている考え方が論理的に突き詰めていくととんでもなく不合理で身勝手なものだったという逆転は痛快です。
 数え切れないほどの種類の生物の生きるこの世界は、よく考えてみれば人間というたった一種の動物にとって都合のよいように創られています。そういうふうに人間という動物が創ってきたからです。人間にとっての当たり前が単なる「身勝手」になる。「ものの見方がひっくりかえる」と強者の押し通している屁理屈が見えてくる。本格ミステリではおなじみの手法で地球環境について考えさせられるとは思いませんでした。
 それぞれの話に動物が登場し、事件と深く関わります。そのなかにはあの狼王が、大熊が、そして、賢いカラスが、と昔、夢中になった物語に出てきた動物たちの姿が。ずいぶんと時間はかかりましたが、やっと読みたくても読めなかった第四巻を読むことができたように思います。幻の四巻は私の好きな本格ミステリとの見事なコラボレーションという素敵なおまけがついてきました。大人になった今、もう一度、ちゃんと本家の動物記を読んでみようと思います。

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どうも政治はわからないなぁ、という人に贈りたい

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 小説家は小説を書いている人、という理屈なら、政治家は政治をしている人。小説を書く、という行為はわかるけれども、政治とは……なんなのでしょう。政(まつりごと)を治める……わかったような、わからないような、いや、わかりません。
 本書は政治の世界に残る「言葉」を集めたもの。誰が言ったか知らないけれどという詠み人知らずの格言から、あの首相の名(迷)言まで内容はさまざまです。
 副題が<政治家の名言・格言に学ぶ最強の処世術100>とあり、日々の生活をうまくまわすヒントを得られるかもしれないと読み始めました。確かに幾つか「なるほど」というものはあったのですが、より印象に残ったのは政治家は奇人、変人ぞろいだな、ということ。
 「私は嘘は申しません」(ホントか?)、「政治家の約束は紙に書いたら破れる」(よくできたジョークのようだ、でも笑えねぇ)。志を感じる熱い言葉もうまい言葉もあるのですが、時代が新しくなるほどにそんな言葉が少なくなってきているのは寂しいです。
 政界は魑魅魍魎が百鬼夜行の世界です。政治家のセンセーはお化けです。お化け屋敷をのぞいてみるような楽しみ方をしてしまったせいか、やはり政治がわかりません。
 ある人は「義理と人情だ」と言い、ある人は「力であり、カネだ」と述べ、またある人は「最高の道楽だ」と語った政治とは一体なんなのでしょうか。

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