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まりもさんのレビュー一覧

投稿者:まりも

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戦争が招いた残留孤児の行方

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

日本政府が認定している中国残留孤児は、2005年時約2800人弱である。しかし著者はまだ認定されていない残留孤児やその2世に出会い、うち残留孤児を育てた14人の養父母の証言をもとに、当時の思い、そして今現在の思いを伝える。すでに自分が残留孤児であることを知らずに生活している方や、すでに知らないまま亡くなった方もいるであろうとも…。敗戦直後、逃げ惑う日本人の父母は、命だけはと中国人に子供の運命をたくし、異国に残す道を選んだ。極限状態にある親は、確かに選択を余儀なくされたのであろうが、その思いは計り知れない。その思いを敵国でありながら、同じ親として理解し受け入れてくれた中国の親。スパイ扱いされるのを恐れながらも自分の子として育てた親。また、子供のいない親は、自らの老後の頼りとして預かったケースもある。当時中国の貧しい地方は、わが子に扶養してもらうのが当然と考えられていた。昔の日本と同様だったのだろう。だが、それと同時に「ここで見捨てたら死んでしまう」という動機があったことも確かだろう。1972年日中国交回復後、残留孤児の肉親探しが本格化し、真実を伝えるか否か、また伝えた後、日本に帰るか否か…親子の絆が試されるように、養父母と孤児の証言から、その思いが事細かに伝わってくる。最後に筆者は、残留孤児を育てあげ、そして別離の苦悩の末に異国に子供たちを帰した養父母に対し、日本政府がとるべき最低限の礼儀、人生半ばまで異国で生活せざるを得なかった残留孤児に対する日本政府の責任を、問う。近頃もウクライナの元・日本兵が帰国されたが、残留孤児もさることながら、残留兵、残留婦人が今も他国で静かに暮らしながらも、密かに日本への熱い思いを抱いているであろうことを、忘れてはいけないと思う。戦争は決してしてはいけない…。

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