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  3. 栗太郎さんのレビュー一覧

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先月(2017年8月)

栗太郎さんのレビュー一覧

投稿者:栗太郎

187 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本モンテ・クリスト伯 1

2007/05/12 22:01

復讐は簡単なものじゃない。人間は単純なものじゃない。

9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 この物語は、やはり完訳版で読んで欲しい。作品によっては抄訳版でも充分面白さが伝わるものもあるけれど、「モンテ・クリスト伯」は厳しい。主人公の性格からして、違ってしまうのだ。
 息継ぎなしで語ってみれば、「無実の罪で牢獄に入れられた男が7年の後、脱獄に成功し、手に入れた莫大な富をもって、かつて自分を陥れた男たちに復讐していく」話だが、この一見単純なストーリーの随所に捻りを入れて引っぱりまくり、文庫本7冊を長いと感じさせずに、読ませる読ませる。流石、巨匠アレクサンドル・デュマだ。
 最終巻である7巻も半ばを過ぎた所で、一人の青年が主人公モンテ・クリスト伯に言った。
「自由な、思慮をもった人間にたいして、そうした専制的な権利があるものとお考えのあたなは、いったいどういうお方なんです?」
 彼は人生に絶望し自殺しようとしたところを、モンテ・クリスト伯に止められたのだが、「お前は何様なのか?」この問いかけこそ、物語を読み進めていく中で、私が幾度となく胸に浮かべたものだった。

 無実の罪によって人生を狂わされた青年エドモン・ダンテスには、確かに自分を陥れた男達に復讐する権利があっただろう。法律や国家が正義の助けとならないならば、なおのこと。
 だが彼は、エドモン・ダンテスであることを捨て、モンテ・クリスト伯という別人の顔で復讐を実行にうつした。復讐も善行も、全てを金の力に任せて進める彼のやり方に、私はどうにも馴染めなかった。報いを受けるべき者にも家族はいる。それぞれの生活も、守りたいものもある。そして、それが善意からなるものであっても、神のごとき君臨する立場から押しつけていいものか、と。

 青年の糾弾が直接の原因ではないが、物語の終盤、モンテ・クリスト伯は揺れる。復讐を続けることに迷い、運命の皮肉に葛藤し、自らの引き起こしてしまった悲劇に恐れ戦く。彼の中で、捨て切ることができなかった心優しき青年エドモン・ダンテスが蘇ってしまうのだ。
 性格のよろしくない私は、(もっと悩め、苦しめ)と、モンテ・クリスト伯の姿を面白がって読んでしまったが、彼もあっさり改心したり復讐を諦めたりするほど柔ではない。
 このあたりの人間ドラマが「モンテ・クリスト伯」の一番の読みどころなのだが、やはり抄訳版だと、軽く流されてしまう。人間の複雑さを堪能するためには、やはり完訳版がお薦めだ。いや、本当に、ジュニア版を読んだ時はのけぞった。主人公の性格が変わっている! なんだか、単純に良い人すぎて、落ち着かなかった。
 アルセーヌ・ルパンもそうだったが(彼もジュニア版と完訳版だと別人だと思う)、影があって、厭らしい部分もあってこそ、人間は面白いのだ。そんなことをしみじみ思わせてくれる完訳版「モンテ・クリスト伯」は、やっぱり名作だ。

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私のバイブルです

9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 安房直子さんが亡くなって、もう13年が経ちます。50歳という若さで安房さんが亡くなった時、悲しみよりも虚脱感が大きくて、「生きていたら彼女が生み出すはずだった作品は、どこに消えてしまうのだろう」と感じたことを今も、はっきりと覚えています。
 小学生の時に、はじめて手にした安房さんの作品は「北風のわすれたハンカチ」でした。単行本としてはデビュー後2作目か3作目の物だったと思います。以来、「風と木の歌」「ハンカチの上の花畑」など夢中になって読みました。雑誌「詩とメルヘン」や「MOE」などで掲載された作品をはじめ、初期の作品から、ほぼリアルタイムで読むことができた幸福な読者だったと思います。(ショックのあまりで、遺作となった作品は今も読めずにいるのですが・・・)
 多くの著作が絶版、品切れでなかなか手に入れられない状況が続く中で、それでも「好きな作家は?」と聞かれると安房さんの名を答えていました。安房さんの作品世界は、とても豊かです。悲しみや怖さを含め、人生の哀歓が色や手触り、香り、温度という五感とともに伝わってきます。
 ここ数年になって、安房さんの作品の復刊が続き、新しい読者を獲得していることは、本当に嬉しいし価値のあることだと思います。世知辛い今の世の中で、売れる本といえば、派手なもの、手軽に読めるもの、過激なものばかりと思っていたのに、本当に良い作品は時代を超えて読みつがれていくのですね。
 本書はシリーズ刊行されていて、安房さんの作品をテーマ別に収録し、巻末にはエッセイが収録されています。作品はもちろんですが、作品の生まれた背景や、安房さんの人柄など伝わってくるエッセイも、一読の価値ありです。
 2100円と購入にはちょっと思い切りが必要なお値段ですが、(出版社の採算は、これでも厳しいかもしれないけれど、頑張れ、頑張れ!)それだけの価値がある充実の内容。本棚に1冊ずつ並べていくのが楽しみです。1巻から順に揃えていくのも良いですし、自分の好きな作品の載っている巻からというのもありです。ちなみに私は、姪っ子の誕生日とクリスマスに1冊ずつプレゼント作戦を立てています

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長い、長い旅の終わり

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

諏訪緑の「玄奘西域記」は傑作と思い(自分用と貸出用に二セット持ってます)、三国志演義ファンの私にとって、これは外せない漫画でした。まして主人公が諸葛孔明ときたら、三度のご飯を抜いても読まねば、です。
 初登場時は13歳だった孔明が53歳で没するまでの人生を描いた作品は、7年の歳月をかけて、このたび完結しました。全14巻、一歩一歩進んでいくような、長い旅でした。

 
 身のうちに時代を動かすほどの力を、才能を持ちながら、同じ程の危うさを抱えている孔明(本書の解釈では、孔明と曹操は極めて似通った資質の持ち主)が、様々な出来事に迷い葛藤しながらも未来を見すえて進んでいくストーリーです。乱世であり、人の死や醜さ愚かさを描きながらも、根底には人間に対する強い信頼感がある力強い作品でした。
 何よりも本作品のお薦め点は、孔明が孤独ではなかったということです。劉備に義兄弟の関羽、張飛がいたのに対し、孔明の周囲には「友」と言える人物がいませんでした、これまでの解釈では。


「時の地平線」では、孔明は人に恵まれています。許婚の英、趙子竜、ホウ士元、馬ショク、みんな個性豊かですが(書評に使用できない字ばかりです……)、何と言っても、華佗が良いのです。
 華佗という人物は、三国志ワールドの中でも一、二を競う謎の人です。おそらく原典からして伝説的人物なのでしょうが、仙人というか妖怪めいた描写がされることもしばしば。
「時の地平線」の華佗は、多少変わった力を持っているものの、まぎれもない人間です。過酷な生い立ちゆえかクールでドライな人生観を持っていて、乱世の傍観者的立場を取る彼ですが、孔明を見守り続け、生涯にわたって良き友となります。

 死を間近にした孔明が、華佗に語りかける場面は、涙なしでは読めませんでした。孔明や華佗だけでなく、乱世の濁流に巻き込まれた全ての人々に作者が捧げる想いが伝わってきます。よくぞ、ここまでたどり着いたと感動する完結編でした。

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紙の本まほうをかけられた舌

2007/07/27 22:29

青い傘を買いました

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

かれこれ10年近く使っていた傘が破れて、新しい傘を買いました。青い傘です。模様のない青い傘は、小学生の時に安房直子さんの『青い花』を読んでから、ずっと憧れだったのに、何故だか縁がなくて(買う前にいただいてしまったり、出先で急に降られて妥協した柄物を買ってしまったり……)今回はじめて手にしました。そうしたら無性に『青い花』が読みたくなって、取り出したのが本書です。

 『青い花』は、腕の良い傘職人が雨の日に出会った小さな女の子に、青い傘を作ってあげる物語です。この青色のイメージが素晴らしく、普通に見かける青い傘では、どうにも心にぴぴっと来ないのでした。私が買った傘も青なのですが、やはりあの青い傘の印象にはかないません。
 青い色だけでなく、ぴんとはった新しい傘にはじめて雨が落ちてくる音や、傘の中の空間のひっそりとした優しさなど、難しい言葉を一つも使わず、どうしてあれほどみごとに描けるのでしょう。まさに魔法のようです。

 本書は、安房さんの作品の中でも、やさしく、おもしろく、たのしく読める、短編が5編おさめられています。著者独特の淋しさや哀しさも感じられるのですが、何よりわくわくする物語たちで、小学校低学年から中学年の子どもにお薦めです。
 わくわく感の多くを占めるのが「美味しそう!」という感想でした。『コロッケが五十二』で、こふきちゃんが作るピンポン玉サイズのコロッケも、『ライラック通りのぼうし屋』に出てくる七色のシャーベットのような「にじのかけら」も、美味しそうですが、なんと言っても圧巻なのは表題作『まほうをかけられた舌』でしょう。
 才能もやる気もないコックの洋吉が、小人に魔法をかけてもらった舌のおかげで、自分のレストランを大きくしていくのですが、出てくる食べ物が、はしから美味しそうで困ります。とうもろこしのスープや、サンドイッチ、ジャム、ピクルス。でも最高に美味しそうなのは、一週間前の、ひからびたカレー!
 
 本書を読むと、青い傘が欲しくなって、コロッケを作りたくなって、トルコ帽をかぶりたくなって、桜貝を拾いたくなって、カレーを食べたくなることうけあいです。

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私には楽器の良し悪しを聴きわける耳はない。けれど、このヴァイオリンは確かに凄いのだろうと思う。

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 久々に勇気をもらった。自分で選んだ道であるなら、どんな困難にも怯まず突き進むべきなのだ。結果はどうであれ、そのことが人生の勲章なのだと思った。
本書は、ヴァイオリニスト千住真理子氏が、名器ストラディヴァリウスと出会い、困難を乗り越え手に入れるまでを、母親である文子氏が描いたドキュメント・エッセイである。プロフェッショナルとして立つ者の覚悟と、家族の絆と愛情、ヴァイオリンの魅力が詰まっていて、ハラハラしたりホロリときたり、最後まで一気に読んでしまった。
 困難を乗り越えてと書いたが、運命が味方するかのごとく、ストラディヴァリウスは真理子氏のもとに引き寄せられてくる。買入れ交渉エントリーナンバー4の彼女のもとまで、ヴァイオリンはスルスルとやって来て、あなたに時間をあげると言わんばかりに、日本での滞在日数を延ばしてくれる。そのあたりの展開は、おとぎ話のように不思議でロマンチックだ。そしてまた、ストラディヴァリウスを千住家の一員とするため奔走する人たちの、なんと愛情深く誠実で粋なことだろう。綺麗ごと過ぎると、受けつけない人もいるだろうが、ストラディヴァリウスを借りに行くため新しい背広を仕立てたC氏や、足を棒にして融資先を探してくれた会計士など、その姿を思うと、胸がジンとする。
 最後に立ちはだかるのは、お金の問題だ。億という単位の莫大なお金を、いったいどう工面するか。銀行の融資を受けようにも担保のない個人では難しい。借入ができても、今度はその借金を背負っていかなければならない。おそらく一生。それだけの覚悟が、情熱があるか? 真理子氏は、ためらわず怯まず突き進んでいく。
 私には、楽器の良し悪しはわからないと思う。100万円のヴァイオリンと1億円のヴァイオリンを聴き比べても、違いがわかるかどうか……。だがそれは、ストラディヴァリウスを手に入れようと奮闘する千住家の面々に対する共感と応援の気持ちを、いささかなりとも損なうものではなかった。ストラディヴァリウス「デュランティ」300年の眠りからさめた音色を聞いてみたいと、素直に思った。

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紙の本風と木の歌 童話集

2006/07/31 20:32

待望の文庫化。星5つつけちゃいます

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 1972年に実業之日本社から刊行された「風と木の歌」が文庫化されました。実業之日本社版が入手できなくなって久しく、人にお薦めすることもプレゼントすることもできず悔しく思っていただけに、嬉しい文庫化です。なんといっても作品ラインナップが素晴らしいんです!
 本書には、教科書に掲載された「きつねの窓」をはじめ、安房直子さんの初期短編8編がおさめられています。どれも心に残る素晴らしい作品で、そしてどれも安房さんの原点を感じさせる作品です。飾りを知らない愛や哀しみ、痛み、孤独といったものが、心に斬りこんできました。とりわけ色のイメージは鮮やかで、「きつねの窓」の青、「空色のゆりいす」の空の色、「夕陽の国」のオレンジ、「さんしょっ子」の緑……忘れられない色です。

 第1短編集だけあって、ふっくらと円熟味を増し読む人を包み込むような後年の作品群と比べると、どこか読み手と距離を置き、一人で読むことを求めるような印象があります。安房さんは自分の世界を一人で書き、読み手はそれを一人で受け止める。それはむろん作者が独りよがりだということではなく、ごく初期の作品だけに表れる稀有な純粋さだと思います。良い意味でも悪い意味でも、その時にしか書けない作品を集めた第1短編集。
 偕成社からは、安房さんの主要71作品とエッセイ40点を収録した「安房直子コレクション」全7巻も刊行されていて、こちらは各巻でテーマを決め短編を編集してあります。あわせて読むと、「風と木の歌」の持つ特別な意味が伝わってきます。
 今回、20数年ぶりにじっくり読み返すことになった本書で、1番好きだったのは「もぐらのほったふかい井戸」でした。小学生の頃に読んだ時は「夕日の国」や「空色のゆりいす」が1番、2番で、そんな自分自身の変化も感じる1冊でした。蜂飼耳氏の解説も素敵です。ぜひご一読を。

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待望の文庫化、ハードカバーですが。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 1998年、IBBY(国際児童図書評議会)第26回世界大会において、美智子さまの基調講演がビデオテープにより上映されました。本書はその講演と、2002年、IBBY50周年記念大会における美智子さまのお祝いの挨拶を、二本の柱としています。
「橋をかける」と題された講演はもちろん、静かでありながら力強く、心に残るものですが、本書には講演と御挨拶の舞台裏をつづったエッセイ、解説文、随行記などが収められていて、そちらも大変興味深いものでした。とりわけ、「文庫版によせて」は、一人でも多くの人に読んで欲しいと思います。


 多くの人の熱意によって実現が可能となり、何年もかけて準備された、IBBY世界大会での美智子さまの基調講演は、インドが核実験を行ったことで、夢と消えてしまうところでした。美智子さまの大会への出席が不可能となっただけでなく、大会そのものも、いっとき開催を危ぶまれ、ボイコットを申し出る国もあったのです。
 けれどその中で、「子どもの本を通しての平和」という大会テーマを胸にした人々が、努力を重ね、互いを信頼し、実現させたビデオテープによる講演。それは、派手さこそないけれど、壮大で価値あるミッションだったのです。

「児童文学と平和とは、必ずしも直接的に結びついているものではないでしょう。又、云うまでもなく、一冊、又は数冊の本が、平和への扉を開ける鍵であるというようなことも、あり得ません」(p12)としても、子どもたちと本を結ぶことが、いかに尊く、必要とされる仕事であるか。


 国会中継や討論番組の功罪か、とかく日本では、声が大きい人、我が強い人の主張が目立ち、取り上げられます。でもそういう言葉は、心に残りません。人を言い負かすことはできても、人を動かすことはできない。人を押しのけてしゃべる人ほど、真に語るべきものを何も持っていないようにも思えます。

 美智子さまの講演は、難しい言葉も激しい口調もなく、とりわけ斬新なことが語られているわけでもありません。それでも、子どもの本のみならず、書物にかかわる多くの人々(書き手から出版者、そして読み手まで)の心を、静かに揺さぶりました。

「生まれて以来、人は自分と周囲との間に、一つ一つ橋をかけ、人とも、物ともつながりを深め、それを自分の世界として生きています。」(p12)から続く、「橋をかける」というタイトルに込められた想いは、講演から10年以上過ぎた今、より深い意味を持ち、味わいを増しているようです。

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紙の本ハンカチの上の花畑

2007/04/08 22:32

私の酒量限界は「ビールツーフィンガー」ですが、菊酒は飲んでみたい!

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 安房直子さんの数少ない長編です。長編と言っても原稿用紙で200枚に満たない分量と思うのですが、じっくり練りあげられ、読み応えある作品です。
 郵便局の配達をしている良夫さんは、酒屋のおばあさんから古いつぼを預かります。つぼには菊酒造りの小人が住んでいて、ハンカチの上に菊の花を育てるのです。苗を植え、花を摘み……そうして出来上がった菊酒の美味しそうなこと。
 菊酒は幸運のお酒で、憂鬱な時に飲むと心が晴れ、疲れた時に飲むと疲れは嘘のように吹き飛びます。現代人に必須の酒です。
 良夫さんは、所用で長く留守をする酒屋のおばあさんから、小人たちのつぼを預かることになります。菊酒はいくら飲んでもかまわない。ただし、「小人たちのことは秘密にしておくこと」そして「菊酒で金儲けをしようとしないこと」。この二つを破ると、大変なことが起こると言い含められ、良夫さんはつぼを受け取ります。
 出ました、停止条件つき幸運。
 普通の人間には無理なのです。絶対とか、毎日欠かさずとか、例外を認めないルールは。しかも、ルールを守らないと幸運が消えるだけでなく、不幸を招くですよ。
 私なら絶対に預かりません。でも善良な良夫さんは約束を守るのなんか簡単だと思ったのでしょうね。
 お約束通り、良夫さんは二つの約束を破ってしまうのですが、ここからの展開が面白い。スリリングで、子ども心には本当に怖くて、物語の中で良夫さん夫婦が風が窓を揺らしてもビクビクする場面では、読んでいる私も胸がすうっと寒くなって、ついつい背後を振り返ってしまいました。
 愛らしくも不気味な小人たち、現実と異世界の狭間、幸福と不幸。色々なことを考えさせられる作品でした。特に酒屋のおばあさん。この人は絶対に、良夫さんが(と言うより人間が一般的に)二つのルールを守り通せないことくらい知っていた筈なのです。それを敢えて人の手に渡したおばあさんの思惑こそが、私は気になりました。彼女は、菊酒に振り回される人間の姿を、どこか別の場所から見下ろしていたのではないかなと。
 一口飲めば、心に一面の菊畑が浮かぶという芳しい菊酒。ブラッドベリの「たんぽぽのお酒」と並んで、幻の銘酒です。

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紙の本舟を編む

2011/10/14 22:26

愛しさが溢れます

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 言葉に、辞書に、そして人に対する愛おしさが胸に溢れてくる一冊でした。

 素人が想像しても、辞書編纂作業は気が遠くなるほど膨大で緻密で、忍耐と情熱、言葉に対する感性、知識、そして愛情がなければ務まらないものでしょう。これは、そういう物語です。

 大手総合出版社玄武書房の中で、時に冷遇され金食い虫と囁かれる辞書編集部に集う個性的な面々は、数多の問題を乗り越えて新しい辞書『大渡海』完成に向けて突き進みます。年齢も経歴もバラバラで、もちろん性格も違う人々の人生が、「言葉」を核に編み上げられていく。

 辞書の編纂にかかった時間はおよそ、15年。読み手は途中で、ぽんっと10年ほどワープするのですが、彼らはその間も黙々と言葉を格闘しているわけです。その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも。

 三浦しをんの小説を読むと、いつでも人物造形がファンタジーだと思うのです。
 色々と事件は起こるけれど、振り返ってみれば、味のある良い人ばかり出てきて、様々な形で想いは報われる。「そんな上手くいくもんか」と思うけれど、それでも心掴まれて、号泣しました。

 言葉を大切にしよう。言葉の力を借りて、人を大切にしよう。
 久々の星5つ、至福の時でした。小説って、本当に良いですね。

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紙の本淋しいおさかな

2006/09/25 22:39

教科書で一生ものの物語に出会うことがある

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 100冊目の書評は、この本を取り上げようと決めていました。ながらく絶版だったので「入手不可能な本をとりあげても……」と迷ったのですが、えいやっと紹介しようとしたら、なんと復刊です。しかも、まさに今月。ちょっと運命感じます。

 人はたくさんの本を読み、たくさんの物語に出会います。
 文章構成とも完璧でそれゆえに好きな話、どこがいいのかわからないのに無性に好きな話、人に薦め宣伝してまわりたくなる話、ひっそり自分だけのものにしておきたい話、何百回も読み返したい話、2度と読みたくないのに忘れられず心に根をはる話。
 食事と同じでタイミングも大切で、あの時あの瞬間に読まなければ特に心に残ることもなかったのに……という一冊もあるでしょう。
 別役実の短編集「淋しいおさかな」の中の一編「ふな屋」は、私にとって特別な一編です。この話、出会ったのは小学校の国語の教科書でした。何年生か覚えていないのですが、おそらく5.6年生。読んだ瞬間に心に喰いこんで、ずっと忘れられない一編でした。
 鮒と話をさせてくれる不思議な職業、ふな屋。昔に比べめっきり客も減り、一人と一匹が食べていくのがやっとの生活をしている老いたふな屋のもとに、ある日、見習い希望の若者がやって来て……
地味な話です。正直なところ、「この話のテーマは?」とか「どこが好きか?」と問われると困ります。全体の雰囲気が、なんとも言えず好みとしか言えません。時流に溺れそうになる古き良きものの姿は、もの悲しくて、でも無理に生き残ろうとはしない、あるがままの姿にほっとします。ふな屋がどれほど廃れようと、一人で食べていくぶんくらいの客は、きっとどこかにいる、老いたふな屋はそう信じているのでした。
 「ふな屋」だけでなく、収録された22編どれも、本当に短い中にぎゅっと美しさや悲しさ、穏やかさが詰まっています。「迷子のサーカス」や「猫貸し屋」など、余韻が素晴らしい。
 最近めっきり速読が身について、時間と競争で本を読むようになってしまいましたが、この一冊はゆっくりと読みたいと思いました。1日1篇、22日かけて読むとか。とてつもなく贅沢な気持ちになれます。読書の至福を感じさせてくれる一冊でした。

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心が洗われる、清らかな水の調べ

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ラスト20ページほど、涙が止まらなかった。登場人物の一人一人が愛しくて、すれ違う想いが切ない。彼らを襲う運命は過酷だが、ひたむきな想いが全てを浄化していく。
 本を読んで、そこで生きる人たちのために心から泣き、憤り、彼らから力をもらい、癒される。なかなか、こういう小説には出会えない。好みや相性もあるので、この作品が最高だ、傑作だと言うことはできないが、「ウスカバルドの末裔」前後編2冊、ファンタジー、ケルト文明などの興味ある方には、大プッシュしたい。

 聡明な王ランキア、気まぐれな吟遊詩人バル、美貌の王弟アリル、剣の加護を持つ少年カノン、美しい王の婚約者エレーネ、まさにファンタジーならではの豪華絢爛、魅力的な登場人物勢ぞろいの物語である。
 カノンは庭師の息子だが、王と出会い、運命に導かれるまま王宮で暮らすようになる。
 華やかな美貌に孤独を隠し持つ王弟アリルは、兄であるランキア王の命を狙う。カノンの力によって謀反は未遂に終わるが、アリルはその罪ゆえ王都を追放され、贖罪の旅人となる。カノンとバルもアリルの従者として、さ迷うことになる。孤独に傷つき、絶望と乾いた悲しみに幾度も死を選ぼうとするアリルの姿が悲しい。
 だが長い旅の中で、アリルは変わっていく。飄々としていながらアリルの良き理解者であるバルと、健やかな心を持ち真摯に人を愛するカノンの力があって、アリルは再び前を向いて歩き出す。だがその時、南方より敵国が接近していた。
 アリルは、ランキア王の軍勢が到着するまで、命を賭して敵を引きとめようとする。駆けつけたランキアたちによって、王土は守られるが、アリルは命を落とす。
「あなたの弟を抱いてやってくれ。今さら遅いと思わないでくれ。せめて愛していたと言ってやってほしい」
 吟遊詩人バルの言葉に、弟の遺体を抱きしめるランキア。
 アリルが、どれほど兄ランキアを愛していたか。そして、ランキア王が、どれほど弟を愛していたか。苦しいほどに伝わってくる。

 吟遊詩人バルは、ウスカバルドと呼ばれる水の使い手の末裔。清らかな水の流れが、心を潤していく(だが、力を上手くコントロールできない彼のせいで、突然、水浸しになったりもする)。皮肉屋でもあるが、どこかとぼけた性格をしたバルと、天然純朴なカノンのやりとりは、ほほえましく、物語にぬくもりを与えてくれる。
 二人が大活躍する続編「銀の手のバルドス」も、ご一緒に!

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紙の本小さいおばけ

2006/01/23 22:01

こよなく愛しい物語

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ドイツの古城に暮らす小さいおばけのお話です。夜中の12時になると目をさまし、月の光の中で「おばけ時間」をすごす小さいおばけは、見たことのない昼の世界にあこがれます。親友のふくろうの忠告も聞かず、あれこれ試したあげく、ひょんなことから昼の世界に飛び出すと、粉雪よりもまっしろだった体がまっくろに。心ならずあちこちで騒ぎを引起してしまい、町の人には怪物扱いされて、おばけは夜の世界に戻りたいと思うのですが、今度はどうしても戻れない。さあ、どうしよう・・・・・・というお話。
 なんと言っても、小さいおばけが可愛い! 純粋で、世間知らずで、心優しくて、一生懸命なおばけ。どこか保護者然とした友だちのふくろうや、町の子どもたちでなくても、手を貸したくなること必至です。
 ところで、わたしの本棚には「小さいおばけ」が2冊並んでいます。1冊は、徳間書店版(この書評ページの本ですね)もう1冊は1975年刊の学習研究社版、訳は大塚勇三氏でした。今から20年以上昔、わたしが夢中になって読んだ本です。あの頃、小学生だったわたしは、小さいおばけが持っている「かぎたば」が欲しくてたまりませんでした。小さいおばけが、鍵が13ぶら下がっている鍵束を一ふりすると、どんな錠前も開いてしまうのです。他にも、ほこりだらけの屋根裏だとか、カシワの材木でこしらえた長もちの寝床とか、魅力的な舞台や小道具がいっぱいです。
 はたさわ氏の新訳も軽やかで素敵なのですが(小さいおばけの可憐さがアップしています)、「たいそうたいそうむかしから」と始まる大塚氏の訳は、古風でえもいわれぬ趣があって、捨てがたい。後ですね、学習研究社版は表紙カバーは、まっしろな夜おばけで、それを外すとまっくろな昼おばけになっているのです。(だから、表紙カバーがボロボロになっても捨てられない・・・)このコントラストが子ども心にもワクワクしました。
 実は、今回、書評をどちらに書くか、とても迷ったのです。わたしが、こよなく愛した1冊は学習研究社版ですが、今、姪っ子にプレゼントするなら徳間書店版。いずれにしても、素晴らしき名作の復活に喝采! 小さいおばけが、これからも沢山の子どもたちに愛されることを願ってやみません。

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紙の本おっちょこちょ医

2006/06/13 20:55

子どもたちにぜひとも読んで欲しい。この国がまだ自由であるうちに

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 物語の舞台はヘーワ町、主人公の名前はヤン・ドースル。(父はサテ・ドースル、母はイイサ・ドースル)他にも登場人物の名前は、ハナヒーゲ町長、シブシーブじいさん、コマゴーマ先生、タメールおばさん、カターイ牧師さん……つまり、そういう雰囲気の物語なのです。
 医師のいないヘーワ町にやって来たディストレ先生は、熱意溢れるお人よしなのですが、いかんせん無類の慌て者で、(それは、医師としてどうよ?)と思わざる得ないほどの、まさに「おっちょこちょ医」。本書は、ディストレ先生と助手のヤン・ドースル少年が巻き起こす騒動を描いたユーモア溢れた物語です。ところが物語の後半、暗い影がやってきます。
 ヒッソリーニ率いる赤シャツ党が支配する隣国ドルマン軍に、ヘーワ町は占領されてしまうのです。赤シャツ党によるガラリヤ人排斥や、ドルマン軍に対するレジスタンス活動など、ヘーワ町も少しずつ変わっていきました。少しも変わらないディストレ先生は、あいかわらずマイペースで騒ぎを巻き起こします。ところがディストレ先生は、おっちょいこちょいだだけど嘘はつけない性格で、町のみんなの前で言ってしまいます。ガラリヤ人の血も、ぼくたちの血も、ドルマン人の血も、変わりはないのだと。

 この物語、戦争や差別といった重い問題を含みながら、最後までユーモアと明るさと失いません。読み終えて心に残るのは、自由と平和の尊さ、信念を貫く勇気、そして何よりもどんな時も希望を失わず前に進むことの大切さです。
 今、先の見えない閉塞感の中で、子どもたちは何を読むのでしょう。作者が現実を描くことに必死になるあまり、救いなく、読後に空しさや絶望を残す本が増えているのでは? 世の中にある様々な困難、主人公たちが知恵と勇気と明るさでそれを乗り越えていく物語が私は読みたいし、子どもたちにも読んで欲しいと思います。

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紙の本三国志 7の巻 諸王の星

2006/03/23 20:58

こんな男たちになら、人生賭けてみようかという気持ちになってくる

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 北方謙三氏の「ブラディドール」シリーズと「約束の町」シリーズが好きで、三国志演義ファンの私、この本は刊行当初から注目していた。ただし一気読みをしたかったので、完結するまで我慢していた。無事に完結し全作手もとに揃えてから(文庫になるまで待ったのは、愛情不足からではなく、スペース&財政上の問題です、ペコリ)怒涛の読書タイムに突入。実に幸せな数日間だった。
 その本を、今でも私は折にふれて読み返す。(やれやれ仕事に行きたくないな)とか(何のために生きているのかな)気分に陥ると、本棚からこの本を取り出して鞄に突っ込むのだ。1日1作ペースで、通勤電車の中や昼休みに読んでいって、13冊を読み終える頃には、気持ちがすっきりしてくる。(えーと、何をもやもや悩んでいたんだっけ)ってなものである。
 これまでにも様々な三国志ものを読んだが、現在のところ私のベストは北方三国志であり、おそらくその地位は今後も変わらない。13巻という長さを使って、壮大な物語を書き込んだ贅沢さもさることながら、何よりも全ての人物が、生きている。もともと好きだったキャラクターも、今一つ好きではなかったキャラクターも、人間としての魅力に溢れ、改めて惚れ直したり、グラリとよろめいたり、忙しかった。
 これまで読んだ三国志は、人物が類型的で芝居がかったものが多かった。悪人と善人がはっきり区別されていて、性格も「粗野な武人」「天才的知力の持ち主」「仁徳の人」といった具合に一言で表現されてしまう。だが本書では、細やかな性格設定がなされていて、どの人物も多角的な性格を与えられている。長らく敵役だった曹操や周瑜を格好良く描くのはさほど難しいことではないだろうが、(彼はもともと格好良いのだ)、呂布や張飛が魅力的に見えてきて、正直驚いた。一人一人が等身大で、家族や友人、同僚と思えるほどに書き込まれている。だからこそ一人一人の生き様、死に様が胸に熱い。
 概ねクールで、ここぞという場面で泣かせてくれる筆致もまた良い。北方節とも言える、男のロマン炸裂で気恥ずかしくもなるが、壮大な物語にはそれもまた似合う。泣いて馬謖を斬るあたりや、趙雲の死など、思い切り泣ける。
 三国志初体験の方にも、通の方も、お勧めの北方三国志。今、揃えておいて、五月病が襲ってくる頃に読むのが良いかもしれない。
 ちなみに、なぜ7巻という中途半端な巻を取りあげたかと言うと、シリーズ13巻の中で最も心に残った台詞がある巻だからだ。
「心せよ、孔明」
「なにをでございます?」
「非凡だということは、孤独だということだ。私の麾下に加わってくれたおまえに、孤独な生涯を送らせたくはない。凡人を理解できる非凡さを、おまえは持つことができる筈だ。それを、心せよ」(p145,146)
 こんな男たちになら、人生賭けてみようかという気持ちになってくる。

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少年時代 上

2006/02/10 20:46

ファンタジーでしか描けないもの

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 舞台は、古き良きアメリカの南部にある小さな町ゼファー。春まだき3月の早朝起きた殺人事件の謎を縦糸に、空想好きな12歳の少年の日常を横糸に綴られる1年間の物語だ。現実と幻想が絶妙に入り混じり、不思議な美しさを描き出している。少年の一人称で語られる文章は、少年の目を通しながらも、もっと別の存在が世界を見渡しているかのように、どこか澄んでいて品がある。
 少年と彼の父が目撃してしまった殺人事件の謎が物語の核となっているが、それは全体を支える土台のようなもので、構成としては、上下巻をあわせて30編ほどの短編連作形式となっている。全編を同じテンションで読むのでなく、少し肩の力を抜いて読む一編があれば、襟を正して読みたい一編もある。
 中で最も印象に残ったのが、「第3部・燃える秋」の中の「診療番号三四三二」という作品だ。少年コーリーと愛犬レベルの別れの物語だが、ここには、まさにファンタジーでしか書けない生と死の姿がある。愛犬が事故にあい瀕死の重傷を負った時、愛するものを失うことを恐れるあまり、少年は過った選択をしてしまう。その過ちに気づいた時、彼が取った選択は……書店で読んでいて思わず涙がこぼれてしまい、慌てて本を閉じレジに走った一編だ。ファンタジーは願いごとを全て叶えてくれる甘やかな物語ではない。辛く厳しい現実があり、人の手では動かすことのできない運命があり、それでも一欠けらの奇跡が、救いがある。悲しくも美しい佳作だった。
 そして「診療番号三四三二」というこの一編が、物語のクライマックス、殺人事件の謎が明らかになるくだりで、大きな存在感を発揮するのだ。「冬の冷酷な真実」という章タイトルにふさわしく、真実は冷酷で、それだけに心を揺さぶる。
 物語は、大人になった少年がゼファーに帰ってくる第5部で幕をおろすが、この余韻がまた素晴らしい。時がたって、それぞれのストーリーを忘れてしまっても、小さな町の美しい情景だけは胸に残るような気がする一冊だった。

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