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hamster078さんのレビュー一覧

投稿者:hamster078

7 件中 1 件~ 7 件を表示

最高に危険な語学書

14人中、14人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

不世出のドイツ語学者といわれた関口存男が渾身の力を込めて書いたドイツ語入門講座。用途としては主に独習用で、この本と辞書だけでドイツ語が学べるようになっている。逆に学校授業の副読本的なアンチョコ文法書には向かない。分量も(上)(中)(下)と相当多く、これを半年から一年で仕上げるころには、すでに中級の入り口であり、カントでもゲーテでもヴェーバーでも読めるほどの語学力がついているはずである。関口の語り口は権威ばったところが微塵もなく、洒脱と諧謔にあふれている。かなり古い本なので、時局をあつかった例文に時代を感じさせることも多いが、それもまた一興か。しかし若い人よ、ドイツ語は今日ではもはやラテン語のごとく学問にしか役立たない言葉となっている。この本を読んで、ドイツ語にとりつかれて人生を誤ったと嘆いても、それは知らない。そういう意味で最高の入門書であると同時に、最高に危険な本でもある。たかが語学学習書とあなどることなかれ。(新版はCD付き)

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紙の本独和辞典 新訂版

2006/03/17 02:04

有機体のように完成した辞書

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この辞書の通称となっている「木村・相良」の名を知らない者はドイツ語業界のもぐりであろう。それほどまでにこの辞書は独和辞典の代名詞となっている。出版社が今では弱小になっていて、宣伝もされないため売上げナンバーワンの辞書ではないだろうが、現在でも人文系ドイツ研究者の多くがこれを用いている。辞書というものは代表する編纂者数人では作れない。通常は20-30人の協力者をえた協同作業として作成されるのである。この木村・相良において、その実働部隊をつとめたのは昭和15年当時の東大大学院生たちであり、そしてそれはドイツ語を学ぶ者の資質がもっとも高かった時代でもあった。(その後昭和38年に改訂)この辞書のすぐれているところは、まずもって訳語のこなれであり、個々の外国語、語句に添えられた訳語の絶妙さである。単に語彙数をふやすこと、ページ数を多くすることはさほど困難な仕事ではない。しかし、すぐれた言語感覚は容易に真似できるものではない。それがこの辞書が今でも古典の読書に際しては、他の追従を許さないところである。手にとるに手頃な大きさ、それでいて充分な語彙数、やや古めかしい字体、こういったものが合いまって、ドイツ語学習には欠くことのできない選択肢のひとつとなっている。初学者にこそ、この有機体のような完成度を備えた辞書を手にとってほしいものである。

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けんかえれじい 上

2006/03/25 00:22

昭和のきな臭い空気

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

昭和初期、岡山県の旧制中学に通っていた南部麒六は、ひょんなことから空手の技を教わり、ケンカ修業にあけくれるようになる。通っていた中学は勿論退学となり、会津に転校になるが、そこでも昭和白虎隊を気どる連中と対決するはめになる・・・ 鈴木清順監督、高橋英樹主演で有名になった日活映画の原作小説である。鈴木監督の映画もそれなりによく出来ていたが、もとの小説は作者鈴木隆の自伝的色彩が強いためか、昭和初期という時代の空気をより濃厚に伝えている。特筆すべきは、田舎の中学生や教員たちにも見られる武断性とロマンチシズムである。中学生のケンカに下駄やバットのみならず、日本刀やダイナマイトまで飛び出してくる。そのくせ、彼らは憧れるマドンナには指一本触れられないのである。この時代の空気のはてに2・26事件があり、主人公麒六も「今度はもっとでっかいケンカだ!」と夜汽車で東京へ旅立っていくのである。小説の第二部は日中戦争を舞台にした実録調の戦陣物語。何度か出版されては絶版になり、しばらくすると必ず復刊されてくる不思議な魅力をもつ小説である。

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紙の本三四郎 改版

2006/03/25 00:25

村上春樹に満足できないキミに

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この小説を何度読み返したことだろう。十年に一度は読みたくなる。なぜだろう。それはたぶん三四郎が若いから。「前途有望な気持のいい青年」という存在が成り立ちにくくなって久しいが、この小説の中の三四郎はいつまでも若く、前途有望だ。そして、美禰子も与次郎も広田先生も相変わらずそこにいる。これらの登場人物はいつしか私の心の中に棲みついていて、ずっと昔に親しんだ懐かしい人たちのようだ。だから、十年に一度くらいは会いたくなる。三四郎同様、この小説自体も不思議と歳をとらないのである。古典というには、あまりにも瑞々しい。三四郎が、そして漱石が抱いた葛藤は、明治大正昭和と移り変わっても、依然としてわれわれ自身の問題であり、アクチュアルである。私の生まれる数十年前に書かれた小説の中の主人公が、いまもって私自身よりも若々しいことに気づいて愕然とする。そして、文学とはいかに偉大で、漱石とはいかにすごい作家であったかと驚嘆する。

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紙の本決定版はじめてのC++

2006/03/08 02:55

C++の秘伝書

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この秘伝書のすぐれたところは、まったくC言語の知識なしにC++言語が習得できるようになっているところである。多くのC++入門書は入門書と名打っていても、C言語の知識を 前提にしていることが多いし、そういう順番を踏んでいては、実際にソフト作成やソース改造にとりかかるまでに何年もかかってしまうだろう。
また、通常の入門書には、Hello Worldに代表される漫然としたドリル形式のものが多いが、こうしたやり方では、当該ソースには必要としない課題を数多くこなさないと先にいけないので、やはり何年もかかってしまうことになる。この『はじめてのC++』においては、そういうドリル的な部分もないではないが、初心者に最低限のC++プログラミングの構造を説明しながら、てっとり早く、辞書的に命令の意味や書式を知ることができるように整理されている。だから、この本の最初の50〜100ページを読めば、だいたいのC++の命令形式がわかるし、ソースの意味が理解できるようになる。わからない部分については、後ろの索引から調べれば、「それだけを」簡便に知ることが出来る。きわめて実践的な構成になっている。
よくプログラミングを覚えるには、教科書をやるよりは、実際のソースを読んだ方がいいと言われるが、この本は、まったくそういう目的のために、まったくの初心者がわずか一週間ほどで、複雑なソースの改造にも挑戦することを可能にしている、文字どおりの秘伝書である。

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紙の本幕末の天皇

2006/03/08 03:28

歴史としての天皇

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 非常に興味深い本である。男系女系といった皇位継承権や皇室のあり方について、かまびすしい昨今、しかし、われわれは天皇家や皇室の歴史について一体どれくらい知っているであろう。そういう興味に駆られた諸氏はぜひこの本を読んでみてほしい。そこにわれわれのまったく知らなかった、もうひとつの「天皇の像」を見い出すことだろう。
 いわく、天皇号は幕末にいたるまで900年間も用いられていなかった、天皇家にはわずか1〜3万石程度の貧乏大名ほどの財政しかなかった、宮中では大嘗祭も新嘗祭も300年間も途絶していた、天皇にならなかった皇子たちは出家して坊主になるしかなかった、明治天皇の先帝、孝明天皇は毒殺された可能性が高い・・・etc。このような知見を列挙するとトンデモ本ではないかと思われるかもしれないが、とんでもない。この本は大学のまじめな研究者が、江戸時代末には衰弱しきっていた天皇家とその制度を光格天皇や孝明天皇がいかに復活させようと努力したかを、むしろ尊王的な視点から学問的に描き出そうとした歴史書なのである。しかし、その主人公である幕末の天皇たちが奮闘した場面を克明に、思い入れたっぷりに描けば描くほど、それ以前の天皇の実像がいかにわれわれの常識からはずれたものであったかに驚きを隠せない。ひろく天皇問題に関心のある諸氏必読の書といえよう。

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間宮林蔵

2009/10/19 00:08

江戸時代のすご腕隠密

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 読み物として大変おもしろい小説である。幕末の歴史をたどっていると、そこここで間宮林蔵という名前と出くわすが、表の歴史ではあまり大きく扱われない人物である。だから、幕末史好きな人にとっても、気にはなっているが、よく分からない人物という印象が強いと思う。その影の歴史ヒーローのような人物について、歴史小説では定評のある吉村昭が、かなり分厚い長編小説を書いていた。これは読まない手はない。
 一読してわかるとおり、間宮は幕府の隠密(スパイ)である。それもその種の家柄に生まれたわけでなく、一介の百姓の子から旅の測量師に拾われる形で村をあとにし、だんだんに有能な隠密としての評価を実力で得ていった人物である。後半にいたっては、シーボルト事件から、漂流した異人の取り調べ、諸藩の密貿易の調査まで、他に幕府には人がいないのかと思われるくらい、軒並み重要な事件に派遣されてる。
 そうした評価を受けるきっかけとなったのが、前半における蝦夷地、樺太の探検、地勢調査であった。最果ての極寒の地にあって、間宮は満足に従者も連れることなく、ほとんど単独でサンタン人など現地住民の協力をえつつ、樺太から大陸シベリア東部にいたる地域を踏破し、無事に帰還するという偉業をなし遂げている。つまり、この小説は前半の探検家としての冒険物語と後半の隠密としてのスパイ活動と二度おいしいわけである。
 それにしても、これだけの分量を費やしても、まだ間宮という人物には多くの謎が残り、やはりすご腕の隠密というものはそう簡単には正体をつかませないものだなと感心する。

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