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レビューアーランキング
先月(2017年2月)

迷想哲人さんのレビュー一覧

投稿者:迷想哲人

5 件中 1 件~ 5 件を表示

紙の本幸福は絶望のうえに

2006/04/06 13:35

幸福を求める全ての人に・・・

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

平易な言葉で「幸福」を哲学的思索にて求めていく書。そこには西洋、東洋を問わないひとつの真実が根底に流れているのだろう。「絶望」は言葉どおり「望を絶つ」という意味であり、そこには陰湿さは全く無い。真に幸福となるには幸福をも望まない状態であり、全てを受け容れる姿勢になることが必要であろう。当たり前の状態が幸福であり、何気ない日常が幸福であると感じることが大事だと教えてくれる。

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紀元前の倫理思想から現代社会を考える

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

<目次>
 序章
 第一章 アリストテレス倫理学の基本原理
 第二章 フロネーシス
 第三章 無抑制
 第四章 自由意志
 第五章 人間性
 第六章 徳
 第七章 正義
 第八章 愛
 第九章 快楽
 第十章 観想
倫理学の学問的基礎を作り上げたのはアリストテレスと言われている。そのアリストテレスの『二コマコス倫理学』に則したアリストテレス倫理学注釈書と云えよう。
プラトンのイデアを机上の空論と考えたアリストテレスは、人々の思いなし(ドクサ)に観点を戻し(ソクラテスは少なくともそこに立っていたと思われる)、そこから社会での生活、人としての生活の規範を究極の目的とし、それは何かを論じている。
アリストテレスの倫理学を学ぶ上での参考となる研究書であるが、この書物を通じて、アリストテレスの『二コマコス倫理学』を読むことも出来る、読み物としての書物でもある。
現代社会の中でも通用する倫理思想が描かれた研究書であり、それは2000年以上も前にアリストテレスが論じたことである。「徳」とはなにか?「正義」とは、「愛」とはなにか?「快楽」の追求が幸福になるのか?様々な項目が全て現代社会に通じるのである。
様々な価値感(「価値観」が本当だが現代では「感」の方が適合している)が散乱する現代社会において、本当の社会秩序とは、幸福を追求する姿勢とはなにかを再考しなければならないが、この書はそれを助けてくれるはずである。

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現在の日本はどのタイプ?

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

プラトン「国家」を読み進める上での解説書となる一冊である。がしかし、現在の日本はどのタイプだろうかと考えさせられる。最善者支配制、名誉支配制、寡頭制、民主制、僭主制国家、いずれのタイプになるのだろう。そして日本に住む我々はどのタイプの人間になるのか。古代ギリシア哲学が、まさに現代社会を考えるひとつの手段、モノサシとなり得ることを示した一冊でもある。

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現代日本に蔓延しつつある思想の根拠付け試論

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

<目次>
序 考察の目的と出発点
第一章 世界
 第1節 世界の無内容性
 第2節 世界の無目的性
 第3節 世界の無価値性
第二章 人間の生
 第1節 物質的存在としての心(魂・精神)
 第2節 人間の生の無意味さ
 第3節 人間の生の無意味さを示す論の補足
第三章 道徳・幸福・死・諸帰結
 第1節 道徳
 第2節 幸福
 第3節 死
 第4節 諸帰結
結語 考察を終えて(あるいは、さらなる考察に向けて)

私は何の為に生きているのか?生きていることは意味のないことではないか?いわゆるフリーターが増加している奥底には、ぼんやりとしたこんな疑問符が潜んでいるのではないだろうか?価値観が価値感(個々種々多様化した価値)へと変貌してしまった現代、生きていくことの意味も多様化し、それを見出せない不安、焦燥、そんな雰囲気が蔓延している。この書はそんな時代背景の中にあり、薬とも毒ともなる書であろう。
目次からも読み取れる様に、意味を1.内容、2.目的、3.価値と読み替えをし、我々を取り巻く世界の無意味さを論拠付けようとする。そして人間はその世界の一部である故に、「全体」が無意味であれば、その構成要素である「部分」もまた無意味であろうと導く。そこには私個人の問題と我々の問題が混在しているが、ひとつの論理体系を取ろうとする著者の意図は充分に理解できる。もちろん、各論拠において、論議の必要性がある箇所については、著者自身が問題提起をしており、思考ノートといった形式を取っている書である。もちろんそれは、読者を思考に導く巧みな工夫でもあるのだろう。
著者の結論としては、人間の生は無意味であるということであるが、第三章では、それを根底としての実際の生について論じようとする意図が見て取れる。生が無意味だからといって生を否定しているものではない。すなわち「人間の生を無意味とする論は、世界内でわたしは生きているというこの感覚・経験を現実のものとし、わたしの外に世界が広がって存在していることを認める」(書からの引用)。ただそれだけなのである。
書全体を通じて、わたしの生は意味のあるものなのだろうか?それともないものなのだろうか?意味のないものであればどうなのであろうか?というぼんやりとした生への不安の中で苦闘している著者の気持ちが見て取れる。それは、現代日本社会を包み込もうとする社会体制の崩壊の雰囲気の中で、根底を見つめなおす契機でもあり、この書はまさしくその入門書であろう。

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よく生きるための考え方

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

苦と考えられている輪廻的生存を断ち切るにはどうするべきか。善悪の行為(業)がある限り生存欲を断ち切れない。その業を生み出すものは欲望であり、その欲望を断ち切ることが輪廻的生存を断ち切ることに他ならない。そしてその欲望を断ち切るには、無念無想になることである。それは執著をなくすこと、我執を捨てることである。「諸行無常」の精神が原始仏教から脈々と引き継がれている。
しかしこの本は、それを完全に行なうには出家しかないことを前提に、出家をしていない我々(在家)にとって、どのように理解するべきなのかを考えさせてくれる。私自身、無信教であるが、日ごろの振る舞い、心の持ち方を考えさせられる。
そしてその考え方は、以前読んだ「幸福は絶望のうえに」(アンドレ・コント=スポンヴィル著)と通ずるところがあり、仏教だけに留まらず、他の宗教や東洋思想、西洋思想の中にも流れている本流ではないか。

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