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先月(2017年8月)

pierreさんのレビュー一覧

投稿者:pierre

2 件中 1 件~ 2 件を表示

「開戦」の責任はどうなったか『大東亜戦争の真実東條英機宣誓供述書』を読んで

24人中、19人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 編者や巻末に解説を書いた渡部昇一氏が口を揃えて本書を高く評価していることを、どうしても理解できない。それはこの供述書をいかに読んでも、あの愚かな戦争に踏み切ったことを正当化する論理は見つからないからである。
 私が最も衝撃を受けたのは、東條氏が自らの責任を認めるのはあくまで「敗戦」に対してであって、「開戦」に対してではないことであった。東條氏はもっともらしく「敗戦の責任」と言うが、そもそもこの戦争は初めから負けるべくして負けたのではなかったか。たしかに開戦当初、いくつかの目立った戦果が挙がったことは事実だ。しかしそれが長く続くことはなく、開戦翌年の6月にはミッドウェーで敗れ、さらに年末にはガダルカナルの撤退が決まった。力を発揮し始めた米軍は、その恐るべき底力を発揮し、瞬く間に日本は本土とその周辺に封じ込められてしまった。それからポツダム宣言受諾までの間、サイパン、沖縄、あるいは本州大都市の空襲など、多くの一般市民を巻き込んだ悲劇が繰り返された。
 東條氏はさかんにこの戦争を「自衛戦」であったと強調し、編者も渡部氏もそのことを唯一の拠り所にしているが、それにしてはその戦争準備に至る過程はあまりにお粗末だったのではないか。また、東條氏は東京裁判で問題視された「共同謀議」がなかったことを立証すべく懸命であり、渡部氏はこれをもって
「『共同謀議』『平和に対する罪』といった『戦争犯罪』を犯していないと喝破している」 (P.250)
とまであげつらうが、それは換言すれば、当時の日本にいかに準備が不足していたかを如実に示すことに他ならない。永年手こずってきた中国に加えて米英さらにはオランダをも相手に戦争をするという、有史以来最大の難事に乗り出すにしてはあまりに無手勝流であった。まさに窮鼠猫を噛むではないか。多数の国民を抱え、長い歴史を持った国家・日本を担う為政者としては、あまりに無思慮、無定見であり、しかも敵を知らなかったばかりではなく、自らの真の力すらも分かっていなかったのではないか。
 だから東條氏が本当に自らの責任を感じていたのであれば、それは「負けた」ことよりも、こういう状態で「開戦」したことに感じるべきなのである。勿論あのとき、東條氏1人では「開戦」を阻止できなかったであろう。しかしだからといって彼が「開戦」へ駒を進めた1人であったことは否定できない。編者は
「すべてはこの『自衛戦争をしたのであります』という一行が鍵を握っている」(p.6)
と言うが、本当に国と国民を守るための自衛なら、そのための万全の備えをすべきなのであり、開戦直前においてすら
「日本の対米英戦に対する準備は応急的のもの」(p.95)
であり、しかも
「対米英戦は確実なる屈敵手段なきを以て、結局長期戦となる算が多い」
にもかかわらず
「今日において数年後の確算の有無を断ずること困難」(以上、p.126)
というのだから、要するに支離滅裂なのである。こんな状態で開戦して、よくも「『敗戦』に責任がある」などと言えたものである。
 私には、編者と異なり、これを読んで
「『誇り』と『勇気』が湧いてきます」(p.6)
などということは決してないのである。

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独断に満ちた偏見の書「戦争を知らない人のための靖国問題」を読んで

19人中、17人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書は上坂冬子氏の偏見に満ちた独断の書であると言わざるを得ない。
〈やはり「二度と戦争はイヤだ」〉
 著者は最初にこう書いている。「『二度と戦争はイヤだ』とあっさりいってのけることにウソがある」(p.32)。それこそ著者の独断である。私は父を戦争で失った遺族の1人であるが、「二度と戦争はイヤだ」というのは真実の心の声なのだ。著者が本当にそう思っているとしたら、よほど戦争でいい思いをしたのだろうか。
〈遊就館が「かけがえない」か〉
 著者は、遊就館が「かけがえない」として、そこに展示されている零戦について「当時の技術水準を察しつつ貴重な遺産だと感じ入った」(p.40)と言う。零戦を「貴重な遺産」ということそれ自体に異論はないが、問題はあの遊就館の持っている戦争観である。遊就館はそのホームページの冒頭で「近代国家成立のため、我が国の自存自衛のため、更に世界史的に視れば、皮膚の色とは関係のない自由で平等な世界を達成するため、避け得なかった多くの戦いがありました」と書いて、近代化以降の日本が外国と戦った戦争を完全に肯定しているではないか。だから零戦はそういう戦争に大きな役割を果たした、1つの成果として誇示されているのだ。この展示スタンスでは、ヨーロッパの博物館にギロチンが展示されているのはまったく意味が違うではないか。
 また著者は、遊就館に零戦が並んでいるからといって軍国主義復活という論理は通用しないと言い、その論拠として「当時の日本には…国家として戦争を行う権利…が認められており、戦う自由が保障されていた」(p.42)と書いている。しかし日本は1929年に「パリ不戦条約」を批准し、「國家ノ政策ノ手段トシテノ戰爭ヲ抛棄スルコト」(同第1条)を約束していたにもかかわらず、そのわずか2年後に満州事変を起こして、それを破っているのである。だから、遊就館で零戦を見れば、それがそういう当時の日本の侵略主義を裏づけるものと理解するのは、むしろ当然ではないか。
〈誰が国策を決めたのか〉
 「戦犯者は…国策に従って行動し国に忠誠を尽くし、たまたま執行しました公務のある事項が、不幸にして敵の手によって…生命を奪われた方々であります」(青柳一郎、p.128)と言うが、その「国策」は誰が決め、誰が執行を命じたのか。A級戦犯はみな「国策」の決定に参画しその執行を命令する立場にいたのではないか。日清・日露はさておいても、満州事変以降の対外戦争は明らかに誤った「国策」の結果であり、それによって類のない最悪の厄災に国民もアジアの多くの民衆も襲われたのである。その責任は一にこれらの「国策」を決めた当時の権力者たちにあることは論を待たない。したがって東京裁判の正当性がいかに疑われようとも、少なくともA級戦犯として刑を受けた人たちはこの過ちの責任は免れず、戦後60年を経過しても依然として彼らが被害を受けた国民、アジア諸国の人たちの非難の対象になるのは至極当然のことなのである。それは彼らの傷がいまだ癒えてないからである。
〈遺族の1人として〉
 最後に遺族の1人として言いたい。戦争の痛みはいくら戦没者を「英霊」にしたところで癒えるものではない。まして多数の無辜の民をとんでもない災厄に引きずり込んだ責任者たちを「英霊」として顕彰するから、一層話がおかしくなる。だからそういう誤魔化しから一日も早く訣別することを、衷心から希求して止まないのである。

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