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先月(2017年6月)

レムさんのレビュー一覧

投稿者:レム

88 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本新漢語林 第2版

2011/10/26 21:49

―血の通った漢字を使いたい方へ―

9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

  
  実はこの本の旧版はいつも通っている図書館でよく利用していたのだが、ついにこの第2版を手元に置くことにした。 かつて所有した漢字辞典の印象は、いわゆる辞書であり、字引の一つに過ぎなかった。 ところが、本書は漢字辞典として字源を訪ねる機能もさることながら、「読める」辞書なのだ。 では、最近の漢語辞典は他社も似たり寄ったりかと思いきや、案外そうではない。
  
  これは、著者の願いとして、漢字を通じて東洋文化を理解するための一助になれば、と言うことのみならず、さらには時代の変化とともに漢字の知識(日本語全般という意味もあろう)が極端に低下したことによる「狂言偽後」の反乱に耐えかねるものがあると明言していることが背景にあるからではないだろうか。 
  
  そのためだろうか、従来の漢字辞書が右から左へ意味を書き並べているように思えるのに比べ、本書の字義や用例を「読み進む」と、ひとつの漢字の持つ幅広い意味や多様な性質を伝えたい、という意思を感じる。 用例も、漢字の意味を使用例からも逆に理解できるようによく選ばれているのではないかと思われる。 親字が下に来る逆引き熟語の紹介も特徴といえよう。 漢字や中国文化の理解を支援するためのコラム・付録も掲載され、その索引も用意されている。 それらの情報とその性質から、本書は生きた漢字辞書としてそれぞれの漢字の解釈に加えて、漢字にまつわる文化に至るまでの百科事典のように活用できるだろう。
  
  我が国は、外来語として漢字を導入した後、今や自国のものとして消化し、ひらがなカタカナまで生み出して活用しているのだが、もっと漢字を大事にしてよいと思う。 中華人民共和国、あるいは中華民国の博物館を訪れると、決まって漢字の発明とその使用に関する展示が堂々と設置されている。 漢字発祥の地だからと言うこともあろうが、それよりも自国の言語に対する誇りを感じさせるのである。
  
  出版元の大修館書店は、例えば国語辞典の『明鏡』であまりにも有名だ。 個人的には、以前に 『一般言語学』 を古書店で入手してから身近になった。 気にかけて調べてみると、大修館書店はこのような言語学の関係書や辞書に強いことが分かった。 
  
  漢字の学習が日本人の言語能力を低下させているというレポートを読んだことがあるが、果たしてそうだろうか。 ここでは分析めいたことは避けることとするが、ひとつの言語の深みに触れることは決して悪いことではないだろう。

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紙の本

2007/03/09 11:42

とにかく写真につぐ写真、そして子供に媚びないコンセプト

10人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 いやあ、びっくりしました。とにかく約1、100種類の魚のほとんど全てが写真で掲載されているのです。
 私は、小さいころから海の生き物系の図鑑という図鑑は片っ端から見てきたのですが、以前は”図”といえば当然ながら絵でした。ただ、数年前から、写真を中心とした図鑑が増えてきたな、という印象は持っていました。もちろん、絵には絵の良さがあります。生物の特徴を余すところなく伝えられるからです。生物学の分野で、スケッチは必要かつ重要な技術です。おそらく、この時代になって生物写真のデータベースがより充実してきたのだと思います。
 さて、この図鑑では、4mにもなるマンボウや大型のマグロそしてカジキの類までもが写真で掲載されています。ちなみにこのシリーズの「水の生き物」には10m以上あるダイオウイカもしっかり写真で示されています(!)。
 生態写真を見ると、それぞれのライフスタイルの特徴が良く分かり、かなり厳選されているようです。同時に、それぞれの魚の個性も感じます。世界最大の魚ジンベイザメは、小魚の大群をゆったり追いつめています。約4億年前の姿を今日にとどめるシーラカンスは、海底から物憂い視線をこちらに向けています。海面を滑空しているトビウオの可愛くも真剣な目つきが良く分かります。干潟の泥の巣穴から顔を出したムツゴロウは、「なあに」と言わんばかりの顔つきです。
 各ページには、大きさ比べもあります。大人と子供が同縮尺の魚とシルエットで比較されていて、親子で魚の説明会に参加している気持ちになります。小さい魚ならば手のひらとの比較です。この手もやはり大人と子供なのです。我が家の子供は、この手のひら比較が大好きです。
 身近な題材として、『魚の食べ物図鑑』というコーナーがあります。例えば、スーパーでよく見る切り身の写真が並んでいて、これがどんな魚なのか、どこどこのページを見てごらん、といった具合です。そういえば、寿司ネタと本物の魚を見比べて説明する企画を打ち出した水族館がいくつもありましたね。他にはシラス干しの中に混じっている他の魚を探してみよう、という解説もあったりして、子供たちの目線からの興味をそそります。
 これでいて、巻末の索引にはきちんと学名も記載してありますし、水をとりまく環境問題までカバーされていて、決して子供に媚びた作りではありません。つまり、これまで図鑑が図鑑でしかなかった本から、生物学の枠を超えたプチ博物学の解説書へと変貌を遂げており、一種のパラダイムシフトを感じます。言い換えると、これまでは博物館に行って調べものをしていたのが、今では博物館の方から居間にやって来て、子供たちにお話を聞かせてくれているという感じの本になっています。
 世の中の子供たちがこのような図鑑を見て読んで、多彩な才能を伸ばしていってほしいものです。
 ちなみに私は妻子が寝静まってからゆっくりとこの図鑑を開いています。

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紙の本インテリジェンス武器なき戦争

2007/01/19 21:45

インテリジェンスに対する外務省や為政者のレベルと体質に一石を投じている一冊

10人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 この本は、『インテリジェンス』とは何であるかをホットな実例を並べながら対談形式で解説している。実はわが国には、インテリジェンスに該当する独自の日本語も適訳もない。このことは、江畑謙介著 『情報と国家 収集・評価・分析の落とし穴』(講談社)にも詳しく述べられている通りである。

 どうも「インテリジェンス」は、通常の名詞とは別の性格を持つ単語のようだ。辞書を紐解くような一言二言の言い換えでは不十分で、事例や用法を説明しないとなかなか理解は難しい。
 例えば、ワインの薀蓄が豊富なだけでは決してソムリエにはなれない。これではまだ情報レベルである。場を読み、空気を読み、相手を読み、機微に富んだ対応ができて、ディナーのテーブルに花をそえられるかどうかが求められる。つまり、得られた情報をインテリジェンスにまで高めるということは、分析を加えて有益な判断材料として提供し、最大限の好結果をもたらすということなのだ。
 本書を読んで痛感するのは、インテリジェンスが何であるかも大事だが、国益を考える時にこれがどのように用いられ、どのような結果を期待するものであるかを考えることがより重要であるということだ。
 日本も過去には大変なインテリジェンス国家だった時期がある。しかし、敗戦や、海外事業展開の失敗事例にみる国益の損失には、国家のインテリジェンス能力の低下のタイミングと不思議と一致するのもがある。

 したがって、タイトルにある「戦争」という二文字は、戦闘行為だけを意味しているのではなく、結果として国家が勝ち組に加わり、国益を享受するということの代名詞と理解できる。「武器なき戦争」と題する所以はここにある。

 本書は、情報を得るだけでインテリジェンスを扱えない外務省や為政者のレベルと体質にも一石を投じている。

 文句なく☆5つ

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三島由紀夫の家 普及版

2009/09/09 07:44

―邸宅そのものが文士の書斎―

9人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

  佐賀県唐津市に、行きつけの老舗の料理屋がある。 ステレオからはマリア・カラスの美声が流れ、壁の書棚には美術工芸関係など何冊かの図書が置かれている。 ここで決まって拝見させていただく本がある。 それがこの『三島由紀夫の家』だ。 この店で開く本は、1995年出版当時の重厚なB5判なのだが、今回、ついにこの普及版を購入して我が手元に置くこととなった。
   
  小説家としてのみならず、多彩な才能を発揮した三島由紀夫の人物や作品について安易な評価は禁物だ。 ただ言えることは、この写真集で私たちが三島邸の一隅を見ることができる、その幸せを静かに歓ぶべきだということだろう。
  頁をめくるごとに門から邸宅へと目線は進む。 ガラス戸のような大きな明るい扉を開ける。 広い玄関から右に折れて応接室に。 突き当りの階段を上って居間に。 3階の円形の部屋に。 時折、隣の頁には、同じ場所で撮影された生前の三島がいる。 三島を取り囲む人たちがいる。 笑っている三島がいる。 訪問者も笑顔だ。 さらに目線は、愛煙家だった三島の書斎にも入る。 机の上の当時最新鋭機器の電話にはタバコのヤニがついている。 整理された書斎の書棚には壁一面の蔵書がある。 書棚、書棚、そして書棚。 蔵書も主人と一緒にタバコを吸って少し黄ばんでいる。 その中に自分も所有する本はないだろうかとつい探してしまう。 愛用のペーパーナイフがある。 雑然と積み上げた資料の前で思索する三島がいる。 家族の写真がある。 遠くを見つめる三島がいる。 カメラを見据えた三島がいる。 三島がいる。
   
  鉾之原捷夫の設計による白亜の洋館、三島邸。 三島の思想を映すかのごとく、設計も装飾も調度品も孤高で精緻な美の結晶のようだ。 静寂に包まれたその佇まいの中に、白いレースのカーテンを通じて夕陽が射し込む。 その光景は、あたかもこの家に意思があって、いつまでも帰らぬ主人を待ち続けているかのように見える。 今日もなお三島の息吹に満ち満ちているこの建物を眺めていると、三島邸そのものが文士の書斎という感じがしてならない。
   
   さて、近々また唐津を訪れることになった。 本書が自分の蔵書になった今でも、やはりあの料理屋で再び旧版を開くつもりだ。

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紙の本日本の薬はどこかおかしい!

2009/02/20 18:11

― 薬事行政に必用なのは大人の議論 ―

8人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

   行政改革には多大な困難を伴う。 この本を読むと改めてそれが良く分かる。 著者たちは、もしご家族やご本人が健康であったならばごく普通に生活していたであろう。 しかし、医薬品による健康被害を受けたがために、あるいは医薬品の承認の遅れのために難病と戦わざるを得なくなり、大変なご苦労をされながらも、薬事行政を動かして改革すべく活躍されている。 同時にこの本には、甚大な問題が起こって初めて実感される薬事行政の不条理な側面が浮き彫りにされている。
   
   ここで少し視点を変えて交通事故件数を減らすということに眼を向けてみる。 そのためには、道路交通法の取り締まり強化だけでは不十分なことは容易に理解できるだろう。 具体策としては、飲酒運転のような重大事故の要因への罰則規定を法的に重くするといった措置はもちろんのこと、事故の発生しやすい道路環境を抜本的に整備することも必要だろうし、もしかしたら自動車等の機能にまで立ち入って対策を検討することも視野に入れる必用があるかもしれない。 しかし実際には、交通取締りの強化ばかりが重視されてはいないだろうか。
   これまでの薬事行政も、企業に新薬の承認販売許可を与える、問題があればやおら腰を上げて安全対策を企業に行わせる、それが薬事行政なのだ、というように、道路交通法の規制強化のようなことを中心に行ってきた。 これに対して著者達は、日本の薬事行政に欠けている点、すなわち抜本改革について果敢に挑戦してきたのである。 鳥越氏のインタヴューによって、一筋縄では進まない行政や製薬企業に対するお二人の活動や艱難辛苦が紹介されていく。 そして、著者達の実績は、実際に非常に大きな行政変革ベクトルとつながっていく。
   
   昨年2008年の5月からは、福田元首相の肝煎りで「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」が開催されており、2009年3月までには提言をまとめることになっている(現在は後任者と交代しているが、著者の福田衣里子氏も委員の一人であった)。 この検討会には、薬害肝炎被害者団体のみならず、HIV、サリドマイドなど重大な社会問題を引き起こした薬害の被害者団体も委員として参加している。 この会議を傍聴すると、被害者団体や識者と当局の間の温度差が良く分かる。 例えば、薬害発生原因と考えられるものとして、隠蔽体質や人事評価の減点主義も含めて、責任として果たされるべきものが欠けていた「組織能力や組織文化」といった問題に焦点を当てて今後の薬事行政の根本的改革の方向性が提案されても、厚生労働省側からは具体的改革案が少しも出されない。 それどころか、薬事行政の手技手法の不足に原因があるのであって、故に医薬行政先進国の欧米に倣って彼らの進んだ安全対策方式をいくつか導入する、というのだ。 当局はそれを具体策だと思っているのだが、これでは単なるツールの検討であって本質論になっておらず、行政改革というゴールに向かう道筋との間に大きな乖離を感じる。 しかし幸いなことに、委員たちからの正当な意見が多数寄せられており、大きな改革への提言が期待されている。
   
   これからの薬事行政には、国民の保健衛生のために、時として強い権限をもって「通常とは異なるプロセス」(新薬承認など)を推進させたり、あるいは「第三者評価機関」に自らのパフォーマンスを評価させて改革につなげたり、場合によってはどのように「規制を緩めるか」、といった「大人の議論」の能力が求められているのではないだろうか。

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紙の本ニワトリ愛を独り占めにした鳥

2011/02/03 07:59

―それは遊び心から生まれた新たな生物種の系譜だった―

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

  ニワトリは、最も親しみがある家畜のひとつであり、同時にまた知られざる背景を持つ鳥だ。 この「ニワトリ」という呼称は総称であって、実際には多数の種類がいるが、本書によるとそれらの原種はただ一種、セキショクヤケイ(赤色野鶏)とされる。 ところがこのセキショクヤケイ、肉の量も産卵数も乏しくて、およそ家畜の原種としては劣等生であった。 ではなぜ、このような鳥が今日ニワトリと称される優良家畜へと育種されていくのか・・・、本書で解説されるその過程が実に面白い。 
  
  人類は、このセキショクヤケイを約8千年という時間をかけてニワトリへと改良し進化させていく。 そもそも、この鳥が家畜の先祖となったきっかけは、人類の精神的余裕、つまり「遊び心」にあったようだ。 当初はどうやら、鳴き声や羽の美しさ、あるいは闘鶏用の鳥として飼い主がそれらを競い合う、むしろ愛玩の対象だったらしいのだ(この趣味は今日でも継承されている)。 本書の参考図書のひとつでもあり、著者もその研究にかかわった『[“鶏と人”, “http://www.bk1.jp/product/00021395”] 』には、「民族生物学の視点から(これは副題でもある)」、東南アジアの生活圏の中でニワトリと人との関係がどのように進展していくか、詳細に議論されている。 やがて、肉や卵も「ついでに」取る家畜へと二次的に変化したらしい。
  
  こうしてみると、本書でいうところの「愛」という一文字は、本書の中では人間の遊びも含めたさまざまな追求あるいは文化を総合して象徴する言葉として使われていると思えてくる。 このような愛玩の対象への執着は、例えば文房四宝のひとつ、「硯」への執着をも彷彿とさせる。 たかが石と言ってしまえばそれまでなのだが、大変な労力をかけて掘り出し、彫刻を施し、硯面に表れた金線、魚脳凍、火捺(かなつ)、眼暈(がんうん)等々の石紋(そもそもそういった名称を創っている)を愛で、価値と名誉を与え、高貴な人は折に触れて手元の硯を家来に下賜した。 とかく人間は、いったん何かに興味の対象を見出すや、飽くなき追求を止めないのだろう。
  
  さて、今日のニワトリの飼育は、品質管理された機械製品のようである。 まず孵化後からのライフサイクルとクリアすべき要求レベルは日単位で厳密に決められている。 そして、鶏肉用のブロイラーであれば、孵化後からの驚異的な肥育過程を経て50日目(!)で屠殺されて肉になる。 卵を取る卵鶏なら、年間産卵数290-300個、500-700日で廃棄処分(肉にするのではないそうだ)ということが決定されており、同時にそれまでの生存率90%以上、終生の卵の重量60g/個×300個/年というスペックが求められる。 何だかサラリーマンの業績評価のようだ。 
  
  これは、短期的視野で費用対効果を勘案しながら物事を仕分けするような世界ではない。 自由な精神世界のもと、無駄と思われることであっても、長い年月を経て当初予想もしなかった形になるものもあるのだ。

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紙の本海辺で拾える貝ハンドブック

2010/01/21 01:45

―ついに出た。子どもから大人まで楽しめる「不完全な貝」の現実的なフィールド図鑑―

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

  本書の画期的なところは、図示されているのがいわゆる「完品」ではなく、実際の海岸で目にする「不完全な貝の姿」を示した図鑑であるという点だ。 これまでの貝類図鑑は、他の分野の図鑑でも同様であるように、完品を図示することが常識であった。 ところが、実際に海岸で目にするのは、打ち上がるまでに波にもまれて擦り切れたり割れてしまったり、あるいは打ち上がった後に紫外線に晒されて退色した貝殻だ。 いわば自然の洗礼を受けた後の姿と表現しても良いかもしれない。 
   
  実は以前から、こういう本がいつの日か必ずや出版されるのではないかと強く期待していた。 というのは、著者はこれまでに、1995年から1997年にかけて「三浦半島のタカラガイ(1)、(2)」を、2007年には「タカラガイブック」を上梓しており、現実に砂浜に打ち上げられたタカラガイの貝殻を摩耗変化の度合い別に写真で示してきたからだ。 本書、「海辺で拾える貝ハンドブック」は、その対象をタカラガイから一般の貝の種類に広げた内容となっている。
   
   ビーチコーミングを続けていると分かるのだが、自然の洗礼による貝殻の変化は、貝の種類によってある程度の傾向がある。 本書では、150種類の貝が取り上げられ、変化の程度をおおよそ4段階で分けて写真で示している。 実物大表示も参考になるだろう。 また、紹介された貝は、おそらくは三浦半島周辺で採集される種が中心ではないかと思われる。
   
  そして本書のもう一つの意義は、種としての時空的同一性の認識という観点から貝にアプローチしている点にあろう。 物事への認知のしくみを考えたとき、私たちは無意識のうちに何らかのカテゴリー分類を行っているようだ。 例えば、タカラガイの種類によっては摩耗の程度によって貝殻の色が驚くほど異なるのだが、これを知らないと摩耗した貝を別のものであるとカテゴリー分けして認識してしまう。 自然の作用によって本来の姿から異なってきたとしても、本書を開くことで、経時的変化の連続を理解して種としての属性が同じであると認識できるようになるのだ。
   
  本のサイズはほぼ新書版に近いので、フィールドに持参しても扱いに便利だ。 わずか96頁というボリュームながら、その記述内容は、いつ頃どのような場所(海岸地形など)でその貝を見つけられるかといった書き方で、採集を前提とした具体的で詳細なアドバイスに富んでいる。 写真説明も分かりやすく、広い年齢層で楽しめる本であろう。

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―未発掘の概念や理念に光をあてた岡本太郎―

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

  この本を読むと、「いやったらしい」という言葉がよく目に付く。 これは岡本太郎(どうしてもフルネームで書いてしまう・・・)の著書でよく用いられる言葉だ。 「いやったらしい」という感覚は、決して快感に類するものではなく、むしろその逆だ。 そして「いやったらしい」対象とは、それを見たときに、さっさと背を向ければ良いのになぜか拒絶できず、逆に惹かれてしまう不可解なものだ。 岡本太郎は本書で、「いやったらしさ」を感じさせる不快な存在は、実は自己に内在しながらも認識されていない概念や理念の一片に触れる何かと常識との間のギャップの具現化なのだ、ということを述べている。 そのような対象から目を離せないのは、自己との関係を断ち切れない何かを無意識のうちに感じて後ろ髪を引かれるからであり、不快な感覚が生ずるのは、解決できない感覚の表出ということなのだろう。
   
  岡本太郎は芸術という手段を用い、「いやったらしさ」を感じさせる作品で「いまだ光に照らされていない未発掘の人間の概念や理念」を社会に浮かび上がらせてきた。 これは決して彼岸のような、悟りを得なければ到達不可能な場所にあるのではなく、何かのきっかけで会得できるものであると、本書の中で岡本太郎は何度か述べている。 一方で、個人や社会が全体的にその概念の範囲を未発掘の領域まで広げてこれを会得した場合は、もう既に既知の概念領域との間のギャップは存在せず、常識的なものとして受け入れられ、同時に「古いもの」になる、ということが書かれている。 そして、タイトルにある「今日の」という形容詞は、芸術の世界では、「新しい」という意味の時間的な位置づけ以外に概念の到達領域の広さのような意味があるとの主張が随所に垣間見える。
   
  先述の未発掘の概念や理念は、ジョルジュ・バタイユGeorges Batailleの言うところの「人間のばかばかしくて恐ろしげな闇」( 「バタイユ入門」)にかなり近いだろう。 岡本太郎は、フランス滞在期間中にバタイユと交流があったことは良く知られている。 ナチスドイツの軍靴の音が近づく1930年代のパリにおいて、岡本太郎はバタイユの設立した反ファシズム思想集団「コントル・アタックcontre attaque(「対立攻撃」の意)」や秘密結社「アセファルacephale(「無頭人」の意)」に所属し、脱会した後も二人の交流は続いた。 岡本太郎の思想や発言にはバタイユとの交流から相互に強く影響しあった形跡が随所に認められるとされる。 この「人間のばかばかしくて恐ろしげな闇」は、フロイトの言うエスesと同一だとされる。 エスは、無意識の熱きエネルギーの大海であり、規制や法律といった「超自我」によって社会規範などの枠に押さえ込まれている状態にある。 制約を受けない年代の子供たちが描く自由闊達な絵は、エスの噴出なのかもしれない。 全ての子供が天才だとは言わないが、現に彼らはやがて「絵の描き方」やさまざまな「約束事」を知り、絵が上手くはなってもたいていはつまらなくなっていき、そして「大人」になってしまう。 しかし、岡本太郎は、作品のみならず、生き方そのものを通じてこのエスの放出を社会に提案し続けた。
   
  東京の青山にある岡本太郎の自宅は、現在は『岡本太郎記念館』となって一部が公開されている。 入り口で靴を脱ぐと、そこにはスケッチブックが置いてあって、入場者は子供も大人も伸び伸びと絵や文を描いている。 故人となった今もなお、終えることのない岡本太郎流の意思疎通手段かもしれない。 アトリエも覗くことができる。 そこには、仕事場が生前の状態のまま保存されており、画材の他に、ゴルフバッグまで置いてある。 描きかけなのだろうか、たくさんのキャンバスも立てかけたままだ。 奥からひょいと岡本太郎が出てきそうな雰囲気だ。 ただ、以前はまだ油彩用の油のにおいがずいぶんと残っていたが、最近はそれも薄れてしまい、少し寂しいものを感じる。

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夕陽妄語 8

2008/12/11 15:31

-大いなる知性、天空へと旅立つ-

7人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

   『夕陽妄語』は、加藤周一氏の思索に溢れた小論集である。  この小論は、朝日新聞の夕刊の連載を順次単行本として集成したものである。  この新聞連載は、1979年から始まり、当初は「山中人カン話」と題していた。  1984年にこれが「夕陽妄語」と改題されて2008年7月までの長期にわたって続けられた。  加藤氏は、欧米諸国や中国等の海外の大学の教壇に立つことも多かったので、海外から「妄語」(加藤氏自身がこう表現する)の原稿が提出されたことも数知れずあったことだろう。
     
   ここに綴られているものは、加藤氏の歴史観であり、文化や政治に対する考え方であり、人との出会いであり、何よりも加藤氏のヒューマニズムである。
     
   加藤氏が議論の対象とする舞台は、小国日本を離れて、世界の各地であることが多い。  その話題は、あるときは鋭い視点で国際政治を論じ、覇権を争う先進国の思惑を、その隠された歴史を、そして日本の及び腰な外交姿勢を赤裸々にあぶり出す。  あるときは、日本の古典はもとより西欧文学にも精通した加藤氏の比較文学論が展開する。  その話題と議論の行く先は、美術へ、宗教へと留まるところを知らない。  同時に、常に立ち返って日本人としてのアイデンティティをも問い続けている。  その文章は古くなることはなく、読むたびに発見があるので、一度読んではまた読み返してしまうほどだ。
     
   しかしながら、今月12月5日の夕刻、その加藤氏の訃報が突然伝えられた。  享年89歳であった。  もうこれからは、新たな著作を読むことはできない。  痛惜の極みである。
   大いなる知性がまたひとり、天空へと旅立ってしまった。

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―世界遺産などとは無縁の厳かな祈りの空間―

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

   私はこの本を開くと、あの暑かったラヴェンナの夏を思い出す。  私は本書を片手に、かつてビザンチン帝国の首都だったこの町に数日間滞在し、5世紀から6世紀のモザイク壁画が残る聖堂や礼拝堂を時間の許す限り巡った。  どこも、ひと目世界遺産を観ようと世界中から観光客が訪れていた。  どの建物にも冷房はなく、日中は一本1ユーロのミネラルウォーターを何本も買い込んで、道々これを飲みながら石畳の古都を歩いた。  日が暮れると、地元の人々が三々五々街頭に集まり、夕涼みをしながら世間話をしていた。
     
   イタリアまで携えたこの本には、キリスト教美術の形成期からコンスタンティノポリス(今日のイスタンブール)がオスマントルコに陥落した時期までの約1500年にわたる期間のキリスト教美術が詳述されている。  中心となるのは、神や聖人たちを描いた聖堂や礼拝堂内のモザイク壁画、あるいは羊皮紙に極彩色で描かれた福音書などである。  
   いかに神や聖人たちを表現するべきか、聖堂はいかなる設計にするべきか・・・、それは当初から、そしていずれの時代においても、信者や画家、建築家にとって大きな課題であった。  著者は、その答えとしての聖堂や礼拝堂、修道院内の聖画や建築物の構造について、あたかも実際に現地で読書と並んで歩きながら、話しかけるかのようにこれを解説する。  その範囲は、少なくともイスラエル、シリア、ギリシア、イタリア、エジプトそしてトルコにまで及ぶ。  モザイクや聖堂内の様子を写した写真図版はいずれもすばらしい。  聖堂の平面図、初期キリスト教美術・ビザンチン美術の年表や関連地図に加え、懇切丁寧な索引もありがたい。
     
   話をラヴェンナの思い出に戻そう。  聖堂のモザイクは、千数百年の時を経た今日でも当時のまま色鮮やかに聖人の眼差しやキリストの生涯を伝えていた。  各国語が飛び交う騒がしい外国人の一団が去ってゆくと、聖堂には礼拝用の椅子に静かに座っている信者たちの姿が残った。  そこには世界遺産などとは無縁の厳かな祈りの空間があった。

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紙の本裸婦の中の裸婦

2007/04/27 17:33

没後20年を経ても一向に衰えることのない知の呼応

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 裸婦を主題とした12の芸術作品について、ひとつひとつ著者とパートナーが対話形式でこれを論じていく。そして読者は自然にその作品の解説を聞くことになる、というしかけだ。

 その解説の内容は、絵画論やイコノロジーを語るという表現ではまだ不足である。ディレッタントとも称された著者は、アカデミズムや美術評論家といった枠には決して当てはまらず、精神分析理論を使った絵解きにも頼らずに、それぞれの裸婦像を生みだした社会背景についてまで時代や国を超えて実際に見てきたように語り、常に渋澤独自の評論を繰り広げていく。
 対話の相手として、作品ごとに中年男性と女子大生が交互に登場するのだが、さりげない会話から、この二人もまた相当の知識を持っている事が分かる。もちろん、この二人は言うまでもなく渋澤本人の分身なのであるが、その設定と会話の展開は偏ったところがなく、知の呼応とでも言えそうだ。
 これは、某チャンネルのTV番組のように、無知の象徴のようなタレントや俳優を登場させて的外れな発言をしたり、高名な美術評論家の言葉にいちいち頷かせたりしているのとは訳が違う。無知と知の対比は一見分かりやすいようであるが、実に浅薄で残るものは少ない。

 私は、本書を手に取った時、まず始めに巖谷國士による「あとがき」から目を通した。理由は、文春文庫版を既に読んでいたからなのだが、渋澤と巖谷との交流が切々と語られている箇所は何度も読み返してしまった。そして購入した後、帰宅するまでの間に一気に本編の全12編を読んでしまった。
 かつて三島由紀夫は、「この人がいない世界は何と寂しいことだろう」と書いているが、渋澤が亡くなって今年で早くも20年目になることに改めて驚く。同時に、描かれている世界がどれも一向に光を失っていないことをすばらしいことだと思う。

 この作品「裸婦の中の裸婦」は、最晩年の作品にあたるであろう。渋澤は、文藝春秋での連載を終えることなく、咽頭癌に倒れてしまったからだ。なお、12編のうち、最後の3編は病床の渋澤から直接「ぜひ頼みます」、「君以外にいない」と懇願されて、巖谷が書いたものである。実際には渋澤は癌の治療で声を失っていたので、このやり取りは筆談であった。
 この二人の交流にも心打たれるものがある。

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紙の本恐竜

2009/07/22 00:13

-絶滅した大型爬虫類は全て恐竜と呼びたい-

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  大型恐竜は6500万年前に絶滅した。 実は、古生物の歴史を振り返ると、恐竜に限らず地球は何度も生物の大絶滅を経験している。 中でも、大型恐竜の絶滅は強烈に印象深く、一種独特の郷愁のようなものすら感じてしまう。 これは人類史の栄枯盛衰にも相通ずるところがあるからかもしれない。 そして、心のどこかに絶滅して欲しくないという希望もあるのではないだろうか。
   
  ある世代以上の方には、ブロントサウルスという名に親しみを感じるかもしれない。 だが、この名が図鑑から消え去り、アパトサウルスと修正されてから既に久しい。 本書では、発見当時の他の恐竜との頭蓋骨取り違えの経緯について若干の説明はあるが、いずれはこのような説明すらどの図鑑からも消えてしまうのだろう。 日進月歩の生物学の分野では、分類の変更などごく普通のことであり、いちいち取り上げていたらきりがないことも事実だ。 ただ、図鑑から消えてしまったその名前には、絶滅した大型恐竜の運命ともあいまって懐かしさがただよう。 そういうことを感じさせるところも恐竜人気の所以なのかもしれない。
   
  分類学的なことを言えば、翼竜や魚竜、首長竜は「残念ながら」恐竜ではない。 しかし、誰しも心の中では、割り切れないものがあるに違いない。 現に恐竜図鑑に一緒に載っているではないか・・・。
  そういえば、次のような出来事があった。 北海道の三笠市は、かつて幌内炭鉱で産出される石炭で大いに潤ったが、やがて石油へのエネルギー転換とともに石炭需要が激減し、経済が急激に冷え込みつつあった。 その折も折、同市の桂沢湖付近で、当時としては日本初の肉食恐竜の頭蓋骨が発見されたのだ。 1976年のことである。 このニュースは大いに沸かせた。 化石はエゾミカサリュウと名づけられ、恐竜ブームが一気に加熱した。 恐竜祭りも始まり、桂沢湖畔公園には、直立二足歩行のティラノサウルスのような巨大な像までも作られた。 だがしかし、1990年代になって、エゾミカサリュウが分類上は恐竜に属さないモササウルス(ワニのような形体の海竜)の近縁であると発表されたのである。 当時の地方メディアは、これをでかでかと取り上げ、その結果、同市の恐竜熱は一気に冷えてしまった。 さらに、桂沢湖の近くの幾春別町では、名物「アンモナイト最中(もなか)」の看板までもが次々に塗りつぶされてしまうという始末だった。 時と場合によるが、科学にこだわりすぎても面白くない。 恐竜を楽しむ側としては、「絶滅した大型爬虫類は全て恐竜だ」という方が理解しやすい。 と、このようなわがままを書くと、古生物学者は血圧が上がってしまうだろうが、どうかお許しいただきたい。 なお、このエゾミカサリュウは、2008年に米国の古脊椎動物学会誌(Journal of Vertebrate Paleontology)で新種として発表されている。 今こそ、堂々と誇るべきだと思う。 
   
  本書は大分類で恐竜を図示し、写真資料も豊富であることに加え、最新情報が随所に反映されている。 ステゴザウルスの尻尾のとげがその昔は上向きだったが現在は横向きだ、などは序の口である。 羽毛が描かれた恐竜のイラストも以前に比べて増えており、現在の鳥類と恐竜との関連もポイントだ。 大型恐竜は絶滅したが、一部は鳥類として子孫を残しているというのが今日の見解だ(これも通説になってから久しい)。 資料編には、日本と海外の「恐竜に会える博物館」がHPアドレスつきで紹介されている。 全体に大人も充分に学べ、そして楽しめる。
  本書のために描きおろされたという恐竜のイラストはどれも見ていて飽きない。 特に、小田隆氏の手による恐竜イラスト、中でも生息状況の挿絵はことさらドラマティックである。

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-忍び寄る現代のスターリンへの不安-

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   スターリン政権下の「ソヴィエト社会主義共和国連邦(ソ連)」では、数千万人が粛清の犠牲になったと言われている。  その圧制下で、誇り高く活躍した文化人、知識人たちが数多くいた。  そして、スターリンの死後、権力者が幾度となく変わっても、あげくにはソ連が崩壊して国家がロシア連邦に移行した現在でも、文化人たちはスターリンの影響を色濃く受け続けている。
          
   著者は、ロシア文学やロシア文化論の研究者であり、現在、東京外国語大学学長である亀山郁夫氏だ。  本書は、スターリン体制の文化への影響という視点をひとつの軸にして、ロシアの文化人たちについて著者自らが綴った小論文、書評などを集めたものである。  自らのアンソロジーをまとめることを決意させた大きなきっかけは、2002年のソローキン事件である。  ロシアが、グラスノスチ、ペレストロイカという大手術を経て一応の思想自由化が進んだ今日でもなお、大検閲官スターリンが亡霊となって黒い影を投げかけているかのような危機感を察知したからだ。  (ソローキン事件:親プーチン派の団体がソロ-キンの小説「青脂」をポルノ流布罪でモスクワ検察庁に告訴した騒ぎ。この小説に登場するスターリンとフリシチョフは同性愛関係にあるという設定。)
   本書の意義は大きく二つある。  ひとつは、ソ連時代を中心としたロシア文化を通じてロシアそのものについて広く考察されていること。  そして、もうひとつの重要な意義は、「スターリン学」の誕生を宣言していることだ。
      
ロシアの考察について:
   ロシアは、西欧でも東欧でも、ましてやアジアでもない。  このようなロシア特有の精神を語る上で、著者は「終末的・有機的・切断的・母性的・微温的・生命的・平衡的・破壊的」の8つのカテゴリーを設定して本書をまとめた。  それぞれのカテゴリーにおいて、20世紀のロシアの思想、芸術、文学を論じながら、ロシア文化とロシア人、さらには今なお継続してこれを模索し続けている国家のアイデンティティーそのものが縷々考察されている。  語弊を恐れずに書くならば、時として著者自身までもがユーフォリアに浸って筆を進めた印象を受ける。
     
スターリン学について:  
   著者は、本書で20世紀ロシアにおける政治と文化をめぐる不条理学としての「スターリン学」の誕生を宣言している。  設立の背景には、急速に進展する科学技術への不安があることが挙げられている。  著者は、クローンなどの遺伝子工学やインターネットなどの電子工学分野を例に挙げているが、これらの科学技術に象徴されるものは、「高度化した技術でありながら短期間に世界中に一般化するもの。  しかも技術の効用とそのマイナス面に対して新しい概念や倫理観を必要とするもの」と言い換えられそうだ。  付け加えるならば、時としてその高いポテンシャルを十分認識できずに既に大衆の使用を許しているもの、である。  つまり、著者が懸念しているのは、これらの技術の普及や良識が、あるいはごく自然に常識化していく事象が、暗に誰もコントロールできない現代のスターリンとして世界の闇に君臨していくことへの危惧なのである。  高度化する技術の一方で、同様に世界中に広く浸潤している「マクドナルド化する文化」についても警鐘を鳴らし、グローバリズムの光と影について再考すべき時期にあることを述べている。
   スターリン学は、副題にも「序章」とある通り予報段階あるいは揺籃期にある。  この名称自体ももしかしたら変動しうるのかもしれないが、この学問分野は、過去の歴史を剥製にして博物館に陳列するような静的分析だけに留まるものではないようだ。  スターリン学の意義は、「未知の世界を透視し、批評する手立てのひとつとしての希望」を期待し、動的かつ未来的だ。  政治学者の塩川伸明氏はむしろ「ロシア・インテリゲンチア学」であると述べられているが、至言である。  (塩川氏は、東京大学でロシア・旧ソ連政治史を中心とした比較政治学を研究・教育されており、本書でも氏の複数の文献が引用されている。)  ソ連という国家におけるスターリン不条理そのものは、直接的にはスターリンが生み出したものであるに違いないが、「この概念は西欧近代的な価値観の落とし子」なのだ。  その西欧の虚像に振り回されたソ連型社会主義体制下の芸術活動は、熱狂とユーフォリアにこそ支えられていたが、これは幻像の追求ではなかったのだろうか。   
     
   著者は、スターリン学を通じて新たな視点を世に問い、思索の幅を広げようとしている。  私たちは、科学は客観的なものであり、高められるべき方向へ進んでいくものであって、スターリンに象徴される「不条理」がこれを左右するようなことは常識的にありえない、と思い込んでいるかもしれない。  しかしそう断言できるだろうか、と著者は疑問を投げかけている。  概念の拡大に伴う不安を和らげるには、善なるものを求める良識の存在も必要だろう。 しかし社会自体がある良識を誤解していれば、不幸の来訪を待って事後にその真価を知るしかない。  即答を並べたような安易な図書を紐解くのではなく、今はまず、8つのカテゴリーの視点に立って「ひたすら言葉を重ねる」ことから第一歩を踏み出す時期だろう。  スターリン体制という20世紀の不条理も、常軌を逸していたとは言え、元はといえば我々人類の思考の範疇から生み出された事象である。  これを人類学的に自らの種族の病理のひとつとして分析し、広義の意味での科学と理性や良識の研鑽に寄与することが期待されているのだと思う。

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紙の本少女コレクション序説

2006/10/24 17:35

エロティシズム学という一学問領域の論文として珠玉の一冊

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エロティシズムと聞いて、人は何を思い浮かべるだろうか。単に性的な濡れ場を連想するなら、門前払い。クラナッハの描いた裸婦を連想するなら、まだ初級。ダ・ビンチの作品の人物の目線のような芸術性を連想するなら中級。そして、歌舞伎の表現への固執や渇いた人形愛にまで至れば、もうこれは立派な上級者である。澁澤の本を読むとこういう感覚になる。
この本は二章21節と、あとがきから構成され、エロティシズムに関してそれぞれ独立した議論が展開されている。例えば、Ⅱ章7節の「コンプレックスについて」では、なんと34ものコンプレックスが説明されている。別の章で説明されているデカルトコンプレックス(著者が考案)を加えるとこの数字は少なくとも35ということになる。フロイトに親しんでいれば、エディプス・コンプレックス、去勢コンプレックス、女性の陰茎羨望であるディアナコンプレックスまでは普通だと思うが、父親と娘の相姦関係を意味するテュエステス・コンプレックスなどが紹介されていて、なかなかに興味深い。この本のタイトル『少女コレクション序説』から、ラッセル・トレイナーに1969年ころ日本に紹介されたロリータ・コンプレックスを思い浮かべる諸氏が多いかも知れないが、ここでは説明されていない(他の節で触れられている)。ロリータ・コンプレックスを形作る心理学的考察が既にいくつも説明されているからだ。
一生物として進化してきた人間の心理とは、かくも多様なものであるかと改めて感心してしまう次第だ。
どの一小節をとっても、広い知識と著者独自の考察がなされ、また、アドラー、アプダイク、バタイユ、ボナパルト、マルロー等々といった名だたる碩学の考え方も引用され、比較されていて、これはもうエロティシズム学という一学問領域の論文である。珠玉の一冊。

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紙の本偏愛ムラタ美術館

2009/12/30 06:57

-ムラタ偏愛私設美術館はなかなかの兵(つわもの)-

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  ムラタ美術館は、芥川賞作家・村田喜代子氏の私設美術館だ。 といっても、この美術館とは、17編の美術評論が収められた本書のことである。 その「展示」作品の選択基準は、絵画における表現という行為の万能さに快哉(かいさい)を叫ぶことができるもの、とされる。 この美術館に「展示」されている作品の中には必ずしも広く知られていないかもしれないものもある。 ところが、先述の選択基準をクリアして「偏愛」の懐に飛び込んだ美術作品だけあって、どれもが「生」や「祈り」や「感動」を伝えて力強い。 個々の評論は、言ってみればまさに絵画における書評であり、それぞれのタイトルも、作品や作家の特徴を瞬間に捉えた感動をよく表している。
   
  この美術館に収められた17編の評論はそれぞれが一つの展示室のようである。 例えば、そのうちの一つ、「湯布院のナイーブ・アート -東勝吉九十九歳。もう絵は描かん- 」では、齢83歳から絵筆を握った東勝吉氏の作品を紹介する。 正規に絵の教育を受けていない老人の素朴な絵画であるが、その作品は年を重ねることで自然に会得した独自のデフォルメ世界を展開する。 ムラタ美術館は、絵画そのものの評論に止まらず、木こりを生業とした東勝吉氏の生涯、そして晩年を送った特別養護老人ホーム温水園(ぬくみえん)についてまで展示する。 そもそもこの東老人に絵画の世界の扉を開かせた温水園の功績を紹介することも、ムラタ美術館は忘れない。 さらに、ここのお年寄りが病院で亡くなると温水園の園長自ら腕に抱きかかえてホームに連れ帰り、棺に移すといったことにまで言及する。 本書全体に、作品と作者への思い、その作品を生み出した背景が綴られており、ムラタ美術館は従来の美術館の域を超えたなかなかの兵なのだ。 
   
  ムラタ美術館には、アントワーヌ・ブールデル画の白鳥と戯れるレダの絵も展示されている。 言うまでもなく白鳥はゼウスの化身で、見目麗しいレダを誘惑するため、もっと言うと我がものにするために地上に舞い降りてきたのだ。 首の長い白鳥はファルスPhallusの隠喩である。 そもそも房事に係る題材だけに、一般には、白鳥の首のくねり方やくちばしがレダのあごに触れたか触れないかで、これは貞淑に描かれているがこっちはエロチックだなどと間接的に論じられてきた。 その点、ムラタ美術館が選んだブールデルのレダは、性愛表現がもっとバッサリ描かれていてなんとも潔い。 それ故か、この絵のひとつは、本書の表紙にも選ばれている。 ブールデルのハッキリした描き方とムラタ美術館の選択基準から想像するに、本当に表紙に選びたかったのは、本書で何枚か紹介している中の別のレダに違いない、などと勝手に想像したりもしている。 因みにこの展示室のタイトルは、「プールデルのもう一つの愉しみ ―愛の交歓百態―」である。
   
  さて、17編の展示室の中ほどには、北海道の昭和新山の隆起を鬼気迫る迫力で活写した絵も紹介している。 これは、第二次大戦末期の昭和18~20年(1943~1945年)、郵便局長だった故・三松正夫氏が資料として残したものだ。 この溶岩ドームの克明な成長記録図もあり、これは戦後間もない1948年にオスロで開かれた国際火山学会で絶賛されて「ミマツダイヤグラム」と命名された。 後に一連の活動が高く評価され、昭和44年に(1969年)吉川英治賞も受賞している。 ムラタ美術館は、火山の熱で足にやけどを負いながらも観測を続け、洞爺湖温泉を最初に発見しても私欲を追わず、ひたすら滅私の精神をもって科学を追求し、ついには保存のため、昭和新山を土地ごと買い取ってしまった三松正夫という人間像を伝える。 そして、火山活動というダイナミックな地球活動と向き合った三松氏のフィールド研究者の本質にまで迫っていく。
   
  この本をきっかけに、年末も押し迫った冬晴れの日、私は洞爺湖の昭和新山の麓にある三松正夫記念館を実際に訪れた。 館長の三松三朗氏から、「ここは世界で一番小さい博物館ですが、世界で一番大きな屋外展示物があります。」という言葉を直接聞くことができた。 この施設は、「この博物館の宿命といいますか・・・」と前置きがあり、基本的に年中無休なのだという。 この飾らない館長の言葉には、当然ながら火山活動に休みはないという意味もあるが、「科学は万人のものであり、探究心のある来訪者はいつでも喜んで受け入れる」といった確たる信念に基づいたメッセージがあった。 詳細な説明を聞いた後、小さな博物館に並べられた三松正夫氏の貴重な展示物の数々を見て回った。 記念館の外では、澄み切った青空を背景に世界最大の屋外展示物である昭和新山が、随所から真白い水蒸気を噴き出していた。
  そして、私は、ムラタ美術館の展示室の奥の扉を開けて、現実の作品の前に立っていた自分に気づいたのである。

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