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悠悠さんのレビュー一覧

投稿者:悠悠

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私は、その後姿が見たい。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この本を読んで思い出した事があった。小学校の頃だから40年程前のこと。5人兄弟で父は工員、母は行商に、給食費も遅れて納めたり。
その家に年に1度、何処からか、お坊さんが一晩泊めて下さいと来ていた。ある年、朝お坊さんが出かける前に母に袋から一握りの米をだして「お子さんが多く、遅くまで行商に出るのは、たいへんでしょう。この米粒、毎日1人1粒お子さんの洋服に入れて出しなさい」と。母は大事にタンスの底に隠して、私たちが朝、学校に行く時。洋服を直すふりしてパンツの中に入れていたそうだ。
何が有難いんだろう。
自分自身の身体で毎日の行をされ、その作法、技法を残されたものは、国が違っても、時代が違っても繋がるものがある。
今のこの時も、その残されている書物をただの学問ではなく、今の言葉で通訳したのが、この仏教の身体技法なんだと思った。
作法、技法が身体を使い通訳できる、繋がるという事は、経験されたから繋がるという事と思う。
消えてはいけない、伝え残していかなければ、いけないものではないかと思う。
本来この様な生活は、お坊さんの世界がそうだったのでは。
作法、技法の生活をし、私たちの案内人になってほしい。
その後姿をみて生きたい。
母は、米が魔法の米とは、思っていなかったと思う。

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