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  3. purple28さんのレビュー一覧

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先月(2017年8月)

purple28さんのレビュー一覧

投稿者:purple28

70 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本秘密

2004/10/28 19:19

そんな「秘密」だったんですか。

4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 「片想い」を読むにあたり、先にこちらを読んでおいた方がいいとアドバイスをいただきました。

 東野さん、そんな「秘密」だったんですか。

 それが読み終ってすぐの感想です(笑)。この物語の中には、結構たくさん「秘密」が出てきます。その中でも極め付けの「秘密」ですよ。やだなあ、こういうの苦手なんだけどなあ(苦笑)。お互いの気持ちがすれ違う、というストーリーが苦手です。それがラブストーリーの醍醐味なんでしょうが、お決まりな設定なだけに、展開も決まっていて、絶対どっちも辛い思いをするじゃないですか。それが分かっているからそこから進めなくなるんです。本作には、そんな“どきどきはらはら”も満載。ごめんなさい。お腹いっぱいです、と(^^;)。

 妻・直子と娘・藻奈美を乗せたバスが崖から転落。そこから杉田の生活は一変する。最愛の妻を亡くし、事故の唯一の生存者である娘は意識不明。しかし、妻の葬儀の夜、意識を取り戻した娘の体には、妻の意識が宿っていた…。

 映画は見てないのですが、CMか何かで、広末涼子がとても寂しそうな悲しそうな切ないような笑顔を見せる場面があったと思うんす。読んでいる間中、ずっとその笑顔が頭から離れませんでした。当時はそれをなんとなく眺めていただけでしたが、読んでいるうちに、その切ない顔の意味が分かってくるんですね。ああ、切ない。

 気持ちのすれ違いのような“どきどきはらはら”を終えて、結末に近づくにつれ、先が予想されて涙が出るのですよ。でも、しょうがないよね、とか思っていたのですが、最後の最後でヤられました。そうか、「秘密」だもんね、と。ここでは、先ほどとは比べ物にならないくらい涙が出る。1人で読んでいたので、心置きなく号泣しました(笑)。やーねえ、もう、東野さんってば…。


紫微の乱読部屋

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いつまでも飽きずに図鑑を眺めていた子供の頃を思い出します。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 前々から気にはなっていたのですよ、ちょっと特異な表紙イラスト。それは、人類滅亡後、5000万年後の世界で闊歩する“進化”した動物。要は空想の図鑑なのですが(笑)。しかしながら、これがまた、ものすごく説得力がある。というのも、想像は想像でも、ちゃんと進化学や生態学の基本原理に則ったモノなので、ちゃんとした理由があるです。

 はじめの方には、地球の成り立ちから生物の進化論まで、きっちりと、でも分かりやすく説明されていて、これを踏まえからでないと、この“空想の図鑑”の面白さが半減してしまいます。例えば、同じ種が環境などによって少しずつ違った進化を見せる場合がありますよね。で、隣り合う亜種同士は交配可能なんだそうです。が、その両端は交配できない。少しずつの変化が両端では大きな変化となって、同じ亜種でも遺伝上違う生物となってしまうのです。ほかにも、イルカやサメは同じような流線型の形をしているけれども、海棲動物から進化したのはサメだけで、イルカはほ乳類から進化している、と。こういうのを収斂進化というのだそうです。学校の勉強はまったく面白くなかったんですけど、こうやって書かれてあるとどうして面白いんでしょうね(笑)。学校の教科書も、もっと面白く書けばいいのに、と思ってしまいます。

 人類滅亡後5000万年後の地球では、プレートが移動し、大陸の形が変わっています。人間が破壊しつくした自然もなんとか回復した様子で、そこにはその時代に合った生態系が作られているのです。例えば、温帯の森林や草原では、人類時代に繁栄していた有蹄類は人類とともに絶滅。というのも、家畜化されたヤギやウシなどの有蹄類は、大きな環境の変化に耐えることができなかったんですね。そこへ取って代わったのは、人類時代は作物を荒し駆除してもしきれなかったウサギ類。環境の変化に柔軟に対応し、繁殖力も強かったので、場所や気候に合わせて都合よく進化できたんですね。そういった草食動物を捕食する肉食動物には、齧歯類が進化します。簡単に言えばネズミの類いですね。これも、駆除対象動物。常日ごろから厳しい環境におかれているモノだけが生き残れる、と、これも自然の重要な法則なのだと、改めて気付かされます。

 ちなみに表紙のイラストは、コウモリが進化した「ナイト・ストーカー」。ハワイの辺りに誕生した新しいしまに、最初にコウモリが飛来したんですね。天敵もおらず、安定した生活を送るうちに飛ばなくなり、翼は退化。しかし昔のなごりで前脚が発達し、モノなどを掴んでいた後ろ足が、手の変わりをするようになりました。夜行性なので目は退化し、超音波を受ける耳と鼻葉が大きく発達。爬虫類だろうがほ乳類だろうが、見境なしに遅う凶暴な動物となりました。

 こんな感じで、地球全体の動物を、進化の過程などを含めて丁寧に解説してます。添えられたイラストが目を引きますね。子供の頃、飽きずにずっと図鑑を開いていたころを思い出します(^-^)。


紫微の乱読部屋

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“団長の弟子(文化人)”は全国各地に、そしていろんな世界に散らばっているのです。

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 “ハムの人”みたいに、“うどんの人”と呼ばれる田尾さん。帯には、「笑いネタ満載で展開する、超うどんスペクタクル」と。…もう、何がなんだか分かりませんが。うどんとお笑い、どこがリンクするのか。不思議でしょう? でも、田尾さんという人を知っている香川県民ならば、誰も不思議には思わないことなのです。その辺を順序だてて解説してくれているのが、本書(たぶん)。

 今のこの讃岐うどんブームを語るにあたって、まず押さえておくべきところは、このブームの火付け役となった、田尾さんの人となりでしょう。どういう人が、どういう風に、いち地方の名物でしかないものを全国的に広がるブームにまでもっていったのか。気になりますね。その基本となったのが「笑いの文化人講座」です。“タウン情報”という全国的にネットワークされた情報誌があるのをご存知でしょうか。「タウン情報かがわ」(現在は「TJ kagawa」)は、とある会社のもくろみにより、またある種必然的に田尾さんを編集長として、創刊されました。そして、この雑誌の中の一つのコーナーとして生まれたのが、読者からの投稿を掲載する「笑いの文化人講座」。それだけをみると、どこにでもある普通のコーナーなのですが、そこには大きな企みがあったのです。…詳しくは本を読んでね。内輪うけのようなところも見られますが、きっとこの本を読む方々はその辺まで分かっている人ばかりだと思われるので、個人的にはほとんど心配はしてません。

 昔から田尾さんに親しんでいる人なら、今のブームも、田尾さんが大学の教授になってしまったことにも、なんの疑問もないと思います。だって、それなりのことをしてきたんだもの。今も、もっと先を見つめて、新しいことをしかけているはずです。次は何を出してくれるんだろう。その辺、「超麺通団3」で書いてくれるのではないかと、期待してたりして。たぶん出るよ。いや、間違いなく出る。


紫微の乱読部屋

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紙の本ミステリ十二か月

2004/12/02 17:06

ミステリファンはもちろん、北村信者も増えるに違いない。

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 やっぱり北村さんはステキですねえ。今回、新聞掲載のコラムを集約し、さらにインタビューも加えて、とても読みごたえのある1冊になっています。掲載当時と同じカラーで、挿し絵というか版画も掲載されていて、それがまた味があっていいんだわ。それだけでも、じっくり見て楽しんで欲しいです(笑)。

 これだけ長い間ミステリー読みをやってきて、いかに自分が何も読んでいないのか、ってのが分かりますねえ。北村さんの紹介だから、それが絶対的にいい、とかいう話ではなく、私が読んでいない、数ある作品の中から、気持ちを揺さぶられる作品が50も並んでいるわけです。既読の作品すら、“北村さんがこう言うんだから、もう1回読んでみようか”と思うほど。…私は北村信者なのか(笑)。

 そういった、紹介のコラムとは別に、有栖川有栖との対談もあるのですが、それはそれで面白いのですよ。一応紹介したけど、ホントはそれほど面白いとは思ってないんだよね、みたいな話もあって(笑)、なんだか途中から、“ミステリー東西対決”のような感じにもなってくるし(何)、なんだかどの文章をとっても、生きてていい。新鮮というよりは、生きてる。生き続けているって感じ。なので、これから先もずっと読まれ続けるのではないかと思います。


紫微の乱読部屋

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紙の本陰陽師生成り姫

2003/08/08 15:56

いい漢(おとこ)の切ないはなし。

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「博雅は、いい漢だな」
 晴明の口癖である。
 紅をさしたような赤い唇に、うっすら笑みを浮かべる晴明。
 博雅は、照れたように「うむ」と言うか、「そうなのか?」と尋ね、「そうだ」と言われれば、はやり「うむ」と唸るのであった。

 四季の移ろいに心打たれ、美しい月を観ると笛を吹く。感極まると、人目をはばからずにはらはらと涙を流す、心優しき人物。
 源博雅。
 いかに高貴な生まれでも、人を思いやり、世の中を儚み、美しいものを愛でる、愛すべき人物なのである。
 宮中で面倒なことが起こった際に、誰もが相談しやすいのが博雅。
 晴明をして、「お前が俺のそばに居てくれて良かったと思っている」と言わしめるのも博雅。

 ますます博雅に心惹かれてゆく。

 一条戻り橋の下に式神を住まわせているだとか、おそろしい術を使うだとか、誰もいないはずの晴明の屋敷でいつも人の声が聞こえるだとか、さまざまに噂される陰陽師・安倍晴明は、人々の拠り所ではあっても、心置きなく接することのできる人物ではなかった。
 母親は信太の狐だともいわれる、当代きっての陰陽師ともなれば、それもいたしかたないこと。
 そう悟ってはいても、いや、だからこそ、晴明だって求めるのである。
 “いい漢”を。

 晴明と博雅。
 晴明の屋敷の濡縁で2人が酒を酌み交わすとき、ときは静かに流れてゆく。
 あるときは庭に咲く草花を眺めつつ、あるときは露に濡れる草花を眺めつつ、あるときは月を見上げつつ。
 そうして、博雅は晴明に告げる。
「最近俺は思うのだよ。朽ちてゆく草花は、いとおしいものだなあと」。

 いい漢のセリフは、心に響く。
 
 しかし、今回のストーリーはあまりに哀しすぎた。
 晴明が言う。
「誰の心にも鬼は棲むものなのだよ」
 博雅は問う。
「俺の心にも、か?」
「そうだ」
「そうか」
 決して博雅は「俺の心に鬼なぞ居らぬ」とは言わない。
 晴明も、博雅だけを区別するようなことはしない。
 芦屋道満は結末まで悟ったうえで、「人のことには関わるな」と言う。
「人に関わるということは、それは哀しみに関わるということぞ」

 “生成り”とは、女が般若になりきる手前の状態にある存在を指す言葉。
 人であって人でないもの。
 鬼であって鬼でないもの。

 けれど、もとは、人。


 博雅は、心のままに笛を吹き続けている。
 12年前、一人の女性と出会ったときも。
 美しい月に誘われた夜も。
 晴明と濡縁で庭を眺めているときも。
 蝉丸法師の琵琶を聴いたときも。
 鬼を見たときも。
 そして今も。
 博雅は、心のままに笛を吹き続ける。

 かの人が現れ、また去ってゆくまで。


(紫微の乱読部屋)

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紙の本震える岩

2005/03/15 14:20

人はきっと乗り越えられるから。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 大昔に「かまいたち」を読んだときに、一度だけ面識(?)はあるんです、お初っちゃん。

 普通の人にはない不思議な力を持つお初は、南町奉行所の根岸備前守に気に入られ、よくそこへ通っていた。ある日、“死人憑き”の噂を聞いたお奉行は、お初にその調査を任せる。理由も分からないままお奉行に押し付けられた古沢右京之介とともにお初は調査に出かけるが…。

 ちょうどこれを読んでいたころ、「IN・POCKET」で宮部みゆきが特集されておりました。「日暮らし」発行記念ということで、「ぼんくら」と合わせて時代モノのお話。現代モノでは描きにくくなってしまったことを、時代モノの中で描いていきたい−といったようなお話でした。それでいくと、今回は“理不尽”ということでしょうか。この“理不尽”さに対して、登場人物たちはどのように対処するのか。お初は、同心の兄は、右京之介は、お奉行は。

 “死人憑き”から始まるこれらの事件には、それぞれ理不尽さがつきまといます。チリも積もればで、山となったこの理不尽さは、こんなに悲しい事件を起こさなければ昇華できなかったんですよねえ。悲しくて切ない物語ですが、最後にちゃんと救いを残してくれるのが、また宮部のいいところ。

 この物語には2つの特徴があるのですが、まず1つは、お初っちゃんの不思議な力。実は、お奉行には、巷にあふれる不思議な話を書き記すという一風変わった趣味があり、お初の話をよく聞いてくれたんですね。でももちろんそれだけではなく、そこから事件につながることはないかとちゃんと聞いているし、周囲の理解を得られないお初のことを、自分の立場でできるだけ助けている、ということなのです。町人と同心、もしくは岡っ引きがイキイキと活躍するのが宮部作品。これまた元気すぎるくらい元気でいなければいけないはずのお初っちゃんの、心の支えとなるのがお奉行なのです。こんな偉い人は、本来宮部作品にはあまり出てこないのですが、そこはほれ、変な趣味を持たせたりして庶民に近付けてある。

 そしてもう1つの特徴が、時代モノの中にまた“歴史”を組み込んであること。舞台は江戸末期なのですが、そこから遡ること100年。作中からみても“遠い過去”に起こった事件について触れてあります。まあ、ここがいちばん“理不尽”を感じるところではありますよね。

 でも、人はきっと乗り越えられる。

そういえば、どの作品でも宮部は読者にこう語ってくれてますね。時代モノの方がより心に届きやすいのは、人がありのままで生きていない、いや生きていけない現代の物語では、ちゃんと届かないことを知っている、のかもしれませんね。


紫微の乱読部屋

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紙の本沙羅は和子の名を呼ぶ

2004/10/28 10:30

呼ばれた和子は沙羅の名を噛みしめる。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 加納さんは、どうしても思い入れの強い作家さんになってしまうのですが、そういうイメージを持ったままっていうのは、もしかしたらすごい不幸なことなのかもしれません。というのも、「ななつのこ」「魔法飛行」の衝撃が強すぎて、読むたびに、またあの“魔法”を期待してしまいます。なので、どれも「うん。よかった」程度の感想…。魔法じゃないけど、おまじないみたいな「ささらさや」、「掌の中の小鳥」はエッグ・スタンドで呪文をかけられたし、キレイでイタイ「ガラスの麒麟」も、全部好きなんですけど。ま、でも、どれにも裏切られていない、というのは逆にもしかしたらすごく幸福なことなのかもしれませんね。

 さて、本題です。本書は表題作を含む10編を収録した短編集。ミステリーっちゃあミステリーですが、どれも幻想的で、キレイだけどちょっと心がイタイお話。

 いちばんのお気に入りは表題作「沙羅は和子の名を呼ぶ」。基本的に私の人生、行き当たりばったりだけど、それを楽しみながら生きているので、主人公のように、“あのとき、こっちを選んでおけば…”なんてことはないんですが。でも、そう思うときって、誰にでもあると思うんです(私の場合は、単純にメニューなんかに多いんですけど(笑))。でも。それはあまり喜ばしいことではないはず。だから、沙羅が和子の名を呼ぶんです。迷っているから。ずっとずっと迷い続けているから。今も迷っているから。そんな心の隙に突き入られ主人公は、最終的に、その責任を負ったんだと解釈しました。それは沙羅と和子から負わされた“罰”なんだと思います。

 ほかにも、「フリージング・サマー」とか「オレンジの半分」なんかは、女のイヤな面を見せつけられた気がして、ちょっとブルーになりますね。好きですけど。連作ではない短編集って珍しいですよね。加納さんのいろんな世界をたくさん楽しめて、よかったです。


紫微の乱読部屋

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紙の本ホワイトアウト

2003/06/09 15:07

思いの強さが精神も肉体も凌駕する。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 不機嫌な顔をして、文庫本を読みながらの電車通勤。ぎゅうぎゅうに詰め込まれた上、まだ入ってくる人間に押されながら、それでも本を読むスペースだけは確保する。そんな毎日。
 その日もいつも通り、不機嫌な顔をして本を読んでいたはず。
 けれど、いつしか電車の中にいることを忘れていた。
 不意に鼻の奥がツンと痛くなり、思わず涙がこぼれた。
 ちょうど真ん中あたり。富樫の行動を、長見署の副所長が涙声でねぎらう場面。思い出しても目が潤む。
 自分が本を読んでいる状況を忘れ、涙を流した作品はこれが初めてかもしれない。

 読み始めたのは、5月も中ごろ。ちょうど暑くなり始めたころだ。
 冬山になんて登ったことはない。温暖な地方で育ったので、冬でも雪が積もることは稀で、スキーすらしたことがない。豪雪の凄さは映像でしか知らない。
 しかし、読み進んでいくいちに、背筋が凍るほど寒い思いをすることがあった。
 風の音。雪を踏む音。耳元で鳴るフードの音。
 目を閉じるとすぐそばで聞こえるような気がする。
 そんな想像の中で、木々がしなり、氷が鳴き、水が流れ、ツンと寒さが身にしみる。
 貧困な材料しか持っていなくても、充分感じることのできる過酷な状況の中だからこそ、富樫のとった行動に感動したのだと思う。

 先日神戸で、3人の消防士が殉職した。現場で同僚が涙を流す姿が心に痛かった。
 生命を救うことを職業とする人たちは、自分の命を惜しんでいては仕事にならない。何よりも人命優先。彼らの判断は間違いではなかった。
 同じ消防士がそう語っていた。

 富樫の仕事はダムの運転員。雪山での遭難者を助ける必要はない。
 けれど富樫は、ダムの運転員である前に、“山男”でもあった。
 山に登る者として、遭難者を見捨てるわけにはいかない。
 ましてや地の利のある自分たち以外に、今そこにある生命を助けられるものはいない。
 その判断は間違っていなかったと思う。
 一緒に救助に向かった仲間が亡くなったのは、事故だ。
 それでも富樫は自分が許せなかった。

 テロ集団にダムを乗っ取られたとき、富樫は自分の“やるべきこと”を考えた。それは、ダム運転員としての仕事でもなく、山に登る者としての約束ごとでもない。
 自分が死なせた仲間の婚約者を救うこと。そして、彼女にその男の死に様を伝えること。

 何度も何度もくじけそうになる。極寒の中、テロなどという違う世界の敵と対峙するということ自体、無理な話なのだ。
 富樫はスーパーマンでも、正義のヒーローでもない。
 ただの、ダム運転員。

 もう後悔したくない。
 その一心で行動する。
 そんな富樫の気持ちは、届いたと思う。

 だからラスト部分、また電車の中で泣くことになったのだが。

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紙の本嗤う伊右衛門

2003/04/25 11:10

最上の愛のカタチ。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 伊右衛門はとても誠実な人でした。
 岩はとても素直な人でした。

 梅は可愛い人でした。
 喜兵衛は寂しい人でした。

 一番悲しい思いをしたのは、もしかしたら又市かもしれない。皆の心が分かるが故に、その結末もまた分かってしまう。
 どこかで誰かがボタンをかけ違えてしまったような。けれど、その誰かがかけ違えなくても、次の誰かがかけ違える。−−宿命なのかもしれなくて。

 京極夏彦の作品はいつも張りつめている。深淵を覗いているような、覗かれているような。どこまでいってもほの暗い闇が消えることはなく…。

 それぞれが最良の道を選んでいるのに、それが最も悲しい結末を生むなんて。
 ただ、伊右衛門と岩にとっては、これが最上の愛のカタチなのかもしれないと思った。それだけが唯一の救い。

 ここで、初めて闇が消えた。最初で最後なのだけれども。

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紙の本Star egg

2004/12/17 19:00

真っ先に、2歳の姪と一緒に読みたいと思いました。

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 森博嗣の描く絵本、ということで手にしてみました。帯には“親子で、恋人と4倍楽しめる”なんて言葉も踊ってますが、4倍どころじゃないと思います。自分の成長に合わせて何度でも、繰り返し楽しめ、その度ごとに違ったことを感じることができるでしょう。

 実は私、森博嗣は人間愛を語れない、なんてことを思っていたのです(笑)。しかーし、その考えはすぐに壊されましたね。秒殺でした。なんてハートフルなのでしょう。なんて深い愛なんでしょう。そして、やっぱりユーモアにも溢れていました。

 森博嗣は理系の香りがして苦手、という方には、「スカイ・クロラ」よりも、まずこっちを紹介すべきかも。絵本なのですぐ読み終わるし、ちょっとでも興味があるなら、ぜひ。


紫微の乱読部屋

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紙の本ダ・ヴィンチ・コード 上

2004/09/02 14:04

子供の頃に感じたあの“どきどきわくわく”を、大人になっても感じられるとはっ。

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相当なボリューム、意味深な装丁、魅力的な“謎”を思わせる帯…。
これだけ全身で誘われて、断れるわけがない(笑)。
苦手な翻訳モノだし、持ち運びに不便なハードカバーだし、なかなか進まないことを予測して読み始めたのだけれど、なんのなんの。あっという間に読み終ってしまいました。
で、読了直後の感想は「インディ・ジョーンズ 最後の聖戦」(笑)。ひと言でまとめると、これに尽きます。

日本人としてはあまり馴染みのないキリスト教の深部に関する“謎”。いくら奥が深くても、「ふ〜ん」で終らないのがこの作品の面白いところです。
宗教としてのキリスト教だけではなく、宗教学や歴史学、そして美術・芸術といった学問的な面からもアプローチしていくので、“なか”からではなく“外”から客観的に眺められるという仕組み。
また、主人公・ラングドンが象徴寓意図像学者、中心人物となるソフィーが暗号解読のプロというのも興味深い。“暗号解読”というと本格っぽく聞こえますが、スケールがでかい。あまりに大きく広げ過ぎた風呂敷をどうするのかと思ったら、きっちり全部拾って美しくまとめてあるのもすごいです。

事件の発端は、ルーブル美術館館長ソニエールの死。しかし、それはあまりに異様で、フランス警察はたまたまパリに来ていたハーヴァード大学教授で象徴寓意図像学者のラングドンに捜査協力を求める。彼が呼ばれたのにはわけがあった。ソニエールの死体は、グランド・ギャラリーでダ・ヴィンチの最も有名な素描「ウィトルウィウス的人体図」を模していのだ。しかし、現場に駆けつけたソニエールの孫娘で暗号解読官のソフィーは、一目でそれが自分あてのメッセージだと気付き…。

ソニエールの死体発見から、一応の決着が付くまで、正味12時間かかってないんですよね。その短時間の間にあれだけのことが起こるなんて! 歴史の謎あり、アクションあり(笑)、そして人間ドラマあり。盛りだくさんの内容ですが、飽きさせず、最初から最後まで変わらないスピードで、気持ち良く駆け抜けさせてくれます。
あまりにも過酷で、壮絶な一面を持つストーリーですが、登場人物の“心”に救われます。意外な展開の多いストーリーなのですが、最終的にそういった人たちも、心根はとても優しい。それが、人間本来の優しさであり、主より与えられる許しなのかなと思ってみたり。

インディ・ジョーンズは考古学的な謎を追う冒険家の話ですが、父親をからめた“親子の絆”も描かれてますよね。「ダ・ヴィンチ・コード」にも、そういった人と人とのつながりや絆が描かれています。内容はまったく違うんですけど、そういった意味でも似てるな、と。


紫微の乱読部屋

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喜多嶋洋子からの贈り物。

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 幼いころ、大地に包まれて生きてきましたか? 自然とともに楽しんできましたか? 季節の移り変わりを喜び、ときには嘆き、風を感じ、生命に触れて生きてきましたか?

 田んぼとため池以外、なんにもない田舎で育った私。春は草花と戯れ、夏は水に浮かび、秋は実りに感謝し、冬はこたつでみかんを食べる。周りはそんな超自然児ばかり。それが普通で、世の中の子供というものはみんな、そういうものだと思っていました。
 本物の蛍を見たことがない大人、買うのが当たり前のカブトムシ。実際にそれを目の当たりにしたときのショックといったら…。と同時に、いかに自分が恵まれていたのか、幸せな子供時代を過ごしたかを実感しました。それはやっぱり、故郷を離れて分かるもの。
 「天使の羽音」は、私にとって、田舎で過ごしたそんな過去をまざまざと思い起こさせる一冊となりました。

 ロサンゼルスの郊外。大自然に囲まれた喜多嶋家の庭に、山鳩が巣を作る。仲むつまじい夫婦は卵を温めはじめるが、蛇に襲われ力尽きてしまう…。
 山鳩の親たちに代わって卵を孵してやろうとするところから、この物語は始まります。山鳩との生活を通して伝わる、喜多嶋家のなんと温かなこと! 
 動物を育てるということは、楽しいことばかりではありません。悲しいこと、辛いことにも直面し、ときたま自然の驚異にさらされることもあります。でもそんな中で確実に、人は学ぶことがあるのです。

 人間はこの大きな自然の中で生かされている−。

 それに気付いたとき、少し物の見方が変わるのではないでしょうか。
 自然が当たり前のようにあって、その中でのびのびと生活することは、少し難しくなってしまった日本ですが、それでも積極的に自然と触れ合うことはできるはず。自然の大切さだけでなく、今自分が何をしなければならないのかを真剣に考え、自分と向き合うこと、そしていちばん身近でいちばん大切な家族と真剣に向き合うこと、その大切さに気付かせてくれます。

 喜多嶋洋子は本作が絵本作家として初めての作品。文章に拙さは残るけれど、温かで愛情溢れる人柄をそこかしこから感じることができます。
 絵本というよりは、イラスト入りのエッセイと考えた方がいいかも。絵より文章の方が多いし、ページ数も多いので、子供にはぜひ読み聞かせてあげてほしいものです。


紫微の乱読部屋

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紙の本魔法飛行

2003/11/04 18:36

理由の分からない焦燥感。その正体は“魔法”。

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 読み終わって、いてもたってもられなくなった。
 「何をやっているんだろう」
 「何をやりたいんだ? 自分」
 「何か、やらなきゃ」
 ひたすら焦る。焦っているだけ。
 何も見えない。何も分からない。

 ただ、魔法にかかっただけ…。


 「ななつのこ」の続編。今回は、駒子が物語を書くことになる。
 駒子の見る風景は、迷いや悩み、感情をダイレクトに伝えていて、ときに痛く、ときに温かく、どれも自分の感情のように生々しく心を揺さぶる。
 特別な事件などではなく、“日常”なのに。
 いや、日常だからこそ駒子にシンクロする…。

 舞城王太郎の「煙か土か食い物」を読んだときも、いたたまれない気持ちになった。感情が抑えられない、止まらない。
 けれど、それとはまったく違う気持ち。感情。…感動。

 私も、何かをしなくちゃいけない。
 そんな理由のない焦燥感に駆られる。

 自分はもちろん駒子ではない。駒子に近いとも思わない。
 けれど、シンクロするということは、少なからず駒子に近い部分があるのだろう。
 例えば、19歳という年齢。“子供でも大人でもない”時期。
 間違いなく、そういう時代を過ごしているという事実。
 一気にその時代にまで気持ちが戻ってしまう。
 これは、魔法に違いない。

 若木未生の「グラスハート」を読んだとき、こんな気持ちになった。
 駒子と同じ年齢の頃。
 主人公は高校生の女の子。駒子とは随分タイプは違うけれど、でも、間違いなく、私はこの主人公と同じ気持ちを持っていた。

 現在の仕事を選んだきっかけとなったのは、1人の女性音楽ライターの存在。
 彼女の書く記事は、やはり彼女の目を通しているわけで、そこには彼女の感情・感激が詰め込まれている。
 その“世界”に憧れたのも、駒子と同じ年齢の頃。

 今は自分なりの生活を確保しているはずなのに、まだ何か足りないのか。
 いや、満足していはいけないというシグナルかもしれない。

 それならば、しばらくこのまま、魔法にかかったままでいよう。


(紫微の乱読部屋)

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おいでませ。

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 昨年原宿に「はなまるうどん」ができて以来、空前の“讃岐うどんブーム”となっている。その火付け役となったのが、コレ(間違いなく)。

 何を隠そう(別に隠してはいないが)、私は香川県出身である。
 小さい頃はうどんがおやつだったりした。近くのお店にうどん玉を売っていて、それをそのまま食べるのだ。醤油をかけてもうまい。
 中学生の頃、近所のスーパーの一角に、「100円うどん」なるコーナーがあった。文字通り1杯100円だ。部活を終え家に帰る途中に立ち寄る。天ぷらなどのオプションを取ると晩ご飯が食べられなくなるので、うどんだけで我慢する。
 給食には週に1度うどんの日がある。
 高校の学食には当然うどんがある。もちろんセルフだ。どんぶりにうどん玉を入れてもらい、自分で湯通しし、だしをかけ、トッピング(かつおぶしやネギ、天かす、しょうがなど)を施す。150円也。
 社会人になってからも、昼食は1週間のうち3日はうどん。それ以外に、晩ご飯でうどんを食べることもある。休日の昼は、平日には行けないうどん屋を狙い撃ち。さらに、週末は1日で3件ほどまわる“うどんツアー”を行ったりする。
 以上が元香川県民(私)の生活。他の香川県民とも大差はないはず。

 そんな“うどん大国”にありながら、それこそ“穴場のうどん屋巡りツアー”などがはやり始めたきっかけが間違いなくこの本なのだ。
 当初の出版元であった「ホット・カプセル」という会社は、「タウン情報かがわ」という情報誌を出版するところで、「笑いの文化人講座」という本も出し、ごく一部に香川ブームを巻き起こしていた。そこに輪をかけて、本格的に全国に香川の文化を知らしめたのが「恐るべきさぬきうどん」。

 とにかく元県民にとってはなつかしい。その語り口、方言に触れるうち、思考もすっかり讃岐弁に戻っていたりして。
 なによりいいのが、本当に讃岐うどんのことを分かっている人が書いていること。過去、テレビ番組や一般の雑誌などで特集されていたりしたが、どれも納得できたためしがなかった。それは讃岐うどんフリークなら誰もが思っていたはずである。
 しかし、この本はグルメ本ではない。うどん屋の情報誌でもない。
 では何かというと、讃岐うどん文化を伝えるフィクションである(と思う)。麺通団の面々が、どのようにして衝撃のうどん屋と出会い、どんな情報交換をし、どうやってその文化を伝えていくかを模索する(そんな大げさなものではないが)。
 「恐るべきさぬきうどん」が全国的に受け入れられたのには、内容の面白さがまずある。“麺通団”というあやしい集団に魅かれ、中でも団長のT尾さんの人柄に魅かれる。その人たちが紹介するうどん屋がまた魅力的なのだ(紹介の仕方が面白い、とも言う)。
 周辺の環境や情緒、人の気持ちを含めた正確な“うどん屋情報”がそこにはある。どんな詳しい情報誌よりも、テレビ番組よりも、いいかげんな地図しかなく、お店の紹介よりもその店の噂や店主、そこに集うお客のことが詳しく書かれてあるこの本の方が、香川のうどん屋のことが正確に伝わる。

 まず、本書を手に取ってください。読んでみてください。そして、興味がわいたらぜひ香川で本場のうどんを味わってください。この、“香川で”というのがかなり重要なのだ。
 ちなみに、本書には讃岐弁が多用されているので、分からない点はお近くの元香川県民に尋ねてみよう(イントネーションも要注意なのだ)。

 あー。おいしいうどんが食べたい。…香川に戻ろうかな。

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紙の本秘密 トップ・シークレット 1

2003/06/24 12:02

本当は見てはいけないモノ。

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 2055年、MRIとう捜査方法が初めて採用される。
 MRIとは、死亡した人物の脳に残された視覚の記憶を再生すること。その人物が、どういう想いで何を見ていたのかが分かるというもの。死の直前に犯人を見ていれば重要な手がかりになるし、犯人の脳を見ることで犯罪の全てが分かるのだ。
 一見、画期的な捜査方法のように思える。
 けれど、死者の脳を見ること=プライベートを暴くこと。
 トイレも風呂も寝室も、全てを捜査官によって暴れてしまう。

 知らない方が幸せだということはよくある。
 けれど、人は知りたいという欲求に勝てないことが多い。
 それがつまり真相へとつながることにもなるのだが、往々にして知らなくてもよいことまで分かってしまう。
 全て真実ではあるのだが。

 全てを知ることは、本当に必要なのだろうか。
 知りたいという欲求のためだけに、他人のプライベートを暴くことは、そんなに大切なことなのだろうか。
 本当は見なくてもいい、いや見てはいけないものなのだと思う。

 この作品には、知らなくていいことまで分かってしまう哀しさを違った形で現した2話が収められている。
 知ってしまったら、その記憶を消すことはできない。
 どう折り合いをつけて今後その“真実”と付きあっていくのか。
 続きが楽しみでもあり、辛い気もする。

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