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先月(2017年4月)

heizo64さんのレビュー一覧

投稿者:heizo64

7 件中 1 件~ 7 件を表示

紙の本上京ものがたり

2004/11/29 22:46

西原理恵子は世界を救えるか?それは分からないが私は救われた。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 あなたはどうしようもない自己嫌悪を感じてすべてが嫌になったり、生きる力が減退してしまったりすることがありますか?

 そんなことないよと言うのなら、あなたにとって西原理恵子はほとんど必要がないかもしれない。

 私にはそんな時がたまにあります。だから私には西原理恵子はとても必要なものなのです。なぜなら西原理恵子の作品は、生きていくための薬、精神安定剤みたいなものだから。

 これまで西原印の薬には「ぼくんち」という特効薬がありました。とてもよく効く薬なのですが、その分副作用も強い。その作品世界にどっぷりと浸かってしまってなかなか抜け出せなくなってしまう。余りに描かれた世界が救いなく、情けなく、涙なくして語れぬものであり過ぎるのです。だからこそ、西原理恵子の最高傑作でもあるのですが。

 では、この「上京ものがたり」はどうでしょうか。「ぼくんち」ほどの劇薬ではありませんが、充分その薬効を期待できる作品であると言えると思います。

 このものがたりは、西原理恵子の自伝的要素をふんだんに盛り込んだ作品であり、ひとりの少女が漫画家として成功していくサクセスストーリーとなっています。本来、サクセスストーリーとしての自伝というのは、自慢話臭が漂う嫌味なものとなりがちですが、この作品はうまくその嫌らしさから身をかわすことに成功しています。それは、駄目な人間に満ち溢れたこの作品の中で、作者が「私」(少女)もその他の駄目人間も同じように突き放して眺めているため甘い感傷とは無縁であるからです。「私」自身もどうしようもない駄目人間であることを知っているのです。その醒めた認識が無反省な自己肯定から「私」を救っています。
 そんな救いのない人間の駄目さ加減を描いていながら、この作品は読んでいる私に救いを感じさせてくれます。それはたぶん、作者が駄目な人間を切り捨てることをせず、救いようのない馬鹿らしさの中にある「やさしさ」を決して否定しようとしていないからです。また、「私」が働いていたミニスカパブの同僚である「葉美ちゃん」のような「まっとうな善意の人」の存在も、どうしようもない世界を救ってくれています。
 「上京ものがたり」には「ぼくんち」のような人間かそれ以外かの境界線上に生きるような最底辺の人々は出てはきませんが、登場人物の大半はロクな人生を歩むことはない人たちです。でも、西原理恵子はその人たちを切り捨ても無視もしない。「どうしようもないなぁ」とやさしく突き放すだけです。この自分を含めた人間を突き放して見られる目が「私」(作者)を駄目な人生から成功へと導いたような気がします。

 私は西原理恵子の全ての作品を読んでいるわけではないので、厳密には言えませんが、この作品の「私」を描くタッチはこれまでの作者にはあまり見られなかったもののように思えます。特に、人に認められ、自分を自分で認められた時の喜ぶ「私」の姿。こんなに手足の細長い自画像を西原理恵子はほとんど描いていないのではないでしょうか。

 そんなにもこの喜びは大きかったのだろうし、それを表現するにはこれまでの描き方では物足りなかったということなのでしょう。こんなにも両手離しで喜びを表現する西原理恵子を他に知りません。

 この本は読む者に喜びを感じさせます。多くの苦味とともに。

 良薬は口に苦し。


 
 

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紙の本文庫本福袋

2004/12/12 16:48

3割打者・坪内祐三を読むために今週も『週刊文春』を買ってしまう。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 毎週『週刊文春』を買う。時事ネタの記事にはあまり興味はないので、最初の方はほとんど読まない。では、何を読むかというと、連載コラムや書評である。『文春』はコラムと書評が充実しているのがいい。
 例えば、小林信彦『本音を申せば』、高島俊男『お言葉ですが…』、その他にも椎名誠や林真理子に中村うさぎといった人気作家のコラムやエッセイがずらりと並んでいる。そして、なにより坪内祐三の『文庫本を狙え!』がある。

 生来の怠け者のせいか、雑誌の連載をきちんと読むのが苦手で、大好きな小林信彦のコラムや文庫本でまとめて読むたびニンマリするほど面白がっている『お言葉ですが…』さえ、ちょっと興味からはずれる話題の時は、読まずに飛ばしてしまうことさえあるのに、『文庫本を狙え!』だけは、毎回欠かさずに目を通している。ひどい時になるとこの僅か1ページ(正確に言えば、右側に広告が入っているので、4分の3ページ)のコラムだけ読んで後はいつのまにかゴミ箱行きになることさえあるのだ。つまり、坪内祐三を読むためだけに1冊の週刊誌を買っていることになる。なんという贅沢。

 その『文庫本を狙え!』の2000年(172回)から2004年(365回)までを集めた1冊が「文庫本福袋」である。「シブい本」、「文庫本を狙え!」とこのコラムを収録した単行本を堪能してきた者としては逸することのできない本である。一気呵成に読んだ。約500ページに渡って語られる文庫本の海に溺れ、漂いながら楽しい時を過ごした。

 この本は、ジャンル分けをするならば「書評本」ということになるだろう。いい書評の基準はいろいろあるが、(1)引用(もしくは内容の要約)が上手い、(2)読んだ後にすぐ本屋に行きたくなる、の2点は欠かすことはできない。坪内祐三はどちらも見事。
 (1)の代表例は、高橋義孝「私の人生頑固作法」の書評だろう。高橋義孝の『春の弥生は』というたった3ページのエッセイをその3分の1で巧みにまとめてみせる。小林信彦「面白い小説を見つけるために」の項で、小林信彦がバルザックの「ラブイユーズ」の粗筋を説明する手際の良さを坪内祐三は賞賛しているが、同じ言葉を贈りたい。
 (2)では加藤郁乎「後方見聞録」が代表格。「そのあとで、『矢川澄子の巻』に目を通すと、たぶん誰しも、心がひどく動かされることになるだろう。」という最後の一文を読んだら、すぐにでも本屋へ行ってそのページを読みたくなる。実際に、本屋で手に入れて読んだときの衝撃は今でも忘れられない。

 「文庫本福袋」を読み終わり、目次を開き、このコラムを読んで買った本の数を調べてみた。全194冊の紹介本のうち、購入本は49冊。打率にすると約2割5分である(ただし、読む前に購入していた本を合わせれば3割くらい。自分と趣味の合う書評本を読む楽しさはまた格別だ)。これを少ないと見る人もいるだろう。だが、打率10割なんて書評本があったら、それこそ家計を圧迫する悪魔本となる。この「ホドのよさ」も坪内祐三の技として味わうべきだと思う。

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紙の本袋小路の休日

2004/11/14 21:25

小林信彦が文芸文庫に登場

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「海」という文芸雑誌があった。大学時代唯一毎月購入していた雑誌だった。初めて買ったのは1983年6月号。この号から小林信彦による自伝的東京論「私説東京繁昌記」の連載が始まり、それを目当てに手に入れたのがこの雑誌との出会いであった。高度経済成長による東京の「街殺し」を自分の半生を振り返りながら描き出したこのエッセイから遡ること数年前、作者は同じ「海」誌上で、連作短編小説を発表していた。それらを中心にまとめたものが「袋小路の休日」である。この短編集を読めば、小林信彦がなぜ「私説東京繁昌記」を書かねばならなかったかがよく分かる。別の言い方をすれば、このエッセイを傍らに置きながら『路面電車』や『街』といった作品を読むことで読者はより深く「袋小路の休日」を味わうことができるだろう。もう少し「海」に出会うのが早かったら、もっと早く「袋小路の休日」の作品たちを読むことができたのにと残念に思うが、長らく絶版となっていたこの短編集が講談社文芸文庫に入ったことで、ちくま文庫の「私説東京繁昌記」とともに現在読むことができることを喜びたい。「袋小路の休日」所収の作品が文芸雑誌「海」において書かれた理由については坪内祐三の力の入った解説に詳しい。参考資料として収録されている色川武大による中公文庫版解説とともに目を通すことをお勧めしたい。ともに小林信彦を理解する2人による素晴らしい解説のお手本ともいえるものになっているので、是非。また、巻末の年譜は作者による自筆年譜となっている。小林信彦好きにはこれだけでも買う価値のある本だと思う。

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紙の本恥ずかしい読書

2004/12/25 23:04

本好き・読書好きにオススメ。本好きでない人はこの書評も読まないんだろうな、きっと。

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ポプラ社の本を買うなんて何年ぶりだろう。
 「ポ、ポ、ポプラは少〜年探偵団!」の歌で名高い(すみません、嘘です。今作りました)ポプラ社の少年探偵団シリーズやホームズ全集、ルパン全集で本を読む楽しみを知った子供がどれだけいたことか。図書館で借りた怪人二十面相モノを学校からの帰り道に読みながら歩いて帰ったなんてこともあったな。こんなことを言うと年齢やお里が知れるので恥ずかしいのだが……。
 そう、永江朗「恥ずかしい読書」(ポプラ社)なのである。書評家・評論家として最近精力的に活動している筆者が、ポプラ社のwebサイト「ポプラビーチ」上で連載していたものを中心にまとめた読書エッセイ集。サイト上でも目を通していたものの、読書に関してはアナクロ人間である私としては、やはり本の形で読みたいと思っていました。元書店員である筆者は、現在の構造不況の中を書店がいかにして生き残っていくかという問題を自分の仕事の中心部に置いて活動している人なのでやはり本という形で出版することを選択したのでしょう。おかげでこうして本として読めるわけです。
 この本で筆者は自身の読書に関わる様々な話題を取り上げています。
 まず、歯磨き読書。歯磨きしながら(なんと30分も!)難しい思想書を読むそうですが、これは無理。歯磨き粉を少しにしても、私なら3分もすれば口から泡があふれ出して止まらなくなりますから。
 それから、筆者は本を手にすると帯もカバーも全部はずし、裸にしてから読むとのこと。そうすることでカバーをしたままでは気付かない隠れた部分にまで神経を使った本作りに触れることができるという効用を語っています。それならばと、筆者に倣って白いカバーを取って裸にした本をカバンにつめて出かけてみる。本体は深みのある朱色でなかなかいい色合いではあるが、特にイラストや意匠がほどこされているわけではない。この本を読んだのはちょうどクリスマス。街にはサンタクロースがあふれている。そこでハタと気がついた。白いカバーと赤い本体、これってサンタの衣装の意匠なのではないか(シャレではありません)。発行日は12月1日だから、たぶん意識していると思いますね。いや洒落ています。
 読書エッセイで必ずと言っていいくらい出てくるのが、現代人の活字離れ(読書離れ)の話題。もちろんこの本にも出てきます。永江氏は、本を読まない人が理由として挙げる「忙しい」、「お金がない」を理由にならないとバッサリ切り捨てる。いつも本を持ち歩いていれば、駅のホームや電車の中といった場所で結構本は読めるし、ブックオフや図書館を利用すればお金はほとんどかからなじゃないかというわけだ。まさにその通りだと思うのだが、いったい筆者は誰に向って言っているのだろうという疑問が浮かぶ。読書好きでない人は、ベストセラーや雑誌は手にしても、この手の読書エッセイはまず読まない。読書エッセイを読むのは本好きの人間がほとんどである。ここに読書エッセイのジレンマがある。本好き、読書好き相手に読書の効用を語ってもあまり意味はない。自分から読書エッセイを買う人は、ほっといても本を買い、読む人なのだから。
 では、読書好きはなぜ読書エッセイを読むのか。それは言うまでもなく、楽しいからです。そこに書いてあることが自分のやり方と同じであればうれしいし、違っていてもそれはまたそれで楽しい。とにかく、私などは時折、本そのものを読むことよりも、本を読んだということを読むことの方が好きなのではないかと自問することがあります。もうビョーキですね。これは。
 ということで(どういうことだ?)、この本は本好き・読書好きには楽しいオススメの一冊です。ただ、この本は読書好きをますます読書好きにしてくれるけれども、読書嫌いの人を読書好きにするためにはどうやってこの本を読ませたらいいのだろう?

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紙の本侵入者

2004/12/23 23:36

質は高いが、本来の居場所はここじゃない作品たちが寂しい。

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 表題作『侵入者』を含む文庫オリジナルの中短篇集。

 この本を読んで、日本という国は本当に民度の低い国だなと嘆きたくなった。
もちろん内容のことではない。小林信彦という稀有の同時代作家をこのような形でしか遇することができないこの国に腹立ちを覚えたのだ。

 中篇『侵入者』は〈1時間文庫〉という単行本シリーズの1冊として10年前に刊行されたが、その後これまで文庫化されることなく放って置かれた作品。巻末の自作解題で作者はこの作品について「知り合いの純文学編集者が新しい会社(メタローグ)をおこすので、百枚の中篇を書いてくれないか、というのです。」、「依頼した編集者は、さっさと会社を辞め、やがて、この世を去ってしまいました。」と語っている。この編集者とはヤスケンこと安原顯。彼の死でこの作品は文庫化されず宙に浮いていたわけです。作者自ら〈ワン・アイデアもの〉と呼ぶような、読者を驚かせるヒネリのきいた〈人間くさいサスペンス小説〉。単行本での初読時にはまんまと作者の仕掛けにハマッてしまった。ネタを知っている今回の再読でも作者の仕掛けを確認しつつ、〈人間くさいサスペンス〉の部分を堪能して楽しく読んだ。「袋小路の休日」(講談社文芸文庫)所収の短篇『街』で描かれた町殺しと不審者に対する不快感や違和感をこのような形で変奏させる作者の技と時代の先を読み取る感覚の冴えにうなった。

 『雲をつかむ男』は、先頃世間を賑わした視聴率不正操作事件の犯人が参考にしたと噂になった作品ということで入ったのだろう。もともと単行本「唐獅子株式会社」(作者の弟である小林泰彦のイラストレーションが最高)に続編『雲をつかむ男ふたたび』とともに収録されていた。その後、同傾向の〈おかしな小説〉を集めた文庫オリジナル「中年探偵団」(文春文庫)に収められたのだが、現在絶版となっている。できれば続編とともに読んで欲しい。そうしないと野尻課長がどんどんとブレイクしていく面白さが充分味わえないから。

 単行本・文庫本含めて初収録となる『尾行』と『話題を変えよう』はありがたい。『侵入者』が表の売りなら、この2作は裏の売り。

 『悲しい色やねん』は同題の新潮文庫表題作であるが、これも絶版。ここに出てくる大阪の落語家・桂馬と小説家の「私」との微妙な距離感は作者独特のもの。この2人の関係は後に「天才伝説 横山やすし」や「おかしな男 渥美清」といったポルトレで描かれる彼らと作者の関係の見事なショウケースとなっている。

 オオトリに控えている『みずすましの街』が、この本の核だといえるのではないか。作者自身「あがりの良い中篇」と自賛するだけのことはある傑作。戦中から戦後にかけての作者の自伝的要素を盛り込みながら、清さんという架空の〈のりやすい人物〉を生き生きと描き出した。こういった人物を書かせたら小林信彦の右に出るものはいないでしょうね。この〈のりやすさ〉を日本人全体の中に見たことによって長編「僕たちの好きな戦争」の世界が現れたのだろう。
 この『みずすましの街』は単行本「夢の街 その他の街」に収録された後、東京と横浜を舞台とした自伝的短篇を集めた文庫オリジナル「家族漂流」(文春文庫)に収められたがこれも絶版である。その他にも文春文庫は質の高いユーモア傑作選の「笑いごとじゃない」を絶版にしているのだ。

 作品集「侵入者」は、収められている作品は素晴らしいのだが、このような形でひとつにまとめられるべき必然性はないと思う。本来の居場所を絶版によって失った作品が仕方なしに肩を寄せ合っているように感じられてしまうのが寂しい。

 ベストセラーとまでは言わないが、小林信彦の本が版を重ねるくらいに売れる国であるなら日本もまだ見所のある国だと思えるのだが。

 

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UK77

2004/12/18 22:47

手にズッシリとくる写真集。大竹伸朗の写真は「物」のざらりとした手触りを伝えてくれる。

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 人はどのような理由で写真集を買うのだろう?

 例えば、ヘアヌードやグラビアアイドルの写真集を買う目的というのはそんなに沢山は思いつけないのであまり疑問には感じない。しかし、他のジャンルの写真集の場合は、想像が及ばず不思議な思いに襲われる。それは、自分がほとんど写真集を買わない人間だからだろう。

 そんな私が大竹伸朗「UK77」という写真集を購入した。この本を買う人は、大雑把に3つのタイプに分類できるのではないか。『大竹伸朗』で買う人(画家である作者に興味がある人)、『UK』で買う人(英国に興味がある人)、『77』で買う人(70年代に興味がある人)の3つである。もちろん、それらすべてに関心がある人も当然いるだろうが、そのうちのどこに力点があるかはやはり人それぞれ微妙に違っているはずである。では、私はどうかと言えば、『UK』派だ。

 8年前に初めて英国に行き、ロンドンに1ヶ月程滞在した。それ以来、ロンドン好きとなってしまったのだが、「倫敦に行きたしと思へど、倫敦はあまりに遠し」というわけで、この冬も彼の地へ行くことができない憂さをこの本で晴らそうというのが購入理由である。ロンドンへの航空運賃や宿泊費を考えれば、7000円+税もそう高いものではない(と自分に言い聞かせている)。しかも、行くことのできなかった1977年のロンドンへのタイムトラベル代込みの値段であるのだからお得だ(と自分へ念押し)。

 大竹伸朗は22歳の時に大学を休学して、渡英。中古のニコンFと50本程のモノクロフィルムに少しのカラーフィルムを携えていた。その1年に渡る滞在期間に撮った写真と描いた絵とノートに貼ったマッチラベルや菓子の包み紙などのコラージュからなる写真集(正確には作品集と呼ぶべきだろう)が「UK77」である。粒子の粗い白黒写真がいい味を出している。人々の後姿や商店のショウウィンドを取った写真が多い。人の写っていない何ということのない街路や家並みを撮ったものが個人的に好きだ。自分の撮った写真にも無人のスナップが多いからかもしれない。白黒写真とモノトーンのスケッチの中に時折挟まれるカラフルな包み紙のコラージュが目を驚かす。数葉載せられているカラー写真の色あせた風情がまたいい。旅立てぬ憤懣を晴らす写真集としてこれまで愛用してきた沢木耕太郎『天涯』とはまた違うよさがある。

作家・沢木耕太郎の写真が「物語」を写していると感じさせるのに対して、画家・大竹伸朗の写真は「物」そのものを撮っていると感じられるためいい意味でざらりとしている。「靴」という物に対する偏執ぶりがその好例だろう。

この人の文章にも独特のざらり感がある。興味のある人は「カスバの男 モロッコ旅日記」(集英社文庫)をどうぞ。

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口笛の歌が聴こえる

2004/12/22 23:57

「群雄割拠系」(?)愛読者にオススメ。ただし、335ページの文字組みは許せない。

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 この本のカバーに書いてある「唐十郎、安西水丸、三島由紀夫などなど、実名で登場する数百人のオールスターキャストが、混迷する1960年代日本を臆することなく自由奔放に生きる」というフレーズを読んで、これは自分の好きな「群雄割拠系」の本だと直感した。
 「群雄割拠系」本とは(私が勝手にそう呼んでいるだけだが)、稀有な能力や存在感を持った有名人たちが様々に絡み合いながら展開されていく内容を持った本のことである。そういう本であれは、ジャンルは問わない。
 例えば、小説なら山田風太郎の明治小説シリーズ(「幻燈辻馬車」など)、評論なら坪内祐三「慶応三年生まれ七人の旋毛曲り」、漫画では江川達也「日露戦争物語」(の特に最初の頃)のような作品を読んでいると、ウハウハと楽しくて仕方がない。
 先ほど挙げた「群雄割拠系」本はみな明治を舞台としたものであった。後の有名人同士が犇めき合って今より狭い東京市街で暮らしていた明治は「群雄割拠系」本を生み出す大鉱脈なのだ。それに引き換え、人工が爆発的に増大するとともに外へ外へと東京が膨張しつづけていく大正、昭和はどうもいけない。人も場所も拡散しすぎて「群雄割拠系」ドラマが生まれにくいのだと思っていたのだが、この「口笛の歌が聴こえる」を読んで考えを改めた。
 この本は、1964年から69年にかけての激動する日本を背景に作者の分身と考えられる英介が大学生から編集者へ、無為でありながらエネルギーを持て余した若者から諦めと苛立ちを噛みしめた大人(中年)へと変わっていく自伝的青春小説である。背景として描かれる破壊と創造のエネルギーに混沌とした60年代東京の姿が味わいどころではあるのだが、個人的にそそられるのは、やはり、あちらこちらに見受けられる「群雄割拠系」トポスである。
 まず、英介の通う國學院大學の教授陣の錚々たるメンバーを見よ。英介の習うフランス語教師は「一年が橋本一明、二年のときは飯島耕一で、三年は、安東次男」、英語は「一年二年とも篠田一士が教えていた」。そして英語の単位を落とした英介たちの前に現れた教師は丸谷才一なのだ。その他に特別教師として金田一京助や吉田健一、久松潜一に高橋義孝が名を連ねる。もしタイムマシンに乗れるのなら、この時代に行って授業に潜り込みたいとほんとに願う。
 そして、英介が就職した平凡社がまたすごい。民俗学者でもある谷川健一が「太陽」の編集長を下ろされて昼酒を飲んでおり、谷崎潤一郎の弟と林達夫が机を並べているかと思えば、その林が「今晩有馬稲子とデートだ」と話しかけている相手がノーベル賞の湯川秀樹博士なのだから。
 この他にも、澁澤龍彦が三島由紀夫にワインをぶっ掛けたかと思うと、唐十郎と足立正生が大喧嘩している脇で大島渚が女の子の肩を抱いており、別の店では「ガロ」の長井社長がアルバイトの南伸坊や渡辺和博と一緒にもらったキンピラゴボウを美味しそうにこりこり食べているのである。
 さあ、これを読んで自分もその場に行ってみたいと思ったあなた。あなたも立派な「群雄割拠系」愛好者です。

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