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    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

    中野 ジェームズ修一 (講師),日本放送協会 (編集),NHK出版 (編集)

    5つ星のうち 4.0 レビュー詳細を見る

エリック@さんのレビュー一覧

投稿者:エリック@

159 件中 1 件~ 15 件を表示

フィクションとノンフィクション

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

週刊少年ジャンプ連載。
かつて「DEATH NOTE」で社会現象を巻き起こした大場つぐみ・小畑健のコンビが繰り出す『漫画家マンガ』の傑作。


物語の概要としては、将来の夢もなくただ漠然とした学生生活を過ごしていた中学生・真城最高が、同級生の秀才・高木秋人に刺激され、週刊少年ジャンプに連載できる人気プロ漫画家になるため奮闘するというもの。


『漫画家マンガ』とは、主人公が漫画家で、作品自体も漫画業界が舞台となっているジャンルを指し、これまでも数年サイクルでこのジャンルの作品は出現している。しかし、過去の『漫画家マンガ』はムーブメントを生み出すほどのエネルギーはなく、数あるジャンルの中の一つの泡沫ジャンルという扱いで、読者には読み流されてきた経緯にある。
そこにきて本作「バクマン。」の登場だ。
本作ほどにフィクションとノンフィクション、或いは漫画業界の虚と実を、徹底的に織り交ぜて物語を展開し、かつ面白く読ませる『漫画家マンガ』は他にないと言っても良いだろう。

シリーズ第1巻こそ、連載開始初期ということで「主人公の相方となる高木秋人が、脈絡なく『漫画家になろう!』と主人公に持ちかける」であるとか「主人公の漫画が連載されアニメ化されたならば、ヒロインと結婚できる」など、いかにも漫画的で唐突感のある話で満ちている。
だが、それ以降は、中学生で尚且つ漫画執筆経験のない主人公が工夫を凝らしながら原稿を仕上げていく様子であるとか、実際に完成した原稿を出版社に持ち込んだ際の担当編集との折衝内容等、妙にリアリティの高い、生々しいやり取りが描かれている。

現在も絶賛連載中の本作であるが、人気の高まった要因の一つには、上記の通り、「フィクションとノンフィクション」をバランスよく組み合わせていることが挙げられるだろう。


例えば、「漫画雑誌である週刊少年ジャンプについて、どういう流れで連載が決まるのか、どういう流れで連載が打ち切られるのか」というルールについて、本作中でも詳細に描かれているが、その内容は『実際の少年ジャンプについても同一のルール』である。
「実際の週刊少年ジャンプの連載ルールを漫画の中で明らかにして良いのか?!」と読者は一様に驚きを持ちながら本作を読み進めたものと推測される。そういった驚きこそが、「もしかするとこの作品は業界の実態を描いている物語なのではないだろうか」という良い意味での疑念を読者に抱かせることに成功した要因と言えるだろう。
勿論、実際の週刊連載については、本作で描かれているほどに単純な話ではないだろうが、それでも全くの出鱈目ではないことも確かだ。

他にもノンフィクション要素としては、作中に登場する週刊少年ジャンプの担当編集者のコメントやアドバイスの存在が挙げられる。
それらの多くは本作の主人公たちへの助言という形で描かれているものの、そのあまりにも限定的でかつ的確なコメントを読んでいると、見方を変えれば『主人公たちと同様、今、まさに週刊少年雑誌への連載を狙っている新人漫画家たちへのアドバイスなのではないか』と思えてしまう。ややもすれば穿ちすぎた見方であるが、そういう捉え方も、作品の楽しみ方としてはアリだと思う。
本来、虚構の世界の存在に過ぎない登場人物たちが、時折、実感の篭められた肉声を放つ瞬間があり、それらが読者を作品に引き込む大きな魅力の一つとなっている。

当然のことながら、本作は少年漫画である。
単にリアリティがあるから持て囃されているのか、というと必ずしもそうではなく、少年漫画らしくライバルあり、恋あり、涙ありと、漫画としての王道も漏らさず盛り込まれている。ジャンプ伝統の「友情」「努力」「勝利」を現代版に翻訳し、密やかに作中に反映されている点も見逃せない。
ともすれば青臭い演出も、漫画を盛り上げるために必要なフィクションだ。それを恥ずかしがることなく、全面に出していることは爽快ですらある。

また、フィクションといえば、作画作業それ自体もそうだ。
原作・大場つぐみの世界を、作画・小畑健が見事に昇華している。作画の凄みがどの程度発揮されているかについては、コミックス各巻の各話間の余白ページをご覧いただきたい。原作ネーム(作品の絵付きシナリオの様なもの)を実際どのように作画したのかという、Before・Afterがはっきりと掲載されている。
アノ原作ネームが、この完成原稿になるのかというという驚きも、この作品の楽しみ方の一つと言えるだろう。

まとまりなく複数の要素を書き連ねたが、上記内容こそが、『漫画に必要なフィクションと上述のノンフィクション要素とを自然に組み合わせている点こそ本作の妙』と評する所以である。

少子高齢化の影響もあってか、週刊少年誌については各誌とも、少年誌の名に反して年々対象年齢が高めの作品を送り込む傾向にある。
本作は少年少女にとっても興味を持って読める内容になっているし、私のように少年誌の対象年齢ではない年齢層からしても、一社会人目線で漫画業界を知るという意味で、また違った楽しみ方の出来る作品だと思う。

蛇足であるが、本作シリーズは「このマンガがすごい!2010(宝島社)」において栄えある1位を獲得した作品でもある。
「世間で認められたメジャーな作品は好きではない」という斜に構えた見方も当然ありえるが、変な先入観や予断は捨てて、多くの人たちにこの作品を読んで欲しい。
メジャー誌から、しかも、王道バトルマンガ以外のジャンルで自信を持って推薦できる作品はそうはない。

原作者の実話を基にした実録マンガではないからこそ、原作・作画の両氏の実力があらん限りに振るわれていることが分かる。
『計算型』漫画家の渾身の一作を是非。

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紙の本日本は世界4位の海洋大国

2011/03/20 22:02

『海』の重要性を知るきっかけ。傾聴必須の一冊

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

講談社+α新書刊の『日本は世界第○位の○○大国』シリーズ第2作。

このシリーズは、知っているようで意外と知られていない日本の特徴や話題に焦点をあて、一般知識としての情報提供から、主題にまつわる問題提起までを詳述した書籍である。
著者は作品ごとに異なっており、テーマごとに各分野を専門とする者の手で執筆されていることも特徴だ。

本作の焦点は『海』。
世界的に見て国土の狭い日本だが、陸だけではなく海洋を含めると、実は「大国と表現しても良いほどの広大な面積(容積)を保有している」とされている。

より具体的には、日本の領海と、経済的権益を保有する排他的経済水域とを足した面積では世界第6位、同領域における海水量(体積)で比較すると第4位の「大国」であり、面積が小さいゆえに各産業面や資源保有量で他国に劣後していると見なされがちな日本は、一方で豊富な海洋資源を潜在的に有しており、それらを活用することで、更なる成長可能性を秘めている、という著者の持論が展開されている。

本作は全4章立てであり、第1章は海にまつわる用語説明や歴史的経緯、海洋資源に関する一般的な知識についての解説、第2章では海洋資源うち鉱物資源の活用やそれを巡る各国の動きの解説、第3章では海洋資源のうち水産資源についての基本知識とその活用にかかる国内の取り組みの解説、結びの第4章ではそれら豊富な日本の海洋資源を巡る領土問題について解説されている。


全編読み終えた後の感想としては、各章とも一般に馴染みの薄い用語等の解説を終えた後で著者の持論が述べられていることから、知識のない者が読んだ場合でも腹に落ちやすい。

元々、著者は海賊問題の歴史的経緯や国境問題を含む離島問題こそ専門であるが、専門外の海洋資源・水産資源にかかる積極活用を、今後の展開への期待という形で各種解説を加えているため、多種多様で広範にわたる内容が面白く、また、大変に分かり易い。

また、著者の専門分野についても、本人にとっては今更な領土問題に関して、簡潔ながら逐次解説が記されており、全体的に読みやすさを意識した作品となっている。

『日本は世界第○位の○○大国』シリーズ共通の特徴であるが、「主題についての知識を、読者が有していない」ことを前提に執筆された作品であるため、例えば中学生・高校生程度の理解力でも、十分に内容理解が可能となっている。
見方によっては、そういった低年齢層にこそ意識を持って欲しい主題であると言えるかもしれない。

これは本作の最大の特長でもあるが、近年問題が深刻化している領土・領海問題について、終章である第4章で取り上げられていることからも、著者の取り上げたい主題の在り処が明白と言えよう。

作品冒頭で領土問題に簡単に触れつつ、その領土問題の重要性を説明するための手法として、歴史的経緯や政治・外交問題をその切り口とせず、敢えて海洋資源・水産資源の有用性を焦点に作品を構成している点からも、『話の焦点はどうあれ、領土問題について知識と関心を持って欲しい』という著者のメッセージ性の強さを感じる。

たまたま私は北海道出身ということで、特に北方領土問題についての歴史的経緯を知ってはいるが、そういった事情がなければ、領土問題について知識を持つ層はそう多くはないだろう。

対外的な問題から、日本は諸外国ほどには、自国の領土防衛に繋がる歴史教育を国民に施せずに今日に至っており、『尖閣諸島や竹島問題、北方領土問題は何が問題になっているのか』ということを尋ねられた場合に、正確な回答を出来る人は小数に納まる状況と断じても良い。

しかし、日本と諸外国とで争っている領土問題については、少し調べるだけでも、領有権を主張するに十分なる根拠を有していることが分かる。
人によっては意外に感じる話かもしれないが、しかるべく国際司法裁判所にて相手国と係争したならば、日本の勝率が高い案件という表現の仕方も可能だ。

勿論、国益が絡む話とはいえ、元々関心の薄い中『領土問題に関心を持とう!』と声高に叫んだところで、恐らく国民の関心は高まるまい。
昨年発生した尖閣諸島沖での巡視船衝突事件などは好例であり、当時は大きな話題となったが、その注目が必ずしも持続しているとは言えない状況でもある。


そうした中にあって、本作は必ずしもナショナリズムを煽ることを目的にはしていない。
ただし、領土問題という、ある側面からは外交問題に直結するテーマについて、政治的な問題から話を切り離し、豊富な資源を有する領域としての海洋を取り上げることで、読者のより強い関心を高めたいという狙いは十分に伝わってくる。

例えば『北方領土は日本の領土だ。だから守ろう』と一方的に言われたところで、関心を抱き辛いのが実情であるが、『日本の海には豊富な資源があります。今後活用も期待できます。だから海に注目しよう』と言われれば、なるほど少し勉強してみようか、と意識を促されることもあるだろう。

ここで話が巧みなのは、日本の海に注目し、その鉱物資源・水産資源の豊富さを知った後には、必ず上述の領土・領海問題に話が突きあたることであり、最初はどんなに関心のなかった人も、最終的には領土・領海問題の本質を学ばざるを得ない。
付言すれば、資源の豊富な海について関心を抱いた者は、必然、領土・領海問題にも関心を抱かざるを得ない。

著者の狙いはどうあれ、作品を読了すると、最終的には『日本は世界第4位の海洋大国』という事実よりも、「第4位の海洋をいかに活用し、いかに守るか」ということの方がより重要であることを理解させられ、また、その事実に対して、自然と関心を高められる内容となっている。


敢えて作品の難点を挙げるとすれば、章立てから見る外形としては「海洋資源・水産資源は有効活用できる。今もしている」点に対して期待の高まる構成であるが、実際に中身を読んでみると、コストの問題や技術的な問題から、「海洋資源・水産資源を真の意味で有効活用するには、まだ時間とコストが必要」という大きな課題が浮き彫りにされている。

つまり、「1:へえ~海洋資源等は有効活用できるんだ(本作)→2:でも、その資源を巡って日本の海が脅かされているの?(領土問題への関心)→3:皆で日本の海を守ろう!(国民意識の醸成)」という流れを仮に目的にしていた場合に、「1:」でその目論見が崩れ去る可能性が高い。
例えば第3章の水産資源についての内容は、私も見知っている内容であったが、自分の知りうる知識の範囲でも、また、本作の内容を読んでも、声高にこの点を強調するには、根拠の土台が緩いのが実情だ。


評するに、本作は『海』の重要性を知るきっかけになり得る作品である。
傾聴必須の一冊であり、一読の価値は大いにある。

無理なく読み進めることのできる作品なので、本作は一般教養を身につけるという意味で、幅広い読者にお奨めしたい作品といえる。

ただし、タイトル通りの内容を期待すると、肩透かしに遭う可能性は高い。

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荒木飛呂彦ファン!きさま!見ているなッ!

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

学園コメディ作品。

物語の舞台は現代日本。
ライトノベルの中でも、いわゆる学園モノに分類される作品であり、端的には典型的なドタバタ・ラブコメディである。

概要としては、主人公の高校生・季堂鋭太と、その彼女・夏川真鈴、幼馴染の春咲千和との奇妙な三角関係が描かれたもので、本巻においては、幼馴染のヒロイン・千和を「もてる女」にするため、主人公と真鈴が知恵と力を貸すというストーリーとなっている。


本作は、ごく普通の日常生活を舞台とした作品である。
主人公に超常的な力が備わって謎の組織と戦うであるとか、ヒロインが宇宙人であるとか、そうした変化球の類は一切ない。
主人公が使命に目覚めて闘う作品でもなく、闘いといえば自分自身の譲れない信念のために拳を振るう程度のもの。

主人公と真鈴との馴れ初めエピソードや、千和が「もてる女」になりたがる理由などは、特徴的といえば特徴的であるが、そういった枝葉を除けば、直球勝負の作品。
妙な味付けをしたがる学園コメディが群居している中にあって、最近少なくなった古典派日常系学園コメディとでも評すべき作品だろう。


同一カテゴリーとしては、平坂読・著『僕は友達が少ない』が一番近い作品であり、見方によっては、その『僕は友達が少ない』の後追い作品という表現が適切かもしれない。

特にヒロインの千和は、『僕は友達が少ない』で言うところの残念系キャラであり、『ヒロイン萌え』というものが成立するとするならば、狙っている読者層が完全に被っている。
人物紹介でもそのまま「残念」と形容されているので、この辺りは潔いといえば潔い。

また、もう一人のヒロイン・真鈴については、ツンデレ系ヒロインであり、既存作品で言えば西尾維新・著『化物語』の戦場ヶ原ひたぎとほぼ一致。
性格や行動様式もトレースされたかのようにピッタリで、生い立ちや趣味などの相違を除けば、違いを探す方が難しい。

各キャラクターの台詞にみる言葉遊びも、西尾維新を思わせる仕様であり、全体的に著者のオリジナリティーを抑え、既存人気作品の良いトコ取りを試みているような作風である。
『バカとテストと召喚獣』や『とある魔術の禁書目録』など、ライトノベルファンに良く知られる作品へのオマージュに満ちており、ともすれば二次作品と見紛う出来栄えだ。

学園コメディというジャンルについては、各ライトノベルブランドから、それこそ星の数ほど出版され、そして、流星のように消え去っている状況であるため、この作品を他の作品を差し置いて推薦するほどの理由は、正直、皆無である。
似たような作品で、かつ、面白い作品ということであれば、他に見つけることが十分に可能だろう。


ここまで断定的に書いてしまうと、恐らくこの書評を読んだ読者は、本作を購入することを躊躇うに違いない。

しかしながら、実は、本作は他の作品にはない特徴を有している。
その一点から、敢えて私は「ある特定の層」に対してのみ、この作品を強く薦めたいと思う。
否、『その層に属する人たちは』この作品を『読まなければならない』と考えている。

その「ある特定の層」とは荒木飛呂彦ファンのことである。
より厳密には、荒木飛呂彦・著『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズのファンのことであり、ジョジョファン仁義として、この作品を応援すべきだと思う。

そうと表明されているわけではないが、恐らく著者はジョジョ好きなのだろう。その影響が要所で顕在化している。

最も分かり易い例としては、作品のヒロイン・真鈴が上記『ジョジョの奇妙な冒険』の大ファンという設定であり、特に作品の後半以降は、明らかにそうと分かる台詞のオンパレードだ。

幕間の遊びページは完全にジョジョ。
エピローグすらもジョジョ。落ちもジョジョ。
極めつけは、本巻最後の締めとなる次回予告においてまでもジョジョという有様であり、『ジョジョの奇妙な冒険』というファクターを作品から排除した場合、物語はプロット段階で崩壊する程の偏重した構成になっている(『ジョジョの奇妙な冒険』第3部でお馴染みの『TO BE CONTINUED』というメッセージなどは、文字の飾りまで同じである)。

ここまで徹底的に、しかも、物語に関係のないところにまでジョジョを使われては、ジョジョファンとしては応援せざるを得ない。


無論、ライトノベルファンには目の肥えた読者が多いことも事実。
そんな人たちの次のセリフはこうだ。『有象無象の作品にまで手を出すのはちょっと・・・』。

それら全てを踏まえた上で評するに、本作はジョジョファン以外にはお奨めできる作品ではない。
だが、この評を読んでいるのがジョジョファンであれば、以下の言葉と共に、即時の購入を促したい。


『面白いライトノベルだけを読む』『ジョジョ好きであり続ける』。『両方』やらなくちゃあならないってのが、『ジョジョファン』の辛いところだな。

覚悟はいいか?オレはできてる。



なお、評価については、通常『★★★』のところを、ジョジョ補正で『★★★★★』とした。

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骨太のファンタジー小説

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

MF文庫の傑作ファンタジーです。
いわゆる「剣と魔法」のファンタジー小説ではありますが、文明水準についてはファンタジー世界と聞いて想起されるそれよりも高く、タイトルどおり「銃」が存在します。

物語は主人公の生い立ちや、「銃姫」と言われる兵器を巡り陰謀が繰り広げられており、ライトファンタジーらしからぬ展開が繰り広げられます。物語の焦点は「銃というものが存在しなかった時代から、既に存在していた『銃姫』とは何か」というところにあてられています。
読む人は、銃姫を巡るドラマに時に興奮を、時に感動を覚えることでしょう。

挿絵イラストや巻末の著者後書きからは「萌え全開」の空気が漂っているものの、作品自体は萌えからはほど遠いです。萌え好きの人には期待はずれかもしれませんが、ライトファンタジー好きには垂涎だと思います。

数々の困難・苦難に直面し、心がへし折れそうになりながらもなお、前進する主人公の姿が涙を誘いますし、ヒロインであるアンブローシアについても、最終巻に至るまで、命運がどうなるのか全く読めない、目の離せない展開が続きます。
私自身、主人公についてはともかく、ヒロインの落ち着きどころについて、最初の巻では全く読めませんでした。もとい、最終巻を読み終えるまでは全く分かりませんでした。
物語を最後の最後まで楽しませてくれる、王道のファンタジー小説の一つと言えるでしょう。

bk1ではない、別のネット系書店の評を引用するわけではありませんが、「MF文庫ではなく、富士見ファンタジア文庫や電撃文庫から出版されていればもっと売れた」作品だと思います。
講談社からコミック版も発売されましたが、内容は小説版の前夜祭のような内容であり、外伝的位置づけなので、小説版を読まないとあまり内容が分からないと思います。全ての始まりは小説版第1巻から。

メジャーブランドからの作品に少し飽きが来ている人。王道のファンタジーを楽しみたい人には一押しの作品です。

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最強の格闘技は何か!?

5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

週刊ヤングマガジンに連載中の格闘漫画シリーズ作品。

著者の木多康昭は、週刊少年ジャンプにおいて「幕張」によりプロデビュー。その後、週刊少年マガジンへ移籍し「泣くようぐいす」「平成義民伝説 代表人」を連載。ヤング誌での連載は本作シリーズが初となる。


内容は、破天荒な高校生・佐藤十兵衛が腕っ節の強さや策略により、喧嘩や格闘を繰り広げるというストーリー。
序盤においては、主に「喧嘩」という形で戦いが行われているが、物語の後半に差し掛かってくると、テレビ中継をされるような公の「格闘」へと舞台が推移していく。

ジャンルとしては、異種格闘(あるいは総合格闘)漫画に分類されるものの、戦闘場面の殆どが、ルールありの格闘技ではなく、ルールなしの喧嘩に近い描写のため、より厳密に表現するのであれば、タイトルどおり喧嘩漫画と呼称すべきだろう。


本作の見所は幾つか挙げられるが、一番大きなものは、作品のテーマそれ自体である。
主人公の佐藤十兵衛を除くと、大半の登場人物が格闘的な意味での出自を持っており、例えば、フルコンタクト空手、ボクシング、古武術、柔道、合気道、相撲、変わった所では軍隊格闘、プロレス等多岐に亘る。
数多くの格闘技・武道が登場する理由は、作中で度々用いられ、かつ、作品の主要テーマとなる「最強の格闘技は何か!?」という言葉。この言葉に全てが集約されていると言えるだろう。
これは格闘技ファンであれば、誰もが一度は疑問を抱いた内容であり、恐らく今後も永遠に結論の出ない問いである。
それを知った上で、著者が作品を通じて、改めて格闘ファンに対して広く問いかけている設問であり、特に第一部最終巻となる24巻では、異種格闘トーナメントという形で、著者の中での「最強」が描かれようとしている。つまり、上述した格闘技・武術を含めたその達人たちが、最強をかけて戦うのだ。
本番の戦いは、今後再開が期待される第二部において描かれる見込みであるが、本作を好んで読む者にとっては、どのような解が導き出されるのか実に興味深い。


また、別な切り口で本作の見所を挙げるとするならば、主人公・佐藤十兵衛とライバルであるヤクザの用心棒・工藤優作との因縁もそうだ。
数多くの人物が登場する中で、格闘的な出自を持たない主人公とこの工藤優作は明らかに異彩を放っている。
作品の中で「最強の格闘技は何か!?」と問題を投げかける一方で、格闘技ではない「喧嘩」代表の二人が雌雄を決しようとしている姿は、主要テーマとは真逆の対立軸になっている。
もしかすると「最強の格闘技は何か!?」というテーマがメインであるというのはミスリードで、実は主人公と工藤の戦いこそが主題なのではないかと、考えを巡らすことも出来る。
少年誌では描けない生臭い描写が目立つ部分でもあるが、その灰汁の強さは作品を強く印象付けるアクセントになっている。


なお、本作において特徴的な点は、上記格闘描写だけではなく、下ネタやブラックユーモアもその一つに数えられる。
著者の過去の連載作品に共通する要素であるが、少年誌で多くの伝説を残してきた木多作品らしく、下ネタ・ブラックユーモアに割かれるページ数が尋常ではない。単行本化する際に、わざわざ書き下ろして追加するほどなので、著者のこだわりの強さを感じる。
特に多いのが風刺表現。格闘パートに挟まれる形で、『名前が別人なだけで明らかに実在人物がモデルのキャラクター』によって、実際の事件や不祥事についての風刺表現が多用されている。
幸い「平成義民伝説 代表人」の様に、発禁処分レベルの描写は今のところないものの(きわどい表現は散見されるが…)、まじめなだけの格闘漫画を描くつもりはない、とでも言いたげな著者の姿勢は、買っても良いかもしれない。

上述の見所・特徴が一つの作品にごちゃ混ぜになっていることが、本作の一番の特徴としても嘘にはならないだろう。
それでいてまとまりがあるというのは、異様なことではあるが、面白い点だ。


なお、本作の難点を挙げるとするならば、少年誌ではなく青年誌ということで、グロテスクな描写が少なからず含まれている点だろうか。
連載誌であるヤングマガジンにおいては、本作よりも余程グロテスクな描写の作品があるので、殊更強調すべき点ではないが、敢えて挙げればそれくらいだ。


余談であるが、本作と同様のジャンルの漫画作品を挙げてみると、「ホーリーランド(白泉社)」「グラップラー・バキ(秋田書店)」シリーズ等が当てはまる。小説作品では夢枕獏の「飢狼伝」シリーズもそうだ。
ただし、徹底的に主人公に焦点をあて、主人公の周辺から格闘技の真価を探るという手法を取った上記作品とは違い、「はじめに格闘技ありき」という本作の描き方は、従来型の格闘漫画とは異なる作風といえる。
上記3作品も大変面白いが、それとは違う味わいを楽しめるという点で、個人的には、本作は一押し作品の一つだ。


評するに、本作は異色作である。異様ですらある。純粋に格闘漫画と表現するにはダークな面が多い。
しかし、テーマ性がある。通り一遍の凡庸な格闘漫画にはない読み応えがある。
なにより格闘技ファンならずとも面白く読める。

過去の木多作品のファンにとっては、一部作風が異なるように受け止められることもあるかもしれないが、そういった人も含めて、一読の価値はある作品。
特に「最強の格闘技」という単語に関心を持った人にはマスト。

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紙の本スカーレット・ウィザード 5

2011/02/05 01:30

スペース・ラブロマンスの快作

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

スカーレット・ウィザードシリーズの最終巻。

このスカーレット・ウィザードという作品は架空世界の宇宙を舞台に、アウトローの「海賊」と大財閥の令嬢(?)という奇妙な夫婦が繰り広げる、ラブロマンス(??)とアクションファンタジーの快作だ。

宇宙が舞台のため、海賊という言葉は正確な表現ではないかもしれないが、物語では、宇宙を海に見立てて無法・不法な活動を行う者たちの全般を「海賊」と位置づけており、こと主人公・ケリーに限って言うと、略奪・強盗ではなく、誰も足を踏み入れたことのない宙域へと限界まで突き進む冒険家に近いイメージだ。

熱狂的ファンを多く抱える茅田作品における共通の特徴として、実に個性的な女性の存在が挙げられるが、本作についても例外はなく、主人公の風貌やキャラクターに比べて、ヒロイン(という表現が正確かどうか定かではないが)の雄雄しさたるや、とにかく尋常ではない。
実父が大事業家・大財閥の長で、ヒロインはその一人娘とくれば、通常は深窓の令嬢を思い浮かべがちだが、それが豪腕強力かつ銀河系で並ぶ者のないほどの戦闘機操縦術を備え持つとなれば、もはや一般的なヒロイン像では語ることのできない人物となるだろう。
その女王然とした立ち振る舞いに、主人公がヒロインに対して付けたあだ名がそのまま「女王」とくれば、未読者にも何となくのイメージはつくのではないか。とにかく男前なヒロインだ。

シリーズ第一作では、ストイックな主人公に、この豪腕ヒロインが「契約結婚」を「依頼」するところから物語は始まり、以降は主人公たちに迫りくる様々な陰謀を、彼らが乗り越えていく姿を描いたものとなっている。
何故、海賊に財閥令嬢が結婚を申し込むことになったのか、という点が物語の起点になっているため、理由を知りたい人は本編を読んで欲しい。

本編は全5巻であり、その後外伝が1冊刊行。各巻について詳細を述べると、相当なネタバレになるためコメントを控えるが、いずれの巻についても、主人公・ヒロインの見せ場が実に華々しい演出と共に描かれており、読み終えた後は、実に爽快な気分に包まれる。

茅田作品の人気はひとえに、この読了後の爽快感・満足感にあり、超人的な主人公たちの活躍が、読者の期待する以上の水準でなされることが、そういった感想に繋がるのだと感じられる。
つまるところ、キャラの立ち方が光っている。
特に主人公ケリー。第2巻以降、隠されていた彼の過去が徐々に明らかになっていくにつれ、主人公に対してだけではなく、物語自体にぐいぐいと飲み込まれていく。
小説作品として茅田砂胡と同様の作風はあまり見かけないが、漫画作品でみてみると、話の作り方が曽田正人(ex.『め組の大吾』『capeta』『昴』)に近いと思う。いわゆる天才を描くことに長があるといえる。
個性的かつ魅力的なキャラクターたちが、物語をより面白いものへと仕立ててくれている。


なお、茅田作品については、角川スニーカー文庫『レディガンナーの冒険』シリーズや中央公論新社C・novels fantasia『桐原家の人々』シリーズを除くと、共通した世界観とキャラクターで構成されており、具体的には、代表作『デルフィニア戦記』シリーズ、『暁の天使たち』シリーズ、『クラッシュ・ブレイズ』シリーズ、そして、本作である『スカーレット・ウィザード』シリーズとは、時間軸や主たる舞台に違いこそあれ、一つの大きな物語になっている。
本作は『デルフィニア戦記』後の物語であり、本作の後に『暁の天使たち』が続くことになる。


個人的には、いずれの作品も楽しみながら読み進めただけに甲乙つけがたいが、敢えて言えば、本作であるスカーレット・ウィザードシリーズが一番読み応えがあった。
著者曰く「当初は1冊で終えるはずだった」という言葉が示すとおり、物語自体が元からコンパクトのため、全体を読み通すのに負担が少なく、かつ、各シリーズのなかで、ほぼ唯一かろうじてラブロマンスが成立している点に、「ギリギリ看板に偽りなし」との評を論じることが出来る。


もしも、敢えてこの作品の難点を挙げるとするならば、サイエンス・フィクションとしては難があるということくらいだろう。
書評の冒頭では、敢えてSFという単語を用いずに作品を表現しているのもこの辺りが理由であり、もし、『科学的なものを除いた場合に、作品が成立しなくなる作品』についてのみSF作品と定義しうるのであれば、本作はSF作品には全く該当しない。ウィキペディアでは、『見ればそうと分かるものをSFと呼ぶ』との説が紹介されていたが、この作品については、読めばSF作品でないことが一目瞭然だ。
面白さが揺らぐ要因ではないものの、生粋のSFファンから見れば、この作品は邪道と映るかもしれない。
私は特にSFファンではないので、全くアレルギーを感じないが、SF的な要素を好んで求める人たちにお勧めできる作品ではないと思う。
言い換えれば、それ以外の人たちには自信を持ってお勧めできる作品だ。

書評登録上、この第5巻にのみ投稿しているが、もし作品に興味を持ったのであれば、まず1巻2巻を買い一気に読み終えて欲しい。
もし、2巻を読み終えた段階で「3巻も同時に買えばよかった」と思ったのならば覚悟して欲しい。恐らく、1週間後には、『デルフィニア戦記』シリーズ以降の作品を全て欲しくなっているに違いないから。

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紙の本トップ営業マンを見習うな!

2011/03/24 00:34

How To 本に非ず。追い詰められる前にこそ読むべき啓蒙の一冊。

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本作は、「営業マンの目指すべき営業とは、いわゆる『トップ営業マン』の模倣ではない」という持論を展開した作品である。

具体的には、「『トップ営業マン』と評される人は、一握りの『天性の人』たちであり、『普通の人』が模倣しようとしても、できるわけがない」という考えを作品の土台とし、「『普通の人』はどのような営業を行うべきなのか」について、順序立てて論じている。

内容は4章構成であり、第1章において『トップ営業マン』の特徴と『トップ営業マン』が営業模範とはなり得ない理由、第2章において『普通の人』の特徴と『普通の人』が目指すべき営業スタイルについての持論、第3章において個々人に適合した営業手法についての考察、第4章において『普通の人』が成功を収めるためのメソッド、が詳述されている。


作品の根幹に関わる話題であるが、従前より『トップ営業マン』の体験談(主に成功談)を元にしたHow To 本が、世の中では数多く出版されている。
あわせて、営業マンを対象としたセミナーにおいても同様に、業界のトップセラーが「教鞭」をとる例が大変多い。

営業職に対する企業サイドの一般的な考えとしては「トップ営業マンを見習って、君たちもトップ営業マンになれ!」という明快なものであり、また、企業収益向上にかかる最良な展開とは当然に「全職員がトップ営業マンになること」に違いない。

それ故、営業を生業とする者は、その割合の大小は別としても、『トップ営業マン』の営業手法を会得しなければ、という強迫観念に駆られている。


しかしながら、誰もが思い描くこの発想自体が、大きな罠であると著者は指摘している。


実際、営業に関わる全職員が果たして『トップ営業マン』になれるのかと問われれば、答えは明らかに『No』であり、事実として、多くの営業マンが理想と現実のギャップを埋めることが出来ず、四苦八苦している。

営業成績については、人によって大きな差の生まれているのが現実であり、その原因を「『トップ営業マン』ほどには努力や工夫をしていない。彼らの営業方法を採りえていない」という自虐的な結論に求める例も一切ではない。


そうした状況を受けて、作中では、ある単語が対義語として頻繁に用いられている。
それは論旨に関わるものであり、上述の『トップ営業マン』と『普通の人』という2つの単語がそうだ。

なお、話の焦点は、営業マンの大半を占める『普通の人』に集まっており、作中のアドバイスは全て『普通の人』に対するものである。


書評の冒頭でも述べたが、著者は『トップ営業マン』について、『一般の営業マンにとって、尊敬できる対象であっても見習うべき対象ではない(本文P4より一部抜粋)』存在として位置づけている。

その理由について、掻い摘んで表現すると「営業力は後天的な能力であるが、『トップ営業マン』のそれは先天的な能力と言わざるを得ない」という点が挙げられ、一般に認識されている「普通の人も努力することでトップ営業マンになれる」という図式を完全否定し、『普通の人』の進化形は『トップ営業マン』ではなく、2つは完全に別人種であると断定している。


本作の最大の特長は、上記を受けて「『普通の人』は、与えられたノルマを達成できなくても、充実した私生活を送ることが出来ればそれで幸せなのです」等の現実逃避した結論を持つのではなく、昨今の厳しい不況下にあっても「営業マンがノルマ(=販売目標)を達成するのは企業の構成員として当然の義務」と断じた上で、その方法論については従来型の『トップ営業マンの模倣』ではない、全く異なった発想に求めている点にある。

その『発想』について詳述すると完全にネタバレになるため、詳細は本文に譲るが、著者の経験に裏づけされた一連の理論に対しては、私個人としては全般的に共感を覚えた。

営業と一口で言っても、業種によりその手法は様々であるため、著者の志向する営業理論に合致しない場合も想定されるが、本作の内容は、すべからく営業手法に関する普遍的な思考に供するものであるため、営業に対する考えを整理するための一ツールとしては有効なものと評価できる。

しかも、著者は作中において、抽象論ではなく、具体性を伴った営業理論を提示しており、実際のところ、金融機関の営業現場を熟知する私からしても、大変に的を射た内容であると感じられた。

作中で表現されているところの『トップ営業マン』と違い、著者は『普通の人』であることを自認しているだけあって、目線が『普通の人』に向けられていることが鮮明に伝わる内容となっている。

繰り返しになるが、「『普通の人』がとるべき行動、持つべき発想」に関する記述が作品の肝となるので、その内容を知りたい人は、是非本作を手にとって欲しい。


蛇足かもしれないが、本作にかかる留意点を述べると、タイトルからはあたかも「トップ営業マンを見習ってはいけない」というメッセージが、無条件かつ無差別に発信されているように感じられるが、それは完全にミスリードである。

本作における著者の考え方を要約すると、「『トップ営業マン』になれるものなら、なるに越したことはない。しかし、『トップ営業マン』は『普通の人』とは、全く別の生き物であるため、彼らの真似をすることで自分が『トップ営業マン』になれるかというと、多くの場合でそれは極めて困難である。むしろ、出来もしない真似をすることで、自分自身を苦しめることになりかねない。だから、『トップ営業マン』を目標とすること、あるいは見習うことはやめるべきだ」ということになる。

著者は決して、『トップ営業マン』を否定しているわけでも、見習うことを禁止しているわけでもなく、むしろ、『トップ営業マン』を目指すに越したことはない、とまで断言している。

つまるところ、先天的才能を持つ『トップ営業マン』の能力は、後天的な能力開発では再現できないということを主張しているに過ぎないのだ。


最後に、敢えて本作の難点を挙げるとすれば、『トップ営業マン』という言葉について、章によって意味の異なる形容がなされており、時折言葉の定義が分からなくなる場面のあることか。

作品冒頭部において、『トップ営業マン』=『天性の人。営業力の大部分が先天的なもの』と定義づけしておきながらも、途中、『トップ営業マン』=『普通の人でもなった人がいる。なれないということでは決してない』など、話の前提を崩しかねない文脈が、特に後半散見される。

恐らく、主題に注力したが故に生じた錯誤であろうが、著者の主として訴えたい内容を頭に入れながら読み進めないと、途中矛盾を感じる箇所が出てくるため、注意が必要だ。


評するに、本作は営業のHow To 本ではない。
ノルマに苦しむ営業マンを、ありのまま肯定する救済書でもない。

しかし、作品には営業マンに必要不可欠な営業理論が集約されており、ノルマに追い詰められる前にこそ、読むべき啓蒙の一冊と言える。

営業に携わる人、或いはこれから携わる人にお奨めの作品である。

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エンターテイメント性に富んだ珠玉の『B級』ミステリー

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第8回『このミステリーがすごい!』大賞最終選考作品。
同大賞選考過程において、その分量の多さをして「無駄に長い」等、審査員から酷評された部分を大幅修正し、再構築したのが本作である。


ジャンルはミステリー小説。
主人公は4流雑誌で特ダネを追うフリーライター・陣内という男性。
一見すると事故死としか思えない事件の裏に、『死神』と呼ばれる殺し屋の存在があるという「都市伝説」の真偽を明らかにするため、主人公が取材を始めるところから物語は始まる。

作中では、複数の主要人物が登場しており、彼らの視点を順次入れ替えながら、それぞれを軸に全く焦点の異なる物語が進んでいく。
別々の物語として始まった話が終盤に収束し、『死神』の存在有無や噂の正体に迫るという筋書きとなっている。


タイトルにもある『死亡フラグ』とは、元々コンピューター用語のフラグという言葉を語源にしたもので、今日的には『物語における登場人物の死亡する前兆や伏線』のことを指している。
小説作品において、登場人物が『俺はこの戦いが終わったらあいつと結婚するんだ』『もし、俺が生きていれば、その時にはお前に伝えたいことがあるんだ』などと発した後に、その言葉を果たせずに死亡する展開等は、正しく死亡フラグの典型である。

本作は、死亡フラグに限らず、ミステリーにありがちなフラグやネタを積極的に取り入れ、ある意味、ベタベタのB級ミステリーを構築している。
例えば、主人公の上司である女編集長は、普段は化粧気のない女だが実は美人であるとか、主要登場人物の一人である老刑事はどこをどう見ても「太陽にほえろ」のオマージュであるとか、かつての恋人が涙の再会を遂げた直後に非業の死を遂げるであるとか、物語の全てに対して突っ込みどころ満載だ。

それでいて、上記の内容が作品の魅力を貶めるものでは決してない。
最初から最後までミステリー界のB級テイストをふんだんに盛り込んでいる点に、返ってある種の安心感があり、また、その『B級的お約束』を守りながら、どう話を収束させるのかに対して、徐々に期待が高まるのだから面白い。

本作の特長としては、最終的にフラグを全て回収し、綺麗に物語に終止符を打っていることが挙げられる。
落ちまでB級ネタなのは、もはや見事と言うほかない。


私は普段、それほど多くはミステリー小説を嗜まないが、それだけにミステリー初心者にとっても物語の展開は分かりやすく、かつ、「なるほど、このように話が繋がるのか」という納得感さえ得られた。

端的に表現すれば、読み終えて満足した。とても面白かった。


物語の筋書きを詳述すれば、もう少し上手くこの作品の面白さを伝えられるのだが、いかんせんジャンルがミステリーということで、書けば書くだけネタバレになってしまうため、この場では割愛。

敢えて例示すると、10数年前に流行ったチュンソフトのサウンドノベル『弟切草』や『かまいたちの夜』などの作風を好む人にとっては、本作はかなりの確率でのめり込める内容となっている。

シリアスなミステリー作品とは必ずしも言えないが、エンターテイメントとしての魅力は十分で、時間を忘れて読むふけることが可能。
特に複雑な構成をとっている作品でもないため、気軽に手に取り楽しむことの出来る作品に仕上がっている。


なお、作品の難点としては、作品が『B級』を全面に出していることから、ベタな展開、B級設定を好まない人にはお奨めすることが困難、という点を挙げられる。

理由は前述の通りで、作品の売り自体が『B級』テイストのため、その部分に対してアレルギーを持つ人に対しては、作品の面白さを訴求できる点が存在しない。
本格ミステリーを楽しみたい、ベタな展開は嫌い、ということであれば、本作を手に取ることは避けたほうが無難だろう。


評するに、本作は紛れもなくB級ミステリーである。
ただし、ただのB級ではなく、エンターテイメント性に富んだ珠玉のB級ミステリーである。

ミステリーではなく、あくまで『B級ミステリー』であることを知って手にするのであれば、ほぼ間違いなく楽しんで読める作品の一つだ。

未読者には、是非一度読んでみて欲しい。

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馬鹿馬鹿しくも爽快なバトル

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書籍タイトルからして人を食った作品だ。

作品タイトル『ベン・トー』は、作品の仮タイトルとして付けられたもので、本来は刊行される際に、別な名称が付けられるはずだった。

しかし、最終的にはベン・トーという字面が、映画の「ベン・ハー」に似ているから良い、という意味不明な理由により、いつの間にか正式タイトルとして定着してしまった。

著者自身に明かされたエピソードであるとはいえ、真実なのかどうかは判断がつかないところだが、このシリーズ作品を読み進めていると、一概に出鱈目と思えないところが恐ろしい。


さて、この作品は、名の通り弁当を巡る戦いを描いた作品である。
しかも、ただの弁当ではなく、スーパーで売れ残った半額弁当のみを巡り争うバトル作品となっている。

主人公は佐藤洋という高校生。
父子揃っての熱狂的セガ好き等『一般的な』という形容詞こそ当てはまらないが、帰宅部でこれといった特技のない高校生といえば、何となしに凡庸な男の子を連想するだろう。

そんな凡庸な高校生が、ある時、スーパーの弁当売り場に足を向けた時に、一瞬にして意識を失うほどに激しい戦いに遭遇するところから物語は幕を開ける。

この作品においては、主戦場はスーパー。
それもどこにでもある普通のスーパーだ。

我々の知るスーパーと最も異なる点は、この世界におけるスーパーの売れ残り弁当の存在。
即ち、夜間帯の閉店間際のタイムセールにおける半額弁当が、『狼』と呼ばれる半額弁当だけを狙う者達の、激しい争奪の対象となっている点である。

実際の世界においては、まさか半額弁当のために他人を殴りつけたり蹴りつけたりなどは到底ありえない話であるが、このベン・トーの世界では、殴る蹴るどころか、買い物籠やエコバック、で殴ったり締めたり、ほぼ何でもありの戦いを繰り広げている。
男女問わず、真剣に半額弁当を巡って戦うその姿は、実に馬鹿馬鹿しいが、作品を読み終えた後には、スッキリとした爽快感のみが残る。

巻数を重ねるごとに、単なるバトルだけではなく、仄かに匂いたつ恋愛要素なども中々に読み応えが出てくるが、それ以上に、最初頼りないばかりだった主人公が、少しずつ戦う男の姿に変わっていく点が実に良い。
まるで少年誌のバトル漫画の主人公を思わせる描かれ方に、その手の作風を好む私としては、一気に惚れ込んでしまった。

なお、有象無象の作品が乱立しているライトノベル業界にあって、異色とは言え読み応え十分といえる本作だが、幾つか難点もある。

一つは分量。
一冊辺りの文字数が異常に多く、ページを開くとライトノベルにあるまじき黒一色の紙面が広がる。
実際に読んでみるとそれほど違和感はないのだが、文字数の多さに辟易する人はいるかもしれない。

また、所々で盛り込まれているギャグが非常にマニアックなため、その独特な笑いを理解できない人には苦痛を与える作品ともなるだろう。

もし、このシリーズ作品を手に取るべきかを悩んでいるのであれば、最初にメディアミックス作品であるアニメ版を観ると良いと思われる。
私自身、たまたま目にしたアニメ版が面白かったので、原作を手にした経緯にあるので、動画で面白さを感じる人はほぼ間違いなく原作でも楽しめる。

評するに、ベン・トーは全編馬鹿馬鹿しい作品である。
タイトルだけではなく、内容までその全てが馬鹿馬鹿しい。
しかし、それと同時に、ふざけた世界観の中にあって、一貫して真面目に王道のバトルを丁寧に描いている稀有な作品でもある。

少年漫画における王道バトルを好む人にはお奨めできる一作。

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驚愕のライトノベル

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表紙からしてインパクトの強い本作だが、もともとPCゲームが原作という出で立ちだ。原作がゲームというメディアミックス形態は最近では珍しくないが、それでもいわゆる18禁ゲームの原作で、なおかつ、ここまで「魅せられる」作品となると皆無だろう。最近は停滞気味のジュニアノベルから、これほどの作品が飛び出したことはまさに驚愕の事実だ。

ストーリーは、吸血鬼に噛まれ自らも吸血鬼になりつつある主人公が、唯一、人間に戻るための手段として、自分を噛んだ吸血鬼を発見し、抹殺することを決意する。つまり、表題の「吸血殲鬼ヴェドゴニア」となって吸血鬼を「狩って」いく…、というのが話の展開である。

設定自体はいかにも非現実的なものであるが、その中にしっかりとリアリティと緊張感が漂っている。作品の中で、そういった雰囲気を醸し出しているのは、主人公が完全に吸血鬼になってしまうまでには、たったの2週間しかないという時間的制約の存在であり、同時に、いわゆる「勧善懲悪」に陥りそうもないストーリー展開によるものだ。吸血鬼やモンスター、妖怪、などオカルト系を題材にした作品は角川スニーカーに限らず非常に多く刊行されているが、ことライトノベルのジャンルに限ってみると、読みものとして耐えうる作品は驚くほど少ない。本作品は、表現力やストーリー展開などの基本的な部分もさることながら、そういった非現実的な材料をいかに読者に面白く読ませるか、という部分においてかなり優れている。特に、展開を追っていくと、主人公の敵がすなわち「悪」という構図には成り難く、物語の後半に行くにつれて「何かどんでん返しが待ちうけているのではないか」、という期待も抱かせる。吸血鬼になっていく間に主人公に襲い掛かる恐怖、自分は人間ではなくなっているという不安など、「2週間」という短い期間に苦しむ主人公の葛藤も作品をより深いものにしている。

著者は自らを「業界的に住んでいる場所が異なる」と評しているが、ジャンル的には現在のジュニアノベルで十分包括されうる範囲であるし、作中の表現力等も最近の挿絵のみで勝負する作品とは比較に成らないくらいに優れている。良い意味で山田秀樹氏の挿絵と作品がマッチしていることもあり、近年のスニーカー文庫の中では抜群に存在感のある一冊だといえる。ジャンルの好みを抜きにすれば、恐らく、かなりの人間に受け入れられる作品だろう。文章も挿絵もこれ以上ないくらいに「熱く」、存在感を放っている。少なくとも、18禁ゲームに対するある種の偏見はこの作品には当てはまらないことを断言できる。

本作では物語の前半までが描かれている。かなり盛り上がってきたところで終わってしまうので、読者としては続きがどうなるのかヤキモキするが、それも続編が刊行され次第解消されるだろう。未読の方は是非一度本作を読んでみて欲しい。この作品は読んで決して損はない。

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私はあなたを叱咤する

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 『聖女』の物語を締めくくる第2巻。名もなき狂気の神に魅入られたベルド。その正気を取り戻すために、フラウスが旅立つシーンから始まる。1巻では、いまいち描き出されていない感があった物語の主人公・フラウスだったが、2巻では一転して、フラウスを追った話の展開となっている。神官戦士であるフラウスから、女としてのフラウス、そして、一人の人間としてのフラウスへ、そして、まさに物語りの最期、魔神戦争終結の瞬間に、フラウスは『聖女』へと昇華するのである。
 この物語はラブロマンスではない。そのように表現できるほどに甘い物語でもない。しかし、戦士でありながらも、女としてベルドを愛した姿、そして、その物語は心を打つものがある。何故なのだろうか?
 ロードス島戦記という物語をご存知の方にはお分かりだろうが、後の世に六英雄として語り継がれる者たちの中に、フラウスの名は含まれてはいない。彼女がベルドを庇い、死に到ってしまった為である。
魔神王の刃を受けたフラウスの最期の言葉は、至高神に対する「叱咤」であった。それは聖職者ではなく、一人の人間としての言葉ではないのか?
 この物語は、ロードス島戦記へと続いていく。しかし、水野良が生み出した世界を、この「ファリスの聖女」は遥かに超えていってしまったような印象を受ける。もはやロードス島戦記とは称せないのではないだろうか。ここまで来ると、これは全ての世界を越えたドラマだ。
 評者の力不足ゆえ、書評としては、陳腐な表現を綴るに終始しなければならない。幾つかの疑問を記す事になってしまってもいる。しかし、この作品は間違いなくファンタジー界に名を残す、最高傑作の一つであると私は確信している。
 皆さんにはこの物語に生きている人々、一人一人を見てほしい。物語の中心で苦しみ、悩み、ものおもいながら生きた一人の女性を見て欲しい。そして、皆さん自身が直に物語を体感して欲しい。すべては物語の中にあるのだから。

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魔神戦争再び

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 同名コミックスのニュータイプ100%コミックスでの新装版。

 10年を経て「ファリスの聖女」が完結し、最終巻である二巻が発売された。その発売と合わせて出版されたのが今回の新装版である。
 物語的には旧版と同じなのであるが、一部加筆修正されている。新装版においては、旧作では少々弱かった登場人物達の心理描写が、大幅に書き加えられている印象がある。恐らく、ページ的にはそれほど増えてはいないのだろうが、そのわずかな数ページが作品の幅を大きく広げているように評者には感じられた。特に「荒野の賢者」という人間像が更に深まっているのではないだろうか。
 旧作には収録されていなかった部分が他にも多数あるのだが、評者に表現不足から、言葉で伝えるのは厳しい。出来れば、旧作と新装版との違いを皆さん自身の目で確かめて欲しい。
 魔人戦争の行方は何処に往くのか、そして、フラウスが聖女へと昇華していく様を、皆さん自身が追ってみて欲しい。

 一つ確かな事は、この新装版が、単に装いが新たになっただけのものではないということだ。今回のそれは、内容までも新しくなった、言うなれば、再び魂を込めなおした正しく入魂の一作なのだ。

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なるほど、デルタ

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漫画家さんが原作のイメージをぶち壊しにしてしまう作品も多い中で、この「黒猫の三角」はかなりの良作だと思う。

私は、原作小説(ノベル?)を読んだこともないし、正直、ミステリーものをそう頻繁に読むほうではない。この本も、原作者ではなく漫画家さんの名前をみて買ってしまった口なので、あまりえらそうなことは言えないのだけど、この作品は漫画としてみてもミステリーとして読んでも、とても面白い。

例えば、読んでいて「犯人」らしい「犯人」が、最後まで読者には分からない。これは小説を書いた森氏の構成もさることながら、皇なつき先生の力量だろうと思う。最後まで気を抜かず「ミステリー」として読める。漫画ということで、目でみて分かるという良さもある。

一方で、読んでいるうちに、「そう言えば、この本はミステリーものだったっけ??」と思うほどに、なんだか自然に話が進むので、ミステリー以外の部分、物語に出てくる登場人物のキャラクターを楽しむゆとりもある。

原作者のファンの人は勿論、皇ファンの人にもお奨めできる一冊。勿論、「原作者も漫画家も知らないよ」という人にも楽しめる作品だと思う。分厚い装丁に驚かず、勇気を出して買ってみよう(笑)! こんなに分厚いのにこの値段はお得です(宣伝?)。

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ボクシング黄金時代を過ぎた今だからこそ、あえて面白いと断言できる

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原作・高森朝雄(梶原一騎)、作画・ちばてつや。現在ではもう見ることの適わない黄金タッグによる、まさしくボクシング漫画の金字塔というべき作品。

いまさら書評として書き記すのもおこがましいかも知れない。しかし、あえて、ここで書評・感想を書こうと思ったのは、リアルタイムで「明日のジョー」を見ることの出来なかった私たち世代の人間が、かつての名作を手にとることが出来たことの、その喜びを表現したいからでもある。以下、駄文を少々。

「あしたのジョー」は、漫画というよりもボクシングそのもの。ボクシングというよりも人間ドラマといったほうが適切かもしれない。「ここまで泥臭く生きたやつはいないだろう」と思いつつも、「でも、もしかしたら…」と思わせる。何と言うか「人間」というものを強く感じさせてくれる作品だといえる。ここまで「人間臭さ」を持っている作品はなかなかない。

また、私は特に、この作品を生んだ時代に注目してみた。不況、不況と騒がれながらも、現在の日本は、戦後直後の時代に比べれば格段に住みやすい時代なのではないだろうか。「あしたのジョー」の主人公・矢吹丈のハングリーさは、ある意味その象徴なのではないだろうか。今、全てを読み終えてそう感じる。少なくとも、私の周りには「ジョー」ほどギラついた目をしている人はいない。

厳しい世相とその時代が生んだハングリーさがなければ、矢吹丈がボクシングと出会うこともなかっただろう。少年院に叩き込まれて宿敵・力石徹と出会い、あの有名な死闘を繰り広げることもなかっただろう。ある意味、日本という国が持っていた「反骨心」の具現化した姿が、矢吹であり、「あしたのジョー」なのではないだろうか。

恐らく、この漫画を超えるボクシング作品は、よほどのことがない限り現れないだろう。ボクシング黄金時代をはるかに過ぎた現在、その残滓すら残っていない現状で読んですら、読者に震えが来るほどの作品なのだから。

もし、この漫画を超える作品が現れるとするならば、それは、矢吹丈たちの生きた時代以上に厳しい、よりハングリーさが求められる時代がきたときだろう。私たちのまわりで、ぎらついた瞳を持つ者を見かけるようになったのなら、それは丈が登場する前触れなのかもしれない。

個人的には、「ジョー」を超える作品に出会いたいと思う反面、そんな作品を「生み出せるような」厳しい時代は来て欲しくないと思うのも反面、複雑な心境だ…。

ともあれ、10代、20代の、「あしたのジョー」に触れたことのない人は、文庫版という手軽なサイズが出版されたことを機に、一度手にとって読んでみて欲しいと思う。間違いなくこの本は名作だ。

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この本を待っていた

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OVA天地無用の流れをまさにそのまま受けている作品。それもそのはず、原作・著者がともに、OVA版の中心メンバーなのだ。

おなじみの長谷川菜穂子も1期シリーズの脚本であるが、より綿密な世界設定を構築しているのは、開始当初よりもむしろ2期シリーズ以降であり、内容も後者の方が深みが出ている。

今回の本は、その2期シリーズ直後の展開を描写している。ファンとしては、続編が出ないもどかしさもあり、とても嬉しい話なのだが、それ以上に嬉しいのは、これまで殆ど明かされていなかった樹雷皇家についての設定が記されていることだろう。

阿重霞・砂沙美の父であり、船穂・美砂樹の夫である、樹雷皇が今回の主人公なのだが、若かりし頃の話から、地球での船穂との出会いなど、魅力のある内容満載だ。特に、実は宇宙海賊時代の魎呼と対決していた、というエピソードは興味深い。

これ以上はネタバレなので、省くが、黒田洋介の本ははずれがないので、それだけで買いだろう。立ち読みではなくて、買って読んでも損はない作品だ。

裏設定的なものをノベルにして発表し、来るべき3期シリーズへの伏線にしたいということがコンセプトらしく、以後続巻。1ファンとしても待ち遠しいシリーズである。

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