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格さんのレビュー一覧

投稿者:格

6 件中 1 件~ 6 件を表示

紙の本コンビニ・ララバイ

2002/09/09 00:17

コンビニを舞台にしたいろいろなドラマ

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子を亡くして,妻といっしょにできる仕事ということでコンビニを始めたものの,すぐに妻も事故で(これがほんとうはそうなのか分からないのだが)失ってしまいます。それでやる気もなく,続けているコンビニ。でもそんな優しい雰囲気からいろいろな人が集まってくる。その優しさから万引きをしていく者も多い。また,コンビニの前の駐車場を使っていろいろなことをしていく者がいる。

今一番,元気な産業かもしれないのだから,そこにはいろんなドラマが生まれてもおかしくはない。しかし亡くなった妻のことばであるが,「賑やかだが乾いている」というのはまさに言い得て妙。その雰囲気からドラマは生まれにくいものがあるのかもしれないから,誰も書かなかったのか。そこに着眼した著者はやはり世の中をいろいろとみているのだろうか。

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紙の本放哉 大空

2001/01/27 03:15

自然との孤独な暮しをうたう句集と雑記、その解説

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 酒と旅に期待したのだが、直接、それをうたったものはほとんどない。しかし、自然と孤独に暮らす『淋しさ』と人恋しさのようなものを十二分に感じることができる。そして、どことなくユーモアを感じる。
 作者は明治18年生まれ。一高、東大をでて、30歳で東洋生命において課長にまでなるが、突然、課長を罷免されたことから辞職し、以後、放浪の生活を送るようになった人だ。そして、各地の寺などでの生活を送りながら、41歳(大正15年、1926年)の若さでなくなった。課長罷免の理由は明に書かれていないし、俳句にもそれはうかがわれないが、どうも『酒』が原因らしい。そうとう暴れるのだろうか。若くして亡くなった理由は、直接には肋膜炎ということだが、間接的にはやはり『酒』が原因なのかもしれない。
 中学の頃から俳句を作り始めたらしいが、この句集の編者であり、放哉の句の師匠であり、また、友人であり、そして、ほぼ唯一の頼れる人であった荻原井泉水によれば、放浪の生活を送るようになってから、彼の俳句が光るようになってきたとのこと。そして、最後の1年もない小豆島で暮らすようになってから、いよいよ燦然たる光を発する様になったとのことである。たしかに、この解説を読む前に、面白いと思った句にマークしていたのだが、放浪前の句には一つもマークがなかった。では、そういう心境であれば、だれでもいい句を作れるかと言えば、やはり、井泉水によれば、そうではない。表現ができなければならないのだ。これは、俳句に限らず、すべての芸術に言えることであろう。でも、逆もまたそうで、能力さえあれば、何の不自由もない暮しをしている人に芸術を生み出せるか、いえば、それはできない、ということも言えるのではなかろうか。
 少しだけ、句をあげておこう。
 『淋しい寝る本がない』夜長、読む本がないくらい淋しいことはない。たまたまなのではない。ずっとなのだ。買う金がないからだ。寝るしかない。もしかすると、枕すらなく、そのかわりの本までないのかもしれない。
 『臍に湯をかけて一人夜中の温泉である』バカ! おもしろい奴だ、という感じだが、あまりの寂しさに涙を誘われる。
 『やせたからだを窓に置き船の汽笛』これ以上の淋しさの表現があろうか。放哉は、つらい旅を望んではいないのだ。静かにその場で死んでいくことを願っている。でも、この汽笛は、旅を、そして、まだ生きることをほんの少しだけ考えさせたのだろうか。

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ユビキタスの先駆者が語る真のユビキタスの目指すものとは

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 世の中で何か“ユビキタス”という言葉をよく聞くようになってきた.もっと前に言っていたようにも思い,調べてみると,なんと1988年にゼロックスのパロアルトが言い始めた用語らしい.しかし,それよりもっと古く実質的にユビキタスコンピューティングを提唱していたのが坂村健だ.1984年に「どこでもコンピュータ」なる概念を提唱し,TRONプロジェクトを始めたのだ.

 本書は評論家の竹村健一が,最近聞き始めた“ユビキタス”とは非常に大きな話らしいということから,第一人者の坂村にインタビューしながらまとめたものである.対談の形式ではなく,章ごとに交互に,それぞれが執筆する,というスタイルをとっている.対談形式よりも,話が整理されていて,なかなかいいスタイルである.各章のタイトルと執筆担当を示すと以下のとおり.

  第1章 二十一世紀の救世主「ユビキタス」     竹村
  第2章 見えないコンピュータが手をつなぐ社会   坂村
  第3章 パソコンの時代の終わり          竹村
  第4章 ユビキタス社会のセキュリティを守るために 坂村
  第5章 ユビキタス・コンピューティング社会の胎動 竹村
  第6章 人間と自然のための柔らかなシステム    坂村
  第7章 どこでもコンピュータがもたらすビック・ウェーブ 竹村
  第8章 日本が日本を乗り越えるとき        坂村

 ところで私なども,本書で勉強し直す前は,ユビキタスコンピューティングといえば,情報家電に代表されるようなPC以外の機器にもコンピュータ機能がどんどん入り,それらがネットワークにつながってくる,という程度の理解であったが,坂村の想定は,そういう次元ではないのだ.また,その実現には坂村ですら,いまから10年はかかる,と言っているくらいのものである.

 竹村は,「パソコンの時代は終わり」と書いているが,そういう次元ですらないように思える.パソコンという情報処理をする汎用機械がなくなることはないし,それが何かに置き換わっていくものでもない(そういえば,IBMのガースナーがPC Era is overと言ったのも,だいぶ昔だが,意味は違うような気がする).

 ここで書かれているユビキタス社会とは,以下のようなことが実現される社会だという.
- シャツにコンピュータがついて,人間の気持ち(体温)を読み取り,エアコンが自動制御する
- 食品一つ一つに電子タグが付き,冷蔵庫がそれを自動的に読み取って,中身の在庫管理をする
- レジを1秒で通り抜けられるようにする.商品の電子タグを自動的に読み取る.
- どんな障害にも対応するバリアフリーの街.自動的に音声案内が行われたりする.
- そこに行っただけでその街の歴史などを自動的に教えてくれる.

 パソコンがどうのこうのという話とはまったく違う.もっとも,それが社会にどれだけのインパクトがあることなのか,ちょっとピンと来ない例ばかりなのは残念だが,私の感覚がおかしいのか.なお,どれも電子タグがキーになっている.これだけだと,コンピュータまでほんとうに必要なのか,わからないところがある.

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紙の本ぼぎちん

2001/02/18 21:33

バブルの時代、中年男と女子大生の恋愛の始末

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 作者自身と思われる主人公の一人称でずっと語られていく。地の文のところもまったく会話体の文章で面白い。
 “ぼぎちん”の意味は、相手の男が『俺のこと、ボギーって呼んでくれよ』って言ったのに対し、相手の雰囲気から主人公が『ボギーっていうより“ぼぎちん”って感じじゃない』と言ったことから来ている。この“ぼぎちん”が作家白川道らしい。主人公はこの男に一目惚れで好きになっていく。この二人は実は親との関係において、まったく同じような境遇なのだ。
 北方謙三が好きで作家を目指したいと思っているが、株や博打に生きていて、このバブルの時代、それで成功しているので、とても作家になどなりそうにない。ダンディズムだぜ、などといいながら、一面ではひどくダサいところにも愛らしさを感じる。このあたりの描写はうまい。
 そして、なんと言っても自分も含めてほとんど何も考えず、バーのホステスのアルバイトなどをしながら、怠惰な暮しをする。しかしながら、一流大学に通っているという点だけを誇りに生きていく、というあたりの記述がこれでもか、続く。主人公が男と別れようとしていくあたりの描写はちょっと唐突。なんて馬鹿なと思わせるが、それもこの時代のせいなのか、小説のテクニックか。
 もう、少し世の中の変化との関連などを詳細に描いてくれていれば、もっと良かったと思う。
 しかし、福田和也の評価のようにこれが日本の最高の小説とは思えない。バブルの時代の女の側から見た一つの記録としては貴重であろう。

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そして粛清の扉を

2001/02/18 21:29

高校女教師と生徒達の闘い

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 高校の女教師が卒業式の前日、自分のクラスの人間を教室に閉じ込め、一人ずつ殺し始める。動機は物語の一番初めに説明されている。だからといって、生徒に無視されていたような弱い女教師がこのような行為ができるほどの変化をいかにして遂げたのか、まったく分からない。最後にやっと説明が行われ、話としての辻褄はあうのだが。
 『最近のガキどもの行動に不満な大人に贈る』というような宣伝文句につられて読む。たしかによくぞやってくれた、という面もあるが、あまりにも簡単に人を殺しすぎ。一応、殺される対象がどのような人間であるのか説明されてはいるのだが、それにしても非現実的。今時の高校生あたりの感想を聞きたいものだが、ここにでてくる生徒達のように何にも感じないのか。
 リーダ格の生徒の三人。前半多少の存在感があり、何かやってくれるのかと期待をもたせるのだが。

蛇足:やたらと漢字を使いすぎの上に、用語の使い方が多少おかしい。P.178、そこはかとなくカメラマンの名前を口にした。P.232、全身に蔓延る悪寒。

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トゥルシエの評価と期待

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 要するにトゥルシエは、采配は駄目だが、チーム作りは評価できる、ということ。良く言われている通りの評価である。そして、日本は『2002年の目先の勝利よりもさらに世界のサッカー史を塗り替えるような遠大な目標(2006年の準決勝進出)を持って進むべきだろう。そうであるなら、僕はトゥルシエを信頼して任せてみたい』と結んでいる。たしかに、そうかもしれないが、2006年のワールドカップ前にトゥルシエをたとえば、ミルチノビッチの様な采配に優れた監督に代えた方がもっといいかもしれない。
 シドニー五輪とアジアカップの試合の分析がほとんどを占めているが、試合の経過を追っているのが大半であまり分析になっていない。評価もありきたりで、今一つ。

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