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  3. KOMSAさんのレビュー一覧

レビューアーランキング
先月(2017年6月)

KOMSAさんのレビュー一覧

投稿者:KOMSA

15 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本パーマネント野ばら

2008/01/27 21:44

女はオンナである

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

どんな恋でも、ないよりましや――。

西原理恵子の「パーマネント野ばら」は、
男にも人生にも負けず、たくましく生きる女たちの物語だ。

娘を連れて、故郷の小さな村に出戻ったなおこ。

その母が営む村唯一の美容院「パーマネント野ばら」は、女の懺悔室。

そこでは女たちが、恋にまつわる小さな嘘を日々告白している。

「女ってどうにかなるみたい」――いつも男に泣かされ裏切られ、
それでも恋をやめない女たち。

七転八倒する大人の恋心を描くのは西原理恵子の真骨頂だ。

小さな嘘にしかしがみつけない女たちの性は、
切なく、その気持ちを笑いで封印する。

野ばらが咲く花園は、女のこころの奥底にあるのである。

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村上春樹、走る

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

少なくとも最後まで歩かなかった。

村上春樹の「走ることについて語るときに僕の語ること」は、
作家自身がはじめて自分自身について綴ったエッセイだ。

1982年秋、村上春樹は専業作家としての生活を開始した。
そして彼は心を決めて路上を走り始める。

フル・マラソンや、100キロ・マラソンやトライアスロン・レース。
25年にわたって世界各地で彼は路上の息吹と自分をシンクロさせる。

旅行バッグの中にはいつもランニング・シューズがあったのだ。

走ることは彼自身の生き方をどのように変え、
彼の書く小説をどのように変えてきたのだろう。

この作品はごく個人的な小説を書くランナーの覚え書きだ。

だが、日々路上に流された汗は、天分とは何かと作家に啓示を与える。

村上春樹にとっての走る行為とは、
少しでも有効に自分を燃焼させることであり、
それはまた生きることの、小説を書くことのメタファーなのである。

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紙の本終決者たち 上

2008/01/27 21:25

ボッシュ イズ バック!

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

われわれは9回裏、試合の勝負がかかっているときに
投入されるクローザー=終決者だ。失敗すれば試合は終わりだ。

マイクル・コナリーの「終決者たち」は、
ハリー・ボッシュを主人公にした待望のシリーズ第11作だ。

私立探偵ボッシュは3年振りにバッヂを取り戻す。

復帰後はじめての事件は、17年前の女子高生殺人事件だ。

現場に落ちていた拳銃から DNAが抽出され、
ある人物の関与が判明する。ボッシュは当時の捜査を逐一さかのぼる。

被害者の発見場所、自宅、両親、母校、当時の捜査担当刑事など、
関係者を訪問し、見落としがないかを相棒ライダーと検証してゆく。

ロス市警「コールド・ケース班」に復職したボッシュの
未解決事件を追う執念の捜査が始まった。

未解決事件を「コールド・ケース」と呼び、
「コールド・ヒット」とは警察、FBIや司法当局のデータベースから、
迷宮入り事件の容疑者などが浮かび上があがることをいう。

「コールド・ヒット」の人物は犯人なのか決め手がなく時間が過ぎてゆく。
何度も何度も当時の調書を読み返すボッシュ。

マイクル・コナリーの創造したハリー・ボッシュは、
決して器用な人物ではない。しかし猟犬の嗅覚で、
一歩一歩真実に近づく姿がシリーズの醍醐味だろう。

未解決事件の死者の声を聴くように、
捜査に取り組むボッシュは“代弁者”だ。

そして“終決者”となることで、
自分探しの旅へと導かれていくのである。

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ほんとうに面白い映画とは

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ハリウッドがつまらなくなった、
101の理由とは何か。

柳下毅一郎の「シネマ・ハント」は、
『エスクァイア日本版』に最長連載を誇る、
映画批評を単行本化したものである。

10年以上にわたる連載の中で、
批評は映画界の定点観測となる。

そして、映画監督の盛衰もさることながら、
映画の作り方がどう変わってきたかの記録でもある。

コンピュータ・グラフィックスがいかにアメリカ映画を浸食したか、
9.11テロがニューヨークの映画人の想像にどこまで影響を与えたか。

巻末に掲載されている筆者と樋口泰人の対談は興味深い。

サム・ライミは個人的妄失を超大作に落とし込み、
スピルバーグはCG時代のスペクタクルをいちばん考えている。

柳下毅一郎の批評が感動的なのは、
映画における監督以外の意志を積極的に取り上げ、
映画が生まれる下部構造に目を向けているからだ。

本当に映画はつまらなくなったのか。

その答えは本書の行間に密やかに紛れ込んでいる。

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火を喰う者たち

2005/05/23 00:11

少年は、祈り、そして闘っていた。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

これは奇跡の物語だ。
ドラマツルギーが奇跡を描いているわけではない。
21世紀に語られるべき反戦の物語が書かれたことが奇跡なのだ。
核の時代の現代人が抱える不安感は、
ティム・オブライエンの「ニュークリア・エイジ」を彷彿とさせるし、
悲しき大道芸人マクナルティーの造形はフェリーニの「道」を想起もさせる。
この物語には超自然的なものや、不思議なものはいっさい出てこない。
徹底してリアリズム風に書かれたかの印象を受ける。
しかしデイヴィッド・アーモンドは、
無辜なる愚か者であるマクナルティーが、
奇跡を体現するに相応しい舞台を周到に用意する。
キューバ危機をほんとうに恐怖したのは政治家や知識人ではない。
テレビやラジオからのとぎれとぎれの報道から、
世界の終わりを痛切に感じ取ったのは何よりも弱者たちであった。
どこにも逃げ場のない彼らは空を見つめ祈ることしか出来なかった。
少年の日常生活がリアルに描かれているからこそ、
破滅が目前として迫った時代の空気が伝わってくる。
これは物語=小説ですらないのかもしれない。
不安な時代を生きた人々から、
核戦争よりもっと深刻な現代を生きる我々へのメッセージなのだ。

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バケツから見上げるアメリカ

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「底抜け合衆国」で、トホホなアメリカを暴いた
町山智浩の新しいアメリカ風俗論である。

ここでの町山の視点は
アメリカ一市民の目線でいることに自覚的だ。

「カニバケツ」とは、
カニを沢山バケツに入れておくと、
外に逃げようとするカニを他のカニが引きずりおろす為、
カニが外に逃げ出さないという事象を指す。

かつての「アメリカン・ドリーム」は
もはや幻想でしかなく、貧富の差が広がり続けるアメリカを
町山は冷徹に見据えている。

アメリカは徹底的に勝ち負けにこだわる。
だが人生の上での勝利をつかみ取るという行為が
アメリカ市民はもう絵空事でしかない事に気づいているのだ。

これからアメリカはどこに向かうのか。
町山の重ねられたコラムに答えはない。
だが、アメリカ市民はもがき続ける。
何かが自分をバケツの中から拾い上げてくれると神に祈りながら。

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もうひとりのアトムの物語

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

連載当時から「傑作」との呼び声が高かった
この作品を18巻の最終巻までようやく読了した。

浦沢直樹のストーリーテラーぶりが
発揮されている秀作だと思う。

主人公の名は天馬。
これは「鉄腕アトム」に出てくる天馬博士からの引用だろう。
アトムの一挿話を壮大な物語に再構築する試みの「PLUTO」を
連載中とするならば浦沢の手塚治虫への傾倒も納得がいく。

しかし、主人公・天馬は名を借りたばかりではない事に気付く。

「鉄腕アトム」の天馬博士は最愛の息子トビオを亡くしたことで、
地球上でいちばん優秀なロボット=アトムを誕生させる。
天馬博士にとってそれは神の領域に近づく行為だったのだ。

「MONSTER」の天馬(脳外科医であるからやはり博士だ)も、
瀕死の子どもを自らの手で救った事で、
その子ども=ヨハンがもたらす凶事に身を委ねざるを得ない。
ヨハンを神と奉る手強い敵を排除しつつ、
自分の手で救ってしまった「MONSTER」との決着を希求して。

天馬と共闘するキャラクターも魅力的だ。
アトムを巡る人物がとても多彩で輝いていたように。

「MONSTER」はもうひとりのアトムの物語でもあるのだ。

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紙の本刻まれない明日

2009/11/09 10:30

あなたはあなたの道を歩んでいく

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

いつか忘れなくてはいけない、
大切な人。

三崎亜記の「刻まれない明日」は、
序章から始まる7つの短編で構成される物語だ。

3095人の人間が、忽然と消え去った場所。

「テロとも、自然災害とも、人為的な事故とも」いわれてはいるが、
その謎は10年たった今でも解明されていない。

「事件」が起こった場所は、
真相解明も進まぬうちに再開発が決定したが、
開発が途中で止まってしまったため、
便宜的に「開発保留地区」と呼ばれている。

「事件」が起こった街に、1人の女性が訪れる。

その女性、沙弓は、ただ1人の「消え残り」だった。

「失われた町」の続編である。

沙弓を介して、緩やかにつながっている物語は、
どれもが静かに哀しく、けれど優しく心を揺する叙事詩だ。

哀しみのなかに、身をおいたままではいけない。
哀しみのなかで、自分の時を止めてしまってはいけない。

三崎亜記は読者にささやき続ける。

ゆっくりでいいから、できることからでいいから、立ち止まらずに、
あなたはあなたの道を歩んでいかなくてはいけないのだ、と。

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紙の本魔物 上

2008/05/02 19:10

人は誰もが“魔物”である

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

消えた聖人画=イコンが地獄への扉だった。

大沢在昌の「魔物」(上・下)は、
絶望と憎しみに彩られたサスペンス・ノワールだ。

北海道の麻薬取締官・大塚に、
ロシアと地元やくざとの麻薬取引の情報が入る。

ブツは押収したものの、
麻薬の運び屋であるロシア人を取り逃がしてしまう。

ロシア人は、銃撃による重傷を負いながらも、
警官数名を素手で殺害し、町へ消えてしまった。

あり得ない現実に、
新種の薬物を摂取している可能性が考えられたが、
犯人は逃走する際に一枚の絵を大事に抱えていたという。

大塚は心の奥底に澱んでいた、
過去の傷と向き合いながら行方を追う。

向かった先は東京、憎しみ渦巻く魔物の理想郷だ。

大沢在昌が描くのは、
恐怖の裏に張り付く憎しみの中でもがき格闘する男の姿だ。

魔物は最初から魔物として存在しているわけでない。

そして聖者も善人も、誰しもが地獄にいる。

この世の中こそが地獄で、
そうとは知らず我々は、ここに生きているのである。

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紙の本暗く聖なる夜 上

2008/04/19 15:47

“LOST LIGHT”が照らすもの

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

男は女を想い
一人で戦う決心をした。

青い空が見える
白い空も見える
明るく、清らかな昼
暗く、聖なる夜
そしてわたしは、ひとりでこう思うのだ
なんと素晴らしい世界だろう、と

マイクル・コナリーの新作“LOST LIGHT”は、
文中にも引用されたルイ・アームストロングの名曲にちなみ、
「暗く聖なる夜」という邦題が冠されている。

当代最高のハード・ボイルドと言われている、
ハリー・ボッシュ・シリーズ。
この作品は「シティ・オブ・ボーンズ」に次ぐ作品である。

ハリウッド署の刑事を退職し私立探偵の免許をとったボッシュ。
彼にはどうしても心残りな未解決事件があった。

ある若い女性の殺人と、
その捜査中目の前で映画ロケ現場から奪われた200万ドル。

孤独な捜査を進めるボッシュはロス市警、FBIから、
激しい妨害と警告を受ける。

原題の“LOST LIGHT”とは坑道の道しるべである。
人の心の闇という坑道をボッシュは炙り出していく。

それはボッシュがベトナムに従軍し、
地下坑道での戦闘体験に遙かに通じているのだ。

ハリー・ボッシュは過去に囚われている。

「ラスト・コヨーテ」で母親の死を呪うとともに、
真相を暴かずにはいられなかったボッシュの執念が、
この作品の偏執的な戦いの基調でもある。

そして終幕にマイクル・コナリー作品最大の安堵が訪れる。

それはハッピー・エンドではない。
コナリーが主人公ボッシュに与えた配当なのだろう。

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復活を待つ

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ツッコミ満載の豪華プレゼントを堪能せよ。

町山智浩&柳下毅一郎の「FBBの映画欠席裁判 3」は、
タブー知らずの毒舌映画漫才コンビである、
ファビラス・バーカー・ボーイズ(FBB)が贈る映画時評の第3弾だ。

扱き下ろされた映画は数知れず、切った貼ったは当たり前、
しかし特殊編集者と特殊翻訳家には映画への愛があるのだ。

使い古されたオチにガッカリの「ヴィレッジ」、
「アレキサンダー」のキング・オブ・ザ・ワールドの正体はマザコン。

「ホテル・ルワンダ」の主演がウェズリー・スナイプスだったら、
「ヒストリー・オブ・バイオレンス」で人殺しより怖いのは年増のコスプレ。

世紀末を過ぎて映画はこれからどこへいくのか。

映画漫才コンビはこの第3弾で一応は解散するという。

しかし、すぐにでも復活するだろう。

何故ならまだまだ町山+柳下が語る言葉を読者は待っているのだから。

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紙の本ドラママチ

2008/01/27 21:31

これはあなたの物語

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

恋する女はいつも夢見る。

角田光代の「ドラママチ」は、
いつも何かを「待つ」女たちの心の情景を描いた短篇集だ。

男に愛される女と愛されない女の違いはなんだろう。

恋愛、妊娠、プロポーズ、
女達はいつも何かを待っている。

中央線沿線の「マチ」を舞台に綴られる、
ちいさな変化を待つヒロイン達のドラマは切ない。

今は通過点なのだと、
自分に言い聞かせて日々を送り、
ゴールはそんなところにはないと更に言い聞かせる。

角田光代の描く日常は、リアルであり、
そのドラマは隣で繰り広げられていてもおかしくない。

陰毛に白髪を見つけて、さっさと離婚する友人。
子どもを作ることは、不要な別れをひとつ作り出すように思うこと。

それは明日の自分の姿であり、
あなたの物語でもあるのだ。

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紙の本村上ソングズ

2008/01/27 21:20

至極の音楽が聞こえてくる

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

それは神さましか知らない。

村上春樹+和田誠の「村上ソングズ」は、
ジャズ、スタンダード、ロックの名曲から、
村上春樹が選んだ至極の作品にまつわるエッセイだ。

ポピュラーなあの曲、知る人ぞ知るこんな曲。

村上春樹の厖大なレコード・コレクションは有名だ。

歌詞を村上自らが訳して紹介し、
和田誠の楽しいイラストが花を添える。

この二人の共作には既にジャズの名曲を紹介した、
「ポートレイト・イン・ジャズ」がある。
こちらも名盤の中からこれぞという曲を選んだ作品だ。


ひとりぼっちで、自分らしく生きていくのは

生半可なことじゃない。

手っ取り早く一人前になれたりはしない。

小さな積み重ねがすべてなんだ。

修行に耐えて一歩一歩前に進んでいくだけ。

それしかないんだよ。


アビー・リンカーンの「ブルー・モンク」は、
彼女自身の作詞による、孤高のピアニスト、
セロニアス・モンクの代表曲である。

まるで物語を綴るような美しい詩篇は、
村上の新訳でまた新しい息吹を得る。

こうして再び、名曲は我々にとって、
忘れがたい魂の一部となり、こころに染み入るのである。

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紙の本Twelve Y.O.

2004/12/13 10:10

次世代への責務とは?

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「亡国のイージス」の前段とも言うべき、
壮大なポリティカル・フィクションである。

この作品で福井晴俊が描いたのは、
大国のエゴと、それに付き合い全ての結論を先送りにした
亡国・日本の責任の取り方だ。

アメリカ国防総省を手玉にとるテロリスト「12(トゥエルブ)」の名は
マッカーサーが「日本は12歳の子どもだ」と評した事に由来する。

日本は戦後復興期からその成長を止めた。
アメリカ庇護を得て(アメリカはそう考えているのか?)
自分で答えを導けない政治家と国民に対し、
「12」は私怨を契機として戦いを挑んでいく。

「12」を逆さにすると「21」。
未だに戦争を続けようとしている我々の生きている世紀だ。

生きること、そしてその意味を考えること。
福井は読者の眼前にその真実を突きつける。
それは次世代に引き継ぐべき我々の責務でもあるのだ。

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紙の本ミッドナイトイーグル

2008/01/27 21:33

物足りない

6人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

吸い込まれそうな闇が続いている。
その中をさらに黒い点が横切るのを見た。

翼を広げ、暗い空を滑空していく。
鷲だ。ミッドナイトイーグル。

高嶋哲夫の「ミッドナイトイーグル」は、
冬の北アルプスを舞台にしたポリティカル・サスペンスだ。

さしずめ雪山版の「亡国のイージス」である。

米空軍のステルス爆撃機が北アルプスに墜落する。
報道カメラマン西崎勇次もその渦中にいた。

かたや週刊誌記者の松永慶子は、
横田基地に侵入・逃走した北朝鮮の工作員に接触する。

吹雪の北アルプスと東京。二つの場所で、
男と女は絆を取り戻せるのか。

山岳小説として物足りなく、
謀略サスペンスとすると意外やあっさりしている。

高嶋哲夫はかつて原子力の研究者であった。

事象を事象として描くには筆力があるが、
伏線の張り方や、心理描写には向かないのだろう。

この小説は大沢たかお主演で映画化された。

しかし、アメリカや北朝鮮、中国までも巻き込んだ、
複雑な国際関係は割愛され、空疎なアクション映画となるのだろう。

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