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先月(2017年8月)

花やっこさんのレビュー一覧

投稿者:花やっこ

1 件中 1 件~ 1 件を表示

記憶の断片を的確に拾い集める

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

書はそのときの気分や置かれた状況によって読後感の異なることがある。
幸せかそうでないか、あるいは、経験や年齢によっても印象はちがってくるだろう。不幸のまっただ中にいるときの読書ほど惨憺たるものはない。活字はほとんど頭に入らず、ゆたかでうつくしい文体、修辞も心に響くことはない。そういう意味では、読了し終えたとき感銘をうけた書も、書評を綴る時点で気持ちが沈んでいればロクでもない文章となるだろう。

 だが、アンリ・カルティエ=ブレッソン(1908ー2004)の「こころの眼」はそういう杞憂を持たずにいられるエッセイである。
ブレッソンの名を知らない人も決定的瞬間ということばは知っている。彼の処女作「決定的瞬間」(1952年刊 仏語版原題「逃げ去る映像」)は多くの写真家に影響をあたえ、その写真集の文章は本書にも掲載されている。

『現実がくりひろげる世界はじつに豊潤だ。私たちはそれをありのままに切り取り、しかもその本質を簡潔に見せなければならない。けれど、はたして本当に見せるべきものを切り取っているのだろうか。』

 こうした文章は写真撮影におもむく者だけでなく、さまざまな分野にたずさわる人たちにも訴える何かをもっている。
かつてブレッソンは遠い存在だった。彼の撮ったモノクロは影絵というか昔絵のようなおもむきがあった。感性とか技術を持ち出すまでもなく、それ以前に生きてきた時代という点ですでに遠くにいた。あえて近くを探せば、ブレッソンが仏教徒であるくらいのことだった。

 ブレッソンはいう、『簡潔で純粋な表現は思いきり削ぎ落とさなければ手にできない。何よりも被写体と自分自身を尊重して撮影することだ。』
そしてまた、『内なる静寂をポートレイトで捉えようとするとき、そのシャツと素肌のあいだにカメラをすべりこませるのは容易ではない。』
私たちを瞠目させる叙述である。しかしそれより、『記憶とはかけがえのないものだ』という何の変哲もない文章に胸を打たれるのはなぜだろう。

 写真家ロバート・キャパ、サラ・ムーン、詩人アンドレ・ブルトン、映画監督ジャン・ルノワールなどと親交のあったブレッソンは彼らについても述べているが、ルノワールが嫌っていたのは、わざとらしく、衒った、彼のスタイルの対極にあるアクターズ・スタジオ風の世界だそうである。さもありなん。

 ブルトンがこよなく愛したサン=シルク=ラポピーは南西フランス・カオールの東、ロット川上流のうつくしい村で、ハウス・ワインをかたむけ、追憶にふけるには十分な景観である。多くを語る必要はない、記憶の断片は、簡潔に、的確に拾い集められることを夢みているのだ。

 末尾に、「いちばん身軽な旅人」と題するジェラール・マセの序文の一部を記して退散しよう。『カルティエ=ブレッソンは墨で書く。墨は水に溶けない。冗漫を許さないインクだ。』

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