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レビューアーランキング
先月(2017年6月)

世界共和国屁さんのレビュー一覧

投稿者:世界共和国屁

4 件中 1 件~ 4 件を表示

紙の本相対主義の極北

2009/02/22 14:44

悟りが開けるかも

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

文庫になったので買いました。明晰・平明な論理で、大げさに言えばすべての哲学問題の最終解決を目論むかのような論考。
(ご本人は、そんな大それたことは考えてないとおっしゃるだろうが…)
これが分析哲学の威力というものか。デカルト・カントから現象学やウィトゲンシュタインに至る超越論哲学も、ヘーゲルもニーチェもレヴィナスの他者論もデリダの「差延」やドゥルーズの「差異と反復」のような現代思想のわけのわからない晦渋な議論も、ここでは身も蓋もないシンプルな形式に還元され、大変すっきりと見通し良くなっている。もっとも大陸系の哲学者の名はほとんど出てこないのだが。
永井均の独在性論とかなり重なる部分が多い。永井氏のこの<私>ではなく、「私たち」が扱われているので、読者は形式的議論の中に「実存」を読み込んでしまうような錯覚に陥る恐れは少ないだろう。
ただ、形式的論理を詰めていくだけのように見せかけて、いつの間にか「意味」が密輸入されているような、狐につままれたような感じがなくもない。
「語る」ことはおろか「示す」ことにすら失敗した果てに見出される「ないよりももっとない」は認めたとしても、それを「実在」とか「神」とか呼ぶことに関しては、それこそ人それぞれ(相対主義w)でいいんじゃないかという気もする。
もちろんそういう究極の意味の解明が行われるところが哲学の面白さでもあるし、形式的議論だけなら数学の集合論や数学基礎論を本格的にやった方が面白いだろう。
内容の要約はしない、というかできないが、とりあえず、相対主義の泥沼に嵌って脳内が混濁している人には絶対的にお薦めする。
相対主義の極北には何が「ある」のか、犯人当て推理小説のように読めます。とにかくすっきりします。

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数式の壁

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

数人の高校物理の現役教師が分担して各章を分担して執筆。企画は大変良いと思ったが、内容はやや期待外れ。
物理学の基礎を軽く復習できればと思って買ってみたが、公式や法則を発見した科学者のエピソードなど科学史的記述が中心で、肝心の物理法則そのものに関して説明不足。紙面の制限からして仕方がなかったのかも。
まず各公式の基本的な意味がわかりやすく書かれていない。既に中学高校で習っていることを前提としているのだろうが、これでは学校の授業で落ちこぼれた者が独習しようとするには不向きである。
公式には、数学的意味と物理的意味があるわけだが、当該公式集の場合、特に難しい数学が使われているわけではないので、数学的意味に関してはいいだろう。問題は物理的な意味で、そもそも「力」とは何か「運動量」や「仕事」とはどう違うのか、「電荷」とはどのようにして測った量なのか、詳しい説明がない。
そんな基本中の基本はとっくにわかっているという人はブルーバックスなど読まずに、もう少し高度な入門書や教科書を読んだ方が良い。
公式の物理的意味を知るためには、各物理量の単位とその意味を明確にしつつ、各物理量同士の関係を各単位間の演算で表す「次元解析」をして見せるのが手っ取り早いわけだが、そうした記述はほとんどない。
「単位」に焦点を当てた啓蒙書は他にもあるので、その点に関する掘り下げは避けたのかもしれない。
アインシュタインの公式など高校の範囲を越えた項目も出ているのだが、より基本的と考えられる電磁気学のマクスウェル方程式は出てこない。
(これもブルーバックスに竹内淳による啓蒙書があるので省いたのか)またシュレーディンガーの波動方程式がわかりやすく説明されているのはいいのだが、基本となる波動方程式の説明はない。
まぁ教科書を読んでおけということか。執筆した高校教師の生徒達はちゃんと授業に付いていけているのか心配になるが、多くの高校で物理科目は選択制なので、教師は落ちこぼれの世話をする必要はないのかもしれない。
本来なら文系であってもこの程度の公式は理解していないと文明人としてやばいと思うのだが、この本で物理音痴を矯正するのは難しそうだ。
科学の啓蒙って難しいもんですね、とか啓蒙される側が偉そうに言うのもなんですけど。

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学ばない学者・知ろうとしない知識人

6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「消費主体」「経済合理性」「等価交換」「無時間性」というキーワードで学歴崩壊やニート問題を一刀両断。
その実「いまどきの若者はゲンキンで困る」という昔ながらのお説教。
昔ながらのお説教でも何らかの実効性があればいいわけだが、
内容において「功利性」自体が疑問に付されている故、当然なんの実効性もなさそう。
お説教をしたがるのは、バブル崩壊後あたりに『貧乏は正しい』とぶち上げた橋本治の影響か。
まず「経済合理性」は「現代の若者」に特有の現象だろうか?
市場化・消費社会化は近代の流れの中で、不断に進行してきた過程であって、現代になって急激に変化したというものではない。
マル経、人類学による非市場社会の知見、ハイデガー・レヴィナス・デリダなどを動員した共同性と時間性の倫理、
と相変わらず道具立ては華麗だが、ごく単純なマクロ経済の論理の理解(と人間としてのデリカシー)が欠如している。
長期不況によって失業が生じ、親のスネがある若者は「ニート」になり、リストラ親父は自殺とかホームレスに沈む。
「親のスネ」を選択するのは確かに「経済合理主義」でもあろうし「消費主体」とも言える。
またリストラ親父が自殺するのは「市場原理」によるセーフティーネットとしての「共同性」の崩壊が遠因だとはいえる。
では、不況のさなかに「消費主体」を改め、DIYとか増やしたらどうなるだろうか。
当然、需要が減ってもっと失業が増えるのである。失業が増えたらニートが減るのだろうか。
最後に瑣末な点についてだが、平川某が失語症について「しゃべることに何の意味もないから」などと言っている。
現在では心因性のものは「失語症」とは言わないはず。知識の虫食い穴にガムの噛みカスでも詰めているのか。

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紙の本日本の行く道

2007/12/28 12:35

治ちゃんの日本列島改造論・超高層ビルをぶっ潰せ!

6人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

橋本治による時事的評論の系列としては、『貧乏は正しい』シリーズの流れの先に位置づけられ、
『市場原理は嘘かもしれない』を引き継ぐ著作であり、巷に流通する言説の中では、
もしかしたら内田樹の鈍感力漲るベストセラー『下流志向』を補完するものかもしれない。
まず冒頭の「今の日本はどこかおかしい」で既に自分は躓いてしまう。
橋本氏の「おかしい」あるいは「みんながおかしいと感じている」という実感・認識と、
私の実感がかけ離れているのではないか、という悪寒に戦慄する。
まずはいじめ自殺の話。いじめは昔もあったが、いじめで自殺するのは現代の子だけだそうである。
これはよく見る論点だが(呉智英などもこのことを前提に独自のいじめ論を書いていた)
どこまで実証されていることなのだろうか?直感的にたぶんそうなのだろうな、とは思うが。
現代の子がなぜいじめによって自殺するのか、というと、
昔のいじめっ子=不良は前近代の残滓として近代の中で孤立して存在していたが、
現代において近代の均質空間が世界を覆いつくすと、こうした前近代としての孤立したいじめっ子は消え、
等質のお友達同士の中で誰もがいじめる側にもいじめられる側にもなり得る。(よくある近代群衆論・アノミー論に近い)
こうして近代によって前近代が駆逐され地域共同体が崩壊すると、子供にとってこの世界の外側というのは存在しないわけで、
学校に居場所をなくしたらもはや逃げ場がないので、簡単に自殺してしまう。
すっきりした図式でわかりやすい論理だが、これがどこまで真実で本質的なのかは自分には判断する術がない。
後半は怒涛の反経済成長論。
日本は歴史の必然として「近代」を選択し、また民間においては必ずしも必要のなかった産業革命を国家の意志で選択した。
しかしもはやそれは行き詰まり成長の限界なのだから、改めて選びなおそうよ、ということ。
「貿易戦争」「経済戦争」との語が頻出するが正直意味不明。レーニンの『帝国主義論』をそのまま踏襲してるだけなのか。
ここに至って、反グローバリズムや定常型社会論といった現代における太い思想潮流と合流する。
孤立したインテリ橋本治は孤立していたがゆえに全てを見通すことができる特殊なインテリであったわけだが、
アベ政権の上げ潮路線も潰えた昨今、むしろ主流派に属する思想家と言ってもよいかもしれない。
農本的・職人主体的社会主義か。橋本流「可能なるコミュニズム」はいかにして可能なのかというと、
どうやら「家族というシステム」を母体とすれば可能だということらしい。よくわからない。わからないという彷徨。
「格差ではなく隔差」「豊かさが強くなると人は弱くなる」など鋭い洞察もあるが、
私はこの本、後半に関しては一から十まで間違っていると思います。でも読後感は妙に清清しい。そして若干疲労感。

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