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  3. つぶてさんのレビュー一覧

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    3月のライオン(1)

    3月のライオン(1)

    羽海野 チカ(著),先崎 学 (将棋監修)

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    はらぺこあおむし 改訂

    はらぺこあおむし 改訂

    エリック=カール (さく),もり ひさし (やく)

    5つ星のうち 4.5 レビュー詳細を見る

つぶてさんのレビュー一覧

投稿者:つぶて

14 件中 1 件~ 14 件を表示

「鎖国」イメージの再考

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 徳川三代(家康、秀忠、家光)による「鎖国」政策によって、日本は閉ざされた国となった。近年、このように一般に流布している「鎖国」という歴史のイメージに疑問がなげかけられている。ロナルド・トビは、朝鮮通信使の存在を軸に、多くの屏風や図巻に描かれた絵を参考にしながら、当時の日本と東アジアとの関係を明らかにしてゆく。

 江戸時代には、外国との窓口が四つあった。

<近世において日本が外国などとの交易の窓口としたのが、長崎、対馬、薩摩、松前の四つの土地であった。「鎖国」イメージのなかでは、「四つの口」と呼ばれるこれらの窓口は、「鎖国」の例外とされてきた。だが実際には、「鎖国」が方針で「四つの口」が例外だったのではなく、「四つの口」こそが幕府の方針だったのである>

 現在でも日本への入出国は、空港や港などに決まっている。貿易品や人の行き交いを管理するのは、国家として当然のことであった。

 貿易品ということでいえば、当時、日本が中国から輸入していた生糸や反物の量は膨大で、その代金として支払った鉱物資源の流出は深刻な問題となっていた。

<一七世紀後半になると、対外貿易収支の赤字状態は国内での貨幣不足の問題とかたちを変え、ますます深刻になった。貞享令(じょうきょうれい)は、銀流出問題に対する国家としての対策であったが、一七世紀を通じて年間平均一五〇〇トンともいわれる銀の流出を食い止めることは不可能であった。 >

 また、幕府の招へいによって来日した朝鮮通信使という朝鮮からの使者の謁見は、江戸時代を通して十一回にも及んだ。それは大行列で、その度に、見物ブームがまき起こったという。その様子を写した屏風絵は圧巻である。

 朝鮮通信使を介した朝鮮との関係、中国との貿易の実態、四つの港における積極的な海外の情報収集、というロナルド・トビが提示する史実は、幕府の外交方針が国を閉ざすものではなかったことを表している。

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ハッとする

8人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本の読み方なら、今さら聞くまでもない、そう言う人がいるかもしれない。けれども、この本、一風変わっている。たとえば、草森紳一の次の言葉はどうであろう。


読書といえば、
頭のみを使うと
思っている人が多い。
それは、誤解で、
手を使うのである。
読書とは手の運動である。


 読書という行為は、生活の中に溶け込んでしまうと、いつしか自意識を離れ、無意識の運動にまで純化されてしまう。そのことに考えが及んだとき、本のページをめくる自分の手の動きを感じ、ハッとする。

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定説への疑問符

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 興味深いデータが載っていた。
 1970年から2004年までの間の「大気中のCO2濃度年増分」と「平均海面水温偏差年増分」の関係を示すグラフである。
 両グラフの上下の変化は、ぴたりと相関をなしているのだが、なんと「平均海面水温偏差年増分」のほうが「大気中のCO2濃度年増分」よりも時間軸的に先に変化しているのである。このデータをあげた薬師院仁志氏はこう述べる。

< まず水温の変化が先にあり、それに連動する形で、事後的にCO2濃度が変化している。ということは、CO2濃が高くなれば水温が高くなるのではなく、水温が高くなると、海水中のCO2が大気中に放出され、その結果、CO2濃度が高くなっていると思われるのである(p.92) >

 地球温暖化の原因のひとつがCO2の排出によるものだという、日本で広く流布している定説は、科学的に根拠のないものらしい。ここで注意しておきたいのは、薬師院氏は本書で科学的に証明をしているわけではない点である。一次資料をもとに抱いた印象を述べているにすぎず、その印象とは相いれない定説について、科学的な説明を聞かせてほしい、と謙虚に問うているのである。

 地球の長い歴史をみれば、CO2の濃度は、カンブリア紀、オルドビス紀、シルル紀~デボン紀、ペルム紀~三畳紀、そしてジュラ紀に、生物の進化を促すほどに大きな増加を見せたといわれる。そのような地球環境の変化のからくりはよく分かっていない。もちろん、人為的なものであろうはずもない。

 今の時代に省エネが大切なことは論をまたない。ただ、それと同時に、地球環境の変化の要因は、常に、冷静に、科学的に見極める必要があることを本書は示している。

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月光に書を読む

2008/05/06 22:54

名読書人・鶴ヶ谷真一

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 静謐な文章でつづられた随筆である。読み始めてからほどなくして、はやく書き留めておかないと、どこかに消えてしまいそうな、心に残る一文があった。

<こんな話を読んだことがある。泉鏡花は原稿執筆のおり、ふと忘れた字があって傍らの夫人に訪ねた。夫人が宙に指でその字を書いてみせると、鏡花は「ああ、そうか」と言ってから、真顔で「早く消せ」と言ったそうである。尊い文字をそのまま書きっぱなしにしておいては、霊ある文字は後でどのような祟りをもたらすかもしれない…。鏡花は言葉(この場合は文字だが)に霊力を認め、言葉のほうでもそれに応えてみせたのだろう。P32>

 あやしげな空気を帯びた名文ではありますまいか。この一文からも伝わるのだが、著者は紹介する人物の魅力を、自身にまといながら筆をすすめる。

 岩本素白を語っては、選りすぐりの引用文をからめ、余韻の残る随筆に仕上げる。柴田宵曲を語っては、生前の柴田宵曲を知る八木福次郎氏から聞いた話を効果的に織り込みつつ、その生涯をくっきりと浮かび上がらせて見せる。

 中村幸彦氏がどこかに書いておられたのだが、良い読書人というものは読んだ書物から新たに良い書物を作る人のことだとか。著者は、岩本素白を読み、柴田宵曲を読み、そこから、こうして良い書物を生み出された。まさに名読書人といわねばならない。

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紙の本脳と日本人

2008/03/09 17:28

野球にたとえてみたくなる対談

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 茂木健一郎氏が投げる球を、松岡正剛氏がときに打ちかえし、けっこう見送る。そんな野球にたとえてみたくなる対談である。
 攻守いれかえ、松岡氏の投げた球を、茂木氏がしっかと打つ場面を次に引用してみる。

< 松岡 「うつろいというのは、移行、変化、変転、転移のことです。語源に「うつ」という言葉が使われています。「うつ」には、「空」「虚」「洞」という漢字をあてはめてきましたが、一番多いの「空」。・・・つまり、空っぽのところから何かが移ろい出てくることが「うつろい」で、目の前にはない風景や人物が、あたかもそこにあるかのように面影のごとく浮かんで見えることをあらわしています」
  茂木 「そういう見方って、脳をやっている立場からいうと、すごく面白いのです。脳にとって「空」は、何もないという状態ではなく、何か隙間があるということです。神経細胞は自発的に活動する。何か少しでも時間があると、それを埋めようとする。うまく設定された「空」があるということは、脳の神経回路のダイナミックスからいうと、何かを生成するための誘い水となり得る。たとえれば「空」から天変地異が起こるようなものなのです」(p.124-p.125)>

 「うつ」とは真空のような動きのないものではなく、そこの席が空であるということ。「うつろい」によって、そこに何かがやってくるかもしれないし、来ないかもしれない。
 松岡氏は、伊勢神宮の遷宮を、この「うつろい」によって説明する。二十年に一度の遷宮が行われる間、神様は仮殿に移られる。神様が、本殿と仮殿の間を通過する、まさにその瞬間、見えないものが見える瞬間として体現されるのだという。それは神様の誕生の瞬間を暗示する。それが現代まで受け継がれているというのが凄い。
 ひょっとするとこれは、生命誕生の謎を解き明かすヒットになるのではないだろうか。

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紙の本古本道場

2009/01/27 00:02

奇天烈古本道

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 岡崎武志さん扮する道場主の指示により、入門者の角田光代さんが古本屋を訪ね歩くなかで、古本道の技を会得し開眼してゆく、という企画の妙によって、奇天烈かつユーモラスな本に仕上がっている。折々の、道場主による評定も読みどころ。

 それにしても、角田さんの感覚はこまやかだ。たとえば、あまり取り上げられることもない鎌倉の古本屋の、あの、いわく言い難い空気を見事にとらえた下り。「本が静か」で、「行儀よくおすまししている」という指摘。そうそう、そんな感じなのだ。

 岡崎さんが、滑稽な道場主という役柄を脇へのけ、ひたすらに、巨匠への思いを語る部分はとても印象的である。角田さんが開高健の『ベトナム戦記』サイン入りを買ったことで火がついた。岡崎さんの筆は、思い入れのある作家にふれた途端に、ぱあっと燃え上がる。今回は、開高健によって書かれたカメラマン秋元啓一への追悼文についての思い、これであった。本書を読む際には、その記事が収められた『ALL MY TOMORROWS IV』が横になくてならないとすら思われるほどだ。

 開高健と秋元啓一は、ベトナムの戦地で九死に一生を得てサイゴンに生還した日を一度死んだ日と決め、それ以来、毎年、共に飲み語り合ったという。そして、十四年後、秋元はガンを患い、開高をおいて先に逝ってしまった。

<秋元君。
 来年からは二月十四日がきても私は一人で通夜酒を飲まねばならない。思い出のコレクションをぶちまけて一つ一つ手にとって眺めながら、一人で自分のとむらい酒を飲まねばならない。生れるのは偶然、生きるのは苦痛、死ぬのは厄介という、ある賢者の言葉があるが、君はことごとくを完成し、壮烈な円を閉じた。しかし、いつか、私も、遅かれ、早かれ、君のあとを追ってそちらに行くことになる。白骨の御文章には彼やさき、我やさきの一句がある。その日がくるまで、少しさびしいだろうが、そちらで、一人で通夜酒を飲んでいてくれたまえ。できたら私の分をちょっぴり残しておいてくれたまえ。
  開高健『ALL MY TOMORROWS IV』角川文庫 >

 本書の中で岡崎さんが指摘した「週刊朝日」への掲載とは別の一文を引用した。
 作家というものは、書くことがすなわち生きることであるがために、こんなに悲しいことまで書かねばならないのか。なんと酷なことだろう。
 本とつき合うということは、このような、作家の辛さともつき合うことに他ならないといえるのかもしれない。

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丹念な取材による力作

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

黒岩比佐子さんのデビュー作である。ろうあのアマチュア・カメラマン井上孝治の生い立ちやその業績の数々が、彼を取り巻いていた多くの友人たちや彼を支えた家族への丹念な取材によって丁寧に描かれている。著者は、要所で井上孝治の写真のもつ特徴へとフォーカスを合わせ、その魅力を伝えることにも怠りはない。

 第九章、撮られてから三十数年ぶりにブリキ缶に入った「想い出の街」のネガが発見される顛末が、この本のハイライトといえようか。自分を信じてコツコツと続けてきたことが、後になって日の目を見る。その喜びは、井上孝治にとってたとえようのないものだったはずだ。

 井上孝治の写真集『想い出の街』も、本書と共に開いてみてほしい。昭和三十一年ごろの、福岡の街で暮らす人々と、子供たちの生きいきとした姿が写しとられてい、理屈ぬきにすばらしい。

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紙の本はだか随筆

2010/02/06 23:13

驚きの復刻版

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 カバーの画が妙に気になる。題名を見ると、佐藤弘人『はだか随筆』の復刻版であると分かって驚いた。活字も大きく、B6版の分厚い本としての再登場なのである。いったい何が起こったのか。そう思わせる唐突さである。

 『はだか随筆』の元版は、中央経済社から出版されている。初版は昭和二十九年。昭和三十年代の軟新書大ブームの先駆けとなった一冊なのだ。ぼくの持っている元版は、なんと百十五刷!空前の大ヒットであったことが分かる。

 佐藤弘人は、一橋大学の理学博士という肩書をもち、元版には辰野隆、徳川夢声、伊藤整による序文が添えられている。なかなか凄いのだ。(残念ながらこの復刻版からは削られている)なんといっても、理学博士なのである。その内容は堂々たるものであろうと迂闊に読み始めると、エライ火傷を負うことになる。試しに、「大学教授の生活白書」と題する本書冒頭の一節を引用してみると・・・

< 慶応で「先生」と云えば、福沢諭吉のことで、その他の職員は塾長を含めて、総て「君」である(大宅壮一、週刊朝日)。東大や一橋大では、先生を影では「さん」付けで呼ぶ。事実、先生というものは、故人か高齢者にだけ使うのが応わしい。それと、「チェンチェ・・・おしっこ」の幼稚園の先生に応わしい。その他は「君」か、「さん」か、「氏」か、位でよかろう。 >

 世はあげて、先生、先生の大洪水。それを皮肉るユーモアにお気づきの方に。

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紙の本ウォッチメイカー

2009/02/21 14:04

ソング・キャッチング

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 『ウォッチメイカー』を読み終えた。先の読めない展開に舌を巻いた。シリーズものらしい終わり方で、お楽しみはまだ続きそうだ。

 今回、ライムの科学捜査チームにゲストとして、キャサリン・ダンスというキネシクスの専門家が登場した。キネシクスとは、証人や容疑者のボディランゲージや言葉遣いを観察して分析する科学。供述の真偽を見極めるキャサリン・ダンスの活躍が渋く光っていた。このエンターテインメント小説のストーリーを書くのはマナー違反なので、ここらで留めておきたいが、ひとつ、ストーリーとは関係のないところに興味深い話があった。

 キャサリン・ダンスが、目下のところ夢中になっている趣味は、「ソング・キャッチング」と呼ばれるもの。これは、辺鄙な土地を巡り歩いて伝統音楽を録音し収集する民謡研究のことで、その道では、アラン・ローマックスが最も有名であるという。
 アラン・ローマックスは、実在する人物で、みすず書房から『アラン・ローマックス選集』という本も出版されている。フォーク、ブルーズ、ジャズの発展に決定的な影響を及ぼした男だという。アメリカのルーツ・ミュージックの研究、実に魅力的な分野だ。

 大衆小説には、現在を写しとる鏡のような一面がある。ましてや、ジェフリー・ディーヴァーが書くのは警察の科学捜査であるのだから、少しの矛盾も許されまい。現在の、アメリカの社会が抱く問題はもとより、日本には報道されることのないアメリカの風俗、民謡研究のような活動を知りたければ、へたな論文を読むよりも、娯楽小説を読むに限る、といえば言い過ぎかな。

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紙の本書の見方 日本の美と心を読む

2008/03/07 11:20

造形美鑑賞の実践

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 古筆学を専門とする著者は、自らが長年培ってこられたであろう書の見方、感じ方を軸としながら、日本らしい和洋の書が生まれ育った歴史を論じる。
 和様と言えば”仮名文字”。我が国で仮名が確立した時代について語った一節に次のような文章がある。

< また、紀貫之の著書、「をとこもすといふ日記といふ物ををむなもして心みむとてするなり・・・」という言葉からはじまる『土佐日記』、その貫之直筆を鎌倉時代に藤原定家が写した「土左日記」がある。そのなかに、貫之の字そのままに写したという数枚があるが、それを見るかぎり、草仮名というより仮名で書かれている。『土佐日記』を書くにあたって、わざわざ断った書き出しの一節をあわせて考えると、貫之がすでに仮名の時代となっていることを意識していたことは間違いない。これも仮名が一般化していたことを暗示するものである(p.80) >

 『土佐日記』の書き出しで貫之が「仮名で書くよと断った」という解釈は、小松英雄が綿密に論証しているが、古文研究者の間で常識になるにはいたっていない。だが、古筆学を通して多くの一次資料に接してこられた著者には、この貫之の言葉が、古典解釈に歪められることなく、しっかりと伝わるのであろう。この一文は、本書が読むに足る一冊であることを物語る。

 本書の目玉は、最後の「書の造形美鑑賞のために」の一節(p.248-p.249)である。ここには、著者が実践しているという、造形美を見極める書作品の見方が惜しげもなく披露されている。引用は差し控えようと思う。これは、読んで、絶対に損はない。

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紙の本古書往來

2010/09/26 00:20

古本を買って二度驚く

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 先日、由良君美『みみずく偏書記』を新古書店で見つけた際、そのカバー画をどこかで見たような気がしていた。わりと近い記憶のはずだが、思い出せなかった。

 それから持ち帰った『みみずく偏書記』をつまみ読みしているうちに、古書の本が無性に読みたくなって、半年前に買って積んであった本書をなにげなく開いていると、そこに、『みみずく偏書記』の書影を発見。いそいで「四方田犬彦「先生とわたし」を読む」の一編を読んでみた。

 なんと、由良君美の二作目の著作『言語文化のフロンティア』を手掛けたのが創元社にいたころの高橋輝次さんご本人であったというので、二度驚いた。企画会議にかけるとすんなり通ったことや、由良君美氏が「パイプを優雅にくゆらせ、その温厚なお顔をほころばせながら」会ってくれたことなど、高橋輝次さん以外だれにも書くことのできないこの一篇には格別の読み応えがあった。

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紙の本さがしもの

2009/01/24 12:01

引き出しの中にある詩集

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 書物をキーワードとする小説が9篇収められた短篇集である。この中の「手紙」という一篇が印象に残る。

 主人公の「私」は、恋人と二人で来るはずだった伊豆の旅館を一人で訪れる。旅の前に恋人と喧嘩をしてしまい、心ならずも、意地っ張りの一人旅となったのだった。「私」はすっかり退屈な時間を持てあましていた。そんなとき、宿の部屋にあったテレビ台についている引き出しの中から一冊の本を見つける。それは、リチャード・ブローティガンの詩集『東京日記』であった。そして、あるページに誰のものとも知れない手紙が挟まっていた・・・と。

 いやいや、その引き出しには、ふつう、聖書が入っているはずですよ。それが詩集であって、しかも、ブローティガンの『東京日記』なのだ。

 詩集『東京日記』は、ブローティガンが、実際に一月ほど東京で暮らしたときに作った詩を日付順に並べた詩集である。日本への愛着と、言葉の分からない異国の地で増幅される孤独を、ストレートな詩へと昇華させるブローティガン。
 じつは、ブローティガンが日本に抱いてきた想いは、とても複雑なのだが、それを知るためには、この詩集の「はじめに」を読んでいただかなくてはならない。ひとつ書いておきたいのは、この詩集が、先の大戦において日本人の放った爆弾で命を落としたエドワード叔父さんへ捧げられていることである。

 それにしても、テレビ台の引き出しにブローティガンの詩集があるとは、なんてすてきな旅館なのだろう。

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血の通った歴史物語

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 永井路子は、この本のはじめにこう書いていた。

 <人生を終わろうとするとき、その答えの一部として、十九世紀後半を選んだ。 p.10>

 うむ、こう書かれてしまっては、読まずに積んでおくわけにはいかないだろう。
 本著は、公明正大よりも権謀術数の道を行った岩倉具視が、ついに「王政復古の大号令」の御膳立てによって、千年続いた摂関・関白という制度をぶっとばすことに成功したその顛末が語られた歴史物語となっている。

 永井路子は、歴史家ではなく物書きとして、たとえば「尊王攘夷」のように手垢のついた言葉の皮を剥ぎ、言葉の実態を明らかにすることで、幕末に光をあて少し見通しを良くしてくれたようである。この時代は書きつくされているようでいて、まだまだ奥が深い。

 「あとがき」によれば、永井路子が岩倉具視を書きたいと公言したのは、直木賞を受賞した直後であったという。四十年も前の話である。その後、岩倉家と縁をもつ中で、血の通った歴史を知るほどに、うかつには書けぬ、という思いが募っていったらしい。

 <慌てて書かないでよかった。ともかく自分なりの具視への迫り方を模索しはじめたことは本文中の中ですでに書いているのでくりかえさない。あるいはそれがとんだ方向違いの逸れ玉かもしれないが、とにかく、これを抱えつづけることで私は死なずに生きてきた、ともいえる。  P.239>

 ときに、NHKでは大河ドラマ「篤姫」を放映中。はたして「篤姫」は、永井路子の見る岩倉具視に迫ってくれるだろうか。

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紙の本日本の歴史 1 列島創世記

2008/02/11 23:56

心の面からのアプローチ

4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

今年の元旦から読み始めたのですが、一年の始まりにふさわしい一冊となりました。

文字による歴史が始まる以前の日本列島の歩みが、発掘されてきたモノや、当時の気象などをもとに読み解かれます。

せまいナショナリズムとか、ふるい進歩的な史観とか、そういう思想的なものによらない、人の心の面からのアプローチ。

小学館によれば「まったく新しい列島文化史」という触れ込みでしたが、受けた印象はそうではなく、とても自然な考え方ではないだろうか、というものでした。

これが新しくて画期的なのだとすれば、この学問の領域はこれからどんどん面白くなる可能性を秘めていることになります。

期待に満ちた一冊です。

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