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kumataroさんのレビュー一覧

投稿者:kumataro

531 件中 1 件~ 15 件を表示

管理の本

27人中、27人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

人生がときめく片づけの魔法 近藤麻理恵 サンマーク出版

 あとがきから読み始めました。片づけしすぎて病院に搬送されましたから始まります。ほほえみました。自己紹介記事もすごい。幼稚園のときから片づけているそうです。
 タイトルにある「ときめき」は、その物に触れたとき気持ちがときめくかになります。ときめかなければ捨てる対象です。その部分を読みながら物=人とも読み取れました。ときめかなければ交流を絶つことになります。相手は異性であったり同性であったりもします。また、捨てる=忘れるとも受け取りました。
 もったいないと言われて育った世代です。なかなか捨てられません。食べ物も食べ残しができません。この本では、片づけたあとでも散らかる人を片付けの世界でのリバウンドと呼びます。助言を読んでいると捨て過ぎのような気もします。手紙や葉書、お守りは捨てにくい。
 出だしからしばらくは、旧来からの整理整頓の格言とか手法を否定する記述になります。納得することばかりです。片づけは最初に1回、以降は元々あったところに戻す。それで終了は、画期的です。良書です。
 物に声をかける。物に手をあてる。作者は優しい人です。巫女(みこ)さんの経験が後半の精神論につながっていきます。片づけに関して、経験に裏打ちされた自信にあふれています。文章は読みやすく、わかりやすい。何かをあるいはだれかを管理することは難しい。この本は「管理」のノウハウ本でした。

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紙の本楽しく遊ぶ学ぶふしぎの図鑑

2011/07/22 19:41

この社会は不思議なことだらけ

15人中、15人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ふしぎの図鑑 小学館

 幼児には、「なぜ」とか「どうして」とか親を質問攻めにする時期がある。親は、はじめはまともに答えているが、だんだんめんどうくさくなり、そのうち答えに窮するようになり、ちゃんとした答をせずに、はぐらかすようになる。こどもは親への不信感を募らせるようで募らせない。質問して答えてのやりとりである会話で相互間の愛情を確認して安心する。答えの中身が正しいとか正しくないとかは二の次である。こどもはやがて、なぜの追求をしなくなる。追求すると生活にゆきづまる。なぜを考えない大人になって、世の中の流れに流されてゆくようでもあり、流れにのってゆくようでもあるという生活を送る。そして一生を終える。なぜの追求を続けた人はしあわせになる人もいるし、そうでない人もいる。
 広く浅く、こどもの興味に応える本です。あとは、その子どもさんの個性で、他の本で、狭く深い世界に導く入門書です。写真・イラストによる情報が豊富です。シートン動物記を読んで、動物園の飼育係を目指す人もいるだろうし、ファーブル昆虫記を読んで、虫博士を目指す人もいるでしょう。
 本を読んだら今度は本物を見ましょう。なかなか本物を見ることはできません。わたしは、50歳近くになって初めて青森県八甲田山で樹氷を見ました。その美しさに感動しました。トビウオの長距離ジャンプは中学生のときに見ました。その人のおかれている環境によって、簡単に見ることができるものとそうではないものがあります。この国では昔、こどもたちのまわりには自然がいっぱいありました。今の子どもたちは生まれたたときから人工的な物に囲まれています。不幸な気がします。自分で何かを創造する前に、その物が存在しています。おじさんが子どもの頃、科学が発展して、未来はすばらしい社会になるとだれもが期待していました。生活用品は便利になりました。でも人間は暗算が苦手になりました。手で紙に文字を書く習慣が少なくなりました。本を読まなくなりました。歩くことさえおっくうになり、エレベーターやエスカレーターがないと不満を漏らすようになりました。いつでもどこでもだれかになにかをしてもらうことばかりを考えるようになりました。
 経済の成長で、この社会から貧困は減少する。生活保護をもらう人はほとんどいなくなると予測しました。でも、逆でした。そのへんの「なぜ」の答えをおじさんは今、考えています。

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紙の本十歳のきみへ 九十五歳のわたしから

2008/07/21 09:58

経験の伝授

13人中、13人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

十歳のきみへ 日野原重明 冨山房インターナショナル

 10歳のこどもさんに向けて書いてあります。10歳のこどもには難しいのではないかと読み始めましたが、読み進むにつれて大丈夫だという考えに変わりました。寿命は与えられた「時間」という器で、自分がその器を埋めていくという理屈はわかりやすいものです。95歳という年齢がすごすぎて何も反論できません。よく読めば、普通の人権感覚をもっておられる方です。人間が生き続けていくためには、挫折の時期が必要とかピンチのときこそチャンスというのは、年齢を重ねてふりかることによって誰しもが気づかされることです。作者のメッセージは、失意にある10歳のこどもたちへの励ましです。作者自身もまた、周囲の人たちによって支えられてきた人です。残念ながら、こどもたちが、「うれしい、ほこらしい、きはずかしい」という感情をもつ回数が少なくなってきています。生活環境が昔とは一変しました。
 作者の努力によって、成人病が生活習慣病と名称が変わり、音楽療法が認められるようになったことは興味深い。作者には激しさと頑固さがあります。封建的な考えに対抗していく姿には説得力があります。
 経済困窮話では、「がばいばあちゃん」島田洋七著を思い出しました。作者から「慈しみ(いつくしみ)と優しさ」が伝わってきます。後半は神父のお言葉をいただいているようでした。
 平和な世界をつくるために相手を「許す」という行為はとてもむつかしい。よくいえば、自分のことでせいいっぱい、悪く言えば無関心な日本人が蔓延(まんえん)しています。そばで事件や事故が発生して、人が倒れていても関係者以外は知らぬ顔で自分のやることをやる、あるいは、そこにその病人やけが人は存在すらしていないという扱いをする。日本人の性質は変わりました。
 作者はシュヴァイツアー博士の影響を受けました。こどもはだれかの影響を受けてそのだれかのような大人になっていきます。だれをお手本にするのかは、出会いできまっていくのでしょう。

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紙の本ツレがうつになりまして。

2009/05/24 16:30

ツレとは「旦那」でした。

20人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ツレがうつになりまして。 細川貂々(ほそかわてんてん) 幻冬舎

 「ツレ」というのは名古屋弁では「友人」を指し、それゆえ、友人がうつ病になったものと思い込んで本を購入しました。しかし、ツレとは友人ではなくて配偶者でした。また、この本は漫画です。この本の場合のツレはご主人になります。
 人間誰しもうつ病にかかる要因はもっていると思います。わたし自身も25年ぐらい前、20代半ばの頃に、仕事と共働きゆえの乳児の保育園送迎などのストレスで、胸を圧迫される苦しみを味わいました。脂汗(あずらあせ)も出ました。結局、うつ病になる前に内臓を壊してしまい、3か月間ほど入院しました。
 その後も何度か、おもに仕事のストレスから心がつぶれそうになりましたが、年齢を重ねるにつれて神経が太くなり、今では、もう死ぬまでうつ病にはならないだろうという過信のようなものがあります。
 この漫画の場合のご主人は、うつ病になりやすい典型的なタイプなのでしょう。わたしが知るところのうつ病になった知人たちは、まじめでおとなしい、神経質で几帳面、線が細い、頑固で融通がきかないところなどがあり、そういった方々が、うつ病になって家から出ることができなくなります。
 そのようなときに、夫や妻はどう対応すればいいのか。職場にはうつ病になった人を気の毒だとかばってくれる人はなかなかいません。なぜなら、その人の仕事を残った人たちで処理していかなければならない負担があるからです。また、うつ病の方は、責任転嫁をして自己防衛を図る傾向があり、そのような話を聞かされるといい気持ちがしません。
 なぜ、うつ病になるのか。わたしなりに考えてみました。自分の能力以上の仕事量・仕事の質、これを人づきあいとか親戚づきあいに置き換えてもいいでしょう、それらを処理していこうと無理をし続けたときに、心身の限界がきて、体が動かなくなると考えています。うつ病になる前に、がんばりすぎてはいけないのです。自分の能力を過大評価せずに、この程度のものと過小評価して、余力を残しながら働いたり、生活したりすればよいと思います。それから世間の目(評価)を気にしないこと。周囲に迷惑をかけない程度に自分は自分のやり方を通させていただく。嫌なことは小さな声でもいいから嫌ですという意思表示をする。プライドは捨てて、できないことはできませんと率直に説明する。他人の顔色をうかがわない。どう思われてもいいと開き直る。
 あとはなかなかそういう境遇には至れませんが、お金がたくさんあるといい。お金はいい薬になります。そのほかに思いつくことは、場違いな場所には行かない。自分にとって心地よい場所を見つけて、そこで働くとか過ごすとかする。
 さて、この本にある健康なほうの作者は、どうすればよいのでしょう。わたしにはその答えが見えてきません。共倒れの危機をはらんでいます。

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紙の本コンビニのレジから見た日本人

2008/10/14 23:18

日本人の嫌なところが見える。

12人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

コンビニのレジから見た日本人 竹内稔 商業界

 もう大人になった息子がまだ高校1年生のときにコンビニでアルバイトをしていたことがあります。初日に、たばこの銘柄がわからなくて中年男性サラリーマンに怒鳴りつけられたと言って帰ってきました。15歳のこどもに煙草の銘柄がわかるわけがないだろと思いつつも心の中では(怒鳴られてこい)と子を修行に出す思いでした。
 息子の話では、若い人からお年寄りまで、 孤独な人が多い。話し相手がコンビニの店員しかいない。すぐにかっとなって切れる(激怒する)人が多い。とくに サラリーマンの男性がイライラしている。コンビニの店員は何でもやってくれると勘違いしている。もう 辞めようかと何度も思うけれど、よく来るおばあさんが「辞めたらいかんよ」と声をかけてくれるので それなら続けてみようという気持ちになる。中国人女性の店員さんに囲まれながら、彼女たちのバワー あふれる勧誘接客に圧倒される。そのバイト修行はなんとか、受験勉強を始めるまでの1年間続きました。社会勉強をさせていただきありがとうございました。
 さて、本の感想です。 わたしもずいぶん以前に接客業をしていたときは、お客さまは「ケダモノ」だと感じていました。 欲とわがままの固まりです。いいかげんな人も多い。お金を払ってもらえない。物を買っても、サービスの提供を受けても、支払いをしない人が世の中にはたくさんいます。お金がないわけではなくて、最初から払う気がないのです。超えてはいけない一線(いっせん)を平気で超えてきます。自分がトラブルメーカーになっていることを自分で理解できない。この本を読んでいるとお客さんに対して強い怒りが湧いてきます。
 お札や硬貨は丁寧に扱うものということをだれも教えてくれないのでしょう。無意識にお金をカウンターに、ほおりなげる人が 多いそうです。豊かでなくてもいいからストレスの少ない社会になってほしい。 加えて、うそをつく人が多い。それから店員さんを自動販売機と思っている。原因は、マニュアル型 の接客なのでしょう。いらっしゃませ、ありがとうございましたの繰り返しは機械を相手にしているようで、わたしは評価していません。良くもないし悪くもありません。ロボットみたいです。だからお客も無言で物を買うのです。
 ごみ箱に家庭ごみを突っ込んでいく人、コンビニのごみ箱だけではありません。駅や公園などどこでも です。トイレを借りるのは当たり前、汚しても知らんふり。以前外国へ行ったときに、喫茶コーナーが あるパン屋さんでトイレを借りようとしたら、ぶっそうだからと鍵を渡されてびっくりしました。襲われないように 気をつけてくださいとも言われました。この本を読んで、それは、防犯のためではなく、トイレを使って欲しくないから そうしているのではないかと思いました。
 日本は接客サービスが過剰です。お客さまは神さまではなくて人間です。店員も人間です。売る人間も買う人間も平等です。上も下もありません。
 155ページにある男性と女性の役割に関する宣言はGoodです。
 読み続けていくとむなしくなってくる本ですが、最後にはすっきりしました。そんな殺伐とした日本社会でも誠実なお客さんはいるのです。

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罪悪感から解放されました。

14人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

母が重くてたまらない 信田さよ子(のぶた) 春秋社

 読みやすい本です。読み終えるまでに1日かかりません。読み始めで、作者の意見に同感します。こどもにとって親は重荷です。こどもに自分の面倒をみてもらうことを期待しないでほしい。こどもにあれこれ干渉しないでほしい。何か趣味でももって、こどものこと以外に没頭して欲しい。こどもは、親が思うような進路をたどってはくれません。こどもの人生はこどもの人生であり、親の人生ではないのです。
 本に書かれてあることは、表面に出てこないだけで、どこの家庭にでもあることなのでしょう。こどもに重くのしかかってくる母親は暇なのでしょう。働けばいいのにと思いました。主婦は実はひきこもりという解釈は新鮮でした。
 わたしは高校生の頃、日記に「人間はめんどくさい生き物だ。」と記したことを思い出しました。わたしは自分のこどもが所帯をもったら、こどもに招待された場合以外は、こどもの家には行かないつもりです。困りごとを相談されたら協力はしますが、こどもから頼まれない限り干渉はしません。三世代で旅行なんて絶対に行きません。世間が見ればしあわせそうでも当事者にとっては大変な苦痛なのです。乳幼児もその親も疲れています。休みの日は、自宅でゆっくり静かに静養がしたいのです。
 自分のことは自分でやる。こどもに依存しない。親に依存しない。親も子も自立する。わたしはこの本を読んで、慰められました。今まで親孝行とは反対のことをしてきたのですが、それでいながらいつも、罪悪感で苦しんでいました。しかしそれは間違っていなかったことをこの本は示してくれました。

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紙の本中国嫁日記 1

2012/01/27 23:11

異国の父親の親心を知る。

11人中、11人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

中国嫁日記 井上純一 角川グループパブリッシング

 前書きの内容はアンビリーバブル(信じられない)です。夫はアニメとかフィギュア(女の子の人形)好きのオタクで40代、妻は中国人で20代という組み合わせです。
 五つの章による四コママンガと長編マンガの構成です。国際結婚に至るまでの不安な部分は、後半の長編に記されています。奥さんは限りなくかわいらしい。かなり私生活にくいこんだ内容となっており、奥さんほか両方の親族から反発が予想されたのですが、周囲の理解を得られています。こういう世界もあるのだなと凝り固まった考えが溶けました。139ページにある奥さんの手記は、涙なくしては読めません。上等な映画を観たあとのような読後感があります。主人公は、日本人女性4人とお見合いをして、全員にふられています。中国でのお見合いの席でのふたりの様子は古いドラマで「101回目のプロポーズ」武田鉄也氏と浅野温子氏のお見合いシーンを見ているようでした。
 読み始めはベストセラーになった「日本人の知らない日本語」パターンだと推測しました。日本語学校に通う生徒である外国人留学生の勘違いとか感想が記された楽しい読み物です。読み進むうちに違いを理解します。夫婦愛とか国籍を超えた男女の愛にまで到達します。おおげさですが、国際平和はここから始まるとまで思い込ませてくれます。
 奥さんの名前「月(ユエ)」、「月」という文字が日本人にはなじみやすい。ユエは言いにくいので、ツキさんと読みながら読み進めました。中国文化(東北部)の紹介記事にもなっています。食習慣の違いがあります。こだわらないふたりがいます。日本人にとってあたりまえのことが、中国人にとってはあたりまえではない。
 26ページ付近、奥さんである月さんの父親の気持ちがよくわかります。まだ幼いと感ずる娘が異国の男と結婚して異国へ行ってしまう。それもどちらかといえば中国人が反感を抱く日本民族のもとへ。ほろりときました。最後に、絵はわかりやすくてきれいでした。

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来る夏に思う。

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この世界の片隅に 上・中・下 こうの史代 双葉社

 「夕凪の街 桜の国」の作者であり、まんがの本です。作者は一生広島を背負って生き続けていく人です。
<上巻>時代は昭和9年から始まります。わたしの父や母が生まれた頃です。舞台は広島市で、やがて軍港があった呉市へ移ります。浦野家の兄弟三人のうち、長女のすずさんが主人公で、彼女の年齢の記述はありませんが、昭和元年ぐらいの生まれで設定してあります。昭和9年にすずさんは将来旦那さんになる北条周作さんと出会っています。ゆっくりと時間が流れていきます。わたしが子どもの頃に、こんな時代が確かにありました。人はそれを「平和」と呼ぶのでしょう。絵の描写のていねいさがいい。心が落ち着きます。
<中巻>西原(さいばらさん、漫画家)の「ぼくんち」に出てくる荒れた家庭のこどもたちを思い浮かべました。。遊郭で働く白木リンさんは、そのこどもたちのうちのひとりが大人になった姿と想像しました。こどもの売り買いはそれほど昔の出来事でもありません。この本を読んでいると戦後まもなくに流行した「りんごの歌」が頭の中を流れ出して止まらない。昭和の風俗史という趣(おもむき)があります。戦時中の忌まわしき集団統制は、だれに抗議すればいいのか。だれが、大多数が不幸になるように導いたのか。その深刻さは、すずさんの、のほほーんとした魅力的な個性設定によって和(やわ)らぎます。
<下巻>戦争体験がない作者には、この作品製作活動は苦しかっただろう。未体験を絵画化する作業はたいへんです。敗戦色が濃くなってきて、すずさん夫婦はこれからどうなるのだろう。食べたくても食べることが出来ない食べ物、ことに甘い食べ物の絵がたくさん登場します。38ページ以降は、凄み(すごみ)があり、作者の魂がこもっています。平凡な日常を奪っていったものは何か。考える。侵略を是(ゼ、認める、許す)とする国家権力者の頭脳のなかはどうなっているのか。わたしが若い頃に、空襲体験世代の話を聞いたことがあります。彼らがこどもの頃、空から落ちてくる爆弾から逃げ回ったことがある。戦争は失うものばかり。すずさんはたくさんのものを失いました。体の一部を失い、目に見えるものを失い、目に見えないものも失いました。活字ではなく、手書きでセリフや名称が書かれている部分があります。活字がなかった時代のぬくもりが伝わってきます。生き続けるために必要なものについて今考えています。

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駐車場の「前向きに」がよかった。

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

日本人の知らない日本語 蛇蔵&海野凪子 メディアファクトリー

 ぜひとも続編、続々編を発行していただきたい本です。内容から考えて、ネタは無限に湧き出てくることでしょう。わたしはとくに、外国人留学生の方々のお国の事情を知りたい。
 マンガ本です。読みはじめでは、以前グアム島のアガニャ地区でのぞいた書店の日本語コーナーを思い出しました。日本語学習のためのテキスト本が、日本で言うところの英語コーナーのように置いてあり、日本語は就職に役立つのかと思いつつ、日本語は、あいまいな表現が多いので、習得は大変だろうと察しました。
 このマンガは、外国人就学生相手に日本語学校で働く海野凪子さんのお話となっています。
 わたしは、○と×の意味が外国では正反対になるということは、数年前に気づきました。そのときは、○×ということではなく、正解にレ(れてん)を記されたものを見たからです。それから、インドではYesの表現が首を横に振る動作であることをインド旅行記を読んで知りました。世界は広い。
 わたしが変体仮名を知ったのは18歳のときでした。だから今でも、むつかしそうな日本料理屋さんのお店の名前は読めます。
 この本のラスト付近にある就学生たちの母国が、治安が悪く危険に満ちているというお話はよかった。日本人は治安の良さが当たり前になっています。これ以上、何が不満なのかと外国の人に責められそうです。

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紙の本忘れられた日本人

2009/03/14 11:23

昔の日本人の生活ぶり

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

忘れられた日本人 宮本常一(つねいち) 岩波文庫

 作者は民俗学者で小学校の先生だったそうです。昭和56年に亡くなっていますが、本は48刷まで発行され続けています。
 もう60年ぐらい前の日本各地の生活について、古老から聞いた話が綴られています。地域の決め事は全員が賛成するまで延々と何日もかけて話し合われるとか、こどもをもらったりもらわれたりとか、おおらかな男女の関係とか、興味深いものです。
 現代人が知らない日本人のかつての姿があります。進歩の影で、退化していくものがある。退化によって、人間という生物は滅んでいく。現代人に対する警告でしょうか。

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紙の本秘密

2008/11/12 22:46

娘をもつ既婚者親父が読むとジンとくる物語です。

12人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

秘密 東野圭吾 文春文庫

 私がこの本を読み終えたのちしばらくして、著者は2006年1月に直木賞受賞作家となりました。本作品は1998年のものです。バス事故発生による暗い雰囲気で物語は始まりますが、すぐに霊がのり移るというコミカルな展開につながります。
 前半部分は読むことがつらかった。理由のひとつめは作家の生活が文章ににじみでてくることでした。生活がしみったれているのです。俗っぽい。丁寧な文章描写なのですが、わざわざ詳細を読ませる必要も無いだろうにと感じる内容の塊(かたまり)です。ふたつめは、主人公男性が私と同世代であることもあり夫婦の会話や営みが現実的過ぎて、自分自身の生活と重なり、読んでいてリラックスできないのです。
 憑依(ひょうい、霊がのりうつる)という設定は珍しいものではありません。映画「ゴースト・ニューヨークの灯」「転校生」NHKドラマ「ちょっと待って神様」などが浮かびました。類似の設定で本作品の場合に、作者はどんなメッセージを送るのかということが興味の焦点でした。
 ラストまでの400ページを読み終えた者だけに感動が訪れます。私は最終章に近づくにつれて、オチは読めたなと推測しました。しかし、結論は異なるものでした。マラソンのゴールをした者だけにプレゼントされるもの、それは何が秘密であるかという種明かしです。悲しくも心温まるラブストーリーでした。感服です。

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紙の本阪急電車

2011/04/29 09:48

お勧めします。

10人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

阪急電車 有川浩 幻冬舎文庫

 阪急電車には、乗車したことがあると思うのですが、身近ではありません。また、車で移動するようになってからは、鉄道を利用することがなくなりました。電車通勤の苦痛は覚えています。さまざまなわずらわしい乗客がいてストレスのもとになっていました。ところが、この物語は痛快です。でも、最終的には、この物語は現実には起こらない「夢」です。だけど、「夢」だからいいのです。今年読んで良かった1冊になりました。お勧めします。読んで後悔しません。読み終えると別の人格になれそうな魔法があります。
 鉄道駅を巡るお話ですので、わたしが読みながら感じたことを駅を回るように順番に巡ってみます。征志さん、27歳ぐらい。図書館へ行きます。文章は読みやすくてわかりやすい。上手です。最初の章はわずか11ページで終わってしまいました。1話完結なのか、連作なのか気になります。11ページの短さが、とてもいい。
 ホテルから出てきたのが翔子さん27歳ぐらい。前章とつながりました。上手(うま)い。人間、引き際が大切です。ひと駅ごとが章になっています。ひと駅ごと読み終えるたびに次の章を読む楽しみが湧いてきます。ミサとカツヤのカップルは不均衡です。知的水準が並んでいない。ミサは、自分を守るために判断と決心をしなければならない。
 ラブロマンスがひと組ずつ順番に登場してきます。圭一くんと美帆さん、同じ大学の学生さんですが、昔聞いたチェリッシュの歌を思い出しました。タイトルは覚えていません。あなたと初めて会ったのは確かお好み焼き屋の2階なのです。好青年と素朴なお嬢さんです。
 作者の立場に立ってみる。物語の構成において、選択肢が多岐に渡ります。完成作品以外のパターンもあったでしょう。ミサとカツヤは別れるようで別れないと予想しました。腐れ縁です。ネタバレになるので小説の中の結果はここには書きません。その後の展開もなかなか良かった。作者さん、なかなかやるね。すべての章に「平和」な雰囲気がただよっていました。

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紙の本ぼくんち 上

2009/08/02 19:42

小説のような漫画

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ぼくんち 上・中・下 西原理恵子 角川文庫

 マンガの本ですが、小説を読むぐらい時間を要します。中身は貧困生活を基礎にして、非情な内容となっています。
 13年前に出版された本になります。母親が3年間、家を出たまま帰ってこなかったという衝撃的な出だしから始まります。記述にある日常生活は、作者自身の体験からきているものでしょう。登場するのは、血がつながっているのかいないのかわからない長女らしい「かの子」であり、長男「一太」であり、次男「二太」です。ブラックジョークは素晴らしい。すごすぎて声が出ません。「絶望」を生き抜くための教育本という位置づけもあります。
 病気になっても健康保険証がない。だから病気は気力で治す。健康保険証はあったのですが、わたしもこどもの頃に似たような体験をしました。おたふくかぜになったときは、両親は病院に連れて行ってくれませんでした。庭に自生していた水仙(すいせん)の球根を大根おろしですって、頬(ほほ)にはりつけました。治ったことは治りましたが、右の頬、左の頬、それからまた右の頬と複数回発病しました。また、小刀(こがたな)で工作作品を作成中に左手の親指を深く切り込みました。たいへんな出血でした。医者は縫うと言いましたが、母親は、お金が払えないから縫わないでくれと医者に懇願しました。結局縫わずに皮膚はくっつきました。今もその傷が残っています。大人になってからも健康保険証の意味と使い方がわからなくて、10年間病院へ行きませんでした。風邪は気力で治していました。自分が納めた保険料はだれが使っているのだろうかと不公平感をもっていましたが、こどもができてから一気に取り戻しました。話が脱線しました。
 本の内容は、理屈っぽいかなと思うところもありますが受け入れることができます。普通に考えれば、こどもたちは施設入所の対象になるし、生活保護の適用も必要です。まじめに読み込んでいると気が狂いそうな内容です。土門拳さんの写真集「筑豊のこどもたち」とか、そのまんま東さん(東国原宮崎県知事)の「ゆっくり歩け、空を見ろ」、自費出版で「七夕の里」-ブタ小屋と呼ばれて-岩間静子著との共通点を感じます。
戦後から昭和40年代なかばにかけて全国で見られた日常生活風景です。作中のさおりちゃんのお父さんは児童虐待、アルコール依存症、ギャンブル中毒、いいところなしですが、お父さんのお父さんもそうだったのでしょう。
 上・中・下の3巻ですが、いったいどこからアイデアが次々と湧き出してくるのかと驚嘆します。読むのにも大きなエネルギーを要します。
 16歳でこどもを産んで、そのあとの長い人生を棒に振る。後悔しながら死ぬまで過ごす。13年前の作品ですが、昨今のケータイ小説のさきがけになっています。女性作家ですが、主人公は男子です。男子から取材したのかもしれません。どん底生活は、あまりにも悲惨なので、虚構とか架空であってほしいと願いたくなりました。感情移入しながら読んでいたので、読んでいる間はうつ病のような状態になりました。
 家族がそろって夕食をとることができるということは、しあわせなことです。下巻の最後では、号泣したくなりました。
 この本を読んで、世代間対立について考えました。昭和45年から昭和55年ぐらいの10年間を境目にして、世代のものごとの考え方が違うように感じます。そして、じぶんはその中間世代です。ものがなかった頃に過ごした世代は今や「老害」と批判されるまでになりました。わたしが小学生ぐらいの頃には、年寄りに向かって「長生きしてね」という声がけの習慣があったのですが、今やそんなことを言ってくれるこどもは希少でしょう。
 冷房の無いバスや鉄道を共用して場所を移動していた世代に対して、生まれたときから冷暖房完備の自家用車に乗って、個人で場所を移動する世代とに別れています。中間世代のわたしはとまどっています。貧困から努力して仕事をして結婚をしてこどもたちを生み育てて家を建てた人たちと、結婚はしないし、結婚してもこどもはつくらない。めんどうなことはお金で解決するし、お金は親に頼る。一生、少年少女、あるいは青年淑女で生活していく世代とではお互いの協調はむつかしい。

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若いひとたち、こどもたちに活用して欲しい。

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計算力を強くする 鍵本聡 講談社

 先日読んだ「16歳の教科書」講談社に登場する先生たちのおひとりが書かれた本です。「16歳の教科書」を読んで感心したので購入しました。
 学校で、この内容で教わりたかった。わたしはもう50歳なので手遅れです。わたしが子どもの頃には、この内容の本はありませんでしたし、町内に塾もありませんでした。つまり学ぶ機会と場所がありませんでした。
 以前テレビ番組で、インド式の計算方法が紹介されていました。瞬間的に暗算ができるという内容でした。この本もそれに沿っていると思います。
 わたしは、この本全体を読み終えた後、要点を手帳にメモしました。しかし、記憶力が低下してきているので、まもなく計算手法は忘れてしまうでしょう。残念なことです。
 6ページの「計算視力」から始まります。判断力、決断力、集中力が養われます。わたしは40代後半まではメモ魔でした。できるだけ記憶することを少なくして、空いた脳の部分で考えることを優先してきました。ところが、50代が近づくにつれて、人の名前とかお店の名称が覚えられなくなってきました。このままではぼけてしまうという危機感を抱いてからは、メモをやめて、できるだけ暗記するように心がけています。それでも完璧には記憶できません。2割ぐらいは忘れます。ただ訓練として暗記は心がけていくつもりです。
 掛け算の「変形」、読んでいるうちに「いち、にー、さーあん」のギャグをもつ世界のナベアツ氏が目に浮かびました。算数は積み上げだと思いました。一箇所で行き詰るとそこを克服するまでは次の段階に進むことができません。私は小学校低学年の頃に転校を繰り返していたので、算数は苦手でした。たとえば、九九を習い始めたときに転校して、次の学校ではもう九九が終わっていたことがあります。分数しかりで、分数の足し算を習っていたら、次の学校では掛け算をしていました。だからわたしは今でも計算は苦手です。電卓さんありがとうです。日本では、九九を九の段までしか教えませんが、もっと先の十九の段まで暗記させたほうがいいようです。
 この本では、あきらめるのではなく、飽くなき追求をしていく姿勢がいい。「置き換え」とか「集中力は指先に宿る」という観察眼もいい。
 わたしは、50代近くになってから、物事を言葉とか文章ではなく、脳の中で図を描いて考えるようになりました。事柄を図式化しながら適切な結論に達しようとします。そういうことを本にできるような人がいたら本にしてほしい。自分ではできません。

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紙の本まほろ駅前多田便利軒

2009/06/10 21:14

少し中身を変えて映像化してほしい。

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まほろ駅前多田便利軒 三浦しをん 文藝春秋

 まほろ市というのは、東京都町田市のことだろうか。行ったことがないのでよくわかりませんが、そのあたりらしい。6つのお話に分かれています。そのまほろ駅前で便利屋を営むのが、多田啓介くんと彼の家にころがりこんだ彼の同級生である行天晴彦(ぎょうてん)くんとが織りなす日常生活のドラマです。多田君はこどもを亡くして離婚、行天くんは未婚ですがこどもがいます。ふたりの周りをチワワのハナちゃん、風俗嬢とかやくざとか警察とか、別れた妻子とか、孤独な小学生とかが固めます。
 何でもやります便利屋さんですから架空の親子も演じてくれます。行天くんは秘密をかかえています。小説をつくるうえで、秘密の設定は大切です。性風俗話について考えました。その素材は、女性を主人公におくと悲劇になりやすい。しかし、男性を主人公におくと喜劇になります。
 なるようになれと生きていく人間が行天(ぎょうてん)くんで、こうでなければならぬと行動していくのが多田くんです。お互いの組み合わせで、もちつもたれつのふたりの関係が成りたっています。
 だんだん脚本を読んでいる気分になってきました。ドラマ化、映画化を意識しながら書いてあるのでしょうか。作中に多用してあるたばこの記述は気になります。この禁煙時代に逆行しています。(でもわたしは喫煙者です。本が売れなくなることを気にしています。)
 作者にとっては、消化不良な作品だったのではなかろうか。他に作者が望む書き方があったと考えました。性風俗とか暴力とは離れた日常の一見平凡に見える部分に隠された社会現象を素材にして書くことが作者の願望だったと察します。
 悲しみを知らないと喜びはわかりません。最終章を読みながら、親子の血のつながりについて考えました。人間はどうして自分よりも弱い者をいじめたがるのだろう。326ページ、ラストシーン近く、事実のすべてを受け入れる。受け入れて何もしない。攻撃はしないし、逃げもしない。ただ淡々と生きていく。なにもしない勇気をもつ。何かを為(な)すことよりも何も為さないことのほうが勇気がいります。

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