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岩谷 千尋さんのレビュー一覧

投稿者:岩谷 千尋

3 件中 1 件~ 3 件を表示

紙の本絶望の国の幸福な若者たち

2012/03/28 23:04

若者論の形を借りた、「今のこの国」論の“業界地図”

5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 話題の本を読んだ。“日本の若者は気の毒だ。八方塞・先行き不透明の中、制度疲労のしわ寄せは若い世代へいく。だが当の若者たちは体感的には不幸せではない、むしろ幸せ‥”と、タイトルやいくつかの書評などから、そういう主旨の本だと思っていた。読んでみて、そういう内容ではあるのだけれど真意は別にあるような、思っていたよりも専門的に系統立てられたしっかりした本だった。軽妙で威勢のいい語り口で読みやすい。軽妙過ぎてはらはらするところもあるが。
 そして、若者論というより、今のこの国(=日本)論だという印象を受けた。

 26才の著者の専門は社会学。社会学とは、“社会”で起こっている物事に関してあれやこれや考えたり研究したりすることだと私は大まかに認識している。

 「若者」を語るためには「若者」の定義が必要。そのためにまず著者は、明治期にまでさかのぼり、そこから現代まで、その時々に若者がどういう存在だったかを辿っている。(まるで文明開化の昔から生きていたかのように物知り。若いのに。)今現在の話になると、諸々の本・新聞・統計の引用、フィールドワークと呼ばれる街頭での若者への直接インタビューなどで分析がされている。「内向き」な若者たち、ボランティアしたい若者たち、モノを買わない若者たち、W杯に燃える若者たち、国のために立ち上がる若者たち、地元化する若者たち‥。彼らがどう分析されているかは本書を読んで確かめてほしい。
感情に流されずドライでシニカルに述べられている。(基本姿勢が学術研究なのでそれは当り前なのかもしれないが。)

 歴史を振り返って「若者語り」(“最近の若いモンは‥”という言い方)にパターンがあることを確かめる。そうはいっても“若者”自体は変化していて、そして単に“若者”といっても多様化しており十把一絡げに「今の若者は‥云々」とは言えなくなっている。だから著者は「ある『現象』を若者特有の問題とは考えず、社会構造の実態や変化とともに考える」というスタンスをとる。いきおい、社会情勢に関しての記述にも多くページが割かれ、そのせいか、若者問題の背景であるはずの現在の日本の状況が、背景ではなく核心なのでは、と私には思えた。

 また興味惹かれたのは、様々な説(先行研究)が多数引用されていて、ちょっとしたコメントもついているので、今この筋の世界ではこういうふうに現代がとらえられているのか、とか、色んな人がこんな面白いことを言っているんだな、とか、そのあたり。著者のフィルターを通して紹介されているので、著者による“業界地図“かもしれないが、なるほどと思うところが多かった。


 そしてその、引用される人物には括弧つきで出身地と年齢(その当時の)が明記されている。
たとえば、“太陽族”の記述では「石原慎太郎(二三歳、兵庫県)」、都知事としての震災についての発言は「石原慎太郎(七八歳、兵庫県)」‥という具合。若者に対しての言及は発言者の出身地と年齢も重要だという考えからだが、全ての人物に括弧つきなので徹底している。

脚注も“充実”していて、情報量がすごい。

 最終的に著者は、日本がなくなっても構わない、国家の存続より、一人一人がいかに生きていくかの方が大切だから、というような趣旨のことをさらりと述べている。斜めから見たり、皮肉っぽく笑いをとりながら論を展開しつつ、直球のメッセージは控えめに出すのは、天の邪鬼なのか含羞なのか。

 いずれにしても、文体は面白おかしく、くだけているが、テーマはいたって真面目で、絶望的な日本について冷静に考えさせられる一冊だ。

最後の章は、俳優・佐藤健(二二歳・埼玉県)と著者の対談が収録されている。

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スポーツを通して異文化体験

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

地元のパ・リーグ球団を応援している身としては「メジャーリーグ」と聞くだけで、うんざりしてしまうこともある。シーズン中もメディアはまずメジャーありき。受信料で運営されているあの局だって、ラジオの30分刻みのニュースで、或いは夜ゴールデンタイムのTVニュースで、某日本人選手が三振した、途中交代した、など逐一報告される一方、国内のプロ野球の試合は12球団まとめて数秒で終わり。

そういうわけで、アメリカのスポーツに対してはアレルギー気味なのだが、この本は面白く読めた。登場するのはもちろん野球だけではなく、フットボール、バスケットボール、アイスホッケー、そして各種学生スポーツ。まさにところ変われば、の、スポーツ事情。まえがきにはこうある。「大統領やビジネス、アメリカのカルチャーをスポーツから考える旅を始めよう。」読み進めていくと、行ったことのない広大な国の、都会や田舎町の輪郭が、テレビや映画でみた映像と重なっておぼろげに浮かび上がってくる気がしてくる。

たとえば政治の話。新大統領に選出されたばかりのオバマ氏の好きなスポーツはバスケット。歴代大統領のお気に入りのスポーツと比較して、そこから彼が新しいタイプの政治家であることを読みとっていく(注:出版時は新大統領決定前)。また、野球選手とバスケやホッケーの選手では支持政党が大きく異なることや、4年前の選挙でブッシュ大統領が支持を集めた各州に共通するスポーツ愛好の傾向、など、あまり知られていないニュースの横顔がわかる。

「アメリカ地域別スポーツ学」の章では、東から西へ大陸を横断しながら、盛んなスポーツ、応援気質、観戦スタイル(ワインでなくビールを飲みながら、など)etc. が、その州の暮らしの背景に触れられつつ述べられていて、ちょっとした旅行気分になれる。

「政治にも経済にもスポーツは大きく浸透しているのだ」ということだが、なるほど観るスポーツが人々の日常生活に欠かせないものになっているようだ。著者の筆は時にはその側面から国民性の本質にまで及んでいる。もし自分が彼の地に住むことになったら、今以上に贔屓のチームの動向に気分が左右されてしまうのでは。カウチポテトで。など取り越し苦労な想像もして、ひとり苦笑いしたりした。アメリカのカルチャーが好きだという著者の躍動感が全編から伝わってくる。

アメリカIT長者たちがイギリスのサッカー、プレミア・リーグを買収し始めた顛末を読んだ時には、日本のスポーツ界もうかうかしていられないのでは、と不安がよぎったが、こんなふうに楽しく異文化体験してみるのもいい。著者にはまだまだ書き足りないことがあるのではないだろうか。次回作以降で是非また、更に知られざるアメリカを見せてほしい。

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紙の本演出家の仕事

2008/07/06 00:56

良質のバックステージツアーの味わいーすいすい読める「岩波新書」ー

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

時折、芝居を観るのが好きだ。地方在住者はあまり機会に恵まれているとはいえないけれど。そんな舞台好きの人間に対して、「演出家の仕事」だけでなく、もっと広くステージの裏側を覗かせてくれるような一冊だ。

著者は数少ない、フリーの演出家だそう。2000年から7年間は新国立劇場の芸術監督。巻末の作品リストをみると、井上ひさしをはじめ、タイトル名を聞いたことあるような海外の翻訳ものなどずらり。ジャンルや流派などは詳しくわからないのだが、“正統派”の香りがするリストだ。

この本も、“正統派”の「岩波新書」。しかし、読みやすい。「です、ます調」でもあるし。

演出に必要なもの、ひとつの舞台ができるまでの様子、俳優論、そして自分史が、誠実で解きほぐすような語り口で綴られている。(俳優養成のキーワードで、「まなびほぐす」という言葉が挙げられていた。「ほぐす」という語が語り口にもあてはまる気がする)

「戯曲を読む」「稽古場から」などの章は、舞台裏に興味津々の観客の好奇心…つまり、読者の好奇心に応えてくれる。「印刷された台本の活字が……体温を持ち立ち上がってくる」立ち稽古のさまなどが浮かんでくる。

ただ本書の全体的なテーマは、演劇という文化の一分野にとどまらず、もっと大きい山々が後ろに控えているかんじだ。演劇は閉じたものではなく、日常生活の中で、歴史の中の現代という時代においての、ひとつの生命体。そんな考えが背後に連なっているようだ。そして、アウシュビッツや、沖縄、広島。先の戦争に関する記述も多い。ここでも、声高に叫ぶのではなく、じゅんじゅんと諭すような語り口。「演劇は歴史を再生する装置です。」素直に心に響いてくる。

演出家の「聞く」力、「書き手の衝動」、俳優の「体温」、観客との「対話」。こういう、なおざりにされがちな人間が本来持っている力が、演劇には必要で、それを体感したくて私たちは劇場に足を運んでいるのかもしれない。いずれにしても、これは、舞台や表現に興味がある人にとって(もしかしたら、ない人にとっても)有意義で楽しめる新書だ。

ところで、この著者・栗山民也氏演出の作品で、観たことのあるものは2つ。
ミュージカル「マリー・アントワネット」と、現代劇「リハーサル・ルーム」。後者は、本の中でも触れられていた公立の俳優養成所「新国立演劇研修所」の第1期生卒業公演。あるコミュニティセンターで創作劇にとりくむことになった、若者たちの話。それぞれがバラバラな方向を見ていてかみ合わず、その様子が、等身大というか、ありそうな話というか、あの人に似てるとか、私に似てるとか、微苦笑を誘われるいいお芝居だった。この本を読んでいて、舞台のシーンを思い出したりした。

また、劇を観に行きたくなった。地方でももっと、お芝居が観られたら、とも思うのだった。

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