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先月(2017年6月)

たまよさんのレビュー一覧

投稿者:たまよ

1 件中 1 件~ 1 件を表示

『荒地の恋』のモデル、北村太郎の人生が垣間見える一冊。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

戦後詩人グループである「荒地」派の詩人といえば、まず田村隆一、鮎川信夫というふたりの名前が挙げられるだろう。そんななかで、同じく「荒地」の詩人であった北村太郎という人は、このふたりに比べ、どこか一歩引いた位置にいたような気がする。それが、昨年に刊行されたねじめ正一の『荒地の恋』によって、詩人・北村太郎の名前が再び注目されるようになったのだ。

その『荒地の恋』と同じ時期にひっそりと刊行されたのが、『光が射してくる 北村太郎未刊行詩とエッセイ』である。これまで単行本に収録されていなかった詩やエッセイを集めた本で、1946年から亡くなる1992年までの約半世紀にわたる北村さんの作品がたっぷりと詰まっている。詩、エッセイ、そして読書案内という3つの章に分かれているものの、ほぼ年代順に並べられたそれぞれの文章を読んでいくと、北村さんが歩んだ軌跡が徐々に浮かび上がってくる。田村隆一らとともに同人誌「荒地」を創刊したのが1947年のことだから、1946年の初期詩篇が収められたこの本は、まだ「詩人として生まれる前の」北村太郎から出発していることになる。

初期に書かれた論評では、当時の詩壇を厳しく糾弾するなど、後年のやさしい文章からは懸け離れた荒々しさに少々おどろいてしまうが、本を読みすすめていくうちに、年月とともにその荒々しさがだんだんとほぐれていくのを感じる。しかしようやく本を読み終えたとき、北村さんの詩やことばに対する厳しさ、そして世の中のすべてのものに対する鋭い視線は、そのやさしい文章の根底にずっと隠されていたのだと、ハッと気づかされた。

北村さんの厳しさは、本書の大部分を占める「読書案内」にもっともよくあらわれている。10代の少女向け雑誌に連載されていたというこれらの「読書案内」は、口調はとてもやわらかく、少女たちに親切に読書の愉しみを教えているように思える。ところが、その取り上げられている書籍はとても子ども向けとは思えないほど渋いラインナップで、書いている内容も大人向けとしか思えないほど真剣である。やさしく説き聞かせながらも、一方でひとりの「おとな」として少女たちに向き合うその真摯なことばの数々は、長らく忘れられていたこれらの文章が、詩人としての北村太郎の重要な仕事であったことを教えてくれる。

『北村太郎の仕事』(全三巻)に載っている北村さんの自筆年譜を読むとわかるのだが、実はこの「読書案内」を書いていた時期、北村さんは最初の奥さんと子どもたちを海の事故で亡くしている。こうした背景を知ったうえで本書を読むと、『荒地の恋』のようなスキャンダラスな事件は描かれていないにもかかわらず、隠された北村さんの人生が透けて見えてくるように思える。鮎川信夫や田村隆一らとともに戦後詩を発表し始めた当時の、まだ若々しい詩人の姿。家族を失いながらも少女たちに向けて書きつづけた30代の北村太郎。その後再婚し、平和な家庭生活をつくりながらも、停年間近に会社づとめの生活をドロップアウトしてしまう姿は、この時期の前後に書かれた「会社づとめ」や「内職」、「自動車運転のこと」といったエッセイで垣間見ることができる。

決して自分の苦悩や生活の悲惨さをあからさまに見せようとはしない北村さんの文体は、やさしさや慎み深さということばを連想させるが、この本を読むと、自分の生活をも厳しく見つめる、彼の鋭い視線と不意に出合うことになるだろう。彼が遺した詩を、もう一度ゆっくりと読み返してみたくなった。

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