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  3. 浦辺 登さんのレビュー一覧

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先月(2017年6月)

浦辺 登さんのレビュー一覧

投稿者:浦辺 登

208 件中 1 件~ 15 件を表示

多面的に過去の日本の立場を述べた内容。

12人中、11人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 日米開戦直後、大川周明は日本国民に米英と戦端を開いた経緯を分かりやすい言葉で述べた。本書はその全文に著者が解説を加えたものである。日本の敗戦後、降伏条件には戦争裁判が含まれていたが、その開廷された極東国際軍事裁判(東京裁判)での大川の奇怪な行動から、大川の過去の全ての業績は砂上の楼閣となった。このことから、冷静に、大川が説いた内容を検証しようという試みはされず、ようやく著者によって陽の目を見たが、極めて正論が述べられていることに驚く。敗戦後の日本歴史では、日本の朝鮮半島、大陸への帝国主義、植民地主義によって世界大戦が引き起こされたかのような記述がなされている。しかしながら、大川が述べた内容は欧米の主張する内容とは異なり、さほど、戦後の日本の歴史が一面的にしか提示されなかったということになる。
 過去は取り戻すことはできない。けれでも、歴史や外交において、多面的に見なければならないという事を知るに適した一冊だった。

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紙の本塩狩峠 改版

2010/05/12 10:33

物事の背景を探り、聖書の意味を三浦綾子の小説から知る。

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 この小説は実際に起きた鉄道事故を基に書かれたものだが、めったにこの著者の作品を手にしないのに、この作品を読もうと思ったのは明治時代に起きた「お召し列車事件」という別の列車事故を考えてみたいと思ったからだ。
 北海道塩狩峠で明治42年2月28日、暴走する列車がカーブで転覆しそうになる巨大事故を一人の鉄道員が自らの命を捨てて防いだ。片や、「お召し列車事件」は明治44年11月10日に明治天皇が九州巡幸にあたり乗車予定であった列車が脱線事故を起こし、死傷者は居ないにも関わらず、その管理責任を問われて鉄道員が鉄道に飛び込んで自殺をしてしまった。
 乗客の生命を守るために自らの命を捨てた鉄道員、管理上の不手際から自責の念に駆られて自殺してしまった鉄道員。ともに鉄道に生きる身でありながら、その二人を取り巻く人々の感情の違いを知りたかったからである。
 この作品はキリスト教信仰に生きる鉄道員の自己犠牲の姿を描いている。まさに、キリスト教信仰に目覚めた、三浦綾子にしか書けない内容の小説だった。

「お召し列車事件」では、飛び込み自殺をした鉄道員の顕彰碑建立の意見が出たことに対して、「福岡日日新聞」という地元紙に九州帝国大学総長の山川健次郎が意見記事を出したことから紛糾した。反天皇ともとれる内容であったために問題とされたが、山川健次郎の物理学会における功績の大きさもあってか、不問となり、後に東京帝国大学の総長に再就任までしている。
 もしかしたら、山川健次郎は明治42年の事件を知っていて、あえて、バッシング覚悟で意見記事を出したのではないかと思える。それも、山川健次郎の妹でありクリスチャンの大山捨松(薩摩閥の大山巌の夫人)から塩狩峠での鉄道員の自己犠牲を聞いて知っていたのではないかと推察する。明治初年、朝敵となった会津若松の白虎隊生き残りが山川健次郎だが、生命の尊さ、自らの生命を捨てるのは他者のためという信念を持っていたからではと考える。
 本来、小説についての評を記さなければならないのだが、山川健次郎が日本全国を敵に回してでも意見を曲げなかった背景を知るには、この小説を読むしかないと思った次第だが、山川健次郎はアメリカ留学時代に聖書を読んでいたのか、などとも。
 日常、聖書に触れる機会が皆無に等しいため、山川健次郎の心象風景を洞察するため、三浦綾子のこの小説を選んだ。

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紙の本飴と飴売りの文化史

2009/06/03 22:03

「あまい」思い出は人生の原点にまで引き戻してくれます。

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ほとんど毎日お世話になるコンビニのカウンターに、「買ってちょうだい」とばかりにチロルチョコが並んでいるが、あのチロルチョコの原点は本書の「飴と飴売り」にあったのでは、と思い至った。
 昭和30年代に子供時代を過ごした身にすれば、チロルチョコの登場はおやつの革命だった。村に一軒しかない駄菓子屋には二個で10円の芋の澱粉で作った飴が売られていたが、10円でチョコレート、それも三つの山で一本のバーになったチロルチョコはおやつの定番だった。ヌガーをチョコレートで包みこんでいたが、ヌガーとしゃれた呼び方をしていたが、これは実のところ穀物澱粉から作った飴ではなかったろうか。チロルチョコ発祥の地は福岡県の中央部、筑豊田川だが、この地域は本書にもあるように昔から飴造りの盛んなところであり、農家の人々の憩いのひとときに欠かせないものであり、石炭採掘が全盛期の頃は炭鉱労働者の疲労回復に無くてはならないものだったのではと思う。
 著者の実家が筑豊の直方で飴も扱った和菓子屋さんだが、その飴についての研究は自然に地元が中心となってくる。しかしながら、興味はここで尽きず、日本全国における飴造りと飴売りの研究に及び、さらには日本で「飴売り」として出稼ぎに来ていた朝鮮人を記憶に留めていたことから第五章に「朝鮮人飴売りのこと」という章を設けている。
 砂糖が極めて高価で、流通量も少ない時代、アジアにおける甘味料といえば「飴」であったことを実証しているのもおもしろく、「甘い」の反対にある「辛い」の代表、塩にまで考察が及んでいることに感心する。

 また、「飴売り」の形態についておもしろかったのは、金属類と飴とを交換していたということだった。おかしな格好をして独特の笛を吹いて子供たちを呼び集め、子供たちが持参した金属類と飴とを交換していたという民族史の紹介がおもしろかった。本書には写真やイラスト資料が豊富に用いられているが、その中にはキセルの雁首を盗み出して飴と物々交換している子供の姿もあっておもしろい。
 さらには、昭和20年代から30年代にかけてよく見かけた紙芝居の飴屋さんのことも紹介してあり、ねばりにねばってようやく貰った5円玉を握りしめ紙芝居屋に走ったこと、飴を舐め舐め「黄金バット」に興奮したことが思い出された。

 チロルチョコの創業者は子供たちに安価におやつを提供したいとの思いからチロルチョコを思いついたそうだが、初期のチロルチョコにあったヌガーというベース、それは筑豊地区における飴造りの土壌があったからこそ日本全国の子供に安価にしておいしいおやつを提供できたのではと思う。
 本書の帯には「うまい」の原点は「あまい」とあるが、甘いものを口にした時の記憶というのは幾つになっても「うまい」思い出として脳裏にこびりついているものだと思った次第です。

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柔道はスポーツか、武道か。

10人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 この夏、総合格闘技のDREAMが「さいたまスーパーアリーナ」で開催された。リングサイドから見る総合格闘技観戦だったが、なぜか、寝技が多い。蹴りや投げ技もあるが、タックルから寝技に持ち込む選手が多く、さらにマット上での寝技の時間が長い。巨大なスクリーンが無ければ試合展開がリングサイドといえどもわからない。少々、イラつきを感じながら観戦していたが、本書を読んで、旧帝国大学、旧専門学校で盛んに行なわれていた柔道が現在の総合格闘技の寝技に近いということを知った。
 以前、日露戦争で戦死した廣瀬中佐を調べるために水道橋の講堂館を訪ねたが、柔道でありながら棒術を練習している写真パネルがあった。柔道に棒術と思ったが、かつての柔道の原型である柔術では「あて身」という打撃技も盛んであったという。今も講道館に伝わる古式の型は鎧兜に身を包んだ武者が組打ちをした際の闘いの型だが、武者が腰に短刀を差すのは組伏せてから敵の首をかくためのものという。
 現在のオリンピックや国際試合のポイント柔道につまらなさを感じていたが、その理由や本来の格闘技とは何であるかをこの一冊は語ってくれる。その題材として木村政彦、力道山の闘いを取り上げたのではと思うほどだった。ブラジリアン柔術のエリオ・グレイシーと木村政彦の死闘も手に汗握るが、かくも格闘技の戦いとは激しいものなのかと背筋が寒くなるほどだった。
 本書は二段組み、700ページに亘る内容で、牛島辰熊、木村政彦、岩釣兼生という熊本が生んだ三人の柔道家の生きざまが珠玉である。「勝つ」ということに対する執念は並々ならぬものがあり、師匠と弟子の葛藤、和解、まさに人間ドラマである。百獣の王ライオンは我が子を千尋の谷に突き落とし、そこから這い上がってきたものだけを後継者に据えるが、まさに、牛島辰熊、木村政彦、岩釣兼生という「柔道の鬼」どもが弟子を千尋の谷に突き落とし、落とされ、這い上がって生きてきた記録でもある。
 その記録を著わした著者の木村政彦に対する思いの深さ、重さは、計り知れない。柔道を愛する者、格闘技を愛する者の気持ちを代弁した格闘技史である。
 読了後、胸を去来するのは《夏草や兵どもが夢のあと》の芭蕉の一句だった。

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紙の本マハン海上権力論集

2011/03/20 07:18

実行に移された日米開戦。

9人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 マハンといえば『坂の上の雲』での主人公秋山真之が師と仰いだ海軍戦略家である。しかしながら、その海軍戦略家であるということはマハンの一面であって、外交問題や民族、宗教も含めて多角的に物事を論じた人物である。
 本書はそのマハンの海上権力論の要約で構成されたものだが、読み進むうちにアメリカがマハンの対日政策と対日観を如実に実行したことが理解できる。白人優位主義、キリスト教原理主義とも思える発想がその根底にあるが、日本のハワイ移民から始まる日米の対立構造は日清戦争直後からのことに注目すべきである。日米開戦の発端は日露戦争勝利による満洲を含む中国市場の機会均等という開放政策の対立かと思いこんでしまうが、それ以前からの問題であったことは認識を新たにしなければならないだろう。
 さらに、日本から見れば広大な北米大陸だが、マハンから見れば大西洋、太平洋に挟まれた島国の発想をし、太平洋の沿岸防備のためには何が何でもハワイをアメリカ領土にしておかなければならないという異常なまでの主張に驚く。
 日米開戦はハワイ、カリフォルニアへの日本人移民による対立が始まりであると言っても過言では無いが、真珠湾攻撃の前に宣戦布告と同じ意味を持つパナマ運河の封鎖措置に出たアメリカの過敏なまでの行動原理はマハンの戦略にあったことが理解できる。
 本書は日米開戦に興味を持たない方には何ら面白みは感じられない。しかしながら、根本的な問題は何であったのかを考える方にはまたとない参考書になりうる。
 読みこなすに大変な一冊だったが、マハンの廻りくどい文体の原文を暗記していた秋山真之の頭の中の構造はどうなっていたのだろうか、そんなことが頭をよぎるものだった。

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紙の本なぜ水俣病は解決できないのか

2010/01/21 20:22

本書のタイトルに対する疑問から広がる日本の問題。

9人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 水俣病が昭和三十一年(一九五六)に公式確認されてから半世紀以上が経過した。あらためて、いまだ、この水俣病が解決されていないことに驚くが、さらに驚くのは患者の数が増加傾向にあるということ。この公害の原因は究明されたのに、なぜ、患者の数が増えていくのか。
 さらに、なぜ、全面解決されていないのか。
 
 本書を手にした前日、ナショナル・フラッグキャリアと呼ばれた日本航空が国家の手によって救済された。これから日本国民が税金として背負う負担は生半可なものではない。しかし、公共性、地方の活性化という美名のもとに救済された。
 この救済措置について国民から強い反対意見が出ないのは、たぶん、目に見える形で日本航空の存在が国民に認識されたからだろう。
 翻って、水俣病の患者に対する救済だが、国民の関心が薄いのはどうしてだろうか。熊本県の水俣市で起きた事件だからだろうか。国民の目に映らない企業不祥事の被害者だからだろうか。日本国民の人口比率から言えば、一地域の人々だけが影響を受けた事件だからだろうか。格差社会といわれるが、その格差社会の底辺に生きる人々が多かったからだろうか。
 今、水俣湾に水銀を垂れ流したチッソという会社は日本の産業に欠かすことのできない工業製品を提供しているという。携帯電話の液晶などがそれになるそうだが、高収益企業とのこと。日本の敗戦後も、チッソは化学メーカーとして日本の高度経済成長に不可欠の工業製品が求められた。その陰で、何の罪もない人々が高度経済成長の恩恵を受けることなく死んでいった。

 本書を読みながら、森永ヒ素ミルク事件、カネミ油症事件という公害事件を思い出した。高度経済成長という美名の陰で光化学スモッグもあった。日本の高度経済成長は人類の奇跡のひとつといわれているが、失ったものも多い。
 そして、十二年連続、毎年三万人にも及ぶ自殺者。
 高度経済成長という言葉に寄り添った「合理的」という単語に翻弄された日本だが、解決し救済しなければならない問題は多い。ふと、単純計算で三十六万人もの自殺者は戦争や公害などで救済されなかった人々の現世に対する恨みつらみの表れなのではと思うことがある。
 いずれにしても、この水俣病は一地方の問題として捉えるのではなく、日本国民全体の問題として考え直されなければ、日本という国じたいも救われないだろう。

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まるで旧約聖書を読んでいるかのよう。

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 今、金融業界は世界的な恐慌に陥っている。その原因はマネーゲームを楽しんだ一部の人間の欲というものだが、その欲得にかられた人間はバベルの塔の住人であることを認識しているのだろうかと思い至るときがある。
 その金融不況の震源地であるアメリカには先住民族のアメリカ・インディアンが住んでいる。インディアンといえば、アメリカの西部開拓時代の悪役という印象が強いが、白人が侵略者でインディアンはその被害者でしかない。そういったことがようやくにして分かり始め、そして、彼らが代代引き継いでいる物語が旧約聖書にも負けない内容であることに驚きを隠せない。

《善人にも、悪人にも雨は降り、陽は昇る》
《家族の間に調和が保たれれば人生は成功だ》
《ひとりの子供を育てるには、村中の努力が必要だ》
《知識ではなく、知恵を求めよ。知識は過去の産物だが、知恵は未来をもたらす》
《宗教はどれも神に帰る踏み石にすぎない》
 これは、アメリカ・インディアンに伝わる格言として本書の中に収められているほんの一例でしかないが、いずれもどこかで読んだ記憶がある。
 
《答えがないのも、答えのひとつ》
 これもアメリカ・インディアンに伝わる言葉だが、今、人々に必要なことはバベルの塔の足もとに暮らしていた先住民族の知恵に学ぶことなのかもしれない。

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紙の本我ら戦争犯罪人にあらず

2012/04/12 22:07

精神的従属から解放されるには。

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 大東亜戦争中、現在のインドネシアに軍政を敷いて現地の人々から支持を得た将軍の回顧録。敗戦前、ニューギニアでの持久戦を展開し、およそ7万の将兵の生命を持続させることが司令官の職務と考えていた。
 敗戦後の連合国による戦争裁判では、かつての敵軍であるオランダ軍からは無罪判決を勝ち取るものの、オーストラリア軍からは10年の刑期を申し渡されている。しかしながら、本人は自身の部下が十分な証拠調べもない中で死刑を宣告、執行されることに懸命に弁護、証人を努めている。どさくさに紛れて戦争裁判を逃れ、部下の証言者を免れる旧日本軍の上官が多いなか、最期まで逃れなかった。
 その今村大将の姿に、オーストラリア軍も捕虜の処遇を考えたりするが、他の地域でのイギリス軍などの日本兵捕虜、戦争犯罪人に対するリンチは凄まじかった。死刑宣告された日本人戦争犯罪人に、執行直前までリンチを加えるイギリス軍兵士には憤りすら覚える。
 巻末には今村均の反省録が収められているが、これは一読に値するものである。
 あの戦争は聖戦であるとか、正義の戦いであるとか、そういう国家の枠を飛び越え、一個の人間として戦争を見つめた言葉が詰まっている。
 戦争裁判では東京裁判での7人の絞首刑で終わっていると思いがちだが、外地での戦争裁判まで含むと軽く千名は絞首刑、銃殺で命を落としている。これに連合軍兵士による日本兵捕虜へのリンチ、原爆投下、無差別爆撃、沖縄戦での砲爆撃を加えると、連合国軍の戦争犯罪は日本の比ではない。しかしながら、連合国軍からは一人も戦争犯罪人は出ていない。先の戦争裁判が勝者の裁判、人種差別裁判といわれる由縁でもある。
 もう一度、連合国軍が下した歴史観を振り返り、日本人は精神的従属から解放されなければならない。

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紙の本玄洋社・封印された実像

2010/10/20 09:41

真の独立国家日本の歴史を再構築するために。

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書は玄洋社の研究者として、それも玄洋社の地元福岡で活動する著者によって著わされた集大成である。いままで新聞や雑誌に発表してきた研究成果に加筆訂正されたものだが、その豊富な資料と裏付けには、頭が下がる。
 と言ったところで、現代日本において玄洋社を知る人は極めて少ない。それは、出回っている解説書の全てに「右翼団体」「大陸侵略を主導した団体」「右翼の源流となる団体」と、日本人にとって迷惑な文言が記されているために関わりあいを拒否するからである。さらには、進歩的文化人が「悪」の象徴として糾弾したためである。
 本書の冒頭、著者は玄洋社を誤認し、作品中に誤った記載をした作家、評論家、研究者を批判している。ひとつ、ひとつ、資料を明示しながら反論を試みているが、それを読んでいくと大仏次郎論壇賞の受賞者などは無知極まりないことが分かる。本書ではないが、岩波書店発行の文庫本の解説では、意図的に史実と異なる記述をして、より一層、玄洋社をダーティーなイメージになるような記述をしている。言論の自由、言論の正義を標榜する出版社がそれで本当に良いのかとモラルを問いたくなるほどである。
 しかしながら、その現代ニッポンの歴史が歪められたのはGHQによる歴史観を正しいものとして信じ込んだ人々にある。一点の疑いも無く、GHQお仕着せの歴史を受け入れているのだが、その一番の被害者が玄洋社ということになる。
 欧米のアジア侵略と闘ったが故に玄洋社はGHQから「敵」として糾弾されたのだが、その欧米が日本の敗戦後に行なった行動を辿れば、いかに国益に準じた戦争を起こし、傀儡政権を樹立し、被支配国の歴史を改竄していったかが理解できると思う。その欧米の侵略に抗った一人に近代中国を作った辛亥革命の孫文がいる。この孫文の革命を全面的に支援していたのが玄洋社であり、亡命インド人のビハリ・ボースだけを支援していたのではない。
 願わくば、本書で批判された研究者たちの反論の研究書が出版されることを願っている。封印された玄洋社が解明されるとき、それは、真の独立国家としての日本の歴史が再構成されるときになる。

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紙の本スターリンの対日情報工作

2010/08/31 05:21

イヌはしょせんイヌであるのか。

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 日米開戦前、日本中を驚愕させたのはゾルゲ事件である。日本の国家機密をゾルゲがソ連に通報していた事件だが、そのゾルゲは日本の同盟国ドイツの人であった。さらには、駐日ドイツ大使のオットとゾルゲは親友とも称されるほど親密な関係を築いていた。
 そのゾルゲに情報を提供していたのが元朝日新聞の記者であった尾崎秀実だが、近衛文麿に近く、首相の座にあった人物の傍にソ連のスパイがいるとは、思いもしなかったことだろう。この事件によって防諜工作が盛んになり、言論弾圧も激しくなったが、東條政権成立の日にゾルゲを逮捕している事実から軍部が親英米派といわれる近衛文麿を失脚させ、政権奪取のきっかけに事件を利用していたのは明らかだろう。
 驚くのは戦中のことだけではなく、日本の敗戦後に明らかにされたスパイ事件の犯人が思わぬ人物たちだったからだ。自首してきた元関東軍航空参謀少佐の志位正二の証言により外務官僚たちが逮捕された「ラストボロフ事件」と呼ばれるものだが、関東軍の中にソ連のスパイがいたとなれば、日本の機密情報は筒抜けに等しい。
 本書には、不確定ながらも推測で語らなければならない事項も多々ある。それだけ、スパイが巧妙に身分をカムフラージュして活動していたということになるが、いかに欧米の情報活動が巧妙であったかということになる。日米開戦前、アメリカの諜報機関によって宣戦布告が解読されていたのは有名な話だが、日本の情報管理はあまりにお粗末としか言えない。これも日露戦争における明石元二郎の諜報活動がうまくいったが為の油断だったのだろうか。
 今でも現役の自衛官が機密コピーやディスクをロシア大使館員に売却したことが事件になり、旧冷戦構造時代のスパイ同志の交換やスパイの暗殺など、世界のどこかでスパイ事件が話題になる。当初、戦前に起きたスパイ事件の振り返りをまとめたものなのか、そう思いながらゾルゲ事件に関する書物をひっくり返して読み進んでいたが、どうも現代ニッポンに対する警告の書なのでは、ということに気づかされた。個人情報保護法など情報管理がうるさく問われる昨今だが、根本である国家の機密は大丈夫なのかと不安になった。
「イヌはしょせんイヌ」と引用された箇所があったが、国家のためにと情報を集めても最後に笑うのは飼い主(権力者)であって、イヌ(スパイ)は亡命するか暗殺されるかしかない。
 みじめだが、やはり、イヌはイヌの扱いしか受けない。
 そんなイヌの扱いしか受けないスパイが消滅する日は来るのだろうか。権力に目覚めた人間が出現する限り、悲しいかな、消滅の日は来ないだろう。

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紙の本未踏の野を過ぎて

2011/11/13 11:28

一過性の意識変革。

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 東日本大震災は日本人の意識を変えたといわれる。確かに、人と人の絆を求めるようになったとか、他者に対して優しくなったとか、日本と日本人に自信を深めたという。これはこれで大変良いことだが、根本的な問題が解決されたかというと、何も変わらない。
 首都圏では膨大な数の帰宅難民を生みだしながら、その後の台風の直撃でも同じ轍を踏んだ。首都圏への一極集中が莫大な人的被害をもたらす危険と知りつつも、解決の方向性は見つからない。危険と知りつつも住み続ける首都圏の住民に福島原発の避難区域から立ち退かない住民を批判する事はできない。
 ひとつの熱狂が鎮まった頃、しみじみと語られる本書の内容は軽いタッチでありながら、言葉が重い。「言葉の職人」を自認される著者だけに、ひとつ、ひとつ、言葉を選び、考えている。その言葉の使い方についても、指摘は鋭い。感じる事ごとは読み手の環境や体験によって異なると思うが、35ページから始まる「三島の「意地」」という一文は何か心にひっかかる。「人間が自覚して愚行を選べぬようになってはおしまいだ。」という一行は、いかに現代が賢く生きることを人々に求めてきたかがわかる。その賢いという言葉にしても、人間性を求めてではなく、「より」多く、「より」良く、他者と比較して「より」快適な暮らしぶりの高さを求めてのものである。
 著者は中国大連からの引き揚げ者である。着の身着のまま、身体一つで日本に帰国してきて、何もないところから再スタートを切っている。今の東日本大震災の被災者と同じ環境であり、広島、長崎の原爆投下を考えれば、福島原発の事故からも立ち直ることが可能と喝破する。やんわりと、マスコミが騒ぎすぎとも注意を忘れていない。
 三島の切腹について、ぶざまな姿であろうが生き延びることも「愚行」であると著者は語る。ここに、自ら死を望まぬとも「生きる」ことも「自覚した愚行なのでは」と三島に生き抜いて欲しかったという著者の願いがある。中国から引き揚げ、結核に冒されてでも生き抜いた人だけに、生命の尊さを知っているから言えることである。
 東日本大震災は日本人の意識を変えたというが、その後も、親殺し、子殺し、自殺が止まらない現実を見ると、意識変革は一過性のものであることがわかる。

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紙の本昭和の仕事

2010/06/11 08:05

生きるための「昭和の仕事」たち。

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 表紙に使われている写真は昭和の仕事の一つであった「紙芝居」である。バアちゃんが握らせてくれた五円玉を持って走り、飴をなめなめ、オジサンの名調子に引き込まれていったのは懐かしい思い出である。その「紙芝居」風景をよくよく見ると、オジサンの左足は義足である。腰に下がるラッパから傷痍軍人として復員した人と思えるが、戦争に負ければ国家補償は当てにならず、片足では重労働はできず、窮余の策として始めた「紙芝居」だったのだろう。
 ページをめくると伝説のフォークシンガー高田渡の作品『相子』が目に留まる。
《人間なら 日に二食で丁度ええぞと 父はいい 人様の分まで盗ってはいけんぞと 母はいい》という歌詞が心に響く。
 その作詞をしたのが本書の中心人物、詩人の高木護氏。「焼酎一杯飲むことの何たる幸せなことか」というセリフとともに、氏ははにかんだ顔を五十八ページに覗かせている。
 高木氏が経験した職種は昭和の職業史そのままであり、その職歴の雑多に驚く。高木氏が経験した職種以外にも現代ニッポンでは消滅してしまった飴屋、貸本屋、三助、駄菓子屋、ニコヨン、パンパン、露天商と百四十種以上の仕事が紹介されている。パンパンという高木氏では用をなさない職もあるが、敗戦後の昭和二十年代から四十年代初めにおいて日本全国のどこでもみられた女性の仕事だった。同級生の母親にも元米兵専門だった人がいたが、売れるものなら何でも売らなければ生きていけない時代だった。
 
 本書で感動したのは百五十二ページから始まる「ポン菓子」だった。
 戦中の飢餓に苦しむ子供たちのために、十二倍に膨らむ食べ物を作る機械を求めて大阪から北九州に出向いた吉村利子氏の話である。小学校の教員という職を捨て、子供たちにひもじい思いをさせたくないという熱情から始めたことだったが、その原因となった朝鮮人親子の話は胸が痛むものだった。
 昭和という時代について感傷的に眺める人を見受けるが、敗戦後の日本はとんでもなく悲惨な日々だった。国じたいが貧しい上に戦時賠償でカネが無く、米軍放出の脱脂粉乳でも無いよりマシと飲んだ経験があるだけに、本書の内容は身につまされるものばかりだった。とにかく、その日、その日を生き抜くことだけに必死だった人々の姿が「昭和の仕事」としてこの一冊に詰まっている。
 ただ一つ、一度は体験しても良いかなと思ったのは高木護流「放浪」である。

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今も昔も変わらぬ日本人の姿。

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 江戸時代、徳川幕府は鎖国という方法で諸外国との交際を限定していた。その限定していた中において、唯一の西洋がオランダだった。そのオランダとの交易は長崎の出島に限って行われているとばかり思い込んでいたが、なんのなんの、本書を読めばいろいろと理由づけをして西洋の品々が大量に江戸に持ち込まれていたことに驚く。
 とりわけ、洋書の数。
 洋書の丸善、ではないけれど、オランダ人の江戸参府の常宿であった長崎屋には幕末期、17280冊もの蘭書が備えてあったというから驚く。日本人の勤勉さ、ここに極まれりという感じがする。

 本書は豊富な資料をもとに当時のオランダ人の江戸参府について述べてあるが、とても読みやすい言葉で、それも語りかけるようにして表現されている。その背景には筆者による莫大な資料の読み込みがなされているのは想像に難くないが、文中資料に使用されている写真、図説などが豊富で読み手を飽きさせない。
 オランダ人が持ち込んだ品々を競うようにして当時の日本人が買い込んでいることに驚くが、反面、オランダ人もさまざまな日本の品々を買い漁っている。庶民が使うような団扇までも持ち帰っているが、彼ら西洋人に日本はどのような国に映っていたのだろうか。

 江戸でのオランダ人定宿であった長崎屋を取り囲む日本人の姿を活き活きと描いた力作であると思うが、反対に、オランダ人、とりわけシーボルトの日本に対する興味深さに感心するばかりだった。
 ふと、シーボルトが現代ニッポンに来たならば、それこそ、秋葉原に通い、アニメ同人誌を片っぱしから買い込むのだろうなあ、などと思ってしまった。
 いずれにしても、異国文化の交流というのは面白おかしく、罪が生じないのがいい。

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大東亜共栄圏構想という帝国主義と混同されがちなアジア主義。

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 本書の著者4名のうち犬養毅を除くと、残りは全員、筑前黒田藩の末裔である。筑前黒田藩は今の福岡市を中心とする一帯を領地としていたが、ここは古くから朝鮮半島、大陸との交易が盛んであった場所だけに、自然発生的にアジア主義が生まれる下地がある。しかしながら、多くの歴史学者は帝国主義とアジア主義を混同し、大東亜共栄圏構想は日本のアジア侵略を正当化したものとしてアジア主義者を糾弾している。これは、日本を占領した欧米帝国主義者であるGHQの巧みな歴史観にもよると思う。

 日清、日露の戦役を日本の半島、大陸への侵略の野望と表現されることが多い。しかしながら、一旦、九州の北端に位置する福岡で生活をしてみれば、いかに半島、大陸の政治情勢が日本に多大な影響を及ぼす地域であるかを実感するだろう。福岡から韓国釜山へは民間機で30分、ジェットフォイルで3時間、更には過去に10本の指で余るほどの侵略を半島・大陸から受けた地域であれば、いかにアジアとの均衡が平和と繁栄をもたらすかということを如実に体験できる。侵略ではなく、抑止力として半島、大陸に進出しなければ、日本という国家が立ちいかなくなると言う事も理論ではなく実践で知っている。
 幕末期、南下政策をとるロシアは対馬を占領していた。明治期、対馬を欲しがるロシアに対し、朝鮮の高官がロシア側の後押しをすると申し出たりしている。尊皇攘夷思想の教育を受けたアジア主義者たちにとって、これは許し難い行為である。このロシアの侵略行為を抑止するには、半島・大陸へ進出するしか道はない。これは北朝鮮のミサイル発射に際して、ミサイル基地を事前に攻撃するという防衛構想と同じと思う。
 本書の帯に記してある「後世の視点による批判ではなく、当人たちの生の声からアジア主義を考える入門選集。」とあるように、視点を変えて物事を見てみると、見えなかったものも見えることがあるのではないだろうか。

 敗戦後の日本においては、連合国である欧米が善であり、日本は悪であるという勝者の歴史観が植えつけられている。しかしながら、アジアを侵略し植民地として搾取し続けたのはどこの国々なのか、それを考えればアジア主義者たちの声も実感できるのではないかと思う。
 本書に登場するアジア主義者たちは、数百年にわたりアジアを侵略し、搾取した欧米を放逐するために闘った。そのアジア主義という理念を理解できない軍部、官僚によって大東亜共栄圏構想とアジア主義は混同され、帝国主義者、国家主義者としてアジア主義者は歴史の彼方に葬り去られてしまった。
 今一度、当時のロシアの南下政策という侵略行為、欧米、とりわけイギリスのアヘンによる清国への侵略行為を前提に歴史を振り返ってみれば、頭山満、犬養毅、杉山茂丸、内田良平等がアジア諸国の救世主であったことが理解できるだろう。

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紙の本魔群の通過 天狗党叙事詩

2012/01/03 10:37

水戸天狗党の騒乱に驚きながら、小説とは何かを考えてしまった。

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 これは幕末の水戸を舞台にした天狗党の顛末を描いた物語である。この小説を読む前、吉村昭の『天狗争乱』を読了したが、同じ天狗党を扱った内容でありながら、読みやすさと印象は大きく分かれる。
 吉村昭の場合は膨大な文献資料から事件を忠実に描いている。山田風太郎の場合は事件の渦中に近く、やや離れた位置から見た人物の口を借りて描いている。小説としての面白味としては、山田風太郎に軍配をあげたい。さらに、山田はやはり資料を渉猟しながらも実際に天狗党たちが通過して行った断崖絶壁の道を歩いていることだろうか。地の気、風の音、広大な風景は、やはり、現地を訪ねなければわからない。
 さらに、天狗党を迎え討ち、通過させた諸藩が残した文書が偽政者に都合よく書き換えられていることも山田は見逃していない。文献資料に忠実に従う事も大切だが、その資料自体の信用度にまで踏み込まねば、実態はわからないということになる。それを看破した山田の眼力に恐れ入った次第である。
 もともと、本書を手にしたのは「天下の糸平」こと田中平八が出ているからだが、この人物は幕末から明治初期、横浜を中心に莫大な富を築き上げた生糸商人であり相場師である。長州藩とのつながりが深く、天狗党にも参画していたのだが、維新後は長州藩を後ろ盾に財を成したのは間違いないだろう。その田中平八を顕彰する碑文が東京墨田区の木母寺にあるのだが、その碑の裏面の広範な人間関係に驚くばかりだのった。
 山田はこの天狗党を描くことで主義主張、事件というよりも人間というものの性を描きたかったのだろう。行間と行間どころか、その後ろに垣間見える大きな主張に考え込んでしまった。この作品を読了し、小説とはなんぞや、ふと、再考したのだった。

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