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  3. wildflowerさんのレビュー一覧

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先月(2017年6月)

wildflowerさんのレビュー一覧

投稿者:wildflower

264 件中 1 件~ 15 件を表示

貯金と鋏の「チョキン!」を掛けたタイトル文字はちょっとカワイイ。

31人中、30人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「年収200万からの」というタイトルには
ちょっと誤解をよぶかも、と思ったのだ。
というのも、

貯金ができない高額年収の方だっているからで
年収の額と、借金の額、貯金力の差は
あんまり、ないんだそうだ。

多分、類書に影響されたかな???

それはそれとして
日経新聞の書評などで誉めてあったのを
発売された当初見かけてから
いつか読まなくっちゃとは思ってきた1冊である。

でもダイエットと一緒で、
節約本にありがちな
節約術ばっかりでカツカツだときっと行き詰まってしまうし……
と、うじうじとしていたので今ごろの評になってしまったのだ。


ドキッ!としたのがp20

「貯金下手こそ、貯める仕組みづくり」という章のここだ。

1、目標やスケジュール、やることにいつも無理がある。
2、すぐに喜んだり落ち込んだり、と感情の起伏が大きい。
3、「結果を出さなければ!」と意気込む、張りきりすぎる。
4、神経質、すぐにあせる。


このような4つの条件がある「まじめでがんばりすぎてしまう人」が
なるべくムダづかいをしないようにしているのに、ちっとも貯まらない。
という悩みを抱えてしまう人らしい。


4つが4つとも、身に覚えがあった。
別に、まじめだなんて思わないけど
「融通が効かない」というような感じなんだろうな……。

だから、貯まらないのか。と思わせて
ぐいぐい引き込まれてしまった。

ダイエットでもそうなのかもしれないけれど
成果を焦りすぎてしまったり
自分で決めた目標が一度、うまくいかなくなっただけで
がっくりしてしまったり
がんばったんだから、と自分でストレス買いをしてしまう……

それじゃ、だめじゃん!!

そんなふうな情けなさを、びしっと指摘されたのが哀しくて
どうしたら、それじゃ、貯められるほうに変わることができるって
いうんだ!!と
やけも半ばで読んでいった。

著者の横山光昭さんは
「家計再生コンサルタント」と名乗っておられる
フィナンシャルプランナーである。
つまり
財テクの方法を伝受するプロではなくて
破綻しかかった家計を、立て直すための助言のプロ!なのだ。
つまり……ということは
顧客は財テクの上級生じゃなくて劣等生。
これじゃ、だめだよなというところからの再生を
生業にしてこられた方である。

だから説得力ある数多の実例をもとに
貯められないタイプを割り出して
そうしたひとが変わるための「90日間プログラム」を
考案されている。

……3カ月。


……ほんとうに代わるだろうか?

めざすところはここ。
「一時的な預貯金の増加、ではありません。
 不安に押しつぶされず、景気にも影響されない、
「貯められる自分」を作ることです。
 各個人の幸せな生き方をサポートするツール、
 それが貯金力なのです。」

「貯金力」ね。

~力という流行り言葉がまたもや……。と思いつつ
これがかかれているのは本書の「序」の口。

構成はよくできている。読みやすくイラストも適度に
折り込まれている。
……しないから駄目なんだ、みたいな叱責モードではなくて

だめだめな人をたくさん
クライアントとして立て直してこられた方の
応援に満ちた口調なので
もう読むしかないか、という感じにさせられる。
それこそ著者の作戦とはいえ、そこまでの流れはすんなりと来る。

目次(コンテンツ)はこんな感じ。

*************************

1、使わないお金を増やすところから始める収入アップ
  (※この章のエッセンスはp41-44)

2、あなたが貯金できない理由
  (※p84「カード支払い額から分かるあなたの現状」は必見)

3、明日から変われる! 貯金体質トレーニング
  (※p110「「いくら」より「何に」を見える化する」
    は、目からウロコ)

4、90日プログラムで貯金力を10倍アップ
  (※ここは通しで一気に! 特に実践部分のツボはp152-177)

5、知らないと危険! お金の落とし穴
  (※法的措置についてのいろは。
   p188「これだけはやってはいけない!」は必見。)

*************************
そんなこんな感じで
一読するだけでも、読まなかった過去の自分よりは
間違いなく賢くなっていた。

ちょっと見苦しくなってしまったけれど、
さくっと読みたい場合は
※のところだけ読んでも、いいかもしれない。 

あとは、実践。
そこがかえってキモだ。
やるか、やらないか。
結局はそこなんだよな……。

でも
一歩ずつ目線をかえていけば、きっと変えられる♪


節約する、ということがどういうことか
考え方から変えていこうという姿勢が
好もしい1冊だった。

3カ月先が、ちょっと愉しみになった。


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紙の本断る力

2009/02/25 14:54

挑発でもケンカでもなく。

26人中、22人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

勝負色を思わせる、新書には極めて珍しい深紅。
こちらには出ていませんが、帯も斬新なデザインで
著者勝間さんご自身の決意あふれる表情と
手を掲げた「NO」の意思表示。

読後感をひとことで言えば
やはり
勝負に出たな、という感触です。

キライなひとはキライだろう。
好きなひとは好きだろう。

読み応えは、あります。

**

断る力っていうタイトルに
赤に
あのお写真。

ですが、内容はおおむね真面目で
落ち着いたトーンです。

p38にアサーティブという概念が紹介されていて
いわく
「単なる押し付けではなくて
自分の要求や意見を、相手の権利を侵害することなく
誠実に、率直に、対等に表現すること」をさします。

たとえば
あなたも、わたしも正しい。
だけど意見が食いちがうというような場面で
いかに意見を調整していけばいいのかという
技法というか考え方があるけれども
日本の一般向けにだったらむしろ
アサーティブ入門、というふうにやるよりも
もっと噛み砕いた、日常的なことばとして
言い直したらどうなるだろうかと。
それは多分、断り切れないで、それが嵩じて
被ってしまうだろう人間関係のいろんなマイナスを
少し、変えていけるためのヒントになるんじゃないか

そういう意図があって「断る力」という
表現になった、というようなことが
書いてありました。

「Noがいえない○○……」
そういえばだいぶ前にもありましたが。


対外的に、という前に
今、目の前にあるいろんな場面で
食い違う気持ち悪さを、だれかが我慢して
それでうまくまわっているように見えているだけだとしたら

風穴、開くかもしれません。

でも
状況も激変、するかもしれません。

そういう意味で、爆弾かもしれません。


ただ「拒否」するだけじゃ
集団生活、人間関係、毀れてしまいます。
じゃ、どうすれば?

だれかに我慢させつづけるかわりに
自分だけ、我慢すれば、のかわりに
具体的に、どんなふうに考えていけば
あるいは行動していけば
いいのかってことを
実体験を豊富に交えて、書いてあります。


むろん
実力がないのに、ただ拒否したら干されます。

その辺はまたカツマさんバイアスが掛かっているから
「ここにこう書いてあるし」と
行動したら、たぶん大怪我まちがいなし。
だからこそ
自分で考えてみてごらんと
またまたぽんっと背中を押されてしまうのです。
宿題どっさり。
でも、なんかどこかで快感もあり。

あとがきいわく、この本は
数年前に書かれた勝間さんの著書の
『勝間和代のインディペンデントな生き方実践ガイド』
(ディスカヴァー21発行)の続編的な
位置付けとして書かれています。

前著は20代女子向け。
この本は30代以降の「ある程度自分を確立しようとしつつも
なかなかうまくいかない世代に対して、自分もそうだった時代を
振り返りつつ、いったいどんな考え方を変えたことで人生が
より楽になったかを考えて」書かれている。
こっちは多分、性別を問わず。でも、女子に読んでほしいと
いうところでしょうか。

自分も大事、相手も大事。
それをどうするか。
その一本通った筋は、今回も変わらず。
むしろとても噛み砕かれた形でさし出されています。


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左利きのちいさな不便が好転するために。

16人中、16人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

左利きは天才? ないし芸術家が多い?はては早死に?みたいな切り口の
本はこれまでもいくつか目にしてきました。

この本は、左利きの人とその周辺の全ての人のための啓蒙書です。
家庭において、そして保育園・幼稚園・小学校から大学・職場・社会にいたるまで
あらゆる場面での「左利きへの配慮と支援」について、と表紙にあります。

著者のローレン・ミルソム(Lauren Milson)さんはイギリス在住の方で
ご自身が左利き、お子さんお二人は左利きと右利き。
子育てやご自身の経験とそこから育まれた問題意識が嵩じてなのでしょうか
「左利き協会」会員にして、世界初の左利き専門店を開いた方です。
現在も左利きのひとのための用品を販売したり、啓蒙活動を幅広く
行ってこられました。

訳者の笹山裕子さんもまた、ご自身が左利きで(一部右に矯正されています)
お子さん二人は左利きと右利きでいらっしゃいます。
2009年5月、東京書籍発行。


でも、左利きってそんなに特別扱いすることなのでしょうか?


最初、目にしたときにはそんな疑問が浮かびました。
日本人のなかで左利きが占めるわりあいはとても少ないのだそうです。
外国(とりわけイギリス)では直されることが少なくなったそうですが
日本の場合、10%が左利きなのだそうです。
半数よりは少ないですが、案外いるにもかかわらず
左利き専用の物品やシステムというのは、およそ一般的ではありません。


評者自身は、左利きであり、箸と筆のみ入学直前に右手で行えるようにと
直されて育ちました。「不便だから」がその理由でした。
ですから書くことを含めたほぼ全般の細かい作業は左手中心ですが
箸や筆、そのほか右のほうがなんとなく使いやすいと感じる物の
扱いはだんだん右でこなすようになってきました。

実際100%左でしか使わないという日本人に私は出会ったことがありません。
たいてい、特に筆と箸は右 とか筆と箸と鉛筆は右 というケースがほとんどです。
昔は偏見もあり、いじめられたりする場面も多々ありました。

そうして、いろんな場面で適応してきたので
一見、何かとても生活で不便をしているという意識も大変少なかったのです。

****
この本を読むと、今の研究では利き手はあらかじめ脳で決まって
いることであり
それらを動作だけ直すということは、
ほんとうは「断乎としてNO」といいます。


無理にそれを変えることによっておこり得る弊害は
ほかのみんなができることが、なかなかできなかったり
どうしてできないのかと理解されないことです。
そういう繰り返しによって自尊心が低下することもある
などだそうです。

それ以外にも、例えば
ディスクレシアやAD/HDといった人たちに
左利きが多いということも指摘されています。
だとすると
特有の脳の発達障害による問題と
左利きでない人のために作られた道具や環境に適応できないでいるためにおこってくる問題との両方に対処をする必要がでてきます。
(p80-81)

****

右利きの人に聞いてみたいのです。
もし、すべての道具などが左右反転だったら?
行動様式も逆に想定されていたら?

実にふつうの生活で使われるペンなどの筆記具、机、調理器具
などが右利き仕様に作られていることで
例えば缶切り、例えばペンの持ち方、例えば自動改札機や卓上の
電話そうしたものの付いている位置そのものが
ひとつずつちいさなところで、左利きに「使いにくい」ものでした。
ハサミは象徴的で、箸の置き方一つも実は関係があるのだそうです。

私自身幾度も経験したのですが、右利きの人は左で持って
作業していることを目にしただけで
「どことなく危なっかしい」と感じられるようです。
反転して見えるから奇妙に見えるだけなんじゃないかと、ずっと思ってきましたがそうではなく
道具そのものが反転しているからこそ、実際に使いにくい道具になっているので
ただそれだけのことなのだ、と本書はいいます。

当人が「利き手の問題」だとは思いもしないで、自分がただ
無器用なのだと思ってしまうことが問題であり
また、右利きの人にとって目の前の道具が右利きに使いやすい
ようにできあがっていることはあまりにも自明で
そこに気づくことは難しいことから
ときに、目の前の左利きのひとが使いづらそうにしているのは
道具のせいではなく左利きそのもののせい、と考え
利き手を変えるように教えたりすることも
また別の問題をもたらしているといいます。(p12)


具体的な対処の方法については
例えば、以下のような箇所に詳しく書かれています。

p36 「利き手は変えるべき?」

p48 「就学前の子どもへの配慮」

p76 「学校生活」

p84 「学校の用具・用品の使い方」

p88 「学童への配慮と支援」


大人になってからの不便さは、なんとかなるとしても
就学期の子どもが、自分が左利きであるということだけで
学びの機会のなかのちいさな積み重ねの場面において
ちいさな苦手を知らず知らず、積み上げていっているのは
おそらく今の日本の小学校や中学校などでもほとんど変わらない
と思われます。

なぜなら教師の学びとして、特別支援を要する子どもたちへの
接し方は習っても
道具や用品や環境が左右逆転していることから起こってくる
左利きの子ども達への対処の方法は、まだ存在していないから
です。

子どものほうが右手づかいに直せばいい、という程度でいた
自分の意識が低いものだったことに、愕然とするとともに
そうした左利きのこどもたちの周りにいる大人たちの理解を
もっともっと気づいてもらいたいと強く思いました。


支援、といってもほんのちいさな気づきからでいいのです。
教室での席の列び順なども、注意深い対応で全く好転することが
あるのだと実例豊富に教えてもらいました。


巻末には、左利きの人向けに役立つサイトも揃っています。
ちいさなペンなどだったら、手に入れられないものでもないから
一度、使ってみようかと思いました。

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由緒ただしき日本語のありか

16人中、15人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

舞台は、とある日本語学校。
先生はこの作品の原案をつくられている
現役の日本語教師海野凪子さんご本人。

そして漫画は蛇蔵さん。
初めて知る方ですが、
この方の魅力的で軽妙なタッチがなければ
魅力はうんと減ることまちがいなしです。

まずキャラが立ってます。
それに32万部を越えたくらい大人気ですから
ほんとうに、笑いのツボをついてきます。
読みおわるまで、何度爆笑したかわかりません。

作中の日本人学校には
ロシア人、中国人、イギリス人、アメリカ人、
スウェーデン人、アラブ人……とさまざまな国のひとたちが
それぞれの動機で、日本語を学びに来ています。


まったく自分の国と違う風習からくる
おもしろい勘違いも
似て非なるアジア圏の生徒とのやりとりで
出てくるズレも
いまどきのネイティブ日本人のおかしい言葉も
ユーモアたっぷりに描かれています。

だから
ネイティブ日本人としては
内心、どきっとしてしまうところもありますが
サクサク読み進んでしまうのですね。

とくに面白かったのは
中国人の生徒さんたちとのやりとりの場面の数々。

例えば
●最上級の敬語をつかっていた優等生の趙さんが
覚えてきたバイト用語の話(p40-43)

●大学院の入学試験担当の先生に宛てて
書くようにという課題の手紙文に
美文調の詩を書いた趙さんの話(p54-55)

●漢字に動物の鳴き声が含まれることを教わったとき
広東省の王さんたちがしたおかしな勘違いの話(p96-99)

お隣の国だからって
ぜんぜん、ちがうんだ!という発見と親しみが
ありました。

それから
ただ、ただおかしかったのが

●凪子先生が入院したときのお見舞いの話(p110-113)

●七夕の飾りをつける話(p124-127)

マナーとかタブーとか風習とか
あたりまえと思っていたことがこうなるか!
異文化って面白い~と思った場面でした。


もう
あっちもこっちも面白かった話として
全編上げたくなるのですが
ひょっとしたら由緒ただしい日本語は
こういう日本人学校の中で純粋なかたちで
ひっそり伝わり育まれているのかもと
大笑いしたあとで思いました。

日本人ネイティブの友人に頼ったら
外国人の生徒自身よりもできが悪かったり(!)
だから逆に日本人「に」敬語を教えてあげていたり
日常のあっちこっちでへんな日本語がはんらんしていたり
という話もさりげなく入っています。
ネイティブ=当たり前に上手話せる人ってイメージは
ちょっと苦手な英語に対してあったのですが
ひょっとすると日本語でも英語でも
ネイティブが正確とは必ずしも限らないのかもしれません。

大爆笑できるけど、ちゃんとしっかりした内容なのが
好もしいです。
そして
次回作もきっと出るんじゃないかと期待大です。
(ネットでは著者のブログリンク先(コミックエッセイ劇場)で
 「日本人の知らない日本語2」が毎週金曜更新中です)

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紙の本あの路

2009/09/29 09:27

ある欠損と追憶のものがたり

14人中、14人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

詩人の山本けんぞう(賢藏)さんが文を書き『ルリユールおじさん』の
いせひでこ(伊勢英子)さんが絵を描かれている、この作品。

母とふたりだった少年の僕は、母を喪って
あの路で、いつからかずっと棲みついていた三本足に出会った。
三本足は黒い野良犬。その路ではだれもが知り合いで
でもその体もこころも誰のものでもない自由な犬だ。

ふたりはたちまち惹かれてともだちになった。

ものがたりの前半。
誰もいない路地でふたりがじゃれあう様子、
アパルトマンの片隅で、いろんな話を聞かせてやる少年と
おもしろければしみじみとしっぽで語り
つまらなければあくびを返す三本足のふたりの様子が
階段のすみで、ちいさいけれど親しげに描かれているところは
いずれもしみじみとした名場面だ。

しかし、ある日、事件が起きる。

ラストまでのものがたりの運びは
少年と三本足のふたりが
しあわせになったのかそうでないのか、というこちらの予想を
少しはぐらかすように進む。

それはそのまま「なにか落っことしたみたい」な気持ちにさせられる。

硬質で侵しがたい孤のちからが
少年のあしもとや、見あげたところの青い空
三本足の澄んだ瞳とに象徴されているように思える。

絵に多様されているのも、空だ。

淡々とした表現で、抑制が効いていて、だからかえって
どうしようもなくきゅーんとするような読後感がのこる。


補足として著者お二方について記しておくと、
山本けんぞうさんは長く特班員として海外を巡ってこられた方である。
『バクダッドのモモ』は戦争がふつうの少女の周りに押し寄せてくる
様子を猫のまなざしから捉えた作品だ。『きみは金色の雨になる』は、
最愛の弟の死を扱った作品である。

いせひでこさんは夫君でノンフィクション作家の柳田邦男さんとの
対談集『はじまりの記憶』に、じぶん探しのことをこう語っている。

   自分探しの旅というのは、いろいろなものを捨てて行くものでは
   ないんです。
   じつは「今」を意識することに戻り、そのたびに幼少期の原風景
   まで戻って行くみたいな旅です。捨てるのではなく何度でも拾い
   にいく。

『あの路』にも、これまでのお二人の作品にも見られたような
ある種の欠損(例えば死別のような)が描かれている。

少年にとっての三本足は束の間その空白を埋めてくれた存在だ。

やがておとなになった少年は、たくさんのひとたちのなかで
ひとりで生きている。あの路の追憶を温めながら。

少年のこころを山本けんぞうさんの文章は
短く丁寧にすくいとっていく。
いせひでこさんの透明感のある画は寄り添うように雄弁だ。

成長するということ
何かを喪い、やがてその補完として訪れたなかまのこと
出逢いと別れのこと
この世でひとりだけの存在であること

読む度にさまざまなことを想う。見事な作品だと思う。

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紙の本トーマの心臓

2009/08/07 20:31

過激な表現に堕ちない、端正だけどシビアな現実。

14人中、14人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

森博嗣さんがこのたび小説化したのは
漫画家の萩尾望都さんの傑作『トーマの心臓』。

1974年に『週刊少女コミック』で連載された後も
初期の名作としてかたちを変えて版を重ねています。
2007年にも
フラワーコミックススペシャル萩尾望都パーフェクトセレクション1が出て
話題になりました。

一方、ノベライズの作者の森博嗣さんは非常に多作な方ですが
『スカイ・クロラ』シリーズで近未来の少年たちの淡々とした様子を描いて
おられたので、今回はこの作品をどのようにノベライズしたのか
とても気になっていました。
ご自身が創作活動をされるきっかけになったというほどに
萩尾さんの大ファンなのだそうで
そのせいか原作の雰囲気は残しつつ
丁寧に翻案されているという印象をもちました。

原作ではドイツのギムナジウムに通う少年たちの話が
主にユーリという少年を軸に描かれています。
ある雪の日に起こった、事件。
そして亡くなった彼がユーリに宛てて書いた手紙。
それをきっかけにゆるやかに明らかになっていく過去の事実が
ユーリ、オスカー、トーマ、エーリクの4名の少年たちのかかわりによって
明かされていきます。

親と子の間にある葛藤や愛
少年たちの間にある羨望や憎悪
神と罪と罰について
ときに哲学的なほど真面目に少年たちは向かい合います。

赦しが得られるのがこの作品ならば
赦しなどがない世界に生きたとしたら、という仮定で
その後の『残酷な神が支配する』が描かれている、とも言われています。


一方で、森さんのノベライズではこの主軸はほぼ変わらず
ただ、いくつかの翻案がなされています。

語りの中心になっているのはオスカーで
最初の事件と次第に明らかになっていく事件との間に
それぞれがどう見え、語ったのか
それをどうオスカーが捉えていたのか、という視点で
描かれていきます。

原作の漫画ではコマの画が語り、台詞が語り
その余白が語っていたものが丁寧に届くように
ところどころ、原作漫画からの引用をふくめながら
ときには精密な点描のように
心情や状景を淡々と語るのが森さん版の特長です。

実は
エーリク、オスカー、ユーリのいずれもが、あるトラウマを抱えています。
原作でもそれは当然描かれてはいたのですが
森さん版では、いっそうそこの辺りに焦点が当たっているように思えます。


原作の描かれた時期から既に30年余り
現在の日本に明らかになってきている
家族をめぐるさまざまな問題を思うと
今、ここで、この作品がもう一度発表されることに
そして、森さんがノベライズするにあたって加えた
巧妙なしかけの効果に、唸るしかないのです。

なんだかノベライズだけに仕組まれた謎解きのようですが
「成長過程にある少年たちのものがたり」を越えたテーマが
この作品にはあります。


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紙の本おこだでませんように

2009/08/17 14:35

<定型ないい子>からはみだしちゃう子どもたちの、なみだ。

14人中、13人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

『おこだでませんように』を最初に見たのは、近所の書店の
課題図書のコーナーだった。
第55回青少年読書感想文全国コンクールの小学校低学年の
課題図書である。

小学生低学年が息子にいる自分としては
若干気にならないではなかったが
最初は素通りしてしまった。

おこだでませんように、というタイトルに
涙を精いっぱいにこらえて横を向いた、男の子の顔を見た瞬間
これは……まずい、と思ってしまったからだ。

やがて別の機会を得て、結局読んだのだけれども
主人公の男の子と、まわりのおとな(母と、先生と)の
かかわりは
あんまりにも象徴的で身につまされてしまう。

著者のくすのきしげのりさんは小学校の先生のご経験もあり
子どもの心理や教育に携わっておられながら
創作されている方である。
絵を描かれている、石井聖岳(きよたか)さんは、静岡の方で
学童保育などでの子ども達の世話の経験もおありだとか。
素朴なタッチだけれど、僕の目線、顔つきなどのリアルさは
ここから来ていたのかと思う。小学館刊。

****

いつでもぼくが最後、いつでもぼくだけ怒られる。

そういう彼は、何も作品には書いていないけれど
高度な発達障害なのかもしれない、と思ったのだ。
そうでなかったとしても
きっととても内面は繊細な質なのだ。
そして知能も決して愚かではない。

なぜなら
( )の中に書かれている、彼自身のこころのことばは
まったくまともな感性だからなのだ。
ただ、「うまく立ち回る」ことがとても苦手なのだろう。
雰囲気や、相手の意図を汲んで動くことも。
クラスメイトにいじわるを言われて、反論ついでに手も足も
出してしまったとき、やっぱりおきまりのように彼は怒られる。

****

「また、やったの!」
(ふたりが さきに いじわる いうたんや)

「ぼうりょくは、いけません!!」
(でも『なかまに いれてやらへん』っていわれたのは、
 ぼくの こころが もらった パンチやで)

けれど ぼくが なにか いうと、
せんせいは もっと おこるに きまってる。
だから、 ぼくは だまって よこを むく。
よこを むいて、なにも いわずに おこられる。

****

ごく普通にきめられたルールを守れなかったり
おとなしくできなかったり、
よけいなことをよけいなタイミングで
いったりしたり、してしまったり
そういうのが、いちいち「おこられる」原因になっていく。

もっともそういうのは、普通しつけとして正されていくのは
珍しいことなんかじゃない。
なぜ、とかどうして、とか言わずに柔順になっていくことで
小学校に象徴されるようなルールで動く社会は出来上がっている。

僕、はそのなかであっちこっちではみ出ちゃっているのだ。

いけないことは、いけないことになっているから
いけないのです。
……そういうことじゃないしに
僕の言い分を淡々と受けとめてあげられる存在が
もしもいたとしたら
少し、状況は変わっていくんじゃないんだろうかと思うのだ。

「なぜ、いけないのですか。」
「だって、こっちがやる前に、むこうだってやっているじゃないですか。」
「できなかったのには、りゆうがあったのです。」

……そんなようなことを、ふつうの大人
(それも自分に向かってカンカンに怒っている相手だ)に
冷静に説明できる小学1年なんて、いない。
だけど、そこにはちゃんと言い分があるのだ。

多分、想像するに
こういうタイプの子は、きちんと受けとめてあげてから
どうしてルールがあって、それを守らないとどうなのか、という
多くの場合には、不文律になっているようなことを
きちんとことばとして、かみ砕いて与えてあげたなら
あるとき、きちんと腑に落ちて
その良さをもっともっと発揮できるんじゃないだろうか。

ふつうに振る舞うこと、おりこうさんでいること
(とくに公共の場では)
そういうことに、昔以上に今、いっそう厳格に
求められているような気がしている。
子どもだからしかたないよね、ということで許される場は
ちいさなちいさな頃にだって、案外少ないのだ。

けれど、一方
立場を変えて、母としてこの作品を読むと
もうこんな場面では怒るほかはない母と
怒るほかはない先生の立場もすごく解ってしまう。
僕のような”問題児”はよく指導する対象であって
特別扱いしては、周りの親にしめしがつかない、というのでも
ないのだろうけれど、先生としては指導する場面なのだろう

特別支援のお手伝いをしている母友に聞けば
そうした立場の問題についてはいくらだって教えてくれる。

*****

そして、ひとごとなんかじゃない、親の課題。

迷惑をかけまい、と公共の場で
自分の子を必要以上に折檻しているお父さんやお母さんに
この夏休みはあっちこっちで見かけた。
前は、ただただ、なんて親だろうと不快だったけれど
今はちょっと違う。
余裕がよほど、ないのだろうと思う。

やんちゃで動き回り、騒ぎまくって
なにかしらを弄りたくてしかたない
そういう年頃のふつうの子を持っていても
はらはらとし、いらいらとしては
手を上げ声を荒げてしまう気持ちは
自分の子に対しても残念ながら憶えがある。
あんまり解りたくないけれども、分かる部類なのだ。

まして、育てにくい気質
(神経が細やかだったり、特性として発達障害をもっていたり)
だとしたら
悪くすると周囲の母親からも浮き、そのこども友だちからも
浮いてしまう。
1、2歳からそうやって孤立しがちになってしまう。

翻ってこの作品に話を戻せば
お母さんも、先生もごく常識的に描かれていて
思い余って折檻したり、といったシーンは出てこない。
でも
それでも、繰り返し怒られることと、自分の本心を伝えきれない哀しさで
どうにもこうにも、やりきれない僕なのだ。

平和な結末を運んできた、たった1枚の短冊のことば。
この僕の話の裏には
きっと何倍もの怒られているこどもたちと、
怒っている大人たちがいるんだろうと思うと、
なんだかもう、切なくて胸がいっぱいになってしまうのだ。

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紙の本レオくん

2009/07/29 17:34

猫性が照らす「ふつうのニンゲン」の姿。

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今年がデビュー40周年という、萩尾望都さんの新刊。

高校から社会人になりたてのころ、萩尾望都さんの作品の
ファンだった。
だった、と書いたのはわけがあって
『残酷な神が支配する』あたりから、著者の描かれる作品の
底流となっていった家族の間の葛藤、そして暴力の
真に迫る描写が辛くなってしまったから遠ざかってしまったのだ。

それも今思えば時代を先取りしていたんだなぁと思う。

対するこの作品は
ひとーねこの心理描写を自在に往き来しながら
ふつうのニンゲンの在りようを描いた短篇集。
あっちこっちに諷刺がちらちらと垣間見えるけれど
さりげないから、ついふふふと笑ってしまう。

*****
さて、レオくん。

擬人化されていて、ふつうに人とも対話している。
でも、あくまで猫性はキープし続けている。
いろんなことを体験するレオくんなのだけれど
(婚活とか、映画スターとか)
きゅんとしたのは、第1話と第4話。

冒頭の第1話「レオくんの小学1年生」では
レオくんの猫だからこその”苦悩”が描かれる。

美人のめぐみ先生の笑顔のダメ出しが
ちょっとコワイ。
一手一投足を注意されて、ついには泣いてしまう
レオくんなのだが
それは”猫らしく”きちんとした結果なのだ。

できないこと、注意されることばかりが続いても
おうちに帰ると大好きなプリンとママが迎えてくれて
そんな哀しみなんて吹っ飛んでしまう。

対する4話「ヤマトちゃんの恋」。
レオくんのできなさと対極に
”りっぱなひとになる”ことを
母から厳しく求められている少女、ヤマトちゃんが主人公。
いやでもいやと言えない、まちがえたらいけない。
優等生でいることにおとなしく従いつつも
奔放な猫のレオくんに、惹かれてしまう彼女が
だまってぽろぽろと流す涙がたまらない。


ドタバタとおかしみのある
漫画家のアシスタント入門のエピソードや
かの大島弓子さんの『グーグーだって猫である』のヒットを
パロディに仕立てた映画スター入門のエピソードなどがあって
くすっと笑える部分との絶妙なバランスが取られているから
深刻さは全然なくて読みやすく仕上がっているけれど
のほほんとしつつ一生懸命な愛すべきレオくんの猫性を通して
語られるニンゲン洞察は、やっぱりとっても深ぁいのだ。

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紙の本猫楠 南方熊楠の生涯

2011/02/22 09:22

吾が輩は猫楠である……。

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 『猫楠』は、水木しげる氏の書いたまんが版南方熊楠の伝記である。猫好きの友人に「子どもの宿題用に簡単に読めそうな南方熊楠入門みたいなのを教えて欲しい」と相談を持ちかけたのは昨年の暮れのこと。今ごろになって思い出しつつ、整理しつつの覚書である。

 確か、勧めた友人は「こんなのあるけど?」といった気楽な調子だった(と思う)。ゲゲゲの水木しげるが熊楠?と当時は予備知識ゼロ。(実は相当に熊楠に影響を受けた方なのだというのはあとから知った。)南方熊楠の名は学生時代にアルバイトをしていた古本屋の書棚に別格のように鎮座していた珍しい名前の博物学者でしょうという程度で止まっていたので、小学生が初めて知るのと大して変わりないところからのスタートである。南方熊楠――子ども時代から生きた百科事典とも言える博学・碩学で鳴らした神童、後のダイナミックな活躍は衆知の通り。19カ国語に通じ、民俗学・博物学・農学・民俗学・仏教思想を研究した巨人――。凄すぎる。

 ともかく取り寄せてページをめくってみたら驚いた。なにしろ『吾が輩は猫である』のように、しゃべる縞猫が語り手なのだ。こちらはちゃんと立派に「猫楠」と名をつけてもらって、評伝作家のように能弁に、熊楠の生涯を綿々とp414ページにわたって語っている。末尾に宗教学者・中沢新一氏と妖怪学者・水木しげる氏の対談、博物学者・荒俣宏氏の解題、中沢新一氏の解題、年譜と盛りだくさんである。参考文献も実にしっかりと収められている、しっかりした本だ。だがしかし、問題がひとつ……。

 本書が掲載されたのが講談社の「ミスターマガジン」(サラリーマン以上の男性向け雑誌)だったということもあり、描写は相当あからさまに(のびやかに?)R-18モノが頻出する。小学4年男児にはいささか刺激も強かろうし、本来、知ってみてほしい熊楠本人の”優れた偉業”に辿り着く前に、いささかキツめに色っぽい描写にひっかかりウケウケと本題を忘れて足を取られるのは見えている……。というわけで母が代わりに読んでしまった。

 粘菌の研究にとりわけ造詣が深く、日本人が評価するより先に海外(とりわけ博物学先進国であった英国)で高く評価された碩学の巨人。それでも破天荒な人柄で奇矯なところも多かったという熊楠の人生が、水木しげる氏の手に掛かると、なんとも奇っ怪で猥雑で少々下品で、それでもどこか人を巻き込む不思議な魅力を放ち始める。やはり、というべきか熊楠が霊魂や化け物、動物とも意思の疎通――声ならぬコミュニケーションに長けていたというくだりは、作者の真骨頂だから腕が鳴る鳴るという勢いで書き込まれていく。猫は熊楠も相当に好んだようだが、水木しげる氏も猫を愛する人であったようだから、猫楠が作中で語り部を担っていることといい、金華猫が熊楠を訪れることといい、活躍の場がたくさん与えられている。

 一度、さらりと読み終わっただけでは、その味わいがとても簡単には表現できない作品。けれども”これぞ偉人”という視点に絞られていないために、綺麗すぎないリアルな姿がここに描かれているのだろうし、またなんとも常識の範疇を遠く離れた”異人”だったという強いインパクトが残る。
 人間=いのちという有限を生きる者として、幸福とはなんであったろうかと考察しながら熊楠やまわりの人間たちを眺めている「猫楠」は、水木しげる氏の独創なのだから、これはこれで紛うことなく南方熊楠の生涯の評伝でありつつ、水木しげるの創作品として完結している。
 一風変わっているけれど、思いがけず味わいぶかい作品に巡り合わせてくれた友人に感謝。

 蛇足かもしれないが水木しげる氏が熊楠を題材に書かれた作品はあと3つ程あるそうだ。(「怪少年」、「てんぎゃん」、「快傑くまくす」)後半2点はちくま文庫収載のようなので、興味が在る方は併せて読まれてもよいかもしれない。
 尚、web上に『南方熊楠を知る事典』、「水木しげる作品案内所」という優れたサイトがある。本評を書くにあたって参考にさせていただいた。この場を借りて感謝します。

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ものがたりをてのひらに載せて。

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

NHKの「みぃつけた!」という番組があります。

ゆるくて不思議な魅力なのですが、そこに「おてて絵本」というコーナーが

あります。本書はその入門編にあたります。『きいてね!おてて絵本』

は、子ども達がつくった創作集という趣の1冊です。

おてて絵本は、こどもたちの掌をひろげて出来上がるものがたり世界。

ちょうど表紙を拡げてページをめくるように、しぐさをしながら

幼いこどもたちが創作!? ……できるのかなぁそんなのが。

それが第一印象でした。


それでも手にしたのは、3歳の娘のおしゃべりが増えて読んでもらった

絵本の内容やテレビの出来事、自分のリアルな体験が混じって

とにかくいつでも「きいてきいて!」としきりに話しかけるようになった頃

たまたま番組を試聴していたからでした。


……ひょっとして、娘はこれ、好きかも。

親ばかな母です。(笑)


そして一読して、なるほど為になるらしい。さて試してみよう…と思いきや、

これが見事に大失敗! でした。


ふだん本を好きでよく読む子どもたちも「読まされる」ムードを感じると、

大体はぴゅーと逃げていってしまいます。

「さあ、お勉強。」的なオーラが私から滲み出ていたに違いないのですね。

自然に、その日のことを聴いたり、話したり、相槌を打ったり。

そういう自然な流れが「おてて絵本」の大前提でした。

*****

本作にはp20からの「おてて絵本5つのポイント」を初めとして

子どもたちの想像力や、創作力の土台を培うことができる「おてて絵本」

という新しい遊び(といっても立派なコミュニケーションツール)が、なぜ、

どうして、どこが好いのかという点について体系だてて書かれています。

1)手を絵本に見立てて開く

2)大人が、まずお話をしてあげる

3)お話決めを手伝う

4)「合いの手」を上手につかう

5)すべてを肯定しながら聴く


慣れないことを、為になるからとおとなが一生懸命にやろうとすると

前述の評者の例のように、きっと巧く行かないと思います。

第1に、親子(おとなと子ども)で側にいることを一緒に楽しめること。

第2に、論理とか理屈とか常識とかを敢えておとなが脇にのけて

こども目線のひろがりを一緒にあわせて楽しめること。

第3、そして……子どもの最大のストレス。「比べない」こと。

それが本作を読んで半端に試して失敗したあとで、評者が痛感した3点です。


体系だててこの本の通りに1からやらなくても、いいんだと思います。

著者サトシンさんがこの「おてて絵本」を考案したきっかけも、お仕事の

合間の子育て経験がもとになっていると書いておられます。忙しいのに

そんなこと無理、やってられないと思われる方にこそ、面白い発展が

生まれてくるかもしれません。それにお父さん考案ですから

聴く相手のおとなが男性でも、きっと十分に楽しめるツールだと思います。

年齢の制限なんてないけれど、この遊びのストライクゾーンはおよそ

2歳くらいから10歳くらいまでなのだそうです。

架空のものがたりを掌に載せながら、こどもたちとの対話のひとときを

面白く楽しめるきっかけの一つとして「おてて絵本」はすごく好い

方法だと思いました。

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紙の本Q人生って?

2009/11/17 14:24

よしもとばななさんのものさしは優しくてつよい。

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ふと、表紙の美しい切り絵が気になって手に取ったのです。

『人生って?』という根源的な問いと、黒いリボンをゆわいたような

Qの文字。

人生って何だっけ、と問うのがハズカシいような年齢になって久しいから

おそるおそるめくってみました。

よしもとばななさんなら、どういう問いにどういう応えをするのだろう。

そう思ったからでした。

大学の頃に『キッチン』に出会って何年…作者も評者もお母さんになり

そういう意味では時間の流れを感じたところもありますが

初期からの死をめぐる作品に流れていた想いのようなものが、本書では

くっきりと、よしもとばななさんの想いとして言葉になっていました。

私はたまたま眠れないことも、ひとりぼっちでも、どん底でもないけれど

問われていることがらに応えることば一つずつは、とてもシンプルな

かんたんでやさしい言葉なのにすうっと心地よく染み込んできました。


冒頭のひとつめの問いは

「ほんとうの優しさってなんだと思いますか?」というものでした。

直球どまんなかな問いに、最初たじろいでしまったのですが

お金を落としたとしたら、という喩えをつかって語られていたのは

こういう言葉でした。


  私は、その人にとっての優しさの定義を決定するのは「育ち」だと
  
  思います。 親のしたように、自分の環境でそうであったように。
  
  もしくは親がしてくれなかったこと、自分の環境になかったもの。
  
  ……を人は「優しさ」と判断するのであって、まさに人それぞれです。
  
  たとえ愛し合う人たち同士でも、家族のあいだでも、そういう理由
  
  定義が食い違うからこそいろいろな問題が起きるのでしょう。


育ちと聞くと「お里がしれる」といった表現のイメージかと思ったら

そういうことではないようです。ばななさんご自身の出身である下町の

体験を通しての齟齬が出てくるのですが、そのひとが独自にもっている

成長の過程で育まれた文化みたいなオリジナルな尺度のことでしょう。

例えばご自身の家族を例にして「よしよしとなでるような」優しさと

武骨で気を使わないですむようにただひとりにしてほしいと思うこと

を尊重するような優しさのふたつを語ったあとで


  でも、ここでは、相手に合わせるべきではない気がする。
  
  自分が優しさだと思うことを、ある程度の線をひきながら素直に
  
  する、それがいちばんです。自分がお礼を言われたり、気分よく
  
  なることは期待しないで、できる範囲で。


と結んでいるのは大人らしいなぁと思ったのでした。

ほかにも出産や仕事や、嫁姑や、死について、淋しさについてなど。

評者もどこかでぶつかって越えてきた悩みや、逃げてきた悩みにページ

のあちこちで再会しました。


ご自身が最初に語っておられるように、本書はよしもとばななさんの

公式サイトへ寄せられた問いをもとにしていて

若くてご本人いわく非常に特殊な立場で特殊な人生を送っているのに

個人的な考え方や意見役に立つんだろうか、と悩まれたそうです。

だからこれは、よしもとばななさんの生きた日常から生まれた物差しの

ひとつなのだろうと思って読みました。

公式サイトへも訪れてみましたが、とてもシンプルにお気楽に見える

なかにも思いがけず染み込むような洞察がありました。


Q7 長くつきあった人と別れました。でもまだ好きなのです。

   どうしたらいいのでしょう?

とか

Q8 過去につきあった男性をひどく傷つけてしまい(彼は薬物中毒
   
   になってしまいました)、もうだれかと深く関わって傷つけることが

   怖いので軽い恋愛だけを繰り返していますが、どうしたらいいの

   でしょうか?

に語られていることは、恋愛だけじゃなくて友情にもつながることが

書かれているというふうに読みました。

傷つきやすいから傷つけたくない距離でしか、付き合わない。

そういうひとが増えているこの頃だという話をどこかで耳にしましたが

評者も例外ではなくてかなりその辺りで迷ったり悩んだりしています。

人それぞれにこたえが違うから悩ましいのですが

例えば「優しさ」という同音異義語が人の数だけあるため、と前提にすれば

そのひとに合わせる、合わせないということの一つずつに悩みこまずに

すむのかもしれないと思いました。

いくつか抱えていたわだかまりが、読んだあとふっと楽になりました。






 

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紙の本ねないこだれだ

2009/07/14 13:04

「夜9時」という区切りの名残に。

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せなけいこ さんの「いやだいやだ」をはじめとする
シリーズの1冊です。
名作かつロングセラーです。

それなのに、これまでちゃんと読んでいませんでした。
はじめて、子どもがこの表紙に惹かれて、
読んでとせがまれたので
読んでみたのです。

表紙のおばけは
和紙のちぎり絵で
いかにも、日本のおばけらしい勾玉形に
足のないかたちで描かれています。


振り子時計が9時を知らせ
そして
その時間に起きているのは
夜の世界に生きる者たち。


あれれ?
女の子がひとり
パジャマ姿で歩いていますよ。
……あっ、見つかっちゃった!


”よなかに あそぶこは おばけに おなり”

そして最後は――?

***

この本は1969年の発行です。
私が生まれるよりも前の作品。
おばけの関係の絵本を、たくさんたくさん
描いておられる せなけいこさんですが
この作品では初版当時の「夜の9時」が
どんなふうだったのかがしのばれます。

昼と夜
そのそれぞれに属した営みというものが
おそらく、当時は今よりも
うんとくっきりしていたのでしょう。


今でも「夜9時」は
ちいさな子どもには、早くはない時間です。
でも
今どきの子どもたちは
うんと宵っ張りになりました。
うんと怖いものもたくさん見ていて
せなさんのこのおばけが
怖いと心底思う子どもはどれくらい、いるのでしょう。


読み聞かせて
恐がりながらも何度も何度も
読んでほしいともってくるのは2歳の娘。
本当にこの時間に寝て欲しい上の子は
もうおばけなんて怖くない歳になってしまいました。


それでもなお
今でも読み継がれているこの作品は
ひょっとしたら
読み聞かせているおとなのためにこそ、
あるのかもしれません。

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紙の本きぼう こころひらくとき

2010/04/15 10:45

「希望」という名の、ささやかでしなやかな力

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原題は「HOPE IS AN OPEN HEART」。

著者は『パパが焼いたアップルパイ』の作者、アメリカのローレン・トンプソン

(Lauren Thompson)さん。

希望 それは……と語り継がれていくシンプルな作品です。

写真はその為にふさわしいものが選ばれています。


  きぼう(Hope) それは、かなしみの なみだ。
  こぼれおちたぶんだけ、よろこびがしみこむ。
  
  きぼう(Hope) それはほとばしりでるいかりのことば。
  はきだすことで、わかることもある。

 
終わりちかくの、真っ白なワンピースとシャツを着た子どもたちが

はにかみながら手を繋いでいる写真。

そこには著者の、この1冊をつらぬく想いが記されていました。

希望というものについて書かれた本は数多あります。

そしてそれを伝えるための方法も数多あります。

本書は子どもたちに向けて読めるようにやさしく書かれていますが

子どもたちを支える、周りにいる大人たちにこそ出会ってもらいたい

1冊です。

その理由は巻末の「希望についてのさらなる思い」にあります。

選ばれた1枚ずつの写真と

添えられたひとことずつの言葉がぴったりと符合するとき

希望はふわふわと頼りないものでも、きれいごとでもなく

しっかりと根を張る、ちからの源になります。

ちょうど、最後の写真がそう語るように。


翻って今だ希望の届かない冥い場所があることを

この本はまた、照らしてもくれます。 

どこか遠い識らない国のなかだけではなく

ひょっとしたらすぐ近くの、ひとやこころや関係のなかにも。


やわらかく「そして、あなたはどうしますか?」と

問われているような印象が残りました。

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紙の本ビロードのうさぎ

2010/01/20 15:06

ほんとう、はどこか哀しさを伴っている、でも前を向いていこうね。

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『The Velveteen Rabbit』というこの作品の作者は米国の作家の
マージェリィ・W・ビアンコ(Margery Williams Bianco)さん。
『よるくま』や『くまとやまねこ』の酒井駒子さんが、既刊のロングセラーを
深く愛しつつもご自身ならではの表現で抄訳と絵を手掛けられています。
豊かな家で大切に育てられた坊やと、クリスマスに贈られた一匹の
ベルベットのうさぎのものがたりです。

おもちゃのその他大勢から、少年にとってほんとうに慕いあう存在に
選ばれるまでの前半では、かわいいけれど地味な存在のうさぎに対して
高価な、あるいは機械仕掛けのおもちゃたちが「ただのきれでできている」と
ばかにします。彼らおもちゃ界では、いかに持ち主の関心を引き長く
愛されるかが最重要課題だからです。当然ながら動きと新しさ、豪華さで
坊やの目と関心を引きやすい者たちが「勝ち組」的優越感をもっているのも
頷ける話です。

そこに失意のうさぎに語りかけるふるいウマのおもちゃがいます。
坊やの関心を捉えることとは、新しさや豪華さ、機械で動くことと
直接には関係がない。あそぶことと大事にされることは、似ているようで
同じではないというメッセージがうさぎに伝えられます。


冒頭は坊やがおもちゃとあそぶ様子を、おとなの目線で見守るように
やがてこども部屋にあつまるおもちゃの想いをおもちゃの眼を通して
俯瞰し、次第にうさぎの心象に寄りそっていく――。
酒井駒子さんのかたることばは、かんたんでやさしい文章ですが
現代のおもちゃ箱などの様子も連想させ、またちらりとかすかな皮肉も
交えつつ軽やかで見事です。


うさぎはやがて少年の側にずっと過ごし、大事に扱ってくれる坊やに
「この子は おもちゃじゃないの、ほんとうの うさぎなの」
そう言われて小躍りして喜びます。
けれど、すぐあとに現れるのは本当の生き物のうさぎたち。

うさぎにとって、坊やにとって「ほんもの」であったこと。そうなれた
ことへのかけがえのない喜び。その嬉しそうな様子に一緒に感動しつつ
後半には酷な現実が待っていました。


*****************************
……結末が、なぜ、こうした描かれ方なのか。

ふたりだけの世界の「ほんとう」が誰にとってもリアルな生き物として
の「ほんとう」に変えられたとき。それは幸せなのか。

うさぎにとって、坊やにとって。どっちであったらよかったのだろう。
先の評者真愛さんの評と同じ、ちいさな棘のような疑問を評者も感じ
ました。

願えばふたりの想いは叶うという『クリスマス人形のねがい』のような
希望に満ちた奇跡の結末でほっとさせるのではなく
またもしビロードのうさぎがほんものの「生きた」うさぎになりたくて
そう願い続けていたのなら、それもまたピノッキオのように幸せな結末でも
いいように思えます。
けれども、それらとこの作品はどこか違うのです。

むしろ『あの路』にどこか似た読後感でした。

一度ほんとうに愛しかわいがっていた、うさぎと坊やの幸せの日々。
そして、次第にときが流れてゆき、やがて訪れる別離。

いささかセンティメンタルな演出を加えつつも、この作品のラストは
この絵本を読み終えた子どもたちが、たいせつにして過ごしている
(いた)ぬいぐるみたちとの大事な関係を思いやりつつも、やがては
前を向いて成長していくのだよと、作者がそうっと背を押しているよう
に思えました。

柔らかな優しさとクリアな現実へのまなざしが交錯するみごとな作品です。

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整頓されたキャビネットのようなノートたち。

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『東大合格生のノートはかならず美しい』を書かれた
太田あやさんが続篇として書かれたのが本書である。

どうして美しいのか、と「美しさ」を自明のことのように
決めてしまっているタイトルとハテナをもじったような印象的な
表紙に惹かれて手に取った。

実は、身近にいる東大卒のひとを思い浮かべていた。
実に頭脳は切れ博識で、はじめてのことについても
いざ調べよう学ぼうとするとものすごい馬力を発揮する
……その凄さには舌を巻くことも多かったのだが
実際彼がきれいな板書をして、こまめにノートをまとめてきた
とはちょっと思えなかったりしたのだ。字もおよそ読めないほど美しくもなく。

だから
ノートのきたない東大生だっているんじゃないの?とか
きれいなノートだったとしてもビジネスマンになったとき
どう関係してくるの?とか
まとめている時間って効率的にもったいなくないか?とか
疑問満載で読み始めたのだけれども
本書は、前著刊行後に寄せられたそうした39の質問に対する
Q&A方式でぱらぱらめくって、拾い読みしてもわかりやすい
つくりになっている。
(さすが元ベネッセの方だと妙なところで感心)

カラー図版が豊富で、しかも、東大生VS京大生のノート対決
(比較したノートの図版や、互いへのインタビューコメントまで)
元東大生(帝大生)の文豪のノート、草稿の比較と傾向の考察が
あったりと興味深い。

――目次はこんな感じ。

第一章 東大ノートにおける美しさとは? 
        
第二章 東大ノートだけが美しいのか?

第三章 東大ノートを”しごと”に活かせるか?

―― ―― ――
 
多くの場合、個人的に成功したノウハウが中心の類書に比べ
圧倒的な図版の比較と、ノートの書き手たちへの取材が魅力的。
即この瞬間から授業や受験やビジネスに活かせる…かはともかく
そのノートと美しさと、その佇まいや姿勢に現れているノートの
書き手の想いが丁寧に余さず取材されていて、すっと腑に落ちてくる。

我が子のノートがきたないんですけどどうしましょう。みたいな
質問へのヒントにもなっている。
(そういう方には、まず一度実際に本書のノート図版を見せてみる
ことをお勧めする)


読後に感じたのは
やはり東大の入試というのが非常に膨大な問題数を誇るもので
一瞬一瞬で過去に身につけてきた学習のなかでも
知っているかいないか、解いているかいないか、そして
すべてを血肉に代えているかいないかという点で
厳しく合否が分けられていくものなのだということ。
その環境こそがこうした美しいノート群を生んできたという
事実である。

なんだ結局詰め込みじゃないかというのは容易い。
けれども変化の多い現代にあってもなお、新しい技を身につける
必要が生じたときに、さっと膨大な知識を新たに蓄える基礎力が
若々しい時期からモノになっているひとは、きっと強い。
膨大にインプットしているところからこそ、思考もたくさん生まれて
くるのだろうし
整然としているということは、つまり無駄なく出し入れできる
キャビネットを脳内に蓄え、手許にはノートというかたちでいわば
外部装置みたいに持っているのかも??

柔軟で自由な印象のつよい京大生のノートや京大生気質との
コントラストもまた面白かった。

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