サイト内検索

詳細検索

ヘルプ

セーフサーチについて

性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示を調整できる機能です。
ご利用当初は「セーフサーチ」が「ON」に設定されており、性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示が制限されています。
全ての作品を表示するためには「OFF」にしてご覧ください。
※セーフサーチを「OFF」にすると、アダルト認証ページで「はい」を選択した状態になります。
※セーフサーチを「OFF」から「ON」に戻すと、次ページの表示もしくはページ更新後に認証が入ります。

  1. hontoトップ
  2. レビュー
  3. ゆうかさんのレビュー一覧

レビューアーランキング
先月(2017年6月)

ゆうかさんのレビュー一覧

投稿者:ゆうか

36 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本怒りについて 他二篇

2009/02/01 20:42

怒り、この私をむしばむ感情

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ローマ皇帝ネロー(よく見る表記は「ネロ」だが、本書では「ネロー」)に仕えた哲学者、セネカの著作のうち、「摂理について」「賢者の恒心に
ついて」「怒りについて」の三篇をおさめた新訳。
 友人ノウァートスが、どうしたら怒りを和らげることができるかについて、執筆を求めたのに応じる、という形で書かれている。
 怒りとはどのようなものか、結果や害悪、先人たちがどのように論じたか、怒りを肯定的にとらえる意見への反論や補い、歴史上の怒りの実例などが語られる。
 「家族を傷つけられても怒らないのか?」という問いには、「怒らない。だが、報復するだろう。守るだろう」「善き人はみずからの義務を、うろたえず怯えず遂行するだろう。(中略)すべきだからであって、悲しいからではない」と、怒りにまかせた行動と、なすべきことを鋭く分ける。
 セネカは、突発的な衝動である怒りによって、暴走することを退け、理性にしたがって行動する、賢者たらんと欲する。「幸福な心に宿る不動の静けさ」を得るために、どのように考えるべきかを追求する。
 日常生活において、怒りにとらわれることがある。本書には、「怒りに占領された者が正気を喪失していることを知るには、そうした者の顔つきを眺めればいい」とあり、続けて、「不敵で脅迫的な目つき、険しい眉、捩れた顔、せわしない歩み」云々と描写が続く。
 怒っているときの自分はそんな顔をしているのか、とか、職場のあの人は
確かにそんな顔になる!とか、思わず我が身にひきつけてしまった。
 怒りは伝染する。怒りは怒りを呼ぶ。そんなマイナスな感情をどのように
見つめ、克服していくか。私は毎晩少しずつ味読しました。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

今、危機にさらされている図書館を救うために

10人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「一生のほとんどを図書館活動に関係して過ごした」著者が、図書館という
世界をさまざまな切り口から論じた本。
目次 第一章 図書館というところ 第二章 図書館の原点
第三章 波瀾の歴史 第四章 図書館員 第五章 蔵書コレクション
第六章 図書館建築 第七章 図書館サービス 
第八章 図書館の分類と目録 第九章 教育と研究 第十章 図書館協会
第十一章 図書館は素晴らしい世界か

 それぞれの章で、普通はそれぞれ一冊を費やして語られるテーマが、
コンパクトにまとめられている。抽象的に「図書館はなぜ必要なのか」を
説明するのではなく、「どう素晴らしいのか」を具体的に感じさせる
事例を紹介している。
 意外に思うが、図書館の利用と書籍の購入は、反比例の関係にない。
良く図書館を利用する人は、書籍の購入費も高い。
 諸外国と比較したとき、まだまだ十分とはいえない水準であるにも
関わらず、今、日本の図書館行政において、多くの自治体で購入費も
人件費も削られていっている。
 もしも「そこは削ってはいけない部分だ」という利用者が多数であれば、
行政も配慮せずにはいられないはず。
 私たち一人一人が、主体的な図書館利用者になり、その価値を認めて
いることを表現すれば、図書館はもっともっと「素晴らしい世界」になる。
 所得も住まいの広さも限りがあるのだから、私たちは一定量の知の資産、
本を、社会で共有していくことになる。
 なじみのない人には固有名詞が多いか?と思う章もあるが、これだけの
情報を一冊にまとめたことに、本当に敬服する。
 どうぞこの本を手にとって、ご自分にとっての「理想の図書館」を
しばし思い描いてみてください!

 

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本食堂かたつむり

2009/01/09 22:31

失ったから見つかるもの

9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

私たちは好むと好まざるとに関わらず、この世界の中で生きていて、
いのちを保つためには、「何か」を日々食べないといけない。
倫子は自分が深く傷ついたときに、「誰か」に自分の料理を作って、
食べてもらいたいと望むようになる。
開いた店の名は、「食堂かたつむり」。
不特定多数の人のために、ではなく、お客は一日一組だけ。
「そのお客さんのための」メニューを彼女は考える。

彼女はいろいろなものを失ってしまったけれど、残ったものは確かに
あった。逆に、失なうことがなかったら気づかなかったであろうものを
見つけていく。
日々生きる中で、私たちは多くの「いのち」を口にしながら、
新陳代謝して、そしてやがて死んでいく。
自分が日々摂っている食材が、実はとても貴重な恵みなのだ、と
倫子が扱う素材の描写を読みながら感じた。

誰かが自分のために作ってくれる料理はおいしい。
誰かのために、料理を作れるということも、幸せだ。
食事をする、ということは、多くの人の思いをかけられた大切な品、
あるいは「いのち」そのものをいただくということだ。
実は顔も知らない多くの存在とつながっていたのだと知る。

さまざまなクセのある登場人物との人間関係、のどが鳴ってしまうような
料理のメニューや調理の描写、かなしみや、よろこびの表現など、
すっと心に入り込んでくる小説。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

優劣のかなたに

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 大村はま、という国語教師のことを知っている人は、今どれくらい
いるのだろう。私は教職課程で勉強したときに、ちくま文庫を数冊読んだ。
 2005年98歳で亡くなったニュースを見たとき、ずいぶん長生きされたのだなあ、と思った。
 この評伝が出たことを知ったとき、まあ一応読んでみよう、と手にとってまず分厚さに驚いた。575ページ。
 大村はまが学び、教えた学校の名が、そこにいた年代とともにずらりと
並ぶ目次に、あれ、と違和感をおぼえる。
 どうも異動の仕方が、一般に考える公立学校の先生のそれとは違うのだ。
2年で動いてみたり、20年間動かなかったり。本を読みすすめるうちに、
その謎は解ける。
 この本を読むまで、彼女が敬虔なクリスチャンホームに育ち、日曜日には教会でオルガンを弾いていなたんて知らなかった。
 突出した力と熱意を持った彼女が、名声の陰で大人の間では孤独であったことも。
 図抜けるということは周囲の足並みを乱すということであり、同僚たちにしてみれば煙たい存在であっただろう。家庭を持たずに働いた彼女のように、働くことができない教員が大部分だろう。
 自分に厳しかった彼女が、他人に向ける厳しさは、大人にとっても子どもにとっても、決して楽なものではないと想像できる。
 彼女は、おそろしいくらいのまじめさで、常に新しい国語の授業を探し
求めていく。工夫、そのための読書、研究会での発表…そこまでするか、と思うくらいに力を注ぐ。しかし読んでいて、彼女は心底それらを楽しんで
いたことを感じた。子どもたちに力がついていく手ごたえを感じながら、
そのためには、自分がまず知ること表現することを喜びとしているのだと、
自分の存在そのもので自然に示していた。
 この本を読んで、教えるということは、いい仕事だと思った。大村はまの
コピーになるのではなく、彼女の生き方から、自分がどうできるかどうしたいかを考えさせてくれる本。
 自分の考えを、それを表現することばを持つことで、他の人に対しての
考えや接し方は変わる。自分の持っているもの、授かったものを出し切って学ぶ喜びを知ったとき、人は優劣を超える。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本言葉を育てる 米原万里対談集

2009/01/17 23:50

言葉が人生を豊かにする

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ロシア語通訳にして作家、2006年に亡くなられた米原万里さんの
対談集。(対談相手は「収録作品一覧へ」をクリックすると出てきます。)
読んでまず思うのは、彼女は本当に稀有な存在だったのだな、ということ。
後に共産党代議士になる父を持ち、在プラハ・ソビエト学校に学ぶ。
英独仏露語を自在に操る両親、しかしそれが全然特別なことと思わない
環境。
「言葉があらゆる学問の基礎体力だ」という考えに基づいて彼女が
プラハで受けた教育と、日本に帰国してからの文化のギャップ。
ソ連邦崩壊という、まさに歴史的な瞬間に彼女は通訳として立会い、
その体験を通じて、言葉というものへの考察を深めていく。
「もやもやしたものが言葉を得て発した時はすごくうれしい。
そうして発せられた言葉は、心と頭にしみていくんですよ。ところが
その経過を経ない言葉は、しみ通っていかないの」。
外国語を日本語に訳す時はもちろん、日本語で語り合う時にも、
言葉が通じないことは往々にしてある。
私たちは感情を言葉であらわし、言葉を使って考えを伝え深める。
自分たちがどんな言葉を使いこなすかは、その言語空間を共有する者
全員にとっての財産であり、危機でありもする。
もしも政治の言葉が空虚なら、心情のこもった言葉を持った人を求め、
そんな人が出てこれるような状況を作り出すしかない。
もしも不祥事を起こした会社の人が、それを謝り償う言葉を
紡げないのなら、消費者はそれに対して購入行動で応えるだろう。
私たち一人一人が、自分の考えを表現し、深める力を持つために、
この本は多くのヒントを与えてくれる。
また、対談相手となった人たちについても、さまざまな情報が巧みな
「対話」によって引き出されていて、意外だった。
彼女の生い立ち、通訳としての体験、言語論、日本の政治家の持つ
言葉のレベル、佐藤優氏に対するバッシングに対しての行動など、
内容は本当に盛りだくさんで飽きない。
読み終わって思うのは、米原さんは本当に人間が大好きで、好奇心を
持って人生を生き抜いたのだということ。
読んだ人の言葉と人生も、豊かにしてくれる、しかし作者が故人になって
しまわれたことが、一抹の寂しさを感じさせるおすすめの一冊です。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

「複数言語学」ののびやかさ

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 黒田龍之助さんはスラヴ語学の専門家で、ロシア語・ベラルーシ語・ウクライナ語等々の多くの語学書を書かれている。NHKロシア語講座の講師でご存知の方もおられるだろう。
 『羊皮紙に眠る文字たち』『外国語の水曜日』など、素敵な語学についての読み物(内容は専門的なものもあるけれど、文章が読みやすいし、ご自分の感じた楽しさを伝えようとするあたたかさを感じるので、すっと入ってくる気がする)もおすすめ。
 本書は外国語大学で行われた「比較言語学」の講義をまとめたもの。
 「言語が変わる」という現象をどのように観察し考えるのか。
 比較と対照のような手法、親族関係のアナロジーで考えることの落とし穴、先駆者たる学者たちの業績紹介、音韻の変化、ピジンやクレオール、言語地理学、言語政策、日本語にまつわるトンデモ話など、多岐にわたって考えることができる。
 受講生のリアクションペーパー(リアぺ)も多く紹介され、擬似授業見学ができる(!?)。
 言語学に限らず、「学問」というものの方法論を考える参考になる。
 「おわりに」の「専門科目なのに受講生が毎年70~90人と普通の10倍も集まったことから、もしかしたらあまり専門的でない、レベルの低い講義なのではないかという声があがった」というくだりに絶句した。私は大学生だが、このような魅力的な講義を聴きたいと思う。学生を侮らないでほしい。廃止を決めた人たちは、どういう根拠で決めたのか。レベルを疑うなら、きちんと講義を見学・調査したのだろうか。風評で決めたのなら、そういう方々に大学と言う場で学問を語る資格があるのだろうか、とさえ思う。
 「わたしは言語学者ではないのかもしれない」というあとがきで、現在の言語学の趨勢を紹介している。黒田さんの、「おもしろいと思うことを追いかけながら、外国語教師として現場に身を置いて、読者にその楽しさを還元してくれる言語学」が私は好きだ。
 

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本イスラーム世界の論じ方

2009/01/01 01:05

忘れやすい私たちが考えるための足がかり

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

イスラームについての研究者である池内恵さんが、中東・イスラーム世界と関係する時事について、新聞や雑誌に書いた論稿を、テーマごとに1.構造 2.視座 3.視点に分けてまとめた本。
中東・イスラームという地域について、日本のマスコミから良質の情報を得ることは難しい。イスラーム世界の人々の持つ「ロジック=論理」というものに、不慣れであることが大きな原因のひとつだ。池内さんは学生の時からカイロ市内に「中の中の水準の」アパートを借り続け、8月から9月はそこで過ごすという定点観測を続けているという。
この方の「ものの見方」はとても冷静で、謙虚だという印象を受ける。知らないことを知ったかぶりはしないし、「こんなことも知っているのだぞ」と偉ぶりもしない。着実に学ぶことを続けてきた人の、本当の強さというものを感じる。
自分が考えたことを、きちんと判断の根拠・理由を示しながら論じることができる、アラブについての専門家がいて、それを日本語で読めるということは本当に幸せだと思う。
これから、イスラーム国家や、イスラーム教徒の人たちとの接触は、増えていくだろう。その時、マスコミの作り出すイメージや、自分の先入観だけで判断したり拒否したりするのは、もったいないし危険なことだ。
自分たちと彼らの違いは何か、どんな問題があるのか、どうしたら相互に話し合えるのか。その互いの論理について考えることが、暴力や沈黙ではない、言葉によるコミュニケーションには必須だ。
そのための思考の訓練の素材が、この本には多くある。
たとえば、「イラク人質問題における自己責任論」「ムハンマド風刺画騒動」「ヒロシマの原爆をアラブの人はどうとらえているか」など。自分が当時どのようなマスコミ報道を見聞きし、どう考えていたかを思い出すと、自分や周囲の「忘れっぽさ」に気づいて、はっとする。
マスコミがそのような検証や報道をしてくれないのなら、私たち一人一人が良質の「情報の受け手」になればいい。400ページ以上ある本だけれど、時間を確保して読み込む価値のある1冊。
他に、講談社現代新書『現代アラブの社会思想』(2002) 文藝春秋『書物の運命』(2006)もおすすめ。特に後者は、本好きの方にしみる1冊。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本英語は女を救うのか

2011/06/14 23:15

英語となぜ、どのようにつきあうのか

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 英語にはあまり良い思い出がない。ことばを知ることは好きだし、
話すのも楽しいが、私にとって英語はあまりにも強く「試験」や
「勉強」と結びついている。
 この本のタイトルを目にした時に、まず思ったのは、「英語に
救われるってどのような状況だろう?仕事があるとか、趣味として
支えとなるとか?」英語と結びつく動詞は、イメージしやすいもので
話す・使える・聴く・書く・楽しむなど。救う/救われるというのは
意外な気がした。
 読んでみると、単なる「語学ノススメ」の本ではなかった。
 まず「英語」とはそもそも何か。非西洋的な、アメリカで中華系
移民が、イギリスのインド系住民が話す英語を英会話学校で高いお金を
払って習う、という状況を想像できるだろうか。スクールに通って
得たいのはどのような「英語」か。
 「女」は誰を指すのか。英語産業に携わる男女比を考えるとき、
そこには見えない権力が働いている。教える/習う女性同士の間にも。
 さらにサイードの「オリエンタリズム」を引いて、「英語」の持つ
イメージ、支配についての問題を示す。
 本書で36人の女性たちが、インタビューにさまざまに答えている。
それぞれの状況、動機があり、得ている報酬や満足感、抱えている
問題や不満も異なる。とにかく引き込まれるように読めてしまう。
 無意識でいた部分に気づかせ、答えが出ない問いを示してくれる。
「英語を勉強しないといけないのだろうなあ」という、なんとなく
流れている「雰囲気」に対して、自分の考えや立場を持つことを
助けてくれる本。もちろん男性にも一読をおすすめします。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

ニコライ堂に行く前にどうぞ!

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 御茶ノ水の駅前から見える、ニコライ堂を見たことがありますか?
ロシア正教会(ギリシャ正教)は、カトリック、プロテスタントと共に
キリスト教の流れのひとつ。
 1861年から約50年間、日本人に教えを伝えるために奮闘した
ニコライ。彼は明治期の外国人の中でもひときわ大きな存在感を示して
いる。
 彼は40年に渡って日記をつけていたのだが、関東大震災で失われたと
思われていた。死後残した財産もなきに等しかったニコライの「記録」。
 1979年秋、この本の著者中村健之介は、ペテルブルクの古文書館に
「日記」が保管されていることを突き止める。
 2007年に中村氏を含む19人の訳者による「宣教師ニコライの
全日記」が教文館から全9巻で刊行されているが、なかなか高価でかつ
分厚く、素人としてはちょっと手が出しづらい。
 この本も350ページと、講談社現代新書にしては厚めだが、とりつき
やすさは比較にならない。
 日本の各地に正教徒がいたこと、資金をロシア本国から必死に送って
もらっていたことなど、活動の内訳もわかりやすく紹介されている。
 ロシア文学に興味がある人は、プーシキンやトルストイ、ドストエフ
スキーについて言及されている部分を楽しく読めるだろう。
 何より、この本を読んでしみじみと感じるのは、ニコライの人間と
しての豊かさだ。おしゃべりなおばさんたちの生態を、身分の高低に
関係なく皮肉に書き留めてみもする。本人が善意の人、ずるい人間の
言動を想像する能力に欠けていて、しかも報復しないので、何度も
だまされ、利用される。かと思えば自分の感情のままに怒りをぶつけて
しまったと反省してみたり・・・
 こんなニコライが信じている神は、素朴であたたかい。彼はひたむきに
神のために行動し、伝道旅行をする。読み進むうちに、彼が出会う信者の
誠実さにこちらまで、ほっとしてしまう。
 こんな人がいたのか、と思わせてくれる、おすすめの1冊です。
 

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

日常生活を垣間見る

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書の著者は、イタリア国営放送RAIのサイエンス番組、「スーパー
クォーク」のキャスター兼企画監修者、科学ジャーナリストでもある
アルベルト・アンジェラ。本国イタリアでは40万部近いベストセラーと
なったという。
 ローマについての本はたくさん出版されている。読んでみるまで内容が
わからないのが読書の常。しかし、本書のコンセプトは装丁、目次から
してはっきりしている。日の出から眠りにつくまで、古代都市ローマに
生きる人々が、どのように過ごしていたのかが、時間の経過とともに
紹介される。
 衣食住、人間関係、「テルマエ・ロマエ」のヒットで関心が高まって
いるであろう!?入浴などが、映像の専門家であるだけに、文字を追いながら
追体験しやすい表現で、示される。
 古代ローマ人の名前のしくみ、数の数え方など、読んでいるうちに、
さまざまな基礎知識が頭に入ってくる。
 読み終わった後に、濃密な一日をローマで過ごしたような充実感が
得られる。旅行前に、歴史のイメージをふくらませるために、ローマを
豊かに知り味わうために、おすすめの一冊。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本国際貢献のウソ

2010/09/05 20:26

最近、募金しましたか?

6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 「国際貢献のウソ」というタイトルから、どのような内容を想像
するだろうか。私はまず、「国際貢献の真実」でないことに興味を
持った。しかし「ウソ」ということば(しかもカタカナ!)はなかなか
強烈だ。
 著者を見て「武装解除」(講談社現代新書)の伊勢崎氏だったので
読むことにし、目次に進む。
1:NGOという貧困ビジネス 
2:国際協力ボランティアという隠れ蓑 
3:国連というジレンマ 
4:ODAという無担保ローン 
5:自衛隊と憲法九条
 民と官、日本と他国の比較、現状と対案が小気味よいテンポで、
書かれている。ちくま新書でなく、ちくまプリマー新書で出したのは
卓見。現在東京外語大大学院教授として、学生に接しているだけあって、
中高生でも十分、論点や事実関係が理解できる文章で書かれている。
 内容は読み応えがある。美化して語られがちな「国際貢献」だが、
さまざまな問題をはらんでいる。善意の援助のつもりが、軍事政権を
支援することにもなりかねなかったり、官の指示に従わないと暴力から
守ってもらえなかったり。
 日本のNGOは、欧米のNGOに比較して出遅れている、ということも、
具体例をあげて説明されている。「援助効率」を重視し、ビジネスとして
Win-Winの関係を作り出すプロの集団を、いかに作り出すことが
できるのか。現場で実際に要求される能力は、マネジメント能力、語学力、
コミュニケーション能力、目の前で「事件」が起きた時に対処する胆力
など、多岐に渡る。
 それだけのスキルをもった人に対しては、「自己犠牲」の美名の下に
薄給や低い待遇を押し付けるのではなく、それだけの報酬を用意すべきだ。
 プロとして生きていくためのルートについても本書は触れている。
 そして、援助は官によるものでも、民によるものでも、多くの人々の
財布から出たお金でまかなわれる。官の行うものがどのように使われて
いるのか。民のどのような団体になら、寄付金を託しても良いと思えるか。
そのような「感覚」を養うために、大人にも学生・生徒にもぜひ読んで
ほしい一冊。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

凛とした女性たちの物語

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 明治四年、日本最初の女子留学生五人が渡米した。(本書では病のため
一年で帰国した吉益亮子、上田悌子についてもふれられている。)
 残った三人、津田塾を建てた津田梅子、東京音楽学校で教えた永井繁子、大山巌夫人となった山川捨松、がアメリカで過ごした日々は十年余りに
およぶ。
 確たる目的を持って外国に渡った男子留学生と違って、「普通科」で
アメリカの女性としての生活をし、教養を身に着けた彼女たちに、
帰国当初、日本での活動の場は与えられない。日本語を忘れ、働きの場を
得ず、自分たちを派遣した日本という国への「道義的義務」をひしひしと
感じながら、女子教育への思いを互いに確認しつつ、それぞれの人生を
歩む。
 結婚する者、しない者。
 職を得る者、得ない者。
 彼女たちは「自分」がどう生きるのか、という価値観をアメリカで
得た。帰国して後は、その思いを妨げる環境で生きた。そこに起きる
摩擦や葛藤を、糧として、協力しながらさまざまな成果をあげた。
 その生涯はさながら「物語」のようで、歴史とは単なるデータでは
なく、血の通った生身の人間の生の記録の集積なのだと思わせる。
 そのような先人たちの努力の上に今があるのだ、と感謝の念をおぼえる。
 日本が今のように豊かでなく、先んじた国の文化を懸命に摂取しようと
つとめた時代、自分が社会にできることは何か、を考える人たちが多く
いた時代。そして今、私たちは何を得ているだろうか。
 今は購入できないが、類書として『舞踏への勧誘 日本最初の女子留学生永井繁子の生涯』(生田澄江)もおもしろかった。図書館などで見かけたら
ぜひ一読をおすすめします。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本モーム短篇選 上

2009/02/07 11:10

ままならぬもの、それは

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 『人間の絆』『月と六ペンス』などで知られるイギリスの作家、
サマセット・モームの短篇集。百点以上のうちから選ばれただけ
ある作品が揃っていて、上巻には六篇がおさめられている。
 婚約者をシカゴに残し、タヒチに行って再起をはかった青年の顛末を
報告する「エドワード・バーナードの転落」。
 殺人事件にからむ、感情の表現手段と物証としてうまく用いた「手紙」。
 どうしようもない環境がそうさせたのか、という葛藤を男女双方の側から
問い詰めるような「環境の力」。
 シャムの王女と小鳥の交流を描いた、ほっとする童話風の「九月姫」。
 オールドミスの変化と、それに振り回される周囲をコミカルに書く
「ジェーン」。(こんな出会いはとても素敵だ!)
 保養地で聞いた実話を記録する体裁の「十二番目の妻」。
 タイトルからなんとなく結末を想像できるものもあるけれど、そこに
至るまでの過程の読ませ方や、オチがうまい作家だと思う。
 翻訳も、2006年5月に復活した「日本モーム協会」で中心的な役割を
担っておられる行方昭夫氏によるもので、「モームの英語」をいかに
読みやすく正確な日本語に訳すか、ということをライフワークにして
様々なものを積み重ねてこられた氏の、ひとつの実例としてこの翻訳が
ある。



このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本言論自滅列島

2011/04/28 14:22

安全と自由を引き換える構造

6人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 2006年、この本がハードカバーで最初に出版された時、
タイトルは「言論統制列島」だった。それが5年後「自滅」に
変えられたということは、本の中で予告された事態がそれだけ
進行しているあらわれだろう。
 この本は鼎談を記録したものだが、鈴木邦男は新右翼団体
「一水会」顧問。
 斉藤貴男は著書「消費税のカラクリ」以外にも多くの雑誌連載を
持つジャーナリスト。
 森達也はオウム真理教をテーマにした作品などで知られる映画監督。
 右翼-左翼という単純な二分法、レッテル貼りをまず3人は
否定する。「ロシアでは共産党が右翼」「日本の右翼は自分たち
こそが中心だと思っている」など、確かにそうなのだろうけれど、
自分の固定観念やイメージに気づかされ、考えさせられる。
 この3人の接点、共通の主張は何かと言えば「言論の自由が
どんどん狭くされていっている!」ということだ。
「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は
命をかけて守る」とはヴォルテールのものとされる言葉だが、
そうやって時には人の命すらかけて、言論の自由というものは
獲得された。
 その自由を、いまこの日本で、国民は自らの行動によって、
手放しつつあるのではないか。独裁者による弾圧ではなくて、
「安全であるため、安心するため」という錯覚や逃避のために。
 ここまでは許されています、ここから先はいけません、という
ラインが引かれることは一見安心だ。ルールに従っている、という
気持ちにもなれる。
 しかしそのライン、ルールは、誰が何のために決めたものなのか?
 自分の行動が「雰囲気」を作り出すことで、意図せずに他人の
自由を制限、より強く言えば「殺す」ことがある。
 気づいた時にはもう遅い、ということにならないために、「自分の
頭で考える」ためにぜひ読んでほしい1冊。
 

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

筋道を立てて思考すること

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本当にこの本は、一読の価値がある。まず、科学といっても理系とか
文系ということではなく、何ができるのか、できないのか、何をしたいと
夢見るのか、望むのか、という「科学」の実例をを、現場で実際に活躍している人たちとの対談という形で提示してくれているから。
 科学万能の錯覚、それの裏返しの失望や不当なおとしめ。最近
そういうものを多く目にする。この本を読むと、判断を誰かに依存
するのではなくて、自分の頭で考えること、そのためには「科学的
思考」を誰もが、ある程度身につける必要があることが良くわかる。
 学者、芸術家、ジャーナリスト、知事、思想家。さまざまな
人たちがその人たちの切り口で科学を語る。介護と科学、マンガと科学、
人々と科学的なものをどう結びつけよう?
 できないことはできない。じゃあ、どうしたらできるようになるだろう?
それが出発点であることを教えてくれる。
 「科学の横道」、というタイトルだけど、それこそが王道で、科学って
本当にステキな営みなのだ、と読み終わるのがもったいないような本。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

36 件中 1 件~ 15 件を表示