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  3. simpleggさんのレビュー一覧

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先月(2017年8月)

simpleggさんのレビュー一覧

投稿者:simplegg

33 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本学問のすすめ 現代語訳

2009/04/23 11:43

そもそものすすめ

12人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本書は,読んだことのない人でも1度は聞いたことがあるであろう
福沢諭吉の代表作の現代語訳バージョンです.読みやすくてよかったのですが,この本の内容なら難しいことは書かれていないですし,古典の雰囲気を味わう意味でも原書を読んでもいい気がします.

さて,本書の帯には「最高の生き方指導書」と書かれていますが,
決してそんな大げさなものではありません.人生論を書いた本は世の中にあまたあり,その大抵が至極全うなことを書いていることを鑑みれば,想像はつくでしょう.この本も,そもそもと論理的に考え,正論を述べるものです.ただし,世の中は正論で動いているわけではないですし,しばしば,意味不明の議論が行われることがありますので,この本を読んで,そっかと気づくところはあると思います.

また,普段の生活に忙殺されて,思考停止状態に陥り,そもそもと考えを巡らす機会が減ってしまうこともあります.そういった意味で,こういう至極全うな人生論をたまに手をとって読むことが大事であり,欲してしまうのでしょう.

本書を読んで少し思い当たったのは,日本の世の中は,政治を育てないなぁ,という感じでした.本書では,国民の役割ということで,「国民の代表として政府を立てるからには,責任を持って国との約束を果たし,不都合があれば,政府にその旨を説いて,静かにその法を改めさせるべきである」という趣旨のことが書かれています.
しかし,現状をみれば,国民は政府を代表として立てたとことは忘れ,メディアの流す情報は,本質ではないことばかり取り上げ,不当な暴力に近いと思います.

別に日本の政治が本当はすごいんだと思っているわけではないのです.結構ボロボロだと思いますが,責任も持たなければ,信頼もしない,そんな雰囲気の中,良い政治が育つとは思いません.

最近の千葉県知事選挙後に出た森田知事のお金の問題.それが良いか悪いかは別として,またかよと思いました.何であのタイミングだったのか.人の足を引っ張ることばかり,少しは長い目で見て,任せてみようという雰囲気に世の中が変わらない限りだめだろうなと思います.

それは,政府に限らず,あらゆる組織でそういうことが言えると思うのですが,若手なり,人材が伸びる組織では,そういう雰囲気が作れているはずなんですがね.ただ,組織作りは難しいよなと最近実感しております.

話はそれましたが,そもそもと考えると色々見えてきます.もちろん,それが口だけになることは避けたいですが….この本は,「そもそものすすめ」とタイトルを変えても良いくらい,そもそもと考えるための良い指南書だと思います.

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紙の本高校生からのゲーム理論

2010/04/24 21:05

ゲーム理論のモチベーション

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

まずはじめに結論を.ゲーム理論のものの見方,その多彩さをみせてくれる良書だと思う.

(パズルがあまり得意でない)僕自身がゲーム理論の授業を受けて感じていたのは,パズルみたいなややこしい学問で,すっきりいかないなというもの.授業では,もちろん,このゲームではこういう社会現象が分析できるという例は見せてもらったし,ツールとして一定の意義は感じていたが,その域を出なかった.

そもそも,授業ではしょうがないかもしれない.ツールを説明したくて,例を見せる.その理論全体のモチベーションについては希薄になってしまう.一方,本書は,モチベーションを全面に押し出しており,戦略型ゲームだの,展開型ゲームうんぬんは便宜的に導入したに過ぎないという書かれ方がされている.だから,ゲーム理論を授業で習った人に,むしろ本書を勧めたい.

著者の小さな娘さん"眞礼へ"ではじまる本書は,書き口が全般として穏やかだ(著者は,いくつかの絵本も書いている).それでいて,切れ味の鋭い分析をするものだから,読んでいて意外に気が抜けなかった.

最後に,あとがきから少しだけ引用しよう.

「序文の最後で,自分が当事者でありつつも,外から見る目を養うことがゲーム理論を学ぶうえでの第一原理だと述べた.しかし,人生の目的が幸せを追い求めることにあるとすれば,ゲーム理論を活かすうえでの第一原理は,相手のことを思うことであると言っても過言ではない.」

相手の行動を予測して,それに応じて自分の行動を決定する,というゲーム理論の枠組みから出てくる教訓は“どういう戦略をとるか”ではなく,“相手のことを思う”ことなんだよってあたりに著者の人間性を感じた.

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物理学者の分野を横断した勇気ある講演

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

量子力学の生みの親であるエルヴィン・シュレンディンガーの著作.理論物理学の視点で,生命を考察した一連の講演をまとめたものである.1944年に初版が出版された.

自分自身,大学1年でシュレディンガー方程式に悩まされた経験があるくらいで,量子力学もシュレディンガーについても特別知らない.材料系の友達で,「モノの究極は原子で,自分は世の中のものがすべて揺れて見える」と言ったやつがいたが,やつの気持ちもよくわからない.ただし,極限の世界,量子の世界に興奮してたことだけは確かだ.きっと,やつは,シュレディンガーの天才ぶりを,
身を持って感じることができるのだろう.自分は,それすら感じることのできない門外漢である.

さて,そんな自分がどうしてこのような本を手にとったかというと,やっぱり,タイトルと著者の組合せに惹かれたということに尽きる.シュレディンガーという物理学者がどのようにして物理と生物という分野を横断してみせるのか,そこが気になった.

この講演は,まず次の疑問により始まる.「生きている生物体の空間的境界の内部で起こる時間・空間的事象は,物理学と化学とによってどのように説明されるか?」これに対して,シュレディンガーは希望的観測ではなく,より積極的な意味で,物理学,化学が説明しうるという可能性を講演を通して主張する.物理学については可能性を,生物学に対しては物理法則を考える意義を与えた.

全体を通して,一般的な読者を意識したものとなっており,自分でも何とか読むことができた.解説を読むと,どうも厳密でないところや,一面的なところがあるらしいが,そこは生物学者ではないし,時代的にもしょうがないところはあるだろう.ただし,大枠としては誤っていないというところがすごいところ.

それに,自分にとってその記述が厳密であるかは判断できないし,
随分と古く,今では高校の教科書に載っている話もある.そんなことより,一番魅力的だったのは,シュレディンガーが自分の見方に立って(物理学の視点で)生物学という分野に堂々と踏み入れて見せたところである.自分の専門分野の知識を振り回すのでなく,物理学と生物学との中間で宙に迷っている基礎的な観念を,双方の学者に対して明らかにした.知性と勇気のある講演だったと思う.

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さようならにこめられた思い

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「さようなら」といって別れることが少なくなった.
「またね」とか,「バイバイ」とか,「じゃあね」とかを
よく使う気がする.何が違うのか.「さようなら」が
次に会うことを想定しない言葉であることも大きいと思われるが,
それ以上に別れることに重きを置いた言葉であるからかもしれない.

そもそも「さようなら」という言葉は,「さようであるならば」
という接続詞だったらしい.そこには,その別れに対する
諦め,すなわち,別れという事実を不可避なものとして
そのまま受け入れようとする思想が含まれている.
ともするとネガティブな意味に捉えられがちな
「さようなら」を別れの言葉として用いている国は世界でも稀だという.

しかし,「さようなら」は必ずしもネガティブな意味を
持つものでもない.実は2つの用いられ方がある.
1つは,状況に抗することなくあっさりと諦めるというそれであり,もう1つは,潔さ・美しさとしてのそれである.
前者の評価として,田中英光は以下のように言う.
(もちろんこの人がこういう結論に達した経緯は無視できない)

また逢う日まで,なぞという甘美な願いも含まれていない
虚無的な別離を意味する日本語.ぼくはそんな空しく
白々しい別れの言葉だけが生まれ残ってきたところに,
この上なく日本の歴史と社会の貧しい哀しさを思うのである.

一方で,アン・リンドバーグは「さようなら」の後者を評価している.

別れの痛みを再会の希望によって紛らわそうという試みを「サヨナラ」はしない.

結局,諦めに望む姿勢で「さようなら」の評価が分かれるわけだ.
ここで,良いと評価される諦めには「覚悟」が含まれる
のではないかと僕は思う.覚悟というのも,決意や決断と違って,
受動的な意味合いが強いものだが,それでも自分の意志基づくものだ.即ち,「さようであるならば」という受動的な言葉の内に,
これも受動的ではあるが,自分の強い意志が含まれているとき,
やはりそれは日本らしくて,美しいとか,潔いよいとか
言われるのだろう.

現在の世の中で,こういう覚悟を持った別れが
どれだけあるだろうかと考えた.携帯もある.
インターネットもある.24時間繋がっていようと思えば
いくらでも繋がる手段はある.
茶道に起源があると言われる「一期一会」という言葉を
好む人は多いと思われるが,その人が人との別れに際して
本当に覚悟を持っているのかどうか.
そして結局「死」なのかなと思った.
従って,本書が日本人の死生観との対応を見ながら
「さようなら」を解説したのも合点がいく.

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紙の本私の個人主義

2009/05/15 14:37

夏目漱石という人が滲み出ている講演集

6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

どうしてか前々からこの本に惹かれているところがありまして、ようやく読むに至ったわけですが,予想以上に面白い。

この本は講演の名手とも言われる漱石の講演を集めたものです。講演とういうものの性質上,多種多様の価値観をもった大衆に向けて
話をしなければならないことになります。漱石はこういう講演の場で,自分の見識・考え方を日常にある例を用いわかりやすく,面白く述べています。語り口は穏やかで、時として鋭い。

僕自身も漱石の鋭い洞察に驚きながら、自分自身を反省しながら読む感じでした。なかなか自分の意見や、漱石の意見に対する反発といったものが湧いてこないのが,まだまだ未熟なところであろうと思います。

ひとつ例に挙げれば,学習院で行われた「私の個人主義」という演題で漱石は”自由”、”個性”といった話題について触れています。僕自身、世で溢れるこの手の言葉には常々違和感を覚えます。言葉がひとり歩きしているように思えるからです。

漱石はこれらの言葉の本質とはなにかをしっかりと分析し、それに立脚してこれらの本当のあり方を述べます。明晰でいて、本質を見極めようという真摯な話で、とてもためになりました。内容は読んでいただきたいと思います。

漱石は全体を通して、体裁や見栄にといったものに気をとられず、自分自身に立脚した話をします。「私の個人主義」というある種過激なタイトルですが,こういう意味で漱石は「私は個人主義を公言して憚らないつもり」と述べているのではないかと思いました。

「個人主義は時に寂しいものである」といったなんとも人らしい一面をも見せる漱石の講演を一度聞いてみてはいかがでしょうか。

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紙の本夜間飛行 改版

2009/04/25 22:19

精神の極限で見えるもの

6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「星の王子さま」の著者であるサン=テグジュペリの小説.装丁がとてもかっこいい.

時代は,郵便飛行の初期であり,夜間飛行は極めて危険とされていた時代である.一方で,現在よりも恐らく,パイロット自身の
技術に重きが置かれた時代であり,パイロットの夜間飛行へ対するプライドやロマンが感じられる.当時のパイロットは,単なる職業というより,冒険家に近い意味合いを持っていたのではないかと思う.

パイロットの心情描写は,とても興味深い.著者自身がパイロットであることを考えると,この描写はかなりリアルなものであるに違いないが,冷静沈着なパイロットが非現実的な幻想(妄想)を抱く場面がある.まるで夢をみているかのように.

考えてみれば,当時のパイロットは常に死と隣合わせの状態にいたわけで,そういう極度の緊張状態が,幻想へと思考を向わせたような気もする.

“末期の目”という言葉もあるように,死を覚悟した人は,洞察力が鋭くなり,今まで生きてきた世界がこの上なく美しく見えるらしい.

夜間飛行など,危険な飛行を何度も経験した著者から「星の王子さま」が生まれたことは実は,不思議ではないのかもしれない.

冒頭のアンドレ・ジッドの寄せた序文も読み応えがあってよいです.

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紙の本巨人伝

2009/04/23 02:01

日本の誇る巨人

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本書は,日本を代表する大学者である南方熊楠の生涯を記したものである.ウィキペディアによれば,博物学者、生物学者(とくに菌類学)、民俗学者となっているが,到底こんな枠におさまる人物ではない.

大学者でありながら,あまり有名ではない.というのも,かなりの奇人であり,生涯を通じて職という職にありついたことがないからかもしれない.つまり,肩書きはなかった.

熊楠は,少年のころから博覧強記の神童と言われており,一度,読んだ本は記憶し,それを写本して蔵書としていた.東京大学予備門入学時の同級生は,まさに坂の上の雲の時代.正岡子規,秋山真之,夏目金之助がいた.

しかし,ここからは常人とは全く異なる道をゆく.(上記の同級生が常人に見えてくるほどである)先生の話を聞くといった授業の形式に全く適合できない.熊楠はひたすらに森に分け入り,植物,菌類などの採集し,言語に関わらず,乱読することを常とした.

東大予備門を中退,アメリカへの洋行を決意する.しかし,アメリカにおいても当然大学の授業には出ず,結局は,アメリカ,キューバ,イギリスと15年に渡り放浪した.それも学位も何もとらず,極貧生活であった.それでも,イギリスの学会では,認められた.
肩書きのない熊楠ではあったが,能力はずば抜けており,ネイチャーなどの雑誌で,次々と権威の学者と渡り合っていた.

日本に帰ってきてからも,不遇は続く.能力があれとも,肩書きのない熊楠はなかなか評価されない.当時,船でしか渡ることができなかった陸の孤島和歌山県の田辺で,生涯を暮らした.

そんな日本でも,いつのころからか,熊楠の名前は売れるようになってきた.それは「神社合祀令」に端を発する森林破壊に対して
反対運動を行ったのが大きかった.熊楠は,政治というものに疎かったし,そういう運動が好きだったわけではないが,何より生物の生きる森を愛していた.結局は,国を動かし,無秩序な森林伐採を止めた.

そして,何より,日本で熊楠を支えたのは,多くの仲間だったと思う.熊楠は,元来,人付き合いが苦手であったが,本当に友人を大事にしていた.辺境の地にいた熊楠と仲間との交流は主に文通であったが,その繋がりをなくすことを何より悲しんだ.熊楠の言葉で,

人の交わりには季節がある

という言葉があるが,過ぎ去る季節を惜しむように,人が去っていくのを寂しがったようだ.そんな熊楠にみな魅了されてしまった.善くも悪くも素朴な人だった。

ほかにも,孤独との戦い,幻覚をみるといったことや,幽体離脱ができたことなど,エピソードは間々あるのだが,それは本書に譲ろう.

なんだか,プロジェクトXみたいな,文章になってしまったが,いい本(人)に出会えた気がする。孤独に世界戦い名を馳せた日本人を、いままであまり知らなかったのが、自分自身もったいないことだと思う.

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紙の本錯乱のニューヨーク

2009/04/23 01:31

マンハッタン誕生のシナリオ

7人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

安藤忠雄曰く,西新宿の高層ビル群はだめ.そしてニューヨークはOKなのですが,そのニューヨークというものがどのようにして形成されていったかというひとつのシナリオを書き上げたのが本書「錯乱のニューヨーク」です.そもそも都市を読み解くといったって,それは,ひとつのシナリオでしかありえないわけで,もっともっと都市は複雑なものです.この本では,ニューヨークの表向きの経済・商業という面,はたまた都市計画という部分(ロバート・モーゼス(30年に渡りニューヨークの公共事業の全権を握り,賛否はあれニューヨークの発展にとてつもない影響を与えた人.時代的には摩天楼の建設された後ぐらいに活躍した.)にさえまったく触れていない気がする)もおいて置いて,建築家の過密文化の創造というメタファーを抜き出してシナリオを書き上げています.ただ,メタファーに走り過ぎたきらいもあって,普通の都市論というかは,物語を読んでいるような気にさえなります.そしてそれだけ,本書で繰り広げられるマンハッタニズムの全容はつかみづらいです.著者のレム・コールハースは現在は建築家ですが,その昔はハリウッドで脚本家でした.

マンハッタンの原型は,コロニーアイランドのテーマパークにおける仮想都市の実験にあります.ここは,

都市的機能はないが,想像力を過剰に刺激し,地上的現実をみなしうるあらゆるものを遠ざけるという機能だけは例外として備えている.(p67)

場所です.すなわち世界中のもの・出来事をテクノロジーの力を用いて再現したのです.大衆はこのテーマパークに熱狂し,その熱狂は,この実験がマンハッタンに実際に起こった際でも続きます.過剰な刺激を受けている大衆は,もはや現実なのか仮想なのかという感覚が麻痺しています.こうして表向きは超効率性をうたった超高層ビルが,違和感なく都市に挿入されるのです.ここでは,空想を支えるテクノロジーという伝統が,実用のテクノロジーという風に姿を変えています.

どうして都市が上方へ拡大していったかというと,マンハッタンが2028の矩形のグリッドで覆われているからです.グリッドの大きさは決まっているので,上方へ上方へ仮想の土地を作り出していかなければならなかったのです.このグリッドが決まったのは,1811年委員会計画においてで,地形上の起伏をすべてとっぱらって人工的な土地を作り出すという壮大な計画だったようです.まぁ,ヨーロッパからの移民にしてみれば,歴史のない土地だったからこそこういうことができたのでしょう.この時点(恐らくはもっと以前の植民地からの独立時点)で,マンハッタンはヨーロッパの伝統的な方法から決別することになります.マンハッタンは自由なる土地です.もはや何に縛られる必要はない.言ってみればなんでもあり,独自の発展をみせることとなったのです.

建築家の過密文化への傾倒という部分の解説は割愛しますが,摩天楼の影の立役者,つまり摩天楼のプロパガンダとなったフェリスのドローイングは,人の欲望・熱情が溢れかえるマンハッタンの未来を描いたとは思えないほど不気味で暗く,ぞっとするものを感じます.これが出たのが,世界大恐慌の時代ですから,大衆は,暗闇でなお圧倒的な力で迫ってくる高層ビルのドローイングを,どん底の社会とマンハッタンという風に見たのかもしれません.

後半は,摩天楼の最高傑作ロックフェラーセンターをはじめいくつかのプロジェクトを軸に話は進みます.ル・コルビュジエとダリがニューヨークをのっとりに来るという話も書かれています(結局両者ともマンハッタンを飲み込むことはできなかったわけですが,個人的には面白い章でした).そして,マンハッタンが過密の文化を支えた建築家がいなくなることをもって,ひとつの時代を終えたことが示されます.

単一地内での無限に多くの多層的かつ予測不可能な活動をもはや支えることをやめてしまう.マンハッタンは明快で予測可能な一義性へ―既知なるものへ―と後退してしまっている.(p482)

現在のニューヨークはどうなのでしょうか.いまでも世界中の人々を魅了してやまない都市に僕の目には映ります(別に,住みたくはないけど,一度は生活してみたい).金融なら「ウォール街」,ミュージカルなら「ブロードウェイ」,ショッピングなら「五番街」,芸術なら「ソーホー」と世界の人々が集まっているみたいですし.さらにニューヨークはこれから10年後に新たな都市改造をするみたいです.

最後に,本書はレム・コールハースがゴーストライターになってマンハッタンのマニフェストを書いたという設定ですが,僕としては,レム・コールハースの思想をマンハッタンに投影したように思えました.マンハッタンのマニフェストに見えがくれするレム・コールハースの思想という感じですか.

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紙の本鏡の中の物理学

2009/08/26 12:23

ノーベル物理学者のユーモアと親しみのわく文章

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

1965年「超時間理論」「くりこみ理論」によりノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎の著作である.ちなみに,朝永は,先日紹介した「目に見えないもの」の著者・湯川と京都帝国大学時代の同級生である.朝永は湯川から遅れること16年を経てノーベル物理学賞を受賞した.

本書は,表題作である「鏡の中の物理学」という講演と「素粒子は粒子であるか」,「光子の裁判—ある日の夢—」という2つの短編からなる.湯川の品のある情緒的な文章とは異なり,朝永の文章はとてもユーモアがあり,親しみのわく文章であった.前から思っていたのだが,湯川秀樹は結構お坊っちゃまで育ちがいい感じがする.建築界のお坊っちゃまと言われる槇文彦も同様に品のある文章を書く.朝永振一郎については,その生い立ちなどは語られていなかったので,よくわからないが,割と庶民派なのではないかなぁと勝手に思っている.

さて,以下では,本書の内容を少し.本書は,100ページ程度の短いものなので,あまり書きすぎない方がいいと思う.

物理学における3つの対称性 —通常の意味での対称性,時間の対称性,そして粒子・反粒子の対称性—という概念を各々,通常の鏡,時間を逆に映す鏡,粒子を反粒子に映す鏡という3枚の鏡を用いて説明した表題作は,そのユーモアとともに,当時の物理学に流れていた“神様はぎっちょではない”という一種の信仰をも同時に知ることが出来て,分量の割には読み応えがあった.また,光子を被告,弁護人をディラックに見立てた「光子の裁判」もまるでミステリー小説を読んでいるような感覚を味わえた.

物理学という学問をこのように多彩に見せられるというのは,やはりその本質を理解しているからに他ならない.社会科学や工学といった分野でもこういう本は出てきてほしいと思うが,随分実社会に近い話なので,どうしても話が現実的になってしまう.それは,読者も同じで,そこがなんというか残念.

最後に,講談社さんにお願いがあります(この書評を見ることはないと思いますが).裏表紙の文章の中で,「鐘の中の物理学」という誤記があります.傑作として売り出している文章がこれではかなり残念です.自分が買ったのは2009年6月発行の第41版なんですが,まさか,初版からではないと思います.粗探しのようで申し訳ないですが,目につく部分ですので,あしからず.

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紙の本輝く都市

2009/04/23 01:46

コルビュジエの目指したもの

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ル・コルビュジエによる都市論.世界中に影響を与えた.都市を考える上で基本となる考えはこの理論からきているものも少なくない.
押さえておきたい一冊.

この都市論のモチベーションは「機械文明の時代にあって劣悪な都市に押し込められた人々に再び生きる喜びを与える」ことである.

決してビルを高層化して公開緑地を多くとり快適ですとだけ言っているわけではないと気づく.やっぱり田園都市もそうだが形ばかりが真似され,多くの思想が抜け落ちていくものなのかもしれない.

“輝く都市”の特徴は,都市計画を厳密な理論で記述しようとしたところにある.この挑戦は壮大で,当時多くの建築家を魅了した.

ただ,そのために物事を単純化しすぎたと思う.そして,その単純化,時代背景の違いがこの都市論の限界を徐々に露呈させた.その限界については「アメリカ大都市の死と生 (SD選書 118)」に詳しい.

繰り返すが,“輝く都市”は現在多くの問題が指摘され,都市論としては役目を終えた感がある.ただ,コルビュジエの一貫した哲学,社会と戦う姿勢,新たな時代を切り開いていく力が現れる“輝く都市”は,これからも多くのものをもたらしてくれるだろう.

この本でも繰り返し強調されることだが,現実に大きな変化だある時,(当時は機械文明,現在でいえば情報社会)懐古主義に陥ることなく,現実をしっかりと見据え,新たな時代向けて,都市を考えていかなければならない.まさにいまもその時期かもしれない.

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紙の本目に見えないもの

2009/07/21 01:39

科学的に情緒的に

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

非常に感銘を受けた。これまで科学者の著作の中で、これほどまでに、簡潔明瞭で情緒的なものは見たことがない。本書の裏表紙に「初版以来、学問に志す多くの若者達の心をとらえ続けてきた名著」とあるが、初版から64年経った現在、僕もその例に漏れることなく、その思索とらわれてしまった。

湯川秀樹博士は日本人として初めてノーベル賞を受賞した理論物理学者である。本書はそのきっかけとなった「中間子論」を発表した昭和10年からノーベル賞を受賞する昭和24年の間あたりの様々な文章が収録されている。

あくまで物理学という観点から湯川博士は文章を綴っているが、物理学の歴史を顧みて神話に到達し、物質と精神という題目では簡潔であるが、「生命とは何か」という問いに対して言及している。この辺りはシュレディンガーに感動したように、物事を極める事で生まれる広がりを見た気がする。

後半はもっともっと個人的な事が書かれている。物理学を志した経緯、父について、日々の思い等である。ここでは、常に冒険者であった(詳しくはわからないが解説でそう書かれていた)湯川博士の寄り所となったであろう思想がみてとれた。

「どんなに美しく且つ丈夫そうに見えている理論でも―過去における数多くの実例の示す通り―いつかは新しい事実に直面して、ガラス細工のように脆くも壊れてしまわねばならぬ運命にあることを悟ったのである。しかしそれなればこそそこに新しい道が開かれ、この学問は永遠にその若さを失わないであろう。「ガラス細工」より」

「近代物理学は、未来のことははっきりとはわからないのが本当だという。そうだとするとわれわれの未来に対する冒険はいつになってもなくならないと覚悟せねばならぬ。しかしそこにこそ希望があるわけである。「日食」より」

即ち、学問としての希望と個人としての希望が博士自身をつき動かしていたのではないか。

この本を読みながら、昔、入院中に煙草を吸いながら見知らぬおじさんとした話を思い出した。その人は工学部で勉強しているという僕に「エンジニアこそ文化人たれ」と言った。それ以来それは、僕の中で中心的なテーマになっているわけだが、要するに「科学的であることと情緒的であることの両立」なのだと思う。本書で湯川博士に初めて触れて、その思いが強くなった。

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市場の可能性を考える

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2007年3月に亡くなられた,スタンフォード大学教授ジョン・マクラミン氏の著作.この本が日本で出版されたのも2007年3月である.

これまで読んだ,経済学関連の本では,間違いなく一番面白いものだったし,一番有益だったきがする.(まぁそんなにたくさんの本は読んでいないけど)

市場原理には,無知ながら反発していたが,そんな自分に市場の可能性を,興味を引き起こしてくれるのには十分すぎるくらいの本だった.

この本は,市場,市場設計に関して経済学の最先端の理論(主にゲーム理論)を駆使して,網羅的に書かれものであるが,数式は一切使われていない.それでいて,市場設計の入門的教科書と思えるくらいにしっかりとした内容である.説明に使われる事例も,多種多様で,わかりやすく共感を持てた.

市場は適切に設計されているときは,アダム・スミスのいったような「神の見えざる手」のように,驚くべき効果を社会にもたらす.
ただし,“適切に”設計されればというように,万能ではないし,複雑さは市場設計の困難さを増加させる.

市場設計においては,人々のインセンティブをしかるべき方向へもっていく必要が生じる(ねずみをおびき寄せたいなら,チーズをおとりにする).インセンティブの経済学の話になると,人々の行動は,金銭的なインセンティブによってしかもたらされないのかという,嫌悪に満ちた反論があがることがある.これは分かる気もするが,少し的外れな反論だろう.

「新しい制度設計において,公共心や道徳心に満ち溢れたいわば理想的な人間像でなければ,機能しないような,方式を構想することは誤りである.」と何かの本で読んだ気がするが,市場設計においてもまさにその通りで,人々の道徳心に依存するようなものではいけないのである.

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紙の本美しい日本の私 その序説

2009/04/25 23:46

私たちの美意識の根っこのところ

4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

今日本屋でふと目に留まって購入.この本は,「伊豆の踊り子」「雪国」の著者で,ノーベル賞作家の川端康成のノーベル賞講演を全文収録したものです.36ページほどの講演の後に,日本文学研究科のサイデンステッカー氏の英訳がついています.

この講演で川端康成は,日本人が古来からどのような美意識を持ってきたかを語っています.「雪月花を題材にした古人の歌」に日本人の季節感を見,「不均整な日本庭園」に複雑で繊細な感性を見,「末期の目」に死を間近にしてなおいっそう自然を美しいと思う感覚を見ます.その他にも,絵,陶器,茶道についても言及しています.余白の美学というのも好きです.

そして,最後に日本人の「無」の境地というのが,西洋の虚無というニヒリズムとは異なり,精神に宿る無限の宇宙に通ずるものであると,講演を終えています.

やっぱり,この日本という風土が僕らの感覚をつくっているのかなと思います.風土がその国の精神にどういう影響を与えるかという分析は和辻哲郎の「風土」に詳しいです.僕は東北の山の上で暮らしていて大自然に囲まれていますので(近くに渓谷もあったりします),結構四季で移り変わる風景は意識します.落ち葉でなんとなくだらしなくなった風景を雪が覆ったときは,シャンとして緊張感もあり本当に綺麗だなとよく思うものです.

この本を読んで,そういう感覚を研ぎ澄ましていきたいなと改めて思いました.

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応用数学にだって面白い!

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「純粋数学に関する読み物が多いが,応用数学を扱った読み物は少ない.」そう常々思っていた著者が書いた“整数計画法”にまつわる物語.著者は,純粋数学者に憧れを抱きつつというか嫉妬に近い感情を持ちながら,それでも,「美しい理論は結局は役に立つ」という信念の下(実際は分からない)オペレーションズ・リサーチ(OR)の分野で活躍している.

“整数計画法”とは「巡回セールスマン問題」を代表とする一般的に解くことが困難な整数計画問題を扱う応用数学の1分野である.

本書では,この難問に挑んだ半世紀の人間模様がドラマチックに描かれている.研究者同士の確執,新しい解法の出現,旧解法の復活,日本の躍進,線形計画法の創始者ダンツィクがノーベル経済学賞を逃した衝撃など,話題には事欠かない.とても面白く,一気に読破できた.

何かを学び始めようとする際,その分野の全体像なり歴史なりをつかんでおくことは重要であるが,そういう意味で,この本は整数計画法入門として最適だと思う.また,物語もさることながら,問題解法の幾何学的イメージもつかむことができるという点も魅力的である.
(教科書だと代数的にガリガリということも多いので・・・)

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ゲーデルという人物

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本書は,ゲーデルの生き方,考え方そのものを考察する本である.
ゲーデルの生涯,ゲーデルの残した多くの文献を丁寧に読み解き,積み重ねることでその人物に迫っている.ちなみにクルト・ゲーデルは,20世紀最高の知性といわれるジョン・フォイ・ノイマンをして天才と言わしめた人物である.

ゲーデルの不完全性定理を紹介する本は多い中,ゲーデル自身について書かれた本は極めて少ない.ゲーデルという人物が広く社会に出て活躍したというよりは,内に多くを抱える人物だったことが,
それを困難にしているのだろう.

ゲーデルは天才であり,多くの天才同様奇人であった.例えば,ゲーデルはアメリカの市民権を取得する際の口答試験にむけて,アメリカの憲法を一からすべて勉強した.そしてその過程で,この憲法を持つアメリカが合法的に独裁国家に移行する可能性を発見したと言っている.ここにからも,執拗なまでの生真面目さ,常に物事を追求する姿勢が垣間見え,常識を超えた人物像が浮かび上がってくる.

ゲーデルの人生を見ていると,もっとうまく生きられなかったのだろうかと少し悲しくなる.もちろん,そう思うこと自体,自分が凡人であることの証明になるのだろうが,それにしても精神に異常をきたし,死へと向かっていくゲーデルは痛々しい.物事を追求しすぎるゆえに生じる苦悩というのか.

こういう世界において成果が大きくクローズアップされるのは当然だが,時にその成果を生み出した人物について思いをめぐらせてみるのも大事なんだろうなと思う.とても直接的に自分の人生の参考になるものじゃないけど,当然読みながら自分の生き方も意識する機会にもなるし,間接的には何かしらの意味をもたらすだろうから.

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