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先月(2017年5月)

章 スムさんのレビュー一覧

投稿者:章 スム

1 件中 1 件~ 1 件を表示

リトル・ピープル

11人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 「地下鉄サリン事件」が、ようやくテーマとして浮かび上がってきたのだな、そう思った。そこでは、アドルフ・ヒトラーさえ、その戦線での使用を厳禁した化学兵器が使用された。理不尽なというよりは、天から降ってきたような暴力。そのような暴力の中にあって、人々は、敢えて言うならば、英雄的であった。そのことを村上の『アンダーグラウンド』は、私たちに示してくれた。それは、村上的表現を使うならば、救いのようなものだった。
 
 それは彼女であっても、彼であってもいい。休日明けの月曜日。疲れの抜け切っていない身体を電車に揺らせながら、束の間の眠りに自分を委ねている。気配に目を覚ますと、人々が次々に倒れていく。上手く事態を把握できない。しばらく呆然としている。ともかく助けなくては。そう思い至り、身体を座席から浮かす。救助に当たりながら、自分も頭痛と吐気を感じる。視覚もおかしい。会社に連絡を入れなくてはと思いながら、もう公衆電話を探す体力は奪われている(当時、携帯電話のの普及率は、10%程度だった)。非常停止した駅の壁に背を凭れて座り込む・・・。
 夜毎に、悪夢に起こされる。人々が次々に倒れていく。なんの前触れもなく、とても静かに。寝汗をびっしょりかいて、目を覚ます。暗闇に目を凝らす。なにもそこにはない。親友にそのことについて語る。親友は「大変だったね」とありきたりの言葉を返す代わりに、真剣に耳を傾けてくれる。語られることの意味をなんとか受け止めようとする。しかし、言葉は伝わらない・・・。
 
 村上は『アンダーグラウンド』の後、『約束された場所で』を書き記した。「加害者」から見た「地下鉄サリン事件」。しかし、そこでも暴力は、「天から降ってきた」ものだった。「加害者」の必然性というものは、なかった。分かったのは、「加害者」もまた、「損なわれた者」であり、弱者だったということだ。「加害者」対「被害者」、悪と善、そういうものでは、あの暴力は説明することができない。暗闇に目を凝らしても、そこにはなにもない。
 
 老婦人は、善と悪というもので世界を見ている。青豆は、その老婦人に導かれるようにして、悪の精華と言うべきものと対面する。そして、善でもなく、悪でもない世界に足を踏み入れる。リトル・ピープルの世界へと。そこは「地下鉄サリン事件」の暴力の世界だ。おそらく青豆が、妻に暴力を揮い続けた「ろくでもない、生きている価値もない」男、完全に損なわれてしまった者、弱者のために、涙を流すことができた時はじめて、暗闇の中でリトル・ビープルはゆっくりとその姿を現わすのだろう。しかし、そのような涙は、神のみが流せるものだ。弱者への愛は、神のみに許される。
 
 だが、青豆は、人を愛することができる。そして愛を真っ直ぐに信じている。その愛は、天吾という自我という殻で自分を閉じ込めた「自己完結型」の人間を揺さぶり、その殻を突き崩す。それは始まりなのだろうが、始まりにしか過ぎない。天吾は、暗闇の中で、なにかを見ることができるのだろうか。青豆から天吾へとバトンを渡された「地下鉄サリン事件」という暴力。そのバトンは、天吾と共に私たち読者もまた、受け取るべきバトンなのだ。
 そんなことを、私は思ったのだった。

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