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    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

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    中野 ジェームズ修一 (講師),日本放送協会 (編集),NHK出版 (編集)

    5つ星のうち 4.0 レビュー詳細を見る

いちろうさんのレビュー一覧

投稿者:いちろう

3 件中 1 件~ 3 件を表示

慶次のとらわれない心と優しさと

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「花の慶次」には、私は、各巻、必ず一つか二つ、慟哭させられる場面がある。この第一巻ではそれは一番最後にあった。1万5千の敵に囲まれた末森城。守る兵は500。そこへ慶次と村井若水、陽水の親子が援軍として城へ入る。だが、息子の陽水は死にたくなくて、逃げようとする。そんな陽水に慶次は言う。「さむらいなんて そんな堅苦しいことじゃないんだ 生きる自由もあれば死ぬ自由もあるさ 俺はいくさ人 ここで退けば俺ではなくなる 俺には退くことは美しくなく思えるだけさ」
陽水はいったん逃げるのだが結局戻ってくる。その陽水に慶次が「飲(や)るか」とさかずきを出すところで終わっている。

 この場面が何ともいい場面なのだ。原作者の隆慶一郎の奥深い優しさはどう表現すれば良いだろう。隆慶一郎は映画「にあんちゃん」のシナリオを書いた。そしてその元となった「にあんちゃん」の本は小学生の少女が書いた日記だ。この日記は、両親に死なれて貧乏のどん底にあって助け合っていく兄弟姉妹の一番末のいもうとが書いたものだ。貧乏のどん底にあっても小学生であっても優しくて心が高貴なのだ。隆慶一郎その人に似ている。だから、花の慶次の好きな人には「にあんちゃん」を読むことをお勧めしたい。そしてもう一冊、「不落樽号の旅」も紹介しよう。この本の作者が隆慶一郎のファンなのだ。これについては私もレビューを書いているので参考にしてください。

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著者は隆慶一郎の「花と火の帝」に慟哭したという

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 「不落樽号の旅」の著者は隆慶一郎の「花と火の帝」に慟哭したという。そして、「そこにある深さ、受けた衝撃をいつか書くつもりです。」という。全く、この小説の初っぱなからは思いもよらない言葉なのだ。何故なら、この小説の始まりはこんな調子なのだ。

:::

不晴明(ふせいめい)さま、私共は、こののちどのくらい生きられるでしょうか?

うん、そなたは、八百年じゃな。

本当ですか!

ウソじゃ、うそ八百じゃ。
で、嫁の方じゃが、嫁の余命は読めん。

……………

これが私と陰陽師(おんみょうじ) 阿倍不晴明(あべのふせいめい)さま との出会いでした。
不晴明さまは、めなっく星の彼方、わこちゃん星の宇宙のてい王、わこちゃん大王に仕える陰陽師でした。
わこちゃん大王は宇宙のてい王ですが、あまり教養はなく、漢字を良く知りません。それで自分のことを大王と書かずに太玉(ふとたま)と書いていました。このへんの所は鳥山明氏の「ドクタースランプ」ニコチャン大王とよく似ています。
この物語の読者は鳥山明氏の「ドクタースランプ・(あられちゃん)」と「ドラゴンボール」を読んでいなければ、わからないことがたくさんあると思います。ですが、かまわず読み進んで下さい。筋書きが適当なのであまり気にすることはありません。

なお、めなっく星というのは、ドラゴンボールに登場するピッコロ大魔王のふるさとの星ナメック星の付近にある星で、何処にあるかわかりません。

わこちゃん大王は、ていおう、というのは王の中でもレベルの低い王のことかと思っていました。

低王

晴子さんがそう言ってました。

:::

と、こんな具合に始まって、思わず笑ってしまうのですが、それがページが進んでいくにつれ、突然、素晴らしい文(散文詩と言っても良い)が出てきたりします。次のものがそれです。

:::

 「星のかけら」の住まい

 宇宙に漂う水素やヘリウムのガスが集まって星が生まれると、やがてその中央部は自らの重力でとてつもなく高い温度となり、核融合反応が始まります。
原子番号の小さいものから順に、ヘリウム、リチウム、ベリリウム、ホウ素、炭素、窒素、酸素と次々に新しい元素が生まれていきます。そうして二十六番目の鉄まで出来たときに自らの重みに耐えかねて突然中央部に向かってものすごい勢いで落ちてゆきます。爆縮です。次の瞬間その反動で星は大爆発を起こし、残りの全ての元素をつくり宇宙へ拡散します。これが超新星爆発です。このとき拡散した元素はふたたび集まり太陽や地球が生まれ、われわれ人間も生まれて来ました。
さらに超新星爆発のときの元素の割合をスペクトル分析すると、人間の体を構成する元素の割合と等しかった。だから「人間は星のかけら」なのです、と天文学者、佐治晴夫先生は言います。

 その星のかけらとしての人間が住むべき住まいはどんなものがいいのでしょうか。工業の発達した世ですから機能的に満足できる住宅をつくることはあるいは可能かもしれません。ですが、どこか一点、その住空間の中に我々が「星のかけら」であることのあかしを見出したい。そう思って現代建築家の作品をさがしているときに桂離宮に出会いました。

桂離宮は我々に語りかけます。「人間は星のかけらである」と。

:::

 駄洒落で始まったこの小説に、このような人間の根源に関わるような文章が出て来ます。そして、このあと、ほんの少しだけ「花と火の帝」に触れているのです。
 北杜夫が「どくとるマンボウ航海記」でくだけた部分と真面目な部分を同居させていましたが、この本はそれをもっと増幅させた感じかもしれません。大爆笑があり、また深い感動につつまれる。そんな本です。隆慶一郎や「花の慶次」の好きな方は、ぜひ一度読んで見て下さい。

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『葉隠れ』は面白くてはいけないのか?

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 隆慶一郎の、最初の葉隠れとの出会い。

 学徒動員で軍隊にとられる際、読みたい本を密かに持ち込むために、葉隠れの本の中ほどを切り取り、そこへ望みのものをいれてカムフラージュしたわけだ。で、葉隠れの思想などどうでもよかった。陸軍の軍人が共鳴する思想など隆慶一郎にとっては嫌忌の対象以外の何物でもなかった。
 しかし、軍隊ではみんな活字に飢えていた。それで葉隠れを読み始めたわけだ。

[(意外におもしろいな) それが読後感である。以後二度、三度、五度と繰り返し読んでいるうちに、この面白さは確定的になった。何より人間が素晴らしい。野放図で、そのくせ頑なで、一瞬先に何をしでかすか全くわからない、そうした人間像がひどく魅力的だった。]

[ 何をすべきだとか、何をしてはいけないとかいう部分は、いい加減に読みとばし、誰それが何をしたという、いわばエピソードの部分ばかり読んだわけである。]

『葉隠れ』は面白くてはいけないのか? という思いがこの作品へと繋がったいきさつが、読者を引き込み、読む前からわくわくさせる。


初めから思わず笑ってしまう。
斎藤杢右衛門、用之助親子は米がなくなるとお城へ運ぶ年貢を盗りに行く、堂々と、悪びれることも無く。

 隆慶一郎の作品て、こんなに笑えるんだとあらためて思った。
最近「不落樽号の旅」という小説を読んで、その作者が隆慶一郎が好きというのであらためて作品を手にして見ました。隆慶一郎描くところの登場人物たちのそれぞれの性格がそれぞれに面白い。
初めて読んだときは何が何だかよく分からずに読んでいたのだけど、10年経って読み返してみると実に面白い。

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