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先月(2017年8月)

tokuさんのレビュー一覧

投稿者:toku

314 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本剣客商売 新装版

2010/10/18 18:31

池波正太郎の剣客小説の集大成。剣客商売シリーズ第一弾

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

すでに説明不要なほど、多くの人に知られ、そして虜にした「剣客商売」
このシリーズ第一弾を読み終えて、多くのファンを獲得した秘密に触れることができた。

第一に、どの話も序盤から物語に動きがあり、「このあと何やら起こりそうだぞ」と思わせて読者を引きつける魅力。

第二に、第一話『女武芸者』から、個性的で魅力的な人物を登場させ、豪華な印象を与えていること。
この第一話で主要な人物はほぼ登場するが、ここで言う魅力的な人物とは、言わずと知れた女武芸者『佐々木三冬』である。
男装を纏い、凛として颯爽、それでいて優美さが匂い立ち、道行く人々は振り返らずにはいられないその姿に、ファンとなる読者も多いのではないか。
加えて、老中・田沼意次の妾腹の娘という立場も、彼女の存在をいろいろと面白いものにしている。

第三に、シリーズものにしては、第一弾から「剣客商売」の世界が完成していること。
シリーズものの第一弾というと、物語の世界や人物像がしっくりしていない場合が多い。
その点、この「剣客商売」は、登場人物にブレや不明瞭感がなく、読み始めるとすぐに頭の中に物語の世界が広がる。

このように完成度の高い「剣客商売」は、主人公に秋山小兵衛、準主人公に息子の大治郎に据えた、親子二代の剣客小説。
内容を簡単に言えば『剣の道に生きる者たちのさまざまな生涯』ということになるだろう。
ここに登場する剣客たちの生涯は、生きるも死ぬも本人の才覚次第という剣客の宿命を背負いつつ、過去に負けた相手に勝つまで勝負を挑む者(第二話:剣の誓約)、大治郎の剣の冴えに勝負を申し込まずにはいられない者(第六話:まゆ墨の金ちゃん)など多彩で、彼らによって物語が作られていると言ってもいい。
その多くの剣客の生涯に彩られた「剣客商売」は、数多くの剣客ものを書いてきた池波正太郎の、剣客小説の集大成だろう。

* * *
主人公・秋山小兵衛は、道場をたたみ、剣術をやめた五十九歳の老剣士である。
近頃、剣術よりも女が好きになり、四十も年下の下女おはるに手をつけてしまうほどなのだが、無外流を使う剣の腕は超一流。
息子・大治郎には、道場を建ててやり、あとは自分一人の力でやっていくように、と厳しい顔をみせながらも、息子が夜襲されると知ると居ても立ってもいられず、場合によっては助太刀に出ようと、息子の道場近くに潜む(第六話:まゆ墨の金ちゃん)など、親ばかな一面も見せる。

息子の大二郎はと言えば、無名の剣客である自分が田沼意次主催の剣術試合に出場でき、剣術界に鮮烈なデビューを果たせたのは、父のおかげだと感謝し(第一話:女武芸者)、剣客としてのあり方に悩むこともある(第五話:雨の鈴鹿川)、実直で謙虚な人物。
しかし彼もまた剣の達人であり、前述の第六話『まゆ墨の金ちゃん』では、影ながら夜襲の顛末を見ていた父を驚かすほどの、剣の冴えを見せる。

そんな二人に加え、危機を助けてくれた小兵衛への深い思慕をみせる男嫌いの佐々木三冬、小兵衛が事件を解決する際の最大の協力者であり、かつての弟子だった御用聞きの弥七ら、登場人物たちの見せる個性もこの作品の魅力である。
また幕政を壟断したと悪評高い田沼意次が、剣術好きで好人物として描かれているのも目新しく、最終話『御老中毒殺』で小兵衛の活躍により距離の縮まった二人が、今後を大いに楽しみにさせる。

* * *
ちなみに、作中に無外流の始祖・辻平内とその弟子について軽く触れられているが、これを描いた短編「かわうそ平内(剣客群像に収録)」を読むと、無外流がどんなものか分かるだろう。

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紙の本真昼の悪魔

2009/12/22 19:41

ミステリーが読者を引き込み、女医の『いやらしい悪』が現代の悪魔を浮き彫りにさせる

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

純粋に推理を楽しむミステリーに加え、『女医』に潜む悪魔についての心理描写が強く印象に残る。
病院内で起こる事件は『女医』が行っているというのは始めから分かっているが、『女医』とは誰なのか、『女医』の犯行を見て推理する読者視点と、結核で入院した難波の視点、から推理欲をかき立てられる。
その一方、社会道徳という善悪の判断基準のない『女医』の心象を描いている部分は、ミステリーというよりサイコホラー的なものを感じさせる。

物語は、神父がミサにおいて『悪魔』について取り上げることから始まる。
ミサで神父は『悪魔』について以下のように説明する。
『悪魔は人間を狂人にさせたり、奇怪な行動に走らせたりは滅多にしないのです。……中略… 悪魔は自分が悪魔だと訴えるような姿を少しも持ってはいません。…中略… 悪魔は埃に似ています。部屋の中の埃には私たちはよほど注意しないと絶対に気がつきません。埃は目だたず、わからぬように部屋に溜まっていきます、…中略… 悪魔もまたそうです』

偶然ミサを聞いていた『女医』は、高校生の頃から心に空虚感や白けた気持ち、無感動な心を持っていた。そして悪とは一体なんだろう、という疑問を持っていた。
心の渇いた無感動の『女医』は、やがて『心の呵責』を覚えることでひからびた心から立ち直れるのではないかと考え始め、人間的理由のない自己弁護できない悪を実行し始める……

『神父』が説明している通り、本作品には『醜い姿をした悪魔』は登場しない。
登場するのは『埃のような悪魔』である。
読み終えると『埃のような悪魔』に気分が悪くなるが、現代に多くの『埃のような悪魔』が存在することに気付かされる。

本作品は『女医』の悪と『女医』の正体を読ませるものとなっているが、それだけでなく神父と悪魔の対決のシーンも描かれており、『悪魔』がよりリアルに感じられる。
神父と悪魔の対決のシーンといっても、神父がプロローグで話した『エクソシスト』のようなものではなく、神父と悪魔が相対し、神父が確かに悪魔と認識する場面である。


ところで、病院内で起こる事件が誰によるものなのかを探り始める難波と羽賀の存在も面白い。
この二人の存在が思わぬ展開を孕み、ミステリーの部分をより面白くしている。

推理物語を楽しませつつ、悪魔とは何かを考えさせられる本書は、心に強く残る一冊だと思う。
それにしても『女医』の行う『いやらしい悪』に気分を悪くさせられたなぁ。

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紙の本きょうも、いいネコに出会えた

2011/12/27 18:19

とにかくいろんなネコに癒されました

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ボクは犬派。
なのに近頃なぜかネコが気になる。

写真家・岩合さんのネコ写真集を手に取った。
猫。
ねこ。
ネコ。

全国のネコがいる。
港町のネコ。
古都のネコ。
雪国のネコ。

幸せそうなネコがいる。
ノラネコ。
飼いネコ。
自由なネコ。

じゃれあうネコ。
じっとこっちを見つめるネコ。
くたーっと伸びてるネコ。

あぁ、癒される。
マイペースの気楽さが伝わってくる。
心がほぐれる。
心地いい。

ネコをなでる。
気持ちよさそうに目を細める。
でも本当はネコたちがボクの心をなでているに違いない。

きょうも、いいネコに出会えた。

***
岩合さんの撮影旅話にオールカラーのネコ写真。
とにかくいろんなネコに癒されました。
とくに『裸のマハ』ネコには癒されたなぁ。

【撮影地】
金沢(石川県)、田代島・網地島(宮城県)、備前(岡山県)、佐渡(新潟県)、川越(埼玉県)、小樽・積丹半島(北海道)、名古屋(愛知県)、四国・松山(愛媛県)、鎌倉(神奈川県)、弘前(青森県)、新潟(新潟県)

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紙の本こゝろ 改版

2010/08/05 18:52

こころの空気を読む。空気を読めなかった男達の顛末。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

大正時代に刊行された「こころ」は、
厭世的であった先生と私の交流を描いた【上 先生と私】
故郷の両親と私を描いた【中 両親と私】
先生の若き日の出来事を手紙で綴った【下 先生と遺書】
の三部構成となっている。

「こころ」を読んで、特に多くの人を悩ませるのが、『K』と『先生』の死の理由。
すべて『私』という視点から描かれたこの作品は、『私』から見た情報しかないことに加え、死の理由も明確に語られておらず、読み解くのに難しい。
それは、読者の視点が『私』の視点と重ね合わさり、物語を主観視してしまうことに一因があるように思う。

そこで、場の空気が読めていないと他人から指摘される昨今、「こころ」の登場人物が『空気を読む』ことができているのか、という現代的視点で客観視してみる。

そうして見えてくる平成の「こころ」
この作品に登場する男達はみな空気が読めていなかった。
Kを下宿に連れてきたいと言い出した先生、お嬢さんが好きだと先生に告白したK、そしてお嬢さんを下さいと奥さんに言った先生、等々。
その行動の末に、空気が読めなていなかったことに気づいた男達は、自ら……。

そしてもう一人、空気を読めなかった重要な人物がいる。
それは『私』
彼は、厭世的だった先生にまとわりつき、ついには先生のパンドラの箱を……。

ところで、先生のただならぬ手紙を受け取り、汽車に飛び乗った『私』の、描かれていないその後が気になる。
というのも【上 先生と私】において、過去に先生と呼んでいた人との交流を語っているのは、『現在の私』
この告白めいた【上 先生と私】は、【下 先生と遺書】で先生の告白を記した手紙と似たような雰囲気が漂っている気がしてならない。

「こころ」は、時の経過に伴って、さまざまに楽しめる名作だ。

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『縁』が紡いだ西南シルクロードを踏破する、悲惨で過酷で滑稽なエンターテインメントノンフィクション

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

オンライン書店ビーケーワンから届いた本を見て喜んだ。本が厚いのだ。
厚い本を読む場合、大抵「よし、読むぞ」と身構えてから読むことが多いのだが、著者高野秀行氏の作品は別物である。

彼の作品は、彼が目指すエンタメノンフ(エンターテインメントノンフィクション)の言葉通り、多くは過酷で悲惨な旅の実録にもかかわらず、その苦難をハラハラドキドキに変えて描き、ユーモラスな書き味と合わせて、とても面白い。まるで自分も一緒に旅をしているようなのだ。

しかも、ただ面白いだけではない。
彼が訪れる辺境の人々(反政府独立ゲリラなど)に、溶け込んで仲良くなるのである。
その辺境の人々を鋭い観察眼で生き生きと描き、恵まれた言語感で何とかコミュニケーションをとって交流していく様子はすばらしい。

作品を読み終えるときには、祭りのあとの静けさのようでもあり、『このまま終わってしまうのが寂しい。でも終わってしまう。これまでの旅は苦難つづきだったが、終えてみると楽しかったなぁ』という余韻を残す読後感が、読者を包み込む。


本書「西南シルクロードは密林に消える」では、そんな高野秀行作品の魅力がふんだんに詰まった傑作である。
中国四川省成都~雲南省瑞麗~ビルマ北部~インド北東部~カルカッタの旅程を踏破した四ヶ月の記録であり、その半分以上がビルマ北部とインド北東部における、カチン人ゲリラとナガ人ゲリラと行動を共にしてジャングル抜けや山脈を越える探検行となっている。

ゲリラ達が活動するエリアというのは、当然、外国人の出入国など許している筈もなく、国境越えはすべて密入出国。
これがこの本の緊張感を生むピースの一つとして組み込まれ、中国公安による拘束から始まるプロローグで、『いきなり大ピンチ!これからどうなるのか』と、読者の心を鷲掴みにする。

プロローグに続く、第1章『中国西南部の「天国と地獄」』は四川省成都、雲南省瑞麗の紀行文的なものになっており、嵐の前の静けさといったところ。
しかし7節『タイ族の古都・瑞麗の悪夢』、8節『全財産は風とともに去りぬ』で、いきなり訪れた嵐によって持ってきた現金七十万すべてが消え去るのである。
プロローグでの危機、本格的な旅を前に全財産が無くなる危機を読んだら最後、この本の魔力に取り憑かれてしまう。


ところで高野秀行氏がなぜ、外国人が出入国できないエリアを出入りすることが出来たのかと、不思議に思う人がいると思う。
この答えこそが、本書のテーマ『シルクロード』と密接な関わりを持っている。
彼がビルマ北部へ入ることができたのは、同じビルマのたった一人の知り合いシャン人ゲリラから、ビルマ北部を支配するカチン人ゲリラを紹介してもらったからだ。

この後も知り合いから知り合いを渡り歩き、ついにはインド・カルカッタへ到達する。
この旅程を読んで私の頭に『縁』という言葉が浮かんだ。
彼は『縁』によって紡がれた『道』を通ってカルカッタまで行くことができたのだ。


高野秀行氏の作品、特に文庫本の魅力が他にもある。
それは必ず掲載されている『あとがき』である。
文庫本にはさらに『文庫版へのあとがき』も掲載されていることが多々ある。
これらによって、探検紀行の補足だとか、旅の後日談が書かれており、本書では特に『文庫版へのあとがき』で、別れたゲリラたちのその後が描かれており、読者を満腹にさせる。

本書を読み終えると、彼がこの旅を完結できたのは『縁』だけではないと感じる。
インドからの奇跡の帰国(北京の入国で止まっているパスポートとビザなし)、旅の翌年に発生したゲリラの地域に騒乱、が彼の幸運を示している。

とはいうものの、奇跡の帰国を果たした彼は、今回の旅が原因のアクシデントに後年襲われる。
それは「怪魚ウモッカ格闘記 - インドへの道」や「神に頼って走れ! - 自転車爆走日本南下旅日記」へと紡がれている……。

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紙の本まんぞくまんぞく

2010/01/05 18:35

女剣士の仇討ちの行動が事件と幸を呼び、そして女剣士は女となる

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

<あらすじ>
男装の女剣士・堀真琴は、深夜、侍を襲っては髷を切ったり川に投げ込んだりして、楽しんでいる。
真琴は、16才の時、浪人者に犯されそうになり、供をしていた父とも慕う家来を失った。
それ以来『家来の敵を討つため』と剣の道に身を沈め、やがて一流の腕を持つまでになっていたが、深夜に行っていたいたずらが思いも寄らない事件を呼び込んでいく……。

<感想>
読み出した途端、小説の世界が映像として頭の中に映し出され、非常に面白くて1日で読み終えてしまった。
16才の少女たっだ真琴、25才の女剣士の真琴、そして女に戻った真琴がリアルに想像できる。

物語の所々に話を展開させるポイントがある。
一つは、自分に勝った男と結婚すると言う真琴に対し、見合い(試合)に来た織田平太郎は、その高慢な態度に腹を立て「このような女、抱く気もせぬ」とバッサリと言い捨て、試合をせずに帰ってしまう場面。
もう一つは、16才の頃に起きた事件と深夜に行っていたいたずらが招いた事件。
これらの出来事が繋がり出す展開と、スリルとサスペンスとロマンスという起伏が、読者を惹き付ける。
また、失踪した真琴の父についての話が、物語にスパイスを加えている。

この物語は、女剣士が主人公だが、女剣士について説明している部分では、剣客商売に登場する『佐々木三冬』を例に挙げ、この時代にも女流の剣士が数は少ないものの存在したと、書いている。
池波氏の作品「[堀部安兵衛"","http://www.bk1.jp/product/01709648"]」にも、安兵衛と恋仲になる女性として『伊佐子』が登場し、真琴、佐々木三冬と同様に、自分に勝った男でないと結婚しない女性として描いている。
しかし、最後には心を許す男性が現れ、今までの反動もしくは、自分の中に押し込められていた女の部分が溢れ出したように、魅力的な女性として描かれている。
池波氏の女性の好みの一端が現れたように感じられた。

それにしても池波正太郎の小説は、読みやすい。
その答えの一つを井上ひさしほか著「井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室」で見つけた。
池波氏の小説について『やたらと多い改行が独特のリズムをつくり、それが読者に、いい感じを与えている』、『優れた書き手というのは自分と読者の関係のなかで段落をつくっていく』と述べており、実にしっくりする答えだと納得した。

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家康、昌幸、信幸それぞれの思いが九度山をめぐる

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

命を助けられた真田昌幸・幸村が、上田城を徳川へ引き渡して紀州九度山へ蟄居させられるところから、真田昌幸が十余年に及ぶ倦んだ日々によって身体を蝕まれ、やがて病の床につくようになるまでを描いている。

その十年ほどの期間の中に、
・父と弟を紀州へ護送する真田信幸の苦労と心痛
・九度山で再び世に出ることへの期待と絶望に揺れる昌幸と幸村
・関ヶ原の合戦後ちりぢりになっていたが再び集結し、九度山へ配流された真田本家のために態勢を整える真田の草の者
・昌幸とお徳の子・於菊を預かった滝川一益の孫・三九郎一積のその後
・徳川の難題にもまったく隙を見せず、徳川家のために働き、豊臣家への忠節を曲げない加藤清正
などが描かれている。

七巻・関ヶ原では関ヶ原の合戦という大きな歴史の流れを中心に、その中で動く諸大名、忍びたちを描いていた。
本八巻では逆に、個々の大名や忍びたちに焦点を当てたものとなっており、内容が濃く感じられた。
特に本田忠勝の決死の助命嘆願によって命は救われた昌幸が『初めは静かに過ごしていればそのうち赦免され、やがて世にで、その時は』と期待する様子、長年の蟄居生活による倦んだ日々と、赦免運動をしていた本田忠勝の死によって世に出る希望がなくなり衰弱していく様子が多く描かれており、世間で幸村の九度山からの脱出劇が多く語られているなか、九度山での蟄居生活の様子は興味深いものがあった。

本巻で描かれている十年ほどの歳月は、心身の衰弱が激しい甲賀忍び頭領山中俊房とその死、お江と草の者に執念を持つ猫田与助に冷たい目を向ける平和ぼけした甲賀忍びたち、病に伏せる真田昌幸、本田忠勝の死など、一つの世代や意識が変わりつつあるのが感じられる。


年老いてなお、お江に執念を燃やす猫田与助の姿も存分に描かれ、真田太平記の楽しみの一つとなっている。
関ヶ原の合戦後、真田忍びは絶えたと安心し危機感がなくなってしまった甲賀忍びに失望した猫田与助が、この後お江や真田の草の者がどのように対決していくのか、とても楽しみだ。

真田信之(信幸)の、名前を変えてまで父との決別や徳川の臣として生きることを内外に示し、そして父と弟・幸村の蟄居解除を願って、とにかく徳川の神経を苛立たせないための配慮、少しでも徳川の気持ちを和らげようとする思いはとても暖かい。

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泥沼の朝鮮出兵、混乱の国内情勢、甲賀と草の者の白熱の追走劇

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

朝鮮出兵が泥沼の様相となりつつあるとき秀頼が誕生するところから、秀吉、前田利家の死去後の文治派と武断派の争いの結果、家康に庇護を求めた三成が、五奉行を辞して佐和山にて戻るあたりまでを描いている。

本巻では、とにかく泥沼化する朝鮮での戦いとともに、秀頼が生まれたことによる秀吉の病的な喜びと国内での混乱が描かれている。
現地の状況を正確に伝えられていない秀吉の命令と、それをそのまま実行できない現地の苦しい状況や、石田三成・小西行長らと加藤清正たちの不和などによって、日本軍、朝鮮・明軍共に益のない朝鮮での戦いはますます混乱していく。
これらの混乱と合わせ、後継者がいなかった秀吉の秀頼誕生を喜ぶ異常さ、関白・秀次への怒り、戦時中の伏見城築城と醍醐の花見など、国内でも秀吉の手によって起こされる混乱の様子が描かれている。

甲賀の忍・猫田与助たちが真田の草の者・お江たちを追いつめる追跡劇も見所の一つで、思わぬ結末に驚かされる。
また、ドラマチックに登場した鈴木右近の帰還も見逃せない。
そして、草の者として一人前になりつつある、向井左平次の息子・佐助の活躍と、沼田に移った樋口角兵衛が今後どのように物語に影響を与えていくのか楽しみだ。

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徳川を翻弄する真田の姿が痛快

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

徳川と真田が激突する第一次上田合戦から、秀吉の朝鮮出兵が間近に迫っている所までを描いている。

本巻の見所は、やはり上田合戦。
『北条への沼田引き渡し』を拒んだ真田に対する徳川の示威行動だ。
二軍級とはいえ約五倍の兵力を持つ徳川軍を、決死ではあるが思惑通りに徳川軍を撹乱し、撃退する様は読んでいて痛快。
そして秀吉の密命とはいえ、『見守る』だけであった上杉の『いざとなったら上田へ押し出す』助力も、真田への好意が現れていて気持がよい。

歴史の流れも掴みやすく、細かい出来事の前後関係もハッキリと分かり、細切れだった歴史の知識がつながっていく。
例えば、家康による真田信幸と本田忠勝の娘との婚姻の提案。上田合戦後、秀吉が徳川と真田の仲介をし、真田が徳川へ出仕したときの提案だとは思わなかった。
また朝鮮出兵の小田原征伐から二年の経たず計画されだした事についても、国を安定させる間もなく戦いに出向いていくことに驚いた。
このことは史実と年号を付き合わせていけば、分かることなのだが、物語を読みながらだとその事柄が感覚としても記憶に残りやすい。


池波作品を読んできて嬉しかったのが、「獅子」「獅子の眠り(黒幕より)」「錯乱(真田騒動より)」に登場し、90歳を超えた信幸に長く仕えてきた『鈴木右近』の存在。
池波氏がくどいほど書いてきた信幸と右近の若き姿と、彼らを取り巻く物語が存分に描かれているのは非常に嬉しい。

信幸・幸村の従兄弟・樋口角兵衛も気になる存在だ。
人間離れした怪力で一度は幸村を殺そうとした少年の角兵衛は、自分を十分に褒めてくれないと不満を持つ性格で、思わせぶりな物語中の解説でもう一波乱ありそうだと期待させる。


ちなみに本巻に登場する人物を主人公として描いている作品がある。

●『命の城』(黒幕に収録)
血と汗で勝ち取った沼田城に対する真田昌幸の思いを描いている。
小田原征伐のきっかけを作るためのの原因となった北条の名胡桃城奪取だが、昌幸はそれを知っていてあえて動かなかった。
北条が滅びれば沼田も自分の手に戻ってくるだろうことを計算して、苦悩しながらも名胡桃城を見捨てた昌幸の沼田城への複雑な思いが描かれている。

●『勘兵衛奉公記』(黒幕に収録)
小田原征伐のとき、中山城攻めで一番の働きを見せたが、主・中村一氏に手柄を独り占めにされたことに激怒し、主を見限って去ってしまった渡辺勘兵衛の物語。
十六歳の頃からの勘兵衛が描かれており、『わたり奉公人』として自分の槍先一つにすべてをかけて生き抜いていく勘兵衛の生涯

●『戦国幻想曲』
上記『勘兵衛奉公記』の主人公・渡辺勘兵衛を主人公とした長編小説。

●『角兵衛狂乱図』(あばれ狼に収録)
真田昌幸の血を引きながら、幸村・信幸の従兄弟として育った恐るべき力をもつ樋口角兵衛の物語
昌幸の義妹である角兵衛の母の罪が、角兵衛の生涯を翻弄していく様子を描いている。

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武田の壊滅と信長の破滅が真田家を翻弄し草の者が真田家を支える

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本の厚さと12巻もの長い物語に、手に取るのを躊躇してしまいがちだが、まったく読むことが苦にならない。
あっと言う間に一日で読み終えてしまうほど、読みやすく面白い作品。

物語は、武田家が織田・徳川連合軍に壊滅させられるところから始まり、織田信長が本能寺にて明智光秀によって急襲を受けるところまでを描いている。
今まで知らなかった武田亡きあとの真田家の動きが描かれているので、非常に興味深く読み進めることができた。

落城した高遠城から辛くも生き延びた武田・長柄足軽の向井左平次と、少年の真田源二郎(幸村)との出逢いや、怪我を負った左平次を助け、真田の庄近くまで連れてきたお江など「草の者」たちの活躍が、今後の物語を方向付けていく存在であると感じさせる。


武田家に仕えて、戦国の世を生き抜いていこうとしていた真田昌幸は、武田家が滅んだ後、真田家のような小さな家が生き残っていくには、大きな組織に仕えなければいけないと考え、北条や弟・信尹(のぶただ)を通して徳川へ道を付けておこうとしている事に興味を覚えた。
昌幸の徳川嫌いはよく聞くことで、始めから徳川嫌いだと思ったのだが、この頃は徳川嫌いなどはまだ無いようである。
家康も昌幸に一目を置いており、これが後々どう転んでいくのかが楽しみである。

また武田家亡き後、信州の一部と上州一国を貰い受けた滝川一益と、仕方なく信長への臣従する昌幸の会談も心地よく描かれている。
真田の心中を察し丁寧に向き合う滝川一益とそれに感銘を受ける昌幸の姿は、相手の腹を探り合う戦国の世にあって清々しいものを感じさせる。
また余計な事は言わず、真田の地は詳しくないので「安房守殿。ちからを貸してもらいたい」とあっさりと助力を請う滝川一益の姿勢は、武将としての大きさを示している。

十分な調査の上に書かれた歴史的事実と創作の部分が絶妙に織り込まれ、読んでいて物語の展開に疑問を感じる余地はない。
史実の部分はしっかり描かれつつ、物語の流れを淀ませるようなくどい内容はなく、あくまで物語の展開を補足する程度のものなので、歴史的な流れも十分楽しめる。

筆者の思想などは織り込まれていないので、物語に集中して入り込める作品となっている。

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紙の本春秋の檻 新装版

2009/11/29 19:23

牢医師が柔術を駆使して活躍するシリアスだがユーモア溢れる爽快小説

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獄医立花登手控えシリーズ第一弾。

本書は連作短編もので、小伝馬町の牢医者として働く立花登を主人公とした小説。
立花登が、牢に入れられている者たちから、相談事や訴えが持ちかけられるというスタイルで描かれている。

当然罪人からの頼み事だから、危険な目に遭う。
武家物であったら巧みな剣さばきで危機を脱し……となるところだが、立花登は牢医者。
そこで登の身を守るのが柔術である。刀を持つ相手と闘う緊迫した躍動感がこの作品の魅力でもある。

これまで読んできた藤沢作品は、市井に生きる人々や、身分は低いが剣の腕はたつという者を描いている物が多かったため、本書の牢医者で柔術使いという人物設定がとても新鮮だった。


ところで牢に入っているものから頼み事を聞き……という物語を読んで、佐藤雅美著「縮尻鏡三郎」を想像した。
主人公の拝郷鏡三郎は、小伝馬町の牢へ送る前の下調べをする仮牢兼調所である大番屋の元締め。
彼の元へ小伝馬町の牢へ連れて行かれる前に、身内たちから色々と相談事が持ち込まれ、情やしがらみなどから頼み事に骨を折るというもの。

立花登が勤める牢は、大番屋で調べが終わったあと連れて行かれる小伝馬町の牢であり、内容は「縮尻鏡三郎」のホームドラマ的ほのぼのとした雰囲気と違って、少々シリアスである。
シリアスであるが、登が居候する叔父の小牧家の人々はユニークで、叔父の玄庵は俊才の名を欲しいままにした人物と母から聞かされていたが、実際は流行らない町医者で酒好きの怠け者。
その妻である叔母は叔父を尻に敷き、登を居候扱いして台所で食事をさせる。
娘は母親似にて美貌だがそれを鼻にかけ驕慢で、登を呼び捨てにする。
これらの人たちのおかげで、シリアスな世界に滑稽な箸休めをもらたして、全体的に柔らかな雰囲気を演出し、肩の力を抜いて読める小説だと感じた。


ところで本書の後半で、叔母と娘の態度に若干の変化をもたらす重大な事件が起こるので、今後、彼女たちと登の関係がどのように変わっていくのかが非常に楽しみである。

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紙の本遅読のすすめ 増補

2012/03/13 18:45

味わいの海に漂う幸福感。あぁ遅読したい。

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「呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする」

 著者は三度目の『吾輩は猫である』で、この一行を見つけた。
 そして、そこに広がる味わいに触れて、こう述懐する。

「さみしいような、切実なような、それでいて、かえって幸福をも感じさせる深い気持ち。そんな気持ちを、何分か味わいつづけた」

 これまで、この一文に気づかなかったのは、速く読んでいたからだという。
 ところが、前に続いている二十六ページ余りをゆっくり読むうち、読書の幸福感がにじみ、上の一文が目に留まる。

 二十六ページ余りの話はこうだ。
 猫の主人・苦沙弥先生のもとに、友人の迷亭、寒月君、独仙君、東風君などが集まり、わいわいがやがやと無駄話に興じた。
 そのうち日が落ちて、みんなが帰り、苦沙弥先生は書斎にこもり、妻君は縫い物をはじめ、子供たちは寝、下女は銭湯へ行く。
 家はひっそり静まりかえる。
 小説も静まりかえる。
 そこに上の一文がくる。

 祭りの賑わい、その後の静けさ。
 それを体感して、ただの一文が心を潤す慈雨となった。
 その邂逅の喜びと、文章の味わいがもたらす恍惚は、麻薬的に違いない。
 著者は、本書を次のように書き始めている。

「本はゆっくり読む。ゆっくり読んでいると、一年にほんの一度や二度でも、ふと陶然とした思いがふくらんでくることがある。一年三百六十五日のうち、そんなよろこびが訪れるのは、ただの何分か、あるいは何秒のことに過ぎないかも知れない。それでも、速く読みとばしていたなら、そのたった何分、何秒かのよろこびさえ訪れない」

 こんなエピソードから始まる本書は、遅読の味わいを紹介する本だ。
 多くの精読家たちの読書エッセイなどを紹介して、彼らの本の味わい方を語り、自身の読書で印象に残った本を引用し、その滋味を伝える。
 引用する作品は多彩で、高野文子作『黄色い本』、川上弘美著『センセイの鞄』、内田百間著『阿房列車』など、マンガから文芸書、エッセイまで、親しみやすい作品が多く、精読の入門書のよう。

 語られる著者や精読家たちの陶然ぶりも、とても魅力的だ。
 本の味わいに取り憑かれた人たちの姿に触れるにつれ、「あぁ遅読したい」という欲求が溢れだし、遅読がもたらす味わいの海に漂うような幸福感が満ちてくる。
 そして、これまでの粗読していた本にも、『我が輩は猫である』のような邂逅があるかもしれないと思うと、もう一度じっくり読み返したくなってくる。

 この遅読の魅力を綴っているのは、第一部【遅読のすすめ】
 第二部【本が好きになる本の話】は、文庫版オリジナルとして、著者の書評を収録。
 かつて日刊ゲンダイに『狐』のペンネームで連載した著者の書評は、『水曜日は狐の書評』、『もっと、狐の書評』など書評の本としてまとめられた。
 だからという訳ではないが、収録の書評もウマい。

 自分の主張よりも本の主張。
 本とその著者の魅力が満ちている。
 そんな書評ばかりなのだ。
 だから著者の書評を読むと、読みたい本が確実に増えていく。

 『水曜日は狐の書評』に収録された川原泉作のSFマンガ『ブレーメン2 第一巻』の書評で、著者はこんなことを言っている。

「読む本は選ばねばならない。人生はあまりにも短いのである」

 それなのに著者の書評のせいで、読みたい本が増えすぎてしまうのはどういうことだろう。

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紙の本百鬼園随筆

2011/04/14 18:22

読者に迎合しないマイペースとギャップが愛おしい

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 読み始めて思うのは、飄々とした文章がユーモラスな味わいを滲ませていることだ。真面目な話でも、間抜けな自分の暴露話でも常にペースは変わらず、読者が食いつこうがつくまいが、「面白いんだ。ふーん」とさっさと前へ進む。読者のことなど我冠せず、そんなマイペースぶりが魅力なのである。そしてさらに魅力を高めているのがギャップである。

 本書を手にとって間違いなく目を引くのが、表紙に描かれた百間の肖像画である。恐ろしく下手くそで、『ぐるぐる』によって不思議度が増しているその肖像画は、「見て、おじいちゃんの絵を描いたよ」、「どれどれ、上手いじゃないか。よしよし随筆本の表紙にしてやるぞ」と、孫と祖父のやり取りを想像させるものであり、さてそのおじいちゃんはどんな顔かなと表紙をめくってみれば、そこには恐ろしくむっつりとした堅物丸出しの人物が写っているのである。このギャップにやられてしまった。この随筆集に散見されるギャップが愛おしい。それでも著者は、つれなく話を進めていくのだ。ところで、この表紙の絵を描いたのは芥川龍之介である。

 このギャップの基本にあるのが堅物丸出しの百間の写真なのだが、士官学校や大学の教授というお堅い肩書きによって、さらに堅物度が増す。それに相対するのは、彼の子供っぽい言動であり、それを大真面目に淡々と綴るギャップにたちまちやられてしまうのは、前に書いたとおり。借金を返さなければいけないから給料日はイヤだの、目は字を見るための物ではなさそうな気がするだの、人間の手は字を書くのに使うものではなさそうな気がするだの、四十七士がきらいだから縁のある泉岳寺もきらいだの、妙な理屈をこねくり回す。これが教授の言うことか、なのである。

 収録されている随筆は、子供の頃を綴ったものから、師である漱石の思い出話、教授時代の事、貧乏話など多種多様。分かりづらい比喩など使っていないから、いたって読みやすい。ストレートな文章ながら、滋味の感じられる作品を収録しているのが本書の妙味である。

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紙の本闇の傀儡師 新装版 上

2011/03/19 19:13

純粋に小説を楽しむ喜びの息づく、藤沢流伝奇時代小説。

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 中学、高校になると文章の読解力が試される。『このとき主人公はどう思ったか』、『作者は何を言いたかったのか』。この設問に対して『これには正解があるのか』、『点を付ける基準はあるのか』という疑問を感じながらも、もっともらしく回答していた記憶がある。この画一的回答の要求を匂わせる設問に遭ってから、文章に対して純粋に向き合えない息苦しさを感じるときがあるように思う。

 本書「闇の傀儡師」は、そんな息苦しさを感じる以前の、純粋に物語を楽しんでいた頃の喜びが息づいている作品である。
 著者は、あとがきで、勉強そっちのけで濫読していた小学生時代を振り返り、その頃読んだ無頼のおもしろさを持つ作品が心に残っていて、それがこの「闇の傀儡師」につながっていると述懐する。読み始めてみると、なるほど藤沢少年が夢中で読み耽っていたであろうように、本書には我を忘れて読み込んでしまうおもしろさが詰まっている。

 本書は、政争に巻き込まれた浪人を主人公とする、藤沢作品の武家ものの定番とも言うべき設定だが、その構成は伝奇的スタイルを取っている。
 物語は、田沼意次と松平定信の確執、そして見え隠れする徳川治済の影を基軸に進められる。そこに将軍家後継のとき現れるという、駿河大納言忠長ゆかりの謎の徒党・八嶽党の暗躍が絡み、自らを廃嫡して筆耕で口に糊する元御家人で無限流の達人・鶴見源次郎が、死に際の公儀隠密より密書を託されてから、その政争に巻き込まれていくである。
 八嶽党出現の意図、田沼意次や一橋治済の画策、鶴見源次郎の抱える心の闇、蠢動する八嶽党との闘い、柳生流に似た剣を使う謎の剣士、など息もつかせない展開と思わぬ流れ、なかなか明らかにならない謎で、読む者は物語の世界に引き込まれていく。

 私の数少ない読書遍歴から伝奇小説を挙げると、大佛次郎著「ごろつき船」と角田喜久雄著「半九郎闇日記」がある。どちらもスピーディーで目まぐるしく変わる展開や、深まる謎が魅力の作品で、跳躍しながら進む物語という印象があった。
 この「闇の傀儡師」の場合は、藤沢流に地に足をつけてしっとり落ち着きながらも、次々と動く展開に目が離せず、そして藤沢作品の魅力を損なわずに伝奇小説として仕上げられ、そのおもしろさを十二分に堪能できる作品である。

 惜しむらくは、本書が原作のテレビドラマ「風光る剣―八嶽党秘聞」を先に見てしまったことだろう。

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紙の本人民は弱し官吏は強し 改版

2011/03/03 18:53

星新一の父・星一の清廉潔白でタフな姿を描き、国家を挙げて彼を抹殺しようとする理不尽を描いた伝記。

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 本書は、星新一の父であり、星製薬社長である星一(ほしはじめ)氏を主人公とした伝記である。
 その内容は大正時代から急成長を始めた星製薬と、清廉潔白かつあらゆる困難にも挫けず乗り越えていくバイタリティー溢れる星一の姿、そして彼を快く思わない権力者たちによる理不尽な冤罪との闘いが描かれている。

 本書は、一気に読んでしまうほど魅力に満ちた作品だった。
 しかし読み進めるにしたがって不快が募る作品でもあった。
 作品自体が不快という訳ではない。星一が不快なわけでもない。星一を嫌う官僚、星製薬のライバル会社と、それに癒着した政治家らの行為が不快なのだ。そして恐ろしく思う。星一を潰すべく官憲の仕組む不当な罪の数々。一人の人間を葬り去るために権力があの手この手で襲ってくるのだ。
 物語は星一の視点であるため、一方的に官憲の行為は悪とも決めつけられるものではないが、それでも読者の気分を悪くさせるのは、星一に対して行われている悪質なイジメが、容易に想像できてしまう現在の政治家や官僚の姿があるからだろう。傲岸不遜な官僚、政権を争う政治家、何ら進歩していない日本に失望すら感じる。

 その不快な感情の一方で、星一の不安を押しのけ困難を乗り越えてゆくタフな姿、国や人民のために奉仕しようとする清廉潔白の姿に感動させられる。星一の心情の深淵を描いていないにもかかわらず、彼の奮闘する姿が浮かんでくるのは、端正な文章とショートショートで培われた物語性が、星一の心情や置かれている状況を伝えるのに余りある役割を果たしているからである。

 ところで解説では、後藤新平の孫・鶴見俊輔氏が、作中で仮名となっているライバル製薬会社社長三原作太郎の実名(塩原又策)を記載している。星新一の父が被った理不尽さへの抗議に、彼も少しだけ助力をしたかったからではないだろうか。

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