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  3. みす・れもんさんのレビュー一覧

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先月(2017年8月)

みす・れもんさんのレビュー一覧

投稿者:みす・れもん

132 件中 1 件~ 15 件を表示

なんというか…、爆笑の連続。二人の淡々とした会話とあり得ない妻の行動。この落差がかなりツボにはまった。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ダンナさんがYahoo!知恵袋で質問したのが始まりらしい。質問の内容はタイトルのとおり。仕事から帰ってくると、なぜか奥さんが死んだふりをしている…と。最初は驚いたんだけれど、段々スルーするように。そうするとエスカレートしていって、一体彼女は何をしたいのだろうか、何をして欲しいんだろうか…。ダンナさんはそう悩んで知恵袋で質問したわけだ。

けれど、奥さんのちえさんのいろんな変わった行動をいちいち知恵袋で質問するのもなんだなぁということで、ダンナさんはブログを始める。ちえさん観察日記のようなブログだろうか。実際に見ていないのでそのあたりは何とも言えない。それをコミック化したのが本書、ということ。

ま、タイトルが面白そうだし、なんとなく購入したのだけれど、読んでみるとこれがまた面白い。いや、家で読んでいてよかった。一度ツボにはまってしまうと、なかなか抜け出せない。爆笑が止まらないのだ。
ダンナさんとちえさんの淡々とした会話と、奥さんの常識を越えた行動。これに対するダンナさんのリアクション。これが絶妙な雰囲気を醸し出している。

何とかしてダンナさんを楽しませたいのかなぁ、ちえさん。行動はときに大胆なのに、かなり大人しい彼女。ダンナさんは彼女の本心がよくわからない。私にもわからない(苦笑)。
でも、この二人はいいなぁ…と思う。やっぱりお似合いなんだなぁ。なんだかんだ言っても、お二人はそれぞれを想いあってるんだよね。

とにかく、はまる人はかなりはまるコミック。爆笑間違いなし!の一冊。
(はまらなかったら申し訳ない!)

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紙の本スカイ・イクリプス

2010/09/02 08:31

綺麗な物語だった。とにかく綺麗だ。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「スカイ・クロラ」から始めて、「ナ・バ・テア」「ダウン・ツ・ヘヴン」「フラッタ・リンツ・ライフ」「クレィドゥ・ザ・スカイ」を2度ずつ読んできた。そして今、「スカイ・イクリプス」を初めて読了。
終わったな・・・。そんな気持ち。

本書の帯には「すべての謎を解く鍵がここに!」とある。
2度目の「クレィドゥ・ザ・スカイ」を読み終えたあと、この物語の謎には答えがない、それが答えだと思った。それでいいじゃないか、と。でも、やはり期待もあった。この本で謎が解けるのかもしれない。答えが見つかるのかもしれない。

これまではキルドレからの視点で描いてきた物語。この短編集は、そのそばで見ていた人たちの物語が綴られている。もちろん、キルドレの物語もあるけれど。他のシリーズ作が全て一人称「僕」で語られていたのに対して、全ての短編が三人称。少し新鮮。ササクラ、カイ、ティーチャ(恐らく)、クサナギ・ミズキ(恐らく)の物語は人間くさくていい。「僕」が語っていた物語は、やはり不安定だった。子供と大人が混ざり合って、どうしたらいいのかわからなくなって、自分を納得させるために思考が歪んでいったような(逆にピュアになっていったとも思える)、そんなイメージ。それに比べると、ササクラたちの物語は落ち着いている。自分たちに近いから、そう思うのかもしれない。

さて、このシリーズには本当にいろんな謎が残ったまま。この短編集を読んでも、ヒントは得られたけれど、謎が解けるわけじゃない。もう一度、シリーズを丹念に読み返してみようか。そんな気持ちがなくもない。でもね・・・。
最後の1話を読んだとき、「The End」の文字が見えた気がした。綺麗に幕が降りたなぁ。そんな感じがした。
いつかまた謎を解きたくなるんだろうなとは思うけれど、しばらくは綺麗に「The End」のままにしておきたいな。それくらい最後の物語は綺麗だったんだもの。

さようなら、クサナギ・スイト。いつかまたページをめくる日まで。

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紙の本粋な日本語はカネに勝る!

2010/09/02 08:24

「粋」な世界に憧れる人にお勧めの一冊。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「粋」とはなんだろう。それはうまく説明はできないが、とにかく憧れる。「格好いい」とも少し違う。「格好いいね」といわれるより、「粋だねえ」と言われた方が嬉しく感じる気がする。

本書は、落語家:立川談四楼師匠が「粋」な言葉や仕草について、書いたコラム集とでも言えばいいだろうか。中には「野暮」な人も出てくる。その反対が「粋」なわけだから、反面教師にすればいいわけだ。
現代では通じなくなってしまった「粋」な言い回しなどを知ると、本当に感動する。心を揺さぶられるのだ。「粋」な生き方というのは、側にいる人に爽やかさと憧れを抱かせるものなのかもしれない。

江戸で生まれた「粋」と「野暮」。それを語ること自体が野暮なんだよという言葉もあった(苦笑)。そうかもしれない。意識しないで自然体でいて、なおかつそれを「粋」だと思わせる。それが本物だ。「粋」なことを言おう、「粋」なことをしようと思った時点で、それは既に「野暮」なんだ。

心に余裕がないと、文化は生まれないんだろうな。「粋」や「野暮」なんて感覚や「わび」「さび」なんてものも、そうだと思う。金銭的な余裕もそうだけれど、それは何も必要以上にカネ!カネ!っていうことじゃなくて、生きるために必要な分だけあればいいんだ。江戸っ子は宵越しの金は持たねえ!っていうじゃないか。それに、露骨に物質的なことを言うこと自体が「野暮」につながるような気がする。何事も直接的にではなく、婉曲的に表現し、そして相手の心を察する、それが必要なのではないかな。

談四楼師の本を読んでいると、落語が聞きたくなる。いや、落語を観たくなる。その仕草、言葉、表情、すべてを目に、耳に、したくなる。

「粋」な世界に入れなくても、「粋」な世界を覗きたい。そんな方にオススメの一冊。

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紙の本田辺聖子の古典まんだら 下

2011/12/09 02:07

下巻に取り上げられていた文学にはこれまであまり興味を持たなかったのだけれど、それが悔やまれる。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

上巻では「古事記」「万葉集」から平安末期までの作品が取り上げられていた。下巻では武士の時代に入ってから江戸時代まで。紹介されているのは次のとおり。
「平家物語」「方丈記」「宇治拾遺物語」「百人一首」「とはずがたり」「徒然草」「西鶴と近松」「芭蕉・蕪村・一茶」「古川柳」「江戸の戯作と狂歌」。

古典の授業で「平家物語」や「方丈記」「徒然草」の導入部分を覚えさせられた記憶はあるが、詳しくは知らない。けれど、改めて読んでみると、その言葉の流れの美しさに気付く。やはり長い時を経て伝えられてきたものにはその理由があるのだなと改めて思う。

「方丈記」の鴨長明、「徒然草」の兼好法師。いずれも悟りの道を究めた人なのかと思いきや、以外と人間くさいことに驚いた。人間味溢れる…と言い換えた方がいいだろうか。現代の人々にも通じるような言葉が多い。観察力・洞察力に優れていたがため、これほどまでにリアルにその当時の人々の暮らしを感じることができるのだろう。
「とはずがたり」という作品のことを目にしたのは初めて。後深草院に使えた二条という女性が14歳から49歳までの日々を振り返った日記文学だ。誰にも問われていないのに自分から語る。だから「とはずがたり」。タイトルからして粋な雰囲気を感じる。皇族との様々な恋愛事情が書かれていることから、門外不出の扱いをされていたのだそう。それにしても、男性に惚れられやすく流されやすい女性だったのだろうか。男性に翻弄されていたとも思える。後に「人は生まれるときも一人、死ぬときも一人。名残を慕うのはいっときのこと」と語っている。

江戸時代の文学はより現代に近い生活が描かれているように思う。人情味は現代のほうが薄れているが。
井原西鶴の「好色五人女」から「おまん」「八百屋お七」が、「世間胸算用」から「平太郎殿」が紹介されている。西鶴という人は人の心を写すのに長けた人のようだ。
近松門左衛門といえば浄瑠璃。特に著者が最高傑作という「心中天網島」が取り上げられている。男と女の恋の悲しき恋の道に当時の人々も涙したのだろうか。しかし情に流されずに冷静に読んでみると、なんだか勝手な男の話のようにも思える。しかしその言葉のリズムが生み出す美しさには心打たれるものがある。

芭蕉・蕪村・一茶の俳句、そして川柳。これほど多くの句を並べて読んだことはなかった。句というのも面白いものだ。数少ない文字が創り出す世界の広いこと。そこから感じ取る人の心の深いこと。何気ない景色や仕草を切り取って、一枚の絵にしたような。もちろんそれを私が感じることができるのは、田辺聖子氏の解説があってこそなのだけれど。とても見事に読者の興味を惹いている。

江戸時代の戯作は庶民の立場で書かれたものが多いようだ。いわゆる大衆文学。
恋川春町「金々先生栄華の夢」、山東京伝「江戸生艶気樺焼」、十返舎一九「東海道中膝栗毛」、式亭三馬「浮世風呂」が紹介されている。「浮世風呂」の銭湯での様々な会話を描いたものは、当時の人の暮らしぶりを生き生きと浮かび上がらせる。それにしても江戸っ子の言葉の荒いこと。それもまた面白い。

本書の最後の言葉を紹介したい。

「私たちは、こういう日本文化の大きな財産を、もっと味わうべきです。食わず嫌いだったものでも、少しずつ味わってみると、なかには美味しいと思う人も出てきます。そういう先達が一人いると、その嗜好は十人に広がるかもしれません。そして、十人が百人に、どんどん広がっていくことでしょう。日本文学の底は大変深いものなので、その価値は充分にあると思います。」

底が見えないほどの日本文学の世界に、思い切り浸ってみたくなってくる。

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紙の本田辺聖子の古典まんだら 上

2011/11/04 09:46

田辺聖子氏の古典文学に対する気持ちがよく伝わってくる一冊。上巻では平安時代までの11の作品を取り扱っているけれど、それぞれについて、もっと詳しく知りたくなってきた。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

田辺聖子氏の本を初めて手にしたのは高校時代。清少納言の枕草子の現代語訳ともいうべき「むかし・あけぼの」だった。ここから清少納言の大ファンとなり、同時に田辺聖子氏の古典語りのファンとなったのだ。

本書は、「古事記」から始まり、平安時代末期に書かれたと思われる「とりかへばや物語」まで11の作品について田辺氏が語っている。収録されている作品は次のとおり。
「古事記」「万葉集」「土佐日記」「和泉式部日記」「蜻蛉日記」「落窪物語」「枕草子」「大鏡」「堤中納言物語」「今昔物語集」「とりかへばや物語」。

「落窪物語」は田辺氏が「おちくぼ姫」という本で現代語訳しており、「枕草子」は前述したとおり「むかし・あけぼの」がある。「とりかへばや物語」は、これをもとにして故・氷室冴子氏が「ざ・ちぇんじ!」という作品を書いている。私が読んだのはこの3作品。「古事記」については、いろいろと他の著者の解説書などを拾い読みしているくらいかな。

田辺氏の語り口調で書かれた文章はとても優しい。これは”易しい”と言い換えても構わない。11もの作品が一冊に詰め込まれているわけだから、それぞれについてそれほど深く語れるわけではない。けれど、彼女の言葉を読むごとにもっともっと知りたくなってくるのだ。古典文学への先導役となってくれているように思う。それぞれの作品から一番魅力的な部分を抜き出しているのかもしれない。田辺氏の古典文学への愛情の深さが伝わってくる。

神代の時代を描いた「古事記」、大和王朝の歌の数々、平安王朝に花咲いた様々な物語。それはみな、一部の貴族のみのものなのかもしれないとも思っていた。けれど、もしかするとそうでもないのでは…。もちろん文字を扱える人々がそれほど多くいたとは考えてはいないけれど、こういった歌や文学を愉しんでいた人というのは想像していたよりも多くの層にいたのではないかなと思う。その傾向は平安後期になればなるほど顕著になっていったのではないだろうか。

さて、下巻は武士の時代から江戸時代あたりの文学を取り上げるようだ。と考えると上巻に「源氏物語」が入ってこないのが少し気にかかる。ところどころ紫式部の名は登場し、「源氏物語」と比べるような文は出てくるのだけれど、一つの章としては存在しない。ここに一緒に並べるには「源氏物語」は壮大すぎるのだろうか。私は紫式部より清少納言派なのだが、「源氏物語」は好きだ(もちろん現代語に訳されたものを読んでいる)。田辺氏自身も「新源氏物語」を著している(文庫本で宇治十帖含めて5冊)。これもまた面白い。

ここに選ばれた作品は思えば1,000年を超えて読み継がれてきたベスト・セラー。現代、創り出されたものでそれらに続いていくものは何だろうか。
1,000年前の世界、1,000年後の世界を覗いてみたい。

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オカルトを題材にしたコント集か?!

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

昔から松尾氏のファンだった。
それで、Twitterで彼の名前を見つけたとき、即フォローしたのだ。
そうすると、この本についての話題が出ること、出ること。
興味が抑えきれなくなり、手にすることになった。

学生の頃はオカルト大好き少年だった著者だが、長ずるに従って「懐疑派」へと変化していった。決して、「否定派」ではない。宇宙人だって「いるはずはない」とは言っていない。しかし、思考停止に陥って、闇雲に信じてしまうのは、いかがなものか、ということだ。
ただ、信じたい人は信じていればいい、というのが彼のスタンス。

さて、オカルトや占い、超能力。そして、UFOやUMAに興味のある方々、ちょっと覗いてみてはいかがだろうか?
新しい視点でそれらを眺めることができると思う。

私も著者と同様、学生の頃はタロットカードにはまった時期もある。
恥ずかしながら「開運グッズ」を購入したこともある(その後のDMの多さに辟易した)。
「胡散臭いよなぁ~」と思いつつ、オカルトっぽい番組を観るのも嫌いではない。
それらの超常現象への、笑えるツッコミが満載なのが本書である。
彼に語らせると、超能力者の実験や占い師のやりとりなど、コントに思えてしまう。
家で読んでいたからよかったものの、何度、抑えきれずに声に出して笑ったことか。

しかも、そのツッコミが理路整然として、反論が思いつかないのである。
なんとか逆ツッコミができないものかと考えてみたのだけれど、無理だった(悔しい!)。
知識力と分析力、そして表現力。
比べちゃイカンだろというくらい違うのだから、仕方のないことか(苦笑)。

非常に楽しい本と巡り会えた。
著者とTwitterに感謝!である。

あ、どうして宇宙人が地球に来ないのか。
知りたい方も本書を手にしてみて欲しい。
著者の説明に思わず頷いてしまうだろう。

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トリックよりロジック。コレに尽きます!

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

当初、本書は図書館で借りて読んでいた。図書館で借りた本だから、いつ何時でも読み返せるわけではない。そう思うと、あれもこれもメモしておきたいと思った。そうすると、本文のほとんどをメモすることになり・・・。おかげでボールペンは何本も切れるし、右手は痛くなるしで大変だった。思い切って、本書を中古で購入することに。メモは取らずに読むことに専念したことによって、やっと読み終えることができた。

本書に興味を持ったのはその題名に惹かれたから。ミステリ好きのみなさまなら、タイトルからガストン・ルルーの「黄色い部屋の謎」を思い起こすのではないだろうか。私がルルーのミステリを手にしたのが今から30年近く前の中学生の頃。学校の図書館で借りて読んだのが初めてだった。意外な密室、意外な犯人に驚き、「ミステリ」という分野にのめり込むきっかけとなったといっても過言ではないだろう。
さて、クリスティの作品に「アクロイド殺し」というミステリがある。それに関連した本としてピエール・バイヤール著「アクロイドを殺したのは誰か」という本がある。心理分析などにより、クリスティが示した犯人が正しいのかどうかを検証した本だ。本書「黄色い部屋はいかに改装されたか?」も、その類の本だと思った。ルルーの「黄色い部屋の謎」を検証する内容だと。

しかし、違ったようだ。本書の中にルルーの作品は出てこない。その代わりといっては何だが、いろんな作家のミステリが登場。本格推理小説とはどうあるべきか、それを具体例を用いて解説した本である。登場する作品を全て読んでみたくなるような巧い使い方をしている。
「トリックよりロジック」。この言葉が全てを表しているような気がする。どんなに複雑怪奇なトリックを用いたとしても、そのトリックを使用するに値する必然性がなければ、意味がない。ただの作者の自己満足の作品だ。こんなトリックを思いついたんだぞというような。著者である都築氏もおっしゃっているが、極端な話、トリックなど無くてもいいのである。謎があり、それが論理的に解決されるのであれば、それは推理小説として成り立っている。推理小説の祖といわれるエドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人」に、果たしてトリックは存在しただろうか? 読んだ方は答えがおわかりだろう。犯罪小説と推理小説の差は、そこにある。謎が論理的に解決されるかどうか、だ。私は「推理小説」を読みたい。心から、そう思う。

本書は第1部「黄色い部屋はいかに改装されたか?」で本格推理小説とは何かについてのエッセイが綴られ、第2部「私の推理小説作法」で、氏の作品を生み出すまでの想いが綴られている。どちらも、これからミステリを読み続ける上において、参考になるエッセイだ。

都築氏の作品は読んだことがないのだが、本書はとても読みやすい文章で綴られていて、「メモ」するなどという考えを起こさなければ、サクサクと読み進められるだろう。やっと手元に置くことが出来たのだ。また何度でも読み返せる。これが何よりの喜び。

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パラドックスに満ちた世界を楽しもう!

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

前回に読んだ「ミステリアス学園」の続編。
前回に負けず劣らず面白い。
本当にミステリ(推理小説)だと期待して読まれた方の中には、辛い評価を下すかたもいらっしゃるかもしれない。
けれど、「ミステリアス学園」で免疫を付けていたせいか、私は同じ世界を期待して読んだ。
期待には充分以上に応えて貰ったと思う。

パラドックス学園のパラレル研究会、略してパラパラ研に入部することになったワンダー・ランド。
その部には部長であるエドガー・アラン・ポーをはじめとするミステリ界の巨匠たちが部員として存在していた。
しかも、まだミステリ小説を知らない若い青年として。
そして、ワンダーと同じく新入部員となったディクスン・カーが殺される。
密室の大家と称されるカーが密室で殺されるのだ。

本書のサブタイトルは「開かれた密室」。
なるほど・・・。

相変わらずの意外な展開。意外な凶器。意外な犯人。
面白い論理が満載。

前回のようにミステリ入門書とはなっていない。
「ミステリアス学園」は、ミステリ入門書としても非常に役に立つ小説だった。
であれば、本書には何を期待して読むのか。
「パラドックスの世界」であると思う。
とにかく奇妙な論理が展開されるが、同時に矛盾もはらんでいるわけで。
その矛盾を解こうとして展開される論理にもまた矛盾があって。
突き詰めれば突き詰めるほどに、深みにはまっていく。

難しく考える必要などない。
ただ、楽しめる作品。
伏線もそれなりに張ってあるし。

この作者。
はまる価値あり!

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やはり中巻も上巻と変わらず激しい感情が読んでいるこちらの心も揺さぶるストーリー。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

上巻を読んだのが今年の4月。中巻、下巻の発売を今か今かと待っていた。
上巻の最後で江は、初めて嫁いだ夫・佐治一成から引き離され、無理やりに離縁させられていた。その傷は周囲の人が思う以上に深いもの。まだ12歳。少女と言っても構わないほどの幼さではあるが、夫となった人への想いの深さは年齢には関係ない。江は感情が豊かすぎるほど豊かな女子。心の底から愛し、慕い、別れれば悲しみ、その原因となった人を恨み…。自分でも制御できないほどの感情を持てあましながら日々を過ごしている、そんなシーンから中巻は始まる。

そうして出逢う2度目の夫となる小吉秀勝。そのときはまだ”秀勝”の名ではなかったが。

思えば、江は夫となる男子と出逢ったばかりの頃は、好い感情を抱いていない。最初の夫・一成もそうであった。一成の弟とはしゃぐ江は、あまり軽々しく口をきけない雰囲気を醸し出す一成にうち解けられずにいた。それがあることをきっかけに好意を抱くようになる。
中巻での秀勝との出逢いも同じだ。最初は江を面白そうにからかう秀勝に対して反抗心しか抱いていない。それがいつしか…。おそらく下巻で描かれる秀忠に対してもそうなのだろう。

そういう江の心の動きが読んでいるこちらの心を揺さぶるまでに伝わるのは、この物語の中の江がそれはそれは生き生きと描かれているからにほかならない。マサト真希氏が描く江の物語に登場する人物はみな、とても生き生きとしているのである。読んでいてその世界に引き込まれる。江が悲しめば、こちらも胸が締め付けられるようになり、江が笑えば、こちらも知らず知らずのうちに微笑んでいる。江だけではない。茶々も同じだ。初も。

それにしても今回、秀次の自死の場面は辛かった。秀吉の姉・とも夫婦は息子たち全てを秀吉に奪われたのか…。改めてこの夫婦の気持ちを思う。秀吉の縁者でなければ、優れた息子たちと共に普通に幸せに暮らせていただろう。それが、長男・秀次は自死、次男・秀勝は戦場で病死、三男・秀保は原因不明の死。どれも原因は秀吉にあると言っていい。秀吉の縁者たちは、類い希なる男の縁者であったが故の幸せも味わったであろうけれど、逆にそれ以上の不幸も味わったのか。

中巻の最後で江は三番目の夫となる秀忠に嫁ぐこととなる。愛する秀勝との間に生まれた娘・完子を置いて。江は秀吉の側室となった茶々をどう思っただろう。自分と娘を引き裂いた姉を。茶々も好きでそうしたわけではない。長男を病気で失った茶々も、子どもと引き離される辛さは知っているのだから。

母である市が遺した言葉。「女子は生きて生き抜いて、その身に流れる血を後の世につないでいかねばならぬ」。浅井と織田の血を遺せという言葉。茶々も江もこの言葉に縛られながら生きていく。この言葉がこの世でたった3人しかいない姉妹の長姉と末妹の間を引き裂く。

この後、秀吉が死に、より二人の間は複雑なものになっていく。中姉の初の立場も苦しくなっていく。新たな愛をどのように江は見つけていくのだろう。秀忠との関係も気になるところだ。

上巻から半年以上経って中巻の出版。さて、下巻は来年まで持ち越しなのかな。早く早くと待っているのだけれど…。

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紙の本江 姫たちの戦国 新装版 下

2011/03/23 13:10

ひとりの人物を追いかけた小説を読み終えるときに感じる寂しさ・・・。

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歴史上の人物の一人を描いた小説を読み終えるときにいつも感じる寂しさが、やはり今回も胸に迫る。7歳で登場した浅井家三姉妹の末娘・江が、最期には、徳川将軍の正妻となり、母となり、のちの天皇の祖母にまでなる。だが、そんな栄華とは関係なく、江は江らしく振る舞い、その生涯を閉じた。「姉と妹を結ぶ役目」を母である市から託された次女・初が、長女・茶々(淀)と、三女・江の最期を見届けることになるのか・・・。

本書は秀吉の死から始まり、石田三成と家康との戦い、そして豊臣対徳川という、三姉妹にとっては身が引き裂かれるかのような辛い争いを経て、徳川体制が整いはじめ、家光が三代将軍となるところで終わっている。
秀頼を育てながら、身も心も豊臣の人となった淀。かつての茶々からは考えられないほどである。それも我が子を思うがゆえのこと。江も三度目の結婚で幼き頃から探し求めていた「手」を見つけた。その時から、徳川の人となったのである。義父である家康が姉と甥を潰そうとしている。江には止めることができなかった。

しかし、皮肉なもので、そうした血の繋がった者たちの死によって、泰平の世が訪れたのである。これで戦争は終わり。もう権力争いなどしなくてすむような制度を作るようにと、夫・秀忠に話す江。

豊臣家は秀吉が逝って間もなく、危うくなった。徳川家は家康が逝ってもなお、そのご15代まで続くこととなる(その間、ゴタゴタがなかったわけではないけれど)。この違いは何だろう。秀吉が成すことができず、家康に成せたこと。人を惹き付ける魅力であれば、秀吉も負けてはいなかっただろうに。だからこそ・・・なのか。関白の地位も、豊臣家の魅力も秀吉一人のものだったのだろうか。
いや、生きている間に長く続く体制を考えるだけの余裕を晩年の秀吉は持っていなかった。そういうこと、かな。

歴史小説は描き手によって、人物像が異なるし、話自体が変わってくる。別の視点からも浅井三姉妹について知りたくなった。

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紙の本告白

2010/05/09 19:53

一冊の本を数時間で読了したのは久しぶり。それほどに惹かれる内容だった。

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

昨年、話題になった作品だが、文庫化を機に購入。
思いの外、薄いと思った。

「愛美は死にました。しかし事故ではありません。このクラスの生徒に殺されたのです。」
我が子を亡くしたシングル・マザーであった女教師の告白で、本書は始まる。
中学1年のクラスを受け持っていた教師は、3学期の終業式の日に、我が子を殺した犯人と思われる少年2人を仮名を使いながらも、すぐに特定できるように犯行の状況を淡々と話すのだ。
そうして、話し終えたあと、ある復讐をしたと語り、学校を去っていく。

その後、語り部を変えながら、5人の告白が綴られていく。
1人の少女の死を巡る5人の告白。
なぜ、彼女は死ななければならなかったのか。
その原因について、少しずつ近づいていき、そしてまた新たな事件が起こり・・・。

本書を手に取ったのが今日の昼前だった。
そして読み終えたのが、夕方。
数時間で一冊の本を詠み終えたのは、どれくらいぶりだろう。
そのくらい、途中で本を読む手を止めることができなかった。

本書の評価は分かれるようだ。
悪く評価する方々の意見には、「後味が悪い」「科学に関する知識が薄い」「HIVという病気の扱い方に疑問を持つ」といった者が多いように思える。
確かに後味のよい作品ではない。
登場する人物は、どこかしら皆が自己中心的というか、責任転嫁ばかりというか。
そして、女教師の復讐方法もあまりに重い。救いがない。
書かれている知識の浅さも、確かにある。
不自然さを感じる部分も少なくはない。

しかし、新人作家のデビュー作とは思えないほど、私はこの小説に惹き付けられた。この文章に飲み込まれた。
少年たちは、本当は何がしたかったのか。何を望んでいたのか。
登場人物の行動の裏には何が隠れているのか。
それが知りたくて、ページをめくっていった。
一番知りたかったのは、女教師の本心だったのかもしれない。
本当に復讐に燃えていたのか、それとも少年たちの更正を願ったのか。

最後に全ての答えを知り得たとは言わない。
しかし、読み終えたあとは、ただ何となく気味が良かった。
私は性格が悪すぎるのだろうか(苦笑)。
ある種の爽快感を得たのも事実である。

少年法やイジメ、子供の育て方など、いろんな問題を含んだ作品であるのかもしれない。
だが、そんなことは横に置いておいて、ただ単純に楽しんだ。

淡々と語る女教師の独白から始まる「告白」。
そのあとに、感情的になったり、自己陶酔に走ったりしながら、繋がっていく「告白」。
すべての「告白」をまだ聞き終えていない気もする。
ほかの登場人物の「告白」も気になるところだ。

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いわゆる「犬」は出てこないけれど、探偵さんが探しているのは嗅覚の鋭い「犬」なのだ。

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

初の米澤作品。
さて、自分に合うのかどうか、期待と不安を抱えながらページをめくった。

希望通りの銀行員となったものの、原因不明の奇病により辞めざるを得なかった主人公「紺屋長一郎」。物語の導入部分では、やはり厭世的な雰囲気が漂っている。
そこへ飛び込んできたのが「探偵」に憧れる紺屋の後輩ハンペーこと半田平吉。ハードボイルドな探偵に憧れるだけあって、なかなかの冒険好きなようだ(まぁ、その期待はかなり裏切られるのだが・・・)。
全く異なる2人がそれぞれ違った依頼をこなしていく。
紺屋は失踪人捜し。失踪したのは東京でSEとして働いていた若い女性。
ハンペーは地元の神社に保管されていた古文書の解読。
一見何の関係もなさそうな2つの事件が結びついていくわけだが・・・。

紺屋とハンペー。それぞれが相手の依頼解決へのヒントを握っていながら、なかなか情報交換をしない。ちょっとしたすれ違いで、遠回りするハメになるのだ。その辺り、巧みである。
少しずつ謎が解けていく中で、最後の最後に意外な結末が待っていた。
これはちょっと予想してなかったなぁ・・・。
この結末には満足。

それぞれの事件が交互に語られていく展開も、読む人を飽きさせない。
それなりにボリュームのある作品なのだが、一気読みも苦にならなかった。

この犯人好きだな。
最後に明かされる本物の犯人。
したたかさが小気味いい。

もし、シリーズ化されるなら、是非次作も読んでみたい。

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本の厚さと文字の小ささに戸惑ったけれど、ペースにのるとあっと言う間に読了。モリアーティーの回想部分がGOOD!

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ワタクシ、実はホームズにはそれほど詳しくない。中学生の頃に児童用のものを読んだくらいか・・・。そして本書に登場するもう一人の主人公である幽霊狩人トマス・カーナッキにいたっては、その名を聞いたこともなかった。しかし、故あって本書を手にすることとなり、まずその厚さと文字の小ささにかなり引いてしまった。読み切れるだろうか、と。もともと冒険ものは苦手分野である。
しかし、読み進めるうちに不安はどこかへ飛んで行ってしまった。

冒頭のカーナッキとアンナが出逢い、滝から突き落とされた男を救い出すまでの間は正直言って少々つまらなかった。やはり冒険ものは苦手だと言うことを再認識させられる思いで読み切ったのだ。けれど第二部「疑問と解決」で語られる天才的犯罪者ジェームズ・モリアーティーの回想録に入ってからは時間を惜しんで読み進めた。それまで遅々として進まなかったページをめくる指が嘘のように早くなった。
モリアーティーがある女性と出逢い、人の運命を操る方法を目の当たりにしながら、ついには自分もその方法を利用するに至る過程はかなり興味を惹かれた。人の行動が本書で語られるように方程式に当てはめて予測できるものではないとは思いながらも、見事な展開に魅せられたのだ。

本書は「回想のシャーロック・ホームズ」に収録されている「最後の事件」と、「シャーロック・ホームズの生還」に収録されている「空家事件」の間に起きた事件という設定である。もちろん両書も手元にあるので再読する予定であるが、「幽霊狩人カーナッキの事件簿」も入手せねば!

単なる冒険小説にとどまらない非常に魅力に溢れる物語であった。
もう少しホームズとカーナッキに関する知識を身につけてから再読してみると、新たな発見が得られるかもしれないと思うと、楽しみである。

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紙の本天使の代理人 上

2010/09/25 16:40

胎児が「1つの命」となるのはいつ?

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本来、助産師は産まれてこようとする命を迎えるお手伝いをするのが仕事。でも、現実はその命を消し去ってしまうことも多い。主人公:桐山冬子はそういった仕事にいつしか慣れてしまうが、ある日、妊娠後期での中絶手術の最中に死んでいたはずの胎児が一瞬動いたのに気づいたとき、胎児の生きる力を目の当たりにした。そして病院を退職し、これ以上人工中絶に携わることのないフリーの助産師として妊婦さんのお手伝いをすることにした。
その傍らで、自分が経験してきた人工中絶の現場を綴った本を自費出版する。
その本をきっかけに人工中絶の数を減らしたいという若い助産師たちと出逢い、「天使の代理人」という団体を作る。それは表には決して出てこない団体。なぜなら違法行為をしているから。妊婦たちの情報漏洩。中絶手術を予約したがまだ迷いのある様子の女性に会って説得するという活動を行っている。けれど中絶手術をやめるようにと強要することはしない。決めるのはあなた。そう言って去るわけだ。

お昼のドラマをきっかけに手にした本。あたりまえだけれどドラマに描かれていない部分も多い。冬子が何故「天使の代理人」という団体を作るに到ったか、それが丁寧に描かれている。
やはり女性にとって「妊娠」「中絶」というものは簡単なものではない。本書の中に登場する助教授が言うのが「胎児は女性の一部。内臓のようなもの」。胎児はいつから1つの命になるんだろうか。
受精した瞬間から? 母体から出た瞬間から?
人工中絶が必ずしも「悪」ではないと思う。例えばレイプされて妊娠した場合とか。それでも「人工中絶」という処置が更に女性の身体と心を傷つけてしまうのは事実。こういう加害者は人の命の重さがわかっていない。もっと処罰を重くすべき。そう思う。

冬子がフリーの助産師となる平成5年とその10年後の平成15年のできごとが交互に綴られていく。一人で勝手に中絶してしまった未成年の女の子。結婚して5年目でやっと授かった子供を同姓同名の他人と間違えられて中絶させられた女性。身近な男に幻滅して結婚はしたくないけれど子供は産みたいと精子バンクから精子を取り寄せる女性。年上の俳優との間に子供が出来てしまった人気絶頂のアイドル歌手。彼女たちがどのように考え、どのような決心をするのかよく見て欲しい。

しかし、「妊娠」「出産」「中絶」は女性だけの問題じゃないのに、あまり男性側の気持ちが出てこないな。あえてそうしているのだろうか。ちょこちょこ男性側の言葉が登場するけれど、それはまるで他人事のような・・・。自分の身体には変化が起きないわけだから、当たり前なのかもしれない。

下巻ではどのような展開になるのか、じっくりと読んでいきたい。

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紙の本誰も書けなかった国会議員の話

2010/09/22 22:20

政治の入門書としては最適ではないだろうか

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私は、地方公務員として地方議員に振り回される職員を間近に見ている。公務員の給与減額は簡単に決まるが、議員定数や議員給与の見直しについては問題視されながらもなかなか決まらないことにも不信感を抱いている。そして、勉強不足な議員のなんと多いことか。これで高額な給与を受け取っているとは・・・。そう思っていた。

しかし、著者のように無所属議員として当選し、自分の力でスタッフを雇い、資料を集め、立法府に所属するものとしての責務を全うしようとしている議員にとっては、現在の給与が決して高いものではない、という気がする。
小泉政権下で当選した杉村太蔵氏は、国会議員としての待遇の良さを無邪気に驚き、マスコミの前ではしゃいだために叩かれた。彼は「自民党」という大きな傘の下にいたわけだから、川田議員と比べることはできない。大きな党に所属していれば、それなりに助けて貰える。その代わりに自分の政治理念と異なる判断を強いられることも少なくないわけだ。どちらを選択するか・・・。

現在、政治活動にかける金額より選挙にかける金額が多いように思うのは気のせいではないだろう。政治活動より選挙活動に懸命になっている議員ばかりが目につくのは気のせいだろうか。本書の中で指摘されている中継が入った場での質問が質問にならずにカメラの向こうにいるであろう支持者へのアピールのための舞台になっているというのは本末転倒である。議員の本来の責務は何か。国会は立法府である。

本書はとても自然な言葉で書かれている。そのため幼いなと思われる方もいらっしゃるかもしれない。けれど、これが国民の素直な目線で見た国会議員の世界ではないかと思う。まだ染まっていない川田議員の目線は大切だ。

実は質素な国会議員の裏話も興味深い。テレビに頻繁に登場するような花形議員の裏に地道に活動する議員もいる。その一方で勉強らしい勉強もせず、党の言うなりになっている操り人形のような議員もいる。法治国家として一番大切な機関は立法府である「国会」。そして、国会議員を選ぶのは国民。言わば間接的に国民が法律を作っている(建前かもしれないけれど)。パフォーマンスに惑わされてはいけない。自分の国の運営を託すには誰がふさわしいかを見極めなければ。

現在の選挙制度や両議院のありかたについての記述も興味深かった。また、かつて薬害の原告として官僚・議員を敵視していた著者が議員になること、母親の議員時代に秘書を務めていた頃の葛藤についても書かれている。

簡単なことでさえ難しい言葉で記す人々が多いが、難しいことを易しい言葉で説明できる人が一番本質を理解している人だと思う。本書に書かれていることはまだ国会議員の浅い部分だけかもしれない。けれど、とても易しい言葉で書かれている。ということは、川田議員の本音が書かれているのだと思ってもいいのではないか。

政治の世界の入門書としてお薦めしたい。

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