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桜井 哲夫さんのレビュー一覧

投稿者:桜井 哲夫

5 件中 1 件~ 5 件を表示

4年ぶりの著作

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 4年ぶりの新著は、4年前に急逝した社会哲学者であり、ながく大学の同僚でもあった故今村仁司氏の業績を最大限、わかりやすくまとめあげた著作となった。書こうと決意してから、ながい時間が経過した。滞っていた仕事が、なぜか昨年末ころから書けるようになった。今年に入って、一気に仕上げられた。脱稿は2月下旬。それから大震災の前日に出版社の担当と手直しを相談した。大震災と原発事故が起こり、手直しを入れた最終稿があがったのが、春彼岸の3月21日だった。なにか因縁を感じた。
 この著作は、できるだけわかりやすく書いた。多くのルビを入れ、人物の生没年を入れ、高校生や大学生にもわかるように書いたつもりである。多くの人々に読んでもらいたいと考えたからである。第二次大戦以後の最大の危機の時代、時代の転換期にあたって、今こそ、不世出の思想家が、「近代」という異様な時代に向き合って生涯何を語り続けたのかを的確に伝えたいと思う。
目次
序章 「トランスモダン」への疾走 第1章「近代性」を問う 第2章 近代的労働の体制ー近代的奴隷制を超えるために 第3章 暴力と排除 ー第三項排除効果 第4章 イデオロギー批判の系譜ーマルクスからベンヤミンへ 終章 「目覚め」の倫理へ向かって 付録:今村仁司の著作・論文一覧
 この本のオビの解説より
1970年代、アルチュセール理論の読解によって衝撃的に登場し、さらにボードリヤールの消費社会論を紹介し、80年代「現代思想」への関心が高まるなか、論壇の中心的理論家として注目を集め続けた今村仁司。
しかしその問題意識の核心は、当初から一貫して「労働」と「暴力」という、社会関係のなかで最も基礎的で重要な現象の解明であった。そして、それを基にして社会の生成論、近代の解析、ユートピア論、ついには覚醒倫理の追究などへと拡がってゆく精力的な仕事ぶりをみせた。人間存在の原基的あり方、共同体形成の根本動学解明への飽くなき探求は死の直前までつづいた。
その知的探究は、スピノザ、ルソー、ホッブズ、ヘーゲル、マルクス、アルチュセールからさらにアドルノ、レヴィナス、ベンヤミンに至るまでヨーロッパ思想史を隈なく渉猟し、さらに仏教哲学にまで及んだ。人間と社会に関する自らの一大体系を打ち立てた不世出の思想家の比類無き社会哲学を紹介。

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自著紹介

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

三年ぶりの新著です。私は、社会史家としてはヨーロッパの思想や歴史を論じ、社会学者としては現代日本の社会問題も論じ、20冊以上の本を刊行してきました。おそらく今回の本は、多くの人から意外の感をもたれるでしょう。実は、私は社会学者である同時に鎌倉時代から続く時宗寺院44代目の住職でもあります。今回の本は、40数年、時宗の僧として資料や著作、論文を読み続け、考え続けてきた「一遍」と「時衆(江戸期以前の名称)」について、思い切って私なりの解釈を述べた本(サブタイトルは「時宗史を読み解く」)です。第一部「遊行・一遍上人と時衆 いかなる人々なのか」では、中里介山の「大菩薩峠」に出てくる「遊行上人」の話からスタートします。ここでは、柳田国男の論考を考え、戦国期の豊臣秀吉、徳川家康、織田信長らと遊行上人の所縁が語られ、「出雲のお国」論争、「世阿弥」をめぐる論争が整理されます。最後は網野善彦の日本史学と時衆の関わりが論じられます。
 第2部「『一遍聖絵』の世界」では、一遍の生涯が、最新の研究成果を踏まえた『聖絵』の分析を通して語られます。そして「結びに代えて」で書かれるのは、徳川家の先祖は誰か、という謎解きです。徳川家と時衆はどこでむすびついているのか、が語られてゆきます。お楽しみにしてください。これまでになく読者の反応が楽しみです。

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紙の本一遍 捨聖の思想

2017/08/08 15:27

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1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

前著『一遍と時衆の謎』から3年。満を持して出します。その概要について、「まえがき」の一部を引いておきます。おそらく、最新の研究動向を踏まえて浄土教全体の見取り図を概説したという点では、類書のない本だと思います。一遍の思想の独自性と時衆という集団の重要性について、あらためて理解してほしいと思います。
「本書は、仏教のなかで「浄土教」という教えがどのように形成されてきたのか、インド、中国、日本へとつながる系譜をたどりながら、その流れのなかで「一遍と時衆」の思想を再考しようという試みである。大学教員をしながら、時宗寺院の住職となって十五年。いくつもの仏教史の通史を読みながら、昔ながらの各宗派の教義と宗祖の生涯の解説ばかりで、不幸なことに、一貫した思想の流れとして書かれた仏教史に出会わなかった。不満がたまったところで、自分が読みたいと思う通史を書きたいと思った。
 「中国の善導(ぜんどう)から日本の法然へ」という、よく語られる構図ではなく、話はインドから始まるので面食らう読者もおられるだろう。最初のやや専門的なところを少しがまんして通読していただければ、私の意図を理解していただけるだろうと思う。中国で異端とされた浄土教が、どのように日本で発展したのか。日本仏教における「阿弥陀仏信仰」や「聖(ひじり)」の系譜を丹念にたどることで、一遍に至る日本の浄土門仏教の姿を明らかにしたいと思う」。

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紙の本廃墟の残響 戦後漫画の原像

2015/03/05 14:33

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0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

『手塚治虫ー時代と切り結ぶ表現者』(1990年)以来、25年ぶりの漫画論となる。マンガではなく、「漫画」と表記しているのは、この書物の内容が「マンガ」というカタカナ書きでは伝わらないと感じたからである。目次をみてもらえばわかるように、戦中、戦後の日本の歴史と漫画家たちの個人史とを結びつけて論じた。個人個人の点と点があちこちでぶつかって、全体の物語がつむがれてゆくスタイルをとっている。かつて『占領下パリの思想家たち』などで用いた手法と基本的に変わらない。
 敗戦後70年の節目の年に、再びこのような形で漫画を論じようとは思いもよらなかったが、時代の危機にある今こそ戦後漫画の原点をみすえるべきときだと思う。「廃墟」は人々の「記憶の場」である。単なる残骸ではない。手塚治虫をはじめとする戦後の漫画家たちは、この「記憶の場」たる「廃墟」から出発した。「廃墟」は、戦後漫画の根源にあるメインテーマである。終章で、もともとアニメである「エヴァンゲリオン」に触れたので、目次を見てtwitterで反応する人々がいたが、「エヴァ」は、本筋の廃墟の物語ではないことを指摘しただけである。この本に主役はいない。多くの漫画家たちを中心とする群像劇である。漫画家以外にも安部公房や森繁久弥、小松左京、その他大勢の登場人物がいる。あえて一貫して登場して役割を果たす人物としてあげるなら、『『ガロ』を創刊した長井勝一である。お楽しみいただきたい。

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おすすめ

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グローバリゼーションの問題点を摘出し、フリードマン論としても傑出してます。

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