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    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

    中野 ジェームズ修一 (講師),日本放送協会 (編集),NHK出版 (編集)

    5つ星のうち 4.0 レビュー詳細を見る

ミルシェさんのレビュー一覧

投稿者:ミルシェ

35 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本わたしの名は赤 新訳版 上

2013/01/15 13:43

物語自体が、それ自身精緻な一幅の絵巻物を思わせる、果てしない奥行きと広がりある世界

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

それ程難解ではないとは思いますが、さらっと手軽に読めるようなものを求めている読者には、向いていないかもしれません。
何せ、一つ一つの文章が、とても濃密なので。
細密画及び細密画家達のその絵画に打ち込む情熱及び神への信仰と西洋の絵画技術の伝来なども絡んだ上での、芸術家としての苦悩を縦糸に、そしてカラとシェキュレとの恋の行方を横糸に織り成されて生きます。
そしてそれを、更に奥深く豊穣なものとしているのは、絵に描かれた、犬、木、死などの個性的な語り手達の更に語り始める物語、そして歴史上名高いスルタン、ハーン、王達と当時の学者・画家・文学者の逸話及び、それぞれ、
工房の傑出した名人達であり、また嫌疑をかけられている
三人の細密画家達が、「様式と署名について」・「細密画の時と神の時について」・「盲目について」という命題の、
(この命題・問い自体も、大変に興味深く魅力的なものですが。)カラの問いに対して、細密画家としての、そして細密画についての各々の信条を、自分達の知る逸話を交えながら、答えていくくだりです。
また、この中で語られる物語群が、様々な含蓄と興趣に富み、大変興味深く、そして魅力的なのです。
後で気づきましたが、ああこの構成は、いわゆる、「入れ子構造」という物語構成の「千一夜物語」様式を、取り入れているんだと、気がつきました。以前に原典訳の東洋文庫版を、何冊か読んだ事があるので。
本当に、どこまでも広がっていく、奥行きの深い世界に、読んでいて、眩暈がするような心地になりました。


独自の様式と個性を出さない事こそが、当時の細密画家達にとっての、まさに一流の細密画家としての真髄であり、むしろそれらにこだわる事は、細密画及び神への冒涜に当たるという事、長年の間、画業に打ち込みすぎた余り、盲目になる事こそが、むしろ細密画家達の誇り・名誉ですらあるという、当時の細密画家達の考え方も、非常に印象的かつ興味深い事でした。また、当時から、好んで用いられた細密画の挿絵の題材として、何度となく物語中で取り上げられている、恋愛叙事詩「ホスローとシーリーン」や、「ライラーとマジュヌーン」・「七王妃物語」などで知られるニザーミーは、以前に読んだ事があったなと、思い出しましたが、フィルドウスィーの「王書」やサアディーの「薔薇園」や「果樹園」(いずれも著名な、中世ペルシャの文学作品)の存在も、知ってはいましたが、まだ読んだ事はありません。
物語中でも何度か触れられている、これらペルシャの文学作品などについても、知っていると、更により深く楽しむ事ができるのではないでしょうか。また、ルコの風俗・食などを含めた習慣なども端々に詰め込まれ、ページ数に違わず、濃密・濃厚な世界が、繰り広げられています。
また、これも本書で度々述べられている、パトロンたる王侯達の有為転変に、否応なく影響を余儀なくされ、波乱を余儀なくされる、
芸術家達の宿命とでもいうようなものも、印象深かったです。
やはり、その生涯を終始乱世の中で送る事となり、仕える王者達の隆盛・没落、また彼らのその性情などにより、繁栄したり、冷遇されたりなど、様々な有為転変を余儀なくされ、現在でもイランで愛誦されている、まさに乱世に生きた中世ペルシャの詩人
ハーフィズ(ハーフェズ)の姿と重なって見えました。

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紙の本愚民社会

2012/01/05 09:37

「近代化」を怠ってきた、「土人」の群れ

11人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

実践的社会学者宮台真司氏と、実践的評論家
大塚英志氏による、震災を機に、一挙に様々な方面から噴出している、
これまで空気に縛られやすく、政治にしても、何にしても、不確かな何か
大きな存在に依存しようとし、依存し続けてきた日本人、つまり日本人はこれまで、
真の意味での日本の近代化を、怠ってきたという内容です。
さすがに、そろそろ宮台氏辺りも、日本の政治家・政党・有権者、
というか、全てひっくるめた、結局これまで体裁だけを整えたに過ぎなかった、
日本の民主主義自体?に対して、期待が低くなってきたように感じました。
確かに、現状を見ていると、しかたないかなという気は、しますが。
全体的に、悲観的な調子ですね。
特に、私はどちらかというと、より悲観的かつ、そのためより現実的とも感じた、
大塚英志氏に賛成でした。
震災や原発事故くらいでは、もう何百年にも渡り、
自らで考え行動するという、近代化を怠ってきた、日本人及び日本人は、
そう簡単には変わらないという。
やはり、西欧的近代化は、日本には無理じゃないの?など。



それから、私も以前から何かと苦々しく思っていた、
元テレビ朝日の女性キャスター出身で、
自民党の某女性議員などの、
(自己顕示欲・例によって、本職行き詰まりの結果の、
転職目的の出馬にしか見えない出馬、これまでの主張とは、正反対な自民党から出馬をし、
政権党・権力の側にいたいのが丸わかりな、見え透いた思惑。
当選当初「獅子身中の虫」となって、自民党を改革したいと、ご大層な決意を表明しておきながら、
間もなく最大派閥の町村派入り。この発言も、どうせ最初から、口先だけだと思っていましたが。
このように、立候補当初からの彼女の数々の言行不一致・一貫性のなさ、
国会議員としての見識を疑うような言動の数々。ニューヨークに住民票を移したまま、
そのまま出馬はするわ、そもそも、一度も投票した事すらないわ、数年前の新潟の地震時に、
ウェディングドレス姿で、まるで芸能人気取りで記者達を呼び、結婚会見だの。
そしてこの五年間の間に、何か具体的な実績を上げた訳でもなし。
本書を読んでやはり、ついに馬脚を現わしたという感じです。
そしてこれは、山内昌之氏も、有権者側の問題として指摘し、私もかなり以前から思っていた事ですが、なぜ普通の議員には、基本的に厳しいくせに、タレント・テレビ関係者出身の議員には、
甘い有権者が多いのでしょう?例え何もしていなくても。)


このような自民党の、女性保守議員達の、お前が言うな!的な、今回の原発事故に関して
国民の尻馬に乗った浅ましい言説について、「狂信的な振る舞い」・「卑怯」とずばりと、
批判・指摘してくれて、わずかに溜飲が下がる思いでした。
自分達自民党がこれまで国策とし、一向に収束する気配も見えない、
政策的・安全的・経済的にも、全く合理性のない原発政策をここまで推し進めてきた問題・責任は、
どう感じているんだ?とか、むしろ彼女達に、聞き返したい。




しかし、このように自分達の党の原発政策に関する
責任は、棚に上げて、一向に総合的な検証をする訳でもなく、ただ民主党や東電を批判するだけで、
事足りると思っている・支持が得られると思っている、
このような女性議員達のような、政治家を支持する有権者達の方も、
一体政治家にそもそも何を、求めているのだろう?と、思ってしまいます。
自民党保守議員の彼女達は、当然依然として原発推進派だろうし、代わりに今後安全な原発を、
国に作らせるような、能力もないんでしょうし。
ましてや、現在も進行形の、事態が悪化するばかりの福島原発を、正常な状態に復旧させていく、
具体的かつ有効な、アイディアや意見があるとも思えないし。復興の方に関しても同様でしょう。



ただ自分達と一緒になって、民主党や東電を批判して、
単に気持ちをすっきりとさせてくれる事、
日本はまだだいじょうぶだなどと、何も具体的根拠のない、無責任で勇ましいだけの
鼓舞・激励だけを、求めているんでしょうかね?コーチが欲しいのでしょうか?
私なら、そんな政治家いらないと思いますが。
私なら、実行・具体的な成果を、求めます。
このような、政治家といい有権者といい政党といい、日本を取り巻く政治の諸問題を思うと、
憂鬱になってきます。
それから、本書の中で印象的だった事として、
若干手法などの違いが見られるとはいえ、
基本的には宮台氏と大塚氏の日本人・日本に対する処方箋が、あまり違いがないように感じた事です。それだけ、保守・リベラルと、彼らの政治思想の違いも超えた、普遍的で大きな問題が、日本人及び日本社会には、数々存在しているという事ですね。
それにしても本文中で数多く紹介されている、
民俗学者柳田國男氏の慧眼には、つくづく感心しました。
もう、彼はずっと昔の時代から、
現在まで続く、日本及び日本人の問題点を、
数々指摘し、言及していますもの。そしてその対策に
ついてまで、思考しているし。ずっと、たいして進化し
ないマスコミの本質とか、補助金なしでやっていけない、農業問題や空気に縛られやすく、
いつまでも依存体質が抜けない、日本人の問題など。



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紙の本正義の偽装

2014/01/20 10:01

まさに民主主義の断末魔

6人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

震災と原発事故を機に、衆愚政治化が、より一層進行?今や「反原発ポピュリズム」のようなものが、蔓延しているような。私も将来的には原発は止めた方がいいと思いますが、しかし、何か声高に反原発を主張している、山本太郎などの議員や他の人々程、どこか胡散臭く思えてしまい。そう簡単に言えない問題では?あまりにこの国での反原発の一連の人々の言動が、明確な長期的計画や理念からというより、大部分は原発への理屈ぬきの大きな恐怖に、衝き動かされてに見えて。しかし「反原発」と言いさえすれば、その議員の大量の支持が即稼げてしまう、それに私的なものを公的な政治に持ち込み、大衆の情念に乗っかり、メディアと組んで煽動した筆頭政治家の小泉さんが、反原発に関してまた中心になる事に引っ掛りが。またいくら原発問題が人々の関心事の一つとはいえ、反原発という事だけで、政治家が評価されてしまっていいのか?それに、細川さんの小泉さんや河野太郎辺りとの連係及び政界再編を期待する向きがあるようですが、実現しても結局は老齢政治家達、そして自民党議員が中心になり、政治の主導権を握り続ける事は変わらないし、本当の日本の政界の世代交代は、依然として進まないままでは。本当にこの国の至る所で、老人達が様々なものを独占している状況が続くばかり。某政党の高齢率が、異様に高い事について、著者の「後進にも希望を与えてくれるのですが」ですが、私は彼らを見て、やはり、この国はいつまでも老人ばかりが中心になって、牛耳り続けているんだなと、うんざり感の方が強く、ここには年代的な立場の違いを感じ。相変わらず、前著で指摘されている、政治家の健忘症・変節も状況次第が、反原発を大儀名分に、いつの間にか現役復帰の小泉さんと細川さんなどの行動にも見え。(特に細川さんの方は、政界引退を表明しながら、鳩山さんと同じく、民主党のオーナー気分が抜けないのか、二年前の代表選挙にまで介入したり、依然としてマスコミに頻繁に露出、多くの本を出版など、以前から何となく嫌な予感はして。(野田佳彦の政治家としての理念とか見識や能力以前の、細川さんの彼が従順でかわいいからという私的感情に過ぎない、彼の推薦とか、現在批判されている、独善タカ派首相の安倍さんを、然るべき経験や役職も与えぬまま、自分と主張が同じというだけで、彼を後継者に指名した、小泉さんの後継者選びの失敗とか彼らの引退宣真の撤回とか、これら二人の責任や問題は、反原発というだけでまるで英雄扱いで帳消しに?(宮台真司なども、自分に主張が近いからという事で鳩山や細川に甘い所があるようだし。)彼らに首相として具体的に評価できる程の実績があると言えるのか?現実的原発廃止の見通しは? そして国民側の、大きな大衆的人気の得やすい政治家=首相・リーダー適格者になってしまう、短絡的・表面的過ぎる民主主義理解。特に小泉さんはその風潮を促進した。原発問題などの問題解決も含めた、他力本願の救世主探し、人気主義など。日本の民主主義が時によりマシな方に進むはずだという論には、相当懐疑的に。私には以前から現在の日本の民主主義の問題は、もっと根源的なのではないか?と思えて。某女性歴史作家の「日本人は独裁が好き」という指摘もあり。日本人は、民主主義と相性の悪い国民ではないのか?と。長年の日本の民主主義の慢性的機能不全状態から、そう思えてきて。都市国家と村社会で、同じ土俵の上での考察をという前提自体に疑問が。日本では民主主義の中身が不問のまま、いまだに体裁だけの、一向に国民が実践できない、表面だけの民主主義に留まっているのでしょう。

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紙の本政権交代とは何だったのか

2012/04/22 12:51

選択肢が見えない現状。既成政党にも新党にも、各ポピュリスト知事にも疑問

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

私自身は、もはや、何ら民主党や他の政党にも期待はしていないのですが、
一応、2009年の選挙に投票した者の一人として、
政権交代の総括くらいはしてみたいという事で。
一応評価は星4にしましたが、実際の気分的には3・5くらいです。私は山口二郎の見解・主張などにも、元々、全面的に賛成という訳でもないですが、
(一時は宮台真司と同じく、小沢一郎を高評価していた時もあったし。)民主党顧問だったせいか、政権交代について、総合的・公平に総括しようという姿勢はいいのですが、ちと民主党に対して評価が甘めの気も。特に鳩山とか菅とか。そんな民主党議員全員が全員、真面目でひたむきな議員ばかりでも、ないでしょうし。それに、民主党の参議院選挙での大敗も、小沢一郎主導で行なわれたと思われる、落目芸能人勢揃いの、あのセンスの悪い候補者選びも、絶対影響していると思います。
それから民主党議員達の、個人プレイに走りがちな、目立ちたがり屋でドライで、現在は強いものにへつらう傾向が明らかな、それでいまひとつヴィジョンが見えない、
烏合の衆、そして年代が下るにつれ、リーダー格らしき人物が見当たらず、人材の薄さが危ぶまれる、こういう問題点、私の不信感の原因は指摘されてないと思いました。それに、やはり、民主党の現在のような小沢依存体質を作った責任は、
かなり鳩山議員自身にもあるし、(元々は大嫌いだったらしいのに。)
それは首相時の失敗が、全部鳩山個人のせいだとも思いはしませんが、
彼が明確で整合性のある理念・実行力・リーダーとしての資質及び指導力を欠いていたのは、
明らかですし。執念深い風見鶏みたいなのしか、民主党では首相になれないんですかね?
うんざり。首相公選制というのにも不安はありますが、
このように、単なる政党力学・政党の都合だけで選ばれ続ける首相にも、
うんざりしますね。

私は現在でも、この鳩山が首相になった正当性にも、菅や野田と同じく、いまだに疑問が拭えません。
結局小沢一郎と仲良くしていたおかげでなれたのでは?というのが、拭えません。鳩山だって、いくら理念とか公共の利益を私は考えているとか主張されても、
どうしても信用しきれないのは、菅と同じく権力欲の強さが、隠し切れないから。やっぱり、特定の人間仕様に作り変えたりしちゃダメですよね。
組織って。特に政党なんて。そもそも、長年の間、鳩山や菅しか切り盛りできないような
形態の組織になっていた事自体、やはり、民主党の組織としての欠陥・限界を感じますね。
現在は小沢仕様の、第二自民党化されてるし。
一時は宮台真司と同じく、小沢一郎を高評価してた時もあったし。
私は、正直小沢一郎が代表になった時、ものすごく嫌でしたが、政権交代のためには、
しかたないのかなと、無理やり自分を納得させましたが、
あの人・その取り巻きが露骨に反対派を圧迫する様子など、
傍らで見ていて、不快感は拭えず。嫌な数年間でした。
小沢仕様に改造される民主党、理念の消失など、
そして彼にへつらうだらしない議員達など、民主党及びそれ以後の民主党政権にも、
幻滅するばかり。危ぶんでいた通り、あっという間に民主党を私物化していく様子を見て、
やっぱり、こういう人だったんだと明らかになるばかりでしたね。



それにこういった政治家達と同じくらい、げんなりするのは、日頃から民主党の理念に共鳴していた訳でもないくせに、民主党の理念なんて、むしろ甘っちょろいとか、夢物語だとか、馬鹿にしていた傾向さえあるくせに、いよいよ自民党の劣化が明らかになると、損得勘定や自民党への嫌気だけで、漠たる政権交代への期待だけで、民主党に政権交代させた、大半の有権者の姿勢とか見ても、本当にこの国は、政治家も政治家、有権者も有権者だなというか。こんな国の政治が、政権交代しただけで、良くなる訳がないですね。
橋下にも河村にも、胡散臭さや不信感は私も以前から抱いていました。以前から河村は、非現実的でポピュリスト的な主張が目立つ感じというか。
橋下なんて、弁護士タレントだった時から、存在自体が胡散臭いと思ってたし。地に足が着いてない感も、特に政治家になってから、すごく感じますね。
それから、煽動が得意な、地方ポピュリスト政治家達の一人として、橋下や河村に、敵を作り、煽動が得意な、石原慎太郎も付け足しときます。
野田首相及び現内閣についても、漁夫の利総理、暫定政権、正当性に疑問ありでやはりしらける。
なぜ、かくも日本の政治風土はお粗末になったのか?元々からなのか? 
私は、すでに数十年前の当時から限界・大きなヴィジョンの欠如は明らかだった自民党には、
かなり早くから見切りをつけ、また投票した事もなく、
これでも某民主党議員の、少し期待していた人の演説会には、何回か行ってみた事さえあるんですがね。今はもう民主党には、見切りをつけましたが。でも、立場的に言えば、あくまでその議員個人を支持していただけで、やはり、無党派という事になるのかもしれません。


本書の読後感としては、まあ現在の諸問題はメディア・有権者など、各所にもある訳ですが、
さしあたっての、一番大きな感じの問題として、民主党の人材のなさ、組織的欠陥・総合的ヴィジョン・戦略・実行力の欠如は、簡単に解決できるのですか?そもそも、解決可能なものなんですか?と著者に問いたい。
山口二郎は現在の民主党を、「便宜政党」と名付けていますが、それでもまだ甘い、私は所詮民主党なんて、政権交代のための、過渡政党だったのではないかと思っています。大体、私はこの国の政治家達の発想・行動がいつまで経っても古いのにも、ほとほと嫌気が差しています。
野田首相が代表戦間近に、前首相の細川と会っていて、小沢対策などの、代表戦について知恵を借りていた事にも、がっかりしました。あんまり良くないと思うんですがね、こういう事。あんまり感心しませんね。新しい政治とか言っている人が、こういう旧来の手法にいつまでも頼るの。大体、うんざりするのがこういういつまでも旧来の政治発想・行動しかできないのが、政治家だけではなく、政治学者・評論家・ジャーナリスト達にまで、その傾向がいつまでも見られる事です。
「権力つまり人脈」(しかもどちらかというと、やはり、昔ながらの各お偉いさん達とのそれというニュアンスが漂う。)などと、いつまでも喜んで書きたがる世界なんですから。いまだに、小沢、小沢と、その手法に期待する傾向が、政治ジャーナリスト辺りで、ちらほらと見られるのも、彼らの古さの証左でしょう。

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紙の本アヴェロワーニュ妖魅浪漫譚

2012/01/04 23:05

怪奇小説と言うより、架空の中世フランスを舞台にした、幻想小説という趣

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ずっと以前から、刊行を心待ちにしていた、スミスの作品集です。
全体的に、怪奇小説と言うより、幻想小説といった趣が強いです。
話自体は、大体展開が予想がついてしまう、予定調和的な話が多く、
以前の「ゾティーク」や「ヒュペルボレオス」のシリーズよりも、
奇想天外・奔放なイメージに感心するというのは、
なかったのですが、細やかな情景描写や、全体的な雰囲気自体は、とても良いと思います。
また、さすが美男の詩人・作家として、恋愛経験豊富だったスミスらしく、
恋愛感情の高まり・情感などが、巧みに描かれています。
しかし、「蟾蜍のおばさん」の、魔女の描写が容赦なく、何かスミス個人の不快な体験でも、
投影されているのではないか?とすら、思えてしまいました。
「イルゥルニュ城の巨像」は、まるで、パニック映画のような印象で、あまり怖くはないかも。
全体的に、これまでの作品のように、奇想天外なストーリーを楽しむというよりも、
神秘に彩られた幻想の地アヴェロワーニュの妖異と、散りばめられたロマンス色を楽しむ
作品なのかな?と感じました。
それから、いわゆる「アヴェロワーニュ年代記」関連作品の後に収録されていた一編の内の
「アフォーゴモンの鎖」は、これは趣が変わり、タニス・リー的な、
連環する時の輪の中で繰り返される悲劇という、東洋的なイメージを感じさせる作品であり、
これはこれで、良かったと思いました。

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紙の本日本の宿命

2013/06/26 20:02

健忘症と分裂症という日本社会の病。そしてどこまでも続く、目的なきアメリカへの追従と開国という強迫観念、国家観とエリート政治家の欠落

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

少なくとも、現在の政治・政治家批評の項に関しては、極めて正論と言うしかありません。日本社会の症例として、健忘症と分裂症傾向の指摘が特徴的。あの大義なきイラク戦争の検証と反省が、政治家間からですら、一向に出てこない・平気で前言撤回する政治家等。第三章「無脊椎の国ニッポン」の中でも指摘されている通り、私も多くの日本人の忘れっぽさ、分裂症傾向、特に政治・政治家に対するその傾向は、ずっと強く感じ、また問題視してきた事です。例えば、一般に熱血というと、この国では以前から厭う風潮になっているのに(今や好まれるのは、スポーツか格闘・少年漫画の世界でくらいでしょう。)小泉純一郎や橋下徹などのそれには、なぜか熱狂的な拍手喝采を送る。そしてこの傾向は、実際に作者もこの章で同様の指摘をしていますが、小沢一郎・菅直人の独裁的手法はだめでも、なぜ橋下徹のそれならいいのか?政治家に対しても、人々の一貫して求める具体的要望がなく、その時々のムード、その政治家の属人要素によって、同じような事をしても、支持・不支持と、極めて曖昧で分裂した傾向が。政治・政治家達に、平気で矛盾した要求を求め続ける、有権者達。また、もう不況が長期化するようになった途端、それまで、経済さえ良ければいいと、世襲政治家達を支持してきたくせに、新聞と共に、やっぱり世襲議員は庶民感覚がないなどと、一転して批判に転じる、ご都合主義。(世襲議員は肯定しませんが。)議員の担当細分化・スペシャリストばかりになり、全体を俯瞰できる、政治家の不在、やはり、結局は大局観を持った政治家の不在。そして、この国では政治家を選ぶに当たり、大事な人物評価が軽視され過ぎ。作者の「品格」とは言い換えると、広い意味での教養・知性・優れた人間性を備えた政治家という事でしょう。私は、一連の品格本及び使われ方は好きではないですが、この場合は適切な使用かと。また、選考に当たり、政党側のそれ軽視も感じますし。あまりにも学歴・職業・政策など表面的基準で選考し過ぎ。これでは、政界が独善ひよわ世襲議員、小粒エリート、打算的な野心家ばかりになるのは、当然でしょう。また有権者側も、なかなか議員の人物を見抜けないし。そこら辺で菅直人は落第とされたとしていますが、持て囃される政治家達を見ると、必ずしも優れた人間性・人物が求められないケースも多く、やはり、これとてあてにならない人々の、気分基準。本当に切なくなります。政策は良くても、実行力に難ありとか、人間性は良くてもここがとか、あまりにも帯に短し、たすきに長しみたいな議員が多くて。なぜ政治家に最低限求められる筈の要素も、一人で兼ね備えた議員を探すのが、これ程困難なのか。結局、一向に政治において物事が決められないという問題も、一番の原因はやはり、その時々のムードなどに流され、その都度政治に矛盾したものばかりを求め、一貫したまた要望に具体性がない国民自身の中にあるという事でしょう。しかし、有権者の民度向上の遅さから、一貫した政治理念・哲学と国家像・具体的な政策を持ち、少しでもいい方に舵取りをしていってくれる、大衆の暴走を場合に応じ軌道修正できるような政治家達を、まず探すしかないのでしょうが。やはり、本当のエリート政治家の圧倒的欠乏というのが、現在の日本政治における、深刻な問題の一つでしょう。これは本書を読んで感じた、私の印象ですが、反応の良さばかりが評価され、深い思索というものの欠如が、現在の日本における、様々な問題の大きな一因として、挙げられるような気がします。今、脊髄反射的思考の人が、多過ぎるようなというか。

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紙の本チューリップ熱

2011/07/28 11:43

オランダ名画と十八世紀当時のオランダの、活気溢れる風情を味わうには良い

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

星3つと4つの間で、迷いました。
しかし、確かに、当時の活気あるオランダの風俗を(いわば、オランダ版バブルとも言うべきチューリップ狂いの狂騒など)が巧みに描かれている所と、
本書中に数々のオランダ絵画が収録されており、作中での言及等もあり、
オランダ絵画ファンには、楽しめる要素が多いだろうという事で、
星4つにしました。
しかし、私はどうもソフィアとヤンの恋に共感できなくて。
というか、ソフィアとヤンの人物造形に、
いまいち深みや工夫を感じる事ができなかったというか。
だって、高齢の夫との愛のない生活に鬱屈している美しき若妻なんて、
ありきたりじゃないですか?これまで腐る程、同設定のメロドラマが
これまでにもたくさん作られてきていますよ。
これら使い古されたメロドラマ設定に、オランダ絵画の要素を盛り込み、
これに加えて、チューリップ狂いの当時のオランダの世相を描き出し、
従来の作品と少し色調の違いを出しただけという風にしか読めませんでした。
ヤンの、不遜で才能溢れる情熱的な新進画家というのも、
これも既視感たっぷりだし。彼ら二人に関しては、ありきたりの形容詞・性格設定ばかりが目立つような。恋に落ちた後の、二人のやり取りとか。
ひたすら、とにかくソフィアの美しさばかりが、強調されていたような
気がしてならならないのですが。




怖れを知らぬとか、純真とか言われてもなあ・・・・
もう少し、ソフィアについても何か美しさとかこういう性向の他にも、
プラスアルファ要素が欲しかったです。
また、教養があるとか言われても、作中でほとんど具体的なそのソフィアの教養のある様子が示されていないし。
全体的に、私はソフィアとヤンの二人よりも、もう一組の恋人同士のマリアと
その恋人の方に共感を感じました。
夫コルネリスとの夫婦生活に鬱屈するソフィアの気持ちも、わからないでもないのですが、やはり、一番強く感じたのは、コルネリスが哀れ・・・という気持ちです。




総じて、四人の恋人同士の陰謀や行動も、それ程意外性のあるものではなく、
期待はずれでした。某漫画でそっくりの女性達の計画を見かけましたし。
私はこの陰謀とやらに、もっと大掛かりで手の込んだものを期待していたのですが。また、その後の顛末とか。
苦悩を乗り越えて大成する画家なんて、類似作品が多過ぎでしょう。
それに、ちょっとソフィアの最後のシーンも、陳腐過ぎないか?と思ってしまった。脚本家だから、むしろこういうありきたりの手法に走ってしまったのか?
今回も、やはりベストセラーにいい本なし、という印象を深めてしまいました。
意外性といえば、やはり、結果として一番悲劇的な立場に立たされてしまったのではないかと思われる、コルネリスのその後の行動でしょうか。
思わず、コルネリスの今後に、幸多からん事をと祈ってしまいました。
一度読めば十分という感じでした。作者の脚本家という経歴が、
むしろ本書の中では悪く作用してしまった作品ではないかと感じました。




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紙の本私のいた場所

2013/10/17 14:43

全てが混沌とした不可思議な世界

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「噴水のある家」での、心臓を食べるという、何やら悪夢的なイメージ、「東スラヴ人の歌」は、作者が日本の「牡丹燈籠」が好きだと言っている通り、定型的な怪談という感じの「ソコリニキの出来事」や「手」の他、不条理的な恐怖の「小さなアパート」など、様々な恐怖を描き、強い印象を残します。このように、全体的に陰鬱・小昏い印象を受ける作品も多いのですが、「父」や、どこか「親指姫」を彷彿とさせる「母さんキャベツ」の、もの悲しさの中にも、温かさを感じさせる話、素朴な中世ヨーロッパの民間伝承・聖人譚を思わせる「老修道士の遺言」などを集めた「お伽話」など、この作者の引き出しの多さを感じさせられます。生と死、過去と未来、内面世界と外界など、様々な境界が混沌として溶け合っているような印象でした。

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今更かもしれないが、党内事情の変化と存在したままの問題点

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今更かもしれないが、指摘されているこの政党の数々の問題点も、依然として存在したままだし、数年間で党内事情も変化したので。
まず、野田佳彦と原口一博は過大評価し過ぎたのが明らかに。というか細野豪志もか。野田自体が以前から私の中では評価は低かったが彼のグループ自体も、彼以外にも馬渕澄夫・連舫など、ポピュリズム傾向が目立つと思う。それから原口一博は同じ松下政経出身議員間でさえ打算的過ぎて評判が悪い中田宏と共に以前から信用していなかったので、やっぱりなとしか思わなかったが。松下組織関係者の呼び名も「選挙だけの人」。数年間で党内事情もかなり変化。まず、八年前のメール問題で前原誠司前代表が失脚後、前原グループ所属だったが、公私共に世話になったらしい彼から離れ、すぐに小沢一郎の側近に。更にいまだに小沢に敬服しているらしいし。同グループの玄葉も自らが首相を狙うように、やはり同じグループの田村謙治も、馬渕の許へ行ったり、前原が首相候補として一番人気時には推薦人になったりと定まりない。そして馬渕自身も自ら首相を狙うようになったし、この前は蓮舫まで代表に立候補。細野も自らが一時代表に擁立されそうになった。作者や御厨貴に限らないが、細野も過大評価され気味ではと思う。立ち回りのうまい、小利口な政治家として小さくまとまって終わるような。それなりに有能なのかもしれないが、大きなヴィジョンがあるか疑問だし、何か打算的・八方美人傾向が気になる。作者も指摘する通り、この国にはもう大物政治家が生まれない土壌になっていると思うし。大体、彼らの細野が小沢に接近したのを、政治家としての成熟というように見るのも、私としては賛同しかねる。結局保守政治、というか日本の政治がいつまでもそういう政局などでの立ち回りとか、裁量的なものばかりが重視されがちで、いつまでもそういう尺度でしか政治家が判断されないという証拠では?なかなか本当の意味での新しい政治・政治家が生まれてこない国ですね。それに作者は日本の政治に淀みはもたらしたが過去の自民党政治に一定の評価をしているが、屋知り、政治の健全性を保つ上では必要な一定の流動性が日本の政治に長い間失われ、自民党の一党支配を固定化し、やはり、大きな淀みを政治にもたらし、時間と共に過去の大物政治家が死去すると、それまで世襲でばかり議席を独占してきたため、彼らの空白箇所を埋める政治家も、一向に育たないままの自民党の現状や、いまだに政党選択肢の幅がなさ過ぎる現状を見ても、約六十年もの間の自民党一党優位体制は、大局的には、日本の政治にとってマイナスだったのではと思う。
民主党も、不安定な寄せ集め政党ゆえに、適性や能力というより、単なる様々な党内事情でしか選ばれ続けない、代表・首相選抜傾向もずっと変わらないし、自民党との政策の違いもわからないし、政権交代のためだけの寄せ集め、過渡政党と言われても、しかたないと思う。個人レベルでは、期待していた政治家もいないではなかったが、あまりにもこの所属政党の民主党自体の問題があり過ぎ、かつ一向に改善されないままであるため、自然と彼への期待も低下の一途を辿り。
劣化した自民党と、いつまでも稚拙な民主党と、これも期待できそうにない他の野党しかないのかと思うと、暗澹とした気持ちになる。あまりにもこの国では、いつまで経っても、政党選択肢の幅がなさ過ぎるし、その選択肢がお粗末というか。日本の政治がいろいろと問題があるのは、マスコミとか有権者側の問題も、かなりあるのだろうが。

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紙の本黄色いアイリス

2013/07/25 19:02

ポアロ、パーカー・パイン、マープルに、珍しい幻想小説が読める内容

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人間心理への洞察力とその機知と大胆さに富んだ作戦で、
相談者の問題を解決するパーカー・パイン。今回も、「レガッタ・デーの事件」と「ポリェンサ海岸の事件」では、その彼のお手並みが
見事に発揮。全体的に、コミカルな趣き。
「バグダッドの大櫃の謎」と「あなたの庭はどんな庭?」では、
犯人の大胆かつ細心な犯行と証拠隠しが行われる。そしてそれに挑む
ポアロ。
特に後者の犯人が、独創的。
「仄暗い鏡の中に」は、男女の三角関係が、幻想的に描かれた、幻想小説。

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イスタンブールの毒蛇

2013/07/25 18:47

前回より、ミステリーらしい筋立て・展開になっている

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今回は、一人の胡散臭いフランス人考古学者ルフェーブルの持ち込んだトラブルに巻き込まれ、殺人の汚名を着せられヤシムが大ピンチ。
無実を証明するべく、真相究明に挑む彼だが、しかし、ヘタイラという
ギリシャ独立運動組織の絡んだ騒動にまで拡大しと、前回よりも遥かに
ミステリーらしい展開となっています。しかし、このシリーズ中では、
マフムト二世が最後の最後まで、いい所なしのような感じだったのが、
意外で驚きでした。それから、解説の中で、最初にギリシャ独立運動の
狼煙を上げた、アリ・パシャには、高邁な理想もなかったというのに、
バイロンを初めとした、ヨーロッパ人達は激烈な反応を示し、
イスラムに圧迫される古代ギリシャという大きな幻想を抱き、
アリ・パシャも、悲劇の英雄に祭り上げられていくとありました。
しかし、あの古典古代ギリシャとこの近代ギリシャとは密接な関係は
なく、例えれば、江戸時代や明治時代の日本人に、卑弥呼の時代を期待するような暴挙だった。(もうこの頃には、民族自体も、すでに古代のギリシャ人とは違っているようですし。)
確かに、ペリクレスに代表される、都市国家の栄光を誇った古代ギリシャも、どこへやら、その内に「衆愚政治」という言葉で表わされるように、彼らの政治能力は著しく低下、そして結局はそれにより、
ギリシャ自身の衰退にも、繋がっていくのでしょうが。
しかし、いまだにヨーロッパ人のギリシャ、おそらく現在のギリシャと
いうより、彼らの想像の中の古代ギリシャへの憧れと幻想は、根強いらしく、それがギリシャ支援に繋がり、世界を巻き込んだ経済危機にも、
繋がった。ここら辺にも、色々と思う所が、ありますね。

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紙の本政治の終焉

2013/07/03 19:48

すでに相当悲観的にも読める中、それでもいくつか提言があるものの、どの政党にも期待が持てそうにないように思われ、この国の政治の限界を感じてしまいます

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いつもその正当性に疑問が残る、能力・適性より専ら政党の都合で選ばれる、民主党の首相・代表。これも不信感を感じる時がある、幹部などの選び方。(融和・個人利害・一時的高支持率獲得狙い等。)何で民主党は、安易にいつも細野豪志議員や蓮舫議員ばかり、目立つ役職に相次いで起用するのかとか?たまには裏方的な仕事も、させろと。彼女は弁は立つし華はあるし、使い勝手がいい?しかし私は特に蓮舫議員の方の力量やビジョンの有無について、疑問がありますし。事業仕分けも結局ほとんど彼女個人のパフォーマンスに使われただけのような。それに、民主党を大敗させた野田佳彦を、同じ野田グループの一員として、代表として強く支持した彼女の責任は、問われないのか?と思ってしまいますし。それにまた、こういう起用ばかりするから、よけい新しい人材が育たない気が。今回御厨氏も、さすがに民主党に失望したようで、まともな提言ばかりに。本書では、更に自民も含めて、この問題ある各政党・内閣の人事登用傾向を「仮置きの総理」・「中間内閣」と表現し批判。また民主党の代表・首相が融和基本でしか、選ばれ続けないのも、党が不安定な構造だからでしょう。また、具体的な支持というより、自民党への嫌気と、浅薄な改革ブームのみで盛り上がり、一斉に民主党に投票したものの、この党の問題もあるが、すぐに自民に逆戻りしてしまう、国民の定見のなさ。不安定で振幅の幅の激しい「民意」なのに、議員達がこれに迎合し、よけい政治が不安定になる悪循環。マスコミも民意はとにかく尊重されるべきという姿勢は、改めるべき。新しい人材育成機能設立・そろそろ政治家も有権者も、経済成長という幻想から醒め、厳しい現実を直視する必要性を、特に強く感じました。アメリカ主導の構造改革も、結果として日本を疲弊させたのに、追従姿勢を変えられない発想のまま今度はТPPに進む政治家達。八年前、国民の改革ブームに乗り大勝し、圧倒的多数議席を得た自民党により、明らかにこれは問題ありの法案では?と思われる法案が、野党の反対にも関わらず、どんどん強行採決されていった様子が、忘れられません。多数の有権者は、あの時不安に思う所か小気味良いとさえ思っていたのでは?その事が、また怖いです。上っ面の改革ブームに酔い、一種の思考停止に陥っていた人々が、多いのではないか?と。(部分的には、なぜかけして民主党を支持する訳でもないのに、急に耐震偽装追及質問で、馬淵議員だけはヒーロー扱いするようになり、これも、例によって首を傾げる、佐伯啓思氏が言う所の、分裂症的な、急激な有権者の気持ちの変化がありましたが。これは思想の違いもあり、必ずしも評価していないとはいえ、精神科医の香山リカ氏も、不可解な現象として、当時指摘。)あの、あまりにも、その後のこの国の政治に及ぼした、負の遺産が多過ぎる、民主主義の外観を装った、五年間の小泉独裁政権は、民主主義の恐ろしい側面を、教えてくれました。事実上、八年前のあの国会では、一切議会政治が成立しておらず、強力な「民意」というものを後ろ盾にした、小泉前首相の独裁が罷り通っていた、恐ろしい時代だったと思います。こう書くと、まるでリベラルのようですが、私は一応、保守です。私はこれを機に、日本の有権者の良識・判断力・民主主義というものに、大きな懐疑を抱くようになりました。あの年月は、まさに、プラトンの「民主主義から独裁は生まれる」を地でいく趣でした。ムードに流されがちで、一つの方向にわっと殺到する国民性も相まって、民主主義の怖さと限界というものの方を、強く感じるようになっています。

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紙の本イスタンブールの群狼

2013/06/26 19:39

ミステリーとしてなら、オリエンタルな色彩が魅力ですが、歴史小説としては少し物足りない

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十九世紀、虎視眈々とオスマン・トルコ帝国を狙う欧州列強に囲まれ、衰退に向っている帝国。
私がある程度知っていた時代だったので、英明な君主と言われている、マフマムト二世の怠惰な女好き皇帝のような感じで扱われている意外さなど、興味深く読めました。解説にもありましたが、ナポレオン一世皇后ジョゼフィーヌの友人だったが海賊にさらわれ、アブデュル・ハミト一世の妃となり、マフムト二世の母となった、元はフランス貴族だったと言われる、ナクシディル。彼女の元の名は、エイメ・デュブクといい、この上記の経緯は、初めイギリスの新聞が取り上げたようです。しかし、トルコ関連の著作で知られる渋沢幸子の、ちょうど同時代を扱った「落日のボスフォラス」の中でも、本当に同一人物だという確証はないとされ、巻末の解説文でも、その根拠として、せいぜい、息子皇帝の開明的な数々の政策、垢抜けた趣味などの根拠くらいであり、意外に、確かな根拠はないようで。しかし、小説としては格好の設定という事で、この小説中では、事実として扱われています。主人公の方に、話は移りますが、洒脱で、全体的にはスマートで洗練され、しかも料理上手という、通常の、おそらく現実の宦官とは、大分異なっているであろう人物造型に、違和感を、覚える所がありました。たぶん、宦官としてのリアルで必然的な人物造型としてそうなったというより、やはり、欧米人に受け入れられやすいような人物造型として、こうなったのかな?という感じです。宦官であるという点を除けば、洒脱なあちらの紳士という感じですし。しかし、宦官であるヤシムの男性としての苦悩・悲哀が、都合よく、途中から、何とも都合の良い感じの、セクシーな美女で積極的な女性が登場してくれて、あっさり解決してしまうのは、ちょっとお手軽すぎかなと。せめて、全くのヤシムの片思いのままで終わった方が、かえって彼の、一層宦官である悲哀が滲み出ていて、良かったような。イェニチェリ、神秘教団など、モチーフとしては魅力的だったと思います。当時の超国際都市イスタンブールの、複雑な歴史の変遷、活気、猥雑さ、光と影などが克明に描写されています。やはり、主人公が宦官という事もあり、恋愛部分には、かなり違和感を感じますね。やはり、宦官に普通の恋愛なんてできるのかな?という当然の疑問と、身分のある美女が、宦官に男性としての興味を示すのかな?とか。いかに、教養があり美男でフランス語まで流暢に話せる紳士といえど。やはり宦官の恋が出てきた「ラスト・ハーレム」というのがありますが、これも、あくまでも、欧米映画ですしでも、本書でもこの傾向は指摘されていましたが、とにかく、西洋ではハーレムというと、神秘的でやたらエロチックな快楽の園みたいに、連想してしまいがちであるのと同じように、宦官の恋も、欧米人のハーレムに寄せるオリエンタリズムやロマンチシズムの産物という所ですかね。ミステリーというより、歴史小説と言った方がいい内容ですが、重厚さはなく、軽快な筆致です。核となるイェニチェリの存在ですが、すっかり腐敗・堕落したごろつき集団などと、批判されつつも、割と同情的な感じで描かれていたのが、印象的でした。元キリスト教徒の奴隷の少年達から構成され、精強無比を誇ったイェニチェリ。毀誉褒貶はあるにせよ、やはり、オスマン・トルコ帝国にとっては、大変大きな存在かつ象徴のような存在だったんでしょうね。彼らが都市の防災の役割も、担っていた事があったとは、知りませんでした。また、印象的だった箇所として、とにかく、トルコ料理の描写が詳細で、しかもとても美味しそうでした。

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紙の本日本という「価値」

2013/05/20 14:19

今こそ、日本の戦後社会の思想を疑い、日本独自の価値を確立する事が求められている

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現状の日本の社会・政治等の諸問題についての分析は、随一の保守思想家だと思います。真正保守、そしてイギリス的保守の著者の意見に、しっくりとくるものを、感じる事ができました。市民・有権者の良識を疑え、民意は本当に正しいとは限らない、欧米の自由・平等・ヒューマニズム、そして民主主義、これらが発祥の地のこれら各国では、すでにこれらの思想がニヒリズムにまで到達し、行き詰まってきている。日本も、結局は欧米からの輸入品でしかなかったため、深くは根付かず、皮相的なレベルの理解で留まっている、これらの思想を懐疑し、その意味・必要性を問い直し、日本独自の価値を確立すべき時が来ている。そうでないと、いろいろな意味で崩壊してきている、日本は再生できない。しかし、著者の分類の親米保守・反米保守に、広義な範囲で含まれていると思われる、どちらにしても、戦略的保守の存在が、日本にはほとんど見当たらないような気がし、より現実は深刻なのではないか?という気がするのですが。日本の場合、親米保守、そして情緒的保守が大半なのでは?自分の場合は、反米保守、そして真正保守に相当するようです。そして、その思想に戦略があまり見当たらない感じというのは、それはリベラルの方も、似たり寄ったりという気がしてしまいます。そしてそこが、「戦後社会」の空洞化の象徴ともいえる、あらゆる思想が上っ面の薄っぺらで、具体的内容がほとんど伴っていない、「無脊椎の国日本」たるゆえんというか。そして、建前というか、表面的な意識では戦後思想でもあるリベラル的な、上記の理念を好むも、内心は情緒的保守の心性を持つのに、そのねじれを自覚できていない人々が多いのが、問題なのでは?という気がします。だから、その時の状況によって、大半の日本人の本心の方の情緒的保守的情動・言動が、何かと表出しやすいのではないでしょうか?それから、依然として混迷・空洞化が進行するばかりであり、一向に新しい段階・具体的な新しい方向性に進む様子が見えない、日本の政治に関する絶望的いらだちがずっと拭いきれませんが、これは大いに上記に少し書いている、有権者側の問題とも関連している、自民党や民主党、他の政党についての批判も、激しく同感でした。本当に、今となっては、一体どこに投票すればいいのか。本当に佐伯氏の著書を読んでも、個人的にひしひしと感じるのですが、この国での、大衆政治家ではなく、これは政治学者達も、指摘しているように、本当の意味での、エリート政治家の存在の必要性を、切実に感じています。有権者達に迎合ばかりする、各党に大勢いる、確たる己の哲学・思想を持たない、政治家達ではなくて。要するに、民主党などにも多い、単なる秀才・高学歴・社会的地位の高い職業に就いていた、政治家という事ではなく、あるべき国家像・長期的視野に立ち、真に日本のためになる、具体的な政策、そして理念を持ち、しばしば、気まぐれで視野が狭くなりやすく、暴走しがちな有権者達を、適切に誘導していける政治家の事です。誘導どころか、極めて曖昧で揺れ動きやすい、「民意」に耳を傾けると称し、有権者達の顔色を伺うばかりで一緒になって右往左往しているような、政治家達ばかりですからね。社会自体がその必要性を認めず、育成を怠ってきたツケが。このエリート政治家ですが、アメリカの例で言えば、オバマ辺りでしょか。(私は必ずしも、彼が大統領になったからといって、大きく、アメリカの基本政策が本当に転換されるとは、考えてはいませんが。)これまでの数々の例を見てきても、およそ、この大衆政治家というのには、ロクな政治家がいない。

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紙の本マン島の黄金

2013/05/20 12:46

怪奇、幻想、ほのぼの、メロドラマ的恋愛ものなど、多彩な作品群

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主に、他では読めない、ミステリー以外の短篇が、中心です。
「クリスマスの冒険」・「バグダッドの大櫃の謎」がポアロもの。
「夢の家」、美しく、かつ妖しく強烈な引力で、いかにもこういったものに魅入られてしまいそうな、夢見がちな青年ジョンを引きつける、
白亜の謎の家。しかし、その美しさに秘められたおぞましさ・恐ろしさ、という感じで、怪奇と幻想が混合したような趣。
「崖っぷち」、秘かに好きな男性の妻が何をしようが、
クレアが、おそらく嫉妬も絡んで、ここまでの悪意を抱くのは、
理不尽な感じな訳ですが、しかし、女性の心理としては、こういうのも
あり得るのかな?と、思わせてしまう所もあり、
よけい嫌な読後感を、感じさせる作品というか。
「孤独な神さま」、これはファンタジックかつほのぼのとした、
恋愛もので、割と好きな話です。
「壁の中」、これも、この作品集に多い、いかようにも解釈できる曖昧さを残した、苦味のある恋愛ものという感じ。
やはり、女性の情念の恐ろしさという感じ?この「壁の中」という閉塞感を感じさせる作品名は、一時は、ジェインという女性に心惹かれ
安らぎを見出すものの、実は支配欲の強い妻イザベルから、
結局はけして逃れられない、エヴァラードの絶望を、表わしているのでしょうか?「光が消えぬかぎり」、メロドラマといえばメロドラマ
なんでしょうが、この悲劇を引き起こしたかなり大きな要因って、
このディアドリという女性のような。二人の男性を、明確に振り回して
やろうという意図がないだけに、かえって厄介というか。
一見大人しそうで、実は打算的な女性という、「愛の旋律」などの、
クリスティー作品に、しばしば見られるタイプの、女性という感じ。
「白木蓮の花」、メロドラマ、そして女性の自立?という感じでしょうか。最後の、テオドーラの決断は、痛快でした。
「愛犬の死」、愛犬の死を悲しんでいる、主人公の女性の今後の幸せを
予感させる、これも最後に感じる読後感は、良い話。

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