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先月(2017年1月)

痛々しくも鮮烈な魂さんのレビュー一覧

投稿者:痛々しくも鮮烈な魂

1 件中 1 件~ 1 件を表示

紙の本こちらあみ子

2012/02/26 12:07

こちらあみ子

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

なんだ、これは?
とても静かに繊細に描かれた小説なのに、強烈なパンチをくらったような衝撃を感じた。
これは、凄い。

発達障害を持つと思われる、主人公あみ子のその周囲から乖離したような、
不思議な視点で語られる、綺麗でいて残酷、繊細でいて骨太な小説。

あみ子の障害については、一度も明言されることはない。
それは、あみ子自身が自覚していないからということもあるのだろうけれど、
それよりも、この小説の本質が、「障害を持つ少女の物語」ではないからだと思う。

病名を出せば、あみ子は、例えばアスベルガー症候群の少女、
みたいな定義に嵌められてしまって、下手をするとそれ以上でも
それ以下でもない存在となってしまいかねない。

けれど、あみ子はあくまでもあみ子であって、
それ以上でもそれ以下でもない存在として描かれている。

あみ子の言動は、それが純粋に善意から生じたものであっても、
周囲の人々には奇異に映り、理解されない。
それどころか人を傷つけてしまうことも多い。

この周囲との「ずれ」が、あみ子自身にとってそうである以上に、
読み手にとってはもどかしく、読み始めの頃は、彼女をうまく扱えない家族や、
時には、あみ子自身にさえ、読んでいて憤りに似た、やるせなさを感じたりもした。

けれど、あみ子の目を通して世界を見つめるうち、なぜだろう。
自分の信じていた世界が、その感覚が逆転していくのを感じるのだ。

読み始めの頃は、周りに理解されず、嘲笑されたり、苛められたり、
無視されたりするあみ子をどこかで可哀想だと感じている自分がいた。

なのに、途中からあみ子ではなく、周囲の人達の方こそ本当は可哀想なのではないか、
そんな気がし始めるのだ。

周囲の人達、それはつまり、自分を含めた社会に適応しながら生きる
すべての「普通」の人々。調和を乱さないよう、常に周囲に気を配りながら
日々過ごす、まるで臆病な小動物のような私達。

それに比べて、社会的には酷く非力に思えるあみ子は、
孤独ではあると同時にまるで野生動物のように自由で力強い。

猿の群れの中に紛れ込んだ猫。なんだかそんなイメージが頭に浮かぶ。

ちなみに、この小説の元のタイトルは『あたらしい娘』だったそうだ。
『こちらあみ子』という商業的インパクトに長けたタイトルを
採用することとなった経緯は想像がつくものの、読み終えると、
(まぁ、当然だけれど)原題の方が小説の本質を言い表していると感じた。

この小説は、あみ子という少女を、情景豊かに、けれどあくまでもありのままに描いた、
ただそれだけの作品であって、『こちらあみ子』というタイトルが想起させる
外へ向かっての(一方的な)呼びかけを描いたものでは決してないように思うから。

とはいえやはり「掴み」であるタイトルとしては『こちらあみ子』
の方が優れているのだろうな、とも思うのだけれど。

そして、もう一編収録されている書き下ろしの『ピクニック』は、
表面的には優しげで牧歌的でさえある語りの中に、
女子特有の苛めの形が隠されていて、最後にぞぉっと寒気を覚えた。

最初に戻って読み返すと、怖さ倍増でした。
決して好きなタイプの話ではないけれど、『こちらあみ子』とは
また違った趣の凄みのある作品。

今村夏子という作家は、繊細にそして綿密にこういった「世界の逆転」
を描くことが天才的に巧いのかもしれない。

次の作品が待ち遠しい、そう思える作家です。

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