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  3. 求道半さんのレビュー一覧

求道半さんのレビュー一覧

投稿者:求道半

82 件中 16 件~ 30 件を表示

終末の神楽

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

西暦ではなくなった未来のとある町の風景は、一見すると現代の日本の都市と瓜二つで、住民の生活は平穏そのものだが、一部の者が安全保障上の特殊な任務に就き、八百万人の生命を脅かす危機に、人知れず立ち向かう。
 喋る戦闘ロボットに乗り込む新人の少女は地味で、運動音痴で、客観的に見ればとても適任者とは思えないが、多くの候補者の中から選ばれた、名の知れた血族の一員であり、慣れないながらも懸命に、体を張って、心血を注ぐ。
 これは誇張ではなく、歴代パイロットの中には戦死者もおり、主人公姫香の先祖も戦闘中に負傷して片目を失った模様だ。
 得体の知れぬ複数の敵のロボットが跋扈する旧市街地と居住地域内における緊張感の落差は激しく、その差が主人公を突き動かす原動力となり、なんとか踏ん張りながら、死線を掻い潜る少女の姿は健気で美しい。
 パイロットは専用のスーツを着て操縦し、援軍の少女も専用スーツを着用しているが、姫香は裸で戦う。
 敵の正体や世界情勢には不明な点が多く、暗躍する勢力の存在も示唆され、姫香の命を狙う輩も登場しそうな気配が漂うが、重苦しい描写が続くと勘違いされては困る。
 姫香は裸だ。
 冒頭に掲げられた天岩戸の件との関連が濃厚な裸で戦う姫香の姿は、浴室で寛ぐのと何ら異ならず、時々、苦悶の表情を浮かべる以外はリラックスして、華奢な肢体と形の良い乳房、毛の生え揃った股間と尻を、コクピットで曝け出す。
 事ある毎に住民を巻き込んで自爆しようとするロボットの中から、運良く脱出したとしても、素っ裸である。
 姫香が発する緊張感と滑稽感、礼儀正しさと几帳面さが、悲壮な世界を妙に居心地の良い空間に変貌させており、終末に向かいつつある故郷の命運を握る彼女の一挙手一投足から今後も目が離せない。

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カメレオンガール

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裸で壁を登るわけではないのに、妙に艶かしく崇高さを覚える女子高生の姿が、見る者の心を揺さぶり、感化する。
 部活動や放課後、合宿における主人公の真摯な練習姿勢や立ち居振る舞いに触れた周囲の男女は、己を省みて、襟を正す決意をする。
 或る者は恋心を抱き、或る者は同性に憧れ、その人に似つかわしい姿を求めて、己を磨く。
 純粋なスポーツ漫画の側面と学生生活の描写とが、少女の一途さゆえの滑稽さを繋ぎとして、バランスよく配置され、第一巻では乏しかったボルダリングというフリークライミングの一種目の詳細が、本巻では大会の場面を通して描かれ、臨場感に溢れた間近で観戦する気分が味わえる。
 名字以外、詳しいプロフィールが明かされていない主人公、高校一年生の小寺さんの、中学卒業時から夏の大会までの、練習に打ち込む日常が、主に何らかの関わりが生じた者の視点で捉えられ、その相手が受けた印象を、小寺さん本人の内面性の発露として読者は受け取り、共感し、その身に起きた変化に好感を寄せる。そして、その触媒となった小寺さんの様々な一面を更に知るのが楽しみになるのだ。
 各話の終わりに挿まれた一コマだけのおまけも、番外編に匹敵すると言っても過言ではなく、ショートストーリーであるが故に本編では描ききれない機微を、そっと載せて、味わい深い。
 出る杭は、いつの日にか、打たれるのか、異質な者に対する蔑視と羨望が、所々、集団生活の息苦しさと同調圧力の捌け口となり、空気が淀むのが、苦々しい。
 作者名は、珈琲である。
 砂糖はふんだんに用意されてはいるが、何も入れずに飲み干すのが流儀であろう。

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痴漢にならないために

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電子書籍版もあるから嵩張る単行本を新刊発売と同時にわざわざ買わなくても良い、と言うのは自己欺瞞に他ならない。
 本棚に並べられたお気に入りのシリーズが、実は親や兄弟姉妹、友人に手に取られ中身を確認されると申し開きが出来ない内容で、人格を否定され蔑まれるのを恐れる先回りした自己保身であり、見え透いた言い訳である。
 それは本作の一面的な評価に基づく誤解や中傷に加担する行為であり、その結果、引き起こされた悲劇が前巻収録分の公開停止措置や初出時の無難な描写への回帰である事を、肝に銘じておく必要がある。
 だが、朗報である。本巻で救済策が確実に実行された。
 第一話から登場し名脇役として活躍する空手部の主将の女の子が、二年分の期待と欲望を一身に引き受け、胸に秘めた乙女心をようやく吐露し、浮いた話の全くなかった女子高生としては異例の肉体的な加筆を経て、夢見る少女の姿を惜し気もなく、大胆に、綴る。
 面白いことに、その反動で本巻収録の他の話との表現上、構成上の振幅と連関が広がり、予定調和ではない展開、結末が描かれ、各回との差異、落差が激しい。そして、この傾向は、次巻以降も続く。
 おまけも抑制的だが、本編の雰囲気を損なわない配慮と表現手法を題材にした展開は作者の叙述力、表現力の向上と単行本における有機的、統一的な構成を確認するのに十分であり、間違いなく笑え、楽しめるであろう。
 純朴な青少年をかどわかし精神を蝕み、堕落させ、痴漢に仕立て上げる漫画の表現とは一体、どのような描写なのか。
 スカートが捲れてパンツが見える。そのパンツに線が描かれている。着替え中のブラジャーとパンティー姿の少女。入浴中の裸体表現。水滴と泡。
 これらは時々、本作でも目にする。
 正当な理由があり、女の子の胸を揉む。これも時々、そして本巻にも収められた光景だが、当事者の女の子の反応と男の子の弁明がコメディーとして成立しているのは当然で、物語の核心とは言えないまでも、重要な場面であるのは確かである。
 人が犬に、猿に、透明になって、本能の赴くままに行動することや、大きくなったり小さくなったり、ゲームの世界の中に入り込んだり、アイドルの素顔を知ったり、ファンの奇行を目の当たりにしたりする事は、いかがわしい、唾棄すべき、少年少女に読ませたくない場面ではない筈だ。
 婦女暴行シーンはない。未遂シーンや性的な脅迫もほとんどなく、「i・ショウジョ」だけが指弾され、少年漫画として不適格の烙印を押されるのは、興味はあるものの勇気を振り絞って書店で買うのを見送る絶好の口実になっていないか、もう一度、冷静に考えて、それでも書店に足を運べない、書店の棚で見つからない、不幸な、或いは小心者の、若き読者よ、手に入れられなくなってからでは、後の祭りだ。

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追悼、並びに賞揚

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巻数表記のない前巻で完結したと思われた、異星人の妻と地球人の夫とその娘の話が、地球外も舞台にして、再び刊行された矢先、作者の突然の訃報に接し、ご冥福を祈るとともに、前巻と同様、奥付きにおける登場キャラクターによる英語での「またね。」が、永遠に叶わなくなり、遺作のひとつである本作の存在感が日々、増している。
 表紙カバーのメデューサの様な奥さんが、本文では当然、モノクロで描かれるのだが、細い線でありながらゴシック体のように感じられる描線が、以前の鳥山明氏を髣髴とさせる、さほどメカニカルな描写はないものの、ユニークな異星人の面々は、温もりのある、柔らかな、少年漫画の伝統を受け継いだ、万人に愛される魅力に溢れた作品である。
 夫婦の馴れ初めや出産、育児、両家の顔合わせ、団地住まいならではの近所づきあいとトラブル等、全二巻に凝縮された、一話毎は短編の連作ながらも、文字通り、宇宙規模での日常生活を、仕事と家庭の両面から描いた、漫画史に必ず残る名作である、と、賛同者を募りたい、いや、残さなくてはいけない、軽くて楽しいSFだ。
 他のビームコミックスと同等の手の込んだブックデザインも、紙ならではの細工が施され、巻末のおまけも含めて、手元に置いて損はない、ビームコミックスを一度も開いた事のない方は他の漫画の単行本では見られない、値段の割りに豪華なその意匠に、必ず驚き、そして満足するであろう。
 人類とは服装も背格好も異なる故の、健康的なお色気ハプニングも微笑ましく、異種間の信頼と絆が笑いと涙を生む、読み継がれるべき名作である、と疑う余地のない、若き才能の残した結晶が光を放ち続ける未来が目に浮かぶ。

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天の羽衣と王朝○○○ス

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時代劇専門漫画雑誌「コミック乱」にて連載された、羽衣伝説を題材にした、盗人の一味の少年と年齢不詳の謎の少女が活躍する、一風変わった歴史ファンタジーの前半部分が収録された、血しぶきまみれの切った張ったの場面が全くない、全年齢向けの、アニメ化しても不思議ではない、上質な作品である。
 かぐや姫の物語と富士山の関係は周知の事だが、羽衣を無くした天女と富士山の噴火との関連に着目し、平安前期の政治情勢と絡ませて筆を運ぶ点が、作者ならではの着眼点であり、日本史、民俗学、神話学の要素が見事に溶け合った、表層のみ伝説を利用し剽窃した、安直な駄作ではない。
 本作の特徴を挙げるとするならば、肝心要の、天の羽衣を身に纏い天を舞う天女や羽衣を枝に懸けて水浴びする姿、羽衣そのものの描写が上巻では見られず、舞台も駿河国から平安京、伊勢と広範囲に及び、人口に膾炙した馴染みのある話からは思いもよらぬ、下巻を手元に用意して読み終えたい、読書欲を刺激する推進力に満ちた王朝絵巻に仕上がっている点であろう。
 海野氏の他作品や画面構成法を知らぬ初見の読者は、素直に読み進めて、独特の大ゴマの連なりが齎すスピード感と、時にデフォルメされ、時にリアリティーに満ちた丁寧な描写を存分に味わってもらいたい。成人向け作品も手がける点に嫌悪感や頭ごなしの忌避感を抱くのは間違いで、性的な場面はほとんどなく、冒険活劇が主体の純粋な一般向けの作品である事を強調しておきたい。裸体描写などは数ヶ所のみで、モザイクすら必要ない自主的な絶妙な構図により、女性が読んでも一向に差し支えのない、極めて健全な、初心な少年の感情表出が多々、楽しめる、家族全員で読みたい昔話である。
 若き日の菅原道真が羽衣伝説と如何に関わっていたのか、歴史の裏に隠された真実を知りたい、普段、漫画を読まない読者にも手に取ってもらいたい、一般書店では入手しづらいコミック乱連載作品の満を持しての単行本化である。

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犬好き、猫好き、両派必見の江戸の旅行記

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現在でも日本の物流、鉄道の要、東海道を歩く、少年少女の江戸時代のお話です。
 江戸から川を渡る以外、徒歩で伊勢を目指す道中には、難所や難関があり、行く手を阻みますが、人情味溢れる大人の支えで一歩ずつ着実に前に進む、暢気で愉快な子供だけの旅を、一緒に見守りたいとは思いませんか。
 二巻ではやっと駿河国まで辿り着き、旅を始めてまだ一週間ほどで十ヶ所以上の宿場に逗留したり、通り過ぎたりしましたが、まだまだ先は長く、二人だけの旅には道連れも加わり、賑やかなお散歩、遠足、修学旅行のようなぬけまいりは各地の名物、名所を味わいながら、時に道草をする、時間や予定にとらわれない自由な旅で、これからも届くその報告を首を長くして待ちましょう。
 江戸時代に興味のある歴史好きのみならず、東海道五十三次のどこかに住んでいる人、日本の北や南に住む東海道とは縁もゆかりもない旅好きな人、日本の現代と過去に興味のある外国の方、学校や図書館の関係者など、人種や性別、職業を問わず、江戸の習俗、慣習を手軽に、より深く知りたい、向学心のある読者にお勧めする、面白くて得をする、漫画だからと言って侮れない作品です。
 今でも手に入る特産品や食べられる名物が、作中にそのままの形で登場し、気に入った食材は手に入れて実際に食べられますし、気になる風景が見つかれば、作者のように現地に赴き、昔と今の姿を比べられる、旅の参考にもなる取材日記が毎回、添えられているのも作品の魅力の一つで、食べ物だけではなく犬好き、猫好きの方や身近な動植物に関心のある世代を超えた幅広い読者の期待に応える、旅の入門書だとも言えるでしょう。

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女神と天使の悪意なき悪戯

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一般向け青年漫画雑誌における年少者の性愛描写に目くじらを立てる輩の、成人向け指定に向けた圧力に抗う、一線を弁えた、女児と成人女性の裸体描写が満載の、ハートフルになるかもしれないコメディーである。
 裸を見せることだけが目的の、ストーリー軽視の駄作だと、鼻であしらうのは早計で、主人公の過去と現在が、田舎と都会、幼馴染と教え子、男の子と女の子の対比を軸に、予想を上回る構成と叙述で繰り広げられる、内緒話と言うより牧歌的な田舎暮らしの報告だ。
 確かに、重苦しく、陰惨な、抑圧的、嗜虐的な性暴力漫画を期待する読者には、導入部での卑猥なやりとりを除く軽やかであけっぴろげな女性陣の物腰と態度は物足りなく、意に沿わぬ展開であろうが、現実では到底、起こりえない、郷愁と憧憬を惹起させる、夢物語だと分かっていても、心のどこかで自分が実際に体験したかった話であると、素直に告白する勇気を持つ読者には、至極の喜びが味わえる作品である、と約束できる。
 羞恥心の欠如とは違う、暢気さと純粋さが、大人にも子供にも備わっている事で、手垢にまみれた展開と描写も、性的でありながら嫌悪感や陳腐さを伴わず、それでいて知らず知らずのうちに妙な気分にさせられ、主人公と女性とのちぐはぐな認識を楽しみつつ、各ヒロインの身体的特徴の差をするめのように噛みしめられる稀有な作品である。

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紙の本てくてく 東海道ぬけまいり 1

2015/09/14 13:50

女性も楽しめる日本の歴史漫画

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江戸時代、庶民の旅が著しく制限されていた中で、仲間やご近所同士で講を作り、資金を集め、お伊勢参りや善光寺参りに代理人を派遣する習俗が行われたのだが、通行手形を必要としない旅の方法には、本作のタイトルの「ぬけまいり」があった。
 表向きは寺社詣ででありながら、多分に娯楽的な性格を持つ、この非公式の旅に挑むのは、伊勢で宮大工として働く父を訪ねる少年とその親類の少女で、周囲に告げずに勝手に家を飛び出す形で始まった、大人でも十日はかかる冒険には様々な危険と困難が予想され、街道が整備されているとはいえ、それなりの覚悟と気構えが求められるが、主人公伝十郎は、どこか気の抜けた、ボンボン気質で、それによって引き起こされる出来事や体験を、読者は子供の視線を通して味わうのが、本作の主眼である。
 都市化された江戸を離れるにつれ、田園風景や海辺の光景が広がり、そこに住む獣や鳥、魚や昆虫のさりげない生態を、作者は、客観的に、好意的に掬い、叙情的な旅の心情を盛り上げる。
 浮世絵や古写真を参考にした風物は、どこかで見た記憶を呼び覚まし、現代の読者を、フィクションとは言え、過去の日本人の暮らしの中へと誘い、真実味を持って、心に迫る。
 二人が出会う大人は皆、善良で、悪意がなく、子供だけの心許ない道中に、幾多の便宜を図り、目的地に一歩ずつ近づけるように、陰に陽に、力添えをするのも、本作の読後感を爽やかなものにするのに役立ち、好感が持てる。
 旅芸人や農民、巫女さんや旅籠のおかみさんなど、チャンバラとは無縁の市井の人々との触れ合いを描く本作は、アクションシーンに重きを置く読者には不満かもしれないが、老若男女をと問わずに楽しめる作品であり、是非、手に取って、過去の日本の情景を追体験してもらいたい。

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戦犯の主張

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先の世界大戦時に実戦配備された高出力の光学的な生物兵器であるフォトンキャリアーと呼ばれる改造人間は、終戦後に廃棄処分された筈なのだが、当時、訓練施設にいたラシルはその生き残りであり、他にも数名の者がその施設から脱出して生存している模様である。
 空にあるアリアドネ皇国の姫レアナと共に世界を巡る旅の途上にあるラシルは、姫の護衛として、育ての親から渡された地図を頼りに、明確な目的地を定めずに、二人の知らない土地を目指して、進路を妨害する輩を相手にして、行く先々で孤軍奮闘する。
 第三巻では、訓練施設にいたラシルの素性が少しだけ、明らかとなり、戦時下に踏みにじられた人道が旧に復する困難さとその後遺症とが、ラシルが出会う者との関わり合いの中から、被害者の一人であるラシルにも実感される。読者は人権の蹂躙と生命の尊厳の軽視に反発し、犠牲者に同情し、ラシルの決意に共感するであろう。
 また、世界大戦の発端と終結の大まかな経緯が語られ、レアナが地上に降り立った目的の一つも判明する。現時点では世界大戦にアリアドネ皇国が参戦したかは不明だが、その技術力の水準の高さから考えると、地上の国々の諍いの原因と全く無関係であるとは到底思われず、内紛の渦中にあるアリアドネ皇国は未だ戦後の混乱期から抜け出せていないのかもしれない。
 本作では数詞を冠した名詞が複数、話題に上る。ヒト以外の十二の部族がその一例であり、その中にはラシルが含まれる固有名詞もある。本作を読めば、収集した品々を分類して、記載し、目録を編む博物学者の行為を疑似体験するのが可能である。本巻では新たな部族は登場しないが、数詞を伴わない非科学的な存在が束になってラシルに対峙する。
 ラシルは戦う。
 レアナは鷹揚に構えつつ、ラシルに痺れを切らしたり、ラシルを叱ったりもする。
 ラシルは騎士であり、レアナは姫である。
 しかし、二人の間柄は、上下関係による命令と屈従で規定されるものではなく、協力と助言によって醸成される同志の関係である。
 だが、その関係を将来、壊しかねない人物が次々に現れると、ラシルは新たな必殺技を繰り出して戦うのだ。
 本巻に収録された話の副題を読むと、ラシルは四六時中、戦っているのかと早とちりしかねないが、レアナと野宿したり、道すがら二人の会話が弾んでいたり、と、旅情を感じさせる場面も多く見られ、本巻の最後には数詞を冠するある特徴的な街に到着する。

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宝の山の登り方

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差し押さえを免れた田舎の別荘に住み、両親とは別居して、転校した中学校に通う村上セトは、半自給自足の暮らしを気高い精神を保持しながら満喫する。
 同級生の浦島六郎から瀬戸内の食材の知識を得つつ、父親からの少ない仕送りをなるべく節約して、魚を獲ったり、貝を採ったりして、彼女は空腹を満たす。
 六郎は星海町でのセトの最初の友達であり、食材の下処理や調理もこなす、多少、下心のある思春期の少年だ。
 第二巻では、六郎の幼馴染の珠子の出番が増え、三人で食料を調達し、村上家で食卓を囲む場面が見られ、星海町を一人で散策するセトと地元の人々との交流等が描かれる。
 絶海の孤島でのサバイバル生活ではないので、セトからは悲壮感が感じられず、万が一の時にも頼れる存在に見守られて生活しているので、その暮らしはスローフードを実践しているかのようである。
 ただし、セトは食欲が旺盛なので、過去の豪華な食事を想い出して、星海町で入手可能な食材とのギャップに苦しむ事があるのは不憫だ。
 転校生を暖かく迎え入れたクラスメイトとの六郎や珠子の思い出話やセトの別荘での記憶も作中で語られており、登場人物についての情報は単行本二冊分だけでも結構、読者に蓄積される。
 前巻と同様に、幕間のおまけのカットや巻末の四コマ漫画、単行本の本体の仕掛け等、本編を補完する様々な要素があるのは嬉しいものである。

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子種の予約

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本巻収録分で百話を超えた事に対して、相も変わらず、女の胸を揉んだり、下着を被ったりして、と、蔑む読者もいるであろうが、本作が同じ事の繰り返しで一向に話が進まない作品ではない事は、途中からゆらぎ荘の住人となった雨野雲雀のコガラシへの接し方を変えようとする必死な姿を見れば、自ずと分かる事である。
 前巻から続く黒龍神との戦いと、次巻へと続くサバイバルゲームの話の二話を除くと、第十二巻はその雨野雲雀の片思いの行く末が本題であり、雲雀の行動の変化がライバルの態度にも影響を及ぼし、コガラシは女の子に翻弄されつつも、ゆらぎ荘で賑やかに過ごす。
 扉絵がない本編で少女の乳首が一度も描かれない話や、扉絵だけにしか乳首が描かれない話も数話あるが、それに見合うだけの本編の独創性は折り紙つきであり、作者は、少女の裸体に頼らない話の展開でも、読者を満足させ、楽しませる事が出来る。
 コガラシは霊能力者であり、他の登場人物も同業者や妖怪であるからして、コガラシの日常生活には怪奇現象が付き纏う。
 誅魔忍に退治されるべき霊的な存在は、本巻でも数体、姿を現す。
 それらの特技に悩まされるコガラシや雲雀の姿を見て、笑ったり、同情したりするのが、本作の見所でもある。
 しかし、ゆらぎ荘は元温泉旅館だ。
 温泉には少女の裸が欠かせない。
 雲雀の活躍と並ぶ、本巻の目玉は、狸娘のこゆずの魔法の力によって下宿人が歓喜する一話である。
 こゆずの乳首が描かれないのは、毎度の事で致し方ないが、こゆずと行動を共にする夜々の乳首も残念ながら本巻では見られない。だが、座敷童子の仲居さんは自ら上半身を露にして、千年以上の齢を重ねても、張りと瑞々しさを失わない小振りな乳房を、また別の場面では、頬を染めてパンツも見せてくれる。

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禁欲の反動

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幼馴染の天生目立夏に告白出来ずに、悶々とした日々を過ごす高槻草太は、ある日、不随意に発情した立夏の淫らな態度に触れて、性的な願いを叶える事となる。
 立夏を豹変させる原因となった謎の古書は、草太が手に入れた物であり、オカルトが好きな立夏を喜ばせる古色蒼然とした洋書である。
 恋人同士ではない高校生の男女が、性的な行為を、学校や自宅で、或いは白昼の公園で、声を押し殺して、せざるを得ない状況の内実は、機械的な手順の反復による即物的な訓練ではなく、閨房での快楽を伴う実践的な戯れに他ならない。
 二人の異変に気付いた風紀委員の雨水真琴が煩悶するのも当然であろう。
 当該の古書の来歴は不明だが、元の持ち主の正体と深く関わる事だけは本巻で明かされる。
 作中で立夏の乳首にモザイクが施される事はないものの、草太の一物は描かれず、本作が一般向けのラブコメディの範疇に収まるのは確かだが、予想以上に読者の劣情を刺激するのは間違いない。
 本作は、珍本が幼馴染から恋人へと移行する一助となる異色作である。

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お酒はほどほどにして

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魔物が営む温泉宿の貴重な人材となりつつある元勇者のロキの丁寧な仕事振りが評判となり、新規の客足は途絶える事がなく、第三巻でも個性的な魔物が宿を訪れて湯に浸かる。
 しかし、今回、宿を訪れる魔物の客は、人間対魔物の戦争で負った傷による精神的且つ肉体的な後遺症を癒す目的で来訪するものや敗戦の影響を何らかの形で被ったものが多く、宿で働く唯一の人間であるロキに対する風当たりは、相当、強い。
 その一方で、魔物に肩入れするロキを改心させようとする人間も現れる。
 そのようなギスギスとした作中の雰囲気を和らげるのが、酒であり、裸体である。
 宴席以外でも、飲酒の機会のある湯治場での乱痴気騒ぎは、亭主側と客側の双方の心理的な距離を縮め、肉体的な接触を可能とする。
 宿の実質的な経営者であるラルヴァの品位や素行の悪さも、客の緊張感を和らげ、場を和ませるのに一役買う。
 注目すべき点は、三巻目にして、デフォルメした状態ではない女将のガイアベルの乳首が、片方のみ、一コマだけ描かれている事だ。
 また、ガイアベルと同年輩のゴーレムの少女の小さな胸にも、小さすぎるものの、はっきりと描かれた乳首があり、種族名が判然としない複数の入浴中の女性客の胸にも、しっかりと乳首が描かれている。
 魔物の女には発情しない勇者を、男性として意識する女性客の数は、確実に増えており、その事によって、今後、ロキの態度や心境に変化が生じ、ロキは客や女将のガイアベルに色目を使うようになるのかもしれない。

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幸せな探検家

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はるか先輩とさぐりちゃんの二人だけのアウトドア部に、ツムと鈴音と巡の三名が加わり、肉体的に負荷のかかる活動内容へと深化した第三巻では、夏にこそ満喫したい清涼感に溢れた数々の探検の企画が目白押しである。
 主に中部地方以西で繰り広げられる今回の合宿や個別参加の探検は、水に纏わるものが大半を占め、専門的な知識を必要とする洞窟探検にも全員が挑戦し、山河や地底を所狭しと渉猟する。
 また南国の海では、幼少時に病弱であったさぐりちゃんが、そこで初めて海水を舐めて、その味を確かめられる。
 マリンスポーツに興じたり、宝物を見つけたり、と、海辺の探検はまるでバカンスだ。
 番外編では、幼いさぐりちゃんとツムとツムの妹の三人によるおままごとやツムとさぐりちゃんの夏祭りでのそぞろ歩きが描かれ、他にも本編の裏話であるさぐりちゃんの水着選びの話があり、本編と番外編の端々で健やかに育ったさぐりちゃんの肉体美を読者は堪能するであろう。
 一見するとハーレム状態ではあるが、ツムは手当たり次第に女の子に手を出さず、ツムとさぐりちゃんの仲を他の部員は暖かく見守っており、二人は時々、互いを異性として意識する段階なので、個性的な女子部員の数が多くても、アウトドア部は決して不純な団体ではない。
 本巻にも初出時のカラー頁を纏めたピンナップがあるが、作者の力量は絶景のイラストの巧拙のみで判断すべきではなく、最初からカラー頁が一枚もない第二十六話や番外編の夏祭りの話における構成や演出の妙も評価すべき対象である。

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紙の本たぶん惑星 愛蔵版

2018/09/06 23:51

社会基盤としての地球外生命体

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間もなく訪れるであろう昭和時代の終焉を、日本人が意識しているとは思われない世界において、日本列島上には存在しない謎の空間で生活する人々の暮らしを、本土からの移住者の少女の視点で描いた本作は、もっと昭和が続くと思っていた読者だけではなく、平成になってからこの世に生を受けた若人にも、カルチャーショックを与えるであろう。
 当時のサブカルチャーに染まらなかった読者からすれば、コンピュータやパソコン通信、漫画の同人誌の執筆を趣味とする人物が身近にいる環境は異世界のものである。
 その上、多分、どこかの惑星の生態系に属する変な生き物やそれ以外の宇宙人と主人公は共生するのであるから、それらの相乗効果により、本作の特異性は、常人には計り知れないものとなる。
 少女の腰蓑姿を好む原生生物や他の知的生物が街中に現れては騒動を巻き起こし、常に何者かによって見張られている異界での生活は、それらとは別の存在を頂点とする緩やかな支配体制によって維持されてはいても、慣れれば本土にいるのとさして変わらず、快適なものである。
 そこでは、夏休みには本土と同様に学生は宿題をこなさなければならないが、海水浴にも出掛けられ、お祭りもあり、地球上では体験し得ない不思議な出来事が頻発しても、騒ぎは一過性のものである。
 しかし、それらは確実に更なる異変の前兆である。
 作中では昭和六十四年の話題だけではなく、平成元年の世界情勢も描かれており、また、その惑星のテレビ電波の受信状況は静岡県の西部に依拠するので、本作の舞台が歪な時空であるのは確かだが、読者は作中に漲る昭和の雰囲気と世相を騒がせた風俗を満喫して、昭和六十四年の夏を過ごせば良い。
 粟岳氏の作品に頻出するスクール水着姿の少女や半裸や全裸の少女は、水郷地帯を連想させる惑星の居住区域の場所柄も手伝って、本作においても登場する場面に事欠かない。だが、昭和の象徴とも言える愛好家の垂涎の的だけに読者は目を奪われてはならず、もちもちと呼ばれる個体差により形状が大きく異なる種族や毛むくじゃらの生き物の社交的で愛くるしい生態も注意深く観察しなければ、本作を味わい尽くしたとは言えない。
 愛蔵版には旧版の欄外の注やおまけの漫画やイラストも再録されているが、カラーの口絵はなく、第一巻と第二巻のカバーのイラストもモノクロで巻末に収録されているので、あまり愛蔵版らしい体裁ではない。しかし、全二巻の作品を一冊に纏めたので、読み応えは増している。旧版の後書きにも記されていた連載終了についての読者の疑念は、愛蔵版の後書きを読めば、一層、深まるであろう。だが、本作は全一巻で完結したと考えても全く差し支えない。続編の可能性についても後書きで言及されてはいるが、実現しても、それが昭和何年の話となるのかは現時点では誰にも分からず、六十三回目の夏の日々を過ごせただけで十分であろう。
 駒草出版での刊行時期は他の単行本より遅いものの、粟岳作品のエッセンスを一冊に纏めた入門書的な側面もある本作を読めば、先に出版された他の短編群を理解するのが容易くなるのは間違いない。
 本作は各話で主人公が異なる断片的な短編の寄せ集めによる連作集ではなく、同一の主人公による直線的な時系列で構成された全十五話の長編である。

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