人麻呂さんのレビュー一覧
投稿者:人麻呂
紙の本最暗黒の東京
2016/01/12 19:52
坂の上の雲の真下で
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松原岩五郎という明治時代の探訪記者が、みずから首都東京その他の貧民窟に潜入して、その悲惨な日常を報じた貴重な記録。司馬遼太郎の『坂の上の雲』の登場人物たちが颯爽と活躍する同時代に、その雲すら見上げることができない、貧困に喘ぐ人たちが居たことを、忘れてはならない。
紙の本たのしいプロパガンダ
2016/01/12 08:25
プロパガンダという戦争
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第二次世界大戦にいたる過程での、ドイツ、イギリス、アメリカのプロパガンダ合戦の具体例が丁寧に引かれていて、とにかく面白い。プロパガンダというのは、それを見聞きする相手に対して影響を与えるための戦略なのだから、楽しく面白くなければならないという真理を、改めて教えられた。北朝鮮のコワモテの女性アナウンサーのような権威的な喋り方は本当はダメなわけだ。
紙の本百田尚樹『殉愛』の真実
2015/12/22 22:58
現在進行形の後妻業の真相
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やしきたかじんの死と、それを看取ったとされる三人目の妻にかかわる疑惑を丁寧に検証したノンフィクション。ネットでは根強く疑惑の検証が続けられているが、その過程でプロのノンフィクションライターが参戦、この一書をなした。百田尚樹にまつわるタブーにも敢然と挑戦しているし、後妻の過去の結婚相手にも取材し、そのエキセントリックな性格を前夫から証言させている。現在、百田尚樹はやしきたかじんの元マネージャーから、名誉毀損で訴えられている。作家がペンの暴力で一般人の名誉を傷つけ、結果的に犯罪の片棒をかついでしまった可能性が高いことは、この本を読めば歴然としている。大阪のテレビ関係者の思惑と後妻業者の欲望が融合して、この前代未聞のスキャンダルが生み出された。一刻も早く、法の下で悪が暴かれてほしい。この本を読めば読むほどそう思う。
2016/11/30 15:03
詩歌カタログとしての一巻
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久し振りに刊行されている日本文学全集の詩歌の巻。詩は池澤夏樹、短歌は穂村弘、俳句は小澤實が作品選択をしている。このうち、短歌と俳句は、一人の作家に対して、それぞれ五首、五句ずつしか選ばれていない。今までの文学全集であれば、歌人、俳人の代表的な歌集や句集一冊を完本もしくは抄出して収録ということが多かった。しかし、この本では、それぞれの作家の魅力をたたえた作品を五首、五句にしぼって、読みの勘どころを対抗ページで選者が語っている。つまり、この本は近現代の短歌、俳句のカタログであり、気に入った作家がいたら、あらためて、オリジナルの歌集、句集を読んでくれという姿勢なのである。これは短詩形文学に対する新しい提示の方法であり、有効性があると思う。同時代にふさわしい一巻だと思う。
2016/05/26 13:09
漫画家のリアルなヒリヒリする日常
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「少年ジャンプ」で何作品も連載をしながら、ついにメガヒットは出せなかったという面白いポジションに居た漫画家の私小説的漫画作品。著者の巻来さんは、デビューまで、あまり苦労はしていないし、上京してからも仕事はいちおうコンスタントにあったようなので、貧窮という状況とは無縁だったようだ。ただ、週刊誌連載は担当編集者との事実上の合作であり、そのコンビネーションが巧くいかないと、作品もヒットせず、適当なところで打切りになってしまうということが、実にたくさんの例を挙げて、証明されている。先輩、同期、後輩の漫画家たちも、すぐれた編集者とめぐりあって、次々にヒット作を連発していく。実名で描かれるこれらの人気漫画家と競っていたのかと思うと、作者のひりひりする思いも、リアルに伝わって来る。業界の裏側を描く漫画もいろいろ出ているが、この一作は中でも異色。これから漫画家を目指そうという人たちは必読であります。
紙の本総員玉砕せよ!
2015/12/31 22:38
不合理への抵抗
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水木しげるの戦争劇画の文句のない傑作。圧倒的に不利な戦況の中での無意味な玉砕命令。そして、それで死ななかった兵隊達に対して、玉砕と大本営に報告してしまったのだから、生きて返すわけにはいかないと、教条的な責任をおしつけてくる参謀本部。まことに不合理な日本軍の内情を、徹底した兵隊の視線で描いてみせた作品。いかに無益な行為が繰返された戦争であったか、克明に理解できる。
紙の本赤めだか
2015/12/17 14:49
みごとな青春記
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立川談春の青春の記録。立川談志に十代で入門して、その理不尽ともいえる厳しい教育を受けつつ、落語家の前座から二つ目へと進んで行く姿は、笑いと涙にみちている。ドラマ化され、年末に放送されるそうだが、ドラマを見る前でも、見てからでも、ぜひ一読してほしい一冊。
紙の本戦う民意
2016/01/13 15:16
アイデンティティの戦い
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沖縄知事の翁長雄志が、みずからの琉球人としてのアイデンティティの在り処を語り、政治家としてのイデオロギーを超えた思いを語りつくした一冊。内地の人間が、沖縄についてはなにも知らないということを痛烈に思い知らされる。翁長は祖父、父と三代続いた保守政治家の系譜。辺野古基地建設反対の根拠は、単なる政治的主張ではない。沖縄に生まれたものの血がそうさせるのだということが、理解できる。
紙の本ロッパ随筆 苦笑風呂
2015/12/22 23:07
批評するコメディアン
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古川ロッパが戦前から戦後の昭和二十年代にかけて、エノケンと並び称されるコメディアンであったことは、文化史的には知っているが、残念ながら、その舞台を見る機会がなかった評者には、今ひとつ鮮明にロッパというコメディアン像がつかめない。しかし、この本を読むと、書評や映画評、ユーモラスなエッセイのすぐれた書き手である、批評家としてのロッパ像は鮮やかにつかむことができる。多彩で多才な古川ロッパというコメディアンの知的な魅力がこの一冊に詰まっている。
紙の本立川談志まくらコレクション 談志が語った“ニッポンの業”
2015/12/22 23:01
時代を語るまくら
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立川談志の落語のまくらは、時代に密着している。その時々の世相をブラックな視点で批評することで、結果的にそれは時代の暗部や愚かさを暴きだしている。すぐれた落語家は、同時代のすぐれた観察者であるということが、この本を読めば納得できる。
紙の本歌人の死
2015/12/17 15:05
熱き鎮魂の書
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現代短歌という形式を、自己表現表現として選択した歌人たちの熱き血、熱き死を語り、それぞれの歌人たちの表現意志を確認する。おなじみの泰樹節ではあるが、好きな者にはそれがたまらない。寺山修司のように名をなした歌人だけではなく、高橋正子、黒田和美といった無名の歌人たちの仕事をも丁寧に検証し、その意味と価値を探り出す熱き鎮魂の書といえる。
2016/11/30 14:54
人間が指す将棋の魅力
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人工知能の急速な進歩によって、棋士という職業は脅かされている。そういう現実をふまえた上で、ここに収録されたさまざまな棋士の人生や盤上のドラマを見れば、実はコンピュータなど怖れる必要はないということがよくわかる。なぜなら、人工知能による将棋ソフトにはこのような血の通ったドラマなどありえないからである。
紙の本将棋「名勝負」伝説 将棋界を支配する「人工知能」の猛威を徹底検証!
2016/11/30 14:49
いまそこにある危機
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人工知能と人間との読み比べとしての将棋は、どうやら人工知能の方に軍配があがりそうな今日、プロの棋士たちは、そこにある危機をいかに認識して、どのように立ち向かおうとしているのか。渡辺竜王や千田翔太五段のインタビューがきわめて興味深い。特に千田五段の姿勢は、自分より人工知能の方が強いということを前提として、その強さに近づくために、人工知能と闘うことで自分自身のトータルな棋力上昇を図るというとても興味深いもの。千田五段がこの方法でどこまて強くなれるものか、注目したい。一方、三浦九段の事件がおこり、すでに人工知能の問題はトラブルとして顕在化してしまった。組織としての将棋連盟の対応が問われるところでもある。でも、私は人間が指す将棋に希望は失っていない。人間が人間であることの劇性にこそ、プロ棋士制度が支えられていると確信しているから。
紙の本高柳重信の一〇〇句を読む
2016/04/02 08:52
多行俳句という迷宮
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高柳重信は「多行俳句」という不可能性に挑み続け、俳句史に独自の迷宮を築きあげた。その迷宮を、晩年の高柳重信の身近に居た著者が、丁寧に読み解いて行く。「真の俳句はいまだに書かれていない」と言い続けた高柳の創作者真理を斟酌しつつ、読み進まれる解釈はスリリングでもある。
紙の本戯作三昧・一塊の土 改版
2016/04/02 08:40
短編小説の真髄
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日本文学史上、もっともすぐれた短編小説の書き手であった芥川龍之介の珠玉作の選集。滝沢馬琴を主人公に、戯作者の心理の襞を描いた「戯作三昧」、洗練された東京的な感性の作品を書き続けた作者が、あえて農民文学に挑んだ「一塊の土」、大正という時代を生きる同時代人の人生的断面をみごとに切り取って見せた「秋」、淡々とした筆致で自分の行為をスケッチしてみせた掌編「年末の一日」等、名人芥川の技巧の冴えを味わうのに絶好の一冊。