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  3. 親譲りの無鉄砲さんのレビュー一覧

親譲りの無鉄砲さんのレビュー一覧

投稿者:親譲りの無鉄砲

74 件中 1 件~ 15 件を表示

日本会議の研究

2017/04/17 19:11

「戦後レジームからの脱却」の正体

8人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

第1次の時は、教育基本法改正、防衛庁の省昇格、第2次では「戦争法案」強行採決や、平成の治安維持法「共謀罪法案」審議入りを推し進めるなど、数々の右傾化路線を主導し、憲法改正をも視野に入れている安倍政権の正体とは何か?とずっと考えていた。母方の祖父が60年安保を強行採決した岸信介であることが、その淵源だろうとは思っていたが、しかし、父方の祖父は安倍寛という戦前戦中の大政翼賛政権に背を向けて無所属を貫いた気骨ある代議士だったことを考えると、単に「血統」の問題ではない。
 安倍政権は「特定の思想信条」を強く共有する集団による「お友達内閣」であり、これは歴史の長い自民党政権のなかでもかなり異色の特徴、と前々から言われていた。彼らの共通項が、昨年頃から一般にも名前を聞くようになった「日本会議」という組織。本書は、その正体をまとまった形で一般の国民に初めて広く知らしめた、ある意味歴史的な書なのだ。そして、最近政権を揺るがせている一大スキャンダル「森友問題」においても、著者のその取材力のすごさを国民に印象付けたという点で、凡百のジャーナリストや作家には真似のできない現象も巻き起こしている。
 本書によると、安倍政権のほとんどの閣僚が「日本会議国会議員懇談会」に所属していることがわかる。それと同時に、「教科書議連」、「神道議連」といった集団とも重複して所属している。昔の自民党政権というのは、もっと多様性があり、派閥間でバランスを取って閣僚ポストをシェアしていた。それがなぜ、いつの間にこのように単色化してしまっているのか?1997年発足した民間団体としての日本会議本体には、いくつかの系統があるが、その本流「日本を守る会」が、数多の宗教関係者を含む保守派論客たちを一見緩く、しかし戦前日本の戦争をしやすい国のかたちに戻そうという一点で連帯させ、手始めに「元号法制化」を短期間に成功させたあたりから、右派勢力を強力にまとめて行ったという。その有象無象の集団を有能な羊飼いのごとくうまくオーガナイズいった事務方のプロが、70年安保当時の反動右翼学生運動家、安東巌、椛山有三、伊藤哲夫ら元生長の家信者一群なのだった。(現在の生長の家とは袂を分かっているが、その創始者・故谷口雅春の反・日本国憲法主義に共鳴しており、著者は、彼らを生長の家原理主義者と呼んでいる。)彼らは実に事務能力に長けている、という著者の指摘は興味深い。そしてなんと、自民党の改憲アジェンダとは、生長の家原理主義者たちの改憲アジェンダそのものを引き写したものであり、彼らが策定したタイムテーブルに従って、安倍政権は粛々と改憲への道を進み、国会解散日程なども決めているようなのである。成長の家原理主義者は極右草の根運動を主導するのみならず、自民党の影のシンクタンクの様相さえ持っているのである。カルト如きがなどと侮れない。結局は、安部内閣とは、自ら考えることなく、単に神輿に担がれているだけの、極めて反知性的な政権であるということも、本書を通じてばれてしまった。つまり、必ずしも純粋に祖父の岸信介の遺志を継いでいるわけでのないのだな。
 ところで、安倍政権の正体とは、極右思想の集団・日本会議の神輿に乗った反知性主義政権だ、ということまでは、本書を通じてよく理解できたのだが、しかしなぜ、今の世においても、日本の極右思想が国家神道を基盤にした天皇制主義にまた安易に直結するのか、というところがよくわからない。その辺りの社会・集団心理学的な解明もどなたか今後展開されることを期待したい。

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苦海浄土 わが水俣病 新装版

2016/10/31 20:29

地球の呻き声

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

水俣病の「公式」確認から60年過ぎた。特措法に基づく患者の認定申請は2012年に行政により締め切られたが、その後も新たな水俣病患者が発見されている。今なお水俣病は社会問題として厳然と存在しているのが現状だ。患者認定に期限を切って平気な人の感覚とは一体何なのか?さらには法的な措置としての金銭的・行政的な補償が、意図せず水俣病に罹った人たちの真の救済になっているのかという根源的な問いは消えることがない。一方、生存している水俣病患者も高齢化している。彼らがこの世から消えるのは時間の問題かもしれない。そして、この世から水俣病と認定されている患者の生存が確認されなくなったら、水俣病は解決した、と胸を張る人たちが現れるかもしれない。しかし、本当にそうなのか?
 石牟礼道子は、代償としての「救済」から落ちこぼれてしまうものがあるのをみた。それが彼女を執筆に駆り立てている。陸に打ち上げられた一根の流木のようなぐあいで病院ベッドわきの床の上に仰向けに転がって、形容しがたいおめき声しか上げられない人たちに対して、どのようにコミュニケーションがとれるのか、と私などは途方に暮れるだろう。しかし、彼女は、本能あるいは脳の奥深くの古層で振動している部分で、彼らの言葉がわかるような気がした。例えば、漁婦・坂上ゆきのきき書きからは、石牟礼道子の筆から我々現代人にもわかる言葉として、それも詩のようなリズムのある日本語として、ゆき女の言葉を立ち上がらせた。ゆき女の言いたかったことは「(昔の)海の上はほんによかった」ということである。
 ゆき女は、三つ子の頃から船の上で育ったので、誰よりも豊饒な漁場を知っていた。夫の茂平よりも、である。だから「うちがワキ櫓ば漕いで、じいちゃんがトモ櫓ば漕いで二丁櫓で」の夫婦船。「エベスさまは女ごを乗せとる舟にゃ情けの深かちゅうでしょ」。タコ漁の情景はまるで遊びである。タコの入っている壺を舟に揚げ籠に収めると、タコは急いで逃げようとする。舟がひっくり返るくらいにバタバタと追いかけて再び籠に収めて、もうお前はうちの家の者だから、ちゃんと入っとれ、と諭すと、タコはよそむく目つきして、すねてあまえる。「わが食う魚にも海のものには煩悩のわく」。
 入院してから、ゆき女は堕胎させられた。そのときの病院食には「お膳に、魚の一匹ついてきとったもん」。(本当のことだったかどうかわからない。しかし、石牟礼は、その言葉を聞きとった。)
 石牟礼は、大学病院である患者の死亡解剖にたちあった。そのとき、ゆき女の声が聞こえてくる。「大学病院の医学部はおとろしか。ふとかマナ板のあるとじゃもん。人間ばこさえるマナ板のあっとばい」。「死ねばうちも解剖さすとよ」。「うちゃぼんのうの深かけんもう一ぺんきっと人間に生まれ替わってくる」。
 ゆき女が昔の海はよかった、と懐かしむ漁村風景を、我々も想像してみるがいい。小魚が網にかかったら、海にお返しする。魚は天のくれらすもので、人間の好きにしてよいものではない。真っ先に症状のあらわれた猫たちは、そんな漁村の港でおこぼれを待っていた共同体の一員だった。猫たちに救済措置はない。水俣病は人間だけの問題ではないのに。すべての生き物が連関している地球上で、その連環を迷うことなく断ち切る人間に対して、人間を生んだ地球自身がおめいている。石牟礼はそのおめき声をじっと聞いている。改稿版のあとがきに、この作品を誰よりも自分自身に語り聞かせる浄瑠璃ごときもの、と位置付けていることを告白している。地球の呻き声が再び高まれば、彼女は「決定稿」にも筆を入れるだろう。

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チェルノブイリの祈り 未来の物語

2016/02/29 17:24

僕はチェルノブイリを知らない

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

歴史教科書でも何でもよいが、「1986年にチェルノブイリの事故が起きた」というような記述があったとしたても、それはチェルノブイリのことを何も伝えていないに等しい、ということに我々は気づかなくてはならない。
 僕はチェルノブイリのことを知らない。いや、知っているつもりではいた、この本を読むまでは。一々詳細かつ客観的な事故経過が頭の中に入っていなかったとしても、そういう情報の断片は他の本を読めば辿ることができる。事故後間もない壊滅的な状態の原発に入り込んだ果敢なクルー(撮影部隊)がいて、その時のショッキングな映像を数年後に見ることもできた。しかし、逆にそれら(文字情報と映像)によってわかった気になってしまった。ディテールのよく作りこまれた映画を観た、といった薄っぺらな感想しか自分の体内から絞り出すことが出来なかったにも拘らず、だ。そこに気づく必要があった。
 「チェルノブイリの事故のようなことは、最新鋭の科学技術の粋を集めた日本の原発には当てはまらない」当時の日本の政府、学者・技術者、財界人やそれを取り巻くマスコミたちの声を伝えた原発関係報道は、そう口を揃えた。確かに彼の国の原発は、巨大コンピュータで一元集中管理されているわけでもなく、事故後の対応についての対策や周知徹底もなかった。だが311後、彼らは、フクシマについて「津波さえなければこういう事態にならなかった、二重三重の安全対策をのり越えた想定外のことが起きてしまった」と異口同音に口にした。彼らは僕と同じようにチェルノブイリのことを何も知らなかった。
 多くの兵がアフガニスタン侵攻に参加しその後チェルノブイリにも行った。放射能除染、治安維持など多くの仕事が彼らを待っていた。志願者もおり強制的に彼の地に連れて行かれた者もいる。ある兵士は、戦場から戻ったら戦争は終わりだが、チェルノブイリから戻ったら、それからが始まりだ、と証言する。チェルノブイリで着ていた衣類は全部ごみ箱に捨てたが、息子にせがまれて帽子だけはくれてやってしまう。その子は2年後に脳浮腫を発症した。女の子をナンパしようとした別の帰還兵は、あんたの子を産みたいとは思わない、あんたはチェルノブイリ人よ、と差別的言葉を浴びせられてしまう。サマショールたちは、今も線量が高いにも関わらず、「我が家」に住み続ける。他の選択肢はない。国内紛争を避けたタジクの難民が、彼の地にたどりつき、誰のものとも知らない空き家を終の棲家と決め込んでいる。
 名もなき、しかしチェルノブイリと真剣に向き合わなければならない膨大な数の人たちの声を、スベトラーナ・アレクシエービッチは丹念に採集して、織り上げていく。それは生きる人の声であるが、そこには彼らを取り巻く死者の嘆きも通奏低音のように響く。彼女は、チェルノブイリとはそれまでなかった新しい形の戦争だという。原発事故が起きその数年後にソ連は崩壊した。それらは別々の事象ではない。そして人はソ連崩壊のことは気にするがチェルノブイリのことは語りたがらない、知ろうと思わない。だから、この証言集は読み手にその無知を指摘してやまぬ。これは、国や形態を越えてなお続く戦争へのレクイエムであり、地球人への警告の書だ。チェルノブイリは終わっていない。1986年の出来事ではなく、チェルノブイリは今もそこにあり今後何百年何千年にわたって続いていく。そしてその変奏曲はフクシマにも受け継がれた。最後の一人の死者の声が聞こえなくなるまで、僕はその織り上げられたタペストリーの前に跪き、祈りをささげ続けるしかない。

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五つの証言

2017/09/13 03:39

渡辺一夫のユマニスムと寛容

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

時宜を得た本文庫の出版を素直に喜びたい。表題の「五つの証言」とは、ナチス・ドイツに抵抗して亡命を余儀なくされたトーマス・マンによる4つの短論文とこれにアンドレ・ジードが寄せた跋文を1編として、渡辺一夫が戦中に仏語より訳した小論集を指す。本書はこれに加え渡辺自身が添えた訳者後記(本書では巻頭におかれ、東大仏文科の上司に当たる辰野隆宛書信の体裁をとる序文)、戦後の渡辺による4編のエッセイ、またこのうちの一編に関する中野重治の論評に始まる渡辺と中野の公開形式の往復書簡を採録している。これらマンやジードの反戦の言葉は、渡辺の深いユマニスムに基づく共感により生きた日本語として血肉化されている。つまり渡辺の自身の思想そのものとして読者は受け取ってよい。山城むつみによる解説は、渡辺の訳者後記もまたマンとジードの証言に劣らず美しい第六の証言、と高い評価を与える。
 評者は、フランス文学には疎い門外漢であるが、渡辺が、著名な日本人の戦中日記を繙いたドナルド・キーン「日本人の戦争」や加藤周一「羊の歌」で、当時の日本における稀有な存在として絶賛されていたため、かねてより興味を持っていた。彼の専門は「16世紀研究」である。「羊の歌」に、当時の渡辺のたたずまいが活写されている。「それ(16世紀(評者注))は、宗教戦争の時代であり、異端裁判の時代であり、観念体系への系統が「狂気」にちかづいた時代であって、従ってまた何人かのユマニストたちが「寛容」を説いてやまなかった時代でもあった。すなわち、遠い異国の過去であったばかりでなく、また、日本と日本をとりまく世界の現代でもあった。資料の周到な操作を通して過去の事実に迫ろうとすればするほど、過去の中に現在があらわれ、また同時に、現在の中に過去が見えてくるということを、渡辺先生は身をもって、私たちに示していた。」即ち、16世紀の一部の偉人、ラブレーやモンテーニュらが到達したユマニスムや寛容は、渡辺にとって只の研究対象ではなく、自身の思想と一体化し、生きざまとして体現すべき指針であったのだ。そのユマニスムの徹底ぶりは、トーマス・マンに対しても、「生ぬるい」と揶揄できるほどの強い自負に裏打ちされていた。
 渡辺は、東京大空襲直後の3月11日より、中断していた日記をつけ始めた。官憲の手に落ちることを恐れ仏語で書いた。これは後年になっても公表するつもりはなかったようだ。一方、心血を注いで訳したラブレー全集は印刷所に回って完成したところで空襲によってすべて灰に帰した。本書のマンの小論を訳し始めたのもその頃からだ。決して大部の書ではないが、警報と警報の合間を縫って少しずつ訳し、7月には完了した。8月15日の午後、この原稿をポケットに忍ばせ、東大の教職を辞したい、と辰野教授にお伺いを立てた、と訳者後記にある。この原稿は常に携行しており、もしこのまま戦争続行し、本土決戦の竹槍戦にかり出されたていたら、心ある戦友に読んでもらい、徹底的に議論しようと思っていたのだという。戦争は負けて終わったが、戦後一年経っても、日本人にマンの小論を読んで貰いたいという思いは変わらなかった。日本人があの戦争から学んでいるようにみえなかったのだろう。数年後には、東西冷戦のスキームの中で、日本は普通に戦争ができる国に戻りはじめた。60年、70年と社会変化の節目に、自身の信念にもとづき、小論および付記を彼は書き継いだ。日本人に全体主義に対する抵抗と、寛容を訴え続ける必要を感じたのだ。戦中に反戦の声をあげることができなかった自身に忸怩たる思いもあったはずだ。国のおかれた状況は今も変わらぬ。

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『コーラン』を読む

2017/02/28 02:13

極めてユニークなコーラン解説書

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本書は、イスラーム研究第一人者井筒俊彦による一般向けの極めてユニークなコーラン(クルアーン)解説書である。1982年に10回にわたって行った市民セミナーの講義をもとに成書化したという。市民セミナーということは、対象は一般人向けということである。何がユニークかというと、この本全体で、「開扉」とされるコーランの第1章のみを綿密に読み解くことに集中している点にある。いやいや、1章をちゃんと解説されたら、入門としては十分だろう、と思いきや、この第1章の全文とは以下の7行の言葉にすぎないのである。

 慈悲ふかく慈愛あまねきアッラーの御名において
 一 讃えあれ、アッラー、万世の主、
 二 慈悲ふかく慈愛あまねき御神、
 三 審きの日の主宰者。
 四 汝こそ我らはあがめまつる、汝にこそ救いを求めまつる。
 五 願わくば我らを導いて正しき道を辿らしめ給え、
 六 汝の御怒りを蒙る人々や、踏みまよう人々の道ではなく、
 七 汝の嘉し給う人々の道を歩ましめ給え。

何とここに、コーラン全編のエッセンスが凝縮しているというのだ。これは井筒個人の解釈ではなく、ムハンマドの言行録として伝えられるもの「ハディース」にも、「世界中の啓示の書(旧約聖書、新約聖書といったキリスト教関係文書を含んでいる)に含まれるエッセンスは「コーラン」に含まれており、「コーラン」自体のエッセンスは「開扉」の章に残りなく含まれている」と書かれている、ということである。だから、イスラーム教徒は、一日五回の礼拝に際し、この「開扉」言葉を唱えるのである。これはちょっと、大乗仏教の「空」の広大な思想を300字足らずの「般若心経」に凝縮して、ありがたいお経として多くの人が読誦するのに似ているな、と思った。
 勿論、字面上のみの解釈書として400ページ近くを割いているわけではない。例えば、「審きの日」という言葉がイスラーム教徒に惹起している終末世界観というものが、如何にイマジネーション豊かなものであるか、というような話は、イスラーム文化に疎い普通の日本人が文字だけ眺めてもさっぱりわからない。そのために必要な知識を十分に語って聞かせることで、聴き手に理解を深めさせようと、井筒は情熱を傾ける。十分なイスラーム文化理解の上でこういうテキストを読み込まないと、本当の「コーラン理解」には至らないのだ。その文化に溶け込んでいない人間にとっては「入門」こそが最も困難なステージなのである。この入門部分をいい加減にやっつけてしまうことほど空しいものはない。イスラーム研究第一人者である井筒の手引きでコーラン入門を本書によって果たす読者は幸せである。
 ただし、本書を読んだからといって、「コーラン」のすべてを理解した、と胸を張るわけにもいかないだろう。個人的には、本書を読んだお蔭で、はじめて、「コーラン」全編を通読しようかという気になった。なお、本書を読むにあたって同著者の「イスラーム文化」を予め先に読んでおくことを読者にはお勧めしたい。

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熊楠の星の時間

2024/03/22 19:38

熊楠ワールドと中沢ワールドの交錯

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

粘菌の新種を多数発見した南方熊楠を論考した中沢新一の書。5つの講演を基にまとめたものという。彼による南方本としては既に「森のバロック」等がある。本書において、著者は、この動物体とも植物体とも厳密には区別しようがない粘菌の観察から導かれる生命観を、近代科学の範疇における生物学においてというよりも、ロゴスでは包括しきれないレンマの論理(ジレンマやトリレンマ等の語源となっており、西洋の論理学ではこれを排除することにより公理論的な思考世界を形成した)を基盤とする哲学的世界の中に熊楠は捉えていたはず、と喝破する。実際、熊楠は大乗仏教、特に華厳経の哲学的基盤が、レンマの論理の結晶的構築物であることをよく知っていた。それは、密教哲学者であり僧でもある土宜法竜との往復書簡からも判る事実だ。そして粘菌の観察とは、まさに宗教的な瞑想行為そのものであったことであろう。瞑想の達人であった明恵と土宜法竜がともに高山寺住職だったという因縁もロゴスの論理を越えて印象深く読者に映ることだろう。
 さらに熊楠はシュテファン・ツヴァイクいうところの「星の時間」を、深く粘菌の観察に沈潜していた時に体験した、と著者は想像を膨らませる。これは、室戸岬での修行中に弘法大師空海が得た「明星体験」と同種のものに違いない。その確信のゆるぎなさは、自身若き日にチベットにて密教の修行をした中沢ならではもの、と思われる。
 そして南方曼荼羅とも呼ばれるダイアグラムの解読に著者が挑戦して、一定の迫真性をもって肉薄することに成功している、と評者は思う。その図形と井筒俊彦の大乗起信論の論考との間には明確なアナロジーが存在し、そこから類推するに、南方曼荼羅は意識の本質を説く大乗仏教哲学的世界の構造そのものなのだろう、と感じた。
 残念ながら評者は、熊楠自身の著作をほとんど読んでおらず、それらの真偽を論じることはできないし、その根拠を調べようにも本書の文献案内は極めて不親切である。つまり、いつもの中沢ワールドと同様あまり学問的な体裁は整えていない。しかし、読者は著者に導かれるままに、生死の境を越える死生観、そして個別に分割できない生の全体性を表現する大乗仏教、特に華厳経の圧倒的なビジョンを体験することが可能である。まさにロゴスを超越したレンマの論理のもとで、熊楠ワールドと中沢ワールドが交錯することを、読者に知らしめること、それこそが本書の趣旨なのであろう。

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日航123便墜落 遺物は真相を語る

2019/05/31 03:17

新たなデータ

4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

前著「日航機123便墜落の新事実 目撃証言から真相に迫る」に引き続き拝読。前著では、
・2機のF-4ファントムが事故機を追跡していたことを目撃した人たちが複数いる。
・オレンジ色の飛行物体が事故機後方に貼りつくように飛んでいたのを見た人たちが数多くいた。
・元米軍将校のアントヌッチの証言によれば、米軍はいち早く墜落地点を確認、米輸送機による救出準備も可能だった、しかし日本側の準備も整っているというNo Thank you回答を日本から受けて、米軍は現場から引き返した、しかしこれは、墜落現場特定は翌朝だったという公式報告と大きく矛盾。
・墜落現場にはおよそジェット機事故とは考えにくいガソリンとタールの匂いが充満していた。
・一部の遺体は二度焼きされたのではないか、と疑われるほどの焼損が確認されており「単純」な航空機の墜落事故とは考えにくい。
というポイントが主張されていた。
 今回の本では、特に機体の一部と考えられる黒い遺物の科学的分析を行った結果が公表されている点が新しい。手法はICP-MSとGC-MSという2種類の質量分析法である。前者は元素の組成分析、後者は有機基の同定と定量で、相補的な分析手法である。特筆される点は3点で以下の通り。
・ICP-MSよりAlが主成分であることが判り、遺物が超ジュラルミンを主素材とする機体の一部であったことはほぼ疑いない。
・ICP-MSから硫黄Sがかなりの比率で検出されている。
・有機成分としてはベンゼン他の環状有機化合物が多く含まれ通常のジェット燃料を出所とするのは考えにくい。
 さて、これらをどう考えたらよいか?ジェット燃料はケロシン(直鎖系有機化合物)だったはずで、これは灯油のようなもの。だとすると環状化合物は含まれない。逆にガソリンの匂いがしたという現場証言の観点からすると、ガソリンには環状化合物が含有されているのでそれとの整合性が出てくる。なお、ジェットエンジンの燃料には硫黄は含まれない。一方、タールの匂いがしたという現場証言は、遺物より硫黄が検出されたことで、その信憑性及び的確性が高まるとみてよい。ということで、単純に航空機燃料の燃焼による火災とは別の燃料が大量に使われた燃焼現象が現場で生じていたことになる。また水分を含んだ樹木による火災は起こらなかったので、これらの成分が、山林の樹木が出所とする可能性も低い。またガソリンには硫黄は含まれない。従って燃料が純粋なガソリンとすることもできない。ただし、粘度を上げるためのゴムなどの粘度調整成分が含まれるならば、硫黄が検出されても不思議ではなくなる。
 このような燃料は、第二次大戦で使われた焼夷弾(ベトナム戦争で用いられたナパーム弾も同類)のように、高い燃焼性、一旦対象物に付着したら一瞬に燃えきらず特定の箇所を持続的に燃焼させるための高粘性、という二つの特徴を兼ね備えることにより、殺傷能力を意図的に高めた非人道的な魔の燃料との類似性が指摘できる。また火炎放射器の燃料もまさにこれと同じ特質を持っている。墜落で損傷した乗客の体を、さらに火炎放射器で念入りに焼き上げたのではないか、という恐ろしい想像を一笑に付すわけにはいかない。結論はまだ出ていない。しかし、事故調による公式事故報告が今回の分析結果に満足いく反論を与えないことは間違いない。意図的に何か不都合な真実の隠蔽をおこなっているのではないかという疑惑はさらに膨らんだ。

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ブッダとクリシュナムルティ 人間は変われるか?

2016/08/23 15:17

クリシュナムルティから仏教を探る

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

クリシュナムルティの紡ぎだす言葉は美しい。私も、その美しさに惹き込まれて、何冊も彼の本を読んだ口である。いずれの本においても、彼が説き続けたことは非常にシンプルである。囚われることなく思考をみつめること、ほぼこれに尽きる。しかし、あまりにシンプルすぎて、その先におとずれるであろう変容の実体(恐らくは多くの読者が宗教的な解脱や悟りと想定するであろうもの)が何ものであるか、わからない。思考を見つめるその方法も漠然として掴めない。
 なぜ彼は変容の実体や方法論を意図的に語ろうとしなかったのか? それは、変容に対して何らかのイメージを持ってしまえば、即ちイメージするという思考に囚われてしまうことになるから。その危険性を注意深く避けるために、その変容が何であるかを、彼は容易に語ろうとはしなかった。また、方法についても、一人ひとり異なりうるわけで、それを教条化した凡百の宗教指導者たちと同じ轍を踏むことをよしとしなかった。しかし、ヒントは、対談する相手とかわす言葉の中にしっかりあることに、今更ながら気づいた。つまり、あの会話の中身こそ、瞑想に誘導していくそのプロセスそのものだったのである。ということは、彼はずっと、瞑想の中に対話を行い、瞑想の中に瞑想を語り、相手や聴衆ひいては読者を瞑想に導こうと苦闘してきたわけだ。(苦闘という表現は適切ではないのだろうが。)彼は、座禅のようなスタイルから入る瞑想を否定する。外界の雑音に煩わされるのは瞑想の妨げにはなるので、目を瞑る等はあってもよいかもしれない。しかし、それは印を結んだり形に囚われたりするものでもないのだ。それを飽くことなくくりかえし繰り返し語り、会話の中で実践してきたのだ。シンプルなのになんとわかりにくいことか。しかし、それは仏教にしても同じことだ。ブッダ入滅後、多くの覚者となった弟子たちは残っていたにもかかわらず、彼が説いたことはただちに仏教という宗教形態をとるや否や変質してしまったのだ。恐らくは、ブッダ存命中のときにあっても、弟子たちの誤解を解き切ることすらできていなかったのかもしれない。だから、クリシュナムルティは、仏教、キリスト教、イスラム教等一切の既存宗教を否定したのだ。
 一方、仏教学者ラーフラ氏は、彼の立場から、クリシュナムルティの説く言葉がブッダのそれとほぼ同じ内容であることを指摘し続ける。クリシュナムルティに闘いを挑んでいるかのようだ。クリシュナムルティは否定する。自分は「仏教徒」の崇拝するブッダではないのだ。でも、説いている内容は、驚くほど近い。逆に歴史的時間の中で歪められてきたテーラワーダ仏教の中に伝承された「ヴィパッサナ瞑想」の正体(ブッダが真に教えたところの)が、今に伝わる足の裏の感覚を知覚し言語化し続ける「エクササイズ」などではなく、クリシュナムルティの語り続けた瞑想そのものであることが明らかになる。なお、クリシュナムルティ自身が図らずも隠し通せなかった、大乗仏教経典の説く不二法門における「維摩の沈黙」に対して示した共鳴には、正直驚いた。こんなに「無防備」なクリシュナムルティを初めて知った。やはり沈黙の中に真実があるのだ。(クリシュナムルティが変容の中身を語らぬ理由がここにある。)大乗だの小乗だのという分節化に大した意味はないのだ。クリシュナムルティの言葉を上っ面だけ舐めたのでは彼の真意を誤解する。

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路傍の石 改版

2018/11/28 18:58

タイムカプセル

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

子供だった頃読んだ「名作」。少年向けの単行本の体裁だったと思う。
よくいえば頑張り屋、否定的なニュアンスを込めれば依怙地、という主人公・吾一少年の性格は母親譲りだった、という点を初読の時には読み落としていたことを、今回思い知った。しかし、当時もなぜか吾一少年の母おれんさん若かりし頃の「赤い糸」のエピソードがずっと心に引っかかっていた。このもやもやした読後感は、母の性格が子に伝染している事実を、子供だった当時の自分が結像させることができなかったことに起因しているのかもしれない。子供が大人の心情に感情移入できないのはある意味当たり前のことかもしれないが。おれんさんは自分の性格にそっくりな息子の将来に暗い悲観的な見通しをもっていたのだ。子供の読者からすれば、非常につらいシチュエーションである。
 「次野先生」の章で完結したと勝手に思い込んでいたが、実は著者がその次の展開で悪戦苦闘していたことを今回新潮文庫版で初めて知るに至った。しかし50年近く後に読み継いでわかったのは、やはり、子供向けの質の高いビルドゥングスロマンとしてのまとまりは、「次野先生」をもって掉尾とするのが良いということだ。世間の冷たい風に当たって苦労が身に染みた吾一少年は、彼のためにと篤志家・稲葉屋の主人から預かった金を私的に流用してしまった恩師・次野を何の屈託もなく許す。その大人の分別を見せた主人公の精神的成長ぶりをひとつの到達点とみることもできるからだ。
 一方著者には往時の「個人主義」と「社会主義」の相克という重要なテーマをその後の主人公に背負わせる意図を持っていたことが、今回初めて読んだ「お月さまはなぜ落ちないのか」の章からも窺い知れることは明らかである。それ故に、官憲の検閲が入り著者は断筆を選択せざるを得なくなる。現代に生きる我々にはこの小説への官憲の干渉の理由・根拠を理解するのが少々難しかろう。しかし、一方で戦前回帰的なきな臭さもあたりに漂い始めている昨今である。78年の時を超えてその轍を踏まぬよう警鐘を鳴らしているように評者には感じられるのである。
 蛇足だが、子供同士で武勇伝的はったりをかまして引っ込みがつかなくなるシチュエーションから鉄橋ぶら下がり事件が起こるわけだが、この部分ヘッセの「デミアン」からの影響があるように評者には感じられる。また往時の少国民の思想形成という観点からは、吉野源三郎「君たちはどう生きるべきか」を併読し、資質の異なる二人の当時の大人が、子供に何を言いまた問いかけたかを比較してみるのも一興かと思われる。

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ナビラとマララ 「対テロ戦争」に巻き込まれた二人の少女

2018/09/20 19:41

なぜよその国で戦争をする?

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ノーベル平和賞を受賞したマララ・ユーフスフザイというパキスタンの少女の名前を知る人は多いだろうが、ナビラ・レフマンという同じパキスタンの少女を知っている人は少なかろう。評者も本書の出版がなければ知ることはなかった。著者・宮田律氏は、意図的にこの知名度的に非対称な名前を列挙したタイトルをつけた。彼女らは、境遇は異なるが、いずれも異口同音に、戦争をなぜやめないのか、戦争をするお金をなぜ教育に回さないのか、と切実に訴えている。この訴えが本書のテーマそのものである。
 彼女らはパキスタン・タリバン(TTP)が跋扈する部族地域に住むパシュトゥン人である。そこは米軍によるテロ掃討作戦が展開されている。マララはTTPに狙撃され、頭部に重傷を負った。イスラムの女性が教育を受けられるようにと世間に叫んだことが、偏狭な教義解釈を信奉する彼らの憎悪を掻き立ててしまったのである。TTP掃討の正当性を主張する西側諸国にとって恰好の宣伝材料となった。重傷を負った彼女は、英国で先端医療を受け快復、その後周囲の援助もありそのまま英国の高校に進学、今はオックスフォード大学で勉学中とのこと。一方ナビラの場合は、米軍のドローンからのミサイル攻撃が、彼女や兄を大けがさせたのみならず祖母を死に至らしめた。彼女らは農作業をしただけなのに、ドローンからの映像をみたCIAがテロリストと誤認したのだ。ナビラは自分たちの被害をアメリカの議会の聴聞会で訴えたが、そこには435人中わずか5人の下院議員しか出席しなかった。この差別的な扱いは、直接の加害者が誰だったかに依った。ナビラのケースは米国にとっては都合の悪いものなのだ。その挙句米国からの正式な謝罪も賠償も一切ないという。さらに、加担しているメディアの情報選択の恣意性については著者も大いに憤っている。但しマララに向けられた賞賛や評価が不当に高いというわけではない。彼女は至極まっとうなことを言っている。マララはオバマ(前)大統領にもホワイトハウスに招かれているが、その場で堂々とドローンによるミサイル攻撃を批判したという。
 本書は小中学生向けに書かれたようだ。しかし内容は大人にとっても高度だ。シリア・イラク・トルコにまたがるクルド民族と同様、彼女らの民族パシュトゥンもパキスタンとアフガニスタンに分断されている。それゆえそれぞれの中央政府の経済政策から取り残されてしまった。過激組織のresentmentの原因がここにある。さらに民族分断にまで至る歴史的流れを19世紀の西欧による中央アジアの植民地統治にまでさかのぼり丁寧に解説する。またタリバンの台頭が、ソ連によるアフガン侵攻への対抗から米CIAらが過激組織を支援した事に端を発している。つまり、米国はテロと戦うといっていながら、その製造責任者は米国自身(マッチ・ポンプ)だった、ということだ。また米国とイスラムの対立構造には、オスマン帝国のサイクス・ピコ協定という欧米列強による恣意的な分割統治、第二次大戦後のイスラエル建国に伴うパレスチナ人の難民化に深く米国が関与していることなど、複雑に絡んでいることも丁寧に解説する。(ただし米国が執拗に干渉するその裏に石油利権が絡んでいることまでは本書では言及されていない。)体裁は子供向けに易しい記述の本書だが、米国による母国の隷属化に何の違和感も持たず、沖縄の米軍基地を容認し、ドローン攻撃は不可欠と嘯く新聞を読んでも何の疑問も湧かず、集団的自衛権行使を推進しようとする日本の大人にこそ読んで欲しいと思う。実は著者もその層を本当の対象読者として想定しているような気がする。

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語る藤田省三 現代の古典をよむということ

2017/10/19 17:27

疾走感が半端ではない読書会

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60年安保闘争のルポ「1960年5月19日」で一番文章が光っていたのが、藤田の書いた部分だった。アカデミアの人ながらジャーナリスティックな文章もよくする。彼の筆力の高さには信頼を置ける。さて、語る藤田、ということで、彼のおしゃべりはどうだったろう、と興味が湧き、本書を手にした。彼のお弟子さんたちが、本書を編集されたわけだが、きっと彼らだけの記憶上の宝物にしておくのはもったいない、という出版動機があったのは明白だ。師匠を慕うお弟子たちの心情にほろりとさせられる。
 本書は、主に彼が主催した読書研究会の記録をもとにまとめている。浅い読み込みをした学生さんに与えるコメントは容赦なく厳しいが、しかし、参加者皆、彼の独演会に委縮しているわけではなく、論点の鋭さ、飛躍の鮮やかさ、余談の楽しさに魅せられ、彼の話を聞くのが楽しく本当にわくわくしていたのだろうということが伝わってくる。
 既に固定された一般論から部分を眺める、というやり方に、多くの学生が嵌ってしまう。皮相的な見てくれの良さという陥穽である。世の中で言われている正解とは本当なのか?そこから疑って自分の読みに徹せよと師匠は言う。どんなに難解な書でも、自分自身の人生をかけてそれに対峙する、という真面目な姿勢が必要なのだ。人生経験の浅い読者がそうやすやす気の利いた読みができるわけではない。しかし、それを言下には否定せず、却って激励する。例えば、藤田によると、ジェームズ・ジョイスの作品は、細部の一点に宇宙を凝縮しているという。だから、筋、内容、主題主義で読もうとしても、その本質をつかむことはできない。そこで、以下のようなコメントをする。
 
体系的、概説的報告と違って、俺にはこれが面白い、この一行にひっかかるとか、全然分からない、とか言うことはみっともないと思うかもしれないけれど、そのみっともないことを敢えてすることが大事。
もっとぶざまになった方がいい。
この一句、この一行がいいと言う。知識として覚え込むのではない何かが出てくる。それを期待している。
単なる知識にしては駄目。

そして、ジョイスの文学空間を語っている次の瞬間に、

親鸞は名号だけでいいという。念仏を唱える時、相当激しく上半身を動かしたらしい。そして勇躍歓喜した時に出てくるのはたった六文字の名号。この素晴らしさ。

とくる。この飛躍、飛翔感、疾走感。ほとんど一流奏者による真剣勝負のジャズセッション。

 課題図書の選択眼も、藤田の面目躍如。物をとおして人間を「翻訳」した尾崎翠の「第七官界彷徨」、近代日本政治学の先駆けたる荻生徂徠の「政談」(藤田の師である丸山真男へのオマージュも入っているだろう)、ショースキーの論文Politics and Humanistic Culture, The Case of Basel に基づく小国寡民の思想性の深さの議論など。特に、徂徠の「仁政安民」観における次の指摘にははっとさせられる。

 仁とは心のことじゃないのだ、憐れむ心だとかそんなもんじゃなく、客観的なものだと。即ち、仁とは面倒をみることなんだ、と食えるようにすることなんだ、と。

そして次の「政談」の言葉を引く。

 「国の治ト云ハ、譬ヘバ碁盤ノ目ヲ盛ルガ如シ」

これは、今の言葉で言うならば、ソーシャルセーフティネットの構築である。これこそが、解釈を捻じ曲げて、朱子学者たちが実際の経世済民に生かすことが思いつかなかった、本来の儒教の仁愛の形である、という指摘は重い。現代においてすら十分構築できていないものであり、我々にとって耳の痛い指摘でもある。そしてこの指摘をした藤田の世の中をみる目も確かである。

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ピエールとリュース

2017/08/19 18:41

戦争と愛と死

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8月は、日本人にとっては、72年前に約310万人の犠牲者を出した挙句敗戦と決まり、さらには広島・長崎で原爆で何十万人の命が一瞬にして犠牲になった季節である。死者の魂を招く旧盆の時期にも重なり、死と戦争を連想しない訳にはいかない、深く民族的な情緒に印象が刻まれる時である。
 第一次世界大戦を経験したフランスにおいても、8月とは、開戦の砲声を聞き、総力戦の名の下で国家的消耗を強いられ、4年後の同じ月に第二次マルヌの会戦を経てぐだぐだになりながら戦局を決した、やはり戦争を想起する季節として印象深いようだ。
 「ベートーヴェンの生涯」「ジャン・クリストフ」等の傑作で名声を得ていたロマン・ロランは、その揺るぎない理想主義的ユマニスムに基づき、当初より本世界大戦に反対を表明、戦闘停止を訴えた。実はこの時期の反戦関係文書が1916年のノーベル文学賞受賞対象作品とされている。あくまでも反戦という立場を堅持したといはいえ、ロランという作家には、大戦の悲惨とノーベル賞受賞の栄誉がない交ぜとなって濃い影が落とされていることが知れよう。だから、この戦争・反戦に対する結論として、芸術的昇華を遂げた作品を世に問う必要性をロランは感じたはずだ。そして完成したのがこの「ピエールとリュース」だったのではないだろうか?
 主人公のピエールは、徴兵適齢者として6か月後には戦地に赴かなければならないことが定められたブルジョワの子弟だ。戦争はたった18歳の「少年」の血を要求していた。戦争さえなければ存分に青春を謳歌できていたはずなのに、それができない運命に彼は絶望していた。その感傷はロマン・ロラン自身が抱いていたもので、そのまま主人公に投影されたと思われる。この少年の繊細な神経には耐えがたい極限的な戦時の重圧下に、彼は少年の魂の片割れとでもいうべき美少女を配した。リュースは、やはりブルジョワの出身ながら親の望まぬ結婚を貫いたがゆえに実家と断絶し苦しい生活を余儀なくされた母との二人暮らしを通して、やや世知に長け、少年よりは精神年齢は高く、豊かな母性に溢れている。地上で起きたドイツ軍機による爆撃で負傷した男が地下鉄の駅に転がり落ちてきたときの騒ぎの中で、少年は見知らぬ少女の手を握った。少女もこれに抵抗しなかった。出会いの場面は鮮烈だ。運命の出会いから偶然の再会を経て、二人は純愛を育んでいく。しかしこの愛の行方が決して幸せに満ちたものではない、という悲しくも強い確信も二人は共有してしまっている。この小説を翻案した日本映画の「また逢う日まで」で話題になったガラス窓越しのキスのシーンも印象深い。約2か月の短い冬に燃えた彼らの愛の結論として、復活祭の日にひとつになる約束をする。しかし復活の前には死があるのだ。二人は特に強い信仰心を持っているわけではなかったが、自分の恋人しか愛せないような貧しい小さな心を持つ自分たちのことさえ愛してくれた、イエスの大きな愛を確認したかった。それにより、彼らの愛はイエスのそれに近くさらに強固なものになる。そして復活祭の前日である聖金曜日の礼拝に教会に出かけ、運命の時を迎えることになる。リュースは偶然見つけた自分より一回り若い赤毛の少女の恐怖と憐憫の表情に、次の瞬間に来る自分と恋人の未来を見ていた。ドイツ軍機の爆撃による出会いの時への永劫回帰。
 この悲恋小説の最後に、ロランは1918年8月、と記した。まだ、完全な戦争終結には至っていないときだったが、そろそろ終わりが見えていた頃だったろう。ほぼ同時代を進行する物語として「戦争と愛と死」を書き上げた。人類への見事な遺産である。

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鶴見俊輔コレクション 4 ことばと創造

2017/03/07 00:42

ことばの守り人

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鶴見俊輔は、ことばを大切にする思想家であり、行動家である。ここでいう「ことば」とは文章言語のそれのみではなく身振りや映画、まんがといった「映像的」表現などの別の表現手段を持ちうるものも含む。些細な表現であっても、それ以前の誰もがやらなかったものなら、創造的な部分が必ずある。だから、あまり一般には見向きもされない、カウンターカルチャーあるいはサブカルチャー的なまんが作品、多くの評論家たちによって芸術作品としての価値を認められなかった表面的には「大衆映画的手法」を採った「振袖狂女」のような映画の批評等において鶴見俊輔は時代の先端を切って走った。先端表現者としての行動家・鶴見の矜持があったのであろう。本書にもいくつかのエッセイが収録されている「限界芸術論」はそんな鶴見の面目躍如たる著作である。いまでこそ、サブカル論等は華やかであるが、鶴見が挑んだ時は未踏の荒野の分野だったはずである。そんな彼の「ことばと創造」を切り口としたアンソロジーが本書である。編者は黒川創。
本書以外にも、「文章心得帖」等の著作を通じて、彼のことばに対する感性の鋭さは、世によく知られている。彼の論壇デビュー作といってよい「ことばのおまもり的使用法」は、鶴見を語る上では必須文献である。戦後間もなくの時代背景があっての論文ではあるが、時間を経た今でも色あせることがない。何度でも読み返したい。
 彼の論考の守備範囲は極めて広い。守備範囲の広さは彼の好奇心のありかによるものだろう。ゆえに、あえて意図的に「鶴見哲学」と呼ばれるようなものを構築しなかったように思われる。「普通」の評論家・哲学者が思いもつかないようなかたちで、日本文学の胎動を一つの方法で刺激したエトランゼ・小泉八雲を藤田省三、横光利一、木下順二、谷川雁、中野重治らを縦横に引いて疾走するかのごとく語ることによって、これに対比させる形で、戦中の「勅語」を中心にした共通言語の貧しさを自覚しえなかった日本人の言語空間における幼稚さをあぶりだした。
 そして、その奔流はとどまるところを知らず、身体表現を含む漫才、円朝、「アメノウズメ」一条さゆりにまで及ぶ。なお、「鞍馬天狗の進化」を読むとわかるが、戦中の貧しく息苦しい言語空間に閉ざされた文学者の中で、鶴見の視点からすれば、唯一に近い例外が大佛次郎であったようだ。大佛の「阿片戦争」や「乞食大将」、特に後者は、時代小説の姿を借りた自由主義者が言わば白昼を闊歩して行った、とまで書く。
 所収の「かるた」は、本人の少年期の記憶を頼りにその時の思いをその時味わった感性に忠実に日常的な言葉で再現する実践的な作品である。そこには、自然に形成されたみずみずしい少年の世界が平易な言葉で語られている。何よりもある一個の人間を成立させる思想、レーゾンデートルは、皆の心の中にある言語単位である多数枚の「かるた」というユニットで構成されており、その言葉のカードに呼応する形でイメージや記憶の単位が想起されるようになっている、そういうことを示そうとした意欲作であった。表現者・鶴見の一側面を表す作品であろう。「誤解権」という著作も、行動家・鶴見の基盤となっている思想の表れなのであろう。必読文献の一つである。そして、鶴見の著作のほぼ最後を飾る90歳のときの作品が「意思表示」という行動であった。末尾に全文引用して本レビューを終わることにする。
 ―今の私にどれだけの力があるかどうか、分かりません。しかしはっきりと、憲法九条を守る意思表示をしたいと思います。―

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限界芸術論

2017/01/31 18:47

芸術の定義

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何気なく「芸術」という言葉を我々は使う。高価な絵画、焼き物、クラシック音楽・・・一部の目利きが鑑賞空間で高尚さを愛でるべきもの、あいまいな定義の下で使われる「芸術」という言葉によって連想されるのは、多かれ少なかれそういったところだろう。鶴見はこれをとりあえず「純粋芸術」と定義する。一方、あまり高尚とはみなされていないもので、既に人口にも膾炙されているものを「大衆芸術」と位置づける。さらにこれらのいずれにも該当しないとされてきたものに、やはりなんらかの芸術的要素を認めざるをえないカテゴリーがあるのではないか、と考え、とりあえずこれに「限界芸術」(marginal art)という名前を付けた。今でこそサブカルチャー論は華やかであるが、鶴見がこの概念について考え始めたときには、先駆者はいなかった。なぜそこに行きついたのか、憶測を様々巡らせることは可能であるが、いずれにせよ、鶴見のパーソナリティーに厳然と存在する、未知或いは不案内な情報知識に対する雑食性ともいうべき旺盛な吸収欲求が原動力となっていたのはほぼ間違いないだろう。
 ただ、「限界芸術」概念そのものではなかったが、もう少し限定された学問や運動を推進した人たちはあった。民俗学の柳田國男、民芸運動の柳宗悦である。鶴見はこれに限界芸術創作実践家としての宮澤賢治を加える。限界芸術論を考え始めたときに、鶴見の射程には明確に彼らの存在が捉えられていた。だから、民俗学が考究する民衆の風俗における芸術的要素の片鱗、民衆が生活雑貨として拵えていく民芸品を、芸術的視点から取りこぼさないように確保するには、芸術の定義としてより「広範囲」に網をかける必要性があった。宮澤賢治のかつてはポピュラーではなかった童話類も、芸術作品として襟を正す態度が現代の我々読み手に定着しているために、宮澤賢治と限界芸術の接点を見いだせない人も多いだろう。が、「赤い鳥」を創刊した鈴木三重吉の考えに共鳴して自身童話を書き始めたにもかかわらず、当の鈴木には全く評価されなかった強い土俗性には限界芸術の匂いが確かにする。そして評価されなかったといっても決して「赤い鳥」調の童話書きに変節しないところに、「限界芸術的」なぶれなさがある。賢治本人には限界芸術実践者としての自覚がなかっただけのことだ。鶴見は、賢治のことを、「聖者」との認識を示している。聖者は人生そのものが、芸術的な輝きを発し始める。これには、鈴木大拙により世間に広く知られるようになった妙好人・浅原才市らを連想する向きも多かろう。浅原才市もまた念仏を唱え、念仏と同化しながら限界芸術の「下駄」と「口あい」を作り続けた。本書には妙好人への言及はないが、鈴木大拙は柳宗悦の師でもあるから、実はこれも踏まえていた可能性は高い。鶴見は、まだ賢治が創作活動に入る前の「修学旅行復命書」にすら、その芸術性を発掘する。芸術とは、芸術の発信者のみによって完成するのではなく、優れた受信者がいることによってはじめて成立することを、読者は理解するであろう。
 「『鞍馬天狗』の進化」、「円朝における身ぶりと象徴」、「一つの日本映画論―「振袖狂女」について」は、別のエッセイ集「ことばと創造」でも採録されている。しかし、これらが本書に収められることにより、芸術論としての別の意味合いも出てくる。少し異色に思われたのは、万朝報創刊者で知られる「黒岩涙香」の評伝であった。都々逸、五目並べ(連珠)普及など芸道としてあまり評価の高くなかった遊びやゲームに対して注ぐ愛情に、鶴見が共感した部分も大きかったように思う。

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私の1960年代

2016/07/27 20:03

近代日本における科学技術体制変遷批判

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山本義隆氏とはお会いしたことはない。しかし、私の世代では、有名な予備校における物理の名物講師だったということで、よく知られている。私自身、氏の手になる受験参考書にもお世話になった。きっと多くの日本の若者に影響を与えてきた人なのだ。本質的に真面目で面倒見のいい人のような気がする。 山本氏は、我々よりもさらに一世代上においては、東大全共闘代表という活動家としての認識が強い人が多いのかもしれない。2000年以降の世代にとっては、毎日出版文化賞や大佛次郎賞を受賞した「磁力と重力の発見」をはじめとする著書を著したオーソドックスな科学史家的側面を氏に強く見る向きも強いかもしれない。
 本書は、60年安保から東大闘争までの学生活動家としての氏の歩みおよび、時代の証言物を集めた、これまでの氏の著作群と比較すると極めて異色な成書である。68・69を記録する会として、これらの資料を網羅するマイクロフィルム編纂事業なども主導的に行ってきたとこのことで、おそらく本書はその活動の成果の一つともいえるものなのだろう。多くのビラ、檄文等の資料写真も豊富で、東大闘争の実体を出来うる限り立体的に記述しようとする努力の跡がみられる。山本氏の目から見た、という留保つきではあるが、現代史における立派な歴史証言・歴史証拠資料ということができる。特に、世の中から碩学と言われた学者たち、丸山眞男、大河内一男、加藤一郎らに対する批判の一端は、部分的に肯定できる要素が間違いなくある。特に、丸山の学問に魅了されていた当時の若者たちが、丸山の言動プロセスの視野狭窄振りにがっかりしたところは印象的である。加藤は大河内を反面教師として事態収拾のための話し合いのスタンスを学生たちに示したが、氏によれば、闘争発展の原因である医学部における医師法改悪に対するスト処分問題に真正面から向き合わなかったことが大きな問題だったとしている。この点は、当時のほとんどの日本人がマスコミや政府機関によって煽られてバイアスのかかった情報に踊らされ、東大闘争ひいては全共闘運動を理解していなかったポイントであった。
 このように、本書は歴史的資料価値の高いものである。しかし、本書の意義はその歴史資料性にあることにとどまるものではない。60年代に日本物理学会が開催した半導体関係の国際会議において、その開催費用のうちいくらかが米軍関係組織資金からのものだった、という事実に基づいて、今後学会がこのような「ひも付き」補助・助成金を貰う事の無いよう、決議を取るべく行った言論活動等、その学問の独立性確保を求める真摯な態度に心を打たれる読者は少なくないであろう。高度成長期の仕上げにあってなお当時の日本人の心に清廉さが残っていた事実は、金がなければ今の科学技術の発展は望めないとばかりに経済優先化してきている産官学の今の風潮に厳しい批判の目を向ける。例えば、3.11で端無くも眼前に晒されることになった原子力政策の破たんぶりは、氏らの求めた学問の独立と平和への希求が、時の体制への批判かつ未来予見に繋がるものであったことを示す証左である。彼らの体制批判精神は、ともすればその過剰性を逆に批判されるような潔癖性、清廉さの上にあったが、そういうものが失われた現代において、再度獲得し直さなければならないものなのではないか。かような時代を鏡とする、近代日本の科学技術潮流を批判的に俯瞰した評論集という部分が、本書の価値を最も高めている側面と思う。

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